世界観の設定の多さは果たして面白さに直結するのか?
無いよりはまし←結論、おわり。
まあ冗談は置いといて、時間があれば設定は多いい事にこしたことは無いんですが時間が無い時が問題なんですよね個人的には。
例えば毎日3000字書くぞ!っと意気込んで設定資料が書けない、なんてことが起こってしまうんですよ。
毎日3000字書くことに精いっぱいで設定資料集を作る余裕がないとか。
私の場合PSO2のストーリーモードを終わらせるまでストーリーは書かないし、書いたとしても新たな発見とかがあって中途半端になる可能性があるので書くのやめてるんですけど。
だからと言ってやることが無い、いえ、何か書きたい、だから設定資料集なんて時間しかかからないものを書こうと思ったわけです。
実際書いてみると「書いといて良かったな」とは思うんですが「これ本編で必要か?」と言ったものも大量に出現します。
世界観の設定に時間をかけた結果、文章にには書かなかったけど、キャラ達がリアルに感じた。
まさに一長一短な感じがします。
そして忘れてはならないのが設定を優先するのではなく面白さを優先しなければならないと言う事です。
沢山設定を作ったからもったいないから設定をたくさん出そうと言う事は面白さに繋がらない可能性があるからやらないほうが良いと言う事。
言いたいことはそれぐらいですかね、ではではまた次回。




