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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
64/88

64 老鬼の本気

今週ないっていったの、あれウソになった。

人間死ぬ気でがんばれば意外となんとかなるもんだね。


 ソフィの目の前で、ゆっくりとその棍棒が持ち上げられた。鮮血がぽたぽたと潰れたそれの上に滴り落ちる。


 ソフィの前にぬぅっとたったそいつはくぁっくぁっくぁと笑った。


 大きな大きな、黒鉄(くろがね)の棍棒。もち手だけでもソフィの腰周りくらいはあるだろう。先端のほうにはトゲトゲのような突起が付いており、その打撃性能をより凶悪なものとしているのが見て取れた。


 そのいっそ禍々しささえ感じる巨大な金棒に比べれば、ゴブリンの頭蓋など幼子のものに等しい。


 黒鉄は重く、そして非常に高い強度を誇るのだ。老いてなお在りし日の輝きを失わない豪腕から繰り出された一撃に、ゴブリン程度が適うはずもない。


「おう、すまんの。おそくなって」


 どっしりとその金棒を担ぎなおした赤い老人──ギン爺さんが、安心させるように笑った。その表情は温かく、どこまでも自愛に満ちていて、彼の生きた長い年月がそのまま全部優しさになったかのであった。


「ギ、ギンじ、じい、さ……」


「おお、おお、安心せぇ。もう怖いことなんてなーんもないわい」


「うわぁぁぁぁぁっ!」


 ソフィは思わずわんわんと泣いた。涙が枯れてしまうんじゃないかってくらいに泣いた。


 目元に付いていた血もすっかりきれいになって、そこで初めてソフィはギン爺さんの大きな手で頭を撫でられていることに気づいた。そして、ギン爺さんの腰にしがみつくようにして震えているクゥと目が合った。


「ク、クゥ……?」


「ねーちゃぁ……! ねーちゃぁ……!」


 わけもわからず、ソフィはクゥを抱きしめた。なんだかわからないが、そうしなきゃいけないと思ったのだ。


 無意識で近くにいるメル、イオ、レンもぎゅっと抱き寄せる。その様子を、ギン爺さんが見守っていた。


 ソフィの腕の中には、あったかくてとても気持ちのいいものが四つあった。


「クゥがものすごい剣幕で駆けてきての。そりゃあもう、いつもの引っ込み思案が嘘のようじゃった。おかげでおぬしらの場所がわかったっちゅうわけじゃ」


 どうやら、クゥは途中でメルたちと別れて一人で鬼の市へと向かったらしい。そこでレモラの氷石だけを渡し、ギン爺さんたちに事の次第を告げたそうだ。


「ほら、お前たちもよくやった。痛かったろう、つらかったろう。だが、お前たちのおかげで誰も死ななかったんじゃ。──よくやった。えらいぞ。ワシも鼻が高いわい」


「へ、へ……!」


「う、うん……!」


「やっ、たぁ……!」


 ギン爺さんはポンポンと子供たちの頭を撫でた。子供たちは弱弱しいながらも誇らしげな表情をしている。体中傷だらけだし、吐瀉物や血で全身が汚れていたが、その姿は誰よりも輝いていた。


 ゴブリンの頭はしっかりと、それこそ疑いようのないほどに潰れている。この状態から復活して襲いだすなんてこと、ミナミがゾンビ化させても無理だろう。


 念には念を入れておきたかったのか、それとも単純にソフィたちを安心させたかったのか、ギン爺さんはもう一度その巨大な金棒でゴブリンだったものを打ちつけ、何気ない一振りでその襤褸切れのようになったものを遥か彼方へと吹っ飛ばした。


「ギンじーちゃ……つよいんだね……」


 他の子より早く立ち直ったレンがポツリとつぶやいた。その目には、悔しさのような、憧れのような感情が宿っている。


 この年の子供が持つのにはいささか似つかわしくない雰囲気。ギン爺さんはそれを見てにかっと笑った。


「そりゃあ、ン十年前は冒険者じゃったからのぅ。ちょっと恥ずかしいが、これでもそこそこ有名じゃったんだぞ」


「ギンじーちゃ、そのぶきは? ボクそんなのみたことない」


「こりゃあ、『鬼の金棒』っちゅう代物らしいの。なんでも、ワシの種族──鬼、とくに赤い鬼はこれを使うものなんじゃと。ワシの種族を教えてくれた爺が、パーム火山まで行って掘った良質な鉱石をふんだんに使って、ワシのためだけに作ってくれた逸品なんじゃ。世界に一つしかなかろうて。──しばらく使ってなかったが、相棒は何年たっても相棒じゃな」


 くぁっくぁっくぁと笑ってギン爺さんはそれを振り回した。ぶおん、とその場のみんなの髪が風で引っ張られる。


 どしん、と金棒が地面に着き、ギン爺さんの雰囲気が変わった。


「……王都に魔物が入りこんどる。見たかもしれんが、空飛ぶ魔物が連れ込んどるようじゃ」


「さ、さっき見ました。ボルバルンとか、ハニーホーネットとかが……!」


 やはりか、とギン爺さんはうなずき、金棒を持つ腕に力をこめた。赤く太い腕がみるみるうちに大きく膨れ上がり、岩の様な力瘤を作り上げる。ソフィがその様子に目を丸くしていると、何を思ったかギン爺さんは空いているほうの腕で子供たちをひょいと担ぎ上げ、そして自らの肩に二人ずつ座らせた。


「うぉぉっ!?」


「……こんなかたぐるま、はじめてだ」


「じーちゃ、おっきいねぇ……」


「……つの、にぎるね」


「おう、振り落とされんように、しっかり掴まっとけよぉ」


 いくらまだ小さいとはいえ、子供四人が乗ってなおギン爺さんは余裕そうだ。


「ほれ、おぬしも」


「わわっ!?」


 赤子を抱え込むようにしてソフィを片腕で持ち上げるギン爺さん。たまらずソフィが首にしがみついたのをいいことに、体をゆすって背中へとまわす。遊都マーパフォーであれば、それがある種の大道芸として受け取られたことだろう。


 子供たちは角と頭に手を添えて。ソフィは首にぶら下がるように負ぶさり。


 いささか、面白い光景だったのは疑いようのない事実だ。


「──お客さんが来たからの」


 彼の鋭い眼光の先。建物の影。


 ゴブリンが、グラスウルフが、マッドモンキーが。


 合計三匹が、まるで図ったかのようにこちらへと向かってくる。本来生息地や習性の異なる魔物だっているのに、それらは皆一様にただソフィたちだけを見てこちらに歩を進めていた。


「ひっ……!」


 ゴブリンやグラスウルフ程度なら元ギルド受付嬢のソフィは見たことがある。マッドモンキーにいたっては、子供たちだってフェリカのピッツと遊んだことがある。


 だがしかし、だ。そのちょっと後ろに、もう二匹いる。


 一匹は最近ちょっとお世話になった月歌美人。もう一匹は紫のような、黒のような毛皮を纏った、半人半獣の魔物。


 正確に言えば、獣と人で7:4ほどだろう。前傾姿勢をとった獣の気が強い狼人間といえばわかりやすいだろうか。グリーフサパーと呼ばれる、闇夜に紛れて生き血をすする魔物だ。


 狼といっても顔の部分はまるまる毛が生えてなく、目玉は瞳がない上に白く濁っておりたいそう気味が悪い。


 前脚にあたる部位は鋭い鉤爪になっており、天然の極上ナイフとしてやつらはそれを使ってくる。爪の根元にはある種の分泌腺があり、爪にかすりでもしたら、そこから分泌された毒の影響で血が止まらなくなる。そして、血が抜けてクタクタになった獲物を一晩かけてしゃぶりつくすのだ。


「ど、どうするんですか……!」


 ソフィから見て、この戦いに勝ち目はなかった。ギン爺さんだけならまだしも、いまはろくに動けない、ありていに言って足手まといの自分たちがいる。


 それも、ゴブリンだけならまだしも、月歌美人に中級レベルの魔物であるグリーフサパーがいるのだ。


「もちろん、どうにかするしかあるまいよ。明日は筋肉痛確定じゃなぁ。ほんと、年寄りに無理をさせおって」


「え?」


「──舌、かむなよ」


 ソフィの体が、いや、肩に乗っていた子供たちの体もぐん、と引っ張られる。


 加速する視界。迫りくる魔物。


「ぬぅん!」


 重い風切音。駆けた勢いを殺さずにギン爺さんが金棒を打ち払った。


 雄たけびをあげる前に、グラスウルフが吹っ飛んだ。おそらく当たる瞬間まで何が起こったのかすらわからなかっただろう。その瞬間まで、グラスウルフは獰猛にギン爺さんがいた場所を睨みつけていた。そして、ぽかんとした顔のまま吹っ飛ばされていったのだ。


 あまりにもあっけなく、唐突すぎる出来事だった。


「『殺れるときは殺れ』」


 右腕で繰り出された金棒の一撃に、ようやくマッドモンキーが反応した。小さい体を活かし、絶妙なフットワークで飛び上がり、三次元的な動きでギン爺さんに襲い掛かる。


 子供と大人を背負い、そして巨棍を払ったままの格好のギン爺さんに再び棍棒の一撃を繰り出せというのは無理な話だ。


「『武器は手段の一つなり』」


ブェッ!!


 ギン爺さんは右腕を一切動かさず、首だけをぐるりと動かしてマッドモンキーにつばを吐いた。明確な意思をもって吐かれたそれは、およそつばとは思えない勢いをもってマッドモンキーの顔面にかかり、ひるんだマッドモンキーは軌道をそらす。


 その先には、フリーの左手が待ち構えていた。


「らぁッ!」


 鬼の手のひらは、非常に大きい。そんな手で平手を喰らえば、マッドモンキーなんてひとたまりもない。屋台の鉄板のように厚く、豆のせいでガチガチなったギン爺さんの手のひらは、それだけで一種の凶器といえた。


 地面に撃ち落されたそいつを、とどめと言わんばかりにそのたくましい足で踏み潰す。


「『不意打ちはする気持ちになって考えろ』」


ゴブァッ!?


 踏み込んだ足を軸にし、ギン爺さんは後ろに向かって金棒を振るった。まるで見ていたかのように、完全に背後を取っていたはずのゴブリンが金棒の餌食となって水平に吹っ飛び、空気に溶けるように掻き消えていった。


 ここまでほんの数秒。流れるような連撃は、近くで見ていたはずのソフィでさえ、その全貌を掴むことが出来なかった。


「これが、魔物と戦うときの心構えじゃ。わかったかの?」


 レンとイオ、そしてメルが口をぽかんと開けながらうなずいた。それに気をよくしたギン爺さんは、ふしゅうう、と深呼吸して口から息を漏らす。


「さァてのォ……本当なら、『明鏡止水──どんな時でも常に冷静に、周りをよく見ること』と続くんじゃが……」


 ギン爺さんの声のトーンがどんどん低くなっていく、彼に密着しているソフィたちは、ギン爺さんの体がそれにあわせて膨れ上がり、全身が鍛え上げられた筋肉に変わっていくのが感じられた。


 子供たちに握られていた角も、少しずつ伸びていく。もし彼らが正面からギン爺さんを見ていれば、その目が爛々と輝きだしたことにも気付いていただろう。


「ワシはのォ……昔っからこいつだけはからっきしでなァ……。つい、カッとなってそのたびに怒られてたんだよなァ……今回ばかりは、しょうがねェよなァ……。この理由なら、あの爺も許してくれるよなァ……?」


 言ってる間に、グリープサパーの腹が爆ぜた。


 重い棍棒の一撃なのに、それを振るうさまはまるでレイピアのようで、ソフィの目には黒い残像しか映らなかった。


「血が沸いてしょうがないんじゃァ……!!」


 ちょこんと生えていた、クゥの手でもなんとか握ることの出来た角は、槍のように鋭く、ソフィの腕の長さほどまでに伸びている。


 もともと大きかった体は筋肉の膨張にあわせてさらに大きくなり、基本的なシルエットは変わらないながらも、肉体構造そのものが戦闘に特化した、全盛期を髣髴とさせるような荒々しい体になっていた。


 爛々と輝く灼熱の如き眼。

 暴力的な美しさを兼ね備えた角。

 魅入られてしまいそうになる荒々しい牙。

 威圧感と暴虐を体現したかのような猛る肉体。


 ミナミが見れば怒りの鬼人と称するであろうことは疑いようがない。


 オオオオオ、とギン爺さんは吠え、同じく叫びながら突っ込んできた月歌美人の拳に黒鉄の一撃を合わせる。


「そらそらァ!」


ひぃぃぃっ!


 脛を狙ったぶんまわし。こめかみを穿つ薙ぎ払い。鳩尾を狙う突き。


 力と力の応酬。一つ一つの攻撃が重く、防御の高い月歌美人でさえ押されている。技術も上品さの欠片もない、ただただ暴力的な攻撃はまさに黒い嵐のようであった。


 鬼が繰り出す黒鉄は一切の容赦なく月歌美人に襲い掛かる。喰らいついたのを活かし、無理やり生み出した隙をついて滅多打ちにした。


 人が変わってしまったかと思えるほどに攻撃的であったが、不思議と背負われたソフィたちには一切負担の掛からない動きであった。 


「ぬるい! あまい! 昔の魔物はもっと根性があったぞっ!」


 余談ではあるが、ギン爺さんは二つ名もちであった。ヤンチャ時代は『紅い憤怒』、ある冒険者にあって落ち着いてからは『守護の黒鉄』と呼ばれていたそうな。


 もう何十年と昔のことなので、そのことを知っている人間はほとんどいない。


ひぃぃぃっ!


「逃げるなァ!」


 滅多打ちにされた月歌美人はとうとう背中を見せて逃げ出した。ボロボロになった手足をもつれさせながらも、一目散に走っていく。


 そして、ギン爺さんが一歩を力強く踏み出した瞬間、その胴体と首がお別れして空中に掻き消えた。


「……忘れておった」


 大きな両手斧を握り締めた影と、兜以外──鎧と盾と剣を装備した女の影。


「爺さん! なに暴れまわってるんだい!  あんたのほうがよっぽど危なっかしいじゃないか!」


「ソフィ! みんな! 無事かッ!?」


 元冒険者──現ギルド受付嬢のおばさん、メーズ。

 最近ちょっと金欠気味な──庶民の守護騎士、ライカ。


 当然のことではあるが、この非常事態に駆り出されたのはギン爺さんだけではなかったのだ。


「……さっきの話じゃが、もう一個あったわ。『己を知り、敵を知れ』。味方のことも覚えてろっちゅうこったな。忘れっぽいのは年のせいかのぅ……?」


 くぁっくぁっくぁ、とギン爺さんは笑う。一瞬のことではあるが、たしかにその瞬間だけはその場に和やかな空気が流れ、彼の語った四つの言葉は四人の子供たちに深く刻まれることになる。


「さぁて、さっさと帰ろうかの。またいつ囲まれるやもわからぬ」


 荒ぶる鬼が子供を背負い、騎士と受付嬢が警護しながら歩を進める。余談だが、ギン爺さんの戦闘に興奮さえしていた子供たちと違って、ソフィは疲れからかぐっすりとその大きな背中で眠ってしまっていたそうだ。




「……」


 その日の夜。昨日と同じグラージャ城内の会議室には、ひどく重い空気が漂っていた。


 冒険者の代表たちはみな疲れきった顔をしており、汗と泥の匂いが机の反対側にいる王にまで漂ってくる。明らかに昨日よりも鎧の傷や凹みが増えており、髪も乱れて全体的にボロボロだ。戦闘の興奮が冷めやまないのか、はたまたそれ以外の理由があるのか、目つきがギラギラしているのが王にとっては印象的だった。


 戦場に出ていないはずの文官たちも例外ではない。一日休むことなく働き続けた彼らの疲労は限界に近づいており、目に生気はなく、上等であるはずの衣服はヨレヨレになっている。先程からしきりに水を飲んだりしているものは、ひっきりなしに指示を送ったために今日一日で喉を潰しかけてしまったそうだった。


「……報告を」


 聞きたくはなかったが、聞かなくてはならないのが王の役目だった。


「想定外の事案が発生。魔物が協力して王都に進入しました。空飛ぶ魔物が、飛べない魔物を運んだのです」


「ああ、ここからでも見えた」


 同種であるとか、特殊な習性をもつだとか、ともかく何かしらの特別な理由がない限り、魔物同士がこうして協力することなんてありえない。あったとしても、たまたま獲物が同じで一緒に倒して後で奪い合うとか、ひどく原始的なことしか出来ないはずなのだ。


「一応聞くが、これはありえることなのか?」


「まさか」


 今回のケースは明らかに知能が感じられる前代未聞の出来事だった。それだけに、誰もがどうしていいのかわからなかった。


「魔導騎士隊が大物を率先して打ち落としたおかげで、致命的な結果にはならなかったのが不幸中の幸いですな」


「さすがにブルータルスクイッドが街中に入ったらシャレにならんからなぁ……」


 結局、市街地に侵入を果たせたのは比較的小型の魔物ばかりだった。有翼の冒険者や弓兵、そして城壁に陣取っていた魔導騎士隊は全部を打ち落とせないと悟ると、本当に危ない魔物だけを標的にしたのだ。ゴブリンくらいなら大人の男がいれば戦えなくもないし、少数とはいえ警備兵だって街中にいる。


 というか、一番可能性のある方法がそれくらいしかなかったのだ。


「被害は?」


「酒屋が数軒。あと、町外れの孤児院──エレメンタルバターが」


「あん? エレメンタルバターだって?」


 王はその単語に心当たりがあった。つい最近、自分の愛娘がお忍びで遊びに行った場所だ。


「……マジか」


 孤児院ということは、そこに住んでいる子供たちがいるはずだ。死者の話をしなかったことから生きているのは間違いないだろうが、それでも大切な場所が失われた悲しみは幼子には耐え難いものだろう。


 ギリッと王は歯を食いしばった。


「ああ、酒屋はともかく、孤児院のほうは元がそこそこ頑丈だったのか、柵が壊された程度で済んでいます」


「……そうか」


「ただ、いささか不審な点が」


 ギルドマスターのロアンはそこで口篭った。チラリとギン爺さんに視線を送り、うなずいたギン爺さんが口を開く。


「なぜか、魔物どもは酒屋と(●●●)エレメンタルバター(●●●●●●●●●)だけ(●●)を狙って行動してるようなんじゃ」


「はい?」


 王も、文官も、ついでに冒険者も同時に首をひねった。酒場ならまだともかく、孤児院を狙う魔物なんて誰も聞いたことがなかったのだ。


「いや、なぜかはわからぬが、他の建物には目もくれず、ひたすらそれを探してうろつきまわり、見つけるとぶち壊しにかかっとるのじゃ。人間を襲うのも、あくまで立ちふさがったときだけみたいじゃな」


「おかげと言っては何ですが、避難所にさえいれば国民の安全は保障されているようなものです」


 ギン爺さんの言葉を、騎士団長が補足する。


「なんだい? そこになんかあるのかい?」


「いいや、変なものはなんもないはずじゃ。……子供と酒が好きなのかもしれぬ」


 イザベラは面倒くさそうにため息をついた。


 彼女もまた、全身が汗まみれで額がテカテカと輝いている。自分たちが戦っている相手が小児性愛(ペド)酒精中毒(アル中)だと聞かされ、なんだかとてもやるせない気分になったのだ。


「じゃ、そいつらには悪いけど、そこぶっ壊せばもう来ないんじゃ?」


「いや、それはダメだ。絶対守れ」


 王は毅然と言い放った。


「……王、その理由を聞いても? 正直なところ、市街地へ兵をまわしたせいで、戦場のほうの負担が増えているんです。厄介な魔物も出始めましたし、冒険者たちの疲労も限界に近いですよ」


 冷静に意見したのはロアンだ。国民を守ろうとする王の考えは尊重できるものの、彼はギルドマスターとして冒険者の命綱を握っている以上、小事を捨てて多くを生かす道をとらねばならないのだ。


「もし、壊した後に他の場所に侵攻されたらどうするんだ?」


「……つまり?」


「今の段階では、ヤツらはそこだけ(●●)を狙っているんだ。俺たちも、そこだけを守ればいいんだよ。下手に目標を失わせたら、それこそどうなるかわかったものじゃない」


「……まぁ、一理ありますな」


 王は戦術とかはよくわからない。ここ数十年、戦争なんて起きていないし、そもそも城には優秀な軍師が仕えている。


 だがしかし、物事の道理や損得を考えるのは王の役目だ。それを戦術に活かさないのが王であって、むしろそれは得意の範疇になる。


「敵の本隊のほうはどうなってる?」


「数は減った……だよな?」


「ああ、一応はね」


「空からでもそれは確認できている」


「俺たちもかなり殺して回ったからな」


 イザベラ、ランベル、エディが答えた。


「運ぶ魔物、運ばれる魔物が戦場を離れたのもありますが、純粋にこの二日で数を減らしたのも大きいでしょう」


 パースがより詳しく状況を説明する。なんだかんだで、この場にいるのは頭よりも体を使うほうが好きな人間ばかりなのだ。


「ですが──大物も増えてきました。正直、爆弾が足りません」


 鬼の市が開発した爆弾はこの戦闘において非常に大きなファクターになっていた。空中から落とせば一方的にかなりの数を吹っ飛ばせるし、倒すのに手間が掛かる大物も短時間で始末できる。


 現に、今日だけでエディとパースはミスリルウォームとフォーリンドラゴンを爆弾を使って倒している。


「爆撃も、午後からはできなかったな」


 だがしかし、弾がなければ始まらない。どこか残念そうな顔をしてランベルがその茶色の翼を掻き、抜け羽を引っ張ってぐしゃぐしゃにしてそこらに捨てた。わずかばかりの苛立ちが混じっていたように王には見えた。


「生産はどうなってる?」


「魔物の侵入とけが人の手当てでそれどころじゃなかったわい。これからは絞っていかんと」


「そうか……」


 疲労が溜まってきているのか、冒険者のケガ人も増えてきている。奇跡的に死者こそ出てきていないものの、この戦列に復帰できない人間は少なくない。


 ケガ人の手当てをしつつ、侵入した魔物をどうにかしつつ、さらに爆弾も作れというのはかなり無茶な話だ。


「だが、明日が一応三日目だろ? なんとか、なるよな?」


「何とかなる前に、こっちのほうがくたばりそうだけどね」


「……」


「人も、物資も、相手の力量も、どんどん不利になってるんだ。……そろそろ帰っていいかい? ちょっとでも疲れは取っておきたいんだよね」


「……おう」



 嫌な沈黙を残して、会議室から人が出て行く。唐突に終わった会議は、結局のところ何の対策も考案することが出来なかった。


 その事実に、王は自分自身への苛立ちを覚え、誰もいない会議室で乱暴に窓を開ける。王は窓から見える月のない夜を見上げ、胸元のカギをぎゅっと握った。


20160809 文法、形式を含めた改稿。


先週触れた活動報告でやっていた推理ゲーム(?)的なヤツは長くなりすぎたので新作として投稿しました。もう書きあがってるやつですし、よろしかったらどうぞ。


ただし、あちらはこっちとはかなり雰囲気が違います。

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