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【黄泉帰里編7】 丑三つ時の


「……ちゃ。……ってば」


 暗く荒廃した街の中。ガラスの破片や瓦礫を無造作にがしゃりと踏みつけ、顔色の悪い少年は月明かりの向こうに蠢くいくつもの影をにらみつける。


 あたりに漂うのは火薬の匂いと、煙の匂いと、そして顔をゆがめたくなるような腐臭。それに加えて、少年の前方に崩れ落ちる死体からは血の匂いがしていた。


 ──ォォォ


 ぴちゃぴちゃ、くちゃくちゃと蠢く影が死体に群がって音を立てている。


 その数、およそ五匹。


 顔色の悪い少年は音を立てないように慎重に銃の残弾を確認し、そして引き金に手をかける。最初のころはこの引き金が随分と重く感じたが、今では電子レンジのスイッチを入れるかのように気軽に引くことができた。


(いけるか?)


 獲物は五匹。ただし、一発で倒せるとは限らない。やつらは胸を撃っても死なないし、腹を撃っても動きを止めない。頭をふっとばすか、動けないように全身をハチの巣にするかしないと倒せない。


 ──オ、ォォ


 腐乱し、こそげ落ちた肉の奥から歯茎をのぞかせ、そいつらは月に呻く。


(ゾンビが五匹。運がいいんだか悪いんだか)


 そう。やつらは普通の生物じゃない。ある日突然この世界に現れ、そして瞬く間に生きるものを蹂躙した死の怪物。人を襲い、人をゾンビにし、そして喰らい続ける史上最悪の化け物。


 人類が壊滅状態になるまで実に一週間ほどしかかからなかった。自衛隊も国連も、いかなる武力組織であってもその不死身に近い特性と数の暴力には勝てず、次々と死者の仲間入りをしてしまったのだ。


 生き残ったのは皮肉なことに、ごくごく普通の──ちょっと運が良かっただけの一般人ばかりだった。この顔色の悪い少年、ミナミもそんな一人で、武器や食料を集めながら各地を旅し、生きているかもしれない家族を探している。


「──」


 ぱぁん、と乾いた音が廃墟に響き、そしてゾンビの一匹が崩れ落ちた。同時に怨嗟の炎がやどる瞳が八つほどミナミを射抜き、直後に二つ減る。


「上々っと」


 二発の弾丸でミナミはゾンビ二匹を仕留めて見せた。のろのろと追いかけてくるそいつらをおちょくるようにあえて視界に映るように走り、そして確実に攻撃できる位置取りを確保してから弾丸を眉間にぶち込んでいく。


 彼は強力な武器こそ所持していないものの、この手の慎重な性格が功を奏したのか対ゾンビ戦闘においては誰よりも強かった。


「おやすみ」


 ぱぁん、と腐体の頭がはじける。お気に入りだったのだろうか、ひびの入ったオシャレな眼鏡がはじけ飛び、そしてカラコンが張り付いていた目玉がべしゃりと地面にたたきつけられる。


 シルエットからはもはや想像することすらできないが、どうやらこのゾンビはおしゃれ好きな女性だったらしい。


「……ふう」


 最後の一匹を始末したことでミナミは一息をついた。銃をホルスターにしまい、薄汚れたハンカチで額の汗をぬぐう。腰にぶら下げた銀の水筒を口元にあてがい、そしてぐいっと大きく傾けた。


「──!?」


 ──にい、ちゃ、ってば


 彼はとっさに振り向いた。傾けた水筒に、新手のゾンビが映ったからだ。


「うぉっ!?」


 だがしかし、気づいたときにはもう遅い。骨とわずかばかりの腐肉がついた腕で、そのゾンビはミナミの肩をぎゅっと掴んでくる。そのまま強く揺さぶってきて──



▲▽▲▽▲▽▲▽



「──にいちゃ、おきてってば……!」


「……メル、か」


 むくりと起き上り、ミナミはあたりを見渡した。部屋の時計は夜の一時を示している。当然のことながら外はまだ暗く、あちこちから健やかな寝息が立てられていた。


 そう、ここは荒廃した日本などではなく、ミナミの部屋である。どうやら夕食後にせっかくだからとみんなで見たゾンビ映画の夢を見ていたらしい。現代日本の様々なテクノロジーや重火器といった武器、そしてゾンビという怪物の本来の恐ろしさについてみんなで盛り上がったのをミナミは覚えている。


 ファンタジー世界ではあまり実感がわかないが、ゾンビの花形は人間に対する恐怖心なのである。そのあまりのえげつなさと恐ろしさ、加えて人間の無力さに冒険者は自分ならばどうやって生き延びるか議論し、子供たちは強がりながらもミナミたちから引っ付いて離れようとしなかった。


「どうしたんだ、こんな夜中に」


「ええと、ね……」


 ミナミにぺたっと張り付いたメルの手が所在なさげにぐりぐりと動かされる。


 当然といえば当然かもしれないが、ミナミと子供たちは同室で寝ている。ベッドとお布団という変則的な構成で、ミナミの自室にぎゅうぎゅうになっているのだ。


 つまり、この部屋にいるのはミナミを含めて八人。大人三人と子供三人がお布団で寝ることになっていたわけだ。


 子供たちはメルを除いて皆安らかな寝息を立てていた。幸いなことに、異世界であっても普通に寝付いてくれたらしい。


「ごめん。メルがちょっと……」


「どどど、どうしよう……!?」


「ん?」


 逆に大人はみんな起きている。小さい電気のオレンジ色の淡い光の中、ミナミははっきりと申し訳なさそうな顔をしているレイアとソフィを見た。


「どうしたんだ?」


「えっとね、メルね、その……ちょっと、あせかいちゃったの」


「……」


「ホントだよ! あつくてあせかいちゃっただけなんだよ!」


 ミナミはよくよくメルを見た。なるほど、たしかに汗はかいている。エアコンがあるとはいえ、真夏にこれだけの人数をこの狭い部屋にすし詰めにしたら暑くもなるだろう。


 だがしかし、ぐっしょりと濡れているのは寝巻の下のほうだ。そして、布団にもシミが広がっている。


「……おねしょしたのか」


「ちがうの! あせなの!」


 涙声でメルは抗議した。が、それが聞き入られるはずもなく。エレメンタルバターで一番のおねしょ率を誇るメルが今更なにを言っても無駄なのだ。


「だから寝る前にトイレ行ったかって聞いたじゃないか」


「うぇぇぇ……ごめんなさいぃ……」


 メルは普段からおねしょをする。最近はまともになってきたとはいえ、月一くらいでミナミやソフィは叩き起こされる。もはや日常茶飯事であるため、諫めはすれど怒る気など三人とも持ってない。


 加えて言えば、今日の夕餉は贅沢だったため、メルはひたすらに飲み食いをした。その後に怖い映画を見てしまったため、トイレに行くに行けなくなってしまったのだ。日本のトイレは異世界のトイレよりはるかに明るくて安全といえど、それの持つイメージはそう簡単には覆らなかったらしい。


「どうしよ、このお布団って魔法で洗っていいものなの?」


「あー、このくらいならシーツだけ洗って明日いっぱい干しとけば大丈夫だよ」


 それならよかった、とレイアがほっと息をつく。いくら家族の実家といえど、やらかしたことに不安が隠せなかったのだ。


「ほら、メル。風邪ひいちゃうから着替えましょ」


「シャワーでも浴びてきたら? 使い方はもうわかるだろ?」


「あら、じゃあそうさせてもらうわね。……夜中でも気軽に湯浴みができるって便利よねぇ」


 ちなみに、ミナミがレイアにもシャワーを勧めたのは理由がある。彼女はメルに抱き付かれるようにして眠っていたため、二次被害を被っていたのだ。むしろ、彼女がいたからこそ布団の被害が少なかったとも言える。


「布団は……ウルリン毛布を新しくひけばいいか。ちょっと暑いけど風邪ひくよりマシだろ」


「ないしょだからね! みんなにはないしょなんだからねっ!」


「はいはい」


 レイアに抱きかかえられながらメルは風呂場へ連行された。毎回内緒にしてくれとは言うものの、おそらくミル以外はみんな気付いている。言わないであげるのも家族の間のやさしさなのだ。


 そうじゃないと、自分がやらかしたときにひやかされてしまう。


 ミナミはパパッと汚れた布団を片付け、一時的に巾着の中に入れる。幸いにして子供たちが起きた様子はない。メル以外はきちんとトイレに行ったはずだし、これ以上の問題はないはずだ。


「あの、ミナミくん……」


「どした?」


 だが、問題というものは思わぬところで起きるものである。


「──替えの下着がない、かな」


「あ」


 ミナミにもソフィにもレイアにも、妙に庶民的でけち臭いところがあった。どうせ実家でコインランドリーもあるからと、子供たちの下着をあまり持ってこなかったのである。


 正確に言えばあと一着ほどあるのだが、心もとないのは確かだ。なんせ、履いたばかりの下着をすでに一枚ダメにしてしまっているのだから。それに加えて──


「明日の帰りに買えばいいかなぁ?」


「寄れるとも限らないし、それに遊園地で漏らす子も結構多い。できれば早急に予備をいくつか入手したほうがいいな」


 遊園地ではしゃぎすぎて緩くなる可能性もある。ミナミとしてはその予備の一枚は死守しておきたいところだった。恥ずかしい話だがミナミ自身、幼いころにジェットコースターで漏らしたことがある。


「……どうしよう?」


 ソフィが困ったように首を傾けた。ミナミはそれを見て、あることを思いつく。


 ここは現代日本なのだ。舐めてもらっては困る。


「目、冴えちゃってるよな? ──夜のデートとしゃれ込もうぜ!」



▲▽▲▽▲▽▲▽



「こっちって夜でも明るいんだね……。あの明かりは誰がつけているの?」


「誰でもない……というか、暗くなったら自動でつくんだ。国がつけてるってことになるのかな?」


「こんな夜なのに働いている人がこんなにいるんだ?」


「夜だからこそってやつだ。それに都会はもっと人がいるぞ?」


 ミナミとソフィは夜の道を歩いていた。ミナミの感覚で言えば街灯も少なく暗い道だが、ソフィにとってはお祭りのように明るく映って見えるらしい。


 異世界にはそもそも電気がない。燭台やランタンくらいならあるが、それでも強い光ではない。故に夜は冗談抜きで数メートル先が全く見えないほど暗く、それに比べれば街灯のある日本の街並みは明るく映って見えるということなのだろう。


 ソフィは赤や白、ときたま青い光を発しながら走る自動車に目を奪われ、異世界人にとっては幻想的に見えるヘッドライトや信号の光に魅せられてふらふらと視線をさまよわせる。


 なんだかあぶなっかしかったので、ミナミは手をつなぐことにした。


「ソフィ。珍しいのはわかるけど」


「あ……ごめん」


 手をつないだまま、二人は歩いていく。ミナミにとって残念なのは、日本では満天の星空を見れないことだろうか。暗闇に慣れ、そして懐かしくも見慣れた人工的な光は異世界になじんだミナミの目には少々眩しすぎた。


「えっと、コンビニってこんな遅い時間でもやってるんだっけ」


「年中無休、二十四時間営業だ。文字通り休みはない」


「大変そうだねぇ……」


「実際、大変だって話だよ。その分夜は時給がいいらしいけど……ほら、あそこだ。だいたい何でも売ってるから便利なんだぜ」


 結局、ミナミは無いのならば買えばいいという結論に至った。資本主義の国の人間らしい、実に力任せな考えである。異世界にコンビニはないのだから、ソフィには考え付かなかったアイデアだ。


「いらっしゃいませー……」


 眠そうなレジ打ちの店員に軽く会釈しながら、二人は店内を探索する。来るだけならミナミだけでも良かったのだが、なんのことはない。夜中に男が一人で女児の下着を買いに来たら怪しまれるに決まっている。故に、ミナミはソフィについてきてもらったのだ。


 デートだなんていったものの、割と情けない理由だったりする。


「あ、これかな?」


「売ってるもんだな」


 入ってすぐ、生活用品がまとめておいてあるあたりに目当てのものはあった。ミナミは入り口わきの赤い籠を一つ取り、ソフィが中にそれらを入れる。さりげなく子供たち全員分──ついでにレイアの分も含まれていた。


 なんだかちょっと気恥ずかしくなってミナミはさっと目をそらす。


「食料品に生活用品に……これ、ペンなのかな? 本当になんでも売ってるんだね!」


「せっかくだしいろいろ見ていこうぜ。向こうもまだ時間かかるだろうし」


 ミナミにとっても久しぶりでなかなか面白いが、ソフィにとってはまさに初めて見る商品の山々だ。女の子はもともと買い物好きだし、なにより異世界の商品である。店員以外誰もいないというその開放的な環境もあって、ソフィはいつになくはしゃいで店内を歩き始めた。


 ミナミはそれに黙ってついていく。


「へぇ……! こんなパンがあるんだ……!」


「朝、通勤するときとかに買われるぞ。個人的にはおにぎりのほうがおすすめ」


「これは? このきらきらした棒はなぁに?」


「電池っていう、電気の塊みたいなもん。魔石だと思ってもらえれば」


「うそ!? これ全部お菓子なの!?」


「おうとも。最近のコンビニは結構その辺力入れてるんだぜ」


 目につくものすべてが面白いらしい。食玩、歯ブラシ、お酒、ボールペン、惣菜……その一つ一つを見ては感嘆の声をあげ、そして目をキラキラと輝かせていた。


 ソフィが年相応にはしゃぐ姿を見て、ミナミもなんとなくうれしくなってくる。なんだかんだで、彼女が本当の意味で自由な時間を過ごせることなんてほとんどないのだから。こういう時くらい、楽しんでしまってもいいはずだ。


「……ミナミくぅん」


「よし、あるもの全部買っちまおう」


「や、それはダメだって!」


 うるんだ瞳で上目づかいをされてしまっては、ミナミに抗う術はない。ソフィとしては一個だけをおねだりするつもりだったのだが、深夜のテンションに支配され、同時に金の力を持ったミナミはその願いを極端な形で叶えようと思ってしまったのだ。


「あのキャラメルパフェを食べたい……なんて」


「そんだけでいいの?」


「それがいいの! ……ダメ、かな?」


「まさか。でも、みんなには内緒な」


「うん。夜は甘いもの食べるなっていっつも言ってるもんね」


 ダメなはずがない。ミナミはさっそく下着などの会計を済ませがてら、店員にキャラメルパフェを二個注文する。眠そうな店員はもにょもにょと店内でしばらく待つように告げた。


「本も売ってるし、食料も売ってるし、生活雑貨もあるし、その場で作ってもくれる。コンビニって本当にすごいんだね……!」


 ソフィはパラパラと雑誌をめくっていた。どうやら料理関連の本らしく、写真を見ては嬉しそうに笑っている。


 異世界にもレシピはあれど、写真のような図はほとんどない。料理を覚えたければ実際に見て、食べ、盗むしかないのだ。


 料理本だけじゃない。コンビニの本棚にはあれでいろんな情報誌があったりする。子供向けの本もあるし、ガーデニングの本だってある。それらはソフィの知的好奇心を満足させるのには十分なものだ。


「へぇ……! 子供向けの本って初めて見た……! こういうの、あっちにももっと増えたらいいのになぁ……!」


 パラパラとページをめくっているだけで、見ているだけで面白いのだから。


「あ! こっちは成人向けだって! やっぱり恋愛とか職業とかの本なのかな?」


「あ゛っ……」


 子供向け、とくれば次に大人向けの本があると思うのは当然だろう。そして、大人とはいい変えれば成人のことを指す。


 だから、次の本を求めたソフィがそのわざわざ片隅に作られたコーナー……すなわち『成人向け』の雑誌を手に取ってしまったのは事故に近いことなのだ。


「……えっ」


「……」


 ぴきりと固まる。


 そして、ゆっくりゆっくりと赤くなっていった。


「ななな、なにこれ? えっ、そんなところまで……!?」


 真っ赤になり、声を震わせながらも目はそれから離せないでいた。手はプルプルと震えているし、明らかに挙動不審だ。


 だがしかし、ひきつけられるように──ほとんど無意識的にページをめくっている。


 ミナミの視界の端っこに、肌色でやたら扇情的な何かが映っていた。


 もちろん、あはーんでうふーんなせくしぃおねーさんの雑誌である。


「ううう、うそっ!? そ、そんな……!?」


 あっ、とかきゃっ、とか、小さな声を漏らしながらソフィはそれを凝視している。なんだかとてもとてもいたたまれなくなったので、ミナミはそっとその本をソフィの手から引っこ抜いた。


「はい、そこまで」


「──!? あっ!? いやっ!? えっ?」


「ソフィ。成人向けってのはそっちの意味なんだ」


「~~っ!」


 べしべしとソフィはミナミを叩いた。なんだかとっても理不尽な気がしたが、されるがままにしておく。こういう時、下手に何かを言うとろくなことにならないのをミナミは知っていた。


「ミ、ミナミくんはなんでそんなに平然としてるのっ!?」


「コンビニってさ、便利だからよく来るんだけど、嫌でも目に入っちゃうよね」


 ホントは嘘だ。だってミナミは男子高校生なのだから。


 これでドキドキするのは小学生の時、すでに河原で卒業している。


「えええええ、えっちなのはよくないと思いますっ!」


「そうそう。だから親は子供をここに連れてくるときすごく気を遣う。便利なのはいいけど、子供の手の届くところにアレなものがあると困るよな」


 うまく話題の矛先を変えようと誘導したミナミだったが、不幸なことにこの時ろくなことにならない言葉を放ってしまっていた。


「そ、それ……っ!」


 真っ赤になったソフィがさらに真っ赤になった顔で、どこか焦点の合わない泳ぎまくった眼で問い詰めてくる。


「こ、『子供の手の届くところにあると危ないアレなもの』って、昼間にイツキさんが言ってた……!!」


「あ゛っ……」


「どうなの!? ミナミくん、そこのところどうなの!?」


 ずずい、と赤くなったソフィの顔がミナミに迫る。ミナミに出来る精一杯の抵抗といえば、必死に視線をそらすことだけだ。その行動自体がある事実を認めてしまっているということに、今のミナミは気づかない。


「あ、あるわけないだろ?」


「ベッドの下……?」


「ベッドの下でもなんでも、いくらでもおれの部屋探してくれたっていいぜ? まぁ、あるはずがないけど、でも、少しくらいそういうのに寛容でも……」


「だ・め! ミナミくんがそういうの見るの、なんかやだ!」


 なんかいやだと言われても、ミナミも男子高校生なのだ。ゾンビになった今こそそういう生理的な欲求は薄れているものの、オトコとしてそういうのは今でも好きだし、たぶん機能的にも問題ない。


 やらなくても問題ないってだけで、やれないわけではない。子供たちの面倒を見ることに、より強い生きがいと癒しを感じているだけだ。


「こ、このことはレイちゃんにも話すからねっ!」


「えええ……最初に本を見たのはソフィのほうじゃん……」


「あれは事故なの!」


「の、割には興味津々だったみたいだけど?」


「~~っ!」


 再びぽかぽかと叩かれたのでミナミはその辺でからかうのをやめることにした。ちょうどいいタイミングで店員からパフェができた旨を告げられたので、真っ赤になりながら目をぐるぐる回しているお姫様にそれを手渡す。


「溶けないうちに食べようぜ」


「……こんなんじゃ買収されないからね。これでもわたし、元ギルド受付嬢なんだから」


 ギルドでは受付嬢向けの講習で道徳と倫理を何度も説くそうだ。勝手に人の情報を流すなだとか、無駄死にしかねない依頼を斡旋するなだとか、ちょっと意味は違うが異世界を生きる上でのリテラシー講座に近いらしい。


「……あ、おいし」


 久しぶりに感じるキャラメルの甘み。香ばしく、とろけるように甘く、そしてひんやりと冷たい。クリームだのコーヒーゼリーだのが贅沢に使われており、その甘さとほろ苦さの絶妙なシンフォニーがどこまでも染みこんでいく。


 強く深い甘い香りがすっと鼻に抜けていくのが心地よい。そのとろける舌触りは筆舌に尽くしがたいほどであった。


「久しぶりに食べるとやっぱうまいな」


 思った以上にボリュームがあったが、どうやらレジ打ちの彼は寝ぼけて量を間違えてしまったらしい。ミナミ的にはむしろラッキーだ。


「……!」


「ソフィ?」


 ぷっと頬を膨らませていたソフィもいまやすっかりその甘い悪魔の虜になり、一心不乱にプラスチックのスプーンを動かしている。異世界人の中では甘味に食べなれている彼女ではあるのだが、やはりミナミの素人キャンディとパンケーキが本場のパフェと比べようになるはずもなく、そのあまりの衝撃に言葉が出ないようだった。


「この……茶色くて甘いのって……」


「キャラメルソースっていうやつだ。キャラメルってのは飴みたいなやつだな。ほら、お菓子コーナーにあるぞ」


「……もっと食べたら、いろんなこと忘れられる気がする」


「まかせろ」


 結局、ミナミはソフィに賄賂として箱買いしたキャラメルを送った。収賄という、元ギルド受付嬢にあるまじき行動をしてしまった彼女は二人だけの内緒だからね、とそれをこっそり自分のポケットに入れる。入りきらなかった大部分はミナミの巾着の中だ。


 ──約定が結ばれた瞬間だった。


「レイちゃんには、何も言わないでおいてあげる。……でも、ああいうの買うのはダメだからねっ!」


「わ、わかってるって」


 だがしかし、約定を交わした二人は肝心なことをすっかり忘れ去っていたのだ。内緒で食べたキャラメルパフェの香りは、思っていたよりもずっと強いことを。


「おかえ……あら? 二人とも、なーんかおいしそうな匂いがするわねぇ……?」


「「あ」」


 律儀にメルを寝かしつけた後も起きて待っていてくれたレイアはすぐにそれに気づく。ミナミもソフィも、そんなに嘘がうまいほうではない。レイアの強い眼力でじっと見つめられてしまえば、二人そろって視線を泳がせることくらいしかできなかった。


「なにもね、内緒で食べてきたのを怒ってるわけじゃないのよ。子供じゃあるまいし、いちいちそんなことネチネチ言うつもりはないわ」


 ただ、と彼女はにっこり笑いながら続ける。その眼はしっかりと怒っていた。


「夜中に甘いもの食べるとダメだって言ったのは誰だったかしら……? メルが起きてたらどうするつもりだったのかなぁ……?」


「ご、ごめん! 実は……!」


「あっ! おい!」


 罪の意識に苛まされたソフィは観念してすべてのことをレイアに話した。もちろん、ミナミの内緒のアレもコレも全部である。


 レイアは一瞬赤くなり、そしてけらけらと強がるように笑い出した。


「ま、まぁ? あなたも男だしそういうのに興味あるのはわかるわよ? そ、それで? どんなのが好みなの? ん?」


「ごめんなさい。マジで勘弁してください」


 まだ好意的な解釈とはいえ、さすがにいたたまれない。


 実際のところ、レイアは冒険者であるためかその手の話の耐性はかなりついているのだが、身内のことだからか今はかなりテンパっているらしかった。


「あ、朝になったら検めさせてもらうけどね。どうせ、本の装丁を変えたり、大きな本の中をくり抜いてそこに隠しているんでしょう。師匠もそうやって隠し持っていたもの。──あと、この部屋を探しても見つからないわ。イツキさんが『回収した』って言ってたから。あるのはきっとイツキさんの部屋の本棚ね」


「──やべっ!?」


「もちろん、見つかったら没収だからねっ! わかったらとっとと寝ることっ!」



 翌朝、小鳥の鳴き声に混じって男二人がシクシクと泣く声が聞こえたそうだ。

20150214 誤字修正

20190324 文法、形式を含めた改稿


今更だけどコンビニじゃ子供の下着は売ってない気がする。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そこは「見るのは私(たち)だけにしてよね///」って言うところですヨ。 [一言] 確かに。あるとしてもオムツとかですかねえ。
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