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閑話 生き続けること 二話

久方ぶりの、訪問であった。

麗水は今、紅魔館を訪れている。


小洒落たテーブルの対面にはこの紅魔館の主にして、永遠に幼き赤き月、レミリア・スカーレットが優雅に紅茶を啜っている。


「突然の訪問。すまなかったな。」

「構わないわ。ちょうど退屈していたところだったし。」

「退屈続きではないか?」


優雅に堪能していた瞳を持ち上げ、こちらを見やる。

彼女の目は、魔性だ。見るたびに、思う。血を抜かれそうな、本能的な恐怖も、感じる。

だが、自分にとっては幼い姪の背伸びにも似た、滑稽さを感じる。

可愛らしいから、どうでも良いのだが。

少なくとも、欲情するような見た目ではないことは確かであり、麗水の気持ちは楽である。


「そうね、退屈だわ。異変でも起こそうかしら。」


ため息と共に出された言葉に、苦笑を返す。


「すまぬな、二番煎じを幻想郷は認めていない。機会は一度きりなのだ。」

「あら、つまらない。」


わかっていた、と言わんばかりだった。


「それにしても、ここの紅茶は旨い。儂も何度か紅茶を沸かしているが、全てこのようには行かなかったのだ。骨法などはあるのか?咲夜嬢」

「骨法。コツのことですね。それは秘密です。」


レミリアの後ろに控えるメイド長、十六夜咲夜に声をかけた。

少女の見た目ではあるが、幻想郷の女性らしく、空を飛び、刃物を投擲し、更には時も止めるという、『ただの』少女ではない。


「秘密というか。咲夜嬢も随分と意地悪になったものだな。」

「下手に話して、私よりも上手くなって頂いては、私の仕事が無くなってしまうので。」

「そう言うということは、やはり骨法はあるということだな。いやはや、これは何としてでも盗まねば。おかわりを。」

「はい。」


カップを多少持ち上げると、淀みない所作でまたカップに紅茶が注がれる。

見ていて惚れ惚れするほどだ。


「ここに来た用は、それだけではないのでしょう?」

「まぁ無論な。だが、顔を出しに来たというのは、本当だぞ、レミリア嬢。たまに顔を会わせねば、忘れてしまうしな。」

「ひと月やふた月、会わなかった程度で忘れるような間柄ではないでしょう。麗水。」


レミリアとの関係は、あまり深い関係というわけではない。

麗水は、そう思っている。

彼女たちスカーレット姉妹が、今よりも幼く、未熟だった頃に出会い、生き抜く術をある程度教えた後、放り出しただけだ。

しかし、スカーレット姉妹達はそうではなかったらしい。


「儂はやはり、とんでもない事を教えてしまったかな。時々、そう思うぞ。」

「あなたの教唆は、私達妖怪よりも、妖怪然としていた。それがあったから生き残ることができたと、思っているのよ。」

「あくまで、心構えを教えただけ。自分の能力を引き出しきったレミリア嬢の強さだよ。それは。」

「私がそう思っているなら、そうなのよ。」

「ふむ。」


紅茶はいつの間にやら飲み干していた。

席から立ち上がる。寄ろうとする咲夜を、中指から親指の3本、指をたてて制した。


「ご馳走様だ。ここの他の住人にも顔を会わせねば。」

「案内は必要ないわ、咲夜。」

「はい。」


レミリア達に背を向ける。


「儂の教え、今も変わらんのか?自分の教訓などは生まれなかったのか?」

「今のところは、ないわね。全てうまくいっているわ。」

「そうか。儂の教導も案外捨てたものではないな。道場でも開くか。」

「あら、そうなったらまだまだ未熟なフランを連れて行って良いかしら?」

「馬鹿者、壊れるとわかっていて造るやつがあるか。この話は無しだ。」

「ふふ、フランにも顔を出してあげて頂戴。死なないように気を付けて。」

「気が滅入るな。もうお前たちには勝てぬのだがなぁ。」


麗水は、笑いながら戸を閉めた。


「お嬢様。」

「何?」

「差し支えなければ、麗水さんの教えとは何か、聞いてもよろしいでしょうか?」

「あら、咲夜にしては珍しい。関心があるの?麗水に。」

「そういう訳では。」

「殺して活きる力もある、そう言われたわ。」

「殺して、活きる?」

「ええ、逆に活きねば殺される、とも脅されたわね。」


咲夜が押し黙る。


「何を言っているかわからない?実に端的に言えば、生きるということは、殺すことよ。」

「そんなことを言う人には見えませんが。」

「私は感動したわ。人間なんてちっぽけな存在が、自分よりも何倍も格上の妖怪を斬り捨てながら言うのだから。生き残るとはどういう事か、麗水を通じて教えてもらったわ。私は今までで、彼以上に生に真摯な存在は見たことがないわ。」

「思っていた以上に、恐ろしい方なのですね。」

「その割には、あまり驚いてないじゃない?」

「そんなことは。」

「まぁいいわ。いずれにせよ私はいつか、この力で、麗水を手に入れる。彼のおかげで手に入れたこの力で、彼を好きなように壊してみせるわ。」

「今はまだ、勝てないと?」

「ええ勝てないわね。」


プライドの高いレミリアが、断言した。

その様子に、咲夜も少なからず動揺した。

麗水は、彼女たちにはもう勝てないと言っていなかったか。


「異変を起こし、博麗の巫女にわざわざ勝ちを譲ったのも、あくまで力を試す為よ。退屈だったし。決してフランの為なんかじゃない。それに、博麗大結界がなくなっても困るしね。」


レミリアの様子に、微塵も嘘は感じられない。


「力は、活かさないとね?麗水、いつか必ず、あなたを、殺すわ。生きることに誰よりも真摯な貴方に、殺してくれと、懇願させてみせる。」


レミリアの握るカップが、音を立てて砕け散る。

レミリアの爪は、刃物のように伸びていた。


咲夜は、使い魔に清掃を命じた。









「貴方が炎を出せたと?信じられないわね。」

「本当だぞ、魔理沙の八卦炉を借りたとは言え、確かに火柱が上がったのだ。」

「あ、そういうこと。それならばそれくらいできて当然ね。」


興味を失ったかのように、大図書館の主、パチュリー・ノーレッジは本に目を落とした。


「そういうこととは。」

「魔理沙の八卦炉、魔術の触媒としては実に優秀よ。複雑な魔法式には使用できないけれど、魔力を流して打ち出すということに置いては、ね。」

「つまりは、八卦炉のおかげだと?」

「そういうこと。」

「むむむ。」

「なにがむむむよ。」


麗水は体の力を抜き、椅子に倒れ込んだ。


「魔法の片鱗を、見たと思ったのだがなぁ。」

「ならばまず、想像力を養うことね。」

「儂は目に見たものしか信じない。」

「それよ。だから貴方は、魔法には向いてないって言っているの。黙って身を引けばいいのに躍起になって。年寄りは頑固でいけないわ。」


スキマウツシから本を取り出し、丁重にパチュリーに差し出す。


「書写が終わった。返そう。」

「書写って…、この中のもの全部書き写したの?」

「うむ。暇であったしな。」


暇だからと取り組む量ではないのは、火を見るより明らかだった。


「思ったよりも、熱意はあったのね。」

「最初からそう言っているだろう。故に、火柱が上がったことは、それなりに感動だったのだぞ。」


麗水が後にして気づいたことだった。

そういえば火が出ていたと。あの時は遮二無二していたので、そんなことに気を取られている暇はなかったのだ。


「そうねぇ、ならば今度来る時までに貴方に見合うような触媒を用意させましょうか?」

「ほう、八卦炉か。」

「あれよりももっと単純なものよ。一つ聞くけど、火、雷、水、氷。どれが一番想像できる?」

「その中であるならば…火、であろうな。」

「でしょうね、貴方は五行に当てはめると、どう考えても火、だものね。わかったわ。」


また、パチュリーが本に目を落とす。

話は終わり、という合図だった。

パチュリーは、本を読むのを邪魔されるのは好きではない。


「では、そろそろ帰らせてもらおうかな。」


背を向けかけたところで、咳き込む音が聞こえた。

パチュリーの背に回り、背中を下から上へ叩いてやる。


「たしか、こうするんだったかな。」

「大丈夫よ、この位。いつもの事よ。」

「そうだな、いつものことだ。だが、放っておけるものでもないだろう。」


叩き続け、咳が止まる。

麗水は叩くのを止めた。


「あまりにひどいようなら、横になるといい。昏睡体位は知っているな。」

「何時の間に手当の仕方を、覚えたのよ。」

「いつも咳をされては嫌でも覚える。」

「そこまでする必要はないわ。本当に、大丈夫だから。」

「そうか、信じるぞ。」

「ええ、ありがとう。」

「また、魔法について教えてくれ。」



小悪魔に、一瞥を投げ、処置を任せた。

そうしてから、麗水は今度こそ大図書館を後にした。









長い廊下を歩いている。この一直線の壁と廊下は、本能的な恐怖を増長させる。

そして、麗水が持つ理性的な思考すら、恐怖を持ってしまう。

例えば、あの遠く見える壁の突き当たりに人が立っていれば、嫌でも警戒する。


この長い廊下、向こうから飛び道具などで狙われると、非常にまずい。横に狭く、避けづらいからだ。そして身を隠すような物もない。

そこまで考えて、顔を顰める。

麗水の中には、いつも自分が殺される予想が頭を駆け巡っている。


だがしかし、これによって今まで何度も生きながらえてきたことも事実だ。


麗水には、直感というものはまるでなかった。

常に計算し、最悪の事態の想定の中で生きている。それがたまたま命を繋いできた。少なくとも、そう思っている。


そういう生き方をしてきたとは言え、こういった考えしかできないのは、本当に悲しいことだと思う事がある。


故に、霊夢の勘、というものに憧れたりもするのだ。手に入れられるものではないが。



先の曲がり角から、十六夜咲夜が現れた。体の筋肉が咄嗟に強ばったのを感じた。

彼女の足に備えられている投擲用のナイフに目が行ってしまったからだ。


「どちらへ。」

「儂か。儂はフランの所へ行くところだ。」

「そうでしたか。部屋はお変わりありませんが、ご案内は必要ですか?」

「そうだな、頼もうか。」


咲夜が、先導する。

決して彼女と共に居たかったわけではなかった。

視界に収めていたほうが、都合が良かったからだ。


そう結論づけたとき、麗水は言いようのない虚しさが心をよぎった。



「御主人様。」


咲夜が呟いた。いや、話しかけてきたのだ。


「今のお前の主はレミリア・スカーレットだ。その名で呼ぶのは止めろ。」

「私には、変わりなく、貴方が心の主です。」

「レミリアは仕事の主、か。ふん、まぁいい。それで、レミリアは俺の事で何か言っていたか?」

「はい、貴方を殺したいと。」

「ひひっ、やはり恐ろしい奴だな、あいつは。愛しさ余って憎さ百倍って言う奴かな。」


館で装っていた麗水は、消えていた。

素の麗水が、姿を現している。

咲夜との関係は、そういう関係だった。


「私には分かりかねます。」

「妹が至極まっすぐ成長したというのに、姉は捻れきってしまったな。本当に惜しい。何かしようものなら、始末せねばなるまい。」

「監視は。」

「続けろ。あの姉が現状、幻想郷にて最も危うい化物だ。なにか事を起こしそうになったら、必ず俺に伝えろ。状況によっては命を投げ出すことも許す。」

「仰せのままに。しかし、御主人様。」

「何度も言わずとも分かっている。お前は俺の所有物。八雲の所有物ではない、と言いたいのだろう。」

「はい。あのスキマ妖怪と共にあることは、有り得ません。」

「よく知っているよ。そうだな、レミリアの監視が終われば、共に暮らすか。どちらもまだ、生きていればの話だがな。」


長命の吸血鬼が監視対象だ。何年先になるかなど、予想もつかない。

しかし咲夜は、時を止められる。自分の肉体をも、止めてしまえた。

それが不幸かどうかはわからない。しかし、麗水にとっては幸福だった。


「女として、見てくれますか。」

「まだ無理だな。お前は、まだまだ俺の道具程度の認識から抜け出せん。可愛い容姿だとは思うがな。」


咲夜の表情は動かない。視線は前に向けたままだ。従順すぎるのだ。これでは男は沸き立たないとは、思う。道具を扱っているような気分になるからだ。


「今度、我が儘の練習をしておけ。もしかしたら、俺の食指が動くかもしれんぞ。」

「我が儘、ですか?」

「ああ、我が儘だ。女性の我が儘は、とても可愛らしいぞ。」


フランドール・スカーレットの部屋が見えてきた。

咲夜を追い越し、戸に手をかけた。

咲夜はこちらを見つめ続けている。


「フランと会ったら、その足で帰る。レミリアにはそう伝えておいてくれ。」

「わかりました。」


軽く手を挙げ、中指から親指までの、三本の指を立てる。麗水は、笑っていた。


二人の間だけの、また会おうという手信号だった。

咲夜との関係は、仕事仲間。もしくは師弟関係。


しかし麗水は、咲夜とのこういった関係も、気に入っている。


咲夜は微笑み、同じ手を形作った。

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