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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
61/88

61 推測


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 苛立ちにまみれながら、ミナミは乱暴にフォルティスガルーダの尾を引っ張る。美しい真紅の鳥はそれに応えるようにミナミをつかむ腕の力を強くし、翼のはためきの音を大きくさせた。


 暗闇に仄明るい炎の体の鳥がいくつか。口元から火の粉を溢れさせながら上へと昇っていく。


「もっと、もっと速くならないのかよっ!」


 真紅の鳥に掴まった──否、掴まれながら移動するミナミにはただただ祈るくらいしかできない。これが平常時ならばファンタジー世界ならではの飛行とそこから見える摩訶不思議な構造の遺跡の光景に心を躍らせたのであろうが、もはやそんなことなどどうでもいいほどにミナミはあせっているのだ。


「気持ちはわかるけど、落ち着きなさぁい」


「そうよ。……無理してツブしたらもっと時間かかるんだから」


「……うん」


 同じようにして飛ぶ仲間に声をかけられミナミは少しだけ尾をつかむ手の力を緩めた。安心したかのようにフォルティスガルーダゾンビが一声鳴き、今まで以上に力強い羽ばたきでミナミを出口へといざなって行く。


「ほら、もう見えてきたわよ。階段すっ飛ばして飛ぶとこんなに早いのねぇ」


 見覚えのある出口から久しく感じていなかった自然の風が流れてきている。勢いをもって飛び出してみると、夜の涼やかな空気がミナミの全身を包んだ。わずかに欠けた黄色い月が傍らで伏せている黒い翼の魔物──オウルグリフィンのごろすけを照らしている。


ほぉ──ぅ


 にごった瞳をらんらんと輝かせ、ごろすけは待っていたとばかりに鳴いた。


「やっぱりごろちゃんも気配、感じてたのね」


「その上で出口で待機、ねぇ。本当に賢いわぁ」


「それより、早く準備しないと」


 慌てて出立の準備をするミナミの腕をフェリカが止めた。


「……離してくださいよ」


「ダメよ。ゾンビのあなたは疲れなんてないだろうけど、私たちはくたくたなの。こんなふらふらの状態でごろちゃんに乗れと? 出発するのは明け方よ。それまで休むわ」


「休んでるヒマなんてないでしょう! 今だって気配は残っているんだから!」


 ミナミはガラにもなく叫んだ。


 こんな王都の一大事だというのに何故にフェリカはこうも悠長なのだろう。こんな真夜中でさえ、魔物は容赦なく人を襲うのだ。一刻も早く王都につかねば後悔したって仕切れない事態になるのは明らかなのだ。


「大丈夫よぉ。王都にはエディもパースもいるし、強いやつなんてゴロゴロいるわ。私たちが戻るくらいまではきちんと守ってくれるわよ」


「でも……っ!」


「あとね、たぶんだけどあの魔物、夜は活動しないわぁ。今頃みんな、ベッドでぐっすり眠っているわよぅ。……だからまず、私の話を聞きなさい」


 形容しがたい迫力のこもった瞳で睨まれて、ミナミは思わずこくんとうなずいてしまった。その隙にレイアがミナミの腕を取り、無理やり座らせて自身もその隣に座る。そして、いつの間に拾い集めたのか、薪に火をつけて野営の支度をした。


「あせるのはみんな一緒よ。でも、あせりすぎたらできることもできなくなるわ。……心配なのは私もそう。だけど、今は落ちついて?」


「……悪い」


 いいってことよ、とレイアはこの場の空気を吹き飛ばすように明るく笑い、お湯を沸かしてお茶の準備を始めたフェリカに問いかける。


「フェリカさん、夜は活動しないってどういうこと?」


「ちょっと話が長くなるけどいいかしらぁ?」


 前置きを入れてフェリカが話し始める。数匹のフォルティスガルーダゾンビが火の回りで互いにじゃれあい、ピッツはごろすけのふかふかな胸羽に全身を埋めていた。


「まず、この遺跡の構造なんだけどぉ……」


 この遺跡は暗く朽ちた上層と不思議な材質で出来た明るい下層の二層からなる。上層と下層の間は不思議な祭壇のようなもので封印がなされ、ミナミたちはそれを無理やりこじ開けて下層へと侵入した。


「あそこからガラッと魔物の雰囲気が変わったじゃない?」


「そりゃ、迷宮なんだからそういうこともありますよ」


「そうなの?」


「そうなの」


 一般的に迷宮といえば異界化した空間そのものを指す。それがたまたま洞窟や遺跡に多いというだけで、別に森だろうと山だろうと、なんなら平原や個人の館でも異界化すれば迷宮と呼ばれるのだ。


 この異界化により生態系や発生のメカニズムを無視して魔物が現れるようになる。魔物が出てくる瞬間は誰も見たことがないし、どんな魔物が出てくるかもわからない。


 簡単に纏めると、迷宮とは異界化によって魔物が異常発生する空間のことを指すのだ。


「上層は骸骨とか蝙蝠とかそんなのばっかりだったじゃない。でも、下層はそれこそランダムでいろんなのが出てきたわぁ。……これっておかしくない?」


「おかしい、のか?」


「うーん?」


「迷宮ならどうして上層と下層とで出てくる魔物の種類にこうもはっきり差が出たのかしら?」


「……あっ!」


 ミナミは首を傾げたが、レイアはフェリカの言葉の意味を理解できた。


 そう、迷宮は確かにいろんな魔物が出てきたりするが、だからといってこんなふうに出現する魔物の分布が偏ることはない。一つの迷宮であるならば、その魔物の偏り方だって一様であるはずなのだ。同じ迷宮内なのにガラッと出現する魔物の種類が変わることなんて、本来ならばありえないことのはずなのである。


「たぶん、上層は普通の遺跡で……迷宮じゃないから、自然発生した魔物がいたってだけなのよ」


「じゃ、下層から迷宮になっていたとか?」


「それもたぶん違うと思うわ。ここはただ単に、迷宮っぽいだけの普通の遺跡よ」


 それが一体何を意味するのかはミナミもレイアもわかりはしない。魔物が出るのなら迷宮だろうとそうでなかろうと大して変わらないと思ったからだ。


 だがしかし、そうなると下層で出てきた生態系を明らかに無視した魔物の群れの意味がわからなくなってしまう。この『生態系を無視した魔物の発生』というのは迷宮を迷宮と判別するための指標の一つであるからだ。


「下層にいた魔物はたぶん、あの鏡から漏れ出てただけよ。跡形もなく消えたのも、あの鏡から出来た紛い物だったからね。普通だったら死体は残るし、実際上層はそうだったでしょ」


「なるほど……でも、それがどうしたっていうんです?」


「せっかちねぇ」


 お茶を一口だけ飲んでフェリカはつづけた。


「ここで、どうして下層の魔物は上層にいなかったのかを考える必要が出てくるわぁ。迷宮でないならわざわざ下層にとどまる理由もないし、魔物だったらあの程度の封印、力づくで壊せるでしょ? 長い時間、どの魔物もそうしなかったのは不自然だと思わない?」


「すいません、そろそろなに言ってるのかわからなくなってきました」


「わ、私も……」


 つまらないわねぇ、とフェリカはつぶやいてフォルティスガルーダゾンビの頭を撫でた。心地よかったのだろうか、そいつは小さく火の粉を漏らして目を細める。


「上層と下層の違い──それは明るさ。つまり、鏡の魔物は暗いところへ出られないのよ」


「……はい?」


 暗いところへ出られない、とは一体どういうことだろうか。ミナミはそのわけを深く考えようとしてゆっくりと目をつぶる。


 よもや魔物のクセに暗所が怖いわけでもあるまいに。そも、普通に出てきた月歌美人なんて夜行性のようなものではないか。暗所が苦手なはずもない。


「それの裏づけが、例の鏡とこの遺跡に残ったガラクタなのよぉ」


 フェリカは言う。


 わずかばかりとはいえ、人の住んでいた形跡があることからあの鏡はここに住んでいた人間が設置し、利用していたものであると。そして、魔物を出せるくらいなら道具だって出せるのではなかろうかと。


「もともとあの鏡は魔物じゃなくて生活用品なんかを具現化する鏡なのよぉ。本来あるはずの家具なんかはきっと鏡で作って出していたのねぇ」


「じゃ、あのわけのわからないガラクタは?」


「たぶん、鏡の力を補助するものよぉ。──鏡ってのは、光がないと使えないから」


 この遺跡は複雑に立体交差しており、中央部は吹き抜けになっている。そのため何度も階段を上がり降りしなくてはならないが、空を飛ぶ手段さえあればかなりショートカットが出来たりもする。


 ──重力にとらわれない光なら、鏡やその類を置いておくだけで隅々まで届く。


「暗くなったら鏡には何も映らない。それは魔物であろうと同じことよ。あの祭壇の封印は、あの魔物たちをあそこに封印するため──光を届かせないためだけのものなの。より正確に言うならば、あの暗い上層そのものが下層を封印していたってわけ。普通だったら、あんな岩で蓋するだけなんていうお粗末な封印、準備するだけ無駄だわぁ」


 たしかに、この話が本当だとすれば暗い上層に下層の魔物がいない理由も、魔物が夜に活動しない理由も説明できる。言われてみれば封印にしてはずさんなものだった気もするし、遺跡の複雑な構造や使い道のわからないガラクタの理由も見えてくる。


「さらに言えば、あの鏡はおそらく、記憶にあるものを映し出して具現化する鏡なのよ。だから出てきた魔物は私たちの知っているものばかりだった。鏡によって作られたものだから、映ることのできない暗い場所に入れない。下層の材質はきっと、鏡の力を最大限に発揮するためのものなのね。──もしかしたら、私たちが踏み入るまで下層に魔物はいなかったのかもしれないわぁ」


「じゃ、じゃあ上層は……? そもそもいったいどうして封印なんか……」


「たぶんだけど、なんらかのアクシデントで今回みたいに鏡が暴走したんだと思う。だから当時の人間は真ん中で蓋をして上を真っ暗にしたのよ。上層にあったものは光を失って消え、あとは無用の長物になった鏡の補助具だけが残ったってわけ」


 ここにはかつて、記憶を具現化する鏡を利用して人々が住んでいた。そして今回と同じように、鏡の暴走が起きてしまった。ここに住んでいた住人たちは上層を暗くすることで下層を封印した。光を失い鏡で作られた道具の大半が消えうせ、あとには実物であった鏡の補助具──鏡がなければ何の役にも立たないガラクタだけが残る。


 そして、今も元気に生き続けていた鏡は久しぶりに足を踏み入れたミナミたちの記憶を読み取り、暴走状態で魔物を召喚、いや、映し出していたというわけだ。


「封印を解くの、光と影がカギだったじゃない? あれも光を、鏡を利用して生きていた人間だったから考え付いたのだと思うのよ。彼らの技術なら、光をうまくあやつって影を作ることなんて簡単でしょう。残っていたガラクタも、案外そのためのものだったのかもね」


 ぱちりと薪が爆ぜ、小さな沈黙が辺りを包んだ。ミナミは何も考えずに迷宮にもぐっただけだったが、この赤毛の宝探し屋はこんな深いことを考えながら戦っていたらしい。


 どうしようもないくらい経験と意識の差を自覚してしまい、ミナミは一人あせっていたことを酷く恥ずかしいことのように思ってしまった。


「向こうでも死体が消えるのに気付かないはずがないわぁ。そこで日が沈むと共に魔物が見えなくなれば、パースなら光が条件で魔物が映りだすって気付くはずよぉ。あなたが気配を感じるってことは、向こうでも魔物の気配を感じることができるってことだもの。見えないだけでそこにいるって絶対気付くはずよぉ。……そしておそらく、明け方と共に再び映って動き出すわぁ」


 夜戦の心配がないだけラクなのよぉ、とフェリカはミナミを安心させるように笑った。たしかに、休む暇があるとないとでは大違いだろう。先の見えない戦いほど恐ろしいものもそうそうないはずだ。


「鏡はぶっ壊したし、増援がでることもない。冒険者全体に緊急招集はかかっているし、夜の間は確実に時間がとれる。……案外、着くころには終わっているかもしれないわよぉ?」


「……ですね」


 そんなはずがないことくらい、気配を感知できるミナミにはわかる。だが、それでも頭は冷静になり、焦っても無駄だということは再確認できた。


 ビキビキと肌色の悪い腕を伸ばし、ぐっと全身をほぐしていく。肉体的な疲れがないといえど、精神的な疲れまでなくなるわけではない。ゾンビの体は無茶が効くが、人間の精神はそうではないのだ。


「にしても、結局ギン爺さんが持っていた古書は鏡を指していたのかしら?」


「そうなんじゃなぁい?  ここに住んでいた人間が、鏡のことをどうにかしてほしいって託したのかも。もしくは、性格の悪いやつが鏡が暴走をやめたかどうか、誰かに確認させるために思わせぶりに書いたとか」


「たぶん、そっちだと思う。人の思い出見せた後にあの仕打ちとか酷すぎるもん!」


「そうよねぇ」


 三人はゆっくりと横になり、フォルティスガルーダゾンビを枕にして眠りにつく。いくらゾンビといえども、炎を操る真紅の怪鳥は暖かく、その生きた(?)羽毛は三人にとって最高の枕になったという。



 そして、翌朝。


 王都から離れた遺跡で夜獣と真紅の鳥が羽ばたきの音を立てたころ。


「さぁて、こうも予想通りだと気分がよくなりますね」


 ローブをはためかせながら魔力を練る青年が一人。昨日と同じように魔石が散りばめられた魔法陣の中央に立ち、その周囲には魔導騎士隊の面々と老隊長が各々杖だのを構えている。


「ほ。またなんとも妙な光景じゃな。聞かされてなきゃ腰を抜かしてたかもしれん」


 山の縁から日の光が昇り、光が闇を浸食すると同時に数多の魔物がすぅっと浮き出てくる。腕を振り上げたもの、噛み付こうとしているもの、飛びかかろうと中空にいるもの、斬られて死にかけているもの、ブレスを吐こうと胸を膨らませているもの。


 現れた瞬間に勢いあまってつんのめり、転がり、そして血を吹き消えていく。昨日の状態そのままで戦場に映りだし、わけもわからず再び動き出す。


「芸はないですが、まぁぼちぼちやらせてもらいましょう。恨むなら、そんな奇妙な特性をもつ自分を恨んでくださいよ」


 そして、昨日と同じ巨大な水のチューブが弾けた。


 現れた瞬間に目の前にあったものをよけられるはずもなく、昨日の汚れを清算するかのように戦場が洗い流され、そこにいかづちが落ちていった。しっかりと準備が出来たためか、その威力は昨日とはケタ違いだ。


ギャァァァァァ!


 大地を抉り、赤く染めつつ清らかな水雷が魔物を飲み込んでいく。小鳥の鳴き声の変わりに、魔物の素敵な悲鳴がさわやかな朝を演出した。


「最悪な寝覚めじゃな」


「私、もともと寝起きは悪いのですが、これほどのものは初めてですよ」


「じゃ、ここらで一発、景気よくやるか?」


「なるたけ静かにお願いします」


「無理な相談じゃな」


 にかっと笑った老隊長が昨日と同じように高密度の炎球を作り出す。今朝つけたばかりのミスリルのアクセサリーがその威力をさらに高め、もう一つの太陽として城壁の下にいる冒険者たちを照らした。


「今日もいい日でありますよーにっ!」


 老隊長のひそかな願いは立ち上がる爆音と煙が応えてくれた。すっきりとした平原に、再びわらわらと魔物が群がってくる。


 風と、水と、イオンのにおい。冒険者の中にもし日本人がいれば、理科の実験の匂いがしたといったことだろう。


「どうじゃ、なかなかいい声だったろう?」


「魔物の悲鳴よりかはマシですね。ま、今日も一日、がんばりましょう」



うぉぉぉぉぉ!



 爽やかな朝の空気。血と煙と鉄と獣の匂い。


 優しい朝日に照らされる中、再び戦いが始まった。



20160809 文法、形式を含めた改稿。


約八ヶ月前の答え合わせ。覚えてくれている人っているのだろうか。

……九ヶ月前と14ヶ月前のフラグ、回収前に忘れ去られそう。感想欄見ておくと意外と楽しいかも。

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