51 遺跡の奥へ
暗く長い道をミナミたちは進んでいく。曲がりくねった道はそうでなくても見通しが悪く、なんど出会いがしらに襲撃されたか判らない。
もちろん、生きてるのならひっかいて即座にゾンビ、アンデッドなら物理的に黙らせるかレイアの魔法で片づけた。
何匹目になるか判らないアンデッドを打ち砕き、ミナミは顔をしかめる。次の部屋も、先ほどの部屋と同じくがらんどうであった。
「細々したのはあるけど、がらくただな」
「それが、がらくたですらないのよねぇ」
がらくたならまだ好事家が引き取る可能性もある。フェリカがその小さな樽のようなものに触れると、それはぽろぽろと崩れ落ちた。
がらくたでも何でもない、ただのゴミだ。一銭の価値もない。生活雑貨の成れの果てといったところか。
「侵入者用の罠はあるけど、心躍るギミックはないし」
「普通の迷宮なら少しくらいはあるのにね。誰も来ないハズレの迷宮ってのもうなずけるわ」
目ぼしい物が何もなく、ただ魔物に襲われるだけ。遺跡好きの人でも飽きるだろう。ここは本当に何もない。かつて人がいたような形跡は見受けられるのに、いったいどうしてここまでなにもないのだろうか。
「もうその心当たりってとこに行っちゃってよくないっすかね?」
「そうねぇ。グダグダしててもつまらないし、そうしましょうかぁ」
フェリカ自身も大して期待はしていなかったのだろう。あっさりと意見を変え、ある程度の道筋をミナミに教えた。ピッツやミナミがいればなにか新しい発見があるかもと期待するのはよかったのだが、その分落胆も激しい。そもそも、活躍しようにも活躍できそうな場所がないのだ。
暗く陰鬱な道をミナミたちは進んでいく。階段を下り、上り、吹き抜けを通って。
ミナミもレイアももう方向感覚がぐちゃぐちゃになってしまっているが、フェリカは頭にマップが入っているらしい。一度でも通った道は完璧に覚えられるそうだ。
深く深く、途中で魔物を蹴り飛ばしながら潜っていく。
この迷宮は丸く地下に広がっている。それぞれの層は階段や吹き抜け等で立体的に組み合わさっているのでロープを使ったり魔法で飛べたりすればショートカットも可能だ。
尤も、暗がりでそれをやれるほど度胸のある人間は少ない。必然的に無防備になるその瞬間に魔物に襲われたら目も当てられないからだ。
「上から。三匹」
いつぞやみたホールスパイダーにそっくりな魔物が明かりにひかれて落ちてくる。首筋を狙った奇襲のつもりだったのだろうが、ばれてしまっていては意味がない。レイアが雷鞭で落ちてくるそれらを一払いし、フェリカがダガーでとどめを刺した。
「あなた、魔法の腕あげた?」
「いえ、ミスリルですよ」
ギン爺さんに作ってもらったミスリルの魔道具を嬉しそうに撫でるレイア。暗闇を照らすあたたかな黄色と水色の輝きを見て、ミナミはなんだかほっとした気持ちになった。
うらやましいわぁ、と呟いたフェリカの目は笑っている。ミナミがプレゼントしたペンダントを加工して作ったことなどとっくにばれているのだ。
「はい、ついたわよぉ」
それから歩くことしばらく。ようやくフェリカのいう心当たりに到着した。
他の大広間より二まわりは大きく、吹き抜けではないが天井がかなり高い位置にある。暗くて距離感がうまくつかめないが、体育館よりちょっと小さいくらいのスペースだとミナミには感じられた。
「たしかになんかそれっぽいのがあるね」
中央にはどこかの部族が儀式に使うような石の台座のようなものがある。ステージと言ってもいいかもしれない。平べったい円柱のような形をしていて、その上に十人くらいなら余裕で寝そべることができそうである。高さは一メートルほどだろう。
ミナミはゆっくりとそれに近づき観察する。材質は普通の石っぽい。側面にはなにやら文様のようなものがぐるっと刻み込まれていたが、長い年月で風化したのか結構ボロボロになっている。あからさまに意味ありげではあるが、でもまぁ、それだけ。
「異常なし」
「こっちもそうね。なんかありそうではあるんだけど」
レイアが見ていたのは台座の隅にあった四本の柱だ。こちらも風化して元の姿を微塵も想像できないが、なにかを象ったであろう形跡と装飾がなされている。それぞれに全く同じシンボルマークが彫られていた。太さはこの三人がかりで抱けるくらいだろうか。太くはないが、細くもない。
「たしかになにかありそうだけど……」
「これくらいなら普通の遺跡に掃いて捨てるほどあるような……?」
「そうなのよねぇ。他に何もなさ過ぎるからこんなんでもマシに思えちゃうのよ」
ひとしきり調べ終えて三人は顔を見合わせてうんうんとうなる。この迷宮の中ではたしかにこれが一番それっぽいが、祭壇と言えるほどではない。隅の柱も気にかかるといえば気にかかるが、普通の柱のようだった。
「トレジャーハンター的に、どうなんですか?」
「他に何もない以上、ここになにかあるのは間違いないと言えるわねぇ。ただ、ここでどうすることもできないというのなら、ここははずれだって見方もできるのよ」
ピッツを弄びながらフェリカはため息をつく。ピッツを登らせて意味ありげな柱の上のほうを確認したのだが、結局穴があいてでこぼこしてるということくらいしかわからなかったのだ。
ききぃ、とピッツも不満げに鳴く。
一応、ここは迷宮の最奥という扱いになるそうで、いくつか出入り口こそ見受けられるものの、ここより深い場所はないらしい。どこへいっても最終的にはここにたどり着くそうだ。
「だいたい何なのよこの岩は。この上乗って踊れとでもいうのかしらぁ?」
「やってみます?」
投げやりなフェリカの言葉を受けてミナミは岩──台座の上に乗る。両腕をカマキリのように大きく振りあげ──このとき片手を高くあげるのがポイントだ──そのまま歩き、端っこまで来たら体を大きく振りながら後ろに振り向き、また前を向くかと見せかけ、さっきとは逆の手を高くあげターンして進む。
体を振るときは足を大きくジタバタするように動かすのも忘れちゃいけない。カンテラに照らされて大きく揺らめく影が、壁で忙しく動く。
ゾンビのミナミにうってつけのダンスだった。残念ながら、有名なこの部分しかミナミは踊れない。
沈黙、静寂。
わかりきっていた事ではあるが、恥ずかしくて虚しい。
珍妙なものをみるような目をしている──実際、珍妙なものを見たレイアとフェリカはミナミになんと声をかければいいのか分からずに黙っていた。異世界のダンスはここでは理解されないらしい。
「……うん、悪くはないと思うよ。たぶん」
「わ、私は嫌いじゃないわよぉ?」
「じゃ、一緒に踊ろうぜ!」
「ごめん、それはむり」
取りつくろうようにして笑いながらフェリカとレイアはミナミに近づいてくる。よいしょと台座に足をかけて上って隣に立った。
もちろん一緒に踊るわけではない。ただなんとなくそうしたのだ。そして、そのなんとなくが事態を動かすことになった。
……ォォ……ォォ……
「!?」
その音に一瞬で反応し武器を持って構える三人。壁に映し出された影もまた大きく姿を変えた。
一秒、二秒、三秒。
音は止む。しかし三人とも構えは解かない。背中あわせになり、暗闇に目を凝らす。やがて、ミナミは周囲には何もないと構えを解いた。
「だいじょうぶ、安全っぽい」
「なんだったの、さっきの?」
「おれにいわれても。フェリカさん?」
ミナミは素直にフェリカに聞く。餅は餅屋。プロに聞いとけばだいたい間違いはない。そういうものなのだ。
そしてフェリカは、わずかに震える声で答えた。
「……守護者じゃない。魔物でもない。たぶんだけど……ギミックねぇ」
「て、ことは?」
「──当たりよ! なにかがキーとなってギミックが動いたのよぉ!」
極上の笑みがカンテラに照らされる。今にも小躍りしそうな雰囲気だ。実際、軽く飛んだり跳ねたり落ち着きなくはしゃいでいる。ピッツもその肩に揺られていた。
そして、また。
……ォ……
「聞こえた!?」
「ああ!」
一瞬だがたしかに再びそれが聞こえた。三人は動きを止め、静かに耳をすませた。
周囲に未だ変化は見られない。ということは、まだギミックは発動途中ということだ。つまり、次に音がしたときにどこが変化するのかをみることができれば、このギミックの秘密も解きやすくなるわけである。
しかし。
「……止まっちゃったわねぇ」
「なんか変わったところある?」
「いや、なんも」
カンテラの明かりが届く範囲には何も変わった様子は見られない。台座の上で固まっていてもしょうがないので、三人は一度下りて部屋を調べたが、暗闇の先にあったのは先ほどと全く変わらない風景だけだった。柱にも台座にも変わった様子は見受けられない。
「まだ最後まで動いてないってこと?」
「たぶんそうなんじゃないかな。フェリカさん、こういう場合は?」
「さっきの状況を再現するしかないわぁ」
フェリカは台座に乗ると、先ほどと同じようにはしゃいでみせる。
が、何も起こらない。その行動に目を丸くしていたレイアだったが、フェリカに促されて台座に上る。
「さっきと同じっていっても、台座に乗ってるだけでしょ?」
「踊る?」
「いやいや、それはない」
ミナミがまた、特徴的な動きをする。もはややけくそに近い。
腕を振り上げ行ったり来たり。呆れたようにレイアがその様子を見つめていた。
「案外それが正解かもねぇ?」
フェリカは面白がってミナミの真似をした。赤毛を振りみだし、それはもうミナミよりスタイリッシュに。ピッツも小さいながらもその動きをまねてちょこまかと踊っている。ピッツのほうが、かなりそれっぽい動きだ。
そして、驚くべきことに──
……ォォォ……ォォォ………
「うそぉ!?」
動いた。確かに動いた。ミナミたちの影が大きく揺らめくたびに、断続的にそれは動く。
間違いない。キーはこれだ。
「ほら、レイアも踊ろうぜ!」
「そうよぉ。これでなんとかなるならやらなきゃ損よぉ」
ききぃ!
「ああもう! やればいいでんしょっ!」
レイアもとうとうそれに加わった。カンテラに真っ赤になった顔が照らされている。
迷宮の最奥で踊る四つの影。ミナミのセカイの人間からすればさぞや面白い風景になるだろう。
……ォォ……
「はっ!」
……ォォ……
ききぃ!
ミナミとピッツはノリノリだった。エディがいればもっと盛り上がっていただろう。
バカして遊べるときは全力で。そのかわり普段はまじめに。ミナミの数少ない信条だ。それで物事が解決するならなおさらのことである。
「フェリカさん、私ちょっと気づいたんだけど……」
「なにかしらぁ?」
髪を振り乱しターンを繰り返しながらレイアがつぶやいた。断続的に聞こえる音のせいか少し大きめの声で話す。
「次、合図したら一斉に止まってくれません?」
「まぁいいけどぉ……」
レイアの提案を不思議に思いながらフェリカはピッツに合図を送った。レイアはミナミにもその旨を告げる。
そして、何度目かのターン。
ミナミが腕を大きく振りあげた瞬間──
「止まって!!」
ぴたっ、と全ての動きが止まり、一瞬の静寂がこの場を包む。まるで時が止まったようであり、揺らめく明かりだけが時が止まっていない証拠だ。
そして──
……ォォォォォォォォォ!
「なんかきたぁ!?」
「やっぱりそうよ! 別に踊る必要なんてないのよ!」
踊っていないのに、ギミックの音が聞こえる。断続的どころか、ずっと暗闇に響いていた。
間違いない。レイアは正しい動作方法を見抜いている。
「踊るんじゃなくて、影よ! 特定の場所だけに光が当たると動く仕組みなんだわ!」
レイアが目線だけで柱を示す。
カンテラに映し出されたミナミたちの影が、柱の文様のシンボルマークのところ以外をうまい具合に覆っている。交差した腕の影や組み合わさった影が四本の柱の全てに幾何学的な形となって覆いかぶさっていた。
ォォォォォォォ!
「なるほどねぇ。柱のマークだけに光を当てなきゃいけないのね。で、偶然そうなったと。こんなタイプ初めて見るわぁ」
どうやら台座の上で踊ることにより、カンテラによって照らし出されたミナミたちの影が都合よくその部分を覆うことができたらしい。踊りによってその状態が周期的に繰り返されたから音は断続的だったのだろう。
ォォォォォォォ!
「すっげぇ偶然」
「ま、普通はこんなことしないしね」
三人と一匹は固まったままギミックが発動するのを待つ。音はどんどん大きくなっていった。あと、もうちょっとだろう。だって、台座が動いている。
少しずつ少しずつ、横に真っ二つに割れるようにして動いている。ちらっとその下に階段が見えたことから、どうやらこの台座はギミックであると同時に扉の役割も果たしていたらしい。
ある程度まで動くと、影を動かしても音は止まらなくなった。完全にしかけが作動したようだ。
ォォォォォォ……ォ゛ッ!
「あれ?」
「え?」
止まった。
まだ台座は半開き。とてもじゃないが人が入れるほどの隙間ではない。
レイアとミナミは二人してフェリカを見る。彼女もまた、困ったような顔をしていた。
「……残念なお知らせがあるわぁ」
たしかに残念だ。こんな中途半端なの、残念としか言いようがない。普通、気持ちよくずしんと音を立てて開くところだろう、ここは。
「この手の仕掛けってぇ、古すぎるとうまく作動しなかったりするのよぉ。精密なやつとかだとなおさらねぇ」
要は、仕掛けが作動したものの古すぎてぶっ壊れたというわけだ。
「ど、どうするんです?」
「仕掛けの結果がどうなるか判ってるのなら、わざわざギミックに頼る必要はないわよぉ?」
そしてフェリカは笑顔で下を指さす。ミナミとレイアの顔が引きつった。
「ミナミ、レイアちゃん。魔法でも何でもいいからブッ壊すわよぉ!」
どうせこの台座そのものには価値がないし、とトレジャーハンターはのたまった。私達がお宝総取りするから封じておく意味もないと続ける。どのみち、ミナミたちはここを通らねばならないのだ。
「後続で来るかもしれない研究者のためでもあるわよぉ?」
「壊せばいいってことは踊る必要なかったんじゃ……」
「終わったことじゃん。いいダンスだったぜ?」
数分後、レイアの魔法とミナミのバカ力で台座は砕かれた。
階段を下りたその先にあったのは仕掛け扉。一方通行でこちらから手順を踏まないと開けられないタイプのものだ。
もちろん、用意周到なフェリカがちょちょいと開け、しっかりと扉止めをつける。これで帰りも万全だ。
「うぉ……!」
「すごい……!」
「うふふ、ようやく面白くなってきたわねぇ……!」
扉の先は今まで暗闇と対照的に幻想的な明かりでいっぱいで、煌びやかに輝く通路がどこまでも広がっていた。
20160808 文法、形式を含めた改稿。




