【黄泉帰里編10】 彼らの過去
予定変更。水曜日だけど気にしない。
一応、念のために警告。
鬱・嘔吐表現等注意。
想像力の豊かな方、および食事前後の方は見ないほうがいいかもしれません。
「子供たち、もう寝ちゃったよ。なんだかんだで疲れてたみたい」
「あんだけはしゃいでいたもんなぁ……」
夏の暑い夜。エアコンの効いた居間でソフィがミナミに告げた。
遊園地から家に帰って来てまだ二時間と経っていなかったが、
疲労はしっかり蓄積していたのか、夕餉と湯浴みを済ませたころには
子供たちの目はとろんとし始めていたのだ。
大人たちは元々体力があるし、子供たちほどはしゃいでいたわけではないので
まだまだ眠るには時間がある。
「楽しかった?」
「そりゃもう」
「昔っから遊びに行くのはあそこだったもんな」
明海も八雲もこぞって遊園地での様子をミナミたちに聞いてくる。
彼らは妙に気でも使ってくれたのか、遊園地にはついていかずに
家で留守番していたからだ。
ちなみに、同じく留守番していたはずのごろすけとピッツは一光とともに
猟に出かけていたらしい。なかなか優秀な相棒だったそうだ。
「それで、だな。いい機会だからちょっと話したいことがあるんだ」
さて、少々人数が多い気もするが、大人だけの会話ができるとなったところで
八雲が声を上げた。子供たちがいる手前、昨日は触れることができなかった話題に
触れることができるというわけだ。
明海も一光も、もちろん五樹や一葉も気になっていたのか、
ぴしりと背筋を正してまっすぐにミナミのことを見つめてくる。
日本人特有の妙に道徳じみた空気にあてられ、
異世界人側もつられるように背筋を正した。
「三波。お前がどこにいようと、父さんはお前の父さんだと思っている。
……父さんが口を挟める問題じゃないかもしれないが、
その、孤児院っての、ちゃんとやれているのか?」
ミナミの父、八雲は基本的に子供たちを信頼している。
やっていいことと悪いことは幼いうちから教えてきたつもりだし、
どんな道であろうと己が信じたそれを貫けとも押している。
実際、自分も父である──ミナミからしてみれば祖父だが──一光から
全く同じ様に育てられていた。
「父さんに、教えられる範囲でいいから教えてくれないか?
……できれば、あの子たちのことも知りたい」
だがしかし、自分がどれだけ頑張っていてもそれが結果につながるとは限らない。
それが孤児院などという誰かの人生に大きくかかわるデリケートな事ならなおさら、
役に立たないかもしれないという思いを抱きつつも知っておきたかったのだ。
「三波。あなたはまだ高校生なのよ。そりゃ、その年で働く人もいるけれど、
私たちとしてはとにかく心配なの。おっかない怪物とも戦っているって聞くし、
痛くないからって無茶なことしてるんじゃないかって」
明海もまた同じような心境だ。
特に、ミナミが無理をして働いているのではないかとの懸念が強い。
息子が少しくらいの無茶なら平気でやらかすということをよく知っているからだ。
尤も、これはゾンビの証明として目の前で腕をもぎ取ったミナミがいけないのだが。
「……孤児院については、おれはうまく出来てる、と思う。
おれがやっているのは金稼ぎとちょっとお守りをするくらいだから」
「謙虚ねぇ……。あなたがいてくれるおかげで収入が安定するし、
ソフィの負担だってかなり減ったのに」
「や、でもおれは事務とか帳簿とか細かいところ全部丸投げしているし」
実際のところ、ミナミがやっているのは本当にそれだけだ。
家事や生活に必要な道具の購入などはソフィがやってくれているし、
冒険者としての諸々の手続きや越冬に必要な準備はレイアが仕切る。
ミナミから見れば、近所のお手伝いがちょっと大掛かりになった程度に過ぎない。
「ミナミくんが来る前、ウチは本当に大変だったんだよ?
レイちゃんは過労で倒れかけるし、お金はいつもカツカツだったし……」
が、レイアやソフィから見ればそうでもない。
信頼できる大人の働き手が一人いるだけで、生活は何倍もよくなった。
ミナミがどっちの仕事もそこそこできる分、全員に余裕が生まれたのだ。
「メルは絶対に私たちから離れようとしなかったし、
レンは何をするにしてもびくびくして周りの顔をうかがっていたっけ。
イオは正常な判断が……まともな価値観がなくてからくり人形みたいだったし、
クゥは部屋の中にいることができなかった……」
レイアが昔を思い出すように目を細めた。
エディたちから見ると、そこに『過労でぶっ倒れそうな少女』と
『精神的に追い詰めれた少女』が加わる。
つまるところ、孤児院の人間はみな大なり小なり
問題を抱えた人間ばかりというわけなのだ。
「……本当に? 今のあの子たちからは想像できないんだが……」
「ええ。私自身も孤児みたいなものでしたから、ほっとけなかったんですよ。
……この際ですし、あの子たちの過去、話しておきます」
レイアがふう、と一息をつく。
そして、ゆっくりと語りだした。
「まず、イオです」
レイアがイオと出会ったのは遊都マーパフォーの近くの村らしい。
その立地上、冷たい風が吹いて作物があまり育たないため、
民芸品や小道具の製作といった手工業で成り立っていた村だそうだ。
レイアはある日、その村に冒険者としての依頼で赴いた。
そして、村の中をぶらぶらと歩いていた時にイオと出会ったのだ。
「日も暮れてきて寒くなってきたっていうのに、
肌着同然で物置の前に座っていたんですよ」
手足は泥にまみれ、髪は脂っぽく、襤褸同然の服からは
皮にぴっとりと張り付いたあばら骨が確認できる。
ただ、浮浪児にしてはどこか違和感があり、眼には理知的な光が宿っている。
レイアは迷わず声をかけた。
『ぼく、おうちはどこ?』
『ここ』
『お父さんかお母さんは?』
『いる』
『どこに?』
『そこのなかに』
イオが指さしたのは他の家よりもちょっとだけ豪華な造りをした建物だった。
地主……というわけではないが、ここらへんで一番偉い人間の家らしい。
都の規模で考えるのならともかく、村社会で見ればかなりの権力をもっていることは
間違いないと思わせるものだ。
『ごはんはたべてる?』
『うん』
レイアの問いにイオは迷わず頷いた。
一瞬虐待か放棄のどちらかと思ったレイアであったが、こうもはっきり言われたら
その考えも否定せざるを得ない。
その時は、レイアは近くの店で串焼きだけ買って与えて別れたそうだ。
「あまり表情を動かさなかったけど、それでもおいしそうに食べてたと思う」
ところが、翌日もそのまた次の日もイオは一人でそこに佇んでいた。
不審に思ったレイアが何度イオに話を聞いても要領は得なかったし、
村人たちに聞いても気にするなとの一点張りでまともに掛け合ってくれない。
いろいろな意味でただ事ではないと踏んだレイアは村を出ると言付け、
村人にばれないように引き返し、こっそり様子をうかがうことにした。
「そしたらね、本当にイオは一日中そこにいたの。
村人も全然気にしないし、イオ自身もほとんど動かない」
だが、夕暮れ時になって変化が現れた。
件のちょびっと豪華な館から派手な女が現れ、イオに何かを渡したのだ。
手渡されたそれは、その女に似合わない古びた深皿。
レイアはそいつがいなくなるのを見計らってイオの元へと走った。
「……中に入ってたの、腐りかけた残飯みたいなシチューだった」
「……ッ!?」
レイアに気づいたイオは表情変えずに言った。
『こんばんは』
それだけ言って、そのままそれを飲み込もうとした。
レイアのほうにも乳の腐った吐気を催す匂いが届き、彼女は無意識で口元を押さえた。
「わたしね、とっさにイオの口に指をつっこんで吐かせたの」
腐った残飯を食べたらお腹を壊すに決まっている。
しかも、乳製品だ。下手したら命を落としかねない。
そんなものを子供の夕飯として与える人間への憤りもたしかにあったが、
その時のレイアはそれよりもイオの安全のほうに意識が向いていた。
『……』
『なんてことしてるのよ!』
『ごはんたべようとしただけ』
『あんなものご飯なんかじゃないわ!』
『……?』
この段階で、イオには普通のごはんとそうでないものの区別がついてなかったという。
『……ああ、あれだけじゃたりないから、ほかのとこでもたべてるよ。
あっちをごはんっていうんだね。おねえさんもたべにいく?』
イオは振り向かずにそのまま歩いていった。
嫌な予感がしたレイアは慌ててそれについていく。
てっきりまたどこかの家から残飯でも貰うのかと思っていたら、
意外なことにたどり着いたのはこの村では珍しく野菜が実った畑だった。
『ここの野菜を食べるのね?』
レイアの予想はいろんな意味で裏切られた。
『そんなことしたらどろぼうだよ?』
『……えっ?』
レイアの目の前でイオがしゃがみ込む。
何かを食べるような咀嚼音が広がっていたが、野菜を食べているわけではなかった。
あまりにも当たり前のように食べていたので、
レイアすら一瞬それが本当に食べられるものだと錯覚してしまったのだ。
「な、何を食べていたの……?」
明海が恐る恐る問いかけた。
レイアはそれに、顔を伏せながら答える。
「あの子ね、畑の土を食べていたの……」
ここの土は柔らかくておいしいんだ、とイオは嬉しそうに笑ったそうだ。
「本当に、びっくりするくらい当たり前のように食べていたわ。
初めてじゃなくて、何度も食べていたんでしょう。
他の土も何度も食べて、その畑が一番いいってわかるくらいには」
当然のことながら、土をバクバク食べたら体に異常をきたす。
ましてや、口ぶりから察するに残飯で得られなかった満腹感を土で満たしているのだ。
『おぇえ』
呆然としたレイアの前でイオは突如せき込みだし、
今度こそ本当に胃の中のものを吐き出した。
びちゃびちゃとそれが地面に落ちる音とともに、あたりに饐えた匂いが広がっていく。
残飯シチューに含まれていたであろう形の崩れかけたニンジンや、
ついさっき食べたばかりの土が胃液にまみれてそこらにぶちまけられた。
吐いてる時も、イオは顔の表情一つ動かさなかった。
苦しみに喘ぐことすらしなかった。
それはイオにとって当たり前のことだったのだろう。
「そしたら、あの子、何したと思う?」
「……」
泣きそうな顔で、レイアは言葉を紡いだ。
「『にんじんはね、形が残るからお得なんだ』っていって──」
「ま、さか」
「──吐いたものを食べたわ」
だん、と机に拳がめり込んだ。
それが誰のものだったのかはわからないが、瞳に怒りの炎を宿した人間がそこにいた。
五樹の目つきは鋭くなり、八雲の口がプルプル震え、一光は鬼の形相になっている。
一葉と明海の目は涙で潤み、真っ赤になっていた。
「あの子の宝物ね、古いお皿だったの。残飯や土を食べて、
吐きたくなったらそこにすれば漏らすことがないでしょう?
それを食べれば無駄がないし、足りなかったら土を食べればいい。
あの子の中の食事はそういうものだった」
そして、それを指摘したり助けようとする人間もいなかった。
というのも、イオは件の家の人間だったのだが、
母親は愛人か娼婦か、ともかく正式な妻との子供ではなかったらしい。
正妻側から見れば忌々しい以外の何物でもなく、
地元の人間も彼らの嫌がらせに物を申すことができなかったそうだ。
「ところでイツキさん。
さっきミナミから魔法を学んでいましたけど、火、水はできましたよね?」
「あ、ああ……」
唐突にレイアが話題を変え、五樹に話を振る。
実は先ほど、ミナミが神様に与えられたものは『すごい魔法の才能』であることに
気付いた五樹が、それならば魔法を発動する能力そのものは
みんな持っていると考え、実際にミナミの協力の元それを証明したのだ。
「風はイマイチで、土はうんともすんとも言わなかったけど」
「魔法ってその感覚をつかむのが難しいし、やり方を教わることもできないんです。
手の動かし方や瞼の閉じ方を教わることができないのと一緒ですね。
だから、魔法はそれが使われるところを何度も見たり、
水や風に何度も触れて感じたり、とにかく数多く体験しなきゃいけないんですよ」
「火や水ができたのは目に見えるからイメージがしやすくて、
土ができなかったのは火や水に比べて具体的に感じる体験が少ないからか」
「ええ、その理由から土は基本魔法の中では難しいほうとされているんです。
……イオの得意魔法は土なんですよ」
「……」
その意味は、この場にいる全員が察することができた。
「まて、じゃあ王都大襲撃の時のゴブリンは……」
「自分が一番つらかったことを本能的に再現したんでしょうね」
王都大襲撃の時、イオは土を操りそれをゴブリンの喉や鼻に詰め込んだ。
ミナミが知る限り、そんな真似をイオの前でした人間はいない。
そうでなくとも、土魔法をそんな風に使う冒険者など聞いたことがなかった。
「私はイオを引き取ることを決意しました。
それで、一応は親なのでその派手な女と父親の元に話を付けに行ったんです」
──そいつ、引き取ってくれるの!?
──ようやく厄介払いができたな!
──あああ、あなたには何とお礼を言えばいいことか……!
──君、冒険者だろう? なんなら魔物の餌にでもしてしまっていいぞ!
聞こえてきたのはとても親とは思えないセリフ。
親どころか、イオを人とすら思っていないような暴言の嵐だった。
しかも、それを隠そうともせずに本心から言葉を紡いでいる。
「ひどい……!」
「あんまりよ……!」
もちろん、それを聞いて黙っていられるほどレイアは聖人じゃない。
「ですから、雷の魔法を付与した短剣でそれぞれ左手の指を切り落としました」
スパッと十本の指が宙に舞い、ころころと床に転がったそうだ。
あたりには焦げ臭いにおいが立ち込め、一瞬遅れて絶叫が館を包む。
レイア自身、頭に血が上ったことはわかっていたが、
そうしたことに一切の後悔はなかったそうだ。
『ぎゃぁぁぁぁぁっ!』
『いた、イタ、いたイぃぃいぃぃ……っ!』
ぎゃあぎゃあ泣き叫びながら実の親が蹲る中、
転がった指はレイアの足もとまでやってきたらしい。
怒りに身を任せてそれをレイアが踏みつぶそうとしたところ、
イオがそれを止めたそうだ。
「あれくらいなら治療院にもっていけばくっつくから。
あんなんでも親のことは大事なのかなって、そのときは思ったの」
「……」
「あは、本当に、あの時はお腹を抱えて笑いながら泣いたわ。
もう、泣けばいいのか笑えばいいのかわかんなかったの」
指をレイアから守ってくれたと、そう信じて満面の笑みを浮かべた親に目もくれず、
いつもよりちょっとだけ怒った様子でイオは言い切った。
そう、感情をまるで出さなかったイオがぷりぷりと怒って言ったのだ。
──それ、いっつもおいしそうなのたべてたから、ゆびもおいしいはずだよ!
ふみつけるなんてもったいない!
親の目の前で、親の指を口に放り込み、もぐもぐしてごくんと飲み込んだ。
ご丁寧に、ちょろちょろと漏れ出る血が出なくなるまでしゃぶりつくしてからだ。
十本全部を一度に食べるのはもったいなかったから二本だけ食べ、
残った八本のうち三本を調達してくれたレイアに渡し、
五本をズボンの中に嬉しそうにしまった。
ちなみにこのときのレイアの魔法を見て、イオは魔法に憧れを抱くようになったのだ。
「そいつらがどうなったかは知らないわ。でも、私はもう特級だったし、
イオのことを下手に騒がれたら評判に関わるとでも思ったのでしょう。
追手とかはなかったし、そのままグラージャへ連れてくることができたわ」
「イオはそれからが大変だったなぁ。
倫理や道徳はあるけど価値観が普通じゃなかったから。
相変わらず土を食べようとするし、
例の指を泣き続けるメルやクゥにあげて慰めようとするし……」
ちなみに指は全部没収したらしい。
代わりに数本の串焼きを与えたら喜んで交換してくれたそうだ。
「それが今の状態になるまで時間かかったし、
その後だって私の収入が不安定だから生活は質素で余裕もなかった。
子供たちに子供らしいこと、ミナミが来るまであまりさせられなかったのよ?」
「……」
三条家はみんな黙りこくっている。
異世界の実情というものを少し甘く見ていたからだ。
「あの、レイアさん。他の子たちは?」
「アケミさん? 顔色悪いですけど、無理しなくてもいいですよ。
聞いていて胸糞悪くなるのは事実ですし」
「……それでも、聞いておかなきゃいけない気がするんです」
ちらっとレイアがアイコンタクトを送ってきたので、ミナミは軽く頷く。
こうなった母は一歩も引かないことをミナミはよくわかっていた。
ならば、具体的な描写はできるだけしないで要点だけ言えばよい。
付き合いが長いからか、レイアはミナミの意図を正確に察したようだった。
「えーと、少し省きますけど、メルはある日突然親が失踪して、
誰もいない部屋の中で栄養失調になっていたところを拾いました。
失踪の理由は不明です。魔物に襲われたのか、それとも本当に捨てたのか。
しばらくは一人になることができなくて、どんなときも私たちが傍にいないと
ダメでした」
「……」
「レンは遊都マーパフォーの中で出会いましたね。
ギャンブルと酒におぼれたクズ親にスリを強制させられていました。
小さくて身軽だし、今よりも子供だったから油断も誘えて大儲けできるって
考えていたみたいです。そして、実際にそれだけの能力もありました。
……でもあの子は正義感が強かったから、あえて見つかるように盗み、
逃走途中にわざとスったお金を落とすっていう、
『敏腕だけど盗めない』スリで有名でした。
もちろん、親はそれを許さなかったため暴力を振るわれていたみたいです。
『ごめんなさい、ごめんなさい』って泣きながら泥棒して、
泣きながら殴られて、いつも人の顔を伺っていて……。
こっちに来た時も、ソフィに殴られないかってずっとびくびくしてました」
「……」
「クゥは……魔都シャンミュージの港です。
定期船が沈没して乗客や乗員は全員行方不明になったんですけど、
木箱の中に逃げたこの子だけが助かったみたいなんです。
たまたまその箱の中身がタバコと燃料用のヤニだったらしく、
海の魔物が嫌がって近づかなったらしいって話でした。
ただ、その船の沈没に海賊が関わってるって噂で、
クゥの両親は木箱にクゥを隠して殺されたかもしれないんです。
……そのせいか港に流れ着いた後も人から逃げ続けて、
私があった時は本物の獣みたいになっていた。
私に警戒しなくなった後も、箱の中の体験がトラウマなのか
閉め切った部屋とかに一切入れなかったのよ」
「レイちゃん自身も結構……」
「私なんてマシなほうじゃない?」
どの子も可哀想な子だと話しているが、
それを話しているレイア自身も結構悲惨な過去がある。
もはやどこにあったのかも覚えていない自分の村が魔物に襲撃され、
暖炉に隠された彼女だけが生き残ってしまったのだ。
両親は彼女を守るために魔物と戦って死に、
近所の魔法使いのおっちゃんは彼女に守護の魔法を唱えて死んだ。
不幸だったのは、村が壊滅した後も魔物がそこに居座り続けたことだ。
しかも、ただのゴブリン程度ならともかく、中級冒険者が相手取るような
そこそこ強い魔物である。
当時五歳前後の彼女は、両親や住民の悲鳴をしっかり耳に刻み、
魔物の悍ましい姿を瞳に刻んで復讐を誓った。
そして、復讐を誓った子供はすぐにそれを実行することにした。
泣き叫ぶことも喚くこともなく、くちびるをきゅっと結んで、
ただただ黙って目的を遂行しようとしたのだ。
彼女は魔物どもが寝静まるスキを突き、
小さな体を生かして武器や食料をこっそり集めた。
そして、二週間にわたり約二十匹の魔物相手にたった一人のゲリラ戦を仕掛けたのだ。
幸いなことに、壊滅した村には子供しか隠れられない小さな隙間がごまんとあった。
さらに、レイア自身に冒険者の才能があったため、
勝利に浮かれている魔物を闇に紛れて打つのは決して不可能ではなかった。
彼女は必ず一匹だけでいる魔物を狙った。
まずは不意を突いて死角から飛び出し、魔物の首を切りつけて声を出せなくする。
一撃で仕留めるほどの腕力は当時の彼女にはなかったからだ。
その後、相手がひるんでいる隙に目玉を突き視覚を奪う。
運が良ければそのまま心臓か脳にナイフを突き立ててぐちゃぐちゃにかき乱して殺す。
それが出来なければいったん離れ、呼吸困難と暴れ疲れて動けなくなったところで
足の腱を切り、確実にとどめを刺した。
綺麗に殺せた死体は他の魔物を罠にかけるための囮として有効利用した。
まさか滅ぼした村に自分たちを脅かす相手がいるとも思っていなかったのか、
彼女は一匹、また一匹と確実に油断した魔物を減らすことに成功する。
とはいえ、不審死が何度も続けば魔物の警戒も強まり、
ラスト三匹まで追い込んだところでとうとうレイアは見つかり殺されかける。
そこを壊滅の知らせを受け派遣された、後に彼女の師匠となる冒険者に助けられ、
その才能を見込まれて弟子としてついていくことになったのだ。
「どこにでもあるような話よ。
私の場合、そこにちょびっとの武勇伝がついてくるってだけで」
「……レイちゃん、冒険者の修行も大変だったって話じゃん。
パースさんも使えない解毒の魔法使えるし」
ミナミが狩ってきた魔物の肉は毎回必ずレイアが解毒の魔法をかける。
充分に火を通していたり、そもそもミナミの火で焼かれたのなら
毒の心配はないのだが、それでも彼女は万が一のことを考えて必ずかけるのだ。
これは師匠から教わって習慣化されているためで、
彼女は肉を見たら反射的に魔法をかける事だってできる。
解毒の魔法は大概の毒に効くため、流行病や食中毒の予防にもつながるのだ。
冒険先で体調を崩すわけにはいかない冒険者としてみれば、
それはとても理に適っている行為と言える。
「そういえばそうですよね……。初めてあなたに会ったとき、
治療師でもないのにあの年で解毒魔法を使えると知って、
あなたの師匠を縊り殺してやろうかと思ったくらいですよ」
「やだ、そんな大げさな」
「なぁパース。その解毒の魔法ってそんなに覚えるの大変なのか?
俺、ぜひとも覚えてみたいと思うんだけど。なんかすごい便利そうだし」
「イツキはやめたほうがいいと思いますよ? だってあの魔法を覚えるには……」
さて、話だけ聞けば便利な魔法であるが、パースが言い淀んだ様に、
その習得は生半可な努力ではなしえないものとなっている。
冒険者として最高峰の特級の魔法使いでも覚えている人間は少ないくらいなのだ。
「──毒を呷らないといけないんですから」
「「……えっ」」
三条家の人間がそろってレイアを見つめた。
なぜだかそこでレイアがポッと頬を染めて照れる。
「毒って、体に有害なあの毒? いわゆるポイズン?」
「ええ。ほら、魔法を会得するには体験が必要ってお話ししたじゃないですか。
一般的な魔法、例えば火や水なら先ほどの通り自然に体験できますが、
毒ともなるとそういうわけにはいきません」
「だから、師匠が死なない程度に薄めた毒を飲ませてくれたんですよ。
で、すっごく苦しくなって意識が朦朧としだしたところで解毒薬を飲んで、
その苦しいのが楽になっていく感じを何度も体験することで覚えるんです」
「……」
「どんな状況でも生きていくためには必須だからって覚えさせられたけど、
実際かなり役に立ちましたし。修業が大変だったのは事実なんですけどね」
ちなみに、あちらのセカイで回復魔法が進んでいないのはこれが原因である。
回復魔法を覚えてしまうほどに怪我をする冒険者ならとっくに死んでいるし、
かといって大きな怪我をしなければ回復の体験ができないから、
そもそもの習得機会がほとんどないのだ。
なお、治療院とよばれる専門機関では熟練の指導の下に自傷行為で回復魔法の
習得、および訓練を行っている。しかし、待遇はいいものの自ら進んで
その道を選ぶ人間は少ないようで、慢性的な人手不足らしい。
故に、どの都でも必ず一定数が確保できるように、生まれたときから治療師に
なることが義務付けられている一族が存在するそうだ。
「でも、一番つらかったのは雷の魔法の修行かなぁ。
雷がずっと落ちている嵐の高原で、一日中待機してなきゃいけなかったんだもん。
いつ自分に落ちるかってヒヤヒヤしたっけ。
ホント、後から考えれば役に立つことばかり教えてくれたけど、
あのころは師匠が憎たらしくってたまらなかった!」
あっはっは、とレイアは明るく笑うが、
同じことをされたとき、ミナミは同じように笑える自信がない。
よくてトラウマ、最悪人間不信になってひきこもりになってしまうことだろう。
「でもま、こんなところですよ。
ご心配されなくとも、孤児院はしっかりやっていけてますし、
ミナミも無理のない範囲で頑張ってくれています。
……欲を言うなら、
もっと自分のためにお金を使ってほしいってことくらいですかね?」
重くなった空気を振り払うかのように、レイアが少しおちゃめに言う。
三条家の人間はみな複雑な表情をし、
冒険者たちはあんなころもあったなぁ、と懐かしそうな顔をした。
そんな彼らの表情を見て、なにやら決意めいた顔で八雲と明海が
ミナミに向かって言葉を紡いだ。
「三波……絶対あの子たち、幸せにしろよ。
俺の、俺たちの孫が大きくなったところを絶対に見せにこいよ」
「お母さん、ひ孫を抱くことも夢なのよ。
……もちろん、レイアちゃんとソフィちゃんも幸せにするのよ?」
八雲と明海に言われるまでもない。
心の底から、本心でミナミははっきりと宣言する。
「来年も、再来年も、何年経ったって帰ってくるよ。
いっぱい子供たちを抱かせてあげるさ。
嫉妬したくなるくらい幸せな姿を見せつけてみせる」
それより楽しい話題にしようぜ、とミナミは明るくふるまう。
もうこれ以上、殊更に暗い話を続ける必要はないのだから。
例え過去にどんなことがあろうとも、
今この瞬間、子供たちは幸せを噛みしめ、そしてステキな夢を見ている。
この幸せな時間をミナミはいつまでも終わらせるつもりはないし、
より大きな幸せを掴み取ってほしいとも思っている。
そう思っている限り、ミナミも、レイアも、ソフィも子供たちも、
みんなが幸せになれるはずなのだ。
深くなりつつある夜に、たわいもない話と笑い声が静かに響いていく。
やがて明日に備えて眠りにつくことになった三人が部屋の中で見たのは、
やっぱり幸せそうに顔をほころばして眠る子供たちの姿であった。
20150219 誤字修正
二月中にキリのいいところまであげたかったからさ……。




