57 嵐の前の
「うーい、終わったぞ」
無造作に伸ばした髪、よれよれの装備。王都から幾許か離れた草原でその青年は仲間に声をかけた。
見た目こそぼろぼろの身なりだが、その青年の目には不思議なカリスマが宿っている。薄汚れた顔に似合わない──ある意味では非常に似合っているのだが、ともかくその瞳は非常に野生的な魅力となってその少年の印象を強くしている。
まだそこそこに早い時間。涼やかな風が草原に吹き渡っていた。
「獲物はどう?」
「ばっちりに決まってんだろ?」
青年は近づいてきた獣使いの女に挑戦的に笑って返す。その手はこの草原ではめったに見られない宝石兎の首をつかんでいた。獲物の額には青い大粒の宝石が光っている。
「やるじゃない! これも大物よ!」
「ったりめぇだろ? なんたって俺はツいてるからな」
グルゥ!
獣使いの女の後ろから三匹の大型の狼が現れる。
人二人くらいなら簡単に運べてしまうほどの巨体。岩をも砕くという脚力。そして、獲物を八つ裂きにする獰猛な牙。
蒼い毛並みを持つその美しい狼は、その見た目に反して非常に穏やかな目をしていた。それぞれの前足には金輪。獣使いの使い間という証だ。
彼らはセンシングウルフという、意外と人懐っこい魔物だ。もちろん、きちんと調教できればの話だが。
獣使いの女が指を輪にして口笛を吹くと三匹の狼は身を低くする。その背にあった袋を男は無造作に取り出し、獲物を突っ込んだ。本日、六匹目の成果である。
彼らは冒険者パーティーの《幸運の風》。王都グラージャを拠点とするパーティーだ。よれよれの装備の男──トレジャーハンターのヴェルがリーダーである。その類稀な運の良さで次々と名を上げていった一級の冒険者であり、後一歩特級には及ばないものの、その実力は決して運だけによって培われたものではない。
「セーラ、ランベルのやつはどうした?」
ヴェルはなんともなしに獣使いの女──セーラに問いかける。セーラは小首をかしげ、はて、どうしたのだといわんばかりに空を見上げた。
獣使い特有の毛皮鎧が草原の風にたなびく。いつもより少しだけ風が強かった。
「あ、まだ空にいる」
「うぉーい、終わったから戻ってこーい!」
《幸運の風》は今日、ジュエルラビットを狩に来ていた。王都からすぐ近くに出る魔物であり、それほど強くもなくてなかなかいい稼ぎになるオイシイ魔物だ。
ただ、個体数がそれほど多くなくて見つけるのも至難の魔物であり、警戒心も強いので運よく見つけられたとしてもすぐに逃げられてしまう。
そんなジュエルラビットだが一応は狩の定石というものがある。
なんとかして広範囲を確認し、なんとかして気づかれないように近づき、なんとかして逃げられる前に仕留めるというものだ。
なんとも無茶苦茶な話だがそれを成し遂げてしまうのはヴェルの運が良い証拠だろう。
もっとも、彼とて一人でなにもかもをできるわけじゃない。セーラと三匹のセンシングウルフが周りを囲んでいたからこそ、安心してジュエルラビットを仕留める事ができた。有翼の獣人のランベルが空から獲物を見つけてくれたことで、広大な草原を無駄に歩き回らずに済んだ。ツいているからといって、仲間がいなければ意味はないのだ。
セーラが青空を飛ぶランベルを指差し、それを確認したヴェルが大声を上げる。
ランベルは鳥の獣人の狩人だ。ヴェルはランベルがどんな鳥の獣人かは詳しく知らないが、彼の目がよくて素早く空を飛べることだけは知っている。
それだけわかっていれば十分だ。仲間は信頼さえできればだいたいそれでいいのである。
ランベルは三人しかいない《幸運の風》の、保護者であり知恵袋でもある、冒険者暦二十五年のベテランだ。その経験はヴェルたちとは比較にならない。リーダーこそヴェルであるものの、初めて彼らを見た人間はランベルをリーダーだと勘違いする。
ヴェルの声が聞こえたのだろうか、ランベルはゆっくりと高度を落としてヴェルたちの近くに着地する。茶色い大きな翼が折りたたまれ、屈強な肉体を持つ、ヴェルたちよりも二周りほど年をとった男の顔が現れる。
「なーにしてんだよ。そんなに空が気持ちよかったか?」
「……」
ランベルはいつも岩のように表情が硬い。視力こそ失っていないものの片目には古傷がついている。若くてやんちゃしてた頃に魔物にやられた傷だそうだ。
顔は厳つくてランベルを見た子供の五人に三人は泣き出す。見た目に似合わず意外と面倒見はいいのだが、ほとんどの場合においてその優しさを発揮する前に向こうが逃げる。
そんなランベルが、顔を青くしてた。
「どしたの、ランベル?」
「……今すぐ、王都に戻るぞ」
「あん? まだお開きには早いだろ? 昼飯にだって早いぜ。ランベル、ぼけたのか?」
「……ヴェル、ふざけてる場合じゃない。緊急事態だ」
よく見ればランベルの翼が微妙にカタカタ震えていた。もちろん草原に流れる風の影響ではない。
その様子をいぶかしんだヴェルは表情をすっと硬くする。彼は、ランベルがこんなふうになっているところなど見たことがなかったのだ。
いつもなら軽口をたたくと拳骨が振ってくる。小さいころからそうだった。
「何があったんだ?」
「魔物の大群だ。このままいけば王都にブチあたる」
「大群? じゃ、俺らでちょっとお掃除するか? 最近運動らしい運動もしていないし」
ヴェルのそれは軽口ではない。ここらに出る程度の魔物であるならば、ヴェルたちほどの冒険者なら軽くひねりつぶすことができる。事実、ヴェルたちは何度か魔物の群れをつぶしたことが有った。
だが、そんなヴェルを無視するかのようにランベルは荷物をセンシングウルフに括り付け、器用にひらりとまたがった。あっけにとられていたセーラもランベルに促され、戸惑いながらも荷物をまとめる。
「ほら、ヴェルもさっさとしろ。死にたくなければ」
「んだよ、そんなにやべえのいんのか?」
「やばい、だと?」
何がおかしいのかランベルは珍しくその硬い表情を崩してニコリと笑った。つりあがった口が目の古傷を押し上げ顔を恐ろしく歪なものに見せる。
たまにしか見ない顔とはいえ、ヴェルはなぜだか背筋が寒くなった。そして、その次の言葉を聴いて完全に固まった。
「ほとんどは雑魚共だったさ。ああ、最っ高にくそったれな雑魚だったとも。オウルグリフィンもいたし、ディアボロスバークもいたし、見たことのない水色のでかいウォームもいたな。おまけにやつら、むかつくことに地平線を埋め尽くすほど群れている。正直、俺の眼でもどこまでいるのか見えなかった」
ツいてねぇ、とだれかが呟いた声が草原にはかなく消えていった。
《幸運の風》による魔物襲来の報せをうけたわずか三十分後。グラージャ城の会議室にこの王都の有名人たちが集まっていた。
質素ではないが豪華でもないこの城の壁では、慌しくなっている城の雰囲気を押しとどめることなどできはしない。おまけに、沈痛な面持ちで座っている人間たちのせいで部屋の中はぴりぴりとした空気が漂っている。
「待たせたな。俺が最後か」
ばん、と勢いよく扉を開けどしどしとえらそうに──実際えらい人間が一番奥の席にどっかと座る。奥といっても円形に配置されている席なのでそれらしさはないのだが、その席は少しだけ豪華だった。
うまくフィットしなかったのだろうか、その中年の男はがたっと音を立てて尻を適切な位置へとずらし、ふっと満足そうに息をついてえらそうに頬杖を付く。
彼の名はバークス・グラージャ。この王都グラージャの一番偉い人、すなわち国王様である。
華美でない、動きやすそうで実用的な衣服。よくいえばフレンドリー、悪くいえばガサツな態度。
およそ国王らしくない振舞いだが、やることはきちんとやる。彼は信頼を何よりも大切なものとし、国民の幸福を心の奥底から願っている。国民の誰からも慕われる立派な“おうさま”であった。
「で、魔物の襲来って話だっけか? 俺を呼ぶってことは災害レベルなんだよな」
「話が早くて助かりますな。まさしく天災のようです」
若干頭の禿げ上がった老人が王の言葉に同意する。
老人にしてはたくましい体格に、ぎらついた今にも燃え上がりそうな瞳。服の下に隠れている腹にまっすく入った古傷を見れば、彼が元冒険者だということは簡単にわかるだろう。
マフィアのボスのような印象を受けるが、彼はこれでもこの王都のギルドマスターである。名前をロアンといった。
「冒険者の《幸運の風》から報告です。地平線を埋め尽くすほどの魔物の群れが王都に向かっているとのこと。オウルグリフィンや見たことのない魔物も多数含まれていたそうです」
「……何匹くらいだ?」
「数えるのが馬鹿らしくなるくらい、だな?」
「はい。お……私がこの眼で確かめました」
「どれくらいでここにくる?」
「どんなに遅くとも日が傾く前には。早ければ午後の仕事が始まる頃に。まぁ、昼飯を食う余裕くらいはあるかと」
ロアンからの問いかけにランベルが答えた。
報告者として《幸運の風》のメンバーはここにいる。冒険から帰ってきたままで薄汚れており、とても王の目の前に出る格好ではないが、この緊急事態にそんなこと構っていられない。
そもそもこの王は無駄に着飾ることを良く思っていない。冒険者は冒険者らしい格好をしていればそれこそが正装であり、王の前に出てくるにふさわしい格好だと思っている。
「騎士団長、今動かせる戦力は?」
「もしその話が本当だと仮定して、相手の五分の一あればいいほうかと」
マジかよ、と王は小さく呟いた。素人でもわかるほどの戦力不足だ。
文官たちがざわつき、部屋がにわかに騒々しくなる。騎士団長も渋い顔をしていたが、それはきっと彼の歯がゆい気持からくるものだろう。騎士団ならそこらの魔物程度楽勝で倒せるが、さすがに五倍の差は大きすぎる。例え相手が雑魚であろうと、この差を覆すのはなかなか難しい。ましてやオウルグリフィンなどの大物も確認されているのだ。
「つきましては、ギルドと騎士団で協力して迎撃をせねばならないと」
「騎士団長?」
「は。私もそのつもりです」
ロアンの提案に騎士団長はあっさりと頷いた。王はそれに気分をよくする。
この王は回りくどいのは嫌いだった。やることやってくれればなんでもいいのだ。そこには見栄もプライドもありはしない。あるのは使命だけだ。
彼らの仕事は民を守ることである。そして、王の仕事も民を守ることだ。
「俺は戦はわからない。二人で相談していろいろ決めてくれ。それに伴う諸々は気にするな。俺が全部責任取る。全部なんとかしてやるから」
だから、素人の自分は余計な口出しはしない。するのは全力のサポートだけ。
ロアンと騎士団長は同時にうなずいた。二人とも、王のこういうさっぱりしたところが好きだった。
「おい、ギン爺。金は出すから装備とかもろもろ整えてくれ」
「また無茶苦茶言いよるのぅ……」
「いや、私からも頼む。冒険者の中には装備が心許ないのもいるし」
「騎士団にも、念のためいくらか薬品や道具を融通してもらえるとうれしい」
赤い肌の白髪の鬼──鬼の市のギン爺さんもこの会議には呼ばれていた。
なんといっても冒険者御用達の巨大市場の主なのだ。道具や装備をそろえるのならばギン爺さんに頼るのが一番手っ取り早い。事実上、もうひとつのギルドのようなものでもあるのだから。
「バーク……いや、王。予算はどれくらいじゃ?」
「勝手知ったるなんとやらだ。いまさら畏まらなくても良い。何度も言ってるじゃないか。これ以上敬語使うと拗ねるぞ」
「いや、一応おぬしの外聞というものが……」
「めんどくせぇ。そんな外聞いちいち気にしてたらやってられねえよ。やることやってりゃいいんだって。国民しかいないしな」
「悪ガキなのは昔から変わらんのぅ……」
その言葉に部屋の中にいた何人かがため息をついた。もちろん、一番ため息が深かったのは外交職の人間だ。王はいつもこんなかんじなのである。
「で、予算の話だが気にするな。好きなだけ使え。ちゃんと全部払うから」
「いいのか? 相当な額になるぞ?」
「こういうときのための税金だろ? どのみちケチって王都がダメになったらもっと金がかかる。なら、最初から全力出すのがスジってもんだろ。どのみち、俺にはこれくらいしかできないからな!」
あっはっは、と王は高らかに笑った。
王は普段無駄遣いをしない分、こういうときの金遣いは凄まじい。たとえ国家予算の半分以上を使ったとしても、この王は笑って済ませるだろう。
命は失ったらどうにもならないが、金ならまた稼げばいいのだ。そしてそれは、自分が王として善政を敷けば自然に国庫に沸いてくるものだと、王は知っているのである。
「で、冒険者諸君。現場を知るものとしての君らの意見を聞きたい」
この場に呼ばれたのは冒険者の中でも指折りの実力を持つものたちだ。
報告者として来ている《幸運の風》、戦闘力なら特級に引けを取らないとされる実力派の一級パーティー《鬼雪崩》、そして王都に二つしかない特級パーティーの《クー・シー・ハニー》。
一級パーティーは他にもあるのだが、すぐに連絡がついたところのリーダーだけ集まってもらっている。
「アタシとしては信じられない気持ちでいっぱいなんだがね」
《鬼雪崩》のリーダー、イザベラが呟く。
彼女は女性にしてはたくましい体つきをした戦士だ。肩幅が異様に広くて胸囲がすさまじい。もちろん、その胸囲の大半は女として持つべき脂肪ではなく屈強な筋肉だ。
賞味期限ギリギリとはいえ妙齢の女性なのだが、どこもかしこもガチガチである。アシンメトリーに刈りこみが入った一見男にも見えるワイルドな髪形は、彼女の精神を如実に表してるかのようだった。
碧の宝石のように綺麗な彼女の瞳が、胡散臭そうにヴェルを見る。
「つっても本当なものはどうしようもないだろ? 俺も魔晶鏡使って見たけど、ありゃ夢でも幻でもない」
「いや、それはそうなんだろうけど、数え切れないってのは誇張だろう? どこにそんな数の魔物が潜んでいたっていうんだ」
「んなの知るかよ」
投げやりに答えたヴェルの頭をセーラがすぱんとはたいた。こんなのが戦力だなんて……と、イザベラは呆れた顔をする。
「それより《クー・シー・ハニー》のところの女はどうしたんだい? 《エレメンタルバター》の嬢ちゃんもいないし。特級ならここにいるはずだろ?」
「あいつら、今別行動で迷宮にいってんだ」
いつになくまじめな顔をしているエディがその質問に答えた。普段はふざけたりするが、彼もまた、こういうときはちゃんとするのである。ミナミがみたら笑ってしまうかもしれない。
「いつ帰ってくるのかわかるかい?」
「いや、予定じゃまだだな。それに、今すぐこっちに向かっても三日かかる」
エディは胸元の冒険者印を眺めて言う。普段はうす青く光っている冒険者印は、今は紅く輝いていた。
これはギルドからの緊急事態の知らせだ。現在グラージャのギルドに登録しているすべての冒険者の冒険者印がこのように紅く輝くため、ミナミたちにも緊急事態だということは伝わっているはずなのである。
「特級二人がいないのか……今日はとことんツいてねぇ」
「そういや、お嬢ちゃんとこの新入りは? あんたらの推薦で一級になったって聞いたけど、使えるやつなのかい?」
「……彼がいれば、大きな戦力になりますね。ただ、彼もフェリカたちと一緒です」
パースの言葉にイザベラは舌打ちをする。その音がむなしく会議室に響き渡った。今、パースの言葉の意味を正確に理解できたのはこの部屋では三人だけだ。
「はっきりいうけどね、もし本当にそんな大群だったとしたらいくらなんでも勝てないよ。逃げるほうが得策だね」
「つっても王が逃げるわけにはいかねぇよ。それに逃げられない国民もいる。他の都に救援を求めようにも時間はない。普段優遇してるんだからそう言わずにがんばってくれよ。な?」
王としてもがんばってもらわねば困るのだ。もちろん、死ににいけと言いたいわけではない。だが、逃げられたり弱気になってもらっても困る。
自分に実力があるのならすぐにでも魔物どもをブチ殺すのに、と王は表情を変えずに心の中で自らに毒づいた。
悔しいことに彼の実力はせいぜいが一般人のチンピラ五人を素手で返り討ちに出来る程度。決して弱くはないのだろうが、ある程度経験を積んだ冒険者ならこの程度の事は朝飯前の事だ。魔物の大群相手に大立ち回りをするのにはいささか心許ない。
そんな王の心のいら立ちを感じたのか、パースがちらりとギン爺さんと目線を合わせた。その瞳は何かを悟ったかのように達観していた。
「……ギン爺さん」
「ま、しょうがないじゃろ。ここを守れねばあやつに顔向けできん。チビどもを守れなければ最悪、あいつは世界を滅ぼすかもわからん。ちっとくらいは眼を瞑るしかあるまい」
二人の突然の言葉に、その場にいた全員が首をかしげた。そんなことはお構いなしとばかりに話をまとめたパースとギン爺さんは不敵な笑みを浮かべ、明るい声で励ますように言い放つ。
「何も勝つ必要はありません。三日とすこしだけ、耐えればいいのです」
「ちょうど都合よくスカイアントの素材だとか有り余っておるし、ミスリルもたんと有る。加工は難しいが、持ってるだけでも効果はあるじゃろ。食料だろうが装備だろうが全部全部そろえちゃる」
「ギン爺さんよぉ、いつのまにそんなの集めてたんだ?」
「ま、内緒じゃ。さらに、ロックゴリラ程度なら誰でも軽く吹っ飛ばせる素敵な魔道具もつけちゃる。これだけあれば三日耐える程度は楽勝じゃろ?」
「……たしかに、それだけあれば耐えるだけなら何とかなるかもしれないけど。その三日ってのはなんなんだい?」
「秘密ですよ。あまりまわりにバラしていいことでもないので。ただ、確実に敵を殲滅できることだけは保障します。ついでに魔法の秘術も教えましょう」
「魔法の秘術だと!?」
「威力は保障するぜ? それに俺も新兵器を持っているしな!」
「ほ……本当になんとかなるのか……!」
《クー・シー・ハニー》の二人とギン爺さんの言葉に周りが湧き上がる。いぶかしむ声がいくらか上がったが、基本的に物事は解決すればそれでいいのだ。合法か非合法かはこの際あまり問題はない。
それに、悪人なら特級になれたりなどしない。特級というだけで、その人格は保障されているのだ。
「ギン爺、信用していいんだな? 本当にきちんと片づけられんだな?」
「あったりまえじゃ。ワシがおぬしにこういう場でうそをいったことがあるか?」
「……ないな。じゃ、任せる。騎士団長もギルドマスターも、その方向でいってくれ。ギン爺は避難民に対する物資なんかも頼む。応援もつけるから」
王は一息で言い切り、表情を引き締めて宣言する。
「──それと、たった一つだけ命令だ。この命令に背いたやつは終身刑だから覚悟しろよ?」
ああ、またか、と王と古くから付き合いのある人間は笑った。
これは一種のジンクスだ。王はいつも、ここ一番の時は必ずこう命令するのだ。そして今のところ、命令に背いて終身刑に科せられた人間は一人もいない。
「必ずみんな、無事に生きて戻ってこい!」
その言葉を最後に、慌しく中にいた人間は部屋を出て行った。王はその様子を見てにやりと笑う。魔物の襲来は嘆くべきことではあるが、こうしてみんなが団結して動くのを見るのは気分がいい。
王都のすべての冒険者印は妖しく紅く輝いている。王都全体に魔物襲来の報がいきわたり、城下町はたちまち騒然とした空気に包まれた。
ギルドから指示を貰った冒険者が装備の用意をする。
道具屋の主人が商品の薬品類を目につく冒険者に投げ渡している。
女子供はまとまって避難所へ行き、簡易救護所を拵えた。
治療院の人間が慌ただしくその周囲を走り回り、いつでもけが人を受け入れられるよう準備をする。
頑固者の鍛冶屋は黙って槌を振るっていた。店に顔を出した冒険者に、槌を止めることなく無言で顎をしゃくって剣を持ってくように促した。小さい声で矢を忘れるんじゃねぇ、と付け足す。
剣を持った少年が、慌てたように矢筒を小脇に抱えて走って行った。
王都のすべての人間が、未曽有の危機に立ち向かうべく、ただ己のできることをやっていた。
戦いが始まるまで、後もう少し。
その国民のほとんどは、各々誰かのために何かを祈っていたという。
20160809 文法、形式を含めた改稿。
そして尽きるストック。




