閑話 生き続けること 三話
「麗水!会いに来てくれたのね!」
「おお、フラン、お前はいつも可愛いなぁ。」
フランを抱き上げる。ぞっとするほど軽かった。
それから、フランの話に聞き入った。
フランは様々事を喋ってくれる。他愛ない事や、逆に深く考えさせられる事を。
見た目にそぐう、子供の視点からの話だった。
何百年と生きてきているはずだが、その子供の視点を忘れない純粋な心。
それが、フランの魅力だった。
「麗水、アイツに会った?」
アイツ、レミリアのことだ。
姉をアイツ呼ばわりとはいただけたものではないが、この姉妹に限っては口を出すことを憚られる。気が触れたら、一番困るのは、麗水自身なのだ。
「会ったぞ。」
「最近、アイツが、お兄ちゃんの話をすると、怖い顔するんだけど、なんかした?」
「いや、何もしていないが、儂が気付かないだけで何かしているかもしれんな。怖い怖い。」
「大丈夫!そうなったら私が麗水の事を護ってあげるから。」
「お前は本当に可愛いな、畜生。」
頭を撫でてやる。気持ちよさそうな顔で撫でられるので、麗水としても、興が乗るのだ。
しかし、姉のレミリアを、幻想郷で現状最も危険な化物と例えたが、麗水にとっての最大の天敵は、目の前にいるフランドール・スカーレットに他ならない。
彼女の、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
スペルカードルールが適用されない麗水では、その能力を使い、フラン曰く「きゅっとしてドカーン」とするだけで、麗水は死ぬ。なんの抵抗もすることはできない。
こうして笑顔で頭を撫でている今も、その能力の対抗策を探しているが、最適解は見つからない。
隠れて視界に入らないようにする。
そもそも視界を制限する。
どの対策も、検証ができない以上、選択にはリスクが伴われる。
出来る事といえば、こうして仲良くすることだけだった。
「辛いなぁ」
「ん?何が?」
「いや、何でも。」
「じゃ、今日はなにして遊ぶ?」
「ひひひ、今日はすごく興味深いものを持ってきたぞ。」
「あ!!麗水が気持ち悪い笑い方してる!!これは期待大ね!!」
「ああ、儂とて、これは流石に高揚を隠しきれん。」
スキマウツシから板状の物を取り出す。
「紫からもらったものだ。野球盤という。」
「野球は知ってる!!」
「そう、その野球をこの盤上で遊ぼうという遊具だ。」
「すっごく面白そう!!」
「そうだろう、そうだろう。」
堪えきれないといった様子で、野球盤を地面に置き、各種セッティングを整える。
フランドール・スカーレットの部屋の床には、不釣り合いなほど和気藹々とした存在感を放つが、それももはや二人には瑣末な問題。
「どうやって遊ぶの?!」
「それを、これから二人で学びましょう。」
取扱説明書を取り出し、広げる。
「こういった読み物を、一緒に読み始めるのが、最高にワクワクするのだ。」
「すっごくわかるー!」
かくして、幻想郷にて未だかつてない弾幕ごっこが始まろうとしていた。
「いいか、ここにある、クイック投球モーションって奴をだな。」
「投げる球を選べるのね。」
「そうそう、すぐに投げ方を選択できる故、本当に投げてみるまでどんな球かわからんのだ。」
「えいっ。」
「意外と速いな。こっちは?」
「あ、すごく遅い。」
「なるほど、なるほど。」
「??なにかわかったの」
「いやいや、これは実際の対戦でお見せしよう。」
「ふーん。」
説明書を読みながらの動作確認。
時間をかけて、じっくりと覚えこませる。
こういったことに二人共、時間を惜しむことはない。時間は死にたくなるほど余っているのだから。
そして対戦の時は来たる。
<プレイボール!!>
「喋るぞこいつ」
「喋った!」
「まずは私の攻撃ね。」
「儂の洗練された選球力、みせてやろう。」
最強の鬼殺しと、吸血鬼の姫が、真剣な表情で立ち合っている。野球盤で、だが。
まったくの隙も余裕も見せない。彼らにとって、遊びもまた、生きがいなのだろう。
「それ!」
「それ!」
盤上の小さな人形が、鉄球を打ち返し、跳ね上がった。
跳ね上がった球は、盤の淵へと誘われる。
「ぐぬっ。」
「どうよ麗水!!見た?一球目からホームランよ!!」
「うるさい。」
<ホームランデス!!>
「お前もうるさいな。さぁ、次だ次。」
「いいわよ、かかってきなさい。」
殺意とはまた違った覇気を二人は纏い、回を重ねていく。
「いやぁ、楽しいな。」
「そうね、楽しいわね。」
球が跳ねる。
「嫌なことも、辛いことも、少し楽になった。」
「なにか辛いことがあったの?」
「いや、持病みたいなもんだ。大したことではないのだが、辛いと思うこともあるのだ。」
「麗水も苦労してるわね。」
「フランほどではないさ。」
球が跳ねずに、滑り落ちていく。
「楽しかった時間もそろそろ終わる。この一球で試合が終わるぞ。」
「そうね正念場ね。」
「フランがこれを打てば、フランの勝ちだ。儂が抑えれば、儂の勝ち。わかりやすいな。」
「そうね。」
「いくぞ。」
「ええ。」
息が詰まるような沈黙が流れる。
「いけぇ!!」
麗水は吼えた。闘いの中でも出さない、無邪気な咆哮だった。
人形から打ち出される球。
打者の人形がバットを振るう。
しかし球は曲がり、バットの横を掠めていく。
ふたりの中で、試合終了のサイレンが鳴り響いた。
無言で左手を掲げる麗水と、項垂れるフラン。勝者は明確だった。
「なんで!最後まで!消える魔球打たないのよ!!せっかく当て方も覚えたのに!!」
「フラン、お前は最後まで疑心暗鬼だった筈だ。いつ、魔球が来るのかと。」
「だからって、あんなに叫んでまでボールは無いでしょ!根性が曲がってる!!」
「歴史は、勝者がいつも正しいと証明している。」
「悔しぃ…。」
「わはは。」
勝利の余韻も束の間、フランの部屋の扉が、開け放たれた。
開けたのは、レミリアだった。
「ふたりの熱の篭った声が聞こえてきたと聞いて、心配をして様子を見に来たのだけれど、何をしているの?」
「なんの心配をしたのだ貴様。」
「さぁね。で、何をしていたの。」
「知らんか、野球盤。」
野球盤を指さした。
レミリアの表情が、僅かに緩み、羽がピクピクと動き始めた。
「な、なによそれは。」
「ならば遊びながら教えてやろう。お前も来い。」
「し、仕方ないわね。」
フランに向き直り、レミリアに見えないように、首を掻っ切る動作をした。
「やれ。」
「了解。」
一時間もせず、レミリアが泣き始めたのは言うまでもないことだった。
その後フランとは、野球盤の再戦と、また新しい遊具を持ってくることを約束した。
一人で遊べる物も持ってくるかと提案したが、それは断られた。
「だって、一人で遊ぶのはもう飽きたから。だから、必ずまた来てよね。」
麗水は、黙って頷いていた。
「只今。」
「おかえり。」
「紫、お前まだおったのか。」
「ええ、ゆっくりさせてもらっているわ。」
紫が、居間にてくつろいでいた。
いやに扇情的な姿勢をしている気がしないでもないが、今の麗水にはそんなことは気にならない。
「ねぇ、今夜のことなんだけど…。」
「すまん、今夜は色々と忙しい。」
「え。」
「紫、ひとつ頼みがある。」
「な、なによ…。」
麗水が雑誌を取り出す。以前紫が気まぐれで渡した、外の娯楽雑誌だった。
あるページを突きつける。
「今度でいい、どれかでいい。だから、ここにあるスーパーサッカースタジアムか、黒ひげ危機一発か、野球盤 ダブルスラッガーVSスプリットエースというのを持ってきてほしい。どれかで、今度で良いのだ。」
「え、えぇ…えー。」
「頼む、任せたぞ。やはり消える魔球のルールはしっかり整備しなければ…な。見送りはやはりボール」
伝えたことは伝えたと言わんばかりに、麗水は呟きながら寝室に向かう。
「ちょ、ちょっと、一体、一体どうしたっていうのよぅ。」
「よぅし、次はどうやってあの小娘を泣かしてやろうか、きひひ。」
家を出る前と後での、麗水の変わり様に、紫はただただ困惑するしかなく、自分の女性としての魅力を拒否されたかのような無力感に、打ちひしがれるしかなかった。
「お嬢様、そろそろ機嫌をなおしては?」
「いつか、いつか絶対に、麗水を、倒してやるんだから。うぇ~ん。」
麗水だって、男だ。男の子だ。何年生きようが、そこだけは変わらない。
ないものはあるし、付くものは付いている。ただ、それだけなの