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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
52/88

52 晒された深層


「うわぁ……!」


「きれいねぇ……!」


 青白く、そして橙に揺らめく空間。幻想的に輝く床が、壁が、その夢のような空間を形作っている。プラネタリウムのようにも見えるし、万華鏡のような感じもする。さもなくば、SF映画の一場面だろうか。よくあるワープ空間はだいたいどこもこんな感じの描写だろう。


 迷宮と言うのにはいささか煌びやかだが、それにはどこか不気味さもあった。遊園地のアトラクションでこんなようなものがあったとミナミは思い出した。


 先ほどまでの暗闇と違い、光が零れ出ているこの空間はずっと奥まで見渡しが効く。構造そのものは上の階層とほとんど違いはなかったが、印象はまるっきり違った。


 迷宮と言うよりはビックリハウスだろう。こんな不思議な空間はミナミのセカイの技術でも再現できないのではないかとも思える。


「カンテラ、要らないね。しまってくれる?」


 ミナミは渡されたカンテラを巾着にしまった。カメラがあればよかったのに、と思いながら周辺に魔物がいないか気配を探る。フェリカも罠がないかどうか目を光らせていた。


「とりあえずは安全そうよぉ?」


「魔物もいないみたいだね」


 ぺたぺたとミナミはその壁を触ってみた。固くもなければ柔らかくもない。熱くもなければ冷たくもない。せっかくなので拳で少し打ち砕き、その欠片も巾着に入れる。打ち砕いたそれも、やっぱり綺麗に光っていた。


 水晶と見紛うばかりだが、ミナミはこんな奇妙な材質を見たこともない。ファンタジー世界特有の材質であろうことは簡単に予測できた。


「じゃ、行きましょうか」


 ずっとここにいても仕方がないので三人と一匹は進み始めた。この不思議な材質でできた床は踏んだ時の感触も奇妙だ。ぺたりと、吸いつくような感じがするのだ。もちろん歩くのに支障が出るほどのものではないが、気にならないと言えば嘘になる。


 自然にはあり得ないその感触が気にくわなかったのだろうか、ピッツはさっきからずっとフェリカの肩に乗っていた。


「おっ!」


 ぼつぼつと歩を進めていくと、上の階層と同じように小部屋が現れ始める。なんの部屋かはわからないが、壁一面に奇妙な模様が描かれていた。劣化や風化もなく、上層の石の台座や柱に描かれていたものと似ていなくもない。というか、たぶん同一のものだろう。あちらがボロすぎるだけだ。


「ミナミ、読める?」


「んー、文章っていうか単語と模様を組み合わせた絵って感じ?」


 レイアに聞かれる前に、ミナミもそれの解読を試みていた。


 どうも、この模様はきちんとした文章ではなく、文字として意味の成さない記号や図形を多く使って描かれたもののようだ。何かが記してあるというよりかは、絵の中にぽつんぽつんと単語が書かれている……それが一番しっくりくる見解だ。


「その単語っていうのはなにかしらぁ?」


「あれが“光”、あっちのが“闇”、でもってこっちが“記憶”だね」


「光ってこれ? 上にも似たようなのなかった?」


「あったけど、あっちはボロすぎて認識できなかったっぽい」


 他にも“夢”、“鏡”、“経験”、“思い出”なんかがあった。どれも冒険心をくすぐるような単語ばかりである。文章として書かれていればこの遺跡の事もわかったのだが、あいにく文章として判別できるものは一つたりともなかった。


「魔法陣かなにかかしらぁ?」


「ってわけでもないっぽい」


 つっとその彫刻をなぞってみる。つるつるしているわけでもざらざらしているわけでもない。魔力的ななにかも感じないし、本当にただの彫刻のようだった。


 と、その時の事だ。


「……! なにか来た!? 構えろ!」


 ちりっとなにかの気配。ゾンビだけが持つ、生命の気配探知。


 今回もそれは正常に作動し、どこからともなく表れてこちらに急速に近づくなにかの存在をミナミに知らしめてくれた。


「気をつけろ! なんか変だぞ!」


「なにかって何!?」


「わかんね!」


 反射的に三人は入口から遠のき左右に散って武器を構えた。フェリカは弓、その隣でレイアが短剣をちらつかせる。ミナミは二人とは逆方向で拳を作る。ピッツは入口の上に張り付き、死角からの奇襲を画策したようだ。


 一通り撃退の準備が整ったところでミナミは思考する。今なお近寄りつつあるこの気配、普通のものとどこか違う。


 生命の気配であることは間違いない。だが、上の階層で感じたコウモリやその他の魔物となにか決定的なところが違う気がするのだ。まるで精巧に創られた紛い物、そんな違和を感じざるを得ない気配だった。


グルァァァ!


 そして、そいつはミナミたちの前に現れた。三種が三匹。合計九匹。


 一匹目は狼だ。大型犬と同じくらいの大きさで全身が緑の立派な体毛で覆われている。血走った目に、鋭い牙を覗かせる口からは涎がだらだらと垂れている。


 色が変わっているだけの普通の狼のようにも見えるが、こいつの真骨頂は集団戦だ。その緑の体毛で草原に潜まれると、とてもじゃないが視認できなくなる。そして、獲物に気づかれないように集団で囲んで一気に狩るのだ。


 ミナミも何度か狩ったことのある草原狼──グラスウルフだ。


「うぇ、きらいなやつ!」


 二匹目は見た目は普通の大樹。ただし、根っこが蠢いている。茶黒く、硬質な樹肌は随分と丈夫そうで、なぜだか枝や根を自由に動かせるらしい。桜の樹ほどの大きさが三匹もいるものだから、部屋の入口はそいつらで物理的に詰まってしまっている。


 おおきくぽっかりと空いた洞は口の役割を果たすようだ。たぶん、あれに入ったら無事では済まない。そいつはタコのように根っこを動かして詰め寄ってきていた。


「あの樹は《恐るべ樹(ダイアツリー)》ね。あ、あれに引っ掛かってるのは楽勝ねぇ」


 三匹目は狸。ただし、宙に浮いている。ポンポンと丸くなった体をふよふよと浮かせ、威嚇するように牙を見せていた。お腹を抱えるようにして浮かんでいて、その黄色っぽい背中の毛皮とは対象的にお腹のほうは白っぽい。


 三匹とも動きは鈍そうで、ダイアツリーの枝に引っ掛かっている。間抜けだなと思って見ていたら、口から火を噴き出し、みるみる縮んで、そしてダイアツリーの根元に降り立った。


 後に聞いたが、これがエレメンタルバターにあるボールの材料となった魔物、パーム火山と呼ばれるところでよく見受けられる風船狸のボルケーノバルーン、通称ボルバルンだった。


「草原、森、火山……こいつら生息域がバラバラよ」


「ってことは?」


「ここもホンモノの迷宮ってことよぉ。チンケな遺跡なんかじゃない、何が起こるかわからない、命がけが当たり前のね」


 フェリカの表情が獰猛になり、あたりに濃厚な殺気のようなものが充満する。一流の冒険者だけが見せる気迫。レイアもそれに倣い、すっと表情を消す。ミナミはそういったことはできないので、相手にガンを飛ばした。


「はっ!」


 フェリカが矢を放つ。それが開戦の合図となった。


 素早く限界まで引き絞られた矢は寸分たがわず浮いているボルバルンの一匹を捉え、腹を見事に貫き後ろのダイアツリーに突き刺さる。ばふん、と破裂音が響き、直後にレイアが放った火の魔法がそいつを襲う。


「ミナミ、水の壁!」


「おっけぃ!」


 ミナミの魔法が発動したのとそこが爆発したのはほぼ同時だった。


 実は、ボルバルンは体内に可燃性のガスを貯めることにより浮遊している。そのガスは吸ったり吐いたりすることで高度の調整を行うほか、攻撃手段として、すなわち火炎放射の手段としても使われる。


 当然、貫いて火をつければ爆発する。


ギァァァァ!


 熱が、爆風が部屋を轟かす。


 爆発は近くにいた二匹にも届く。つまり、三個の爆弾が爆発したようなものだ。こうして簡単に倒せるため、ボルバルンに苦戦する冒険者は少ないが、素材をきちんと使える状態で倒すのはなかなか難しい。


「やったか!?」


 水の壁を解除し、頬に生ぬるい風を感じながらミナミは叫ぶ。濛々と煙が立ち込め、見通しが少し悪い。そして、当然のことながらこういうときはやっていないと相場が決まっていた。


グルァァァ!


 体の一部を黒く焦がしたグラスウルフがミナミの喉笛めがけて喰らいついてくる。とっさにミナミは体を反らし、腕を伸ばして上を通過するグラスウルフの首をつかんだ。ぐぇっという奇妙な音を気にする風もなく、そのまま床に叩きつけ、ぎりぎりと万力のように締めあげ、そして首の骨を折った。


 ボキッという何度聞いても慣れない音と同時に、そいつの体から力が抜けるのが手を通して伝わってくる。


「こっち手伝って!」


 まだひゅうひゅうと息をしているが、どうせもう動けないのは明白だったため、ミナミはそいつをほっぽってレイアとフェリカの応戦に向かう。他のグラスウルフは爆発に巻き込まれて息絶えていたらしく、その場に残っているのはあの爆発でなお息絶えなかった三匹のダイアツリーだけだ。


「足多いの嫌いなの!」


「ねっこだからセーフじゃん!」


「一緒よ!」


 レイアが短剣に雷を纏わせて一匹のダイアツリーと切り結んでいた。その身を捕えようと伸ばしてくる触手のような根を素早い動きでかわし、そして切り刻む。眉間のような場所に短剣を突き立て、一度離れた。


 一瞬前までレイアの頭があった場所を、丸太のような──実際そうなのだが──枝がごう、と音を立てて振り抜いていった。


「うらぁっ!」


 ミナミは迫ってきた根をひっつかみ、思い切り引きちぎる。普通の人間ではとても引きちぎることなどできない太さだが、そんなもの普通の人間じゃないミナミには関係ない。


 甲高い悲鳴が部屋中に木霊し、狂ったようにそいつは暴れ出した。三本、四本と襲いくる根の全てをちぎり、断ち、そして噛みつく。ダイアツリーは樹木医も真っ青なほどに傷だらけになってしまった。


「終わりよ!」


 止めとばかりに炎を纏った短剣でレイアが顔のあたりを一刀両断する。顔のように見える場所が恐怖にひきつり、切られた断面部分は黒く爛れ、一際大きい絶叫がミナミの頭を揺さぶった。


 蠢いていた根は動きを止め、だらしなく床に崩れ落ちる。ずしん、と重い音がした。


「こっちも手伝ってくれるぅ?」


ききぃ!


「いまい……く?」


「なんなのよあれ……?」


 フェリカの声を聞き、ミナミとレイアは後方にいるダイアツリーをにらむ。


 フェリカの担当していた個体だ。しかし、当のフェリカは面白そうに二匹のダイアツリーを眺めていた。ピッツがそのうちの一匹の枝にのって、まるでダイアツリーに指示をするかのように手足をじたばたと振りまわしている。


「最初の爆発の前にピッツが一匹ゾンビにしてたのよねぇ」


 ダイアツリーゾンビとダイアツリーは互いにメインの攻撃手段の根を絡ませ、身動きが取れなくなってしまっている。変わりにその太い主枝、もはや枝と言う太さではないが、ともかくそいつで殴り合いを続けていた。


「で、ピッツはそいつの影でやりすごしてたみたいね。グラスウルフも一匹だけ爆風から逃れたみたいだったけど」


 どうせ楽勝だったでしょ、と怪物同士の殴り合いを見ながらフェリカは笑った。矢や武器の損傷を避けるために加勢は行わないらしい。この時のミナミは知らないのだが、ダイアツリーはその表皮が恐ろしく硬いため、遠くから焼き殺すか毒殺するのが鉄板だそうだ。


「魔法剣つかえないと時間かかるのよねぇ。さっきの爆発で全員やれたと思ったんだけど」


「私の、けっこう弱ってたからたぶんそいつが他の二匹の壁になったのね」


「あれで弱ってたのか?」


「そうよ。普通じゃ魔法を付与してたとはいえ短剣じゃそこまでダメージを与えられないの。前戦った時は根は全部無視して眉間に一撃入れて倒したわ」


「ああ、だから……」


 本来ならば近づいてはならない魔物なのだが、レイアは特級だ。根を全部避けて弱点に一撃入れるくらいはできる。ほとんどソロで動いていた彼女ならではのことだが、普通の冒険者は先ほどの通り焼き殺す。そのほうが安全だし、確実だからだ。植物の生命力を舐めてはいけない。


「そろそろ終わるかしら?」


「面倒だから仕留めちゃってもいい?」


「いいわよぉ」


 いつまでも殴り合いを続けるダイアツリーにしびれを切らしたミナミは、腰に飾りとしてつけている短剣を引き抜き、勢い良く振りあげて飛び込む。逆手に持つはずのそれを順手に持ち、全力を込めて振り下ろした!


「一刀両断!」


 ぎしり、と刃がめり込み、そのままバカ力によって突き進んでいく。技術もなにもあったものじゃない、ただの力づくだ。刃はどんどんつぶれていくし、切り口もお世辞にもきれいとは言い難い。それでも──


ばきっ!


「どうだ!」


「どうだって言われても……」


「エディと同じレベルじゃなぁい。切ったうちに入らないわよぉ」


 骨が折れるような鈍い音がして、ダイアツリーだったそれが吹っ飛び、地面に落ちる。


 確かにどこからどう見ても真っ二つだ。切ったのではなく、叩き折ったに近いのだが。


 短剣はボロボロになり、もう使えそうにもない。しかしとて、ミナミの心は満足していた。男なら誰だって一刀両断に憧れる。


ききぃ!


 ダイアツリーゾンビから下りてきたピッツが不満そうにミナミの頬を尾っぽで叩く。どうやらピッツは殴り合いでカッコよく片付けたかったらしい。悪い悪いと大して悪いとも思わずミナミはゾンビを塵芥にした。


 素材が取れるのかもしれないが、無駄な殴り合いと爆発のせいで、少なくない傷がついていたからだ。


「あれ、ミナミ。あっちのもゾンビにしてたの?」


「え?」


 レイアに言われ、振り向く。そして、部屋をゆっくり見渡して、困惑した顔で言った。


「ゾンビだったの、ピッツがやったこいつだけだぞ? おれは一匹もゾンビにしていない」


 部屋には最初に入った時と同じように奇妙な模様しかない。グラスウルフの死体も、ボルバルンの死体も、あんなに大きかったダイアツリーの死体もそこにはなかった。


 あれだけの爆発だったというのに壁には傷一つ、塵一つついてなく、その空間は今まで散々見てきたのと同じようになにもないがらんどうであった。


20160809 文法、形式を含めた改稿。

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