70 ハートフル! 【そして物語は紡がれていく】
「ほぉほぉ、もぬけの殻のはずの遺跡に深層があって、そこにあった鏡が奇妙な魔物を生み出した、ねぇ……」
妙に静かな謁見の間に王の独り言が響き渡っていく。今この瞬間もミナミには武器が突きつけられているが、王も、ミナミも、そして突き付けているはずの兵士たちでさえ、そのことを忘れてしまいそうなほどに空気は緩んでいた。
「なるほど、鏡ですか。なら、夜になると消えたのも納得がいきますね」
「酒場とエレメンタルバターが狙われたのは、例の大切なものとして認識されたからっちゅうわけか……」
「多数は生息しないであろうミスリルウォームがあれだけいた理由も、生息地のバラバラな魔物がまとまっていた理由も、見たことある魔物ばかりなのも説明がつきます。魔物が魔物を連れて飛んだのも、フェリカがフォルティスガルーダを掴んで飛んだ記憶を読み取ったからですね」
パースはまじめくさった顔で大きくうなずき、こほん、と小さく咳払いをして仰々しく語る。
「記憶を映す空虚なる魔物──さしずめ、《写し蠢くモノ》ってところでしょうか」
「それ、採用」
王との言葉もそっちのけで学者肌の二人は鏡の魔物について考察をしている。王が採用通知を出したことなんて気づきすらしない。記憶、鏡、光と興味の対象は尽きることがないようだ。
「これがその鏡の欠片ですか……。なるほど、なにかありそうな感じはします」
「おい、俺にもみせてくれよ」
堪らなくなった王も、とうとうその欠片を受け取ってちらちらと光にすかしたりしだした。輝きもなにもかもを失った鏡の欠片は現段階ではただのくすんだ透明な水晶のようなものだが、王の興味を引くのには十分なものらしい。
「遺跡の構造と滅びた古代人……。妙な文化をもつ古代人の話は聞いたことがあるな……」
王はうんうんとうなり、家臣の一人とギルドマスターのロアンに告げた。
「ロアン、クエストを出せ。王城からの調査依頼だ。ラウル、文官の何人かと歴史学者を見繕ってそれについていけ。 鏡が壊れたってんなら、深層はかなり安全であるはずだからな。……こいつの話は信ずるに値する。遺跡については早急な調査が必要だ」
御意、と一声つぶやいて家臣のほうは部屋から出ていく。ロアンのほうは剣を引き、その場にいたものにギルドに伝言を持っていくように伝えた。
「まぁ、魔物の襲撃のほうはおおむね納得した。調査も入れるが物的証拠もあるし、その話は俺自身も少しだけ聞いたことがある。その点に関しては、シロだ」
ミナミと仲間たちはほっと息をつく。王の性格を鑑みると極刑こそありえないと思っていたものの、永久追放くらいは十分に可能性があったのである。
「で、お前自身の話だ。……異世界から来たとか言われても、そう簡単にはなぁ……」
「でも、事実ですし」
ミナミは自分が異世界から来たこと、そして神様からゾンビの能力を与えられたことを包み隠さず洗いざらい全部吐き出していた。
ことが大きくなった以上、隠すことなど不可能に近いし、こういう場では正直にものを言ったほうがいいと思ったのだ。それに、王様がうそを嫌う人間であるというのは簡単にわかることであり、この手の人間は正面からどんとぶつかっていくべきだとミナミは短い人生の中で学んでいる。
ききぃ!
腹にナイフの刺さったピッツがもげたミナミの腕をお手玉している。ゾンビである証拠としてミナミが腕をちぎり取った時はみんなが目をひん剥いたものだが、さすがというべきか、ほとんどの人間が落ち着きをすぐに落ち着きを取り戻した。
「……ほんとにこの泥猿、ぴんぴんしてるな」
「おいランベル、ひっかかれたらまずいんじゃないのか?」
「変にちょっかい出さなければ平気よぉ? あなたもフォルティスガルーダゾンビ、ふれても平気だったでしょぉ? ものにもよるけど、みんな基本的にはお利口なんだからぁ」
「少なくとも悪ガキ時代のお前よりも利口そうだ……そら、腕、返すぞ」
「ども」
ミナミは受け取った腕を無造作に傷口に当て、無理やり押し込んでくっつける。みるみる傷口がくっついていき、そして元通りになった。
くいくいと動かしておかしいところはないか確認する。なぜだかイザベラが再びそれを食い入るように見ており、ミナミはどことなく恥ずかしくなった。
「アンタ、本当に大丈夫なのかい?」
「ゾンビですから」
ゾンビであることを証明しても異世界人の証明にはならない。だがしかし、そのゾンビを使った隠し芸はその部屋にいた人間にとてつもない衝撃をもたらした。
「まぁ、経歴がないのも異世界から来たって考えれば納得はできる……。どんな優秀な諜報を使っても、異世界までは調べられないしな。いきなり出てきたごちそうや魔法の秘術も、全部異世界の技術を用いたとすると筋だけは通る……。無茶苦茶な魔力も神からの贈り物……」
「ホント、あまりバラさないようにしてくださいよ?」
「言いたくったって言えねぇよ、こんなこと……」
王はそういってミナミが作り出したオレンジジュースをぐいっと呷った。家臣たちが渋い顔をしているが、さっきからずっと浮かぶ果汁の水球に王はとびきり高い関心を示しており、冒険者が普通に飲んでぴんぴんしているのを見て、躊躇いもなく口をつけたのである。
ミルから少し聞いていたのもあって安全であることもわかっていたのだ。王も、まさか作り話と思っていたそれを目の当たりにするとは思ってもいなかったことだろう。
「おまえら、武器おろしていいぞ。そいつは安全だ」
「いいんですか?」
「いいもなにも、そうする理由がなくなったからな。どのみちこいつに本気で暴れられたら、それこそまとめてゾンビにされて王都が半日もかからずに壊滅する」
ミナミにそんなつもりはないが、たしかにやろうと思えばそれくらいはできる。
剣も槍も杖も続々とひかれていく。それと同時にレイアがミナミのそばに飛び込み、王に向かってがるる、と敵意をむき出しにした。
「武器降ろしたからって、許されるわけじゃないんだからねっ!」
「ま、まぁまぁ……。別にいいじゃないか」
「あなたもちょっとは怒りなさいよ!」
ミナミが宥めてなおレイアはぷんすかと怒りを隠そうともしない。
大変失礼な行為ではあるが、王はその程度のこと気にしないし、その心情も理解できるため笑って流す。
「まぁ、その、なんだ。お前が異世界人ってのは認めるし、今回の襲撃は意図的なものでないというのも理解した。お前の正体についても、今この場で緘口令を敷く。……すまなかったな」
「いいえぇ、王様も立場ってものがあるでしょうし、気にしてませんよ」
「あなた、ホントこういう場面だとすっごく下に出るわよね!」
レイアは不快感を隠そうともしないが、ミナミの持つ日本人としての精神はここで怒り出そうという選択肢を想像だにしていなかった。自分に非があるのもまた事実だし、王の疑念ももっともなものなのだから。
それに、理由なく疑われるよりかははるかにマシである。ミナミは夏の暑い日、盗難自転車について職質を喰らったことを忘れていない。
あのときの警察官は先生方の研究授業のため半ドンだったミナミを迷うことなく不良少年と決めつけ、こんな時間に出歩いているお前は自転車窃盗の常習犯だといわんばかりに高圧的に接してきたのである。
ミナミが家に帰ってカズハと共に楽しもうとしていたアイスだって、それのせいででろでろに溶けてしまった。
ストレスがいっぱいの現代社会に比べれば、この程度なんてことはないのだ。
「ただなぁ……」
「ただ?」
「無罪放免で返すわけにもいかねえんだ。建物の被害や、実際にけがを負った冒険者もいるし」
「……」
王の真剣さを孕んだ言葉に一同は背筋をただし、手を止めて事の成り行きを見守る。
無罪放免では済まさない。それは何があってもミナミの罪は確定したことに他ならないし、王都の魔物大襲撃の要因を作った人物ともなれば、極刑こそ免れても永久追放くらいは固い。というかむしろ、極刑の次に重い罰が永久追放だ。
ミナミにとってちょっと意外だったのは、その言葉を聞いた瞬間に関係ないはずの人間たち──《幸運の風》や《鬼雪崩》の面々が抗議するようにミナミたちの間に割って入ったことである。
「王様。アンタ、いくらなんだってそれはひどくないかい? たしかにこの子は原因を作ったかもしれないさ。だけど、故意ではないしきちんとカタをつけただろう!?」
「……俺も同じ意見だ。こいつの持ち込んだ異世界の知識があったから、俺たちは持ちこたえることができた。水素爆鳴気──あれがなかったら、そもそも一日だってもたなかっただろう。爆弾がなければ、みんなまとめて死んでいたに違いない」
「そうです! たしかにゾンビは危険なものかもしれません。でも、それは武器や使い魔全般に言えることです!」
イザベラ、ランベル、セーラが熱く語る。知り合ったばかりだというのにかばってくれて、なんだかミナミの心があったかくなった。
「ワシも同意見じゃな。こやつに罪を言い渡すのであれば、ワシもまた同罪にしてもらおう。元はと言えばワシの古文書が原因じゃ」
「私たちもフェリカが関わっていますし、運命共同体ですよ。……特級がいなくなって困るのは向こうですしね」
「ミナミ、あなたは悪くないわ。大丈夫、一緒にどこまでもついていくわよ。この道に引きずり込んだのは私だし、あなた一人に背負わせるつもりはないわ。……せっかくだし、みんなと一緒に古都ジシャンマにでも引越しする? あの辺まで行けば誰もあなたのことなんてしらないもの!」
レイアがミナミの袖をそっと握って笑う。見慣れたはずの顔なのに、ちょっとドキッとした。お金ならたんまりあるわよ、とボソッと呟かなければ完璧だっただろう。
(なるようになるか……!)
ミナミも覚悟を決める。たとえ王都から追い出されたとしても、かわいい子供たちとレイア、ソフィがいればどこへ行ってもやっていける気がした。
幸いなことに冒険者としての腕はある。目立たない程度に稼げば十分に食っていけるだろう。
「いや、別にそんなアレなことさせるわけじゃねぇんだけど……」
「「えっ」」
謎の感動で包まれそうになっていた謁見の間を奇妙な沈黙が支配する。気まずそうに咳払いをした王は、きりっとした表情で話し出した。
「例の鏡、魔力を貯めてたってことは、いつ暴発してもおかしくなかったってことだ。それを対処できるうちに開放し、そして破壊したことはいずれ起こりうるであろう大きな被害からこの国を救ったに等しい」
実態はそれっぽく見えないが、と王は小さく付け加えた。
「冒険者諸君が言った通り、こいつの知識がなければ今回の戦いは負けていただろう。それに加えてオウルグリフィンの内臓器官を用いた魔力増幅器や支給武具の素材の大量提供。結果論ではあるが、王都に対する戦力と技術の提供。これも立派な功績だ」
ミナミを囲んだ人間の顔に、笑顔が広がっていく。
「以上の功績、そしてハートフルゾンビを用いて鏡の魔物……ブランクリーチャーを撃退したことを鑑みれば、王都に魔物を襲撃させてしまったという過失は十分に打ち消せるものであると俺は判断する。個人的には惜しみない感謝の意を述べたいところだ」
「それじゃあ……!」
「でもさっき言った通り、何もなしじゃダメなんだ。わるいな」
「上げて落とすとかタチ悪ぃ!」
そういうな、と王はからからと笑う。もうこの段階で、王に親しい人間たちは王にミナミを害する気がないことが十分に伝わっていた。
「まぁだから、ボランティア活動をしてもらう。さっきも言ったが、俺はお前に本当に感謝しているんだ。王という立場がなければ、一緒に酒でも飲んで語り合いたい気分なんだ。そして、おそらくこの戦場を勝ち抜いた人間のすべてが、同じように親しいものとドンチャン騒ぎたいと思っているだろう。勝ち戦なんだ、誰だってそう思うに決まっている。誰だって、パーッと飲んで食って騒ぎたいに決まっている。だが、ここで一つ問題が出てくる。なんだかわかるか?」
「いえ……」
ミナミにわかるわけがない。本質的にはそこらにいる高校生と変わりがないのだから。
「……酒がない。酒場は全部被害にあったからな」
「あ」
そこで王は一度言葉を切り、面白そうににやりと笑う。またろくでもないことを考え付いたな、と家臣たちは思ったが、同時に何を言い渡すのか興味を持ったのも事実であった。
「だから……《月歌美人の神酒》を用意しろ。勝利の美酒としては最高級のものだろ? この国のすべての人間が、好きなだけ飲めるように、それこそ一人樽一杯でも飲めるように用意してほしい。おまえの魔法なら、それくらい楽勝なんだろ?」
締めくくる様に王は言葉を紡ぎ続ける。
「奇跡的に死者もいない。けが人こそいるものの、後遺症が残るほどの重傷者もいない。みんな無事で、笑って騒げるのはほかでもない、ミナミ、お前のおかげだ。俺たちの今があるのは、お前のおかげなんだ」
最後に満面の笑みを浮かべて、純粋な感謝の気持ちを表した。
「本当に──ありがとな!」
「さぁさぁ! 今日は大盤振る舞いだよ! 《月歌美人の神酒》が飲み放題だ!」
「串焼きも食べ放題だぞ! 品切れになる前にどんどん喰いに来な!」
「治療中の奴のぶんまでちゃんとある! 持てるだけ持っていけぃ!」
「戦場を駆けたという、謎の黒き堕天使の唄を歌おう……。悲しみにまみれながら血肉を喰らい、虚しく、されど勇敢にたたかった英雄の唄を……」
そして王都の中央広場で宴が開かれた。まだ夕方にすらなっていない時間だが、すでに酒臭いにおいがあたり一面にたちこめ、皆が赤い顔をしながら笑いあい、親しいものと抱き合っている。
屋台の売り子の声がこだまし、王城から特別に振る舞われる《月歌美人の神酒》に老若男女、冒険者も一般人も関係なしに群がっていく。
今日の宴の飲食費はすべて王城もちであり、行きずりの旅人でさえ好きなだけ飲んだり食べたりすることができた。
吟遊詩人や大道芸人はこぞってその腕前を披露し、広場は近年まれに見ないほどのにぎやかさと活気を孕んでいる。
こういう時にお金を惜しまず、後先考えずにドンチャン騒ぎができるようお膳だてするところが王が国民から慕われる理由の一つだろう。
「にーちゃぁぁぁぁ!」
「にーちゃっ!」
「……にーちゃ!」
「うぇぇ、にーちゃぁぁ……!」
「ミナミくん……っ!」
神酒をある程度作り終え、休憩しているミナミに近づく影が五つ。ミナミは声をかけられる前にその存在に気づき、両手を大きく広げてその大切なものの受け入れ態勢を整えた。
「「うぇぇぇっ!」」
「泣くな泣くな、めでたい席なんだから。レンもイオも、鼻水でぐしゃぐしゃじゃないか。メル、クゥ、かわいい顔が涙で台無しだぞ?」
がしっと腹部に走る衝撃。されどそれはとても心地よく、ミナミの心は温かい何かでいっぱいになった。動いていないはずの心臓が、どくどくと動いているような気さえした。
「ミナミくん……っ!」
「ソフィ!?」
そして、ソフィまで助走をつけて抱き付いてくる。ミナミの体ならば成人女性一人を受け止めるくらい造作もないことだが、彼はそのやわらかい衝撃がもたらした精神的動揺にあらがえずに尻もちをつくことになる。
そんなミナミなどお構いなしに子供たちはミナミをぎゅっと、それこそ折らんばかりに抱きしめ、わんわんと泣いていた。ソフィはミナミの胸に顔をうずめ、その長いまつげから涙が滴るほどに泣いている。ソフィの髪のいい香りがミナミの鼻をくすぐった。
「怖かったんだから……! ホントのホントに怖かったんだから……! 死んじゃったかもしれないって思ったし、しかもミナミくんもレイちゃんも王城にしょっぴかれたって聞いて……!」
「わるい、ほんとごめん」
「あなた、それじゃ伝わらないわよ。……そこでぎゅっと抱きしめかえさなきゃ!」
「おい!?」
「あら、私は抱きしめかえしたわよ?」
ほぉ──ぅ
いひひ、とレイアがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ごろすけは小馬鹿にしたように静かに鳴き声を上げる。
ボランティア作業を託されたミナミは家に顔を出せず、しょうがないのでレイアに頼んでソフィたちを連れてきてもらったのだ。ごろすけも一緒に連れて行ってもらったのは、子供たちをあやすためでもある。
ソフィたちはソフィたちで風のうわさでミナミの現状を知り、いてもたってもいられなかったらしい。泣きじゃくる子供たちをごろすけは昼間の獰猛さが嘘のようになだめ、レイアはレイアで泣きながら抱き付いてくるソフィをなだめるので精いっぱいだった。そのためここに到着するのに少し遅れてしまったのである。
「魔物に襲われて……本当にもうだめかと……」
「ごめん。今度なにか適当に新しい用心棒のゾンビを見繕うよ」
「そういうことじゃないもんっ!」
「うぉぉっ!?」
「あら、ソフィだけずるいじゃない。私もまーぜてっ♪」
目を真っ赤にはらしたソフィはますます強く抱き付いた。目を白黒させるミナミを面白がって、レイアも抱き付いてくる。
子供たちもまた抱き付いたままなので、ミナミは押し倒されたまま動けず、成されるがままに体を任せるほかない。
「聞いたわよ、あなたたち。ソフィを守って魔物と戦ったのよね。……えらいぞっ!」
レイアが子供たち一人一人の頭をなでる。子供たちは嬉しそうに目を細め、次々に武勇伝を口にした。
「あたしね、ゴブリンのめをつきさしてやったんだから!」
「ぼくはナタでどっかーんっ! ってやったんだよ!」
「にーちゃ、まほううまくつかえた。みせてあげたいくらいだよ」
「あんなこわいのもういやぁ……」
一人の泣き虫だけは、ぐしぐしとミナミの袖で涙をぬぐっている。ミナミはそんな子供たちの様子がとてつもなく誇らしいものに感じ、ソフィも、レイアも、全員まとめて抱きしめかえした。
「あら、いつになく積極的じゃない?」
「こういうときくらい、な」
どうせあたりには酔っぱらって抱きしめあっているのがそこらにいるのだ。ミナミの照れ屋な心でも、これくらいはできる。
家族全員で抱き合うのなんてもしかしたら初めてかもしれない。子供たちのやわらかくてぷにぷにの体も、レイアの引き締まったすらっとした体も、ソフィの女の子特有のやわらかい体も、全部全部ミナミの腕の中にある。
ほぉ──ぅ
一人だけ抱きしめられなかったのが不満だったのか、ごろすけはミナミの指をちょっと強めに甘噛みした。
「そうだ、王様がさ、被害の補償としてウチの工事費いくらか出してくれるんだ。工事中はお城に泊まってもいいって言ってくれたぞ」
「みんなでいっしょにねようね! ぜったいだからね!」
「そうだよ! にーちゃもねーちゃも、ごろちゃんもいっしょに!」
「いや、さすがにみんなまとめては……」
「あら、私はいいわよ?」
「わたしも……それに、みんな一緒じゃなきゃヤダ……!」
「クゥもにーちゃとねるぅぅぅ……」
「にーちゃ、まほうでしばりつけてでもねてもらうからね」
どうやら子供たちもソフィも、今回の件でかなり不安になっているらしい。王様は気を利かして全員分のベッドを用意するといっていたが、キングサイズを二つ用意してつなげたほうがいいかもしれないと、ミナミはドキドキする心で考えた。
さりげなく、レイアやソフィと一緒に寝るのは初めてである。やましい心なんてありはしないが、健全な男子高校生としてドキドキがとまらない。
美少女二人と四人の子供に抱きしめられている時点で互いの心臓の鼓動がミナミには伝わってくるのだ。そのときめきは直接喜びに変換され、幸せをまさに全身で感じている。
「そうだ、ミルも遊びに来るかもしれないぞ。王城の中だから移動は自由だし、どうせ家が建つまでしばらくかかる。それまでお城で遊び放題だ」
というか、ミルと遊んで彼女のご機嫌を取らないとならない。王がミナミをいじめているとリティス経由で聞いた彼女は、ミナミの帰り際になってものすごい勢いで謁見の間に飛び込み、そして『おとうさまなんて、だいっきらい!』とのたまったのだ。
ミナミはその後、顔を青くした王から『彼女のご機嫌を取り、父娘の仲を取り持つ』という密命を受けた。
「……ははは!」
なんだかミナミはとってもおかしくなって、心の赴くままに笑う。
ぽかんとそれを見ていた子供たちもつられるように笑い出し、泣きはらした目をしたソフィもくすくすと笑いだした。
笑い声が日の傾きかけた空に木霊し、にぎやかな声に溶け込んでいく。
「そうだな、まだまだ時間なんて腐るほどあるんだ。金が尽きるまでみんなで遊んで暮らそうか?」
「や、さすがにそれはダメよ。ま、ちょっとくらいの贅沢はするつもりだけどね」
「冗談だって……。そうだ、メル、レン、イオ、クゥ。どこか行きたいところはないか? 食べたいものはないか? やりたいことはないか?」
「ミナミくん、私には聞いてくれないの?」
「おっと」
ぷっと膨らんだソフィの頬をミナミは優しく指でつつく。抱き合ったままの至近距離だから、なんだか恋人にでもなったかのような心持ちだ。とたんに真似して子供たちが口を膨らませるから面白い。
「「にーちゃとあそびたい!」」
「よっしゃまかせろ!」
口をそろえて告げられた言葉に、ミナミはうれしくなってがばりと起き上がる。レイアとソフィも引っ張り上げ、子供たちをお腹と背中に引っ付けながら、彼は二人の手を引いて宴の中心地へと赴いていく。
「……あなたに手を引かれるのってはじめてかも」
「……こういうのも、なんかいいね!」
「だろ? なんか手をつなぎたい気分だったんだ」
あったかいぬくもりを、ミナミは当分離すつもりはない。がやがやとした人ごみに混じって、ミナミは適当に歩きたいように歩き、臨時で開かれた屋台や勝利の歌を歌う吟遊詩人なんかをひやかしていく。
「にーちゃ! それあとであたしもやる!」
「クゥも! クゥも!」
「わかったわかった、暴れると落ちるぞ?」
「れーねーちゃ、あとでかわってね! ぼくよやくしたからね!」
「ふぃーねーちゃ、ボクもよやく」
「はいはい」
ほぉ──ぅ
ごろすけがぺしぺしと尾っぽでミナミの尻を叩いた。
四人の子供と少年少女、そして一匹の魔物は歓喜に満ちるその空間にまた新しい笑顔をもたらした。
広場の全体が形容しがたいお日様の光のようなもので満ちており、誰もの心をあったかいものにする。
それを作り出したのは、ほかでもないこの顔色の悪い一人の少年。
大好きな人の手を引き、そして大好きな四つのぬくもりを背負い、抱きしめたその少年は誰にも負けないくらいの笑顔を浮かべている。
永遠に冷たい腐体であるはずのそれには、どこまでも暖かい優しさが満ちていた。
幼い笑顔が四つに、少女の笑顔が二つ。少年の周りの笑顔も、また負けないくらいに輝いている。
七つの輝きはどこまでも暖かく、これからどこまでも広がっていくであろう幸せを確かに予感させるようなものだった。
「──そうだ、まだ言ってなかったことがあったっけ」
「あら、あたしも」
少年少女が顔を合わせた。紡がれる言葉はただ一言。
「「ただいま!」」
それに対する少女と子供たちの答えも、また一言だけだった。
「「おかえり!」」
ほぉ──ぅと響いた夜獣の声が、すべての幸せを暖かく包んだ。
おしまい
20141018 ちょっと修正
20150425 文法、形式を含めた改稿。サブタイトルの変更。変更前は『たいせつなもの 【そして物語は紡がれていく】』です。
20160410 誤字修正。
20160809 誤字修正。
ハートフルゾンビはこれにて完結です。
ご愛読ありがとうございました。
あとがきや言いたいこと諸々を活動報告にて。




