68 hurtful? 【ゾンビが蠢き】
「もうっ……!」
グゥゥ……!
セーラは傷だらけになりながらも、なお対峙するオウルグリフィンをにらみつけた。三匹の相棒のうちの一匹は前足を貫かれ、もう一匹は麻痺毒で体の自由を奪われている。毒の効力はそう長くは続かないことをセーラは知っていたが、それよりもはやく自分たちが殺されることもまたセーラは予感していた。
唯一動けるヤンも体中に細かい傷を作り、その蒼い毛並みをところどころ真っ赤に染めている。見ていて痛ましくなってくるが、それでも夜獣は攻撃の手を緩めない。
一撃で仕留める能力を持っているというのに、どうやらいたぶって殺すことに決めたようであった。
「ヤン、《跳べ》!」
セーラは片手斧を地面すれすれに引きずるようにして急接近する。彼女が走り出す瞬間に与えた命令に従い、センシングウルフは身をよじり、オウルグリフィンの首元にその牙を突き立てようととびかかった。
アッパー気味に繰り出される斧の一撃。空から降りかかる牙の一撃。
これ以上にないコンビネーションであり、普通の魔物であればまず間違いなく致命傷を与えられていただろう。されどオウルグリフィンは短く一声鳴いただけであった。
ほぉ──ぅ
「きゃあ!」
太くしなやかな尾で薙ぎ払われる。予想外の角度からの攻撃に一人と一匹は反応できず、共に脇腹をしたたかに打ち付け、地面に転がった。偶然か、それともオウルグリフィンの最後の情けか、セーラは三匹の相棒と寄り添うような形で地面に投げ出された。
「もう、だめ、かぁ……」
ほぉ──
オウルグリフィンがすぅっと息を吸い込む。戦場に飛び交う魔法──炎の魔力を吸収し、口元が熱で揺らめくのがセーラには見えた。嘴の端から炎が漏れ出ている。
どうやらこいつはレアよりもウェルダンが好みらしい。
ぉうっ!
炎の螺旋が視界を染めた。紅蓮の焔が丁寧にすべてを焼き尽くし、セーラたちの面前まで迫ってくる。まだだいぶ離れているのに熱気が頬を撫で、ひりひりと痛んだ。
セーラが最後にできたことは、目をぎゅっとつぶり、小さいころから一緒に過ごしてきた相棒たちをぎゅっと抱きしめることだけだった。
「ごろちゃん! たべちゃえ!」
ほぉ──ぅ、とどことなく心地よい鳴き声。迫っていたはずの炎はどこかへと消え去ってしまい、あたりに不気味なほどの静けさが染みわたっていく。
「え……?」
「おまたせ! セーラさん、大丈夫!?」
盗賊のような、魔法使いのような恰好をした少女が、獣使いの使い魔の証である金の足環をつけたオウルグリフィンに乗っている。セーラたちをかばうように敵であるオウルグリフィンの前に割って入り、使い魔のほうはげぷ、と息を漏らして炎を喰らっていた。
「レイア、ちゃん?」
セーラは彼女を知っている。同じ上級冒険者同士で顔見知りである。たった一人で特級にまで上り詰めた、孤児院を運営する変わり者の少女。どこかへと冒険に出ているはずの彼女が、ここにいる。
「エディさんが、冒険にでてるって……」
「緊急事態ですから帰ってきました。この子に乗ればあっという間ですし、魔法で追い風を作ってきたんですよ」
その言葉を示すように、使い魔のオウルグリフィン──ごろすけは口から竜巻を吐き出して夜獣へとぶつけた。オウルグリフィンゾンビの内臓器官で強化された魔法は普通のオウルグリフィンの限界を超えており、喰われることなくその毛皮に細かい切り傷をつけていく。
ほぉ──ぅ
「てぇいっ!」
たまらず翼を用いて大空に逃げ出そうとしたところに、ごろすけは先ほど吸収したばかりの炎の螺旋をぶつけた。同時にレイアは雷の鞭で片翼を打ち付ける。
炎に気を取られたそいつは意外な伏兵に反応できず、翼を一時的にしびれさせて地面へと無様に滑り落ちた。ごろすけは雷の残滓をもったいないとばかりにつまみ食いする。
「レイアちゃん、獣使いだったの?」
「臨時で、ですよ」
セーラにはその言葉の意味がわからなかったが、それでもこの状況が好転したということだけは理解できた。
ぉうっ!
ほぉ──う
吐き出された強力な水撃をごろすけは口直しとばかりに魔力に変化して吸収し、飲み込んだ。繰り出された尾っぽの一撃を、同じく尾の一撃で弾き飛ばし、捨て身のタックルも翼の一撃で跳ね返す。
同格であるはずの魔物なのに、その実力の差は歴然としていた。
「オウルグリフィン、使い魔にできたんだ……」
「わたしじゃないですけどね。……ごろちゃん、おかわりあげる!」
レイアは雷の魔力をごろすけの口へと放つ。レイアはパースのような強力な魔法は使えないが、いろんな種類の魔法を器用に扱うことができる。周りに広がることなく収束された雷は嘴の一点に集い、ある一瞬を超えてそれはごろすけの全身に波紋のように広がった。
何かが弾けるような音が広がり、ごろすけの体を雷の魔力が覆う。
ヴォォォ……!
「あら、今日は調子いいのね」
「な、なにこれ……?」
黒かった毛皮は雷のせいで青白く光って見える。ふわふわな毛はみな反発して逆立ち、ふわふわとしつつもどこかとげとげしい印象を醸し出した。
風切羽の先のほうではバチバチと電気が弾け、周囲に独特のにおいが広がる。嘴や爪にはより強力な雷が宿り、これで引っかかれたりなどしたら電撃で全身がしびれ、体は黒こげになるだろう。
「雷の魔力を食べると、たまにこうなるんですよ」
「んなバカな……」
その姿は神々しくすら思えた。
ヴォォォォ!
まさに電光石火の勢いでごろすけは敵に接近する。サマーソルトの様に尾っぽで蹴り上げ、翼の連撃を脇腹に加える。すべての一撃が非常に重く、オウルグリフィンからは攻撃が当たるたびに苦悶の声が漏れ、そしてどす黒い血の塊がくちばしの先から漏れ出ていた。
「ごろちゃん、格闘戦も得意なのよね。魔法もうまいのに」
ゾンビとなって以降、ごろすけは鉤爪の毒をほとんど封印している。ひっかいてしまえばゾンビ化してしまうし、なにより毒を使わずとも相手を簡単に倒せるようになったからだ。
普段子供のお守りや足代わりでろくな運動ができない分、暴れられるときには全力で暴れる様にしているのである。
ギャァァァァ!
ヴォォォォ!
だからこれも、戦闘というよりかはストレス発散に近い行為だ。そして、飽きられたサンドバックというのは簡単に捨てられてしまうものである。
ごろすけは散々なぶった後に不意に手を止め、くい、と首を振って興味なさげにそいつを見つめる。さすがに敵わないと踏んだオウルグリフィンは、プライドが高いとされる性格を忘れたかのように一目散に空へと飛び立つ。
ボロボロで軌道はフラフラだったが、それはごろすけにとってどうでもいいことであった。
ヴォォォォォ!
巨大な雷がどん、どん、どんと戦場に三発落ちた。遠くで戦っていた冒険者もそのあまりの衝撃に手を止め、落雷の場所を確認してしまったほどだ。
雷は高いところにいるものほど喰らいやすい。落雷の周囲を飛んでいた魔物は全身をしびれさせ、そして黒こげになって地面に叩きつけられた。
ボロボロのオウルグリフィンも例外ではなく、図体がでかい分もろに電撃を喰らってしまったらしい。地面に落ちた亡骸はぷすぷすと音をたてており、ぴくりとも動くことはなかった、
ヴォォォォ……!
ごろすけはそいつにつかつかと立ち寄り、嘴を突き付けて死肉を引きちぎる。
ヴォォォォ……
そして、ペッと吐き出した。鏡の魔物は虚空に溶け込むように消えていく。
ごろすけも肉はウェルダンが好きだった。だが、調子に乗って中身まで黒こげにしてしまったのだ。
「おいおいなんだあれは……」
ランベルの後ろには暴れ狂うミスリルウォームがいる。体全体を回転させて迫ってきており、そのぽっかりと開いた口からは何枚もの連なった牙が拷問器具の様に蠢ている。
されど、ランベルはそれに驚いているのではない。一瞬自分の状況を忘れてしまうほど、奇妙なものを見てしまったのだ。
「あっちの足止め、頼むぞっ!」
ガゥッ!
「水魔法、おねがいっ!」
ルゥゥッ!
「すまんね、盾にしちまって」
……!
「こいつ、城門まで運んでくれっ!」
ひぃぃ!
魔物が魔物同士で殺し合いをしている。
魔物が冒険者を身を挺してかばっている。
魔物が冒険者と協力して魔物を討っている。
「なんだありゃ……?」
となりを走っていたヴェルもその光景にあんぐりと口を開けた。しかもよくよく見れば、人間の味方をしている魔物はだんだん増えているらしい。気づけば、多対一で物量にまかせて押しつぶす戦法をとるものがそこらじゅうにあふれかえっていた。
しかも、大体のやつが獲物を生きたまま喰らい、そして体のどこかしらに致命傷を負っている。心臓が胸から飛び出ているものさえいる始末だ。
「おい、パース、あれ!」
「ええ、ようやくですね!」
《クー・シー・ハニー》の二人は満面の笑みを浮かべた。ランベルはそれをみて会議で何度も出ていた『三日のタイムリミット』の意味をなんとなく察したが、されどこれがどういた現象なのかはわからない。
三日たてば魔物が味方になる? そんなバカな話があるものか。
「ここまでくれば私たちの勝ちです! 被害を増やさないよう、ここで足止めします!」
なるほど、たしかに放っておいても魔物は散らされていくだろう。なぜだか負傷者救護にも積極的なようだし、この暴れ狂うミスリルウォームを足止めするという作戦はとても理にかなったものの様にランベルには思えた。
「といっても、魔力は残っているのか?」
「残ってませんね」
「エディ、斬りかかる体力は?」
「正直きつい」
「ヴェル、おまえは……」
「短剣であれをどうにかしろと?」
ランベルはため息をついた。
足止めなどと特級は簡単に言うが、まともな武器も、体力や魔力すらすっからかんなこの状況で、どうやってこいつを止めるというのか。せいぜいが目の前をうろちょろして気を引く程度だろう。
「心配いりませんよ、おそらく……」
「お待たせぇ。みんな生きてるぅ?」
頭上からネコナデ声が降ってきて、ランベルはとっさに身構えた。その槍を突き出さなかったのは、最後に残った理性が警鐘を鳴らしたからだ。
「ホントおせえよ。まったく、死ぬかと思ったぜ!」
「新しいの、ですか。また面白い使い方をしてますね」
「でしょぉ?」
赤毛の女が宙に浮いている。必死こいて逃げるランベルたちと並走するように悠々と空を滑っている。
彼女は純粋なヒトであり、空を飛ぶことはできない。だが、彼女は指ぬきグローブをつけた手で真紅の怪鳥──フォルティスガルーダの足首をつかんでいた。
彼女程度なら怪鳥はやすやすと持ち上げることができるらしく、その動きはすごく滑らかでとてもモノを運んでいるようには見えない。
正直なところ、ランベルの翼の獣人としてのプライドが少し傷ついてしまう。ランベルは人を運びながらここまで滑らかに飛ぶことはできない。
「あら、セーラちゃんがいないじゃない。女の子はかまってあげないとすねちゃうわよぉ」
「ぬかせ」
ランベルはその女を知っている。
特級冒険者の、《クー・シー・ハニー》の一員である宝探し屋のフェリカだ。風のうわさで最近獣使いも兼業するようになったと聞いていたが、ここまできれいに獣を扱えるのは王都に何人もいないだろう。
「フェリカ、首尾は?」
「イザベラがピンチだったから、ミナミはそこでごろちゃんから突き落としたわぁ。そのあと嬢ちゃんと別れて、ちょこっとずつゾンビ化してもらいながら来たのよぉ」
「さすがです」
フェリカはちらりと自らの周囲を飛ぶ四匹に目を向ける。なんとなくだが、魔物の同士討ちはこのフォルティスガルーダにあるのだとランベルの直感が告げた。
「で、このミスリルウォームはどうするのぉ?」
「対抗手段がないのでこうして足止めを兼ねて逃げています。……それ、私たちにも使えますかね?」
「大丈夫よぉ。とってもお利巧なんだから。肩の装備が厚いならいいけど、念のため足首を握る様にしなさいよ」
「もちろん」
パースは何のためらいもなく並行して飛んでいたフォルティスガルーダの足を握った。それに答えるかのように真紅の鳥は一声鳴き、高度をゆっくりと上げていく。
「すっごいですねぇ……!」
「尾羽を引っ張ったら火を噴いてくれるわぁ! 優しくねぇ!」
パースの足が地面から離れる。バタバタと動いていた彼の足は中空で動きを止め、安定性を保つためにだらりと垂れさがった。
「うっは、これ超気持ちいい!」
「いやっほぉぉぉぉぉ!」
気づけばエディも、ヴェルのバカもフォルティスガルーダにつかまり、縦横無尽に空を駆けている。ミスリルウォームの面前をちょこまかと煽りながら飛び、適当なタイミングで火を吹きかけて目くらましをしていた。
ランベルはこの時点で、このフォルティスガルーダも人間の味方となった魔物と同種の存在であることを理解した。
キュウ?
そして自らの横をゆっくりと飛び、お前はいいのか、なんて目つきの真紅の鳥と視線を交わす。
「……今回だけだ」
しょうがなく、本当にしょうがなくランベルはそのたくましい足を握った。有翼の人間として、翼あるものに運ばれることに抵抗があったのだ。
だが、体力のない今、自分の力で飛び続けられるはずもなく。
「……うぉぉぉぉ!」
さわやかな風が頬を撫でる。ぐん、と体が持ち上がる感覚。
思った以上に楽しかったのは秘密だ。挙げた雄叫びは、ミスリルウォームの注意をひきつけるものなのだ。
なんというか、ちょっと握り方を変えただけでこの怪鳥はすぐさまその意思をくみ取り、思うように方向を変えてくれる。上下方向の揺れが気にならないでもないが、解放感はすさまじいしなにより全然疲れない。
「手の空いているゾンビたち! こいつを足止めなさい!」
パースが上空から杖を振りかざして指示を送る。
〝ゾンビ”という言葉に反応した魔物たちが我先にとミスリルウォームに群がっていった。その大半は回転力でミンチにされてしまったが、相手の動きがわずかでも鈍くなったのはかなりの成果だ。
「……おまえも〝ゾンビ”か?」
キュゥ!
どうやらこの特別な心優しい魔物たちはゾンビというらしい。ランベルはまたひとつ賢くなってしまった。
ゾンビどもはパースの命令に従い、命を顧みることなくミスリルウォームに突撃していく。その様子は不謹慎ながらもランベルにとって非常に面白く思え、彼もまた、手の空いている動いてくれそうなゾンビはいないかとその遠くまで見える目で戦場を見渡した。
「うん?」
そして、気づいてしまった。
「おい! みんな!」
「どうしました!?」
ランベルたちから見て東のほうから大きな土煙が上がっている。よくよくみればそれはこちらへと近づいてきており、それが小型・中型の魔物の大群だということはランベルにははっきりわかった。
土煙でよく見えないが、うっすらと見える影の大きさから、ディアボロスバーククラスの弩級の魔物も何匹かいることがわかる。運がいいのか悪いのか、雷をまとった青白いオウルグリフィンも一緒にいる。
「なにがあった!?」
「いや、それが……」
ヴェルの問いになんと答えようかランベルは少し迷った。その魔物の大群は目の前にいる魔物を切り裂き、引きちぎり、喰い散らかしながらこちらへと向かってきている。
これもおそらく〝ゾンビ”だと推測できたランベルだが、その先頭を走るのは黒髪の病人のような少年だったのだ。
「……」
しかもこの少年、なかなかのやり手──否、悪鬼のような獅子奮迅の活躍をしている。立ちふさがる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、拳や蹴りの一撃ですべてを薙ぎ払っている。目はどことなく血走っており、魔物の頭を素手でもぎ取ることになんの躊躇いも見せていない。
ランベルはインセクトキマイラを噛み千切り、素手で胸を引き裂く人間を初めて見た。
「黒髪の少年が大量の魔物を引き連れてこっちへきている……。なぜか、特級の嬢ちゃんとウチのセーラも一緒だ」
オウルグリフィンにセーラと見知った顔が乗っているし、三匹のちびすけどもが月歌美人に背負われているから多分味方だろうと、ランベルはそう思った。
「なんだよそれ!?」
「味方です! 巻き込まれないように合流しますよ!」
「また派手にやっているのねぇ」
《クー・シー・ハニー》はミスリルウォームの攻撃を避けながら地面へと降り立つ。なにがなんだかわからないランベルとヴェルもそれに倣って地面に足をつけた。
久しぶりに地面に足をつけらから大地がぐらぐらと揺れている気がする。
最初はそう思ったが、なんのことはない、地面は本当に揺れていた。
ずんずん、どしどし、ごんごん。
それが近づくにつれ、ランベルの背筋には冷や汗が流れるようになった。近づいてくるそいつらが、一体何匹いるのか皆目見当もつかない。千や二千で済まなさそうなのは確かだ。
そして──
「またせたな!」
主役は到着した。
ミナミは再会の喜びを分かつ間もなく、ミスリルウォームを指さして獰猛に笑う。その場にいた人間はミナミの手と口元に魔物の血と肉片がこびりついているかのような錯覚に陥った。
「デカイのだいたい掃除したけど、あれでオシマイ?」
「おそらくは」
パースの答えにミナミはその獣のような笑みをさらに深め、後ろに蠢く濁った瞳の集団にたった一つの命令をした。
「やっちまえ!」
ゴブリンゾンビ。
グラスウルフゾンビ。
スカイアントゾンビ。
ゴブリンキッズゾンビ。
ゴブ大将ゾンビ。
ホールスパイダーゾンビ。
ウルフゴブリンゾンビ。
キュリオスバードゾンビ。
月歌美人ゾンビ。
ロックゴリラゾンビ。
マッドモンキーゾンビ。
スケアリーベアゾンビ。
スウィートドリームマッシュゾンビ。
ウッドラビットゾンビ。
インセクトキマイラゾンビ。
クリアトードゾンビ。
ラピットラビットゾンビ。
グリーフサパーゾンビ。
スラッシュホースゾンビ。
リンガースネークゾンビ。
ブルータルスクイッドゾンビ。
ダイアツリーゾンビ。
フォルティスガルーダゾンビ。
ポイズンタスクボアゾンビ。
ボルバルンゾンビ。
ハングリースライムゾンビ。
アイスクラッシャーゾンビ。
ファニーホーネットゾンビ。
ジャイントラーヴァゾンビ。
ディアボロスバークゾンビ。
オウルグリフィンゾンビ。
ありとあらゆる種類の魔物のゾンビが皆一様に目を濁らせ、ゾンビの本能に従ってゆっくりとミスリルウォームに群がっていく。食欲と怨嗟による虚ろな声が戦場に響き渡り、彼らの垂らしたよだれとはみ出た内臓が大地を汚した。
シィィィ!
ミスリルウォームはその集団を吹っ飛ばすも、ゾンビは何度でも立ち上がる。痛みなど感じないうえ、命令は絶対だ。止まる理由がない。
ォォォォォ!
何度も何度も吹っ飛ばされながらも、やがてディアボロスバークゾンビがミスリルウォームの巨体を抑え込んだ。
それが、勝敗を分けた。
……シ……ィィ……!
何十、何百、何千ともとれる圧倒的な質量がそいつを飲み込んでいく。それは砂糖に群がる蟻の比ではなく、見ているものに生理的嫌悪感を持たせた。
ゾンビの動きは止まらない。形を飲まれてなおそれは必死に抵抗し、何匹ものゾンビを振り払うのに成功していたが、水色の輝きは最後までさらされることはなかった。
……ィ……!
ォォォォォ!
やがてそれはピクリとも動かなくなり、ゾンビの山はぐしゃりと潰れた。よくよく見ると手足のもげたのが何匹もいたが、みなそれらのことなど気にした様子もなかった。
のろのろとした動きのゾンビは次の獲物はどこだといわんばかりにご主人様を──ミナミを見上げる。実質的な戦いが終わった瞬間だった。
この後三十分もしないうちに魔物は殲滅された。地平線を覆い尽くすほどにいた魔物であったが、それを覆すかのように増え続けるゾンビにかなうはずもなく、痛ましい悲鳴と共にゾンビに飲み込まれていったのだ。
戦場に残るのは獲物を求めさまよい続ける夥しい数のゾンビだけ。されどそれの瞳はどこか優しく、決して人間を傷つけようとはしない。嘆きの声とも取れるその特徴的な鳴き声は、このときだけは勝利を祝うオーケストラのバックコーラスの様にも聞こえた。
そして──
「勝ったぞぉぉぉぉぉ!」
「俺たちの勝ちだぁぁぁッ!」
「ざまーみやがれコンチクショウッ!」
「オオオオオオオオッ!」
冒険者たちの勝鬨がそこかしこから上がっていく。ゾンビの声もそれに混じり、戦闘中よりもさらに大きな響きが大地を大きく揺るがした。
その声は王城、城下町まで響き渡り、救護所や支援本部の人間にも戦闘の結果が伝わることになる。
ォォォォォォ!
城壁の外も中も人々の喜びの声で満ち溢れていた。誰から見てもハッピーエンドであることは疑いようがない。
こうして唐突に始まった王都大襲撃は、その始まりと同じくあっさりとその幕を下ろしたのである。
20160809 文法、形式を含めた改稿。




