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【黄泉帰里編17】 本物の魔法使い


 園島西高校のグラウンド。他の高校と比べていくらか広いそこに、夕闇に紛れていくつもの屋台と、そして中央に大きな大舞台があった。それも、ちゃんとした資材を搬入して作られたなかなか立派なものである。大学の文化祭で見られるような舞台……と言えばその概要が伝わるだろうか。


 さて、祭りの最中、この大舞台では様々な催し物が行われていた。カラオケ大会から始まり、腕相撲大会とつながって、今は最後の企画であるかくし芸大会が行われている。


 田所と別れたミナミたちはこのかくし芸大会を見に来ていた。勧められたというのもあるが、もとより来る予定ではあったし、なんだかんだでちょうどいい時間になっていたのである。


 このかくし芸大会であるが、ミナミの大方の予想通り、一発芸や宴会芸と呼ばれるそれが大半を占めていた。ついさっきまで屋台でお好み焼きを焼いていたであろう近所の爺さんによる皿回しや、OBらしき男性のアクロバティックなパフォーマンス。お笑いのコントもあれば筋骨隆々の男性陣による百面相の女装など。まさに何でもありのかくし芸だったと言えるだろう。


 いい意味でくだらないものも多かったものの、ミナミはこの絶妙なチープさがけっこう好きだったりする。ど派手で度肝を抜くようなものももちろん好きだが、限られた手札の中で創意工夫を凝らしたパフォーマンスも大好きなのだ。


 この日本特有のかくし芸は異世界人のみんなにもそれなりに受けていた。お笑いコントなどは伝わりにくかったようだが、パッと見で分かるパフォーマンス──組体操や珍妙な格好をしたダンスなどには、称賛の声とお腹の底からの笑い声をあげていた。


 しかし、だ。


 今この瞬間においては、会場の誰もが声の一つも上げられずにいた。舞台の上にいる一人の奇妙で胡散臭い少年に注目している。否、その存在に惹きつけられてしまっていたのだ。


「さァさァ、ようやくお待ちかねだァ。本物のパフォーマンスってのを見せてやるぜェ?」


『こいつがいなければかくし芸大会は語れない! 今年は何を見せてくれるのか!? 奇術師? 魔術師? それとも道化師か! 園島西高校、超技術部部長の登場だ!』


 ナレーションのあおりと共にそいつは舞台の真ん中へと躍り出た。妙にボロボロに見えるどこかオリエンタルな衣装──特徴的な模様といくつもの飾り紐、そしてジャラジャラと付けたアクセサリーが印象的なそれを纏っている。ご丁寧に赤と青で奇妙な紋章の様なフェイスペイントを施しており、ミナミにはそれが一瞬、妖しげな未開の部族の祈祷師のように思えてしまった。


「さァ、夢と幻惑の世界にようこそだ! 種も仕掛けも無ェ、本物の魔法ってモンを見せてやるぜェ!」


 ぱちりとそいつが指を鳴らす。少しおどろおどろしい、されど軽快な音楽が流れだした。少年は挑発的な笑みを浮かべ、首に巻いていたスカーフをしゅるりと解く。そして、空中へと投げ去った。


「うぉっ!?」


 いきなり空中で発火するスカーフ。それだけではない。宙で燃え尽きたそれから、何かが落ちてきた。手のひらにちょうど収まるくらいのボールだ。それが四つもあるうえ、どれも火に包まれている。


「あらよっとォ!」


 少年は事もなげにその火の球をつかむ。まずは小手調べと言わんばかりにジャグリングをし始めた。四つの火の球が暗い空間に華やかな光の軌跡を描き出し、観客の目を釘付けにさせる。


「あ、熱くないのか……?」


「そもそもどうしていきなり発火したのかしらぁ?」


「魔法……ってわけじゃなさそうですし……ふむ」


 複雑な軌跡を描く火の球。やがてどういう仕組みか、バックミュージックのテンポが速くなるにつれてその色を変えだした。一つは赤のまま、一つは青に、一つは緑に、一つは紫に。それだけでもすでに幻想的で驚きだというのに、少年がニッと笑って四つの球を環状に回し始めると、その中央からどこからともなく黄色の炎の球が現れた。


 カラフルな火の球による、ファイブボールジャグリングである。会場に歓声と拍手が沸き上がった。


「うっそぉ……!? なにあれ……!?」


「手品とジャグリングってわけか」


 異世界組はもちろん、現地人であるはずの五樹と一葉でさえ、そのパフォーマンスに目を見開いている。いや、この会場において驚いていないものなど一人たりともいない。


 しばらくそうしてジャグリングが続いただろうか。もちろん、そのジャグリングはどれもプロと見間違えるくらいに高等な技術ばかり使われていたが、やがて疲れで手元が狂ったのか、ボールが見当違いの軌道を描いてしまう。


「「ああっ!」」


 落ちるボール。弾むボール。そのままいずこかへと転がり去っていくと思われたそれは、空中でピタリと制止した。


「なァ~んてな?」


 少年が心底嬉しそうな笑みを浮かべる。空中のボールに手をかざしていた。どうやら、何かしらのパワーでボールを宙につなぎとめている──という設定らしい。いずれ、手品や奇術の類であることは間違いない。


「そォら!」


 少年はパントマイムのようにそいつを引っ張った。まるで糸でもくっついているかのように、空中に制止していた炎の球がそれに引き寄せられていく。炎の球は少年の滑らかな手の動きと連動するかのように複雑な円運動を描いていた。


「あれ、絶対どこかに糸ついているよね……?」


「……でも、どこに? さっきまで普通に投げてたし、燃えてるじゃない。だいたい、二つだけならまだしも、どうやって五つのボールを同時に操るのかしら?」


 ミナミの強化された超視力はしっかりそれをとらえてしまった。いつのまにやらボールにワイヤーの様なものが付けられている。それは、少年の右手と左手の指輪へとつながっていた。


 そう、彼は指の動きだけで五つのボールを自由自在に振り回しているのだ。


 後にミナミは知ったが、この手のパフォーマンスをスウィングジャグリングと言うらしい。紐に重りをつけた道具はポイと呼ばれるそうだ。もちろん、今回の場合はかなり特殊なケースであるのだが。


 やがて少年は、五つの火の球を振り回したままブレイクダンスを始め出す。オリンピックの体操選手もびっくりな動きだ。まるでアクション映画の一幕かのように飛んだり跳ねたり回ったりしている。その動くはあまりにも複雑すぎて、とてもミナミの拙い表現力では言い表せるものではなかった。


 最後に、少年は五つの炎の球を思いっきり上へと放り投げた。自身は同時に空中で大きく腰を捻って一回転し、逆立ちにも似たかっこいいポーズをビシッと決める。


 ジャン、とまさにぴったりのタイミングで音楽が終わる。そして、中空へ放たれた球がいくつもに分裂してはじけ、ラメの混じった紙吹雪が会場に舞い散った。


「きれい……!」


 誰かがうっとりとつぶやいた。文句なしの、最高のパフォーマンスだった。


『奇術、手品、ブレイクダンスに炎のジャグリング! すべてが一体となったパフォーマンスを披露してくれた彼に、今一度大きな拍手を!』


 アナウンスが終わる前にどっと大きな拍手が沸き起こる。もちろん、ミナミも子供たちも、ほとんど無意識のうちに手を叩いていた。普通のサーカスよりもはるかにレベルの高い、ましてやたかだか町のお祭りなのでは到底みられない芸が見られたのである。これで拍手しないほうがおかしいだろう。


「どうもォ! 悪ィが、アンコールには答えられねェぜ!」


 少年は胡散臭い表情を崩さないまま会場に手を振り、ぺこりとお辞儀する。最初から最後まで、一貫してパフォーマーとしての誇りを貫いていた。


 異世界でのことも含めて、今までいろんなパフォーマンスを見てきたミナミであったが、明らかに今回のそれはレベルが違う。いっそ魔法を使っていたと言われてた方が信じられるくらいに摩訶不思議で幻想的なものだった。


「この高校、こんなのがザラにいるのか……」


「あの人、私が部活見学で見たときは首がもげた状態で玉乗りしてたからねぇ……」


「……おれ、できるかな。腕とかなら自信あるけど、首が落ちるのってゾンビ的にどうなんだろ?」


「物騒な事考えるんじゃねえよ……」


 ともあれ、これでかくし芸大会も全ての演目が終了したことになる。一応飛び入り参加者を司会が募ってはいるが、あの演技の後で挑戦するものなどいないだろう。あとは結果発表を待つばかりで、それでさえ、ほぼもう優勝者はわかったようなものであった。


 が、しかし。


「すみません、ミナミ。私の装備──ローブと長杖(ロッド)を出してもらえませんか?」


「えっ?」


 珍しく、なんだか妙にうずうずした表情でパースがミナミにお願いをしてきた。


 わけもわからないまま、ミナミは言われた通りに──誰にも見られないようにこっそりとそれを出す。パースはポロシャツの上からささっとローブを羽織り、パッと見だけならいつもの冒険者姿になった。


 もちろん、元々はポロシャツにジーパン姿だったものだから、本来の装備姿を知っているエディたちから見れば酷く不格好と言うか、中途半端で頼りなげな状態である。しかし、一葉や五樹から見れば、そのローブ姿──見た目の九割が異世界の装備であるその姿は、まさに本物の魔法使いのように感じられていた。


『さあ、飛び入り参加者はいないのかあ!? 我こそはと思う猛者は──!』


「ここにいます!」


 パースが人混みをかき分けて躍り出る。あえて目につくようにロッドを振り、自分の存在を周りにアピールした。それを認めた司会は面白いものを見つけたかのようにニンマリと笑い、係の生徒がちょちょいとパースを舞台袖へと招く。


『おおっとぉ!? なんかすんげえ本格的な装いをしたチャレンジャーが現れたぞ! これはちょっと期待しちゃっていいのか!? しかも外国人のイケメンだ! ガチで予定外のサプライズだぞぉ!』


「えっ、パースさんパフォーマンスやるの?」


 パースは大舞台の上で観客に手を振っている。冒険者の魔法使いの格好をして、異世界の──日本の祭りのかくし芸大会に出場しようというのだ。


「エディ、パースってかくし芸とかできるの?」


「いや……そういうのはどっちかっていうとフェリカだ」


「ふざけてバカ騒ぎするのはエディだし、あいつはいっつもそれを止める側よねぇ。間違っても宴会芸なんてするタイプじゃないわぁ」


 芸がないのにかくし芸大会に出るとはこれ如何に。ミナミたちの心配をよそに、パースは司会から受け取ったマイクで前口上を述べだした。


『先程の──ええと、超技術部部長さんとやら』


 いきなり指名された胡散臭い少年が、ちょっと驚きながらも空気を読んで舞台の上に上がってくる。パースと向かい合う形で対面した。


『とても素晴らしい技術に、私いたく感動しました。いやはや、どうやってあれを成したのか、いったいあれだけの技術を習得するのにどれだけの時間をかけたのか、尊敬の念しか湧きません』


『本物の魔法を見せてやるって言ったはずだぜェ? この程度朝飯前さァ』


 ちゃっかりマイクを持っている。どうやらこの手のアドリブに関しても運営はしっかり対応してきたらしい。さっきまでは流れていたバックミュージックもいつのまにやら消えていた。


『それよりよォ。なんだってこうしてオレを指名したんだァ? まさか褒めるだけってのはないだろォ? ──ご丁寧にロッドまでもった、魔法使いの兄ちゃんよォ?』


『ええ、もちろん』


 パースはにこりと笑い、その水色に煌めくミスリルのロッドでわざとらしくたん、と床を小突く。魔力を纏わせたのか、それに合わせてロッドはきらりと煌めいた。どよりと観客がざわめき、一瞬だけ少年も目を見開く。


『あえて、名乗りを上げるとしましょう』


 パースはロッドを構えて大仰にくるりと振り返った。ローブは大きく翻り、いかにもそれっぽい感じになる。


『私は、遠い遠い魔法の国からやってきました。大した理由はありません。ちょっとした観光のつもりでした。ですが、そんな中であなたのような素晴らしい人物と、その至高の技術に出会うことが出来た──』


 くいくいっとパースが運営側に小さく合図を送っていた。おそらく、舞台に上がる前に舞台袖で音響や司会に話を通していたのだろう。少年が先程パフォーマンスで使ったものと全く同じ音楽が流れだす。


『その事実に対する喜びと、あなたへの敬意として──本物の魔法ってやつをお見せしましょう!』


「「なにぃぃぃっ!?」」


 パースがゆっくり、見せつけるように右手で前方を薙ぎ払う。水で出来たスカーフの様な物体が現れた。にやりと笑ったパースは、魔力に反応して煌めく杖をくいっと動かし、それを空中へと放り投げる。


 観客の、いや、司会も胡散臭い少年も含めた全員の視線がそのスカーフに集中する。皆の目の前で水のスカーフが弾け、祭りの光をキラキラと反射する四つの水の球が現れた。


『……英知の泉、不壊の真実、神秘の師。我を呼ぶ名は数あれど、我を表すことはなく、ただその瞳は《真理》を求めるのみ──【古の大賢者】……と、本来はこう名乗るのですが』


 ロッドをぐるりと回して構えるパース。少年はこれでもかと目を見開きながらも、興奮を抑えられない顔をしていた。


「アンタ……最高だよ!」


『今回は、あえてこう名乗りましょう。──【本物の魔法使い】パース、いざ、参る!』


 パースは、先程少年がやって見せたことをそっくりそのまま魔法でやり返して見せた。水の球をロッドによる魔法制御だけで操り、自らの手を使わずにジャグリングして見せる。ときおり曲の盛り上がりの所において無駄に杖を振り回し、ローブをそれっぽくバサバサさせていた。


「あの野郎……! 本当に魔法を使いやがった……!」


「ねえ、あれっていいのかしらぁ?」


「うーん……みんな手品とか奇術だと思っているみたいだし、いいんじゃないかな?」


 ミナミに言われても困る。なんせパースは文字通り本物の魔法使いなのだ。奇術でも手品でもない、本来ならば建前としての口上をそっくりそのまま事実にしてしまっているのである。


 そして、このかくし芸大会とはそういった芸を見せる場だ。少なくとも、この会場にいる人間はものすごい芸をしているという認識しかなく、本当に魔法を使っていると思っている人間はひとりもいない。


 それに、先程の超技術部の部長だって魔法染みたことをしていたのだ。大して変わらない様な気がするとミナミは開き直る。むしろ、魔法使いでもないのにあれだけのことをやってみせた超技術部のほうがすごいと言えるだろう。魔法使いもびっくりである。


「うっわ、すっげえ盛り上がり……!」


「炎のパフォーマンスに対して水のパフォーマンスで返しているからね……。しかも、本物のイリュージョンよりもすごいっていうか、ガチのCGを生で見ているようなものだもん」


「これ、その手のパフォーマンスに詳しいやつが見たら、ガチの魔法ってばれるんじゃないかな……?」


「あら、それじゃ私はやめておこうかしら。ここなら魔法使いはみんな一流の芸人になれると思ったんだけど」


 パースは拙いながらも音楽に合わせ、演目を進めていく。彼が杖を振るう度にそれが光り、パースの魔法使いっぽさを十分に演出していた。水の球は自由自在に動き回り、パース自身が手を触れていなくてもジャグリング……と似たような軌道を見せつけた。


 四つの水球がぐるぐると環状に回る。真ん中から新しい水球が生まれた。一際大きなどよめきと歓声があがる。


「異世界の魔法使いってみんなああいうのできるんですか?」


「うーん……。パースさんは特級の魔法使いだし、水は得意分野なの。練習すればわからないけど、みんな威力重視で魔法を練習するから、あそこまで小器用に操作することが出来るのは少ないと思うわ」


「じゃあ、魔法専門のサーカスの人がいたりとかは……」


「今回みたいのは魔法ってわかるから、見世物としてはともかく、純粋な意味での芸としてはそもそも成立しないかな」


 レイアとソフィ、一葉がしゃべっている間にも本物の魔法使いによる本物の魔法が行使されていく。バウンドした水球が空中で止まり、魔力を帯びた特有の発光現象を引き起こした。杖と連動して光るものだから、それはそれで演出として面白いものがある。


 さすがにブレイクダンスは出来ないから、パースは適当に球をくっつけたり分裂させたりして時間を稼ぐ。いかにも魔法使いっぽく水球をあやつり、そして最後のフィニッシュとして観客の上空で水球を破裂させた。


 魔力を帯びた水が霧状となり、キラキラ光りながら降り注ぐ。もちろん、パースは杖をビシッと構えた、かっこいいポーズを決めていた。


『おおおおお! 飛び入りチャレンジャーが凄まじいパフォーマンスを見せつけた! 炎の饗宴に対する水の演舞! とても飛び入りとは思えない手の込み方! もしかしてガチで種も仕掛けも無いんじゃね!? 本物の魔法使いに、今一度大きな拍手を!』


 割れんばかりの拍手が起こる。超技術部の部長もまた、狂気じみた笑みを浮かべながら惜しみない拍手を送っていた。


「アンタ、マジですげェよ! マジで魔法みたいだったよ! 一体全体どうやったのか、さっぱり見当がつかねェ!」


「いえいえ。私からしてみれば、あなたのほうが何倍もすごかったですよ。冗談抜きに一生かかっても真似できる気がしません。──それと、私が使ったのは本物の魔法ですよ? あなただってそうじゃあないですか」


「おおっとォ! そいつァそうだったな! 野暮な事ァ言うもんじゃあねェ! ──本物の魔法使いさんよ、オレあんたのこと一生忘れねェよ! すっげェ楽しかった!」


 部隊の上で二人ががっしりと握手をする。司会がなにやら口上で盛り上げていたが、二人はそれすら耳に入っていないようだった。












「惜しかったですねー……。二位でしたか……」


「はは、飛び入り参加でそこまでできれば十分ですよ」


 そして、かくし芸大会終了後──結果発表も終わった後。ミナミたちはまた全員まとまって屋台をひやかしていた。


 結局、かくし芸大会の優勝は超技術部の部長がもっていった。もちろんパースも優勝候補で、会場アンケートでの結果もほぼ互角、審査に大きな影響を与える審査員評価においてもどちらも甲乙つけがたいと悩んだらしい。


 しかしながら、パースの演技は言葉は悪いがほとんどが前の演技の真似で独創性が少なかったこと、パフォーマンスと音楽のタイミングが合っていなかった、すなわち技術ではなく全体としての完成度に粗があったこと、そして薄暗いこの夕闇の中、水の幻想的で仄かなきらめきよりも炎の派手で文字通り燃えるような光のほうが目立っていたことから超技術部のほうに軍配があがったというわけだ。


 もちろん、幻想的な水によるイリュージョン、直前の演技に対する対抗としてのエンターテイメント性などは大きく評価されていた。しかし、手品も奇術もジャグリングも、さらにはブレイクダンスまで取り入れた多様性には敵わなかったのだ。


「それにしてもお前、どうしたっていきなり参加しようだなんて思ったんだ?」


「それはもちろん、素晴らしい演技を見せてくれたあの少年への敬意を示すためですよ。私は本物の芸人ではありませんが、それでも異世界の、魔法という技術を持つものです。向こうではありふれた魔法も、こちらから見ればまさに幻想的で超常的な芸に見えたことでしょう。そんなちっぽけでありふれた私の魔法があの少年の何かしらの糧となり、より素晴らしいパフォーマンスを生み出すきっかけになればと思った次第です」


「……本音はぁ?」


「……いえ、一位の景品に高級テレビ&DVDプレイヤーセットとあるのを見つけまして。どうせ向こうじゃ映らないからと日中は買うのをあきらめたんですが、よくよく考えれば映像作品なら見られる可能性に思い当たりました。……杖もローブもそれっぽい……っていうかそれそのものですし、魔法を知らないこちらの人たちならなんとかなるかな、と」


「……」


 どうやらパースは一位の景品が欲しかったらしい。二位の景品だってお高そうな自転車で景品としてはかなり上等な部類に入るのだが、すでに昼間の買い物で購入したとのことだった。


 とりとめもない会話をしながらミナミたちは歩いていく。大舞台のイベントは全て終わったため、今は祭りの最初から鳴らされていた本格的な大太鼓がそこに置かれていた。毛皮を使ったいかにも由緒正しいもので、自由に叩いていいとのことだった。


 もちろん子供たちは大いに喜んでぼんごぼんごと叩いていたが、あまりにもどこかで見た感じのする毛皮についてミナミが係の生徒に尋ねると、『最近狩られて、うちのじい……生徒が手作りした太鼓なんですよ!』という答えが返ってきたため、それ以上は気にしないことにしたのだ。


「ねえミナミ。あの毛皮太鼓に使われていた毛皮って……」


「猪、だったな」


「三波、それ、普通の奴か?」


「猪、だったよ」


 さすがに疲れたのだろうか、子供たちは今やみんな大人たちの背中にいる。男手四人と、さらにはおねーさまであるフェリカの背中だ。すっかり満腹になったのもそうだが、いい加減体力的に限界が来ているのだろう。一日中走り回っていたのだから、ある意味ではそれは当然と言えた。


「……あ」


 ひゅるるるる、と不意に音がした。冒険者たちは反射的に警戒態勢を取る。


「わあ!」


「きれい……!」


 レイアとソフィが揃って声を上げた。綺麗な綺麗な打ち上げ花火が夜空に大きく咲いていた。


 どどん、どんとそれは景気よく打ち上げられ続ける。赤、青、黄色に緑と様々な色の花火が暗い空を染め上げていく。大きな音が鳴るたびに子供たちの顔は明るく照らされ、大人たちの影が地面に不規則に揺らめいた。


「すっげえな……! こっちじゃ爆弾でさえこうなるのか……!」


「花火っていうやつだぜ、エディ。炎色反応っていう科学の知識が使われているんだ」


「へえ……! イツキ、これは直接敵に打ち込むとどうなるんですか?」


「大惨事になる。いや、兵器じゃないんだけど。そもそもこっちにゃそんな物騒なことをする機会が無いぜ」


 大輪の花は咲きつづける。なんとなくそんな気分になったのか、レイアとソフィがミナミの隣に寄り添ってきた。


「なんか……いいわね……」


「来年も……また一緒に見られる、かな?」


「ああ、もちろんだ。おれたちだけがこんなきれいなのを見るってのは不公平だからな」


 ミナミはそっと自分の背中で寝こけているちいさなそれを眺める。


 眠ってしまった子供たちにこの光景を見せるためにも、また来年もこうしてこのお祭りに来ねばならない。みんなそろって、日本に来ねばならない。


「じゃ、今だけは私たちだけのものね」


「子供たちには、内緒だねっ!」


「ああ」


 背中に暖かいものを背負いながら、ミナミは隣を歩く少女たちと共に夜空を彩る花を見上げた。情緒的な明かりが三人の顔を照らしていく。



 こうしてクライマックスの花火とともに、ミナミたちの夏祭りは終わりを告げたのであった。

 次回で番外編は完結します。事実上の最終回です。

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