69 heartful? 【人は想い】
「動くんじゃねえ。妙なそぶりを見せたら容赦なくぶっ殺す」
ミナミに突き付けられる何本もの槍、剣、杖。王の謁見の間に流れるぴりぴりとした空気。
ギルドマスター。騎士団長。魔導騎士隊長。
王都でも有数の実力者が目を険しくしし、見るからに貧相な少年に向けるにはあまりにも過ぎた殺気を大盤振る舞いしている。
ミナミがここであくびの一つでもしようものなら、囲んだ兵士たちが容赦なく波状攻撃を加えることだろう。豪華そうな絨毯やシャンデリラなんて気にしないだろうし、ほかでもない王様の命令なのだから一切の手加減もしないはずだ。
「動くな。洗いざらい全部吐け。……俺だってこんなことはしたくない。だが、俺は王だ……やるべきことならやんなくちゃいけねぇんだよ」
王の目は本気だ。
王様なんてテレビや映画でしか見たことがないミナミでも、体からほとばしる王のオーラとその猛禽の様にぎらつく目を見れば自然と頭を下げそうになってしまう。
(どうしたもんかね……)
あまりのことにパニックを起こし、そして一周まわって冷静になってしまった頭でミナミはこの現状を打破する方法を考える。そしてどうしてこうなってしまったのかと、事の始まりを振り返ることにした。
「ふぅ……」
まるで何事もなかったかのようにさっぱりした草原。ミナミはゾンビとしてのカンで魔物が消え去ったことを知り、ようやく警戒態勢を解いた。
──おつかれさん。
同時に草原に徘徊させていたゾンビも全て消す。肉を求めてさまよっていた何種類ものゾンビが風化してチリの様になり、風に吹かれてボロボロと崩れていった。
後に残ったのは不思議そうな顔をしている冒険者と、妙にさっぱりした──草木がなぎ倒され、焼き払われた草原だけだ。人の流した血の匂いが忘れ香として漂っていたが、やがてそれも吹き込む風の匂いにかき消されていく。
「まぁったく、これでようやく休めるってもんだぜ」
ぐてっと足を投げ出しエディが大地に寝転がった。前衛にしては薄めの鎧には細かい傷が無数につき、ところどころ凹んでしまっているところもある。全身から汗が滝のように噴出しており、ぽたぽたと滴っていた。
「おまえらがいないタイミングで来やがってよぅ。死んだらどうすんだってーの」
「あ、あはは……」
レイアが苦笑いを浮かべる。王都にいた人間は知らないだろうが、ミナミたちはこの魔物が発生した原因に心当たりがある……というか、まさに発生した原因そのものなのだから。
「……不可抗力って怖いわよねぇ」
「ん?」
エディには聞き取れなかったらしい。
「……それよりも、終わったのならさっさと帰ろう。セーラもちびすけも怪我をしている。俺だって早くベッドに寝転がりたい」
有翼の冒険者──ランベルが疲れた顔でつぶやく。ミナミは彼に会うのは初めてであり、こっそりレイアに誰だか教えてもらった。さりげなく、鳥の獣人に会うのも初めてである。心の中ではしゃいでいることを、この場の誰もが気付かない。
「残念ですが、まだ終われませんよ?」
「なして? おれ、早く子供たちとソフィのところに行きたいんだけど……」
ミナミとしては面倒事が片付いた以上、さっさと帰って子供たちと戯れたい。ここ数日会っていなかったし、ただでさえ冒険中は薄暗くて陰気な場所と、そして無数の魔物と戯れることくらいしかできなかったのだ。ソフィの作るシチューも食べたかったし、心から癒しを切望していた。
「作戦本部──王城に行って報告をしないと。われわれ上級冒険者にはその義務があります。生存確認の意味合いもありますしね」
そう言われてしまえばミナミは反論ができない。戦場がすっきりした今だからこそわかるが、さっきからそこらで騎士団が負傷者の搬出や消えてしまった魔物の探索、そして被害の状況を調べたりなどしている。大手クランやギルドの専属冒険者も自主的に情報収集に走っていたりする。これで当事者や事件の中心人物が何もしないというのも問題だろう。
「うわ、けっこうやられてんな……」
勝利に喜ぶ冒険者で犇めく城門から王都へ一歩入る。城下町はだいぶ荒らされており、ところどころに魔物の爪痕が見て取れた。
荒らされているといっても市街はちょっと塀が崩れたりしている程度であり、王都の一般的な価値観から見ればそれほどでもないのだが、平和な日本で育ち、王都の平和な姿しかしらないミナミにとっては実態以上の惨禍に見えてしまったのだ。
「パース、ギン爺さんからウチがやられたって聞いたんだけど……」
「うそ!? なにそれ!? 私聞いてないわよ!?」
「落ち着いてください。母屋はほぼ無事みたいです。ソフィさんと子供たちも魔物に襲われましたが、軽い怪我こそしたもののみんな元気です」
よかったぁ、と涙ぐみながらレイアは息をついた。ミナミだって聞いた瞬間は頭が真っ白になったのだ。レイアの気持ちは痛いほどわかる。
「なんだかんだで中の被害は酒屋くらいだって話だぜ。なんでか知らないけど、エレメンタルバターと酒屋が狙われたんだ」
「ああ……あの鏡ってそっちも……」
ミナミとレイアが鏡で見たのはエレメンタルバターの風景、子供たちと仲良く遊んでいるところ。フェリカが見たのはそれに加えて酒場で飲んでいるところだ。
つまり、魔物が襲ったのは鏡をのぞいた人間の大切だったものだ。
推測が確信に変わり、鏡を砕いて本当に良かったとミナミは心の中でガッツポーズをとった。
「……ところで、あの〝ゾンビ”とやらは何だ? どうも小僧……ミナミだったか? おまえが関係してそうなんだが……」
「え、ええと……」
ランベルの問いにミナミは思わず目をそらした。念のためにと王都内には数十匹のゾンビを残したままであり、それぞれが何人かの冒険者の付き添いの元、見回りをしたり瓦礫やその他をどかす手伝いなどをしている。
わがゾンビながら実に働き者だと思ってしまうが、さりとてこれをうまくごまかすことはなかなか難しい。ごく少人数であれば迷わずバラしていただろうが、さすがに今回は規模が大きすぎる。
「不死身、従順、しかも戦闘中にどんどん増えていくように見えた。……襲った相手を同類にしている、違うか?」
「……」
「おっさん、おっかねぇ顔してんだからそんな風に問い詰めんなよ。いいじゃねえか、うまく生き残れてツいてるって思えば」
「そうよ! あの子たちのおかげで私もアンもサンもヤンも助かったんだから!」
ヴェルとセーラが呆れた顔をする。ヴェルは単純に物事を難しく考えるランベルに呆れ、そしてセーラは恩人(?)への詮索をする態度に憤りを覚えたのだ。
ちなみに、彼女の三匹の相棒は月歌美人ゾンビに背負われて治療院へと運び込まれた。怪我をした相棒と一時的にでも別れるのはセーラにとってつらいことではあったが、三匹とも奇跡的に命に別条はなくそして義務がある以上そっちを優先せねばと泣く泣くその背中を見送ったのだ。
ちなみに、ごろすけは残党がいないかどうか空から外を見まわってもらっている。適当な頃合いを見計らって王城前で待っているようあらかじめ命令は出したので、ミナミとしてもその辺は安心だ。
「そうですよ。どうせそういう詳しい話はあとでまとめて……」
「おぅい、みんな生きとるかぁ!!」
王城の目の前でギン爺さんが笑っている。ミナミが城門であった時とは違い、いつも通りの姿に戻っていた。黒鉄の金棒もどこかへしまったらしく、これから買い物にでも行くかのようにラフなスタイルだ。その様子は、戦闘が本当に終わったのだと実感させるのには十分なものだった。
「ただいまです、師匠」
「おう、みんな無事ならそれでええ。王が呼んでおる。これから報告会じゃ。もうちょっとだけがんばってくれよ」
「わたし会議嫌い……」
「私もぉ」
「おれ、会議初めて」
「なに、みんな勝利に気が緩んでおる。それに今日は会議室ではなく謁見の間で簡単な報告をするだけで、 詳しいのはまた後日やる予定じゃ。そう固くなることもあるまいて」
くぁっくぁっくぁと笑いながら、まるで勝手知ったる我が家かのようにギン爺さんはのしのしと高級そうな絨毯を踏んで進んでいく。ミナミは泥だらけのこの格好で絨毯を汚してしまわないかビクビクしており、なるべくそうっと歩くように心がけた。
「バークス! 全員そろったぞ!」
「おつかれさん。まぁ、みんないつも通りに適当に座ってくれ。……黒いの、ミナミだったな? おまえはちょっとこっちへ」
「あ、はい」
ばん、と開かれた豪華そうな扉。入ってすぐの一番目立つところに豪華な玉座があり、そこにナイスミドルなオトナの香をまき散らす王様が座っている。
何度か出入りをしているとはいえミナミは王様を見るのは初めてであり、その少し砕けた物言いに不意を喰らってごく普通に返事をしてしまった。
(……あ!)
返事をしてから自らの失敗に気づくが、言った言葉は取り消せないし、周りも特に気にした様子もないため、腹をくくって言われたとおりに近づいて行った。
「──囲め」
「はい?」
だからこそ、いきなり発せられた言葉の意味が変わらず、そして気づいたら剣だの槍だの杖だのをもった兵士たちに囲まれてしまったのだ。
「……バークス、何の真似じゃ?」
「黙れ、ギン。俺はミナミと話をしている」
「……っ!」
「は、話って何よ! 一方的に突っかかってきて何様のつもり!?」
「黙れと言っている」
全てを威圧するかのような一声に、喰ってかかったレイアは一瞬だけ怯んだ。普段の王を知るすべての人間がその豹変ぶりに肝を冷やし、その真意を探ろうとする。
ギン爺さんが武器を突き付けるギルドマスター、騎士団長、魔導騎士隊長に目で理由を話せと訴えかけるが、彼らもまた王の真意を知らず、殺気立った目を少しだけゆるめてわずかに首を振った。
理由もわからず王の命令を聞くあたり、三人は王を慕っている。今までに王は理不尽な命令は一度たりともしたことがない。今回もまたそうであると思っているのだ。
ミナミはとりあえず両手を挙げて無抵抗の意を表した。謁見の間に張りつめられた緊張が少しだけやわらかくなり、割って入ろうとしていたレイアもエディに抑えられ、パースになだめられて少しは落ち着いた様子を見せる。
「あの、洗いざらい吐けっていったい何のことです?」
「……今回の魔物の襲撃についてだ」
王はゆっくりと語りだす。
なにげない自然な動作で懐に手を入れたが、その本当の意味を知るものはここには王本人しかいない。彼は右手に握られた鍵の魔道具にため込まれた魔力を、ミナミだけに開放できるように頭の片隅に別の思考を作る。少々変則的な使い方だが、現状王にはこれくらいしか対抗手段がなかった。
「……お前の仕業だろ?」
「……」
沈黙したミナミに周りが騒然となった。
「魔物が現れたのは三日前。お前はちょうどそのとき王都にいなかった。ギンとパースが言った『三日耐えれば勝てる』。ギルドの記録を洗ったが、ちょうどお前が冒険先から帰ってくるのに必要な時間だ。そして、ちょうどお前が帰ってきた頃から魔物たちが潰しあいを始めた」
「……」
「城門の見張りから、オウルグリフィンと五匹のフォルティスガルーダが人を運んで飛んでいるのを見たとの報告があった。そのオウルグリフィンは使い魔の証があった。そりゃそうだ、王都の魔物はみな使い魔登録をしてあるからな。その主はミナミ、おまえだ。……問題は、そいつが現れたその方向。
──魔物が襲ってきたのと同じ方向だ」
「だ、だから何だってのよ! たまたま方向が同じだったってだけじゃない!」
「たまたま? いいや、違うな。これだけ状況証拠がそろってりゃ、バカでもなにかあると気づく。おおかた、なにかしら準備をした後にその魔物を追っかけたってところだろう。そして──」
王が言葉を紡ぐたびに兵士たちの目が厳しくなり、向けられた刃が心なしかミナミに近づくようになる。そんななまくらではミナミを殺すどころか足止めすらできないのだが、ミナミはすべてを見透かす王の言葉にうすら寒いものを感じていた。
「──お前、魔物を喰い漁っていたらしいな? それも結構派手に。いろんな冒険者から報告が上がっているぜ」
「あ」
「ばっかやろぉぉぉぉ!」
レイアがキレた。
そりゃそうだ、曲がりなりにも普通の冒険者が戦場で魔物を喰い漁っていたら通報されるにきまっている。ミナミ自身はいつも通りに過ごしていただけであるし、そして迷宮でも同じように魔物を食べていたために忘れ去っていたが、生きた魔物をその場で引き千切って食べるのは異常なことなのである。
「なに!? あなた、戦場で魔物食べてたの!?」
「ああ、うん……ちょっと興奮したらお腹空いちゃって。それにただ倒すだけってのももったいないし。ちゃ、ちゃんと人と合流してからは控えたんだぞ!」
「あの大乱戦で人の目がないわけないでしょうがぁぁぁぁ!」
ミナミのとぼけた物言いとレイアのまるで母親のような様子に、周りはミナミを恐怖の対象ではなく、ドン引いた目で見ていた。
ヴェルはうぇっと口元を抑え、端のほうで体を持たれかけて座っていたイザベラはやっぱりか……などとつぶやいている。
この一幕で、謁見の間に流れる空気はだいぶやわらかいものになった。
「あれ、でも魔物食べただけなのに、どうして?」
「……魔物を喰らう。それだけならまぁ、趣味嗜好の問題で片付けなくもない。だが、例の突如協力的になった魔物──《ハートフルゾンビ》の行動特性とそれは驚くほどに一致している」
「はーとふるぞんび?」
「ああ、ワシが勝手に名づけた。呼び名がなくて面倒での」
「……大量の魔物が統率された動きをする。明らかに異常事態だ。襲ってきたのも、助けてくれのも、両方含めてな。そして襲ってきた魔物も、ハートフルゾンビも死体は残らず消えてしまった」
言われてみれば鏡の魔物とゾンビの大群は行動が似てなくもない。詳しいことを知らない人間から見れば、どちらも同じに見えて不思議ではない。
「こんな珍しい特性を両方が持つんだ、どちらも同じ種だと考えたほうが自然だろ? ミナミ、おまえは何らかの手段──禁術を用いてハートフルゾンビを用意し、そしてあえて王都を襲わせて、それを自分で撃破することでこの国に恩を売ろうとしたんじゃないのか? 規模の割に被害が少ないのも、夜には姿を消して時間を与えたのも、そういう理由があったからだろ? 今回の事件──盛大なマッチポンプじゃないのか?」
禁術の代償、または過程で自らも魔物化したのだろうと王は言った。
王はミナミが魔物を率いて王都を襲い、危機を救った英雄となってよからぬことを企み、そして国家の転覆を謀ったのではとないかと疑ったのだ。
「ここにいる連中はな、みんな経歴があるんだ。だが、おまえだけはどんなに調べてもここ数か月の記録しかない。一年以上前の足取りが一切つかめない。……俺はお前が国民なら信じられる。そして、ここ一年以内のお前なら別に深い意味はないって信じることができる。だが、俺の知らないどこかで、なにか恐ろしいものとつながっていたとしたら? 国が全力を挙げても調べられないその空白期間に、なにか恐ろしいことを企み、その準備をしていたのだとしたら?
……これだけの状況証拠がそろった中で、どうして何も裏がないと信じ切ることができる?」
「いや、ほんと別にそんなことはないんですけど……」
「その言葉を信じちゃいけないのが、王の仕事なんだよ。だいたい、一年足らずでオウルグリフィンの討伐、ミスリルウォームの討伐、一級への昇級、さらに製法不明の秘薬やごちそうまで開発してると来た。……なあ、その知識と実力はどこで培ったんだ? ……不死の魔物として、永劫の時でみつけたものだろ? 俺はな、国民の危険になるものはどうしても排除しないといけないんだよ」
だから──と王は続けた。
自分の考えに全くの疑いを持っていないんだろうとミナミは予想する。自信ありげなその表情はまさしく鬼の首をとったかのように勝ち誇ったものであった。
「全部を話せ。あの魔物のことも、迷宮でのことも。お前がここに至るまでの全部を──お前のすべてを洗いざらい話せ」
「あ、はい。いいっすよ。ちょっと長くなりますけど」
「……え、マジで?」
20160809 文法、形式を含めた改稿。




