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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
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60 不穏な消失


 もう何回目なのかもわからない。エディもパースも、沈み行く夕日に目を細めながら汗をぬぐった。


 口の中がしょっぱく、そして休憩を挟みつつとはいえ半日走り回ったものだから、息もずいぶん上がっている。


 切り伏せた魔物は何匹いるだろう。打ちのめした魔物は何匹いるだろう。


「せぇいっ!」


 どっ、とまだどこかで魔物が倒れ、虚空へと霞んで消えていく。剣を振り切ったままその少年ははぁはぁと息をつき、剣を杖にするようにして体勢を立て直す。


 エディたちの足元まで伸びるその剣の長さが黄昏時の終わりを告げようとしていた。


「まずいですね……」


「ああ」


 剣の一閃。杖の一振り。


 たったそれだけで数匹の魔物が飛んで行き、そして胴体に風穴を開けた。血飛沫こそ消えていくものの、そこかしこに閃く剣に夕日が反射して、戦場は場に似つかわしくない奇妙な華やかさを持っている。


 魔物さえいなければ、パーティーの始まりを予感させるような、そんな空気だった。


「日が沈んだら、どうします?」


「それを考えるのはおまえの役目だろ?」


 日が沈む……それはつまり、冒険者側にとっての圧倒的不利な条件だ。相手は魔物、すなわち個体差はあれどたいていのものは夜目が利き、そして冒険者たちは暗闇の下では満足に動くことは出来ない。どこからともなく溢れ続ける大群というだけでもうんざりなのに、その上不利な条件下での防衛戦を強いられるのだ。


「城門の前に陣取る……しかないでしょうね」


「明日の朝がきつくねえか?」


 エディの言葉にパースは頭を悩ませた。


 明かり一つない平原で魔物に囲まれるのはごめんこうむりたいが、かといって城門の前まで撤退すると戦線を押し上げるのに苦労する。最悪の場合、そのまま突破される可能性だってあるのだ。


 自分たちの安全を考えるならばエディの言うとおりではあるのだが、それによって負担が増えたら本末転倒である。


「ミナミがいてくれたら……」


「それを言ったらおしまいだろうよ──ん?」


 ふと、エディが剣を止めた。


 うんうんと頭を悩ませながら魔法を放っていたパースもある違和感に気付き、杖を振るう腕を止める。燃え盛るような夕日がとうとう沈み始め、長い影は影から闇へと変わりつつあった。


「なんだこれ……?」


「気をつけろ! 何かくるかもわからんぞっ!」


 その違和に気づいた冒険者があちこちで声を張り上げる。それに比例するかのように戦場は静まり返っていった。


 魔物の鳴き声も、羽ばたきも、息遣いも全てが掻き消えていく。いや、音が消えたというのは少し語弊があるだろう。音を出す大本が消えていっているのだ。


「魔物が……消えていく?」


「……ラッキーってことにしようぜ」


 地平線に夕日が完全に沈み、辺りが夜の闇に包まれて。


 魔物は姿形の一切を消し、後には冒険者だけが残った。





「ほぉ……魔物が消えた、ねぇ……」


 グラージャ城の会議室。魔道具と蝋燭の明かりが煌々と輝く中、泥だらけの格好の冒険者ときっちりとした礼服を着た文官、そして豪華ながらも動きやすそうな服装の王様が机を囲んで会議を始めていた。


 会議に呼ばれた冒険者、すなわち特級や上級パーティーのリーダーはみな疲れきった顔をしており、昼間の戦いの壮絶さを黙しながら語ってる。文官もまた物資や避難所の手配などでてんやわんやの騒ぎではあったのだが、彼らの顔を見てすぐ表情を引き締めた。


 部屋に蝋燭のじりじりとした音が静かに響く。


「それは撤退したってことなのか?」


「いえ、文字通り姿を消してしまったのです。日が沈むと同時に、まるで最初からいなかったかのように消えました」


 騎士団長が真面目腐った顔で答えた。


 彼もまた全体の負担を減らそうと戦線を押し上げていた人物であり、魔物を屠った量も一般兵の三倍以上はある。それも、大物ばかりだ。わずかにへこんだ鎧と兵士特有の汗臭さがその勇姿を幻視させた。


「冒険者諸君も確認したよな?」


 《クー・シー・ハニー》、《幸運の風》、《鬼雪崩》の面々がこくりとうなずく。王はそれを見て満足そうにうなずき、ぐぅっと伸びをした。


「じゃ、終わりだな。おつかれさん。明日には宴の準備を整えるから楽しみに──」


「できないんですよ、それが」


 王の言葉を遮ったのはギルドマスターのロアンだ。


 どこぞのマフィアのような顔つきのロアンは、その厳つい顔をさらにしかめて憎憎しげに吐き捨てる。それは王の前で取るべき態度ではなかったが、それでもそうしてしまうほど面倒くさい事態であったのだ。


「……なんかあったのか?」


「姿は消えましたが、ヤツらはまだあそこにいます。見えないだけで、一匹たりとも消え失せたりはしていないようです」


「はい?」


 さすがの王もこれには参った。見えないのに居るとはこれいかに。


 たしかに自分に戦の知識はないものの、言葉そのものまでわからないわけではない。しかしとてこの非常時に、ましてやギルドマスターともあろうものが国王に冗談を言うはずもない。


 話せと目でサインを送ったら、忠実な彼はすぐに意図を読んでくれた。


「平原いっぱいから魔物の気配がしますな。ここに来る前にちょっと歩いて見ましたが、いやはや、あれほど気味の悪いのも初めでです。遠くからじいっと見られているような、常に首に剣を突きつけられているような、ともかくあの場になにかおかしなモノが居る、というのだけは確かです」


「うへぇ」


 王は溜まらず口に出してしまった。


 宴の準備なんて浮かれた自分が恥ずかしい。いや、そもそも見えない敵というのが厄介だ。いざというとき、一矢報いることすら難しいのではなかろうか。


 王は、もしこの国を捨てざるを得ない状況になったとしても、自分ひとりは最後まで戦おうと考えている。だから、魔物にはせめてぶちのめすことが出来る状態で居てもらわないと困るのだ。


「幸いなことに、消えている状態では動くことがままならないようですな」


「騎士団、冒険者ともに襲われたという報告は出ていません。本当に、ただいるらしい、というだけのようです」


 ロアンの説明に騎士団長が補足を加える。それでも王の杞憂が晴れることはなかった。


「まぁ、夜戦の心配をする必要がなくなったというのは大きいです。これだったらうまくいけば三日どころか五日は耐えられるかもしれませんね。冒険者も騎士団も、怪我人こそ出ましたが死者はゼロ、重傷者は数名です」


「おお……!」


 今日一番の朗報だった。王の顔に喜びが広がり、文官もうれしそうに顔を見合わせる。


 冒険者自身にはあまり感じられていなかったかもしれないが、これほどまでの被害の少なさは文官たちのがんばり、すなわち物資の管理や補給が少なくない部分を占めている。


 彼らは国庫を大解放して武器も魔道具も薬も大盤振る舞いし、過剰や不足を招かないよう鼻血が出るほど頭を働かせ、余力のある国民を旨く配置して支援ルートの構築をしていたのだ。


 怪我人の少なさはそれすなわち彼らの戦場の勝利を意味することである。


「悪いけど、そんな簡単に物事は働かないと思うよ?」


 そんな彼らのつかの間の喜びをぶち壊したのはイザベラだった。泥だらけの顔もぬぐおうともせず、草や土の染みのついた肘を高そうなテーブルにどかんと置く。財務官の顔が引きつった。


「今日いたのはザコばかりだった。一匹だけフォーリンドラゴンが来たけど、オウルグリフィンやミスリルウォームはまだ誰も見てないんだろう?」


「そういや見てねえな」


「空から見たが、奥にはディアボロスバークなんかもいたな」


 イザベラの言葉にエディを含めた冒険者たちが次々と同意した。遊撃に走っていた彼らは襲ってきた魔物の種類をよく理解している。当然、報告にあった魔物にも注意を向けていたが、今回戦ったのは大半がウルフゴブリンだのグラスウルフだのといったザコばかりだったのだ。何回かジャイアントラーヴァや月歌美人、インセクトキマイラと戦ったが、それでも上級でも梃子摺るようなのはフォーリンドラゴンしかいなかった。


「つまり……明日はもっときついと?」


「ん。それも一日中だからね。半日でこれだから、少し考えないといけないとアタシは思う」


「……」


 会議室を悲痛な沈黙が包んだ。


 イザベラだって好きでこんなことを言ってるわけではない。だが、現状を甘く理解して困るのは他でもない自分たちだからあえて言ったのだ。


 もちろん文官たちの苦労もわかるつもりだが、それでも現場を知らないやつに物事を簡単に決め付けられるのは我慢ならなかった。


「まぁ、そこらへんはなんとかなると思っとるよ。……秘密兵器は役に立ったじゃろ?」


「そうだけどさぁ……」


 と、ここで口を挟んできたのはギン爺さんだ。彼もまた後方支援の総指揮官に近い立場で働いていたため現場のことはイザベラほどわかってはいないが、それでも元冒険者の経験は失せてはいない。


「現状、量こそ多いといえ対処はなんとかなっとる。中級レベルの魔物どもはお前さんたちが率先して倒しておるし、そもそも冒険者全体が張り切っとるからな。ひよっこどもが格上を何匹も倒したと自慢しとったぞ?」


「ウチのやつらも捨てたモンじゃねえな。さすが俺の国民!」


 ギン爺さんは小さく苦笑し、話を続ける。


「緊急事態じゃからかのう? 底力が発揮できているように思えるんじゃ。明日は今日よりも強くなって活躍するだろうよ。で、問題の上級レベルの魔物じゃが……エディ?」


「おう、フォーリンドラゴン、腹から吹っ飛ばしてきた。あっという間に殺せたし、密集してるところに投げつければ効果抜群だ」


「そんなことまで出来るのかい!?」


 エディはつらつらと秘密兵器──泥猿の泥を使って作られた爆弾の感想を述べた。彼が言の葉を紡ぐたびに会議室にいる面々の目が見張られていく。


 どうやらイザベラが持っていたのはあまり威力がなかったらしく、エディが持ってたものほどの効果はなかったようだ。


「そっか、食わせて腹から爆破するのか……」


「7番のやつな。それ以外は似たり寄ったりだったぜ」


「ふぅむ。徹夜で作れるだけ作っておこう」


「おいギン爺、金だすから製法を周りに教えとけ」


「もとよりそのつもりではあるが、材料が不足しがちでなぁ」


 ギン爺さんはううむ、とうなった。


 爆弾の製造には泥猿の泥がいる。正確に言うと、粉爆花を主食とした泥猿の泥だ。


 粉爆花は面白い性質を持つ花だ。なんと、花のクセに燃えるのである。


 いや、燃えるだけであるならば他にもいくつか種類がある。それらと決定的に違うのは、粉爆花は炎によって活性化する性質を持つところである。


 粉爆花は赤黄色い花を咲かせる。そのころになると揮発性、かつ発火性の樹液を分泌するようになる。なんらかの拍子でこれが着火するとたちまちのうちに炎が燃え広がり、そして群生する全ての粉爆花の葯が爆発して花粉が撒き散らされる。


 その後活性化して再び生え、小さな実をつけてどんどん群生地を広げていくのだ。


 泥猿はこの粉爆花の性質を幾分落ち着いたものに変化させているようで、爆発の元になる成分を老廃物、すなわち泥になじませることにより安定化させて活用しているのをギン爺さんたちは発見した。


 よって冬に大量の粉爆花を集めて泥の生成にいそしんではいたものの、ピッツ一匹で作れる量はたかが知れている。どんなに持たせられても明日の夕方までが精一杯だろう。


「無いなら採って来るとかできないのか?」


「材料はなんとかなるじゃろ。じゃが、その材料の加工ができん。調教された泥猿が必要なんじゃ」


「なぁロアン、獣使いいる?」


「王都に登録されている獣使いで泥猿を持っているのは……たしか、五十人もいなかったかと。アレらはあまり人気がないのですよ」


「ギン爺、どうだ?」


「それだけでも来てくれたらありがたい」


「よし、頼むぞ」


「御意」


「で、結局消えた魔物はどうなってるんだ?」


「あ、それでしたらおそらく──」



 そんなこんなの話をして会議は終了となる。冒険者たちには休息が必要だし、文官たちだって疲れている。各々が最後の確認をしに執務室へと走り、冒険者は武具の手入れをして眠りについた。


「……」


 静けさのやまない鬼の市のほうを眺めながら王は一人考える。今でこそ優位を保っているものの、明日、明後日はどうなることなのか。そもそも、ギン爺さんのいう三日後に一体何が起こるのか。


「腹、決めないとなぁ……」


 実は王には秘策がある。それこそこんな事態なんて一発で解決してしまえるほどのものだ。


「……でもなぁ」


 ただ、当然のことながらそんなに都合のいいものでもない。


 王は首にかかっているシンプルな鍵を手繰り寄せた。精密で独特の意匠の施されたそれの真ん中には妖しい魔石が輝いている。小さいものではあるが、見るものが見ればそれは超高密度の魔石を複合して作られたものだと見抜くことが出来るだろう。


 この鍵の魔道具は王族に伝わる最終兵器だ。建国当初──何百年、下手したら千年以上も前の技術で作られたものらしい。失われた技術で作られたそれは代々王に使い方とその意味が受け継がれ、王もまたいざというときに使わねばならないと先代に伝えられている。


「まぁ、三日だけ待とう。うん」


 この鍵を使えば王都の外一面の脅威を消し去ることが出来るらしい。代々の王が肌身離さず身につけて貯めた魔力をなんかうまいこと使うものだそうだ。


 王の部屋の隠し扉の中にその鍵穴は存在する。カチッとやってぐいっとひねればそれで終わりだ。


 外の脅威も、王の命も、王都の防衛機構も。


「……」


 あまり知られていないことだが、王都グラージャ、古都ジシャンマ、遊都マーパフォー、魔都シャンミュージを初めとしたこのへんの都全てに似たようなものがある。


 都そのものが魔法陣であり、城は巨大な魔道具なのである。そして、その動力は貯め続けられた魔力と当代の王の命だ。


 この魔道具は都を魔物から守るためのもので、平常時には『強力な魔物が近づきにくくなる』効果があり、非常時には『都の外の脅威を消し去る』ことが出来るとされている。


 平常時の効果は弱い魔物には意味を成さないが、弱ければ簡単に対処できるし、魔物は魔物で有効利用できるためにそうなってるのだろう。非常時の発動後はそのあまりの威力のために防衛機構は停止し、残るのは国民の幸せだけと伝えられている。


 王は国の一部だが国民ではない。王は国だが幸せを享受する存在ではない。国民の幸せのためなら王は喜んで命を投げ出さなければならない。


 それこそが王なのだから。


「はぁ……死ぬのはいいんだよ、死ぬのは。でもミルとエリック、愛する妻に会えなくなるのが嫌だ。あいつらの子供を……孫を抱けないのが嫌だ。リティスや文官の何人かなんて結婚すらしていない。それを見届けられないのなんて嫌だ。プレゼントだってもう決めてんだよ。ギン爺をおちょくれなくなったら俺はなにをすればいいんだ? 騎士団長やロアンと酒を飲めなくなったら誰と酒を飲むんだ? 国民に会えなくなったら俺はなんのために存在するんだ?

 嫌だ。死ぬのは嫌だ。……でも、あいつらが死ぬのはもっと嫌だ」


 嘘偽りのない王の本音だった。


 王はいつだって王である。弱音なんて吐けない。吐いたとしてもそれは王らしく、国民の前以外の場所でないとならない。


「お父様……?」


「!」


 小さく開けられる扉。ガタッと椅子から立ち上がる王。


 あわてて鍵を胸元にしまい、そして訪問者の顔をうかがう。聞かれちまったか……と内心で冷や汗ダラダラであったが、その小さなお姫様──ミルの表情を見る限りではその様子はなさそうだった。


「おう、どした? 眠れないのか?」


「……ええ」


 無理もないと王は思った。


 いきなりのドタバタで不安にならない子供なんていないはずがない。ましてやこの城はずっと物々しい雰囲気に包まれているのだ。会話の内容だってところどころ漏れて伝わっているに決まっている。


「お父様は疲れていないのかなって」


「いやいや、俺なんて座って口挟んでただけだ。疲れてるのは冒険者や大臣たちだよ」


 これもまた本当のことだ。なんだかんだで王がやったのは報告書にサインをしたことくらいである。


 もっとも、そのサインのおかげでお金や物資を自由に使えるようになったため、冒険者側から見れば大変ありがたいことだったりする。


「いいえ、お父様は疲れていますよ。いつもより深刻そうな顔をしてますもの」


「カッコいいだろ? 王っぽくて」


「ふふ、お父様は王様じゃなくてお父様ですわ。お父様のお父様の顔が一番ステキです」


 ふわりとミルが笑った。王はそれだけでなんにでも勝てるような気がした。


「お疲れのお父様に差し入れです。冒険者の……お友達から貰ったすっごくおいしい宝石ですの。あ、エリックとお母様には内緒にしててくださいね?」


「おう、わかったわかった」


 ミルから差し出された宝石──ミナミが最初に渡した月歌美人の神酒が入った飴を王は無造作に口に入れた。その美しさにホンモノの宝石でないかと一瞬思ったが、愛する娘が渡したものならば宝石だろうと飲みこむ心意気だったのだ。


「おう──!?」


「ふふ、すごいでしょう? 疲れた体に効くみたいなんです」


 いろんなものを食べた経験のある王でさえ、顔面にパンチを食らったかのような衝撃が走った。それもそのはず、このセカイにはないお菓子を口にしたのだから。ましてやそれがミナミの魔力と月歌美人の神酒が使われたものならなおさらである。


「な、なんだこれ……!?」


「あめっていうらしいです。いま、それの類似品をリティスといっしょに作っているんですよ。まぁ、それほどまでのは作れていないんですけどね……」


「その友達っての……たしか、ミナミだったか? 最近一級になった冒険者だったはずだが、職人も兼業してるのか? 特産品にして安く作れば国民(みんな)が喜ぶぞ。……なぁ、スカウトできないか、ミル?」


 王はあめを食べたときにまずそのおいしさに驚愕した。そして国民に食べさせたいと思い、そしてミルの友達とやらの顔を見たくなった。


「こないだお世話になりましたし、この戦いが終わったら招待しようと思うんです。スカウトするならそのときにお父様直々にやってくださいね。ミナミさんが来てくれたら……私、お父様のこと大好きになっちゃいます!」


「……」


 きらきらと語るミルを見て、王、いやバークスの胸に不安の影が落ちた。このようなゾワゾワした感覚は王になって以来初めてのことだった。


「今度の戦いも、きっとミナミさんが決着をつけてくれますよ! すっごく強くて、『さいきょう』なんですから! 月歌美人と素手で渡り合えるし、ミスリルウォームを粉微塵にだって出来ますし、オウルグリフィンをけちょんけちょんにしたことだってあるんですからっ!」


「はは、そりゃいくらなんでも嘘だろ?」


「本当ですっ!」


 そんなばかげた存在、いるはずがない。もし本当に最強だったのなら……と、らしくない考えを王は抱く。一瞬、自分が最強になった想像をして、なんだか少しだけ可笑しくなった王だった。


「今は、王都にいないみたいですけど……さっきリティスにこっそりお願いしたら、ギルドの記録が正しければ三日以内には着くかもしれないって! そうなったら魔物なんて一瞬でぺしゃんこですよ! ぐしゃーってなりますよ!」


「ぐしゃーってなるのか?」


「ええ、ぐしゃー!! です!」


 ぐしゃーとなるのは国か、魔物か。


 可愛らしいお姫様はバッドエンドのばの字すら考えていないらしい。ただただ何かに憧れているような、そんな子供特有の笑顔で目を輝かせている。


「ですから、お父様もあんまり気に病む必要はないですよ。ぜんぶぜんぶミナミさんがやっつけてくれますからっ!」


 それだけ言って、頬を上気させたままメルは部屋へと戻っていった。その笑顔はバークスが今まで見たことのないほどとろけるようなもので、バークスは自然と心の中に黒く熱い炎が燃え上がるのを感じることが出来た。


「まさか……」


 そして、ミルの笑顔が結婚前の妻の笑顔とそっくりだったことを思い出す。


 そう、あれはプロポーズ直後の妻の笑顔の面影を強く残していた。要するに、つまり、言い換えると──オンナの顔だったのだ。


「こりゃあ、死ぬとか言ってられねぇな」


 ガリッとバークスはもったいないとすら思わずに飴玉を噛み砕いた。そこに王の威厳なんて微塵も感じられない。


 "お友達”とやらをこの目で見て、ぶん殴るまでバークスは死ねなくなった。



20140715 誤字修正

20150127 誤字修正

20160809 文法、形式を含めた改稿。


 泥猿が食べたとされる粉爆花にはモデルがある。


──アデノストマ・ファスキクラツムって知ってるか?


 燃える草ってことで有名なヤツなんだ。こいつ、炎で活性化するっていうファンタジー真っ青な性質を持っていて、揮発性・発火性の油っぽい樹脂を分泌して燃え上がり、競争相手の植物を焼き殺しちまう。その上それを焼畑と同じ理屈で栄養にし、そして自ら焼き焦げながらもその炎で活性化し、あたり一面に茂って群生地を広げていくんだ。


 ウソかホントか、刈ろうとして電鋸に火を入れたときの、その小さな火花で燃え上がったりとかもするらしい。


 日本語の文献が全然ない上、インターネット検索でも見つからないが、こないだ偶然ほんの数行だけ日本語での記述がある文献を見つけたんだ。内容間違ってたらごめんな!



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― 新着の感想 ―
[一言] 王としては、ミルちゃんを嫁に出してミナミを王族に取り込むべき、かな。
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