【黄泉帰里編11】 みんなだいすきおかいもの
Are you ready?
ミナミの家がある蔵庭はベッドタウンとしてそこそこ有名だ。
公園や学校、病院の数も比較的多めであり、育児にはもってこいと評判である。
医療制度もそれなりには整っていて、町全体がその手の支援をしているといっても
決して過言ではない。
ただし、田舎だという事実は否めない。
あんまりオシャレなお店もないし、休日にちょっとデートに行くとしても難儀する。
良くも悪くも生活のための施設ばかりで華がないのだ。
幸いなことに、交通の便だけはよいので電車に揺られて三十分もすれば
遊べる場所に行くことができるだろう。
高校生ほどにもなってお金に余裕ができた若者は、
たいていそうやって休日に遊びに出かける。
年下の弟、妹はそんなお兄ちゃんたちをみて、来るべきその日を夢見るのだ。
さて、そんな蔵庭であったが、ミナミが中学校を卒業するちょっと前に
大型のショッピングモールができた。
衣料品や食料品はさることながら、本や家電まで何でもそろう大きなお店だ。
その手のお店がろくになかったところにポンと現れたものだから、
それはもうものすごい人気を博した。
大々的に開店した当初はしばらくテレビ局の取材があったほどだ。
いまや、休日に暇だったらとりあえず行っておくか、と言われる程度には
地元民にもなじんでいる。実際、いつ来ても人がいっぱいいるお店なのだ。
「おっきいお店だね!」
「お、王城と同じくらいありますよ……?」
そんなショッピングモールにミナミたちはやってきている。
異世界──いや、日本に帰って来て三日目。
今日は、向こうへ持って帰るお土産を買いに来たのだ。
子供たちは遊園地での疲れなんてすっかり吹き飛ばしたようで、
初めて見るショッピングカートや自動ドア、
タッチタイプの案内掲示板に心を奪われ、ひたすらにはしゃいでいた。
「迷子になるから、手ぇ離すなよ?」
「にーちゃ、ちょっとだけ……!」
「またあとでな」
はぐれたら面倒なので、ミナミたちはしっかりその手をつないでおく。
首だけがぐぐぐ、と別の何かに釘付けになっており、
前を見ないでいるものだから油断すれば転んでしまいそうだった。
さて、今日は正真正銘、両親もじいちゃんも含めた全員でここにきている。
いないのと言えばごろすけとピッツくらいだが、彼女らはお家で仲良くお留守番だ。
魔法で姿を隠せば外をうろついていてもいいと言ってあるので、
今頃悠々と外を駆け回っているかもしれない。
問題なのは、これほど多くの人間が一緒に動くと目当ての場所を回り切れないことだ。
わざわざ全員で固まって動く必要はないと感じたミナミは、
くるりと振り向いて声をかけた。
「みんな、なにか買いたいものとかある?」
「武器」
「知識」
「全部欲しいわぁ!」
武器はない。アメリカとかならまだしも、日本に銃は売っていない。
売っていたとしてもそれは玩具の類であり、殺傷能力はないはずである。
あったとして、異世界の魔物相手に通用するかどうかははなはだ疑問だ。
「でもさ、さっきあっちで映像広告見たんだけどよ、
なんかぎゅいーんって刃が回転するカッコいいのがあったんだよ」
「ああ……電動ノコギリか……。ホームセンターに売ってるけど、
異世界には燃料も電気もないから使えないと思うぜ?」
「イツキ、そこはお前がどうにかできねえの? 学者の卵なんだろ?」
「動かすことはできても、振り回せるようにはできないな」
ミナミには詳しいことはわからないが、
バッテリーだのなんだのをもっていけば電気を作るだけなら出来るそうだ。
ただし、当然のことながら電動ノコギリは生物相手の使用を想定していないため、
使えばすぐに壊れてしまう可能性が高いらしい。
そうでなくとも、スタイリッシュに動きながらそれを振うのは
映画か漫画の中の出来事だそうだ。
「これだけ大きいお店ですし、どこかで知識を売っていてもおかしくないでしょう。
こう、ぱぱっと役立つ知識を頭に直接植え付けたり、
データベースとして売っているところはありませんか?」
「パースさんがSF染みたこと話している……。
ねぇ兄ちゃん、あっちってそんなことができるお店があるの?」
「いや、普通のお店しかないはずだけど……。
パース、残念だけど本を買うくらいしかできないよ」
「おかしいですね。
昨晩、その前の晩とイツキの話にそういったものが出てきたのですが」
聞けば、魔法と科学の話で盛り上がっていたらしい。
互いに魔法のすばらしさ、科学のすばらしさ、その有用性について熱く語り合い、
その時に将来の発展性の一環としてSF映画に出てくる技術を話したそうだ。
実は異世界のほうにも秘術として記憶を植え付ける魔法がないこともないのだが、
あまりに危険すぎるほか、悪用された時の倫理的な観点から
一般にはその存在すら知られていない。
「このお店、全部買うにはどうすればいいのかしらぁ?」
「ははは、冗談がうまいですな。
あれですか、異世界ジョークってやつですか」
「あら、冗談を言っているように見えるのかしらぁ?」
「……えっ」
フェリカの言葉に八雲はぴしりと固まった。
実際、彼女の冒険者としての資産は小さな店の二つや三つは楽に買えるほどある。
特級冒険者ゆえ、依頼料はかなり高額だし、
特級クラスの魔物の素材はそれはもう目が飛び出るほどの値段がつくからだ。
ミナミが狩ったオウルグリフィンも珍しいものとはいえ、
一頭だけで金貨千枚、すなわち一億円はするのだ。
装備の修繕などの雑費を差し引いたとしても、
何十億円とため込んでいて不思議はない。
「……商品だけならいけないこともない、かな?」
「三波、それは本気で言っているのか!?」
「数十億円あれば楽勝でしょ?
こんなおれでも数億くらいは稼いでるんだぜ。
でも、大きなお金の流れは作っちゃいけないって言われているから」
「ははは……スケールでかいな……」
「あらあら、あなた、収入抜かされちゃいましたね」
ともあれそんな大金、普通のショッピングモールでポンと出すわけにはいかないし、
ここにある商品すべてを巾着に入れたらいやでも目についてしまう。
「あっちのほうにお酒の専門店があるので、それで勘弁してください」
「やったぁ♪」
しょうがないのでお酒売り場を教えると、フェリカはそれで満足したようだった。
常識的な範囲でお酒を買っていってくれることを、ミナミは静かに祈る。
少なくとも、存在するすべての商品を買い占めるよりかはマシだろう。
「レイアとソフィはどうする?」
「私たちはその……まぁ、いろいろ?」
「いろいろって?」
「……下着とか」
「……お、おう」
「兄ちゃん、察しなよ」
基本的にこちらのセカイのほうが服の質は良い。
当然下着も例外ではなく、デザインも全体的にオシャレなものが多いのだ。
しかも安くて種類も豊富となれば、買いにいかない理由がない。
いくらレイアが冒険者で普通の化粧よりも返り血の化粧のほうが多いとはいえ、
彼女だって一人の女の子なのである。
初日にアパレルショップに行った時から、ずっと欲しいと思っていたのだ。
「あと、将来のことも考えて赤ちゃん用品も見ておこうかなって」
「こっちのほうが便利なの多そうだから、買わないと損でしょ?」
「っ!?」
ソフィの言葉にミナミがびくっと身を震わせ、瞬間的に想像してしまい赤くなる。
そんな様子を見て初めてミナミが何を考えたのか二人は理解し、
お互い赤くなって必死に言葉を並べ立てた。
「ち、ちがうよ!? そっちの意味じゃないよ!?
そりゃ、ミナミくんなら問題ないけど……じゃなくてっ!」
「ほ、ほら! もしかしたら赤ちゃんが来ることだってあるかもしれないじゃない!
今までたまたまある程度大きくなってたってだけで、
本来なら捨て子は赤ん坊のほうが多いんだから!」
「そ、そうだよな!」
さりげなく、いろいろあって孤児院 《エレメンタルバター》は
王城公認の施設となっている。公的に引き取られた孤児はそれが許容する限り、
エレメンタルバターに託されることになっているのだ。
もちろん、ほかにも孤児院はあるので、あくまで委託先の一つでしかないのだが、
人手を除けばいろんな意味で環境が整っているのがエレメンタルバターなのである。
「あらあら、それじゃ私も付いていくわ。
こう見えて三人も育て上げたんですもの」
「ありがとうございます!
私たち、赤ちゃんの面倒をきちんと見たことはなかったので……」
「じゃあ俺たちは本屋いって、そのあと適当にブラブラするか。
けっこー面白いのが売っている場所知っているぜ」
「私お酒買いにいきたんだけどぉ……八雲さん、ついてきてもらえます?
こっちの銘柄のオススメとか、教えてくれるとうれしいわぁ」
「ははは、それくらいなら喜んで」
「おう、それじゃあおまえたちはじいちゃんと一緒にお菓子でも見に行くか?
特別におもちゃも買ってあげよう」
「ホントに!?」
「じーちゃ、だーいすきっ!」
「あ、私も行くよ。じいちゃんだけじゃ大変でしょ?」
「すまんな、一葉」
そんなこんなでぽつんと取り残されたのは二人。
彼女はきゅっとミナミの服の裾を握り、首を傾けてニコッと笑う。
日本の子供の服を着ているというのに、その佇まいからか、
それとも生まれ持った気質なのかはわからないが、
ともかくすっごいお姫様なロイヤルオーラを醸し出していた。
「ミナミさん、私、リティスとエリックにお土産を買いたいです!」
「よしきた!」
ミナミはミルの手を引き、当てもなく店内をさまよう。
動く階段……エスカレーターに乗り、吹き抜けとなっているそこの景色を楽しむ。
ペットショップやスポーツ用品店を意味もなく冷やかし、
映画館でポップコーンだけを買って一休みする。
映画館の薄暗く、偉大な何かが潜んでいるかのようなわくわくした感じが
ミナミは好きだ。映画を見なくとも、あの空間にいるだけで結構楽しいのである。
ベンチを占有し、ポップコーンだけ買って立ち去る客は店員から見れば
迷惑以外の何物でもないのかもしれないが、
どうせ十分程度なので、ミナミはそんなに気にしないことにした。
「ミナミさん、さっきから気になっているんですけど、
あの小さな小部屋はどこに繋がっているのですか?」
「ああ、あれ? 入ってみる?」
休憩を終え、ミルが指さしたのはフロアの端にある三つの扉だ。
近くにはボタンがあり、先ほどからそこに何人かが出たり入ったりしている。
「わ、開いた……けど、行き止まりですか?
あれ、でも中に入って行った人たちは?」
「ああ……これは試しの間って言ってな。
邪な心を持たない、勇気ある人間ならば無事に戻ってこれるんだけど、
そうでない人たちは……」
「ひ、人たちは?」
「……喰われて地獄に落ちると言われている。
出てこないのは喰われちまったからなんだ」
「いやぁぁぁっ!?」
叫ぶミルの体を後ろから抱きしめ、ミナミは問答無用でそこに引きずり込んだ。
ぽーん、といい音がして扉がゆっくりと動き始め、
絶望に染まったミルの目の前で、無情にもネズミ一匹も通れる隙間なく閉じられる。
「ああっ……!」
ぷるぷると震えながらミルは不安そうにミナミを見上げてくる。
傍から見れば、幼女誘拐以外の何物でもないアブナイ光景だ。
しかも、相手は一国の王女様である。国際問題ならぬ異世界問題に発展しかねない。
「へーきへーき。今まで何人も出てきた人がいたのを見たろ?
それともミルはなんか疚しいことでもあるのか?」
「……じ、実はこっそり試作品のお菓子のつまみ食いを。
あと、夕飯のとき嫌いな野菜を残しちゃったことも……!
それに、この前リティスの化粧道具をちょっとだけ、
そう、ほんのちょっとだけ勝手に使っちゃったことが……!」
「おお……」
なんとも可愛らしい罪悪感である。
つまみ食いくらいなら五樹は普段からやっているし、
一葉だってあれで好き嫌いは多い。特に緑の野菜がダメだ。
それに化粧品に至っては、兄妹三人でふざけて遊んでいた際、
明海の香水を派手にブチまけたことがある。
「あの……ミナミさん、なんかこれ、動いてません……?
下に向かって、動いてません……?」
ミルが告白したちょうどいいタイミングで部屋が動き出す。
異世界でも地獄や煉獄は下にあると伝えられているのか、
ミルはあからさまに怯えだした。
「ミル……残念なお知らせだ……」
「ごめんなさぁい! もう、二度としませんからぁ……!」
──扉が開きます。ご注意ください
ぽーん、といい音がして扉が開く。
その先にあったのはパソコンだのプリンターなどが売り出されている電気店。
にぎやかなBGMとともに店員が新規のケータイの売り出しをしており、
とても地獄だとかそういった場所には見えない。
「あ、あれ……?」
あの部屋は試しの間なんかではなくただのエレベーターなのだから、
当然と言えば当然のことではある。
「あれ、嘘な。エレベーターって言う上下階の移動に使う機械なんだよ。
乗ってるだけであっという間に屋上にも行ける。
揺れもないし結構快適だったろう?」
「ミナミさん……!」
ぽかぽかと小さな拳でお姫様はミナミの腹を殴りつけるが、
あいにくゾンビの強靭な肉体にそんなものが通用するはずもない。
むしろ、くすぐったくってほほえましくっておかしくなってくるくらいだった。
「もう! どれだけ心配したと思っているんですか!」
「まぁまぁ、ちょっとしたジョークじゃないか。
お、これなんてお土産にいいんじゃないか?」
電気店の隣にあった雑貨店をミナミは物色する。
アクセサリー、化粧品、そのた日常雑貨がこれでもかと並べており、
異世界人にとっては相当物珍しく映ることは請け合いだ。
「ごまかされませんからね……?
あ、でもこれリティスには似合うかも」
「よーし、購入決定! 好きなモンどんどんカゴに入れちゃっていいぞ!」
「いえ、さすがにそれは……」
とりあえず、いつでもつけていられるようにバレッタ風の髪飾りを、
その次に簡単な仕組みのオルゴールをミルはカゴに入れる。
一回一回ミナミの顔色を窺ってくるあたり、ちゃんと躾がなっていると言えるだろう。
「化粧品とかどうなんだ?
おれ、そのへんはよくわからないんだよ」
「たぶん、こっちのほうが種類は豊富ですね。
ちょっとキツいのも多いですけど……」
柔らかい香りのものが数セットほどカゴに入れられた。
王妃様とリティスの両方に送るそうだ。
あっちでもやはり香水はそれなりに高価なものらしく、
品質の良いものを付けるのはステータスの一種となっているらしい。
王族ともなると、むしろつけていないといけないらしく、
ミルはどの香水をつけるかで頭を悩ませる母やリティスの姿を見ているそうだ。
しかも、王族の場合は他の人と被るのもアウトに近い。
苦労してるんだな、とミナミはぼんやりと思う。
「エリックはなにが喜ぶかな……」
「こっちの玩具も当たり外れが大きいからな……」
二人はエリック、すなわちミルの弟のためにおもちゃ屋さんへとやってくる。
こちらの特撮のおもちゃは珍しいものではあるが、それだけだ。
ある程度役に立ったり、部屋において違和感のないものでなければ
お土産の品としては妥当じゃないだろう。
「お、これなんかどうだ?
普通に何度でも遊べるし、観賞用に飾ることもできるんだぜ」
「これは……切り刻んだ絵、ですか?
なんかもったいないですね……」
「ジグソーパズルって言うんだ。
ちょっと頭を使うけど、結構面白いんだぜ」
「どっちかっていうとお母様が好きそうですね。
……あの、これもいいですか?」
「もちろん」
結局、二人は考えに考えた末に昆虫図鑑と動物図鑑を買うことにする。
本ならば繰り返し読むことができるし、図鑑なので字が読めずとも見ているだけで
楽しむことができる。異世界には写真やCGのような描写技術がないため、
これだけ精巧な絵ならば十分にお土産の価値があると判断したのだ。
そうでなくとも、異世界にいない生物がいっぱい載っているのである。
これが嫌いな男の子なんてそう多くはいないだろう。
ついでにスケボーとゴムで飛ばせる模型飛行機も購入し、
元気いっぱいに外で遊べるような配慮もしておく。
完璧すぎるこの配慮に、ミナミは自分自身を褒めてやりたくなった。
「なんか、すっごいお値段になっちゃってません?
本当にいいんですか?」
「大丈夫大丈夫。全部合わせたって金貨一枚に届いてないし」
「金貨一枚って十分大金ですよ……」
お姫様でありながら、ミルには最低限の金銭感覚があるらしかった。
そのことにどこかほっとしながらミナミは手早く会計を済ませ、
誰にも見られないようにこっそりとそれらを巾着に収納する。
カモフラージュ用に大きめの袋を持っておくのも忘れない。
もちろん、おもちゃは自分たちの分もしっかり買ってある。
冬で外に出かけられないときも退屈な思いはしないことだろう。
「そうだ、料理とかのレシピ本も買っておかないと」
「これでようやく、向こうでもお菓子を食べることができるんですね!」
「近衛兵の人たちも何か買っておいたほうがいいかな。
まぁ、お酒か銘菓でも見繕っておけばいいか」
「じゃあ、みんなで食べられるようなものを買いましょう!」
「ギン爺さんには……お酒か、やっぱり。
ああ、そういや、おれじゃ買えないじゃん。兄ちゃんたちが買ってくれるか?」
「なんか変なところで不便ですよねぇ……」
ミルの手を引いたまま、ミナミはあちこちをめぐる。
本屋で適当に料理のレシピを買い漁り、
チョコレートやスナックなどの菓子類を大人買いし、
ついでに続きが非常に気になっていた漫画も購入しておく。
かつて普通の高校生だった頃には考えられないくらい、
いや、ゾンビとなって向こうで生活していた時でも考えられないくらいの
お金を使っていたが、それでも全体で見て金貨二枚も使っていない。
ミナミ的に、年に一度の機会だから金貨十枚くらいは散財しようと思っていたのだが、
お金というものは余裕がないときはとことん少ないのに、
使っていい時はどれだけ使っても余るから不思議なものである。
「道具も本も食料も、そしてお土産もあらかた買った……と」
「そろそろ、みなさんと合流しましょうか。
きっとみんな、いろいろ買いすぎて荷物でいっぱいですよ!」
「いいけど……王様のお土産まだ買ってないぞ?」
「……」
ミナミの言葉にミルが黙った。
うつむいて、どこか気まずそうに眼をそらす。
そんな様子を、ミナミは苦笑しながら見つめる事しかできない。
このどこか強情なお姫様は、未だに王様──父親のバークスと喧嘩中なのだ。
「いい加減仲直りしようぜ?」
「でも! お父様、あんなにミナミさんにひどいことしたんですよ!?」
「仕事だからしょうがないだろ?
それに、実際何もなかったし謝ってもくれた。充分じゃないか」
ミルは王都大襲撃の最後に、王がこの事件の首謀者としてミナミを尋問したことを
未だに怒っていた。別に尋問と言ってもせいぜいが教室の真ん中で
怒られた程度のものではあったのだが、それでも武力によって
恩人を上から質問攻めにするのは彼女的にはNGだったらしい。
例えそれが王としての仕事だとしても、許せないそうだ。
「経緯を聞くだけなら、いろいろ方法があったはずなんですよ!?
それなのに、あんなことしなくったっていいじゃないですか!」
「や、でも王様から見たらあのときのおれは超不審人物だったし?
実際のところ、理屈だけで見れば結構うなずけるところもあったしなぁ」
「なんで剣や杖を向けられてそんな風に許せるんですか!?
ミナミさんは大犯罪者にされるところだったんですよ!?」
「やってないもんはやってないし、
わざとじゃないにしろ悪いところがあったのも事実だろ?
それをちょっとボランティアしただけで許してくれたんだから、
もうそれで充分なんだけど……」
ミナミが語った通り、わざとじゃないにしろ原因を作ってしまったのは事実だ。
神様の奇跡がなければかなり多くの死者が出ていたことだろう。
あのゴタゴタのさなかであれだけの采配ができたことを、
寧ろミナミはすごいとさえ思っている。
「でも、でも……っ!」
そして、ミルもそのことをわかっている。
冷静になって考えてみれば、王の処置はすっごく甘い。
本格的ではないとはいえ、帝王学を齧っているミルにはそのことがわかる。
それでも、まだ年端もいかない彼女にとってはいつもと違うあの異様な雰囲気の中に、
あの剣呑な空気の中にミナミを閉じ込めた父親を許せなかったのだ。
「仲直りしようぜ? 親父に孝行できるのなんて短いんだから。
おれなんていつでも会えると思っていた父さんに年に一回しか会えないんだ」
「……っ!」
「あのときおれは魔物を倒しまくった。他の冒険者みんなもそうだ。
文官の人たちも、町の道具屋の人たちもそれぞれがんばったんだろ?
みんな、自分のできることを、自分の仕事をしたんだろ?」
「は、はい……」
「それは、すごいことだよな? 褒められるべきことだよな?」
「……はい。誇るべきことだと思います」
「王様もしっかり自分の仕事をした。それだけじゃないか。
誇りに思えばいいじゃないか」
ちょっと卑怯かな、なんて思いつつもミナミは自虐を交えて説得を試みる。
無期限の勅命とはいえ、なるべく早いところどうにかしてくれと頼まれているのだ。
あれだけ有事の時は威風堂々とした獅子の如き雰囲気を放つ王でも、
愛する子供の拗ねた顔には敵わないのである。
そんなミナミの気持ちが通ったのか、それともここらが潮時だと判断したのか、
やがてミルは小さくつぶやいた。
「……仲直り、します。向こうに帰ったら真っ先にごめんなさいっていいます」
「おう、そうだな」
「……お父様のお土産選び、手伝ってくれますか?」
「まかせろ!」
にこっと笑ったお姫様の手を引いて、ミナミは再び店内をさまよいだした。
「これとあれなんか、お父様にぴったりじゃないですか!?」
「……」
ミルが選んだのは、威厳と恐ろしさが三割増しになるサングラスと、
デキる男の必需品である万年筆だ。万年筆はお土産としてはかなりふさわしいし、
王様にぴったりだとミナミも思うのだが、サングラスだけは理解できなかった。
似合うと言えば似合うかもしれないが、あっちでサングラスは浮きすぎる。
少なくとも、王冠と一緒につけるようなものではない。
だが、それよりももっど理解しがたいセンスをミナミはこのあと目の当たりにする。
「これなら絶対喜んでくれます!」
「ええ……」
──最近ひどくなってきたという腰痛のための塗り薬と、
ミルが体験コーナーで気に入ってしまったマッサージチェアだ。
「あの座りにくい悪趣味な王座よりこっちのほうが絶対いいです!
しかも、腰痛、肩こりにも効きます! 私のお小遣いからも出しますから!」
「……お、おう。気持ちだけでいいぞ?」
「いえ! 出させてください!」
異世界ではただのすわり心地の良い椅子にしかならないということを、
ミナミは最後まで伝えることができなかった。
「いやぁ、いっぱい買ったな!」
「これだけあれば、しばらくは退屈せずに済みそうですよ」
さて、ショッピングモールでの買い物を済ませたミナミたちは家へと戻ってきていた。
いくら巾着に物を好きなだけ収納できるとはいえ、興奮に任せてやたらと
好きな様に買ってしまったため、一度ゆっくり整理をしようということになったのだ。
そうでなくとも、朝からショッピングモールにいれば、
三時を過ぎるころには店内を回り終え、子供たちにも飽きが生じてくる。
「父さん、なんか疲れた顔していない?」
「いや、フェリカさんの荷物持ちをしていてな。
お酒をこれでもか、と買われるものだから少し手伝ったんだ。
……あと純粋に気疲れした」
「こっちって樽のお酒は置いてなかったのよねぇ……。
全部樽でくれって言ったら、店員に変な目で見られたわぁ……」
ミナミが予想した通り、フェリカはお酒を買い漁っていたらしい。
しかも購入の仕方が異世界方式だったから、
八雲はフォローするのに忙しかったそうだ。
この辺はまだまだ現地人がいないと面倒事が起こりそうな感じなのである。
ちなみに、フェリカは八雲以上に自分の荷物を持っていたが、
息切れ一つ起こしていない。中年と現役バリバリの冒険者の実力の差であった。
「じいちゃんのところはどうだった?」
「常識程度におやつを買ってやったつもりだぞ?」
「あいす! すっごいおいしいあいすかってもらったの!」
「しかもメルの、にだんの”すぺしゃる”なやつ!」
「ぼくのは”ちょこちっぷ”ってやつ。ねーちゃたちにもわけたいぐらいだった」
「……おいしかったよ♪」
一光は年金をはたいてちょっと豪華なアイス屋さんに行ったらしい。
暑くて疲れたろう、と子供たちにアイスを振舞ったそうだ。
しかも、お腹を壊さない程度に二回までお代わりを許したとのこと。
「そのあと適当にブラブラして、キッズコーナーで遊ばせてた。
……ホント、身体能力が他の子と全然違くてびっくりしたよ」
「……え、なんかやったの?」
「アスレチックによじ登ってそのまま飛び降りたり、
明らかに遊具じゃない、掴む場所なんてない飾りのポールを駆け昇ったり?
なんか、他の子供たちに憧れの視線を向けられてた」
基本的に異世界の人間はこちらの人間よりも身体能力が高い。
加えて常日頃から体を鍛えているようなものなので、
例え子供達であってもそんじょそこらの人間よりもビックリな動きができる。
実際、王都大襲撃の時にレンは屋根の上からゴブリンを奇襲している。
もちろん、獣人という特性も関係しているが、
同じ年代の日本の子供たちと比べれば、
畏怖のまなざしで見られたとしてもなんら不思議はない。
「なんだろうね……本当に住む世界が違うって思い知ったよ……」
「まぁ、普段の生活が生活だからなぁ……」
五樹たち男組は本屋で知識を買いあさった後、おもちゃ屋でモデルガンなどを
見ていたらしい。その他にも爆弾の改良のために爆竹なども購入したとのこと。
ギン爺さんと向こうで研究を進めるつもりだそうだ。
「ふふふ……これさえあれば憎きミスリルウォームも粉みじんですよ……!
科学の力ってすっごいですねぇ……!」
「……」
「……しばらくそっとしておこうぜ?
ちなみに俺は普通に雑貨や食べ物を買いまくった」
ちゃんと他の人へのお土産用のお酒もエディは購入していた。
こういう細かいところで気配りができるからこそ、
エディは《クー・シー・ハニー》のリーダーとなっているのだろう。
なんだかんだで、このメンツの中で一番常識的な買い物をしているのはエディなのだ。
「それにしても……」
ふと、ミナミは言葉を漏らし、外を見る。
日はまだ出ているが、かといって高い位置にあるわけではない。
時刻にすれば三時半くらいだろうか。
今から出かけるにしては遅い時間だが、帰るにしては早い微妙な時間だ。
「なんかちょっと物足りないな」
「そう? 私たち、お買い物一杯できたから十分満足だけど」
「うん。今日だけで一年分の買い物しちゃった気分だよ!」
実際、レイアとソフィは一年分に匹敵する買い物をしたのであろう。
ミナミも中身までは詳しく知らないが、彼女らと合流したとき何台もの
ショッピングカートを引いていたのを覚えている。
子供たち抜きでの、純粋に女同士の買い物など久しぶりだったのだろう。
女の子は買い物が三度の飯よりも好きな生き物だし、
合流した時のとても幸せそうな笑顔を見れば十分楽しめたであろうことは
想像に難くなかった。
だがしかし、せっかくの日本での休日という貴重な一日を、
たかだか買い物程度で終わらせてしまって良いのかとミナミの本能が叫ぶ。
なんというか、もうちょっとこう、日本っぽい何かをしたい。
これぞ日本だという、ステキな何かを体験してもらいたいのだ。
「兄ちゃん、一葉。なんか面白いことない?」
「つってもなぁ……。時間も微妙だし、無難にゲームするくらいじゃね?」
「うん。そうそう都合よく……ん?」
都合よく何かを思いついたらしい一葉がちょっと待ってて、と席を立ち、
自分の部屋からなにやら一枚の紙を持ってくる。
それには大きく『祭』と書いてあった。
「これは?」
「ほら、私今年が高校受験だからさ。こないだ学校見学行ったの。
園島西高校ってところなんだけど、そこでもらったの」
「ああ、隣町の高校か。結構評判いいところだよな。
偏差値の割に人気があって、部活が盛んなことで有名なんだっけ。
で、楽しかったのか?」
「……まぁ、いろんな意味で楽しかったよね、うん」
どうやら一葉の進学先の候補の一つが園島西高校らしい。
ミナミも中学時代にそこを候補の一つとしていたが、
学力のラインが微妙だったことと、同じくらいの高校がもっと近くにあったことから
受験していなかった。
「いろんな意味って?」
「授業体験とか部活体験もそうだけど、
あっちでいろんなものを食べさせてもらったんだ。
それに、お土産いっぱいもらっちゃった。
クッキーとかタルトとか、スイカとかメロンとか」
「へぇ、おいしそう……ん? スイカ? メロン?」
「うん。スイカとメロン。一玉ずつ。おっきくてすっごい立派で甘いやつ」
「……マジ?」
「マジ」
「あそこ、普通科だったよな? 農業高校じゃないよな?」
「園芸部の人が作ったんだって。いろいろ親切にしてくれたの」
なんかイマイチ話がかみ合わないが、土産にスイカとメロンを渡されたらしい。
クッキーとかはともかく、スイカにメロンはお土産としてちょっと変わっていると
ミナミは思う。それも立派なものを一玉ずつもだ。
そもそも、普通の園芸部がそんな立派なメロンなど作れるのかと
疑問がわいてくるが、貰ったからにはそういうことなんだろう。
「物理的にありえないトランプタワー立てて遊んでたり、
調理部では小麦の収穫? からパンを作っていたり、
技術部ではガチっぽい大道芸人みたいな人がいたり……」
「なんか変わった高校だなぁ……」
「木刀で藁人形叩き斬ったり、リアル熊殺しがいたり、
巨大な石臼で小麦を挽いていたり……」
「……ん?」
「テニス部が必殺技で隕石落としたり、
サッカー部が氷の必殺シュートを撃ったり、
パソコン部が作った映像に取り込まれたりもしたっけ。
ああ、最初の部活紹介ビデオも、実際に中に入って追体験したっけなぁ……」
「ちょっとまて」
明らかに一葉の言動がおかしかった。
ガチっぽい大道芸人くらいならまだしも、氷の必殺シュートはあり得ない。
それにパソコン部の映像に取り込まれるだなんて、
日本の技術はそこまで進化はしていないはずだ。
少なくとも、ミナミが死んだときはそんなSF染みたことはできなかった。
しかも、ビデオの中に入って追体験だの言う始末である。
いくらなんでもありえない。妄言の類と切り捨て、
現実を見ろと諭すのが兄としての役割だろうとミナミははっきりと確信する。
「一葉。おまえは受験のストレスで疲れているんだ。
そんなこと、現実にあるはずがないだろ?」
「いや、ホントなんだよ! 芝生が凍り付いていたしさ!
パソコン画面見た瞬間に獣の匂いと気配ぶつけられるしさ!
バーチャルリアリティが存在したんだってマジで思ったもん!
自分が言ってることがおかしいことくらいわかってる!
でも、マジで本当なんだよ! 私だって何が何だかわからないんだもん!」
「……それ、魔法じゃないんですか?
我々の魔法なら、ある程度再現できますよ?」
「いや、そんなかんじじゃなかったですよ」
一葉がすっと掌に水の玉を作って見せる。
なんだかんだで一葉も五樹と同じように簡単な魔法を体得しており、
今では魔法の気配もある程度感知できるようになっていた。
二人とも魔石や補助があれば、すでにそこそこの魔法を放てるようになっている。
現象に対する知識や理解が異世界人に比べて深いのと、
ゲームだの漫画だので発動後の魔法に対するイメージ力が鍛えられているためだ。
純然たる魔力、すなわち魔法的なスタミナは子供と同レベルだが、
こればっかりは使った時間がものをいうので仕方ない部分がある。
「今ならわかるんですけど、魔法ってこっちの人は教えてもらわない限り
絶対にできないんです。こう、やったことどころか想像すらしたことがない、
別の、言葉に出来ない何かを自在に操る感覚が必要なんですから。
そもそも心の底では信じていないし、補助を貰って初めて……ってかんじです」
多感なお年頃の時に必死に魔法の練習をしても、
そもそものやり方が間違っているため、肉体的に可能でも絶対に成功しないのだ。
言葉に出来ないこの感覚を、五樹も一葉もミナミたちの補助があって初めて理解した。
一度理解したからこそ、普通にやっていたのでは成功しないということを
一葉は確信しているのだ。
「魔法の気配も、あの時全然しなかったし……」
「それはまだ魔法を知らなかったからなのでは?」
「いえ、言葉に出来なかったってだけで、
なんとなく魔力はみんな感じられるみたいです。
こう、神社や山の中みたいな、なんか不思議な感じ……それが魔力でしたから。
でも、あそこにはそれはなかった」
実は、こっちのセカイでも魔力そのものは存在している。
歴史上には本物の魔法使い──と言っても異世界人ほどではない──が存在したし、
いわゆるなんとなく神秘的だとか、なんか不思議な感じがするといった、
第六感に感じられるそれは魔力と言って差支えがないものなのだ。
もちろん、あっちほど濃いものではないので周りに影響を与えることはほとんどない。
故に、それが魔力で自身も魔法として使うことができると気づく人間、
あるいは気づいたとしても使えるようになる人間は皆無に等しいのだ。
「そうじゃなくて、あの学校、ナチュラルに常識がずれてるんですよ。
魔法とかそんなのぬきに、なんかおかしいんですよ」
実際、やっていることそのものは時間をかければ
出来ないこともないことばかりだったと一葉は言う。
問題なのは、不可能ではないだけであって、
普通ならば可能でないことばかりだったと言うわけで。
「しかも、あそこの人たちそれを不思議とも思ってないし……」
「ま、まぁなんか変ってのはわかった。
それで、その高校受験するのか?」
「……うん。めっちゃ楽しそうなのは紛れもない事実だったの。
みんな優しかったし、授業もすっごく楽しかった。
冗談抜きに、あそこなら漫画や小説の中みたいな高校生活が送れる。
ぶっちゃけた話、今の段階でぶっちぎりの第一志望」
「へぇ」
それほど素晴らしい高校なら受験すればよかったとミナミは思う。
ミナミの通っていた高校は、クラスの中での友情は合ったものの、
教師と生徒の仲は殺伐としたものだったからだ。
「なぁ、結局このパンフレットはなんなんだ?
正直なところ、さっぱり話がわからねえんだけど……」
「おっと、悪いな」
しびれを切らしたエディがそのパンフレットをひらひらともてあそぶ。
妹の進路よりも、今はこれからのことが大事なのだ。
それに、一葉の学力ならばある程度のレベルの高校なら
簡単に合格できるとミナミは信じている。
「それ、その学校が開くイベントのお知らせなんです。
夏祭りって言う季節のお祭りで、みんなで楽しく騒ごうってやつですね。
第一志望高校のイベントだから行こうって思ってたんですよ」
一葉が貰ってきたパンフレットは夏祭りの開催を告知するものだった。
件の園島西高校が開催する、そこそこ有名なお祭りなんだそうだ。
その出店には高校の生徒たちも多数参加しているほか、
地元の商店街の人間も参加する地域密着型の大きなイベントとのこと。
「でも、兄ちゃんたちが来たからすっかり忘れちゃってたの」
「忘れちゃってた? まさか……」
ミナミはチラシの下のほうを見る。
そこには開催場所と開催日時が書いてあった。
「マジか……!」
開催場所はもちろん園島西高校。
ここからなら行くのにそんなに時間はかからない。
そして開催日時は──今日の夕方、このあとすぐだった。
「ね、なんて書いてあるの?」
「おう、いま読み上げる」
横から覗き込んできたレイアにニッと笑いかけ、
ミナミはくるりとみんなを見渡して立ち上がる。
子供たちとお姫様、そして冒険者はミナミのそんな様子を見て、
わくわくした何かを必然的に感じ取ってしまったようだった。
それもある意味ではしょうがないことなのだろう。なぜならそれは、
彼らをこの夏最大と言っても過言ではないイベントへと誘うものだったのだから。
「──園島西高校夏祭り、通称『島祭』。
……日本の夏のすばらしさってのを、教えてやるよ!」
『島祭』開催まであと二時間。
三条家に子供たちの歓声が響き渡った。
ここまで来るのが本当に長かった……。
時系列と登場人物とフラグの整理が大変なので、お祭り編は向こうとの兼ね合いを見てある程度まとめて投稿しようと思っています。




