天使
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願いなんてものは、そう簡単には叶わない。
でも、願い続ければ叶うこともある……かも、知れない。
……だって、神様は本当にいるんだから。
そんな、お話。
…………………………
「面倒くさいんですケド……」
天使は心の底から嫌そうな顔をしました。
というのも、この天使は神様から凄く厄介なことを押し付けられたからです。
「いやーそう言わないでおくれ。頼む……この通りじゃ!」
神様は手をあわせて天使に頼み込みます。天使はため息をつきました……天使は神様に仕えるものなので、神様の頼みに逆らう訳にはいかないのです。
ここは、天国。
生前、良い行いをした者達が死んでしまってから、訪れる場所です。
見渡す限りどこまでも白く、どこまでも美しい光に照らされています。
空には綺麗な虹が架かり、所々にある小さな泉では、それはそれは美しい女神が水浴びをしていたり、小さな男の子の姿をしたキューピッド達が遊んでいたりしました。
どこからか微かに、しかし確かに流れてくる竪琴の音色は聴く者の心を酔わせます。それとは別に、何か良い香りが漂い、人々を幸せな気分にさせます。
まさに、極楽。
そんな天国にある大きな神殿の中に、神様と天使は居ました。
神様が一体何を天使に頼んだのかといいますと、それはとある男を一生幸せにしてやってくれ、というものでした。
神様は毎日、全ての人に、大なり小なり、何かしらの幸福を与えています。それが神様のお仕事です。
しかしどこでどう間違えたのか、とある男は産まれてから二十余年、全く幸福を貰うことが無かったのです。
聞くところによれば、余りに不幸過ぎて、彼の命を刈り取りに来た死神が同情して、命を貰うのを止めたとか。これはもう、よっぽどです。重症です。
しかし神様はそんな男がいることは露知らず。二十余年、ほったらかしです。
幸福、というのは不幸と常に隣り合わせです。誰かが幸福であれば、必ず誰かが不幸になっています。言い換えてみれば、誰かが幸福だと、その分誰かの幸福が奪われているのです。
そして男は、一度も幸福を与えられることなく、幸福を一方的に奪われ続けていました。この一方的に奪われるという不幸自体、彼の不幸が呼んだ不幸であることに間違いはありません。
そしてつい先日。ついに神様はそんな男がいることを知ってしまいました。たまたま旅行に出掛けていた、天国に住む妖精が、血相を変えて神様の元に飛び込んで来たのです。
『あんなに不幸を背負い込んだヒトをワタシは初めて見ましたー!』
それを聞いた神様は、冗談だろうと笑いながらその男を見に行きました。そして、そのいつも優しく微笑みを湛えておられるお顔が一瞬で真っ青になりました。
「幸せに出会ったことが、生まれてこの方、一度もない……じゃ、と……!」
神様は慌てました。これはとても大変なことです。
そこで神様は、天国に戻るなり、近くにいた天使に、
「あの男が死ぬまで近くにいてやり、彼に幸せを与え続けなさい」
と言いました。
すると天使は、
「面倒くさいんですケド……」
と返答しました。と、そういう訳です。
天使はその少女のように若く可愛らしい顔を嫌悪で歪めていました。あからさまに嫌がっています。
「なんでボクが……」
と天使は渋りますが、
「お前が一番近くに居たからのう」
と神様に一蹴されました。滅茶苦茶理不尽な理由で一蹴されました。
「ええー……そんな無茶苦茶な……」
天使は抗議の視線を神様に向けますが、神様は華麗に無視します。
天使は考えました。神様の命令に叛くか否か。当然、叛くという選択を選び取りたいです。
しかし、天使は神さまには逆らうことが出来ません。まして今、神さまは手をあわせて天使に頼んでいるのです。
これに逆らえば、天使は『神さまに背く不良天使』、すなわち悪魔と見なされかねません。それは天使にとっても望むところではありません。
「……承知、しました」
天使は不承不承といった顔をして頷くと、そのまま男の元へ飛んでいきました。
…………………………
男は、ゆっくりと畑を耕していました。
不幸な日々は最早男にとっては日常でした。男が何をしてもそれは不幸な方向へと傾くのです。
実は男が今耕している畑だって、耕さなくても充分に畑として使えるのです。男はわざわざ無駄な労力を使っているのです。
それでも男は、びっしりと玉のように額に付いた汗を、首に掛けた汚ならしいタオルで拭うと、実に満足そうに、
「ふう……疲れた……」
と言いました。
丁度その時でした。天使が真っ白で大きな羽をはばたきながらゆっくりと男の前に降りてきました。
ワンピースのような白い簡素な衣服からすらりと長く白い手足が伸びています。短めの銀色の髪が風に揺られ、陽の光を受けて煌めきます。そしつ、その少し幼い作りの顔は倦怠感に支配されていました。
辺りに甘い匂いを漂わせる天使は、頭に乗っている綺麗な輪っかと大きな翼が無ければ、完全に人間です。
「なるほど、こいつが神様が言ってた」
そう乱暴に言うと天使は男の頬をぺちぺちと叩きました。そこにはにきびが出来ているのですが。
「見るからに不幸だねー。こりゃ死神が帰っていったのも納得できる」
天使は腕を組んでうんうんと一人頷きました。
男の目の前で腕組みをして暴言を吐く天使。そしてまた、頭をばしばしと叩き出しました。いつ怒られるか分からないような行動を取ります。実際、天使が人間ならば既に殴られていたでしょう。
ですが、天使は気にしません。というのも、
「顔はそこそこ……か。まあ、ボクはどうせお嫁さんになることは出来ないんだケドね?人間にボクの姿を見ることは出来ないんだから」
……普通、人間には神様や自分の姿を意識することも、認識することも出来ないからです。
というかそもそも。別世界の住人である天使と人間には結婚なんて土台無理な話です。
「さて……ボクはこの木偶を幸せにしなくちゃいけないわけか」
「木偶で悪かったな」
「全くだよ。神様が幸福を渡すのを忘れるなんて、どれだけ目立たない凡人かってうわああああああ!?」
天使は男を指差して大層驚きました。
「どうした?俺の顔に何かついてるか……?」
「い、いや、違くて」
「じゃあどうしたっていうんだよ。……それと、人を指差すのはやめような」
天使ははっとして指差すのをやめ、その代わりに叫ぶように言います。
「なんでボクの姿が見えるの――――っ!?」
……なんて事を、言います。
…………………………
大声に驚いた男はひとまず自らの家に天使を招きました。
男に振る舞われた温かいお茶を飲んで大分落ち着いた天使は、一先ず自分が男の元に来た理由等を話しました。その後、
「ど、どうして君……いや、貴方は、私の姿が見えるのですか……?」
地上の人間やその他生命に対して、天使は敬語で話さなければなりません。そんな固っくるしい天使の質問に、
「さあな」
男は分からない、と答えました。
「まあ、前にも死神が見えたことがあるから不思議に思うことはないけどな……」
「いいえ不思議です。本当に不思議です。……私達天使の姿は、人間には見ることが出来ないはずなのに」
「まあ何にせよ、これから随分長い付き合いになりそうだ……よろしく」
そう言って男は、厳しく貧しい生活でぼろぼろになった手を差し出しました。かさかさに乾いていて、あちこち傷だらけ、血色も良くありません。
天使はその手をゆっくりと握り返して……おや、と思いました。
その手は、しっかりと暖かかったからです。
…………………………
それから天使は、飛ぶような毎日を過ごしていました。
突然男の頭の上に落ちてくる丸太から男を守ったり。
突如失せた男の財布を探し回ったり。
何故かいきなり倒れ出した食器棚を元に戻したり。
しかも天使にとって厄介なことに、人に不自然だと思われぬように動かなくてはいけないのです。不自然だと思われないように男を守って。
……もしも、『男の棚が動く』とか『男が落とした財布が浮いて男の懐に戻った』なんて噂が立ったら危険です。
男が何故だか自分のことを見ることが出来て良かったと、天使はとても強く思いました。
他にも、突然破れた男の服を縫ってあげたり、男がとても熱いスープを飲んで舌をやけどしたから治してあげたりと、なんだか、
「……恋人、みたいだな」
「ちょっ……や、やめてください!恥ずかしい!」
恋人みたいな関係になっていました。
……そして、何故かまんざらでもないと思ってしまった天使は、『自分は一体どうしたんだろう?』と思いました。
…………………………
日が経つにつれ、天使の疑問は増えていきました。
男を見る度に、ほんわかとした曖昧な感情を抱くようになったのです。
これは一体なんなんだろうか。人間ではない天使にはその感情を理解することが出来ませんでした。
いえ、もしかすると、天使は理解したくなかったのかもしれません。
…………………………
「……そろそろ、結婚とか……しないんですか?」
ある日天使は何気無く質問しました。
男は既に三十を越えました。ですが、男は全くと言っていいほど結婚に興味を持ちません。
天使のお陰で、男から大分不幸は無くなりました。そうして人並みに幸福が訪れるようになった男に、想いを寄せる女が何人かいることを、天使は知っていました。
天使の質問に、家で本をゆったりと捲っていた男は天を仰ぐと、
「いや。……このままでいい」
「どうして……?」
「今のままで十分幸せだからな。それに……」
と言うと男は天使に手を伸ばして、天使を少し抱き寄せて、
「俺が結婚して、不幸になるのはお前だろう?」
その言葉に天使は、胸を突かれたような気がしました。
同時に、自分はこの男の事が好きになっていたのかも知れないと、初めて思いました。
毎日男に触れている内に、男の持つ暖かさに負けたのかと、ぼんやりと考えました。ふと、いつか握った手が暖かかったのを思い出しました。
そうして、男が女性と親しげに話していたときに、確かに彼等の側に苦い顔をした自分が必ずいたことに、気付きました。
それは、初めての感覚で……感情で、同時に随分と胸を締め付ける思いでした。
これは『恋』という感情なんだと。
今までずっと神様だけに仕えてきた天使は、知りました。
天使はゆっくりと、男の手を握りました。
その手の暖かさが、じんわりと天使に伝わってきます。
天使はいつからか、この暖かさが大好きになっていました。
…………………………
それから、天使は今まで通り男を助ける傍ら、男と結ばれる方法を画策し始めました。
しかし、男は人間、天使は天使。住んでいる世界が違います。次元が違えば契ることも出来ない。所詮、そんなものなのです。
「畜生……」
まさか神様に訊くわけにもいきませんし、同僚の天使に話せばまず間違いなく笑われます。
「くそぅ……」
結局天使はただ、願うことしか出来ないことに、暫くすれば気が付きました。
天使がいくら人間を超越した存在であったにせよ、無理なものは無理なんです。
天使はただ、祈りました。
いつか自分の思いが報われるように。
…………………………
そうして、天使が何も出来ないまま月日は流れ続け、とうとう、男の最後の日がやってきました。
布団の上で仰向けに寝る男は、泣きじゃくる天使の頭に、手を載せました。その手はやっぱり、とても暖かいのでした。
元々身寄りが無い男の部屋には、男と天使以外には誰もいません。
「そんなに悲しまないでくれ……」
すっかりおじいさんになってしまった男は、優しく天使に話しかけます。
「……きっと、また会える」
男はそう言い残すと、静かに……息を、引き取りました。
「うわあああああああああ――」
天使の号泣が、部屋には長く響いていました。
天使の頭に載せられた手は、段々と、段々と冷たくなっていきました。
…………………………
啜り泣きながら天使は、天国に帰ってきました。
ですが、早々と神様に男の報告を済ませた天使は、軈て見付けることになるでしょう。
何でも知っていると言わんばかりの、神様のニヤリ顏に見送られて、神殿を出ればすぐに、見つけることが出来るはずです。
泉のふちに座り込む、彼女が最も愛した男の姿を。
fin.
あとがき
少し終わり方が強引な気がする今日この頃。お元気ですか?
全く得意じゃない恋愛系を懲りずにまた書いて結果撃沈したバカです、僕は。
まあいずれ慣れなくちゃいけないからこれも良い経験になるでしょ。
最後に、読んでくださってありがとうございました。感想、アドバイス、ポイント下さると嬉しいです。