自分だけの聖典を作ろう
自分だけの聖典を作ろう。
虎の巻でも良い、用は自分のための地図を作ることだ。自分にあった地図は自分にしか作れない。だから個々人が個々人らしく、自分が歩きやすい地図を作るべきだと私は思う。
道に迷ったときの道しるべになるようにここに書き記すことにした。
☆作品の質
ストーリー キャラクター 設定 オリジナリティ 文章力
☆日常の質
健康 読み書き 教訓[過去] スケジュール[未来] 戦略[運用]
そこで、今回は大きく分けて2種類の分類で思考をしようと思う。
一つは「作品の質」もう一つは「日常の質」だ、作品は自分の人生の中の一握りの時間を執筆に当てて作業するので作品の質だけを上げようとしても氷山のてっぺんだけを磨く事になってしまう。そうなると大抵地盤が崩壊する、土台がしっかりしてないのだ。だから今回は電撃小説大賞の評価基準を参考にして、ストーリー、キャラクター、設定、オリジナリティ、文章力で作品の質とし、ほかに。健康、読み書き、教訓、スケジュール、戦略、にこれまた5つ設けてそれぞれについて思考を巡らせてみようと思う。
作品の質について。
言わずもがなだが作家は作品を良くしようと思って切磋琢磨し、作品で語るものである。そのために日々の生活を犠牲にしていると言ってもいい。
でも何故か面白くないとか、一次選考にかすりもしないとか何故か上手くいかない。そんな不満を少しでも向上出来るかはわからないが「僕はこう考えている、君はどう?」っという風な体で観ていてくれるとありがたいです。
ストーリー
ストーリーは連結していて一つの素材を良くしたところで美味しくはならない。
例えるならパズルをしているような感覚に陥るが、パズルは元から完成しているのでパズルを自分で作って自分で分解して繋げて完成させるまでの過程があると思います。一ヶ月前に考えた構想を一ヶ月後、あるいは半年後に完成させることもあるので感情の変化などのコントロールが極めて難しいです。
そんな中、完成させる事すら難しいのにその中からさらに面白い作品を生み出せる人はどれだけ居るだろうか?
話がそれましたが面白いストーリーとはとりあえず感情の起伏が激しいことだと思います。お約束通りに落ち込んで、気合いを上げて敵をやっつける。「これが面白いんだ」っという確固たる意志を持ち、熱を冷まさず相手に上手に伝える技術。
キャラクターが居なければストーリーは動かず、ストーリーがなければキャラクターも動かないのでこの話は難しいです。
今回はあまり考えたことがない分野なので保留にしておこうと思います。
キャラクター
どの程度キャラクターのプロフィールを書けばいいのか?
ノート一冊分書けば映画に耐えられるキャラクターが作れるからノート一冊分書くべき。
っと思ったこともありますが、ではその「量」を書いたとして本当に面白くなるのか? ノート一冊分と言わずノート10冊分書かないとだめだと言われたらバカ正直にノート10冊分書くのか? それこそ小説が一本出来上がってしまいます。
この加減が難しく、今でも試行錯誤状態です。
キャラクターについては私も昔から悩まされていて完成形が見えないのですが、何故そうなってしまうかというと。たとえばノート1冊分1キャラに書けたら必ず面白くなるとしましょう。ではそれをVRMMOなどで用いると? まず普通よりキャラ数が多いです10人とか30人とか100人とかが普通に動きます。あなたはその100人にバカ正直に一冊ずつキャラノートを作るのですか? 正直言って限度があります。6人でもVRMMOだと現実世界とゲーム世界のファッションを決めないといけないのに、これでは完全に要領オーバーです。
なので私は一つの方法を考えました。
例えファンタジーものを書こうとしても、ファンタジー要素を取り除いた純粋なキャラクター設定だけは最低限書くようにしている、っです。
簡単に言うと超能力禁止です。あとで考えても良いですけどそれらの不純物を取り除いた日常要素のみで作っておけばどのジャンルでも、応用することが出来ます。
設定
これもどの程度設定を突き詰めればいいのか解らない代物。
私はどの作品にも使えるキャラクター設定のテンプレートを今も試行錯誤しならが作っていますが、例えば世界観設定にまで手を回す時間はあまり取れません。理由は場面が変わればその世界観設定は使うことはなく、その場その場で作るしかないからです。ですが今「三カ所ぐらいは場所を作っておいた方がいいんじゃないか?」っと思いました。何となくですけど。
話は変わってその中には設定が良くて人気な某魔法科な劣等生などもありますが作ることは良いのですが語ることは何故かタブーみたいな所もあります、しかし奥深いストーリーには細かな設定は必要不可欠です。
読者を冷まさず熱中させることが至上目的ならやはり設定は多い方が良いです。しかしこれも単品では効果を発揮しません。前にも仰りました通り具材一つを極めても美味しい料理は作れません。そのままかじるなら話は別ですが私達はそのネタに自分という個人の付加価値を付け加えて発表することで作品にするのです。
その付加価値とはなにか? ずばり自分のフェチズムだと思います。好きで好きでしょうがない、その熱い思いを作品にぶつければその熱を読者が受け取ってくれて楽しんでくれるかもしれません。読書の没入を手助けするような設定を目指せば少しは活路が開けるかもしれません。
オリジナリティ
重要度は十分承知だが自分自身のどこを伸ばせばいいのかわからなくなる。
自分だけの個性を見つけるのはなかなか持って大変であると思っています。こと、私を例にするなら長所は未だに見つかりませんが短所はわかります。いわゆるギャルゲーは苦手です。何故ならやったことが無いから。皆無というわけではありませんが本当に藁をも縋るような食い入るような目でやったりはしません。だったらファンタジーのほうが好きです。
恋愛は苦手でバトルが得意。典型的ですがそうやって生きてきたから仕方がないのです。あと好きなのは人と人との絆です。そういう作品を好んで観てきたからそういう作家が好きそうなものでオリジナリティのないものに偏ってしまいます。
ただ、オリジナリティとはフェチである。っとどこかの本で読みました。それ以外の自分の経験談などはありません、今も探してる途中です。
文章力
誤字脱字はもちろんの事、これは書いて慣らしていかなければ上がるものも上がらない。いわゆる画力に似ている。
正直国語は苦手分野なので、ここ評価的に低くならざる終えないでしょう。
なので文章力を磨こうとかそういうつもりは逆になく、むしろそちらの努力は全くせず。他の項目の方に極振りを
しようとか企んでいます。
日常の質について。
何故世の中出来上がった作品が全てなのに作品以外の事まで思考するのか? それはひとえに執筆速度と質の向上を目指しているからです。
読み書きはもちろんの事、意外と軽視されがちな健康や作品が完成した後にどう運用するかなど、作品以外のことについて語ろうと思います。
健康
作家は徹夜で原稿を上げるもの。っというのはほとんど過去のもの。今では睡眠を大事にしたり規則正しい生活をし、食事に気をつけ毎日の運動を欠かさない。私が実際に会ったプロは自分より健康に気を使っていた人しか見たことがありません。
最も気をつけた方が良いのが鬱でしょう、これは周期的に必ず起きます。生理現象と言っても良いくらいに無くなりません。その時は毎日作品を書き上げていたとしても後で読み返してみたらとてもじゃないけど自分が許せる内容じゃない時があります。その時は賭けていた時間や労力が全て泡と化すのです。こんな残念なことはありません。
これは家族で暮らしていたときは全然感じませんでしたが一人暮らしを経験したときは違いました。全て一人で管理しないといけない。するとどうなるのか? まず創作好きだと家から出なくなります。次に電気を消して部屋を真っ暗にしてパソコンの明かりだけになります。飲み物はコーヒーか紅茶意外は飲まず。会話する相手がいないので声を使わなくなり喉がつまります。創作する意外全てをめんどくさがると風邪をひいても病院に行かないなんて事も経験済みです。
そんな中で出来上がった作品は出来は良くても十中八九暗い内容です。
なので健康大事。
ではどうやったら健康になれるのか?
普通の健康法は僕にはわかりませんが、私に言えることは創作関係の友を見つける事です。それだけでかなり変わります、悩みを打ち明けられる友を持つこと。それが一番の打開策です。具体的なことは言えませんが一人で作業をすることが多いからこそなおさら必要なのです。
読み書き
インプットとアウトプットのことである。格好良く言ってみたが要するに読み書きについてだ。
その対比は3対1ぐらいが理想だと思っている。
使える時間が
8時間なら執筆6時間、読書2時間。
4時間なら執筆3時間、読書1時間。
1時間なら執筆45分、読書15分。
何故かというとまず作家になりたいのなら書かなければ作家にはなれないし読書をしただけでは作家になれないことは分かり切っているだろう。
サッカー観戦をたくさんしたからといってサッカー選手にはなれない。
やはりボールに触る必要があるからだ。
しかしだからといって読書はしなくていいかというとこれは全く別の問題になってくる。
おそらく読書を全くしないで執筆だけに専念すると1ヶ月か半年ほどでほぼ全てのネタを使い切ってしまいネタ不足に陥るだろう。もしくはネタが被る。
漫画だったら一ヶ月考えたネタで11ヶ月作画出来たが小説となるとそうはいかない。
空想のネタを文字で打つだけなのでその消費スピードはかなり速い。
アイディア帳にストックし、そのアイディアを文章として発表するには色々と加工して削ぎ落としたりはするがそれにしたって速い。ピラミッド型にネタを消費し使われるのはごく一部だろう。使われなかったネタは再利用するのか?答えはノーだ、一度使わなかったネタはよっぽどの事が無い限り使うことはない。
だから補充が必要なのだ。
1対1でもいいかもと思ったがそれだとなかなかに執筆の方が進まない。
3対1のほうが無難だろう。
教訓
教訓は短い言葉で簡潔に言った方が効果的だろうと思って説明は省きます。
主に過去に自分が経験した失敗談などで構成されています。
・ゆっくり確実に一歩ずつ。
・終わったんじゃない、始まったんだと思うこと。
・レストランで書くとき「家のほうが進むな」っと思っても、家に帰ると「レストランのほうが進むな」っと思ってしまう。
・ソシャゲはハマりすぎちゃいけない、奴らは人生を搾り取りに来てる。
・大人になったら時間をお金で買うようになる。
・夢を叶えるためにはお金が必要。
・少しでもいいから働け。大抵の障害はお金が解決してくれる。
スケジュール
大抵考えてもその通りに行かない、未来のビジョンは見えてもその当日には大抵思っていた状態とは違うから無理に機械的に行動すると余計に状況をこじらせることがある。
今まで完璧なスケジュール表を作っても上手くいった試しがない。
余白が出来る程度にスケジュールを立てないと上手くいかない。
ただ、何日までに何文字やっておく。ぐらいであったら上手くいくことは多々ある。一日3000文字書かなければならないだと調子が悪かったときに無理にでもそのラインを超えようとして精神的にも余裕が無くなる。
そのあたりを柔軟にするためにはブレ幅を設定する必要がある。
ざっくり言うと。
一日1万文字から2000文字までを目標設定とすればいい。
そして僕の場合お話の内容ではなくても。こういったエッセイや設定集なんかでもカウントする事にしている。そうしなけらば残念な気持ちになってしまう。せっかく文字は書いているのにカウントされないのでは気持ち的にダウナーになってしまう。
戦略
作品は完成した、ではそれをどう運用するかという手法だ。
今は小説家になろうを主戦場と決めているのでそこで投稿し続ける事を決めているが。
これはもうTwitterに告知くらいしか手がない。ニコ生で執筆生放送とかも考えたが少し相性が悪いことが多々ある。見た目的に派手ではないとか。集中できないとか、誰かと会話する事が出来たとしても筆が止まってしまうとか。書く内容が決まっているならまだしも小説執筆はそうはいかない。絵とか漫画なら下書きまでは前もって書いておき、その後お絵かき配信するなどは観たことあるが小説執筆はそう考えるとやはり相性が悪い。
公募に応募なども戦略の内に入る、残念ながら私は漫画の持ち込みやら投稿はしたことがあるが小説の賞の応募はまだ達成したことがない。
ここからが正念場である。
まとめ
久しぶりに小説執筆、ないしエッセイ執筆をしてみたが思いの外3000文字が遠く感じました。やはり毎日3000文字は甘くはない。思ったことをつらつらと書いてしまったエッセイですが、私的には最高1万文字で最低2000文字に設定しておけば毎日の生活に張りだ出そうです。
1000文字だと少なすぎるし、5000文字だと多いと感じる、3000文字だと毎日更新だと質は維持できなくて2000文字だと余裕があって物足りない。
こんな感じだろうか? 1万文字書けたことは数えるほどしかない。その場合は前もってネタ、プロット。などが決まっていたから書けたことを記憶している。
小説家になろうなら好き勝手書いても上限がないが公募だと多すぎても少なすぎてもいけないので公募の方が難しいと感じてしまう。
ちなみに今はレストランでデジタルメモ ポメラという2万円ほどの小さなパソコンのようなもので執筆している。アマゾンで買った。図書館だとパソコン禁止で少し困った、ドリンクバーは430円。毎日通うと思うと金銭的に少々痛いが毎日午前中だけ働いているのでこの程度なら痛手にならない。
昔はニート生活を謳歌していたが毎日の缶コーヒー代130円も自分で払えず心が貧乏になっていた。だが、少しでも働いていればこの程度の障害はお金の力でどいてくれる。
昨日は仕事用の鞄とは別に執筆専用の小さな鞄と財布を買った。A4ノートは入らないがこのポメラと読書用の本さえ入れば十分だ、いちいち仕事用の鞄を毎回入れ替える必要が無く時間のロスを減らせる。
結局家よりレストランの方が多く執筆出来てしまった・・・。
作品を書くと、色々なものが執筆の邪魔をしてくる、それを一つずつ取り除いた先に筆速と品質があとからついてくると思っている。
このように
・少しでもいいから働け。大抵の障害はお金が解決してくれる。
を実感しながらの執筆となりました。それではまた。




