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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
8/88

8 少女は口にぶち込んだ


 久し振りに聞いた人の声。実際には最後に人の声を聞いてから数時間程度しかたっていないのだろうが、ひどく懐かしく感じたのだ。


「……ねぇ、聞いてるの?」


 ミナミはゆっくりと振り向いて、声の主の姿を確認した。声をかけてきたのは背負い袋を背負った少女だった。


 茶と緑が混じったような不思議な髪の色をしている。革でできているらしいジャケットのようなものを着込んでいて、その上からマントのような、ローブのようなものを羽織っていた。


 ぱっと見た感じでは、ゲームに出てくる盗賊と魔法使いを足して二でわったようなかんじだ。以前ネットでコスプレを見たことがあるが、髪の色も服装もずっと自然なものだった。


 見た目から判断するとミナミと同じくらいの歳だろうか。今はやや汚れてしまっているが、かなり可愛い部類に入るだろう。悔しいことに身長も同じくらいだ。下手したら若干ミナミのほうが小さいかもしれない。


 おそらく冒険者というやつなのだろう。その証拠に彼女は右手に短剣をもっていた。武骨なつくりだが、丈夫そうだ。その刃はギラリと光っている。


「ちょっと? ……もう手遅れ?」


「いや、だいじょぶだけど?」


 何が手遅れかは知らないが返事をした瞬間、彼女はにっこりと笑った。陳腐な表現ではあるが、花が咲いたような、そんな微笑みだった。それこそ、これだけで今までの食欲を忘れ去ることができるくらいに。


「よかったぁ。なんかそれ食べているように見えたから、自殺願望者なのかと思ったわ」


「食べちゃダメなの?」


「えっ?」


「えっ?」


 反応からみると食べてはいけないものらしい。しかし、ミナミは先ほど別のやつ食べたものの、今のところ問題はない。


 そもそも、食べてはいけないとはどういう意味だろうか。それは『自殺願望者』、『手遅れ』といったアブナイ単語の意味を考えれば、自ずと答えは見えてくる。


「これもしかして、毒とかあったりする? さっき別のやつナマで食べちゃったんだけど……」


「ばかやろぉぉぉ!」


 いうやいなや、彼女はこちらに走りこんできた。途中でナイフを捨てて体から突っ込んでくる。さすがにかがんだ状態で彼女の突進を受けきることは難しいだろう。


「もがっ!?」


 と、思っていたら彼女は直前で止まり、左手でミナミの頭を固定して、右手を口の中に突っ込んできた。人差し指と中指が喉の奥のほうに突っ込まれているのがわかる。


「吐き出せ! 今すぐ吐き出せ! 早く吐き出せ!」


 意外と力がある。以前のミナミよりもある。もとよりミナミは体力にそこまで自信があるわけではない。せいぜいがクラスの真ん中くらい……体育のチームで足を引っ張らない程度のものだ。


 不思議なことに口の中に手を入れられているのに、こう、おぇってなることはなかった。これもゾンビ故だろう。


「ふぁいほふ、ふぇふにふぁんふぉふぉふぁい」


「なんともないわけないでしょ! 火を通してなかったら一口食べただけで五分であの世行きよ!? やっぱり自殺願望者じゃない!」


「ひや、ふぁふぇふぁのふぃふぃふぃふぁんふぁふぁえ」


「……嘘でしょ?」


 ようやく手をひっこめてくれた。彼女は驚いた顔でこちらを見ている。ミナミ個人としては見ず知らずの他人の口に手を突っ込むほうが信じられなかった。


 ふがふがしている人の言葉を判別したのも、いったいどうやったのだろうか。異世界人ってすごいと、なんとなくミナミは思う。


「いやいや、本当だって。一時間ちょっと前くらいにこれの小さい奴食べたの。で、そのあと寝床探してうろついてたらこいつの巣にはいっちゃったみたいで、親分含めた百匹近くに襲われたんだ。それでなんとか倒したお腹すいちゃって、親分が美味しそうだったから食べようとしてたところなんだよ」


 また何かされたら困るのでミナミは一息で言い切る。言った後で、実に的確で分かりやすい説明だったと自分で自分に拍手喝采を送った。


「……ウルフゴブリンの集落を一人で? 武器もないのに? 魔法使い……でもなさそうよね? 本当に何も体に問題ないの?」


「うん、問題ない。すこぶる元気。むしろ食べたら強くなった気さえする。だからあれも食べたい」


「……そこまで言うなら食べてもいいわ。ただし火は通すこと。それと念のため解毒の魔法を使うこと。あとあたしの言うことを聞くこと」


「了解っす! ……はい?」


 なんだか取り返しのつかないことに返事をしてしまった気もするが、とりあえず自己紹介をすることにした。


 彼女はレイアと名乗った。ミナミが見た目で判断したように、短剣と魔法を使えるらしい。あくまで短剣がメインで魔法は補助的なものだそうだが、初歩的なものならほとんど使いこなせるそうだ。


 これでもちょっとした実力者なのよ、とレイアは自慢げに話していた。実際、こんな危険な場所に一人でいるくらいなのだから、本当なのだろう。


「で、あなたは? 服装は変、体質も変、ついでに常識もなく、こんな森の中を装備ひとつ付けずにうろついていて、武器もないのにウルリンの集落を落とし、あげく聞いた限りではそのまま野宿しようとしたものすごく変わった人みたいだけど? あ、よかったらもちきれないのちょっとちょうだい」


 彼女はそこら中に落ちている牙やら毛皮やらを見渡しながら言った。どうやら思ったことをそのまま口に出すタイプらしい。


 しかし、なんと答えればいいだろうか。正直に話したところで信じてはもらえないだろうし、かといって適当な嘘も思い付かない。


 真面目に答えるのもいくらか面倒だったので、ミナミは適当にごまかすことにした。


「んー、腹減ってるから答えられない。肉喰いたい。ところであれ、ウルフゴブリンっていうんじゃないの?」


「私が略してそうよんでるだけよ。あなた、火種かなんかある?」


「ない」


 即答した。その瞬間、彼女はウルリン顔負けの顔でわらった。


「じゃ、私が火をつけてあげる。ついでに捌いてちゃんと料理してあげる。そのかわり、私の質問に正直に答えて?」


「それだけでいいの?」


 むしろそれがいいのよ、と彼女は言った。ミナミとしてはちゃんと料理してもらえるし、質問に答えるだけなのでかなりラッキーだ。


 よくよく考えてみたら、異世界から来たといっても本当のことなので約束を破ることにもならない。信じるかどうかは彼女次第だが、それ以上説明のしようがないのだから、成行きに任せればいいだろうとも思う。


 なにより、早くそのおいしそうな肉を食べたかった。お預けを食らうのはなかなかきついものがある。


「じゃ、質問その一。あなたはどうやってウルリンの集落を落としたの?」


「その前に肉、焼いて。食べたら答える」


「あなたの頭には食べ物のことしかないの?」




 レイアに命じられ薪を集めてくる。幸いにもここにはたくさんの木々があり、落ちた枯れ枝などに困ることはなかった。


 今日はここでたき火をしてそのまま野宿するらしい。まだちょっと夕暮れまでには時間があったが、こういう場所では早めの行動をしないといけないそうだ。


「これすっげぇ便利じゃん」


 “場所”をつかって薪をどんどん集めていく。手をかざしていくだけで集まるのだから楽なものだった。


「これ……これ?」


 いいかげんこの“場所”というものになにか名前をつけねばなるまいとミナミは思案する。いつまでも場所とかこれとかではなかなか不便だ。


「よし、今からこれは巾着だ」


 ちなみにネーミングそのものに深い意味はない。ただ何となく、巾着がいいと思っただけだったりする。


 ミナミは巾着の中に相当な数の薪を集めると、両手いっぱいになるくらいまでを取り出して、レイアの元へと戻った。


「あら、意外と早かったわね」


 彼女はミナミが殺したボスの解体をしていた。名前をキングウルリンというらしい。正式名称はきっとキングウルフゴブリンだろう。


 元の形がきれいに残っていてまるで人体模型をばらしているかのようだった。さすが短剣使いといったところだろうか。


「薪、こんなもんでいい?」


「ん、いいわよ。こっちもちょうど終わったから。あ、これあったから渡しとく」


 彼女が渡してきたのはコハク色の丸い球だった。おっきなべっ甲飴みたいで、なかなかにきれいだ。アクセサリーにしてもなかなか映えるだろう。


「これ、何?」


「やっぱりしらなかったのね……。これ、あいつの魔石。いろいろと使えるからとっておきなさい。あまり見かけないレアものなんだからね!」


 なんでも強い魔物の体内には魔石というものがあるらしい。いわばその魔物の力の根源のようなもので、うまく摘出できたら、魔道具として加工することができたり、いろんな使い道があるそうだ。


 ただ、たいていの場合は見つからなかったり、あったとしても戦いの最中に壊れてしまう場合が多いとのこと。


 というのも、魔石持ちの魔物はとにかく強い。ついつい長期戦になり、運よく弱点でもある体内の魔石に一撃を加えることで決着がついた、ということがざらなのだそうだ。


 また、どこにあるのかわからない魔石を傷つけないように倒そうとしても、追いつめられた相手が全力を出して攻撃すると、魔石の力を使いきってそのまま魔石は崩れ落ちるそうだ。


 故に、魔石を安定して入手するためには相手よりも圧倒的に高い実力で瞬殺するしかない。そんなことができる人間はあまりいないわけだが。


「じゃ、これ、食べちゃダメなの?」


「それを食べようとする人は初めて見たわ……。まぁ、あなたのものだから好きにすればいいと思う。でも、ごはんの後にしなさいよ?」


「ちょっとくらい……」


「だ・め。そういう子に限ってごはんちゃんと食べないんだから!」


「わ、わかりました」


 まだ会ったばかりだというのに、すっかりとレイアに手綱を握られたミナミであった。



20150426 文法、形式を含めた改稿。

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