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【黄泉帰里編6】 異界の晩餐


 奇妙な一枚の岩のようなもので整備された大地。あちらこちらに立つ石の柱に、その他素材も目的も作り方も不明ななにか。異界の地と言え変わらないのは灼熱の太陽くらいであり、そのことにどこかほっとしながらエディは木陰のベンチに腰を掛けた。


「どっちの世界でも、女の買物は長いんだなぁ……」


 変わらないのは太陽くらいだと思ったが、あれは嘘だ。例え異世界だろうと女たちの服選びはあまりにも長く、それに付き合いきれなかったエディ他数名はそうそうに退散して近くの公園と呼ばれる広場に来たのである。


 ちなみに、すでに自分たちの服は買ってある。金はいくらでもあったから、目につくやつをかたっぱしからかごに突っ込んだ。魔法的効果や武具としての頑丈さがないとはいえ、あれだけの質の服をあれだけ買って金貨二枚だというから驚きである。店員の娘が眼を白黒させていたが、エディはそれに気付かなかった。


「本当に興味深いです。こんな時間に──いえ、こんな時間であっても、こうして子供を遊ばせていられるだなんて」


 同じように隣に腰を掛けたパースがつぶやいた。


 男どもの買い物なんてどんなに長くても三十分とかからない。しかし、女どもの買い物は金が尽きるまで、それこそ日が暮れるまでかかりそうだった。


 なんたって服なのだ。女の大好物なのだ。しかも異世界品とくれば、ただでさえ長いのにもっと長くなるに決まっている。


「イオ、あっちのやってみよ!」


「おっけー」


 そんなわけで、子供もそうそうに買い物に飽きた。だから、これ幸いとエディたちは子守りを買って出てここへ来たのである。


「なんだろうな、アレ」


「遊具ではあるのでしょうけど……」


 イオとレンの前に立ちふさがっているのは鉄の物干しざおに板がぶら下ったものだ。塗料で青く塗装されてはいたのだろうが、長年外に野ざらしになっていたからかあちこちさびているし、色も剥げている。板をぶら下げている鎖は特にそれが顕著で、エディはどことなく処刑場を連想した。


「のぼる? のぼる?」


「ぐるぐるにまくんじゃない?」


 それはブランコと呼ばれる代物であったのだが、当然のことながら異世界人である二人にそれはわからない。イオが板を放り上げて横軸に巻き、レンはポールを上って横軸に座った。


「それちがうんじゃね?」


 なんか違うと思ったエディはひょいと跳んで板を元の状態に戻す。がしゃんと鉄と鉄のぶつかる音がして板が揺れた。


 そして、そんなゆらゆらと揺れるそれをみて気づく。


「レン、座ってみろ」


「うーい!」


 板にレンを座らせる。ついでに、しっかりと持ち手の鎖を掴ませておく。子守りをしている以上、なにかあったら困るのだ。


「そぉい!」


「うぉぉぉっ!?」


 で、思いっきりレンの背中を押した。エディが予想したように、それは振り子のように揺れ、風を切ってレンを空に投げ出さんと大きな弧を描く。


「ふぉぉぉっ!?」


 振りあがったら今度は振り戻る。当然だ。後ろから斜めに落ちていく奇妙な体感に、レンはただただ驚きの声を上げるばかりだ。


 レンの身体能力ならもっと力を込めて押しても問題ないと知っているエディは、それがまた元の位置に戻ってきたその瞬間を見て、さらに強く背中を押した。


「もっと、もっとぉぉぉ!」


 レンの背中が地面と水平になったところでやめにしといた。自分もレンもまだまだ余裕でいけると思っていたのだが、ときおり見かける通行人がひそひそと指をさしながら呟いているのを見て、いささかやりすぎたのだと思ったのだ。


「おひげのおじさん、ボクも」


「俺はまだお兄さんだからな?」


 結局、二人が自分でこぎ方を覚えるまでエディはブランコを押す羽目になった。さりげなく、パースが風の魔法で勢いがつきすぎないように配慮しているのに気付く。子供たちは未知の経験に興奮しすぎてそれに気づいていないようだった。


「あれでしばらくは持つか?」


「でしょうね……あなたもやってみたいと顔に書いてありますよ?」


「ばかいえ」


 やってみたいのは事実だ。だが、あんな小さなサイズでは尻がはまる。だから、エディは向こうに帰ったらギン爺さんに作ってもらおうと思っていた。


「あっちのやってみます? たまには童心に帰るのも悪くありません」


 パースが指したのは細長い板だ。鬼の市でみたような、大きな秤のような形状をしている。


 でも、あれじゃスケアリーベアを一匹乗せただけで壊れてしまうだろう。


「……」


「……」


 二人は無言でそれに乗った。向かい合う形で、お互いが両端に。エディのほうが沈み、パースのほうが浮いたことから、エディのほうが体重があるということが分かった。


 だからどうした。


「……楽しいか?」


「いえ、まったく」


 大の大人が昼間っから二人で公園のシーソーに乗る。いかに空しく滑稽であるのかは、異世界人である二人でも簡単にわかった。夏だというのに冷たい風が吹いてきている感じさえする。さっきまで感じていた通行人の視線すらもはや感じられなくなってしまった。


 それからしばらく──時間にして十五分ほどエディとパースはその奇妙な秤で遊んだ。なんとなく地面をけり、なんとなく上下運動を楽しみ、なんとなく風景を眺める。


 ときおり四角い鉄の箱がすいすいと道路を通って行ったり、パイプと車輪を組み合わせただけの、大道芸でよく見るアレに似たものにまたがった人々が曲芸をしながら通って行ったりと、どうしてなかなか面白い。


 このセカイはサーカスが盛んなのかもしれない。あんな細い車輪であんな複雑に、しかも並列走行できるなんて遊都くらいでしかみることはできないだろう。それを老若男女全員がやっているから驚きだ。


「あれ、どっかで買えねえのかな」


「ええと、自動車と自転車ってイツキが言ってましたね。私個人としてはバイクのほうにも興味があります」


 それよりも、とパースがいきなり飛び退いた。エディは強かに尻を打ち付けた。


「いってぇ!」


「ああ、やっぱり痛いんですか。てっきりそのへんの対策もあると思ったのですが。異世界とはいえ、さすがになんでもできるってわけじゃないんですね」


 この遊具は危険だ。即刻魔法で焼却処分すべきだとエディは思った。


「あっちの、やってみましょうよ」


 公園の片隅にある赤い箱。高さはエディの身長とそうたいして変わらない。ものすごく狭くてボロイ物置くらいの大きさといえばわかりやすいだろうか。


 それにはカラフルな手で持てるサイズの円筒状の何かが複数入っているようで、透明な何かがカバーとなって中のそれを盗まれないようにしているらしい。下のほうにもなんかよくわからない排出口のようなものがある。細々としたからくりがいっぱいついていて、公園の遊具の中でもこれは特に異質な空気を放っていた。


「数字……値段でしょうか。おそらく無人で商売できるカラクリなんでしょう」


「こいつは金取るんだな。売ってるのは……飲物か?」


 もう見慣れた写真が側面も含めていろんなところに貼ってある。それを見れば、この円筒状のもの──おそらくビンと同じ──の中身が飲物であることくらい、エディでも簡単にわかる。


「とりあえず、こんだけあれば足りるだろ?」


 数字はあまりにも小さい。というか細かい。異世界では硬貨が六種類もあり、さらには紙でできた金もある。普段三種の硬貨しか使わないエディたちにとっては非常にわかりづらく、ついでになんで値段があんなにも細かく設定されているのか理解できない。


 だから、とりあえず一番デカいのなら大丈夫だろうとエディは思った。彼は銀貨二枚分──ピン札の一万円を投入口に突っ込む。


「あ、なんか光った」


「好きなのを選んで押せばいいみたいですね。……数値を信じるなら、百本近くは買えるみたいですよ?」


「マジか!」


 たかだか銀貨二枚でこれである。一本あれば、向こうの物好きな好事家が銀貨三枚くらいは出してくれるだろう。


 自分には商売の才能があるのかもしれないとエディは一人思い上がる。そのテンションのまま、片っ端からボタンを連打した。


「いっぱい出てきた! すげぇぞ! なんかめっちゃ冷たいのも熱いのもある!?」


「どうなってるんでしょうねぇ……」


 キンキンに冷えた、オレンジが描かれているそれを手に取る。なんとも購買意欲を掻き立てる素晴らしいデザインだ。


 だが、ここでエディは気づいてしまった。


「なぁ、これどうやって飲むんだ?」


「さぁ……?」


 缶の開け方がわからない。当然だ。異世界に缶ジュースはない。


 プルタブをひねれば簡単に開くのだが、さすがにそこには気づけない。パースでさえもうんうんと頭を抱えながら振ったり叩いたりして調べている。


 ぐるりと自動販売機の周りを調べてみるも、ヒントはない。こういうとき、遺跡ならだいたいなにかしらのヒントがあるはずなのに、である。


「それの下とか、なんかありません?」


「きったねぇ小銭が落ちてるだけだ」


 これを開ける道具が近くにあるか、もしくは正しい解除の仕方がどこかに書かれていてもおかしくない。


 買えても飲めなければ商売の意味がない。そう思っているからこそ、パースもエディも無駄な努力を続けてしまう。


「しょうがねえ、こじ開けるか。パース、ナイフ貸せ」


 面倒くさくなったエディはナイフを缶にあてがった。左手でしっかりそれを固定し、すっと一息で正確に上部を切り取る。


 キン、といい音が響いた。


「よっしゃ」


「最初からこうすればよかったですね」


 特級冒険者、それも剣士となればこれくらいは容易い。切り口で口を傷つけないようにそっとオレンジの液体を口に含む。


 ミナミのジュースよりかは味が落ちるものの、とても冷たくておいしかった。


「こっちのは……白いですね。甘味も強くて女性や子供が好きそうです」


「なんだこりゃ? 妙に薬臭ぇ……《健康栄養ドリンク》?」


 エディとパースは片っ端から缶を開けては中の飲物を吟味していった。途中でイオとレンがそれに加わり、四人で黙々と品評会を進めていく。しゅわしゅわする缶が爆発したり、透明な入れ物の蓋がどこかにいったりなど、トラブルにも見舞われたがそれはおおむね和やかに終わろうとしていた。


 そして。


「ちょ~っと、お話良いですかね?」


「あん?」


 ポン、と肩を叩かれてエディは振り向く。いつのまにやら、後ろに水色と紺の制服を着た──そう、例えるなら憲兵と同じ雰囲気を持つ人物がにこやかに佇んでいた。殺気がないのだけが憲兵との違いだ。


「私の言ってること、わかります? きゃんゆーすぴーくじゃぱにーず?」


「いや、普通にわかるぜ」


「それなら話が早い」


 そいつはにっこりと笑う。この段階で、エディはなんだかろくでもないことに巻き込まれたのだと、冒険者の経験から理解することができた。


「いえね、不審な外国人がいるとの通報がありまして」


「それは怖いですね。私たちもそろそろ帰りましょうか」


「ああ、知らせにきてくれたのか。おつかれさん」


「いや、アンタらだよ」


「「えっ」」


 自分たちのいったいどこが不審なのだろうとエディとパースは顔を見合わせる。


 いたって普通のナイスガイたちだ。しかも特級冒険者である。憧れの対象になったりすることはあれど、疚しい覚えは一切ない。


「真昼間から公園で大人がシーソーして怪しくないわけないでしょ? その子供たちとも似てないしなぁ。……だいたい、自販機荒らしてナイフ持っている人間が、不審じゃないわけないだろう?」


「いえ、これは友人から子守りを……」


「ああ、友人ね。連絡つくの?」


「ひとっ走りすれば……!」


「逃がすわけないでしょ? ……そんだけやらかしておいて、まだしらを切るか」


「ナ、ナイフくらいは誰でも持ってるだろ!?」


「……こちら蔵庭公園。応援を頼む。言葉は通じるが常識が通じない。不審者の一人はナイフを持っている。子供が二名。保護したい」


 警官は無線で応援を呼んだ。エディとパースの顔がさっと青くなった。いつもの武器がない状態で異界の未知の戦士と戦うのは聊か分が悪い。


「おじちゃん、それなーに?」


「すっごい! ねぇ、ぼくにもそれかして!」


「ぼく達、ちょっとおじさんとこっちに来てね。おいしいお菓子やジュースもあるぞ~?」


「いく!」


「いくなぁぁぁぁ!?」



 結局、騒ぎを聞いて駆け付けた五樹が交番で謝り倒す羽目になったそうだ。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「それじゃ、つまらないものですが量だけはあるので、たくさん召し上がってくださいね!」


 変則的にふすまを取っ払い広くなった居間。物置にあった大きな机をつなげて作った食卓にずらっと並んだ異世界料理──否、日本の料理。ミナミの母である明海がにっこりと笑いながら端の席に座り、そして祖父の一光は秘蔵の日本酒をしっかりと小脇に準備していた。


「「いただきます!」」


 ミナミにとっては実に一年近くぶりになる、懐かしき母の食卓である。


 結局、交番にエディたちが連れていかれてしまったため、また中途半端に時間の空いてしまった女組とミナミはそうそうに家に帰ってのんびりすることにしたのである。


 そこで問題になったのが夕餉だ。さすがに十六人もの夕飯を一時間やそこらで作れるはずもなく、まだ夕方になるかならないかの時間から明海は夕食の準備をすることになった。


 ミナミも食材を買いにスーパーに出向き、今更ながらに巾着というアイテムボックスの便利さに感動したりもしていた。


「おいっしい! にーちゃ、これおいしい!」


「ぼくおにく! そのおにくたべる!」


「ねーちゃのシチューよりおいしいかも……」


「にーちゃ、クゥそのえびさんたべたい」


「キノコにお肉が入ってるなんて……!」


 エビフライ、ハンバーグ、椎茸の肉詰めにミートボール。子供の好みそうなものからそうでないものまで、文字通りいろんな料理がミナミたちの目の間で輝いている。


 子供たちとお姫様は初めて見る料理に目をキラキラと輝かせ、せいいっぱい背伸びしていろんなものを食べようとあちこちの皿を突いていた。


「味付けが、全然違う……!?」


「私、結構料理には自信があったのに……」


 あちらのセカイには砂糖を料理に使うという発想がない。また、日本に比べて食材の管理が厳しいため、レパートリーや調理法も限られてくる。


 肉じゃがなどのように『甘辛い』味覚はあちらではそもそも存在しないし、油をたっぷり使った揚げ物だってそうそうお目にかかることはできない。


 というか、パン粉がない。パンがあるなら焼いて食べている。


「ミナミくん……ごめんね。私、帰ったら料理の勉強するよ」


 だから、レイアはともかくソフィはいくらかしょんぼりしていた。


 彼女はエレメンタルバターの料理担当だ。故に、自分が今まで自信をもって作ってきたものとのギャップに打ちひしがれている。ミナミだってここまで豪華な食卓は初めてだが、それにしたって歴然とした差を見せつけられて、申し訳ない気持ちになっているのだろう。


「いや、おれはソフィの作る料理も好きだぞ?」


「……ありがと」


 にこっとソフィが笑う。そしてお味噌汁をひとくちこくりと飲んだ。


「兄ちゃん、いちゃつかないの!」


「うっせ」


 一葉がにやにやと肘で小突いてくる。そういいながらも箸でせっせと魚の骨を取り除いて子供たちに取り分けているあたり、一葉もミナミと同類であり、この状況を心から楽しんでいるようだった。


「それよか三波、久しぶりの母さんの飯だろ? 今のうちに腹いっぱい食べておけよ」


「そうそう。異世界に銀シャリがないってのは鉄板だしな」


 八雲の言う通り、お袋の味は久しぶりだし、そして五樹の言ったとおり、ミナミはあっちのセカイではいっぺんも米を口にしていない。


 故に、マイ茶碗にこころなし多めに盛られたほかほかの銀シャリがいつも以上にまぶしく、子供たちの面倒を見なければという思いがどんどんとかすれて行ってしまうのが自覚できる。


「この子らはおれが見てる。一葉も見てる。五樹もきっと見る。……だから今くらい、何も考えず好きなモンを腹いっぱい食うとええ」


「……うんっ!」


 祖父に言われてミナミはすぐさま銀シャリをかっこんだ。


 仄かな甘味とアツアツのそれが口いっぱいに広がる。純粋な米のうまみと香りが本当になつかしい。


 もごもごと大きく口を動かし、そしてこれでもかと頬張り、そして飲み込む。


 おかずなんてなくても、米はうまい。だって米なのだから。


「……」


 ここで味噌汁を一口。味噌の味もずいぶんと久しぶりであり、そのしょっぱさに涙が出そうになる。


 そして、銀シャリとの相性も最高だ。これが嫌いなやつなんていないんじゃないかと、ミナミは喜びに打ちひしがれる脳みそでぼんやりと考える。


「おかわり!」


「はいはい、たんと食べなさいな」


 ゾンビになってこの方、肉以上にこれほどうまいと思える食べ物に出会っただろうか。いや、ないとミナミは胸を張って答えることができる。


「それにしても、こっちの人って器用なのねぇ。お箸っていうの? どうしてそんな棒で食べられるのかしら?」


「慣れると便利っすよ。フェリカさんって器用さが売りなんですよね? 割り箸、使ってみますか?」


「あら、教えてくれるの? ありがとぉ」


「とって! それぼくにもとって!」


「みてみて! メルのとこにあったにんじん、おほしさまのかたちしてる!」


「こうしてみると、三波たちの小さいころを思い出すなぁ……。おっと、おじさんが取ってあげるからお皿を貸してくれよ」


「うふふ、お口を汚しちゃって……。どの世界でも子供は子供なのね」


 基本的に三条家はみんな子供好きである。未知の料理にはしゃぐ子供たちにもにこやかに対応し、そしてかまってあげている。人見知りなクゥはともかく、メルとレンはすでに八雲や明海の膝に座って食べさせてもらっている始末だ。


 傍から見れば、子供を連れて田舎に帰ってきた一家のように見えるだろう。血のつがなりこそないと言え、孫と戯れるそれと言われても疑いようがない光景だ。


「……あれ、これ何のお肉? 牛でも豚でも鳥でもない……?」


「あ、それはミナミくんが狩ったウルフゴブリンのお肉だよ。足りないかもしれないから、さっき少し出してもらったの」


「……魔物?」


「うん。でもレイちゃんが解毒の魔法をかけてあるから。それに、ミナミくんが処理した奴はすっごくおいしいの!」


 一葉とソフィがにこやかに話している。おそらく、一葉が日本人で初めて魔物の肉を食べた人間だろうとミナミは思った。


 異世界でも反則的なものだが、ミナミにかかれば魔物の肉もとびきりのご馳走になり、そして量も確保できているのでこういう場面では非常に使い勝手がいい。


「ミナミさん、これ、リティスやお母様にも食べさせたいのですけれども、持って帰ることって出来るでしょうか?」


「あー、レシピ買えばいけるか? 調理器具がないのは気合でどうにかすれば。エビフライとかは冷凍食品とかがあるから、温めるだけってのがあるぜ」


「本当ですか! この”えびふらい”がおいしすぎてほっぺが落ちそうなんです! それに、こんなにいっぱいの人と一緒に食べるのって、前のパーティ以来で……!」


 ミルはミルでいつも以上に手を動かして食べている。こっちでは堅苦しいテーブルマナーなんて誰も気にしないから、食事中にこれだけ騒ぐことだってできるし、好きなものを好きな順番で食べることができる。


 王城育ちのミルにとってはそれはとても新鮮なことであり、ついでに王族ですら聞いたこともないような料理の数々、味付けに驚きっぱなしだ。お土産のことを考えるあたり、優しい子なのだとミナミは心の片隅で思う。


「おう、おまえさんたちは酒はいけるクチか?」


「そりゃもう! 異世界の酒には興味があってな!」


「私も、是非ともご相伴に預かりたいと」


「おう、飲め飲め。うちじゃ酒を飲むのが少なくて寂しかったんじゃ」


「俺は飲むじゃん、日本酒は飲まないだけで」


「五樹よ。びーるだのちゅーはいだのは酒とは言わん。……ささ、盃を出しとくれ」


 一光は手ごろな二人を捕まえて酒盛りを始めた。とくとくと小さな盃に日本酒が注がれ、鋭敏になったミナミの鼻に芳しい香りが届く。


「ほぉ……! 甘くてすっきりした不思議な味わいですね!」


「エールでも果実酒でもないのにこんなにうめえの!?」


「これはの、この米から出来る酒じゃ。おれの秘蔵のものなんだよ」


「あ、私も一口良いですか?」


「……嬢ちゃん、未成年じゃないのか?」


「うちでは年齢制限ってないんですよ。水代わりのところもありますし、体を温めたり薬代わりになったりするので、割と小さいころから飲んでます。ま、限度ってものはありますけど、私くらいならもう問題ありませんね」


「ならいいか。……こっちじゃ未成年に飲ませるとお縄にかかるでな」


 レイアも酒をくぴりと飲んだ。子供たちの前じゃあまり飲む姿を見せないが、あれでレイアは結構酒を飲む。


 詳しく聞いたことはミナミにはないが、師匠との修行で寒い地域に行ったときは酒が水代わりだったらしく、そうでなくてもまともな水が飲めない場所での冒険では度数の低い酒が主な飲料となるため、適度に飲んで慣らしておかないといけないのだそうだ。


「あ、ほんとだ。スッキリしてておいしい」


 日本酒はどうやら異世界の人間の舌にも合うらしい。ミナミは心の中のメモ帳にお土産にたくさん買っていくことを記入する。王様やギン爺さんあたりが特に喜ぶことだろう。もしかしたら百本近く買っても足りなくなってしまうかもしれない。


「ふむ……秘蔵のものを開けさせてしまったとなると、こちらもそれに応えないとなりませんね」


「む? そっちの酒でも持って来とるのか?」


「ええ。もともと手土産として渡す予定のものがあるんですよ。お酒なら外れる事ってあんまりありませんし。ですが……」


 実はエディたちは夕飯までご相伴に預かろうとは思っていなかった。連れてきてもらっただけでも儲けものであり、家族の団欒を邪魔しちゃ悪いと夕方になったら退散するつもりだったのである。


 飯処くらいは町なら何軒かはあるはずだし、そういう場所はだいたい宿も兼ねている。


 宿が見つからなくても、最悪庭先を貸してもらって野宿しようと思っていたのだ。


 だがまぁ、それはミナミたちの家族が許さない。向こうでの家族の友人をもてなさないわけにはいかないし、そもそもこの辺に宿はない。割と田舎じみた閑静な住宅街の端っこなのだから。


 故に、夕飯とちょっと狭いが寝床の提供することを、半ば無理やり約束させたのである。


「ここまでされてもらっては、それだけでは足りません。……エディ、レイアさん。アレを提供するのはどうでしょう?」


「いいんじゃね? あれはまた手に入るけど、こっちの体験はプライスレスだしな」


「私もいいと思います。それに、ミナミが作れますし。……ミナミ、アレ、出してくれる?」


 レイアにアレ、と言われてミナミもそれが何かを察した。贈り物には最上級のものであるし、そしてそれは《エレメンタルバター》と《クー・シー・ハニー》の共通財産でもあるものだ。魔法で作ったレプリカ(?)よりも、きちんと瓶詰されたオリジナルのほうが受けがいいに決まっている。


「ほい、《月歌美人の神酒》」


 ミナミが取り出したのは、あっちのお酒の最高峰、《月歌美人の神酒》である。いつぞやエディたちと狩りに行った際、共通財産として取っておいた余った一本だ。しまったときのまま、くすんだ色のガラス瓶に魅惑の液体が揺らめている。


「ほう、こいつが異世界の酒か」


「父さんもちょっと興味あるな」


「俺にも飲ませてくれるんだよな?」


 男性陣が少し腰を浮かした。八雲も日本酒よりはウィスキー派なのである。パッと見からも明らかに安酒とは異なる高級酒のオーラが出ているため、これに反応するなというほうが難しいだろう。


「いいなぁ、私も飲んでみたい」


「いいんじゃね? アルコールあるけど、厳密には花の蜜だし。それに魔法でアルコールも飛ばせるんだ」


「ホント!? ねぇ父さん、母さん、飲んでいい!?」


「うーん……まぁ、これ逃したら飲めないだろうしなぁ……」


「あなた、ちょっとだけならいいんじゃないかしら? 花の蜜なんでしょ? ウィスキーボンボンと変わらないんじゃない?」


「あ、ちなみに王族ですら飲めない超高級品。値段は時価。ぶっちゃけ希少すぎて値段がつけられないともいう」


「「え゛っ……!?」」


 ウィスキーボンボンなどと一緒にされては困る。金で買える物と違い、これは採れる時間が限られているうえ、おまけに命がけなのだ。よほど運が良くて実力もないかぎり、滅多にお目にかかることはできない。


 そしてそれを成し遂げられる冒険者なら市場に流さず自分で飲む。だから金に任せて買い取ることだってできはしない。


「よーし、みんなコップはもったかー?」


「やべぇよ、なんであいつあんな気軽にジュースみたいに注いでるんだよ……!?」


「あ、はは……父さん、手が震えてきたぞ……?」


「何をびくびくしとる。酒は酒じゃ」


 そして、全員の手元になみなみと注がれたコップがいきわたる。宴もたけなわなのだ、そろそろ景気づけに一発乾杯するのも悪くない。子供も、大人も、日本人も、異世界人もその瞬間を今か今かと待つ。


「じゃ、代表してミナミ、合図を頼むわよ?」


「任せろ」


 ミナミは中腰になってグラスを掲げる。なんだかとても気分がよく、そして踊ってしまいたいくらいにうきうきしていた。



「今日、こうしてみんなと出会えた奇跡に──乾杯!」



 乾杯、とみんなの大きな掛け声とともに。


 彼の友人と家族はあまりにも似合わないキザなセリフに腹を抱えて笑い転げた。

20190324 文法、形式を含めた改稿


お 酒 は 二 十 歳 に な っ て か ら !


異世界の人って自販機とか見てどう思うんだろう?

あれってさ、さりげなくカンの開け方ってどこにも書いてないよね。

知っている人から教えてもらわない限り、開けられないんじゃあないだろうか。 

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