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【黄泉帰里編3】 黄泉帰里と再会


 三条 三波はどこにでもいるごく普通の高校生だった。ちょっと変わったところといえば、四つ上の兄と三つ下の妹との兄妹仲が小さいころからずっと良好だったことだろうか。


 兄と妹の仲なんて幼いころならまだしも、中学、高校となるにつれて険悪になるところが多いと聞くが、三波の家ではそんなことはなく毎日仲良くおしゃべりしていた。


 夕餉の時間には一日の出来事を話したりもするし、外へ出かけるときは必ず行き先と帰りの時間を伝え合う。妹の帰りが遅くなるときは、必ず三波はバス停や駅まで迎えに行った。


 三波自身もこれといって特色のある人間ではなかった。成績は良くもなければ悪くもない。運動もとびきりできるわけではないがからっきしというほどでもない。見た目は……まぁ、人の感性にもよるが、二枚目ではないにしろ悪いってほどでもない。


 おそらく、学校に一人はいるような感じの顔立ち。どこにでもいるような、目立たない人相。身長は平均よりちょっと低かったが、それでも誤差の範囲。


 意見をしっかりいうところや空気の若干読めないところもあったが、それでも人間関係に不自由はなく、いい意味でも悪い意味でも友情だとか恋愛関係のトラブルにあったこともない。


 そんな彼が、ごく普通の人間だった彼が普通じゃなくなったのは去年の夏の終わり。暦的には秋だが、まだまだ暑さがしっかり残っていた時期のことだった。


 ごく普通の人間のありふれた例にもれず、大学に行き、そこそこの企業に就職し、そして結婚をして子供を授かり、子供や孫に看取られながら往生する──そんな人生はその瞬間に否定された。


 三波は通り魔に殺された。殺された……というとちょっと語弊があるかもしれない。彼は襲われた子供たちを助けるために、自ら自分の腹を突き刺したのだ。


 集団でお散歩する子供たちを助けるにはそうするしかなかったのだ。


 三波は男子高校生だが、さすがに包丁を持った狂人を抑え込めるほどたくましい体つきはしていないし、武術の心得もない。当然、学校帰りの一男子学生が武器など携帯しているはずもない。


 戦えないとなると逃げるしかないわけだが、かといって子供たち全員を抱えて逃げるのも無理だ。


 三波がとっさにとった行動は、自らを盾にすることだった。ただ、せっかく身代わりとして盾になったのに、包丁が簡単に引きぬけそうだったので、ほとんど反射的にそれを自分の腹の深くまで押し込んだというだけだ。


 たまたま出会ってしまった子供たちのために命を張れるほど、三波はお人好しで、そして子供が好きだったというだけだ。方法はちょっとクレイジーだったが、それがその時の三波ができる最善だったのだ。


 幸いなことに、三波の命がけの行動により犯人は警察に捕まった。死してなお包丁を離さない──正確に言えば犯人の腕ごと包丁を握りこんでいた──三波のおかげで、犯人は逃げるに逃げられず、子供たちも全員無事に保護されたのだ。


 これはちょっとしたニュースになった。白昼堂々と子供たちが襲われたことはもちろん、それを通りすがりの男子学生が自分の命を犠牲にして助けたのだから。


 彼が取ったその方法も、またそのせいで犯人と勇敢な男子学生が一緒に運ばれ、病院で数人がかりで引き離したという事実も、話題性が大きくしばらくその現場──蔵庭の周辺にはマスコミがうろついて、近所の人間や学校帰りの生徒にインタビューをしていたほどだ。


『仲の良い兄妹でしたね……。妹と一緒に帰ってくるのをよく見たんですよ』


『変なところもあったけど、いいやつだった。あいつはまっすぐで裏表がないから、気が置けなくて付き合いやすかった』


『まじめな生徒でした。目立つ子ではありませんでしたが、公正、公平でクラスからも一定の信頼感があったと思います』


『ちょくちょく小さい子の面倒を見てくれてねぇ……。買い物終るまで公園で遊んでいてくれたり、転んで泣いちゃった子をあやしたり。一昨年だったかしら、子供会のボランティアもやってくれたのよ』


 さて、そんな彼の死は家族に大きな悲しみをもたらした。


 大学生の兄──五樹は大学での実験中に弟の死を知り、そして冷たくなった彼を見て泣き崩れた。朝は元気に話していたのに弟の体は氷のように冷たく、頬の赤みは消えて青白いを通り越して土気色になっている。


 弟らしい死にざまだとは思いながらも、彼は泣きながら笑った。バカ野郎、と何度も叫び、笑いかけながら泣き続けた。


 満足できる死に方だったのなら、自分がどうこう言う筋合いはないと思ったのだ。流れる涙は止められなくても、弟をただただ労いたかったのだ。


 中学生の妹── 一葉は午後の授業中に突然呼び出され兄の死を知った。そして病院で冷たくなった兄を見て、意識を失った。中学二年生の女の子にとって、それはあまりにもショックが大きすぎたのだ。


 夜になり、もしかしたら夢だったかもと甘い期待を抱きつつも、彼女は再び兄の死体と直面した。


 彼女はありがとう、おつかれさま、ばかにいちゃん、とだけ言って泣いた。わんわん泣き喚きたかったのだが、それをしたら兄が困ると思ったのだ。化けて出てくれるのなら本望だったが、それを兄が望まないこともよく理解していた。


 彼の父、母、そして普段は山にいる祖父も心を大きく痛めた。息子らしい死に方だと思ってはいても、涙は止められない。母は一晩中彼の死体の傍に付き、父もそれに倣った。


 孫の顔を見たかっただとか、一度くらい彼女を連れてきてほしかっただとか、また一緒に旅行にいきたかっただとか、そんなことをずっと語りかけた。もちろん、死体の彼がそれに応えることはない。


 祖父はただ一言、『よくやった』とだけ言って彼の頭を撫でた。


 どこかで聞くような悲劇。勇敢な少年の痛ましい最期。


 マスコミもやがて満足したのか、周囲は少しずつ以前と同じ平穏を取り戻し、三波のことはみんなの記憶の彼方に埋もれつつあった。


 だが、おかしかったのはここからである。


 五樹はミナミの死から二週間ほど大学を休んだ。理系学生であるゆえに、事情があるとはいえ二週間も休むのは単位の心配どころか留年の心配すら必要になってくる。


 ましてや、実験や必修科目も受けていないのだ。グループワークにも支障をきたすし、班員にとっても切実な問題である。


 幸いと言うとちょっとおかしいかもしれないが、大きなニュースになったため班員も教授も理解を示し、特例として追実験や課題の期限の延長、作業の肩代わりやノートの整理などのサポートを全力で行ったが、身近な人間の凄惨な死に、精神的に参っていないかと誰もが心配した。


『わっり、心配かけたな!』


 ところが、大学に来た五樹は元気そうであった。すこし頬はこけたものの、以前とあまり変わりがない。教授や班員に頭を下げて回る様は、本当に身内に不幸があったのかと見ているほうが疑いたくなってくるほどいつも通りだった。


『ごめんね、もう大丈夫だから!』


 一葉のほうも同様だ。二週間の休みの後、クラス中が奇妙な沈黙に包まれる中、彼女はいたっていつも通りに登校し、授業を受け、友達と会話して部活をした。先生が無理はするな、といっても笑って受け流していた。


 兄妹仲が良いことで有名だっただけに、周りの人間はこぞって首をひねった。やがて、元気であるならそれでいいと考えるのをやめた。


 もちろん、五樹や一葉が気落ちしていなかったのには理由がある。三波が死んでから一週間ほど、家族みんなが同じ夢を見続けたからだ。


 その夢の中では、変な中年が『ミナミは元気でやっている、いずれ会える』とずっと言っていた。最初はただの偶然や妄想の産物だと思っていたが、さすがに家族みんながずっと同じ内容の夢を見るのはおかしい。


 だから、彼らはその夢の内容を信じることにしたのだ。


 一週間でそのお告げのような夢は見なくなったが、それでも数か月に一度、決まって家族みんなが同じ夢を見ることがあった。内容はやっぱり『元気でやっている、友達もできた』など、三波に関することであり、その度に一葉たちは言い表しがたい予感のようなものを感じていた。


 そして、三波の一周忌を迎える前の初めての盆。とうとう、夢の内容に変化が合わられた。


『里帰りさせます。迎え火が合図です。もてなしの準備を忘れずに』


 迷わなかった。その日をまだかまだかと待ち続けた。


 そして当日。時間指定がないことをいいことに、家族みんなで早朝から迎え火を焚くことになった。


 普通ならこんなばかげたことを信じたりはしないだろう。でも、彼らは三波に会いたかったのだ。


「お兄ちゃん!」


「三波っ!」


 本当に煙の中から出てきたその懐かしい顔を見て、思わず走り出してしまったのはしょうがないことだ。だって、ずっとずっと待ち望んでいたそれがすぐ目の前にあったのだから。


「──ただいまぁっ!」


 抱き合う兄妹三人。およそ一年ぶりに聞いたその声が、父と母と、祖父の耳に心地よく響いた。煙が強すぎたのか、家族みんなの目がうるんでいた。ありえないはずの再会に、そんなことなどどうでもよくなっていたのだ。






「お兄ちゃん! お兄ちゃん……!」


「三波! 本当に三波だよな!」


「うん……! うん……!」


 ミナミは涙を流しながら兄と妹と抱き合った。異世界にいるときはいくらか我慢できてたとはいえ、やはりこうして直に目にし、そして触れ合えるとなると感動もまた一入だ。兄の匂いも、妹の匂いも、何もかもが懐かしい。


 大丈夫だろうと思っていたのに、涙が全然止まらない。自分はこんなに涙もろかったのかと、ぼんやりと頭の隅で考えた。


「おかえり……!」


「心配かけやがって……!」


「母さん……! 父さん……!」


 ちょっと遅れて両親がやってきた。しっかりとその顔を目に焼き付けたいのに、涙でぼやけてそれどころじゃない。ただ、母のぬくもりに全身がつつまれたし、父の優しいまなざしも感じられ、ミナミは久しぶりに両親に甘えたい気分になった。


 父も母も、会えなくなって初めてそのありがたみがわかるというものである。子供たちの面倒を見て十分に大人になったと思っていたミナミだったが、こうして両親の傍にいるとどうしても気が緩む。


「ただいまぁっ!」


 人目もはばからず、わんわん泣きながら両親に飛びついた。子供の時だってこれほどまでのスキンシップをとったことなど、数えるほどしかない。


 目は真っ赤になっているし、顔はくしゃっと歪められている。ひっく、ひっくと泣きじゃくる様は誰よりも幼げに見える。母のかいなに抱かれ、父に肩を抱えられたその姿を見て、異世界で数多の魔物を屠った知られざる英雄だということを誰が想像できるだろう。


 高校二年で死んで約一年。十八の少年にしてはあまりに幼すぎる行為だったが、今この場でそれを咎めるような人間などいない。


 今この場だけは、彼が子供であることを許されているのだ。


 五樹も一葉も父も母も、そしてミナミが涙を長し、嗚咽も笑い声も、何もかもをまぜこぜにして再開を喜んでいる。


「……ちょっといいか?」


「……あ」


 ただ一人だけ冷静だったその人は、ミナミの無事な様子を見定めた後、落ち着いた声をミナミにかけた。この人だけはミナミの登場に驚きながらも、昔ながらの癖で周りをよく観察していたのだ。


「三波、おかえり。……再会で喜んでいるところはわかるが、ちょっと聞きたいことがある」


 ミナミの祖父──三条 一光かずみつは腰を低く構えながら、すこしおどろおどろしい雰囲気で庭の隅をにらみつけた。手には愛用の鉈をもち、熟年の猟師としての気配が庭全体を包み込む。一瞬、一光の体が数倍に膨らんだかのような錯覚をその場の全員が感じた。


 例えるなら熟練の冒険者が放つ雰囲気だろうか。眼の色が変わり、形容しがたいオーラのようなものをミナミは首筋に感じた。以前も似たような雰囲気になったことをミナミは覚えていたが、そのときはただただ怖いと感じただけで、こんな風にはならなかった。


 冒険者として気配を読む術が身に付いたのか、それとも一光が今まで見せたことないほどに緊迫しているのか、今のミナミにはわからない。


 現役とはいえかなりの高齢であるはずの祖父のあまりの迫力に、一葉も五樹もぴたりと動きを止める。一光が鉈で示したそちらのほうへとゆっくりと顔を向けた。


「ありゃあ、黄泉路から迷い込んできたよくないモノか? さっさとこっちへ──いや、どこか偉い坊さんのとこに逃げろ。おれでは持たん。喰われる前に早く行け」


 ほぉ──ぅ


 ききぃっ!


「*********!」


 半獣半鳥の異形の魔物、オウルグリフィン。幼体とはいえその爪やくちばしは人の命を刈り取るのには十分であり、魔法も使えて猛毒をもつ危険な生物である。加えて夜目も利き、音もなく空を自在に飛べるから侮れない。


 現代日本であってもその特性が変わるはずもなく、ヒグマやライオン以上の脅威があることは疑いようがないだろう。猟師である一光は、培ってきた経験から真っ先にその危険性に気づいたのだ。


 マッドモンキーのほうは……まぁ、おまけに近いだろう。特にピッツは火気さえなければちょっとタフですばしっこいだけの猿に過ぎない。魔物といえど、猟師で食っている一光から見ればちょっと手ごわいだけの普通の獲物にしか見えないはずだ。


「あんな獣、初めてだ」


「あれ、それにあの人たちは……!?」


 一葉も気づいた。ミナミの後ろのほうに奇妙な格好の集団がいる。


 二人はちょっと年上のお姉さん。それに四人の子供とちょっと大きな女の子。二人ほどコスプレのように獣耳があるが、それは今はどうでもいい。


 問題は、変な言葉を離しながら刃物や棒を構える外国人だ。


 あごひげ面の男は女をとっかえひっかえしていそうだし、優男のほうは何人も女を誑かしていそうである。燃えるような赤毛の女は、なんかキケンな香りがプンプンだ。


「お、お兄ちゃん……幽霊連れてきちゃったの……?」


「ゆうれい?」


 ミナミはくるりと振り返り、その言わんとしていることを悟った。たぶん、みんなミナミがあの世から戻ってきたものだと思っているのだろう。お盆で戻ってきたし、異世界にいっていたとは思ってもいなかったはずだ。


「ちがうちがう、おれのあっちでの家族と仲間。ほら、レイアたちも挨拶してくれよ。おれのこっちの家族だ」


「さっきから挨拶しようとはしてるんだけど……ね?」


「そうなの? ああ、こっちの風習とかは割と気にしなくて大丈夫だぜ。それに、もういい加減落ち着いたし。変なとこ見せて悪かったな」


「う、ううん。家族との再会だもん、それくらい普通だよ」


 ソフィとレイアが少し困惑しながら一葉のほうを見た。優しく声をかけながら近づいても、一葉のほうはおびえたように一歩後ずさる。それに反応して一光が鉈を持ったまま一歩前に踏み出し、子供たちを守るようにしてパースたちが前へと出てくる。


「お兄ちゃん! この人たち何言ってるの!? それに、さっきからなにぶつぶつ唸っているの!?」


「あの老人の誤解を解いてほしいのですが……。いくら友人の家族とはいえ、武器向けられて武装解除できるほど、私たちはお人よしではありませんよ?」


「三波。魍魎どもの囁きに惑わされるな。ゆっくりでいい。みんなを連れてこっちにこい」


「にーちゃ、なんで泣いてるの?」


「おなかいたいの?」


「ぼくなにかいけないことしたっけ……?」


「……クゥがよしよししてあげる」


「た、たぶん嬉しいから泣いているんだと思いますよ」


「爺ちゃん、手伝うぜ。……ありゃ足があるし、見た目からしても西洋の霊だ。たぶん物理も効く。悪霊ってよりかはモンスターって分類が近いはずだ。レブナントかワイト……あっちの色っぽいねーちゃんは化けたサキュバスか?」


「あらぁ、不思議な構えねぇ。こっちでの武術かしらぁ? 素手でやる……にしては、拳闘士らしくない体つきに足運びよねぇ。……経験はないみたいねぇ。ちょっと残念だわぁ」


「五樹もお義父さんも、そんな構える必要はないと思うんですけど……。みなさん優しそうな顔立ちしてますし、子供だっていますよ?」


「甘いぞ明海。あの世からついてきてしまった悪霊なら常識は当てはまらない。隙を見て物置からスコップを持ってきてくれ。消臭スプレーも悪霊に効くと聞いたことがある」


「あなた、消臭スプレーって……」


「あのアゴヒゲとか特に危なそうだからな。いざとなったら君だけでも逃げてくれ」


「……なんか俺、ひどいこと言われている気がする」




どうやらみんな、言葉が通じていないらしかった。

20170108 文法、形式を含めた改稿

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