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【黄泉帰里編5】 異世界事情

ハッピーハロウィン♪

時間さえあればいろいろできたのになぁ……。


 パースは世界最高クラスの冒険者である。


 まだ若いというのに特級にまで上り詰め、ありとあらゆる場所を探索して何度も強敵を打倒してきた、そんな実力のある冒険者だ。知的好奇心も旺盛だったことから、その知識もそんじょそこらの学者に劣りはしない。


 戦えて知識もあるやつなんてそうそういない。いたとしても、パースほど両立している奴なんていない。少なくとも、パース自身は知らない。心当たりがないわけではないが、その人は──パースの師匠である鬼はすでに冒険者を引退している。


 だけど、そんなパースでもここに来てから驚きの連続だった。


 まず外の風景。石塀があったり洗濯物が干してあるのは、まぁ、普通だ。ちょっと意匠が異なっていて珍しいものではあったが、特段驚くべきことではない。


 でも、あちこちに立っている鉄のポールは何だろうか。黒いロープのようなものが邪魔にならない程度に張り巡らされており、それが四方八方に、道の続く限りどこまでもどこまでも続いている。


 いろんなものを見てきたパースだけれども、それがなんのためにあるのかさっぱりわからなかった。


 そしてひと悶着後、友人の家族に迎え入れられる。


 家族は全員黒髪黒目。こっちではこれがスタンダードと事前に聞いてはいたが、あっちではこれは非常に珍しいことであり、無色でありながらも彩がある奇妙な黒にパースは目を奪われた。


 老人だけは白髪であったが、その瞳はやっぱり夜のように暗い漆黒だ。こうしてみると、自分たちの彩のある髪のほうが珍しいものだと錯覚してしまう。


 言葉が通じていない間、手持ち無沙汰なパースはきょろきょろと、されど家人たちに気づかれることなく辺りを見回した。


 最初に驚いたのがその家の構造。からくり屋敷……とは違うのだろうが、壁だと思っていたところが横に開いた。特殊なタイプの隠し扉だったのかと思考を巡らせた瞬間、友人とその家族はその扉を解体し始める。


 なんでも、大人数が集まった時はこうして部屋を大きくするらしい。


 あんなに簡単にバラせるうえに、素材は紙のようだった。あれだけの大きさの紙を用意するだけでも大変だというのに、どうしてそれをわざわざ隠し扉などにしたのか非常に不思議ではある。


 そして、のちに名前を知ることになる仏壇という祭壇。黒い金縁のなにかと、儀式用と思われる鐘と思しきもの。蝋燭が一本に灰を山盛りにした深い皿。そこには香のような細い棒が数本。


 異常な精度の友人の自画像がにこにこと笑いかけており、なんだかわからないけれどパースは何かに祈りをささげたくなった。


 言葉が通じるようになってからも驚きの連続だ。魔力の流れを感じないのに、天井付近に取り付けられた箱から冷風が漏れている。魔物の透明な羽を組み合わせたかのようなカラクリがぐるぐると回り、少し狭い室内に空気の流れを作り出していた。


「やっぱ珍しいものですか?」


「ええ、まぁ。どれも私たちの国にはないものですし、古代の遺跡でもみたことがありません」


「発言がすっげぇファンタジー……! やっぱり本当に異世界の人なんだよなぁ……!」


「ははは。それはこっちも言いたいことですよ。異世界に来れるとは夢にも思っていませんでしたから」


 イツキと名乗った青年──おそらく自分と同じかちょっと下くらいの彼は、学者の卵だという。なるほど、中指のペンダコをみればよほど必死に勉学に励んでいたことが窺える。


「ところで、先ほど学者と仰っていましたが、何を専攻されているのですか?」


「あー……理系全般です。四力も振動も、電気やシステム系も全部。『広くそこそこ深く』をモットーとした新しい人材を育みたいそうで」


 何を言っているのかさっぱりわからなかったが、『なんかすごいらしい』ということはわかった。一番理解しやすそうな振動について聞いてみたが、こちらの世界ではあのがたがたと揺れる振動そのものだけの学問があるらしい。


「振動って、ガタガタするあれですよね。その、学問として成り立っているのですか?」


「固有振動数の問題とか気を付けないと、太い鉄の棒だろうと簡単にぶっ壊れますから。設計には外せませんよ」


 たかだか振動だと思っていたら、ものすごく奥が深いらしい。発展しているなぁとぼんやりと感じ、そしてクレイジーだと思った。こちらではちょっと変わったハンマーで物を叩くだけで、その物体の様々な性質を測ることができるのだそうだ。アーティファクトにも、そんなものがあるなどとは聞いたことがない。


「電気やシステム……は説明が難しいけど、あれ見ればだいたいわかるかな?」


 イツキが机の上に置いてあった黒い板状のものを持つ。それには突起がいくらかついていたものの、特別変わったところはない。


 おそらく魔道具だろう……と思ってパースは考えを改める。こっちには魔法はないと事前に聞かされている。


『おはようございます! ○月×日、今日の天気です! 今日は一日晴れ間が続き、気温もぐっと上がり真夏日になります。行楽日和ですが、熱中症には十分気を付けてくださいね。明日は朝は少し曇るものの、日中は晴れて洗濯物もよく乾きます……」


「なんと……!?」


 部屋の隅に置いてあった謎の物体がしゃべりだす。思わず魔力を練り、攻撃を放とうとして気づいてしまった。


 謎の物体に、いつのまにか人が描かれている。しかも、動いている。軽快な音楽まで発しているではないか。


「テレビっていう道具なんですけどね。原理にその考えが使われています。……ああ、説明が本当に難しい。なんて言えばいいんかな……」


 イツキが頭を悩ませている間にも、その中の女がつらつらと話を進めていく。子供たちとお姫様がこぞってその前に陣取り、不思議そうに声を出しながら裏や下からそれを覗いているのが見えた。


 そして、画面にぱっと世界地図のようなものが映る。太陽と雲を模した紋章が広がり、数字がその下に添えられた。


「あれは、まさか……」


「天気予報。これも理系の知識が使われていて、各地点の計測データを用いて専門家が天気を予測するんです。空の果てまで計測機械を打ち上げて、雲の動きを直接見たりもしています。で、天気や気温、風の流れといった予測した結果をまとめて、毎日綺麗どころが全国にこうやって発表するんですよ。……的中率はせいぜい八割ってところかなぁ」


 パースはへたり込みそうになった。八割の確率で当たるなんて、どこの大予言者だ。地図を大々的に発表するのもおかしいし、気温までわかるなんて非常識だろう。


 数字のブレ幅がそれなりにあることから、北国から南国までかなりの広範囲でこれをやっているということになる。それも、毎日。


 挙句の果てにそれを調べるためだけに空の果てまで物を飛ばす? そんなの特級魔法使いの自分でも無理だし、王都や古都、魔都や遊都が協力して当たっても不可能だ。


 魔法が使えないというのに発想がクレイジーすぎる。天気は確かに重要なことだが、もっと別のことにそれを使うべきじゃないだろうかと、パースはそう思わずにいられない。


「兄ちゃん、おれの部屋ってまだある?」


「もちろん。軽く片付けたくらいでそのまんまだ。掃除もきちんとやっていたから問題ない。……アレなものは誰よりも先に回収しておいた。安心しろ」


「あ、ど、どうも……」


「にぃにーちゃ、アレなものってなーに?」


 好奇心旺盛なレンがイツキに聞いた。どうやら彼らは兄ちゃん……ミナミの兄であるイツキのことを兄ちゃんの兄ちゃんということでにいにいちゃんと呼ぶことにしたらしい。


 偶然にもミナミが一瞬びくっと肩を震わせたのを見て、パースはアレなものの正体にだいたいの見当を付けた。


「んー? 子供の手に届くところにあると危ないものだぞー。三波も学者の卵(がくせい)だったから、危険物もいっぱい部屋にあったんだ」


「危険物? ミナミくん、そんなのもってたの?」


「ま、まぁね。といっても鋏とかカッターとか、小さいものを斬るための文房具の一種だよ。誤飲するような細々としたものも置いてあるから、兄ちゃんが大げさに言ってるだけ」


 そして、みんなでミナミの部屋に行く。天井から垂れ下がる変な紐をミナミが何気なく引いたと思うと、どこからか発せられたまばゆい光がパースたちの目を貫いた。


「伏せろッ!」


「下がって!」


 想定外の閃光。蝋燭やランタンなどとは比べ物にならない強い光。


 罠か魔物か、それとも別の何かか。経験上、いずれろくでもないことは明らかであり、冒険者としての本能が反射的にパースたちの体を動かした。


「あ、だいじょぶだよ」


 とっさに前に出て全体を守ろうとしたパースとエディに、三波はのほほんと告げてあちらのセカイにはない変わった形の椅子に腰かける。


「こっちではどの部屋にも火を使わない明りの道具があるんだ。日が落ちても昼間みたいに明るくて便利なんだぜ」


 パースはこの段階で、深く考えるのをやめようと思った。


 異世界の出来事にいちいち驚いていたら、残りの数日、身がもたないのは確かなのだから。




▲▽▲▽▲▽▲▽




 さて、家族に諸々の説明を終えた後、ミナミは自分の部屋へと足を進めた。


 久しぶりの自室は以前と何も変わってなく、むしろ、散らかしっぱなしだったのがいくらか整頓されてきれいに見えたほどだ。


 とりあえず学習机の椅子に座り、きぃとミナミは音を立てる。毎日座っていたこの絶妙な感覚も、実に一年近くぶりである。


「それじゃ、これからの予定を決めようか」


 子供たちはベッドに。大人たちは床にじかに座ってもらうとして、ミナミはゆっくりと切り出した。


 まだ朝の早い時間。ちらりと時計を見れば九時をいくらか過ぎたくらいである。いくらまだ何日か時間があるとはいえ、計画も立てずにやみくもに過ごすのはあまりにももったいない。


 早急にこれからの予定を決める必要があったのだ。


「どこか行きたいとか、なにかやりたいこととかある?」


 うーん、と大人たちは悩んだ。子供たちもそれを真似して首をひねるのがたいそう可愛らしい。


 何をする、と聞かれてもレイアたちはここで何ができるのかわからない。向こうでは娯楽が少なく、また異世界での常識もわからないため、自分たちが何をしていいのかさっぱり思いつかないのだ。


「えーっと、ここらへんって観光とかできるの?」


 黙りっぱなしもあれだったので、レイアが適当に質問した。観光ができる、といえば平和で大きな町であることの証拠だし、できないとなれば田舎の小さな町ということである。


「たぶん、見るもの全部面白いと思う」


「だよね」


 レイアはミナミが初めて王都に来たころのことを思い出した。あのときのミナミは目に映るものすべてが面白くって、あちこち寄り道したりあれはなにかとレイアにずっと聞いていたのだ。


 まだほんのわずかしかこちらを見ていないレイアでも、自分がそんな風になってしまうのは簡単にわかる。なんてったって、異世界なのだから。


「魔物はいないし戦争もしていないから、基本的にはなにしても安全だよ」


「じゃあぼく、あそびにいきたい!」


「あたし、おいしいものたべたい!」


「ボクはなんでもいいけど、おもしろいものをみたい」


「ク、クゥはにーちゃとおかいものがしたい……」


「わ、私は見聞を広められればどこでもいいです!」


 子供たちとお姫様が手を挙げた。その嬉しそうな、わくわくした顔を見るとミナミとしても心があったかくなってくる。


 せっかくの一年に一度のチャンスなので、できれば全部のお願いを聞いてあげたい……と思ってしまうのは、決して不思議な事じゃないだろう。


「エディたちは?」


「ん? こっちのことはわかんねえから、適当についていくぜ」


「私もそうですね。地元の人がいるのに案内してもらわない手はありません」


「私もお買い物できればそれでいいわぁ」


 遊ぶ、食べる、観光、お買い物。大まかに分けるとこんなところだろう。遊ぶのと観光は自然にできるし、食べるのは全部珍しいものだから問題ない。お買い物も、ちょっと大きなデパートにでも行けば問題ないだろう。


「三波。ここは無難に二日目に観光、三日目に買い物でいいんじゃないか?」


 お盆は初日でご先祖様たちがやってくる。二日目で彼らは観光などで骨を伸ばし、三日目はあの世にもっていくためのお土産を選ぶ。そして四日目にあちらへと帰っていくのだといわれている。


「そだね」


 兄の言葉でミナミもそうしようと決める。テンプレらしくお盆に帰ってこれたのだから、そのようにふるまうのも悪くない。


「お金はいっぱいあるし、明日は遊園地にでも行くか?」


「ゆうえんちってなーに?」


「楽しいところだ」


「「行く!」」


 二日目の予定が決まった。ミナミの実家はいくらか田舎よりとはいえ、交通の便は非常に良い。通常、子供を連れての長時間の移動はいささかつらいが、最寄りの遊園地までせいぜい一時間とちょっとといったところだろう。


 それに、五樹が運転免許を持っているので、電車と車の二手に分かれることだってできる。


「エディたちもそれでいい?」


「ああ。娯楽施設だろ? 俺、そういうのにはちょっとうるさいぜ?」


「度肝をぬかしてやるよ」


 へへっとミナミは笑った。いまからこの友人がジェットコースターでどんな顔するのか、楽しみであった。


 そして、話し合うことしばらく。途中何度か母が差し入れという名の餌付けを持ってきたり、エディが部屋の隅に置かれていたゲーム機に夢中になったりなどしていたが、ミナミたち兄妹は異世界人の要望に応えるべく様々な知恵を出し合っていた。


「お買い物は駅前のショッピングモールでいいと思うんだよね。あそこは広いし、お土産物なんかもいっぱいそろっているでしょ?」


 一葉がごろすけを撫でながら提案した。ほぉ──ぅ、とごろすけも満更でもなさそうに鳴き、すりすりとサービスだといわんばかりに頬を擦り付ける。ゾンビだというのに、一葉は一切怯えた様子がない。


「でさ、どこに行くにしても、その服だと目立つと思う」


「ああ……」


 ミナミはあっちでの家族と友人の姿を見た。出かける前はそこまで真剣に考えなかったが、冒険者組はそこそこしっかりした装備を身に纏っているため、このまま出たら明らかに不審者認定されて通報されてしまうだろう。


 ソフィは村人と同じような服を着ているが、それにしたってどこの民族衣装か、はたまたコスプレだと言いたくなる様相だ。ミルに至っては、地味で動きやすそうとはいえしっかりした生地のドレスである。


「俺たちの服、こっちじゃ変な部類になるのか?」


「まぁね。兄ちゃんや一葉も全然違う服でしょ?」


 あっちゃあ、とエディは顔を押さえる。


 彼自身、ちょっとはオシャレをしてきたつもりだったのだ。装備も本気のものではないとはいえ、遊撃戦士御用達の動きを阻害しない、どちらかというと拳戦士や盗賊に近いものを選び、町服と見栄えはそう大差ないように努力したのである。さりげなく、最近はやりだという模様もサービスで入れてもらっていたりする。


「とりあえず、この後買いに行けばいいから大丈夫」


「お値段、どれくらしかしらぁ?」


「ピンキリ。立て替えるよ。それに装備ほど高くはないから。普通に着られるやつなら一万円……ええと、銀貨二枚もかけずに上から下まで全部そろえることができる」


「装備としてみると、たしかに安いわねぇ」


「でも、布地としてみるとちょっとなぁ。ねぇミナミくん、それって仕立ててもらうの? 私、針と糸も持ってきたから布と見本があれば縫い上げられるよ」


「仕立ててもらうんじゃなくて、いろんなサイズのがいっぱい置いてあるんだ。あっちに比べると服はいいものが安く手に入りやすいかな。そりゃ、ブランドものとか流行のものとかは目が飛び出るほど高いけど、それ以外の日常的な服ならもっと気軽に買えるんだ」


「そっか。お洋服の揃え方も全然違うんだね」


 ソフィがどこか感心したようにつぶやいた。


 王都においては、平民の衣服は誰かのお下がりを貰ったり、自分たちで縫ったりして賄うことが多い。年に数回古着屋でそこそこ質のいいものを探して購入するが、それを擦り切れるまで何度も繕って着回し、サイズが合わなくなったら近所の人間同士で分け合ったりするのだ。


 現にエレメンタルバターの子供たちの衣服はほとんどソフィの手縫いであり、作りは丈夫ながらも比較的簡素なものである。


 成長期の子供はすぐにサイズが合わなくなるため、わざわざ仕立て屋で服をそろえるのは裕福な家の子供だけである。また、大人は大人で大事に服を着るため、仕立て屋に行く機会は少ない。


 そもそも、仕立て屋はオーダーメイドがメインであり、そんな気軽に行けるような場所でもない。普通の服も売っているがサイズが合うかわからないし、そこそこ大きな買い物で博打を打つもの好きもいない。


 だから、年頃の娘は必死になって古着屋めぐりをするし、自分の裁縫の腕を磨いて少しでも綺麗な洋服を着られるように努力する。


 故に、デートで女性と一緒に服選びをするのは結構ポイントが高いのだ。


「オシャレなのもいっぱいあるし、好きなのを好きなように選んでくれよ」


「い、いいの?」


「もちろん。せっかくなんだしちょっと贅沢しておめかししてもいいだろ?」


「……うんっ!」


 とはいえ、この状態で買いに行くわけにはいかない。だって、外に出たら通報されてしまうのだから。まさに『服を買いに行く服がない』状態なのである。


「着替えあるかな……」


 ミナミは自分の箪笥を開けた。特徴的なにおいが鼻につく。丁寧に畳まれたそれらは、久しぶりに光を浴びた。


「一葉のは小さすぎるしな……。ソフィ、レイア。悪いけどおれの服着てくれる?」


 悲しいことにミナミの身長はソフィ、レイアと大差ない。男としてちょっとどうかと自分でも思ったが、背に腹は代えられないのだ。


 適当にポロシャツやズボン、シャツなんかを引っ張り出してミナミはそれを目の前に置く。


 ピッツが丸めた靴下で遊び始めたのを見て、フェリカがでこピンを加えた。


「異世界ふぁっしょん?」


「そのとおり」


「わ、わたし男物着るの初めて……」


 ひょうひょうと選ぶレイアに顔を真っ赤にするソフィ。レイアのほうは男物だろうとなんだろうと、着れるものを着ていた過去があるのであまりこういうものに頓着はしないのだが、一応町の中で普通に育ってきたソフィは結構気にするのだ。


「この白いの、お貴族様が着ているみたいなやつだよね。わたし、これにしようかな?」


「あ」


 ソフィが手に取ったのはミナミのワイシャツだ。ボタンがついているからちょっときつくても調節くらいはできるだろう。


 どこが、とは言わない。でも、ソフィにはよく似合う気がする。学生っぽくて、違和感もそれほどないのではなかろうか。


「いいけど、下に一枚なんか着てくれよ?」


「兄ちゃん、なんかえっち」


 ほぉ──ぅ


「なんでだよ」


 そんなことミナミに言われても困る。サイズが合うのならば着るしかない。


「エディさんたちは俺のを着てもらいますか」


「別に呼び捨て、敬語なしで構わねぇぜ? ミナミもそうだしな!」


「じゃ、そうさせてもらうぜ」


 五樹は隣の部屋に行き、やっぱり数着のズボンやシャツなどを持ち出した。大学生になってから服が大量に必要だったらしく、五樹はミナミの倍近い服を持っている。


 偏見かもしれないが、チェックのシャツもあった。さすがは理系である。


「この……ポロシャツとやらを借ります」


「俺はこっちの涼しそうなの」


 パースはポロシャツ、エディはタンクトップを選んだ。それらしいといえば、それらしい。


 一つ問題があるとすれば、エディがタンクトップを着ると髪の色や体の肉付き、そしてアゴヒゲからどこぞのチンピラみたいに見えることだろう。


「ミルちゃんはどうしよっか。私の入るかなぁ?」


「わ、私もミナミさんので大丈夫ですよ!」


「だーめ。女の子があんなぶかぶかなの着ちゃダメだよ。それに兄ちゃん、女の子に自分のワイシャツ薦める変態だからね」


「え……ミナミくん、そうなの?」


「誤解だ」


 一葉も服をもってきてミルの体へとあてがう。ミルは慣れているのか、特別嫌がったりする様子もない。


「なんとかなるかな!」


「あ、ありがとうございます!」


 幸いなことに、もう着られなくなると思っていたワンピースがなんとかミルでも着れそうであった。ロングワンピースみたいになってしまっているが、ちょっと折ればいけるらしい。


「おまえたちはそのままでも通報はされないだろ」


「えーっ! あたしもおようふくきたい!」


「クゥもかわいいのきる!」


「すぐに買ってやるから我慢しなさい」


 自己主張のあまりしないクゥまで抗議してきたが、さすがにミナミの家に子供物の服なんてあるわけがない。いや、押し入れの奥のほうに数着だけあったような気もするが、引っ張り出すのも面倒だしサイズが合うかどうかもわからない。


 もとより服を変えるのは通報されないためだけであるので、子供たちは別に着替えさせる必要はないのだ。


 そして、一番問題なのは……


「私はどうすればいいかしらぁ?」


 フェリカである。当然のことながらミナミや一葉の服は入らない。五樹の服ならばまだ可能性があるが、とある物理的な理由で結構厳しい。


「お留守番は嫌よぉ?」


 そのことがはっきりわかっているからか、フェリカはふざけたように自分の胸を腕でくいっと押し上げる。彼女はその体つきもさることながら、盗賊装備であるためにそんな芸当ができるのだ。


 ミナミと五樹は反射的にさっと顔を逸らす。うふふ、とフェリカの小さな笑い声がエアコンの音に混じった。


「お、お母さんのは……」


「あの人はそんなにデカくない!」


「……」


 一葉が黙って五樹にひじ打ちを食わらせる。ソフィとレイアは子供たちの注意を別のものにひきつけさせた。ゲームの攻略本と動物図鑑に子供たちは夢中になる。


 ほぉ──ぅ


 ききぃっ!


「この子たちも付いていきたいって言ってるわぁ」


 ピッツはいい。どうせ小さいだけの猿だから。ごろすけは適当に魔法でもかけて──


「魔法で幻を纏えばよくね?」


「それだ」


 ミナミはすぐさまフェリカに向かって魔法を放つ。とっさのことだったので、イオが開いていた動物図鑑に載っていたお姉さんの服装を拝借した。迷彩柄のスポーティな服である。ボーイスカウトのもののようで、浮いていないわけではないがさっきまでの装備と比べたらはるかにましだろう。むしろ、しっくりと似合ってさえいた。


「フェリカのやることに本気で付き合ったら身が持ちませんよ」


「うふ。案外ウブなのねぇ」


「……ッ!」


 パチリと閉じられたウィンクに五樹が赤くなる。余談ではあるが、五樹は年上が好みだった。


 パースもエディも長い付き合いだからか、特別動じているわけではなかった。かなり前から一緒に旅を続けているのだ、今更この程度のことで心を動かすほど耄碌はしていない。


 だいたい、大きな胸など冒険者にとってはぶらぶらして邪魔なだけである。


「そ、それよりさ! 俺ずっとこいつのことが気になってたんだ!」


 五樹があきらかに話題を変えようと大きく声を上げる。こいつ、と言われたのに腹が立ったのか、ごろすけは軽く尾っぽで五樹の脛をぺしっと叩いた。


「これ、グリフィンだろ? フクロウ型なんていたんだな」


「普通のグリフィンは見たことないんだけどね。魔法を喰うし、爪に毒はあるし、しかも鳴き声は眠りの魔法にもなる。なんでもできる最強の魔物って言われているよ。別名、夜の暗殺者だ」


「それと、雷を食べるとときどき姿が変わるんですよ。そうならないときもあるから、条件がわからないけれど」


 話題が変わったと判断したレイアが戻ってきて付け加えた。目の前でぱちぱちと小さな雷を発生させ、ごろすけのくちばしにあてがうと、ごろすけはおいしそうにそれをぺろりと平らげた。


「ガチ魔法すげぇ……」


「ありがとう。雷は得意なんです」


 レイアの言ったとおり、ごろすけの姿は変わらない。けぷ、と息を漏らしたけれど、それだけだ。


「ん? 変わらないときもある? 待て、魔法を喰うんだよな? 雷を食べて変化したってことは……なぁ、水や風も一緒に出せたりする?」


 と、ここで魔法の感動から立ち直った五樹がレイアに呼びかけた。二つは同時に出せないので、ミナミが風をだし、レイアは水を出す。ごろすけはその二つもおやつといわんばかりにぺろりと平らげる。


「もう一発雷」


「え、ええ……」


 レイアが雷を放つ。ごろすけがそれを口にした瞬間、羽が逆立ち雷を纏った。


 ──う゛ぉぉ─ぅ


 ぱちぱちと電気が端ではじけ、近くにいた一葉とレイアの髪が膨らむ。ミナミは慌ててこの部屋全体に防御の魔法を放った。


「あ、あれ……?」


「やっぱそうか」


「に、兄ちゃんこいつのこと知ってたの?」


 あれだけミナミとレイアが雷を食べさせても変化しなかったというのに、ごろすけはまるで当たり前と言わんばかりに姿を変えた。幼体だからそこまで大きな電力を操れるわけではなさそうだが、さっきから静電気レベルのごく小さな火花がぱちぱちしている。


「三波、俺の部屋にある図鑑、覚えているか? 幻想動物・魔物図鑑ってやつ」


「……ああ、あれ? でもオウルグリフィンなんていなかったでしょ?」


「あれに《ストリクス》ってのがいたろ。割とマイナーなフクロウの化け物だ。真っ黒の大きなフクロウで、吸血したり肉を漁ったりっていう。そいつ、嵐の化身とも言われているとか」


「……え?」


「そっくりじゃねえか?  魔力を喰うってのは吸血で、雷を纏うのは嵐の化身みたいだろ? 俺たちの知っている魔物が向こうにいるんだ、呼び方が違っていたり、似たようなのがいてもおかしくない」


 ゴブリンやドラゴンといったおなじみの魔物が異世界にいるのだ。ファンタジー図鑑に載っていた魔物があっちにいてもおかしくない。図鑑とちょっと違ったとしても、本質が一緒の事だって考えられる。


「たぶん、大雨と暴風──水と風もないと嵐としての力が出せなかったんだろ」


 言われてみれば、雷を纏った二回とも周囲に水と風の魔力があり、ごろすけはそれを喰らっていた。雷だけを食べさせた帰り道ではそれがなく、姿は変化していなかった。


「兄ちゃんすげぇ……!」


「何をいまさら。お前、もっとよく考えろよ」


「こっちの学者は異界のことまでわかるんですか?」


「いや、偶然に近い。俺がもともとこういうのに興味があったってだけ」


「イツキってエディよりも洞察力があるわよねぇ」


「うっせ! 俺は斬るのが仕事だからいいんだよ!」


 これで大幅な戦力アップである。雷を纏ったごろすけはとにかく強いのだ。


 残念なことが一つあるとすれば、現状ごろすけの力は子守りと風呂焚き、そして足代わりくらいにしか使われていないことだろうか。


「しかし、なんでごろすけって名前にしたんだよ」


「それ、私も思っていた! 兄ちゃんセンスなさすぎ!」


 五樹と一葉はそろって口を尖らせた。明らかに不満たらたらである。


「いや、フクロウだしいいかなって」


「でもこんな男の子みたいな名前……」


「だよな。リリスとかカーミュラとかそれっぽいのいっぱいあるじゃん。せめて、もっと可愛らしい名前を付けてやれよ」


「……ん?」


 ここでミナミは違和感を覚えた。どうやら彼らは『ごろすけ』という安直なネーミングに怒りを覚えているのではないらしい。むしろ、その『ごろすけ』という語感に不満があるようだ。


「レイア、ソフィ。そんなに変か?」


「私たちにそっちのセンスを聞かれてもねぇ」


「うーん。不思議な響きだとは思ったけど……」


 それもその通りだ。外国の言葉のセンスの良し悪しなんて別の国の人がわかるはずもない。


「兄ちゃん、勘違いしているようだから教えておくけど」


 ここで一葉がごろすけを抱っこしてお腹を向けさせた。ただでさえ電気で膨らんでいた髪がさらに広がり、うっすらと青白く発光してさえいる。ファンタジーの雷の魔力だからか、こんなおかしい現象も平気で起こるのだ。



「この子、女の子だよ?」



「えっ」



 ついてねえしな、と五樹は指さした。知らなかったのか、とミナミ以外の全員が視線を向ける。


「あたしもねーちゃたちも、ごろ〝ちゃん”ってよんでたのに……」


「にーちゃ、ボクたちよりもはやくごろちゃんにあってるのにね」


「ぼくはおふろのときにきづいたけど……」


「クゥはさいしょにみたときにきづいたよ?」


「私も乗せてもらった時にはもう……」


 鼻で笑うような表情のレイアに、憐みの表情を向けるソフィ。ここに味方はいないと判断してミナミは冒険者のほうへと首を動かした。


「魔物って強いのはだいたいメスだしな」


「体格から見ても、まず疑いようはなかったかと」


「子守りをやるオスなんてそうそういないわよぉ……」


 なんたることだ。ミナミ以外の全員がごろすけはメスだったと知っている。


 ──う゛ぉぉぉぉ


「──あ」


 怒り心頭の夜獣がゆっくりゆっくりミナミのほうへとやってきる。体はぱちぱちと電気を迸らせ、嘴からは怒りの吐息を漏れさせていた。あきらかに、誰が見てもタダで済ませる気はなさそうだった。


「わ、悪い……」


 う゛ぉぉぉぉぉ!




▲▽▲▽▲▽▲▽




 その数時間後、近所のアパレルショップに奇妙な外国人の集団が訪れた。案内人らしき顔色の悪い少年の頬には焦げ跡にも似たあざが走っており、店員が思わず呼び止めてしまったほどに痛々しい有様だったらしい。


「ああ、大丈夫ですよ。……彼女にやられただけなんで」


 外国の女性は怖い。店員は後ろの誰が彼女なんだろうと考えて震えた。


 店の外では、緑の猿と黒い毛並みの中型犬がおいしそうに高級ジャーキーを食べていた。

20141101 誤字修正

20181104 文法、形式を含めた改稿


オウルグリフィンのモデルになったのはストリクス。

吸血したり肉を漁ったりするフクロウの姿をした夜の怪物らしいけど、

ちゃんとした記述が全然見つからない。

危なくて恐ろしいっていう抽象的な記述ばっかりだったの。

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― 新着の感想 ―
[一言] え、マジか。3人目の嫁枠だったのか。
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