地球温暖化計画
「行ってきまーす」
鉄哉は勢い良く玄関を飛び出した。
「寄り道してハマに近づくんじゃないよっ」
「わかってるっ」
いつものママの注意に、鉄哉は面倒くさそうに答えて、小学校に急いだ。
この辺りは、海岸線が近く、何年か前に子供がハマに流されたことがあった。
そのときは、沢山のパトロール船や救急船が来て、大変な騒ぎになった。
幸いその子供は浅瀬に取り残されただけで、レスキュー隊によって無事に救出されたが、一つ間違えれば大変な惨事になるところだったのだ。
でも、鉄哉も、ハマには興味がある。なんといっても子供というのは、未知の世界に憧れるものなのだ。
鉄哉が、遥か彼方のハマの方向を見やると、遠くに水車の群れが見えた。
家で使っている電気製品は、このような海流や潮流を利用した水車や、波力や海水の温度差なんかで作ったエネルギーを利用している。
そんな重要な施設なんだけど、過去の文明の遺跡をもとに作られたものなのだ。確か学校でそんなことを習ったような気がする・・・。
「このまま二酸化炭素が減り続けると、地球は壊滅的な影響を受けます。」
後和先生は、皆を見渡して言った。
「では、私たちは、これからどうしたら良いでしょうか。今日は、この問題を皆で話し合いたいと思います。」
数人の生徒が一斉に手を上げた。
先生に指名されて、腕白なタケシが立ち上がった。
「簡単だよ。ハマの森を燃やしちゃえばいいじゃん。木が二酸化炭素を吸っちゃうからいけないんだろ?」
「でも、木が作る酸素がないと、私たちは息ができなくなっちゃうでしょ。あんたの考えは単純すぎるのよ。もっと頭を使いなさいっ。」
メガネをかけた、ちょっとお転婆なピーコが嗜めるように言った。
「なにおっ。それじゃ、お前はどうすればいいってんだよ」
タケシは膨れっ面してピーコを睨んだ。
ピーコは、ちょっと首をかしげて、独り言のように話し始めた。
「原始生命は海から始まったと言うわ。
その頃、地球は二酸化炭素が豊富で温暖だった。
生命は、豊富な太陽の光をもとに光合成を始め、酸素が大気に増えると有害な紫外線が消えたので海から外に出始めた。
やがて、二酸化炭素が減って気温が下がった地球は氷河期を迎え、多くの動物や植物が絶滅し、地下に埋もれた。
でも、いくつかの生命が生き延びて、進化を遂げた。
やがて、人類が現れ、火を使うことを覚え、文明を築き上げた・・・。」
「だからどうしたって?」
タケシがいらいらして言った。
「ちょっと黙っててよっ。古きを温めて、新しいことを知るっていうでしょ。ええっと、それからどうなるんだったけ?」
すかさず、鉄哉が割って入った。
「俺知ってる。その後はさぁ、人類は、地下に埋もれた過去の動物や植物が長い年月で変化したもの、つまり石油や石炭を掘って、燃やすことでエネルギーを手に入れたんだよ。その結果、地球はまた二酸化炭素に覆われて、温暖になって、南極とかの氷が溶けたから、海面が上昇して海が広がったのでした。めでたし、めでたし。」
「だから、そんな昔の話をして、何が言いたいんだよっ。」
鉄哉の得意げな話に、タケシが痺れを切らして言った。
ピーコも負けずに大声で言った。
「うるさいわね。つまり、今起こっていることは、人類が石油や石炭の代わりに、太陽光や風力や海流や波力や温度差なんかの自然エネルギーを利用するようになって、二酸化炭素を放出しなくなったのと、植物が温暖な気候の時に増殖したことで、地球の二酸化炭素が減っているんじゃないかということなのよ。」
「だぁ~かぁ~らぁ~、ハマの木なんか燃やしちゃえばいいじゃんか。」
「単細胞は黙ってらっしゃいっ。木の役割は二酸化炭素を吸収するだけじゃないのよ。木がなくなると、洪水が起こって、海に土砂がいっぱい流れ込むから、海の環境が悪くなるわ。」
ピーコの話に、後和先生が後をついだ。
「そうだね、それに、急激な気候変動は、異常気象の原因にもなるから、海の環境も大きく変わる可能性がある。それと、地球は一つの生命体と考えれば、ハマの生命が滅びれば、海の生命も影響を受けることは十分考えられるね。」
「じゃあ、少しずつ木を燃やせばいいんじゃないの?」
「タケシ君は燃やすことに拘るね。それも一つの方法かもしれないけど、もし大規模な山火事になると、地球環境に影響が大きいよ。もっと良い方法はないかな?」
先生は、皆の顔を見渡した。
「シズカさんはどう思う?」
後和先生は、おとなしそうな女の子に発言を促した。
「ええっと・・・その・・・例えばぁ、昔の人間みたいにぃ、地下の石油とかを掘ってぇ、燃やしたらどぉでしょうか?」
シズカは、おずおずと答えた。
「そうだね。昔の人類は、ハマの石油を使い果たして、深い海底の石油やメタンガスを掘ろうとしたんだけど、それが進められてる途中で地球の温暖化が激しくなって、地球環境の変化による災害の多発で人類の人口が減ったのと、自然エネルギーだけで必要なエネルギーが賄えるようになったことから、採掘をやめてしまったんだ。だから、深い海の底には、まだ石油や石炭、それと、天然ガスと水が混ざったもの・・・メタンハイドレードって言うんだけれど、そんなのがまだ沢山残っているんだ。これを掘り出して、大気に放出すれば、地球はまた温室効果で温暖化するので、海水面が上昇して、海が狭くならずにすむね。・・・実は、そういうプロジェクトが今進められているところなんだよ。特にメタンガスは、地球温暖化効果が大きいので、これを燃やさずに直接大気に放出することも計画されているんだ。」
後和先生は、話をまとめて、皆に言った。
「じゃあ、今日の授業はここまで。明日は、社会科見学でエネルギー基地に行くから、身軽な服装で来るように。」
エネルギー基地・・・。
鉄哉の家には、電気もガスも来ているが、その電気は、遺跡・・・過去の人類が作り出した波力発電装置、海流発電装置、あるいは、海の表面の温度と深海の温度との差を利用した温度差発電装置などを復元したエネルギー基地で作られている。
また、ガスは、その電気を利用して、水を電気分解して得られる水素ガスが各家庭に配管されて利用されている。
水素ガスは、昔、飛行船の浮力を得るために使われて、爆発事故を起こしたことから、爆発性のガスのイメージが強いが、大昔の人達も一酸化炭素と混ぜて各家庭に配給して使っていた。だから、水素ガスもちゃんとコントロールしてやれば、熱量はちょっと低いけど、家庭用のガスにも使えるのだ。
このような発電基地が近くにない海域や、もっと水深の深い海域では、水素ガスを圧縮したものをタンカーに積み込んで、各地域に輸送されている。
深海で水を電気分解して製造される水素ガスは、深海の巨大な水圧がかかっているので、何もしなくても高圧の圧縮ガスになるのだ。
これをタンカーで輸送して、各家庭の高圧ガスボンベに供給する。
家庭では、水素をそのまま燃やして利用するだけではなく、海水中の酸素を利用した燃料電池を使えば電気を得ることもできるのだ。
先生の説明を聞きながら、皆は見渡す限り一面に林立し、巨大なプロペラをゆっくりと回転させている海流発電用の水車群を見学した。
その発電所から、水中シャトルバスで水深四千メートルの深海に下りて、高圧水素製造基地に行き、逆浸透膜を利用した純水製造施設、電気分解施設、純水と高圧水素を貯蔵するための夥しいタンクの群れを見学した。
この基地で発生する副生成物の酸素は、人間の家庭用排水などで富栄養化と貧酸素化した閉鎖性海域にパイプラインで運ばれ、プランクトンの養殖なども行われている。
遺跡には、海上風力発電装置も沢山あるのだが、これは海上から目立つので、利用されていないそうだ。
その後、鉄哉たちは、海底のメタンハイドレードを掘削している現場を見学した。
メタンガスは、水深が五百メートルより深い冷たい場所では、水和物となってドロドロした液体状になる。
これを掘り起こして、温めれば、メタンガスとなって大気に放出される。
メタンガスは、成層圏に滞留し、地球表面からの放射熱を遮るので、地球が温暖化するという仕組みだ。
メタンハイドレードの他にも、二酸化炭素が液状になって海底に溜まっている場所もある。
これは、昔の人類が二酸化炭素を海底に埋設した遺物だ。
これを同様に掘り起こして大気に放出する計画もある。
鉄哉たちは、こんな壮大なプロジェクトの説明を聞いて、胸がわくわくした。
「先生、メタンガスや二酸化炭素で地球を温暖化できたら、ハマが迫ってくることに怯えなくてもよくなるね。」
鉄哉がうれしそうにそう言うと、後和先生は頷きながら厳しい表情で言った。
「地球温暖化で海水面が上昇するとハマが減るだろ。もし、私たちが故意に温暖化ガスを放出していると知ったら、私たちは凶暴な人類に攻撃されるかもしれないね。衰退したとはいえ、人類はまだ危険な武器をもっているから、侮ってはいけないよ。だから、人間に悟られないよう、海底下深くの岩盤の熱を利用したりして自然にガスが放出されているように見せかけているんだ。そして、世界中の海底で同じようなガスの放出をすれば、広大な海の中では人類も、そう簡単にはガスを食い止めることはできないだろう。そうなれば、地上は地球環境の変化で再び災害に見舞われるかもしれないが、海水面の上昇で海の領域は広がり、安心して暮らせるようになる。我々魚類の勝利さ。」
魚の顔をした後和先生はそう言うと、人間の手のような形に進化した胸鰭で子供たちの背中を抱いて、瞼のない丸い目玉で遥か上の海面を見つめた。
後和先生は、アル・ゴア米元副大統領からいただきました。




