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【黄泉帰里編1】 黄泉帰りへの誘いとふくしゅう

番外編 【黄泉帰里編】すたーと!


読み方はもちろん【よみがえり】

黄泉帰り+帰郷(里)

郷も里も”さと”って読むんだぜ。日本語ってすげぇなぁ……!



「ほらほら、もう寝る時間だぞ」


「えーっ! まだあそびたい!」


「ちょ、ちょっとくらいは夜更かししても……」


「だーめ」


 ぐずる子供たちとお姫様を説得し、ミナミは寝支度を整え始める。迎えに来たリティスにミルを託し、そして自らも寝巻に着替えた。


 王城の客室。魔物大襲撃から三か月とちょっとたった今でも、ミナミたちは王様の下でお世話になっていた。


 最初こそふっかふかの絨毯にいちいちビビったり、高そうな調度品を壊してしまわないかひやひやしていたが、今となっては第二の我が家とばかりにくつろいでいる始末である。


「ここの生活も長くなったわねぇ……」


「女中さんとも仲良くなっちゃったもんね」


 冒険者であるレイアはともかく、家事全般を担当していたソフィは今では王城の雑務係の手伝いをしていた。本格的なものではなく、あくまで手伝いレベルであり、どちらかというとミルや子供たちのお守りのついでという側面のほうが強い。


「きょうはぼくがまんなかね!」


「だめ。レンはおとといまんなかだった。きょうはボクがまんなか」


「クゥもまんなかがいい……」


「あたしも!」


 キングサイズのベッドにはしゃぐ子供たち。レイアもソフィも少しあきれつつも笑いながらその様子を見守っている。まんなか争奪戦争は毎晩の恒例となっているのだ。


 ミナミたちが未だに王城の世話になっているのはいくらかの理由がある。というのも、まだエレメンタルバターの工事が終わっていないのだ。王様はせっかくだからと将来のことを見越してかなり規模の大きいものを作りたいらしく、またミルのご機嫌取りもかねてあえて工期を長めにしているらしい。


 週に二回のペースで愚痴に付き合わされるから、ミナミもその裏事情を知ってしまったというわけだ。


 あれから四か月の間には王城からの直々の依頼も何件かこなしており、ミナミと王様の仲は非常によくなっている。苦労の多い職業だからと、子供たちやソフィに悪いとは思いながらもミナミはこのことを誰にも話さずにいた。


 ちなみに、ここに滞在している間は食費などもタダだし、防犯もしっかりしているので居心地がいいのは確かである。ミルも王城内だから自由に動けるため、子供たちと仲良く遊んでいる光景を何度も見ている。


 子供たちは子供たちで自由に遊べる。ミナミたちからしてみれば安全で居心地の良い居住スペースを与えてもらっている。そして、王様からしてみれば気軽に凄腕の冒険者にいろんなことを依頼できる。実はなんだかんだで互いにとって有益な状態であったりするのだ。


「そうそう、リティスさんから子供たちもミルちゃんと一緒に勉強してみないかって誘われたの。ミナミくん、どう思う?」


「うーん、子供たち次第じゃないか? 正直なところ、おれはこの世界の教育とかよくわからないんだよな……」


「読み書き計算できりゃだいたいなんとかなるわよ? それよりあなた、王の勅命はどうしたの?」


「どっちの? ご機嫌取りのほう?」


「じゃなくて、用心棒のゾンビの確保。万が一のためになんか見繕えって言われてたじゃない」


「それなんだけどさぁ……。王様、フォルティスガルーダだと鬼の市と被って嫌だっていうんだよな」


 明かりを消し、ベッドに寝そべりながらお話タイムに入るミナミ。いつもこの時間は今日あったことや明日の予定を話す時間となっている。なんだかんだで家族だけの時間というのは少しだけ少なくなっており、それゆえ夜のこの時間をミナミは大切にしていた。


 ちなみに、魔物大襲撃のときに連れてきた五匹のフォルティスガルーダは現在は鬼の市で倉庫整理係として働いている。高いところの荷物を持ち出したりするのに非常に便利らしい。


「まだおれの知らない魔物もいるしさ。明日は書庫で魔物でも調べようかなって」


「あら、いいわね。私もそうしようかしら」


「あ! ミルちゃんも明日は書庫でお勉強するって言ってたよ!」


「じゃ、明日はみんなで書庫に行くか!」


「「さんせい!」」


 大きな大きなベッドの真ん中にミナミは寝っ転がった。子供たちがそんなミナミの脇腹にひっつくように集まり、そのサイドをレイアとソフィが固める。川の字……ではないが、家族で一つのベッドを使うこのかんじがミナミは好きだ。最初こそ美少女二人と一緒に寝ることに恥ずかしがったものだが、今は慣れたものである。


 暗い部屋にはやがて、七つの寝息が聞こえるようになった。




「──さん。ミナミさん!」


「……ん?」


 ぼやけた視界の中、ミナミは誰かの声を聴いた。起こしてくれるのはいつもソフィだが、ソフィにしては声が低い。というか、完全に男の声だ。それも中年男性のものである。


「……あり?」


 起き上がろうとした。が、起き上がれなかった。


 それもそのはず、ミナミは寝そべってすらいない。まるで無重力空間にでもいるかのように体がふわふわしている。上も下もわからないし、水中の中を漂っているかのようだった。


「……ッ!?」


 冒険者としての習性により、ミナミの頭は一瞬でさえた。


 あきらかにここは王城の客室ではない。客室どころか外かどうかすらも怪しく、まるで星空の海のような、プラネタリウムのような場所にいる。新手の精神攻撃か、はたまた異空間に連れ去られたと考えるほうが妥当だろう。


「お久しぶりです、ミナミさん」


「──あ!」


 そんなミナミの目の前に現れた影。ここにきてようやく、ミナミはこの場所について思い出す。どこか懐かしいような感じがしたと思ったが、それもそのはず、ある意味でここはミナミの原点である場所だ。


「神様!」


「ええ、ええ。神様ですとも」


 いつぞやのうさんくさい神様がミナミの目の前にいる。


 ここは遠い遠い、遥かなる場所だ。


 以前は体全体がぼやけてよく見えなかったが、今日はくっきりはっきりきれいに、神様のその姿を見ることができた。


 声の通りの中年の男性だ。バスの運転手のような出で立ちをしており眼鏡をかけている。


 そして、頭がだいぶ後退していた。後光が差していると思ったが、神様の威厳的なアレじゃなく、もっと物理的な要因だったらしい。


「異世界ライフ、楽しんでます?」


「そりゃもう」


「それはけっこう」


 神様はなんとも楽しそうに笑う。


「でも、ひどいじゃないですか! いきなり空中に放り出すなんて!」


 ミナミは忘れていない。初めてこのセカイに来た時、コラム大森林の上空に放り出されたことを。


「どこに出せとか、言われませんでしたしねぇ。今は言えますけど、あのとき仕事中だったのでヘタに助言とか与えられなかったんですよ」


 今は長期休暇中らしい。だからこそ姿をはっきりさせているし、だいぶはっちゃけた話もできるそうだ。


「なんか納得いかない……。勝手にゾンビにするし」


「まぁまぁ。役に立っているからいいではないですか」


 そう言われてしまうとミナミとしても反論ができない。ゾンビの能力に助けられたことは二度や三度じゃ利かないのだ。むしろ、ゾンビの能力がなければミナミなんてあっというまにお陀仏だっただろう。レイアに出会う前にウルフゴブリンの餌にされていてもおかしくない。


「あの後大変だったんですよ?」


「ええ、ええ。知ってますとも。ずっと見ていましたし」


 なんでも神様はミナミのことをずっと見ていたらしい。神様のセカイではこうやって気まぐれに気に入ったものの人生を追いかけ、小説のように楽しむのが流行っているそうだ。


 もちろん、その娯楽を楽しむのはかなり大変らしく、物語を自分好みに仕上げる──キャラクターに能力を付与したりして物語にある程度の方向性を与えるのに、いくらかの制限があるらしい。


「見てただけじゃないですか……」


「いえ、お手伝いしましたよ?」


「え?」


「……覚えてませんか? 割と早い段階であなたと会っているでしょう?」


「あっちで、ですか?」


 ええ、と神様は言い切ってうさんくさい笑顔を見せた。ミナミは中年男性こそ何人かあっているものの、眼鏡をかけたこんなにも胡散臭い人間には心当たりがない。そもそも、神様が気軽にこっちへ来ていいものなのだろうか。


「……屋台のおじさん?」


「ちがいます」


「……すれ違った冒険者?」


「まさか」


「……答えは?」


「コラム大森林から帰るとき、馬車に乗ったでしょう? あの御者ですよ」


「あの人!?」


 神様はしてやったりといわんばかりに表情をゆがめた。言われてみれば、御者のおじさんも中年だったような気がしなくもないとミナミは考え直す。最初期にあってかなり印象に強いはずなのに、ミナミの頭からそのことはなぜかすっかりさっぱり綺麗に抜け落ちていた。


 いや、この場合、神様の力が絡んでいると考えるのが妥当だろう。忘れていたというよりかは、最初からいなかったかのような感じがした。いくらなんでも、言われるまで思い出せないなんてことは普通はありえない。


「せっかく高い給料払った娯楽を簡単にダメにしちゃもったいないですからね。アフターケアばっちりの私はわざわざあなたの傍についていたというわけです。どうです、すっかり忘れ去っていたでしょう? そりゃそうです、わざわざ認識を薄くしておいたんですから。さらに、あのセカイではオウルグリフィンはかなりの脅威だというのに、帰る途中も何も言われませんでしたよね?

 ──何も知らされていないのに、やたら都合のいい人だったとは思いませんか?」


「……」


「オウルグリフィンに襲われた晩を覚えていますか? あの時の火焔の吐息、本当に覚えたてのあなたの魔法で防げてたと思います? どんなに強力だろうと土壁一枚じゃ、熱気の余波で後ろにいた彼らや半裸だった彼にまで被害は出ていましたよ。それにいくら魔法で眠らされてたとはいえ、特級冒険者なら戦闘中にその気配に気づいて起きちゃいます。

 ──私が完璧に防いだから快適に眠り続けられていましたが」


「……あ、ありがとうございます」


「いいえぇ。私のためですから、気にしないでいいですよ」


 神様は神様でいろいろと手を回していた。いくらミナミに才能があったとしても、慣れるまではそこらの高校生と変わらない。遊びとはいえ、送り出した以上はある程度のサポートをするのが神様のモットーとのことだった。


「まさか、ほかにも助けてくれてたりします?」


「ええと、あなたが望んだ『人間関係などでギスギスしない平和な世界』に基づいていくらか運命をいじくりましたね。といっても、あなたに悪意の持つ人間を近づけないって程度で、あなたが築き上げた人脈はたしかにあなたの実力でのものですから、心配はいりません。

 ……どのセカイもそうですが、悪人ってのはやっぱりいます。ちょっと前に、別のケースでのお話なんですが、加護のある場所から抜け出した途端に変な貴族に目を付けられて、顔面ぶんなぐられた高校生もいるんですよ。可哀想に、アイスキャンデーを売ってたってだけなのに」


 神様はここで少しだけ嘘をついた。本当はミナミと波長の合う人間だけを優先的に彼の傍に行くように仕向けていたりする。出会った人間がミナミに抱いた大きな違和感もごまかし、ある程度都合のよい解釈をするように仕向けてもいる。


 だが、これは言わなくてもいいことだし言ったところで変にミナミが気にしてしまう可能性もある。それは神様の思うところではない。


 それに、ミナミの努力の結果というのもまた事実であるからだ。


「へぇ……やっぱりおれ以外にもこっちに来た人っているんですね。……ん? アイスキャンデー? こっちのセカイで? それって探せば会えるってことですか?」


「……内緒ですよ? あまり言いふらしたらオシオキですからね? 神様(私たち)から気に入られる人も、少ないとはいえあなただけではないのですよ。私の場合はたまたまあなたの行動に惚れたってだけで、それこそ理由なんてなんでもいいのですから」


「……わかりました」


 うまくいけば甘味のないこのセカイで子供たちに本格的なお菓子を食べさせられると思ったミナミであったが、神様が内緒というならばあきらめるしかない。あまり言いふらしたら、ということはこっそり探す分にはいいのかもしれないが、この広いセカイでこっそり目立たないように探していたら何十年かかるかわかったものじゃない。


 ちなみに、未だに甘味らしい甘味はミナミが教えた飴とパンケーキ、そしてクッキーもどきが王城や鬼の市のごく一部で嗜まれている程度だ。ミナミはちょっとお手伝いした程度で専門家ではないため、これ以上の発展は市の職員やリティスたちのがんばりに賭けるしかない。もしくは、その高校生とやらに頑張ってもらうほかないだろう。


「あと、こないだの魔物の大襲撃の時もがんばりました」


「あのときも?」


「そりゃそうですよ! あなた、いくらなんでもあれだけの規模の襲撃で、死者が一人もいないなんてありえないですよ? あんな人も魔物もごっちゃになった場所で爆撃なんてしたら事故を起こさないはずがないじゃないですか! だいたい、あのバカでかい水雷の波なんてどうするんです? 少ないとはいえ、城壁の外にだって畑や建物はあるんです。 うっかり巻き込まれた旅人や行商人だっていたでしょう。それらが巻き添えにならない理由がありますか?」


「そういえば……」


「もし被害がもっと大きく具体的に出ていたのなら、多かれ少なかれ誰かしらの恨みを買い、あなたの望んだ『人間関係にギスギスしない平和な世界』は達成できていなかったでしょうねぇ。もう、神様パワー全開でごまかしまくりましたとも! ピンポイントに護りつつ、違和感を抱かせないようにするのって実はすっごく面倒なことなんですよ?」


 言われてミナミもハッとなる。


 不自然なほどに誰も気にしていなかったが、城壁の外にだっていくらかの施設はあるし、無人というわけではなかったはずだ。それに、奇跡的に(●●●●)死者や後遺症をもったものはいなかったが、そもそも普通の冒険でさえ死者がざらに出るセカイで、唐突に起きた、それも大乱戦の中で死者が一人も出ないなんて、後から考えてみれば、いや、そうでなくとも都合がよすぎる(●●●●●●●)


「あなたなら、その違和感に気づいていてもおかしくないと思ってたのですがねぇ。あんな無茶苦茶な違和感をごまかせるなんて、私ってばさすがですね!」


 ──本当に文字通りの奇跡を起こしてもらっていたのだ。


「……なんか、本当にありがとうございます。もう、なんとお礼を言っていいことやら……」


「いいえぇ、さっきも言いましたが、私のためですし。あくまで『人間関係でギスギスしない』って条件でしたので、あなたが原因じゃなければ手は加えませんでしたよ? それに人間関係で問題さえ起こらなければいいので、最悪の話、あなた以外を全滅させるって未来もありましたし」


「……」


「みんな努力したからあの結果が出たんです。努力しなけりゃ全滅エンドです。神様ですもの、頑張っている人間を応援するのは当然です。今回はちょこっと応援に力を入れすぎちゃったってだけです。……今後も、変にサボろうとなんてしないでくださいよ?」


「は、はい……」


「あなたが今のあなたである限り、私は全力であなたをサポートします。神様(わたくし)は頑張るみんなの味方なのです」


 神様の目はどこまでも本気だった。なぜだかミナミは先生に怒られているような気分になり、すっと目をそらす。神様はその様子を朗らかに笑いながら見ていた。




「それで、今日はどうしたんです?  まさか世間話をするために呼んだわけじゃないでしょう?」


 さて、ある程度落ち着いたところでミナミは切り出した。さすがに神様ともあろうものが暇つぶしでミナミを呼ぶはずもないし、きっとなにかしらの高尚な目的があるに決まっているはずである。


「やっぱり、忘れていますねぇ……。そろそろお盆ですよ?」


「はい?」


「お盆です。お・ぼ・ん!」


 お盆くらいミナミだって知っている。むしろ、日本人で知らない人などいないだろう。ミナミの家だって毎年夏のこの時期には盆支度をする。迎え火も送り火もやって家族で墓参りに行く。


 さりげなく、お供え物のフルーツセットがミナミは好きだ。カズハやイツキ兄ちゃんと一緒にたくさんのぶどうを食べるのは、年に数回しかない贅沢である。


 だがしかし、このセカイにはお盆は存在しない。


「鈍いですねぇ……。帰りたくないんですか?」


「えっ」


「お盆ってそういうものでしょう? 死者が現世に戻るっていう。ゾンビだって立派な死者じゃないですか」


 確かにそうだ。だが、それはあくまでお盆という行事としての建前であり、まさか本当に死者が蘇るわけじゃない。そんなことになったら日本中がパニックになってしまっている。だいたいお盆で帰ってくる死者は幽霊とかそっちの類であり、決してゾンビなどではない。


「で、できるんですか?」


「私、アフターサービスもばっちりの一流の神様ですからね。里帰りくらいは楽勝ですよ? それに王道って燃えるじゃないですか!」


「うそぉ……」


 異世界ものの王道。異世界に行っちゃった主人公がなんだなんだで元の世界に戻り、家族や友達と再会したり、現代文明を懐かしんだのちに涙を飲みながら異世界に再び戻っていくっていうアレだ。


 だけど、そんな『ちょっと帰ってきちゃった♪』なんて軽いノリでやってもいいことなのだろうか。だいたい、ミナミはあっちではすでに死んだことになっている。ホラーってレベルじゃすまされない。


「その辺は大丈夫ですよ。アフターケアの一環として、あなたの死の直後からご家族の夢枕に立たせてもらい、元気でやってるって伝えておきましたから。実はもう、お盆には帰るって夢で向こう側にも伝えてあるんですよね」


 さすがは神様である。用意周到だ。ミナミも断るつもりはないとはいえ、もし断ったらどうするつもりだったのだろう。というか、こんなうさんくさい男が夢枕に立ち、全員に同じメッセージが届いたとしてもミナミの家族はそれを信じるのだろうか。


「つきましては、向こうに行くプランを相談しようと思いましてね」


 様になっているでしょう、と神様は誇らしげに運転手っぽい衣装をミナミに見せびらかした。同時に胸ポケットから名刺を取り出してミナミに渡す。


「これは……?」


 名前こそぽつんと『カミヤ』と書かれているが、連絡先の一つも書いていない。代わりにキャッチフレーズのようなものが大きく書かれていた。


「『カミヤ運行 ~安心安全! 別世界への素敵な旅をプレゼント!~』です。どうです、旅行っぽくてわくわくしてくるでしょう?」


「カミヤ運行って……神様のお店だから神屋ってことですか? 安直というかなんというか、実績だってないでしょうに名刺だけあっても……」


「いえ、ありますよ? こないだ高校生の団体さんがキャンプに行くとのことでしたので、大型バスで誠心誠意、安全運転でご案内させてもらいました。ちゃんと本を読んで勉強して免許も取りましたし、それなりの実力をもつバスガイドもいます。当社自慢の大型バスは冷暖房完備でカラオケ機能だってついてますし、一度に六十人が快適に過ごせるほど大きくて立派なものなんですよ。

 いやぁ、夜の高速道路をかっとばすのは楽しかったですねぇ……。サービスエリアで買った缶コーヒーをちびちび飲むのが格別でした」


「意外と本格的だな!?」


 御者といいバスの運転手といい、この神様は乗り物に乗るのが好きらしい。それも、意外とノリノリだ。というか、なんで普通にバスの運転手なんてやっているのだろうか。神様としての威厳も何もあったものじゃない。


「ともかく、私共にかかれば何人だろうと確実にあなたの家族の元へと届け出ますし、お帰りもばっちり保証します。お金だってとりませんし、すっごく良心的でしょう? 件のキャンプの時だって、参加費用千円ですよ? 私ってまるで神様のようないい人だと思いません?」


「いや、神様ですよね?」


「その通りです!」


 なんだか旅行のプランの話になってから神様のテンションが高い。ミナミはもはや神様と喋っている気がまるでしなかった。ふと思い返せば、初めて会った時からテンションが高くて話の長い人だった気がする。


「具体的なプランの話をしましょう。まずはセオリー通りにキュウリの馬を使う方法。実は上司が友人からすばらしいキュウリをおすそわけしてもらったそうで、ぜひにと頼んだら譲ってくれたんですよ」


「いや、キュウリには乗れないでしょ?」


「だいじょうぶ! まごころがふんだんに込められたキュウリですから!」


「いやいや、まごころ込められても……」


 神様のセカイ、結構俗物的だ。ミナミの父親も上司からなにかおすそ分けをしてもらうことがある。キュウリは一度もないが、仲の良い次長さんからは田舎で育てているらしいミカンを毎年段ボールひと箱分送られてくる。


「……実のところ、私もあの(●●)まごころについてはイマイチ理解出来ていないというか……。あ、もちろん帰りはナスの牛を派遣します。こちらもまごころがたっぷり込められていますけど、どうします?」


「べ、別の方法で!」


 異世界ならまだしも、現代日本でキュウリの馬やナスの牛が出てきたら間違いなく大騒ぎになる。いや、異世界でも問題になるはずだ。まさか本当に野菜に乗って現れるなどと誰が思うだろうか。


 ……やっぱり割り箸で足を作るのだろうか? それはそれで少し見てみたいとミナミは思う。


「ではプラン2です。こちらは旅行らしくオーソドックスにバスを使います。メリットとして大人数を一度に移動でき、向こうでも移動手段として扱っても構わないということがあげられますが、デメリットとしてあっちでもこっちでも非常に目立ってしまうことですね」


「うーん、それも出来たらパスで」


 さすがに家の前にそんな大型バスが止まっていたら嫌でも目立ってしまう。曲がりなりにも死んだ身であるわけだし、なるべくならこっそり行ってこっそり帰るほうがいろいろと楽だろう。それに、こっちのファンタジーなセカイにそんなものを乗り入れられたら、いくら王様でももみ消すのは難しいはずだ。


「では、プラン3。こちらもセオリー通りといえばそうなのですが、迎え火の煙を利用する方法です」


「と、いいますと?」


「あちらからの煙を媒介とし、こっちとあっちの境をあやふやにするのですよ。とはいえ、あなたがやることは特にありません。指定の時間に閉め切った部屋にいてもらい、私がそこへ煙をつなげます。その部屋にいる人を全部煙の元へ送り届けるってだけです」


 これなら変に目立つこともないだろうし、向こうにもわりとこっそりいけるのではないだろうかとミナミは考えた。少なくとも、キュウリの馬や大型バスで行くよりかはまだマシだろう。それにお盆っぽいし、煙の中から現れるのもそれっぽくていい。


「帰りは任意のタイミングで送り火を焚いてもらえば、その煙に合わせて私が向こうからこちらへと責任もって送り届けます。一瞬で移動はすみますし、多少欠点が……煙いということを除けばなかなか快適だと思いますよ?」


「それでお願いします!」


 こうしていざ帰れることが明確になってくるとその感動も一入だ。もう一生顔を見ることなどできないと覚悟していた家族に会えるのだ。子供たちにもミナミが育った場所を見てもらいたいし、今から何をしようかすごく迷う。


 ミナミは頬のゆるみをどうしても止めることができなかった。


「了解しました。ええと、あと三日ほどであちらでお盆が始まります。旅支度はそれまでに整えておいてくださいね。それと、転移のタイミングは向こうが迎え火を焚いた時となりますので、念のために早めに行動するよう心掛けておいてください。もちろん、家族や友人の方々も送迎は可能です。一緒に閉め切った部屋で待機していただければ問題ありません。……ただ、さすがに向こうでの宿のことまでは面倒見きれませんので、その辺はご自分で考えてくださいね?」


「うぃっす!」


「それとお金に関してですが、例の収納場所──巾着でしたか? あれに一時的に換金機能を付けますので、必要な分だけ放り込み、取り出してください。……常識の範囲で使ってくださいよ? あまり大きなお金の動きは修正するの、面倒なんですから」


「了解です!」


「それと、あまり大きな騒ぎは起こさないで下さいよ? ちょっとくらいはいいですが、あまりに影響を与えることならその時点で強制ログアウトさせますので。いやぁ、最近ゲームにはまっているのですが、強制ログアウトって怖いですよね。……意味、通じてますよね? 無理やりこっちに還すよってことです」


「もっちろん!」


 そんな説明、されるまでもない。それよりもミナミは早く帰ってこれからのことをみんなと相談したかった。三日という時間は長いようで短いのだ。


 神様はもどかしそうにしているミナミを見てにこりと微笑む。その微笑みの裏に神様自身もミナミの物語を楽しんでいるという事実があることに、ミナミが気づくはずもない。


「……まぁいいでしょう。それではミナミ。ごきげんよう。楽しい休暇を過ごしてくださいね」




「──くん。ミナミくん!」


 ゆさゆさと揺らされる体。女の子の甘い声。柔らかいなにかがミナミに触れている。


 カッとミナミは目を開けた。最近ようやく見慣れた豪華な天井を背景にして、ソフィが少し心配そうな顔で覗き込んでいる。少しはだけた胸元に目が行ってしまったのはしょうがないことだ。


 早朝であるらしく子供たちもレイアもまだ寝ているようで、声はいくらか控えめだった。


「ソフィ……?」


「なんかうまくいえないけど、様子がおかしかったから……」


「そっか」


 ミナミはぼさぼさの頭をかいた。


 大丈夫、何があったのかは全部覚えている。そして、自分がこれから何をすべきなのかも正確に理解していた。


「ソフィ!」


「ひゃっ!?」


 ミナミはソフィの手首をがっとつかんだ。いきなりの行動にソフィは顔を赤らめ、目を白黒させている。


「レン! メル! イオ! クゥ! 起きろ!」


 がばりと起き上り、体に引っ付いて眠る子供たちを揺さぶる。寝ぼけ声が寝室に木霊した。


「レイア! 起きろって! 大変だぞ!」


「……どうしたのよぉ?」


 寝ぼけ眼をこしこしとこすりながらレイアが起き上がる。いつもより少し早い時間だから彼女もまだ頭が覚醒しきっていない。


 ミナミのあまりのハイテンションに、子供たちもソフィもレイアもぼうっとしながら見つめてきた。なにか大切なことがあるのはわかるのだが、それにまったくもって心当たりがないのである。


 彼女らはミナミが次に紡ぐ言葉を今か今かと待ち構える。そんな様子に満足したミナミは、誇らしげに言い切った。


「里帰りするぞ! 旅行の支度を整えるんだ!」

20141127 誤字修正 ミルとメルがごっちゃになってた。

20161229 文法、形式を含めた改稿。

20170111 誤字修正



あっちとの時期やもろもろの兼ね合いを見てぼちぼち更新していきます。


いろんなところで疑問に思われていたもろもろ、いくらかスッキリしたでしょうか。

それでなおスッキリしない方は園芸部のキャンプの始まりやスウィートのプリンのおわりのほうを見ればいいかも。


一番なのはゾンビ、園芸部、スウィートを全部しっかり読むことだけどね! 

                           (露骨な宣伝)

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