第一話 俺は運が悪い
俺は運が悪い。
どれくらい運が悪いかと言うと……
そうだな、両親に生まれてすぐ捨てられたり……
毎年流行り物の病に流行る前に罹ったり…
私立小学校に入学したと同時に小学校が負債で倒れたり…
成績も良く、自信のあった高校受験の会場に行く途中で、俺の乗ってたタクシーが事故に遭ったり…
それで滑り止めの高校に受かり、アパートで一人暮らしをするものの、 一人暮らし初日に空き巣に入られるわ…
昨日なんか、隣の人が火事起こすわ…
そんなこんなで、今は夜の公園で野宿だ。
……本当に運が悪い。
死んでしまうってくらい寒くても、意外に人間って堪えられるモノだ。一晩中あの殺風景で何もない寒いだけの公園で寝ていても、具合が悪くなることも無かった。
……まあ野宿初めての事でもないし、慣れていたと言えばそうなんだろうが……。
そんなこんなで、今日も普通に登校である。寒さのせいで目覚めもよくて、腕時計を見れば6時半。いつもの何もない土手も、登校の時間帯が違うからかどこか新鮮な感じがした。
「……おっはよーッ!!」
「ッ痛ってッ!!」
バッチーン。と人の元気良く背中を叩きながら、これまた元気良く挨拶してくれたのは俺の同級生、斑鳩流禍。
「……お前、さぁ……。
何でビンタすんの? 昨日のことまだ根に持ってんの??」
景気よく背中にバッチーンと平手打ちを貰ったら俺でなくともキレるだろう。今頃俺の背中には真っ赤な紅葉の如く、コイツの手形が刻み込まれているんだろうな。ジンジンと染み入るように背中が痛む。
「……別に? それよりさぁ、朝から顔色悪いじゃん。どうしたの? 時崎くん」
「どうしたの? じゃねーよ! 一晩中寒い思いしてたら、顔色も悪くなるわッ!!」
やっぱり顔色悪いんだ……。自分の顔色なんて解らないから、知らなかったが……確かに唇とか青い気がする。というか、昨日野宿してたの知ってるのにこんな質問をしてくるこの雌は本当に性格が悪いんだな。
……思うだけで、口には出さないが。
「朝から喧嘩してるなよ……。またカップルだとか騒がれるよ?」
と物腰柔らかに会話に入って来たのは、斑鳩ルカの兄貴で俺らの先輩にあたる斑鳩湊。顔良し、性格良し、頭良しの三拍子揃ったイケメンだが……
「ばか兄!! ヘンなこと言わないでよね!! 私は別に好きな人が……」
「いいじゃないかルカ。それなら僕も廻君に『お義兄ちゃん』って呼んでもらえるようになるわけだし……。お兄ちゃんとしては二人がくっついてくれると嬉し……いぃぃぃぃッ!!!!」
スパァァァンッ!!!!
バレー部次期キャプテン候補であるルカの本気平手打ちを右頬に喰らい、湊は赤く腫れた右頬を抑えながら悶絶する。……本当、その痛みは痛い程解るよ湊先輩。……でもアンタが悪い。
「……お兄ちゃんなんか、大ッッ嫌い!!」
と一言残して、情けなく疼くまる兄貴を残してルカは先に走って行ってしまう。
俺も先に行きたいところだが、隣にまさにOTLのポーズで痛みを堪えている先輩を置いていくわけにもいかない。
「……あの、大丈夫ですか? 湊さ…………。」とりあえず尋ねてみたが、言葉が詰まってしまった。いや、仕方ないだろう。
「……大嫌いって……言われた……。……ルカに……嫌われた……。」
だって高校生にもなった男が両手両膝を地面について、真顔で涙を零しているのを見てしまったら言葉を詰まらせるのも仕方ないだろう。
このいかにもイケメンで、性格も良くて、頭の良い先輩は実はかなりのシスコン。……そしてそれだけじゃない。
「……あれくらいのことで泣かないでくださいよ! 高校生のマジ泣きを見るこっちの見にもなってください……」
「……抱かせてくれたら……泣き止む。」
「…………。」
「……廻君が僕と◎◎◎してくれたらッッ!!!」
スパァァンッ
元バレー部の俺は先輩の左頬に平手打ちをかます。
「……朝から気持ち悪いこと言うな!」
この残念なイケメン……略して残メンな先輩はシスコンに加えてホモなのだ。一応彼の言葉を借りて補足すると
『……別に男が好きなわけじゃないよ? 女子だって普通に好きだし。僕が好きなのは廻君みたいな可愛い男の子だけだよ。』
とのこと。
ガチで“男”が好きなのではないらしい。……がそんなの関係ない。俺からして見ればただのホモだ。ただの変態だ。
そのただの変態は涙をボロボロ零して泣いているし……。さっさと学校のストーブで暖まりたいのに。……それに。
「……早く立ってください!今日俺個人試験なんですから!!」
個人試験……なんて、最悪な響きだろう。定期試験とか模擬試験とか、全員対象の試験でなく個人単位で課された試験だ。……最悪なことに課されているのは俺だけ。
ちなみにだが試験に失敗すれば、どうなるんだろう……退学は無いと願いたいが、留年は有り得る……かも。……だからこそ一分でも早く学校に行って、暖まりつつ試験勉強に勤しみたいのだ。
「……そうか。 そうだったね。……で、昨日は勉強出来たかい?」
「……昨日は野宿してたんで。 勉強道具も燃えちゃったし。」
燃えたの半分。消火の際にずぶ濡れにされたの半分……かな。
最初に呟いたかもしれないが俺は不幸だ。本当に不幸だ。どれくらい不幸かと言えば――
普通に登校していたら、後ろから自転車に衝突されて……しかも自転車に乗っていたおばあちゃんの方が、転落し頭を打って病院へ担ぎこまれて……そのおばあちゃんが実はウチの学年主任のお母さんで……慰謝料を請求されて……まあ、何処も悪くすることなく治療はすんだのだが、学年主任からは目を付けられて……つい昨日の昼休みに普段の遅刻や何やらを理由に個人試験を課され……アパートに帰ってみればウチが炎上してて……結局一回も試験勉強出来ないまま、11月の寒空の下で野宿するくらい――不幸だ。
「まあ、どうしても追試になっちゃったら、その時には僕の所に着てよ。……手取り足取り教えてあげるから……」
「……そうならないように頑張りますよ。」
うっとりするなド変態。……とか思いつつも、いざという時は大体助けて貰うんだけどね。まあ、セクハラも酷いが受講料だと思えば触られるくらい安いものだ。
やっと立ち直った残メンこと湊先輩と共に歩きだすのだが、結構なタイムロスだ。朝から余り出くわしたくない面倒な人に出くわしたもんだ。
「そういえば、最近通り魔事件が普原東辺りで起きてるらしいよ。 廻君気をつけてね? 廻君は本当女の子みたいなんだから…」
「へぇ……ってか女の子みたいなのは関係無いでしょ」
女の子みたい……か、あんまりいい気はしないな。気にしてるから髪はある程度短く切ったんだが意味なかったみたいだ。
「いやいや、その通り魔事件……最初の一件以外、全員女の人が襲われてるんだよ。」
「……物騒ですね。……確かにしばらく野宿する身としては良い話じゃないですけど」
「……だから、ね。 廻君さあ、今日からしばらくウチに泊まらない?」
「結構です。」
即答で返してやった。だってそんなことしたら、この犯罪者予備軍が何してくるか解ったもんじゃない。
「釣れないなあ。……でも、今回は瑣事じゃないよ? ウチに来なよ。僕と相部屋が嫌なら、ルカと相部屋にすればいいしさ。」
「……でも、遠慮します。……自分の身くらい、自分で守れますから。」
誰かと一緒に暮らす……なんて、俺には出来ない。だってそうやって“家族”を何度か失ってきたから。こういうのには抵抗がある。
一瞬、思いつめたら暗い表情を漏らしてしまったらしい、湊先輩は神妙な顔をしていた。
「……廻君、運悪いからさ。僕は凄い心配なんだよ。」
……そう言われると、まあそうだが……。……うん……まあ大丈夫だろう。
いくら運が悪くても、本気で命に関わったことなんて一回しかないんだから。
せっかく先輩の心配だ。心苦しいが丁寧に断り、やっとたどり着いた学園内ですぐに先輩とは別れた。
少し気まずさもあったからだが、俺にはもう一つの理由がある。
試験勉強だ。
友達から借りれば勉強道具は足りる。シャーペン類も借りればいい。 とにかく昨日準備出来なかった分、少しでも朝取り戻すしかなかった。
かつては神童と呼ばれたこの頭があれば、あるいは間に合わないものでもないだろう――
――キーンコーンカーンコーン……
「えっ……?この時間に予鈴??……何の……?」
普段なら鳴らない。この時間には。
今腕時計を見ても6時半だ。朝は7時20分の朝部活の終了のチャイムに、7時40分のHR開始10分前のチャイムと、HR開始の7時50分のチャイムが鳴る。……6時半にチャイムは鳴らないはずだ。
「……!!? 6時半っ!!?」
駆け上がる階段の途中で、俺の足は止まる。
良く思い出して欲しい。……今日朝起きたときも、俺の腕時計は6時半を指していた。…………つまり…………。
「時計……とまってる……。」
最悪だ。通学路で朝から斑鳩兄妹としか、学生に出会わなかったのも……
土手の雰囲気がいつもより新鮮だったのも……
早く起きたからじゃなかった。
「うそうそうそうそっ!!」
人っ子一人いない階段を駆け上がり、教室に駆け込むと――
ガチャッッ
俺が教室に入って来た瞬間に、クラスメートの顔が全てこちらに向く。
黒板に向かって授業をしていただろう古典担当の学年主任さえもこちらを向く。……そして低い良い声でこう言った。
「時崎……今、何時だ??」
今すぐにでも日本刀を取り出しそうな……そんな形相で言われても……俺は正直にこう答えるしかなかった。
「ろ、6時……半……カナー??」
この学校、私立言之原学園は学生の知能もピンからキリまで幅広く存在する小中高校一貫学校だ。
厳密に言えば、大学……その後の就職先まで、簡単に行けるわけではないが用意されていて、本学園生徒は優遇されている。
天才と呼ばれる生徒達は日本トップレベルの奴らが在席しているし、また学舎は違うが特別入学生という物も存在し、特別入学というのは他事情で出席日数が足りない生徒達や、家事情で学費が払えない生徒達を引き受け、進級し卒業させてやろうという制度だ。
だからこの言之原高等部の生徒は毎度のテストでAランク、Bランク、Cランクという格付けをされて、格付けによって別々に分けられた学校舎で学ぶことになる。
まあ、一般試験入学、推薦試験入学、特別入学といった入学方法の違いでほとんどレベルは仕分けられていて、CからBにランクアップしても、BからAのランクへとは中々上がれない。
つまりはBの俺らはまあ、頑張ったってAランクには上がれないという事だ。
『自由』がモットーの校風は有り難いが、社会の縮図のような学園だ。……未成年だというのに自由に一々責任がついてまわる。
まあ、遅刻はどんな学校に於いても叱られて当然の所業だが……
――キーンコーンカーンコーン
地獄のごとき古典の時間の後すぐに頭を抱えるように、俺は机に伏した。
「はあぁ……」
朝からとんだ災難だった。
あれから1限丸々つかって俺は学年主任にから説教を受けた。……確かに遅刻が多いのは言い訳出来ないが、事情も少しは考えて欲しい。
俺が運が悪いことも含めて考えて欲しい。この間の遅刻なんか、アンタのお母さんに自転車で引かれたからだからね?
まあ相手は学年主任だし、絶対にそんなこと言わないけど。
「いやーグッジョブだわー時崎ぃ! お蔭様で、クソだるい古典の時間が仮眠タイムになったぜ」
「……あーそうかいっ」
なんて友達甲斐のない奴らなんだ。
人の不幸は蜜の味ってか?その言葉通りなら俺は蜂の巣だ。
野郎共は散々笑った揚句、さっさとどっかへ行く。
すると、いつものように俺に群がってくるのは……
「メグちゃん可哀相〜! 私が撫で撫でしてあげる〜」
「今日、メグ休みかと思ってがっかりしてたんだよ〜」
「今日はどうしたの? また犬に追っかけられちゃったの?」
可愛い可愛いと連呼してる自分が可愛いと思ってる?女子達だ。毎日のように俺の頭を撫でてくる。
実は俺、身長が155Cm位しかなくて自他共に認める童顔。変声期も終えてないんじゃないの??ってくらい女の子見たいな声の、男の娘と書かれても言い返せない男なのだ。
実際、自分をそんなに可愛いと思ったことはないが……クラスの……いやクラスメート以外でも知り合いの女子のほとんどが、可愛い可愛いと言う。
まあ、キモいとか不細工とか言われるより遥かにマシで、可愛いなんて言われれば悪い気はしない。……けれどそれは裏返せば、つまり女子のほとんどが俺を異性として意識していない……そういうことになる。太っててもマッチョでもガリガリでも、男なら男らしくありたい。
けれどそういうコンプレックスは誰も理解してくれないまま、今もこうやってゴシゴシ頭を撫でられることを受け入れている。
「そう何回も犬に追いかけれ回されてたまるか。 腕時計が止まってたんだよ。……それで時間間違えた。」
そう言って彼女達に時計を見せると
「えー!なにそれ~それで時間間違っちゃったの?? うっは可愛いー!!」
何が可愛いー!!だ!!言っとくけどな“可愛い”とか男に対しては暴力みたいな物だからな!!言わないけど。
まあ、こういう女子達は大低、大人な彼氏がいたりして、俺にはその手の感情が無いと暗に言っている。
それが、やっぱり悔しい。
「……なに不幸面してんのよ。 幸せじゃない! 朝から女の子に囲まれちゃってさ」
やけにオフェンシブな口調で俺に突っ掛かるのは……今朝の女の子、斑鳩ルカだ。
ルカもクラスメートだ。友達として縁は長い方でいつもはもう少ししとやかだが、今日に限っては機嫌が悪い。今朝も機嫌が悪かったし。 いつも俺が女子と一緒にいる時には話しかけてこないアイツが話しかけてきたのも珍しい。
「……なんだよ、朝っから不機嫌だなあ。」昨日の事を引きずってるんだろうけど……。
「……ちょっと話しがあるから、来て」
ブスッとした態度で呼ばれたわけだし断ってもよかったが、そうしたら通例として暴力を振るわれると思い、しかたなく俺は魅世について行く。
「斑鳩さん酷くない?? 今日もあれだけどさ、いつも。」
「なんかさ、廻君のお姉ちゃん気取りみたいなとこあるよね。…世話女房みたいな」
なんていう、まあ悪口にも陰口にも付かない事を女子達が言っているのを僅かに聞きながら教室を去った。
前述の通り、悩みの多い学園だ……得に生徒にとっては。 たがらこそ、本当なら飛び降り自殺でも多く起きそうで、屋上なんか解放するなんて……まさに自殺行為なのだが。
この学園は屋上を解放している。……実際は校則違反だが、自由モットーの学園でこんな些細な校則を守る奴も少ない。
というわけで、ルカに連れて来られたのは屋上。
「なぁ、寒いんだけど」
手を引っ張って俺を連れていくルカはこちらに振り返りもしない。
地上5階から眺める風景は中々風情があったが、とても寒い。風が強い。
「……なんで、ウチに来ないのよ?」
「はあ?」
いきなり口を開いたかと思うと、ルカは振り向いてこちらを睨む。
「……え、ああ。朝湊さんからも言われたけど……大丈夫だって、心配ないよ」
「どこが大丈夫なのよ! こないだも犬に追っかけられて……昨日は火事……あんた運悪いんだから、え……遠慮しないでウチに泊まりに来なさいよ!!」
「そう言ってくれることは有り難いんだけど……」
一瞬、泣き出すんじゃないかってほど顔を赤くし、目を潤わせるルカ。その姿に気圧される。
「なによ!なにが不満なわけ!? やっぱり、私のことが嫌いなの!??」
「嫌いなわけないだろ!」コイツ……他の女子達に俺が囲まれていると心なしか不機嫌だったのは、もしかしてヤキモチかなんかなのか?
少しの沈黙のあと、ルカが更に顔を赤くする。
「……な、ならいいじゃない!!」
「良くないよ。迷惑かけちゃうだろ!」
俺のこの運の悪さはただ単に運が悪いだけとは思えなかった。親密になればなるほど、相手にも降りかかってしまう気がした。
「迷惑なんかじゃない!……お父さんもお母さんも廻を心配してるし、お兄ちゃんは廻が大好きだし……私は……」
言葉が詰まるルカ。俺としても一番聞いておきたい部分だ。
「……お、お前は……どうなんだよ……?」人の心に踏み入るようで、何かこちらまで心臓を揺さぶられるような気分になる。
「私……も…………廻が……」
「誰かいるのかっ!!?」
響いたのはルカの真意ではなく、男の叫び声だった。
――学園警察(SP)だ。
脊髄反射的に学園警察の男から死角になる場所に、ルカの手を引き隠れる。
壁と飛び降り防止の柵との間。すごく狭いスペースに、ルカと俺が詰め込まれてしまったが、仕方ない。
そうまでしても、あの学園警察とかいう連中からは逃げれるなら、問題はない。
学園警察なんて言うと解りにくいが、俗に言う風紀委員だ。ただし、普通でない。 特殊(Speciali)風紀委員(Prefect)略して特風とかSPなんて呼ばれている。
呼び名が違うだけでこの学園警察なんて呼ばれる連中が、他校の風紀委員と同じでないことは解ってもらえるはずだ。
先も言ったが、この学園のモットーは『自由』。ただし『自由』は適当に使わなくてはならない。『自由』を原則にすると大低、それを自分勝手に悪用する人間が集団の中から生まれてくる。
そういう摂理を踏まえた上でも学園は『自由』を原則に据えている。そしてそれにより少しも弊害が出ていない。……それはつまり『自由』を履き違える生徒が総生徒数何千人のこのマンモス校で、誰一人としていないことを意味する。
――下手な社会人ですら間違えるのに、この学園の生徒が履き違えないのは、道徳観がしっかりしてるからじゃあない。 大体道徳観なんて、誰しもが多少は持っている。持っていないやつは今頃、刑務所にいるだろう。
こちらの生徒も社会人もただの人間だ、同じ人間だ。そこに差異はない。
統率がしっかりしているからである。しかし学園を管理するはずの教員には大きな縛りがある。……つまりは体罰の原則的禁止である。
先生は先生である以上、生徒に手を出してはならず、口で言って聞かせるには生徒は余りに大人すぎて子供すぎる。それに数が多すぎる。
そこで風紀委員には例外的に、力による粛正を許可しており、生徒だからこそ可能な武力行使により多すぎて、大人すぎて、子供すぎる生徒を上手く統率しているのだ。
実際に学園警察により、『自由』原則のこの学園から何の不祥事も沸くこともない。風紀は守られている。……生徒達も何も悪いことしなければ、粛正されることはないので、その成果から学園警察の評判は良いのだが。
屋上に出て話しをするなんていう、小さいとはいえ校則違反を犯してる俺達にとっては死に神でしかない。
流石にこんな些細な違反だ。武力行為を施されはしないだろうが……学園警察の中の一部には、頭ガッチガチの合理主義者がいると聞くので、反省文の提出くらいなら可能はあった。だったら見つからないに越したことはない。
「……なんで開けっ放しにしてたんだよ!」
風の音に紛れ、小さくルカに文句を言う。
「私の方が先に外にでたんだから、廻が開けっぱにしたんでしょ?」
「な!……あれはお前が手を引っ張っていくから閉められなかったんだろ!」
まあ今そんな小さいことで喧嘩する必要は無い。この会話も、こんな身体の密着した状況で変に互いに意識しない為に作ったわけで、喧嘩をするつもりは毛頭ない。俺はルカが機嫌を悪くしない程度に話しをやめた。
しばらくして、ルカが学園警察が去ったことを確認して俺達は狭い空間から時はなれた。
本当。ルカが貧乳で助かった。あれが並の大きさでもあろうものなら、窮屈だったに違いない。
やっと解放されたところで、屋上の大きな時計はそろそろ休み時間が終わると告げていた。
「やっば時間……じゃあ、……私のほうが先に教室に戻るから。……廻は少しずらして降りてきてね!」
「は?なんでお前が先に行く……って……」
そう言い終わるうちには、もう既にルカはダッシュで階段を駆け降りていた。
この学園の高等部のBランク学舎の屋上では、変わった噂があり、それは『ここで告白すると恋が成就する』というモノだ。
ていうか、そんな噂がある屋上で告白されたら、相手がどんな奴でもOKしなきゃ完全空気読めない奴認定を下される。
そういうわけでココは毎月カップルを量産する屋上なわけで……そんな所から仲良く男女が降りてくれば、そういう噂をされてしまうわけで……。
どうやら人目を気にしてここまでルカは俺を連れてきたらしい。
そういうあいつの気持ちを汲み取って俺も少し屋上で仕方なく時間をつぶした。
「……そういや、さっきあいつなんて言うつもりだったんだろ……」
私 も
あれこれって完全……告白じゃね?
私も…『好きです』ってことじゃね?
文脈的に考えて。
……。自意識過剰か?? 確かに俺に男としての魅力は無いし……。 寧ろ女の子扱いだ。
もしかしてルカってレズ……?
いやいやそれこそ考えすぎだろ。自意識過剰だ。
色々と……いや悶々と思いを巡らせたが、結論は『気にしない』にした。
歴代のハーレム系漫画の主人公達の態度もそうだろう。ああいう女の子に思いを寄せられる主人公は決まって鈍感だ。
まあ、鈍感を装うとは言わないが……彼らの鈍感さを見習って『気にしない』ことにした。
あー、奥手なんだろうな俺。
――キーンコーンカーンコーン
色恋に現を抜かしていた阿呆な俺の頭に、チャイムは非常にも遅刻の鐘を鳴らす。
「……嘘だろ……。」
まあ、2時間目の世界史の先生は美人で優しい22歳だし……
少し遅れて、構ってもらうのは寧ろご褒美だ。
そうポジティブに思考をシフトし、屋上から俺達の教室のある5階への階段を駆け降りる。
「……あっ……」
バンッと階段の踊り場で俺としたことが、人とぶつかってしまった。
幸い俺の紙のような体重で、相手はよろけることなく……寧ろ俺が後ろに吹っ飛された。
流石に俺でも中々、ぶつかっただけであんなに吹っ飛ばない。よほど相手は体格の良くて重心の座っ……た…………
「何やってるんだ? 時崎ィ」
良く目を懲らして見てみると、あの忌まわしきの学年主任だった。
「……嘘だろ……」
でもまだ俺の運の悪さはこんな物では終わらなかった。