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【黄泉帰里編4】 久しぶりの我が家にて


 ミナミの家は閑静な住宅街の外れのほうにある。とはいえ、このあたりはどちらかといえば田舎のほうに分類されるため、都会の人間から見れば住宅街というよりかは村の外れのように思えるだろう。


 家の造りもだいぶ古く、何度かのリフォームこそ経験してるものの、中では畳はもちろん、障子やふすまが現役で活躍しているような状態だ。遊びに来た友人たちからは毎回『ばあちゃんちの匂いがする』と言われるくらいには由緒あるおうちだったりする。


「そんなわけで、おれは死んだけどあの世に行ったわけじゃないんだよ」


「……ちょっと父さん、何言っているのかよくわからないな」


「アレだよ、親父。三波が行ったのはゲームの世界みたいなファンタジーの世界だよ。ほら、ちょっと昔に流行った剣と魔法の冒険小説とかそういうやつ」


「兄ちゃんはわかるの?」


「そりゃあな。こう見えてもサブカルチャーには人並み程度には詳しいし」


 そんな家のふすまを取っ払い、隣の和室と居間とをくっつけたそこでミナミは家族にこれまでのことを話していた。


 死んで神様に気に入られて異世界に行ったこと。そこで家族や仲間と出会い、いろいろあったこと。


 そのかいもあって、とりあえず全員の誤解を解くことには成功した。


 やはりというか、五樹たちはミナミがあの世から戻ってきたものと思っていたらしく、ゾンビの話や魔法のことを話すたびに目を白黒させて驚いていた。死んで異世界に行くなんて、それこそお話の中でしか聞かないことなのだから、その反応もうなずける。


 一光や父、母に至ってはイマイチ理解できていないようだったが、ミナミが魔法の世界で元気にやっていたということだけはわかってくれたようだった。


「そんで、あっちの人たちが家族、ねぇ……」


「狐耳とか、初めて見た……」


 一葉たちがちらりと和室のほうを見る。言葉が通じないレイアたちはとりあえず、ミナミが説明を終えるまで和室のほうへと退避してもらっていたのだ。


 みんな日本家屋が落ち着かないか、どことなくそわそわしてきょろきょろとあたりを見渡している。


 中でも一番その興味を引いていたのは仏壇だろう。お盆仕様でちょっと豪華になったそこにはお供え物の果物やミナミの位牌、線香や蝋燭といった儀式めいたものが置いてある。


 また、視線を上のほうへとずらせば神棚があり、その隣ではミナミのいい笑顔がみんなを見下ろしていた。


「すっごいねぇ……ここがにーちゃのおうちなんだねぇ……」


「りんご、たべていいのかな!?」


「あんなきれいなじがぞう、はじめてみた」


「クゥのもかいてかざってほしいなぁ……」


 それはダメだろ、とミナミは心の中で突っ込みを入れる。よもや自分の遺影をこの目で見ることになるとは誰が思ったことだろうか。


 遺影の写真はおそらく一昨年くらいに行った家族旅行のものだ。背景がないからよくわからないけど、写真の中のミナミは素晴らしい笑顔で生き生きとしている。葬儀屋さんはいい仕事をしたらしい。


「なんて言ってるの?」


「『綺麗な絵だ、自分のも飾ってほしい』って」


「……」


「あっちじゃ土葬が一般的だから、こういうのないんだよね」


 さらに言えば、家で靴を脱ぐ文化というものがない。エレメンタルバターでは面積や衛生の都合で靴を脱ぐが、靴が脱げない王城ではミナミは少しだけ窮屈な思いをしている、


 また、引き戸も向こうのセカイにはない。この家にみんなを招き入れた当初、ふすまの存在にレイアたちは驚き、そしてスペースの確保のためにそれを取り外し始めたところでさらに驚いていた。家を壊していいのかと、真顔で聞かれたくらいだ。


「母さん、ちょっとお菓子もらうよ」


「ええ、好きなのとっていいわよ」


 ミナミはすっと立ち上がり、台所の共用お菓子置き場をひょいと覗き込む。見慣れたいつものお菓子に混じって新しい味のものや新製品が混じっているのが面白い。


「なんだこりゃ?」


「それ、期間限定品だったの。最近流行っているんだ」


「へぇ」


 『チョコわさび梅しそ味』のポテトチップスがミナミの目に留まる。こういう前衛的なものを買うのはいつも一葉で、無難に同じものを買ってくるのは五樹であった。


 ミナミはスナック菓子とチョコレート、そしてクッキーの類を適当につかみ、レイアたちの前へと持って行った。もちろんチョコわさび梅しそ味はチョイスしていない。


「悪いね、あともうちょっとで説明終わるから」


「あ、ありがと……」


「なんかすみませんね、気を使わせちゃって」


 レイアはレイアたちでミナミの母──明海からおもてなしとして緑茶を入れてもらっているのだが、まだ口をつけていない者がほとんどだ。子供たちは単純に熱くて飲めなかったのと、冒険者たちはその毒々しいとも取れる緑色に警戒したからである。ソフィとミルはちょっとだけ口をつけたものの、やっぱり熱くて少し冷ますつもりのようだった。


「これ、うちのほうの本物のお菓子ね。本物っていう言い方もちょっとおかしいんだけど、庶民が一般的に食べているものなんだ。包装の切れ目を破いて食べる。こっちの変なのは食べちゃダメだからな」


 ミナミはばりっと袋を開け、一つ一つ丁寧に食べかたの説明をする。ポテトチップスなんかは見た目のままで説明が楽だが、一緒に入っている乾燥材は絶対に食べないように念を押しておかないと後が怖い。


「わぁ! こんなに甘いの初めて!」


「このぱりぱりしたの、いけるな!」


「リティスが作った試作品クッキーよりもおいしい……!」


 最初はみんなおっかなびっくりであったものの、一口食べるともう止まらない。日本のお菓子はレベルが高いとよく聞くが、そもそもあのセカイには甘いものが存在しないのだ。チョコレートを食べたソフィなんて目をとろんとさせているし、子供たちも未知の感動に我を忘れている。パースに至っては、羊皮紙とインク壺を取り出して記録を取ろうとしていた。


 とりあえず、時間つぶしにはなりそうだったのでミナミは居間のほうへと戻る。とはいえ、ほんの三メートルもない距離だ。


「みんな、おいしそうに食べるねぇ……」


「あっちにはお菓子がないんだよ。砂糖そのものがあんまり使われないんだ」


「にしてもミナミ、おまえ本当にぺらぺら喋れるのな。俺たちには、ロシアかそっちのほうの言葉に聞こえたよ」


 五樹が不思議そうにつぶやいた。英語の成績がパッとしなかったミナミがこうも流暢に別言語を喋っているのが未だに納得できないのだろう。いくら実物を見たといえど、それとこれとは話が別なのだ。


 五樹自身も英語には結構苦労しているのをミナミは知っている。理系の大学でも英語は文系以上に重要らしく、英語辞典に載っていない英語を用いて夜遅くまでレポートを書いているのを、ミナミは週末の度に見ているのだ。


「言葉わかんないと、自己紹介しようがないよね……。いつまでもお兄ちゃんに翻訳頼むわけにもいかないし」


 一葉もまた残念そうにつぶやいた。その眼はさっきからずっとレンの猫耳とクゥの狐耳に釘付けになっており、コミュニケーションさえ取れれば今すぐにでも飛びつくのは疑いようがない。


 一葉もミナミと同じく子供好きなのだ。末っ子だったためか、とにかくお姉ちゃんぶりたいのである。


「お兄ちゃん、魔法使えるんでしょ? パパッとなんとかできないの?」


「それだ」


 一葉の提案を受けてミナミの頭に電球が光った。


 ミナミには神様からもらったすごい魔法の才能がある。そして魔法とは、想像できればよほどの無茶でもない限り、だいたいなんとかできるのだ。


 珍しいものとはいえ、翻訳の魔道具というものをミナミは王城で見かけている。ということは、翻訳の魔法そのものだって存在していることになる。


 つまり、失敗の可能性なんて万に一つもないのだ。


「よっしゃ、みんなこっちこい!」


 ミナミが魔力を練り上げ、適当に意志を込めて魔法を想像する。ミナミ自身がもつ言語理解能力をイメージし、それを解き放った。


「うぉっ!?」


 魔力の風がその場にいた全員を包み込む。あっという間に十五人もの翻訳者が誕生した。









「三条 八雲やくもと申します。この度は愚息がお世話になったようで、なんとお礼をいったらいいいのやら。短い間かもしれませんが、よろしくお願いします」


「妻の明海です。三波の母親をやっております。困ったことがあったら何でも言ってくださいね」


「三波の祖父、八雲の父の一光かずみつです。猟師を生業としている。さっきは鉈を向けてすまんかったのぅ」


 言葉が全員通じるようになったので、改めてミナミたちは自己紹介をすることになった。かちこちになってあっちの家族に自己紹介をする父を見ると、ミナミの背中もなんだかムズ痒くなってきてしまう。一光は朗らかに笑いながら先ほどのことを謝罪し、そしてごくりと緑茶を飲んだ。


「俺はエディ。得物は大剣で特級冒険者だ。一応この《クー・シー・ハニー》のリーダーを務めているぜ。戦闘では遊撃寄りの前衛がほとんどだ。ミナミとは依頼で知り合ったんだ。これからよろしく!」


「私はパースと申します。同じく特級冒険者で、見ての通り魔法をメインとした後衛です。主に使うのは水の魔法で、副業……というか趣味に近いですが学者も兼業しています。基本的に広く浅く修めていますが、最近は魔物の行動についての研究を主としています」


「私はフェリカっていうわぁ。トレジャーハンターと獣使いを兼任しているの。ナイフも弓も、どれもそこそこ自信があるわよぉ。こう見えてもそれなりに名が売れているし、遺跡の探索や罠の解除は任せてほしいわぁ」


 はっはっは、と笑いながら大人たちは握手する。日本人は無難な当り障りのないものだったのに対し、冒険者は得物や得意なことなどを紹介するあたり、感性の違いというものが見て取れる。


 そういったものが好きな五樹は、眼を輝かせ、食い入るように彼らの装備や身なりを観察していた。


「俺は三波の四つ上の兄の五樹だ。えーと、理系の大学で……いや、大学じゃわからないか……。ああ、学者の卵みたいなものをやっています。それと、魔法や魔物についてすっごく興味あります!」


「おや、それはなんだか気が合いそうですね。今晩あたり、時間がよろしかったらご一緒しましょう。私も異界の知識というものに興味があるのですよ」


「よろこんで!」


 五樹とパースはこのやりとりだけどほとんど意気投合していた。理系である五樹はそうでなくても魔法やファンタジーの世界にあこがれを持っている。部屋には参考書に混じってその手の小説なんかがわんさかあるし、ゲームもRPGが好みだ。


 パースはパースで異界の学生である五樹に興味を示していた。ミナミは気づいていないが、彼は目ざとく五樹の身に着けている腕時計や携帯電話といったものを観察しており、さらには中指のペンダコを見て『こいつはできる』、とあたりと着けていたのだ。


「私、妹の一葉! 学者ってわけじゃないけど、勉強している身です。お兄ちゃんの面倒みてくれて、本当にありがとうございます!」


「……にーちゃのいもーと?」


「うん……お姉ちゃんって呼んでくれるとうれしいな!」


「にーちゃなのにいもうといるんだ……」


「ぼく、にーちゃはひとりっこだとおもってた」


「じゃあ、はーねーちゃだね!」


 子供たちはまだ少し舌ったらずなところがある。かずは、という発音も難しかったのか、結局ははーねーちゃで落ち着いてしまった。


 とはいえ、下がいなかった一葉はそれでも満足そうに子供たちを招きよせ、クゥとレンを膝にのせて頭を撫でたり、メルやイオをぎゅっと幸せそうに抱きしめていた。


「ええと、私はソフィって言います。一応、孤児院 《エレメンタルバター》の創始者のひとりで、主に家事全般担当の母親役です。ミナミくんには日ごろからすっごくお世話になっています。ほ、本日はお招きいただきありがとうございます!」


 ソフィはびっくりするくらい緊張しながらミナミの両親に頭を下げた。勢いよく頭を下げたものだから、長い紺色の髪がふわっと舞い、女の子特有の甘い香りがミナミの鼻に届く。


「あらあら、よくできた娘さんじゃない。大事にしなさいよ?」


「三波……おまえ……」


 八雲が驚愕の表情で、明海がにやにやと笑いながら見つめてくるので、なんだかミナミまで恥ずかしくなってきてしまった。


「私はレイアです。エレメンタルバターの創始者のひとりで、資金稼ぎ担当の父親役を務めています。パーティーのほうの《エレメンタルバター》のリーダーにもなるのかしら? 特級冒険者で、得物は短剣。魔法は高威力のものは無理だけど、だいたいなんでもできます。ミナミには本当にもう、財政面でも家庭のほうでも言葉にできないほどお世話になっています。お父様方には、この場を借りてお礼の言葉を言わせてください」


 いつになく真面目な表情でレイアはぺこりと頭を下げた。そのあまりの真剣さに、三条家の面々はつられて頭をさげ、そしてエディたちは目を真ん丸にして自らのほっぺをつねっていた。


 ミナミに至っては、自分の小指をこっそり折ったほどである。折れた小指は数秒もしないうちに元通りになった。


「最近はミナミのほうが稼ぎもいいし、家事も子供たちの面倒も見てくれるし、正直なところ今の生活があるのはミナミのおかげです」


「三波……家事はともかくおまえ、そんなに稼いでんの?」


「一応。最初の獲物を仕留めたときの報酬が金貨1000枚」


「1000枚……ってすごいの?」


 一葉も五樹も、ミナミと同じ問題にぶちあたった。


 いきなり金貨1000枚と言われてもその価値なんてわかるはずがない。そりゃ、なんとなく大金であることくらいはわかるのだが、大金と言ったってけっこうピンキリだ。


「城仕えのエリートで年収金貨100枚だってさ」


「……一千万と仮定して、金貨一枚十万円。一億か」


「うそ!? お兄ちゃんが!?」


「これでも特級冒険者なんだぜ? 王都に数人しかいないし、世界規模で見てもトップランカーなんだぞ」


 うらやましそうに一葉と五樹はミナミを見ていた。誰だって異世界で活躍するのには憧れるし、一学生がそんな桁違いの額を稼いでいるのを見て羨まないはずもない。


「まぁ、不便なことも多いし、そもそも冒険者って支出が激しいから、そこそこ実力があれば割と簡単に稼げるっぽいよ。よくわかんないけど、いいとこの武具屋だったら金貨何十枚もする武器がたくさんあるし、インフレってわけじゃないけど景気はすごくいいみたい」


「……そりゃ、生きるか死ぬかの世界で金なんて惜しんでいられないもんな。必然的に景気はよくなるか」


「おれ、ゾンビだから支出なんて無に等しいんだけどね! 装備も薬品も金がかからない! それよか、こっちの子のほうがすんごいぞ?」


 ミナミは端っこでもじもじしていたミルの手を取り、ちょいちょいと引っ張って自分の隣に座らせる。やっぱり世話係のリティスがいないと落ち着かないのか、内気なミルはいつにもましてどぎまぎとしていた。


「ぐ、グラージャ第一王女のミル・グラージャです。今回は社会勉強と、そして国を救った英雄であるミナミ様のご家族へのお礼と挨拶のためにお邪魔させてもらいました。王自らが出向くことができないのをどうかお許しください!」


 なにかのしきたりだろうか。ミルは一度立ち上がり、胸に手を当てて優雅な礼のようなものをする。いくらかぎこちなさこそ感じられたものの、うまくこなせたのだろう、彼女は非常に満足した表情で再びミナミの隣へと腰を下ろした。


「王女ォ!?」


「なんで王女様と知り合いなの!?」


「いやぁ、いろいろあってさ。王女さまって言っても普通に接してくれるし、説明にあったけどここには社会勉強にも来ているんだ。お目付け役からも普通に子供と同じように扱ってくれって」


「おいおい……父さん、王女様のもてなし方なんて知らないぞ……。お偉いさんなんて、中小企業の社長がせいぜいだ」


「ふふ、ですからそこらの子供と同じように扱ってくださいね。それと、わが父、バークス・グラージャからのお手紙となっております」


 ミルは懐から封蝋が施された手紙を取り出した。王様の執務室で何度か見かけた、なんかすごそうな王印もなされている。


 おずおずとそれを受け取った八雲は封蝋を剥がすのがもったいないと思ったのか、机の上にあった鋏で封筒の上のほうを斬って便箋を取り出した。


「はは……本当に文字が読める……」


「父さん、なんて書いてあった?」


「えーと……助けてくれてありがとうってのと、娘に社会見学させたいからよろしくってかんじだな。……あと、なんかメダル? エンブレム? が入ってる」


 八雲の手の平に収まるかどうかの大きさのエンブレムが封筒には入っていた。金でも使っているのだろうか、煌びやかな台座に黄金の飾りが施され、中央にはグラージャ王家の紋章と宝石が散りばめられている。ルビーやサファイアといったこちらにもある宝石のほかに、向こうにしかない宝石やミスリルまで使われている一級品だ。


「……このエンブレムがあれば王都で飲み食い自由で、国賓以上の扱いを受けられるそうだ。いつでも招待の準備はできているから、出来るかどうかはともかくとして、機会があれば遊びに来てほしいってさ。友好の印として受け取ってほしいそうだ」


「噂に聞く、《王都友印》ってやつですか……! 実在するとは思いませんでした……!」


 パースたちもこれには驚いていた。冒険の役には立ちそうにないが、誰にとっても価値のある超レアものだろう。エンブレムそのものが宝飾品として非常に価値があるのは疑いようがなく、王はきっとこちらでの価値観の相違も考えてこのような贈り物をしたのだろう。


 八雲は指紋を付けないようにそうっとそのエンブレムを机に戻した。最初こそおもちゃみたいだと思っていたが、ものすごく価値のあるものだと気づいて持て余したのである。


「三波、あなた……なにしたの?」


「魔物の大襲撃をみんなで撃退しただけ。それもこっちのヘマで呼び寄せたようなものなんだよね」


「……それ、大丈夫だったのか?」


「あんま大丈夫じゃなかったけど、いろいろあって大丈夫だった」


「本来は《クー・シー・ハニー》他すべての冒険者に与えたいとお父様はおっしゃってましたが、さすがにそういうわけにもいかないので……」


 八雲はどこからか眼鏡ふきを持ち出し、最初に自分がつけてしまった指紋を丁寧に拭き取った。


「あと、こっちのチビたちは孤児院のほうの……おれのあっちでの家族だ。栗色の髪がメル。猫耳がレン。灰色の髪がイオ。狐耳がクゥな。ほら、おまえたち、挨拶してみな」


「メルです! にーちゃのつくるべっこうあめがすきです!」


「レンです! めずらしいものがだいすきです!」


「イオ。まほうがだいすき。にーちゃとおなじくらいすき」


「……ク、クゥ。あまいのがすきだけどおふろはきらいです……」


 ミナミに促され、子供たちは各々元気よく挨拶する。名前と好きなものをいう程度だが、その姿はとにかく可愛らしい。ミナミの生きる喜びの一つだ。


「三波……孤児院ってことは」


「その辺は夜にでも」


 母がこっそり聞いてきたのでミナミは適当にはぐらかす。レイアとソフィがアイコンタクトで今はやめとけと言ってきたからだ。互いの機微に敏感な日本人だからか、三条家はその仕草を見逃さず、それ以降余計なことは口に出さないように全員が心に刻む。


「んで、こっちのが魔物……オウルグリフィンのごろすけ。ゾンビにしてあるからおれの言うことは絶対聞く。こっちのはマッドモンキーっていう魔物のピッツ。やっぱりゾンビにしてあるけどフェリカさんの使い魔だ」


 ほぉ──ぅ


 ききぃ!


 二匹の魔物はそろって声をあげた。ピッツはともかく、ごろすけは見た目的にもこのセカイには存在しない生物なので、五樹も一葉も興味津々にその可愛らしい姿を観察している。本当なら恐ろしいほどに凶悪な魔物なのだが、魔法で幼体となっているため、愛くるしさのほうが先に出ているのだ。


 中でも一光はくちばしの先から尾っぽの先まで丁寧にその様子を見ており、ミナミにはそのまなざしがギン爺さんが物を鑑定しているときと被って見えた。


「ゾンビに、魔物に、異世界か……。にわかには信じられないけど、本当なんだよな」


「お兄ちゃんもずいぶん変わっちゃったし……。ネックレスに指輪なんてつけちゃって、結構チャラくなったよね」


 一葉はじろじろとミナミの装備品を見て溜息をついた。せっかくきれいなのに、つける人がアレでもったいないなどとのたまう。同じようにアクセサリーを付けるパースやレイアはカッコイイなどとぬかすくせに、だ。


「ネックレスは冒険者の印だ。この水色の石がいろんな記録をしている。面倒くさい手続きなんかは全部これ読み取るだけだから、ICカードか携帯みたいなもんだと思っていい。ほら、冒険者はみんなつけてるだろ?」


「なんとなくカードってイメージがあったけど違うんだな。しっかし、どんな理屈で記録してるんだか」


「こっちの指輪は家族からのプレゼントなんだ。魔力の膜で直接ひっかくのを防ぐ優れモノなんだぜ。しかも感覚は変わらないっていうおまけつき」


「いいなぁ……あれ? もう一つの黄色い宝石のネックレスは?」


「おそろいの家族のアクセサリー。エレメンタルバターの人は持っている。大人はネックレス、子供はブレスレットだ。……実は、おれが選んでプレゼントしたんだ。レイアとソフィだけじゃあれだったから、子供たちにも」


「「えっ……」」


 家族の声が重なった。何か変なことでも言ったかと、ミナミは首をひねる。


「それって、指輪のお返し? レイアさんとソフィさんから貰ったんだよね?」


「うん」


「で、おまえは指輪じゃないにしろ、ネックレスをプレゼントしたと。……まさか、つけてあげたりしたのか?」


「そういうの、憧れてたみたいで」


「……一つ屋根の下? 寝る部屋一緒? 仲良く手ぇ繋いで歩いたり、お風呂一緒に入ったり?」


「その子供たち、もう自分の子供として認知している感じ?」


「部屋どころか、ベッドも一緒だな。手ぇつないでお出かけも何度かあるし、お風呂はまぁ、子供たちの面倒見ながらだからちらっと見たり見られちゃったり? 子供たちは……まぁ、弟妹ってよりかは守る対象って感じがする。これが父性ってやつなのかなぁ?」


「五樹兄ちゃん」


「ああ、妹よ」


 五樹と一葉は向き合ってこくりとうなずいた。その向こうでは明海と八雲がソフィとレイアに向かって頭を下げている。息子をよろしくお願いします、と突然に声をかけられ、言わんとすることを察した二人は耳の先までイチゴのように真っ赤になっていた。


 ミナミの強化された耳で、一光が『ひ孫を見れるとは思わなかった』と呟いたのが聞こえた。




「嫁さん二人とかうらやましいぞチクショウ! 俺へのあてつけかこの野郎!」


「指輪貰ったなら指輪を返しやがれバカ兄貴! どんな気持ちで送ったのかわかってんのか!」




 三条家は誤解をしていたらしい。静かなはずの朝に、ミナミの弁明する声とエディたちの笑い声が響いた。

20170614 文法、形式を含めた改稿


一光 祖父

八雲 父  明海 母

五樹 兄

三波

一葉 妹


親父のほうがラノベっぽい名前になっちゃった。

なんか話の進みが遅い気がする?

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[気になる点] 嫁さんが2人いるのは良いのか日本人達よ。
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