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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
50/88

50 暗くて深い、遺跡にて


 暗くじめっとした陰湿な空気。カビと埃と、泥の臭い。


 古く朽ちて崩れかけている石の壁。ところどころにひびが入り、そこから名もわからないつる植物が這い出している。


 悠久の時を感じさせるほど、そこはボロかった。


 何より悲しいのは、それが自然にできたただの石壁でないことだろう。あきらかに人工的なそれに、どことなく落ちついた意匠がある。それが、余計に虚しく思えた。


 すぐ目の前にはただただ闇が広がっている。温かな光も健やかな風も通らない。地面を這う無数の蟲のきちきちとした音と、ネズミの鳴き声、そして時折聞こえてくる魔物の怨嗟の声だけが響いている。


 あまり広くはないこの通路は、余計に窮屈なイメージをもってこの場を支配していた。この闇に、この空気に呑まれたらきっと未来永劫この場をさ迷うのではないか──そんなありえない想像に頭を埋め尽くされてしまうほど、その空気は異質なものだった。


 かつん、かつん。


 誰かの足音がやたら大きく響いて聞こえる。その音に反応して、蟲どもは一斉に逃げだした。ネズミはその目をぎらつかせ、いつでも逃げられる態勢に入っている。そして、それを確認すると、ゆっくりと奥へと走り出した。


 かつん、かつん。


 ぼんやりとそこに光が入ってくる。


 人が三人。カンテラを持った女にそれより若い男女。二人の女が腰に吊るした大きな短剣がギラリと輝く。合わせるように、背の高いほうの女の肩で二つの光が輝いた。


 ちらり、と肩に乗ったそいつは後ろを振り向く。


 そこにあるのは、前方と同じ深い闇。頼りなげなカンテラの光が闇を切り裂いて進んでいても、すぐに闇はそれを埋め尽くしていた。


ききぃ


「大丈夫よぉ。あなたも意外と怖がりなのねぇ」


 女がそいつの首元を掻き上げた。一緒に歩いていた男と女が足を止める。なんでもない、とカンテラに照らされた燃えるような赤毛の女は手をひらひらと振った。そうか、と二人は頷き再び前へと歩いていく。


 ミナミにとっては、初めての迷宮(ダンジョン)探索だった。










 このセカイには迷宮と呼ばれるものがある。


 迷宮という名前こそついているものの、必ずしも迷路のようになっているわけではない。物によっては確かに迷路のようになっている場合もあるが、一本道の洞窟でも迷宮と呼ばれることはある。


 迷宮が迷宮たりえる条件。それは魔物が出現することだ。


 迷宮だと、本当にどこからともなく魔物が出現するのである。生息条件や生育環境なんかを無視して出現するため、どんな魔物が出るのかは入ってみるまでわからない。ついでに言えば、出現するメカニズムもわかっていない。誰も出てくる瞬間を見たことがないためだ。


 ちょうど、今も。


「うぉっ!?」


 闇を切り裂き、憤怒の炎を眼に宿した骸骨戦士がミナミに襲いかかった。曲がり角を曲がった瞬間の、完全なる不意打ち。その剣は寸分の狂いなくミナミの腹に突き刺さろうとした。


「脅かすなよ」


 直前で刃を素手で鷲掴みしたミナミはそのまま力を込めてそれを砕き折る。呆然、としているのかもしれない骸骨戦士を無視し、その首の骨をむんずとつかんだ。


 みしり、と嫌な音。


 次の瞬間にはその丈夫な骨が折れ、頭蓋骨がケタケタと笑いながら地に落ちる。こんなもの一秒も見たくないとばかりに、ミナミはそれを勢いよく踏みつぶした。がしゃり、と聞きなれたくない音が薄明るい通路に響く。


「ミナミ、まだ!」


「わかってるって」


 頭蓋骨を失ってなお動き続ける骸骨戦士にミナミは正面で向き合う。本当なら仲間と囲んで戦いたいところではあるが、この通路はそれをやるにはいくらか狭い。戦うための十分な動きができるスペースは一人分くらいしかなかった。


「ほい、おやすみ」


 肩口から突っ込んできた骸骨戦士を全身で受け止め、そのまま抱き砕く。冷たく硬質な感覚がミナミの全身にしみわたり、そして粉になった。


 オウルグリフィン素材を使った特注の装備が粉まみれになる。せっかくカッコよく自分好みに決まっているのに、まんべんなく散りばめられた黄ばんだ白がそれを台無しにしてしまっていた。


 本当はこんな倒し方をしたくないミナミだったが、打撃武器をもってないこのメンツの中で、一番確実に殺れるのがミナミで、一番確実にダメージを与える方法が抱き砕くことだったのだ。


「ふぃ~。慣れると楽だよな、あいつ。装備が汚れるのは難点だけど」


「倒し方はともかく、まあそうね」


「悪いわねぇ。私だと手間取るのよ、あれ」


 ミナミはレイア、フェリカと一緒にとある迷宮の探索をしていた。王都グラージャからごろすけにのって三日ほどの場所にある、火山湖のようになった湖の真ん中の島に入口がある迷宮だ。


 元々はなんかの遺跡であったらしく、あきらかに人工のそれを思わせる特徴が随所にあるのだが、ここに到達するまでが難しい上、中は暗くて狭くて戦いにくく、おまけに目ぼしいものが何も見つからなかったためにここを訪れる者はあまりいない。


 そんな来てもしょうがない遺跡になぜミナミたちはいるのか。それは数日前まで遡る。


 冬の間、暇になっていたミナミは昇級試験を受けたりミルの元へ行ったり子供たちと戯れて過ごしていた。ちょっと長い冬休みを満喫していたのだ。おかげでミナミの級はレイア達が推薦したこともあって一級まで上がっている。


 問題はそのとき、ほとんどギン爺さんの元へ顔を出していなかったことだ。春先になってそろそろ新築の物件を探そうか、と鬼の市に寄ると、血相を変えたギン爺さんがミナミに詰め寄ってきたのである。


 いわく、知りたいことが多すぎて死にそうだったと。


 しょうがないので話に付き合ったミナミだったが、途中でギン爺さんが取り出した古書に目を奪われた。その古書は、ギン爺さんが冬の暇つぶしに解読しようとしていたものらしい。完全な古代言語で書かれているため、一部読めないところがあったものの、それがこの迷宮のことを指したものだとわかると、途端に興味を失ったそうだ。


 ここは行くだけ無駄、入るだけ無駄、探索するだけ無駄の三拍子そろった、中には何もないハズレの迷宮なのだ、興味を失うのもある意味では当然である。


 だが、だ。


「まさかここにお宝が眠ってるなんてねぇ。宝探し屋(トレジャーハンター)の血が騒ぐわぁ」


 ちょろっとそれを目にしたミナミは自分がそれを読めることに気付く。そう、ミナミが神様からもらった言語能力は古代言語にも対応していたのだ。


 そしてギン爺さんが解読できなかったという部分を読むと、そこにはこう書かれていた。


《彼の地で、何よりも大切なものがわかる。それは、おまえが遍く全てを捨ててでも留めておかねばならないものだ。──祭壇を覗き込め。それはそこにある。たしかにそこに見えるのだ。そして、それを失いたくないと心の底から望むだろう》


 大雑把に訳すとこんなかんじだった。どこからどうみてもお宝のにおいがぷんぷんである。


 あの遺跡からは祭壇なんて発見されていない。というか、何も見つかっていない。つまり、誰もそのお宝を発見していない。紛れもないチャンスだった。


 そして、探索メンバーとなったのがミナミ、レイア、フェリカである。トレジャーハンターのフェリカが行くのは当然として、暗闇でも問題がなく斥候としても戦闘力と見ても優秀なミナミ、そして小回りが利きなにかと器用なレイアも選ばれた。


 エディの剣は新しくなったが、この狭い迷宮では不利だったし、パースの強力な魔法は味方を巻き込みかねない。人数的にもちょうどいいし、実力的にも大丈夫だろうと踏んだのだのである。


 で、三人でごろすけにまたがってここまで飛んできて、今に至るというわけである。なお、ごろすけは中には入れないので適当に外で自由にさせている。


「その祭壇の心当たりって言うのはあるんですか?」


「んー、ないわけじゃないけど、あるってわけでもないのよねぇ。前来た時は別になんでもなかったし」


ききぃ!


 そして、今のフェリカにはピッツがいる。ピッツなら細かいところにも潜り込めるし、足場がなくともミナミがぶん投げてやったりすれば行動できる。宝探しにはうってつけだった。


「とりあえず、新しい発見もあるかもしれないからぐるっとゆっくり回っていくわよぉ?」


「はーい」


 三人はどんどんと迷宮の深くへと潜っていく。何回か階段を下り、何回か階段を上って。


 暗闇の中でも見通せるミナミの目だが、曲がりくねっていてここではあまり遠くまでは見えない。一人きりでは絶対に入りたくない場所だった。


 なんて思っていたからだろうか、首のあたりにちりっとした感覚をミナミは感じた。前方からの、生命の気配だ。


「あ、来る」


「!」


 合図のちょっと後。明かりに群がってきたのだろう小型のコウモリの魔物が一斉に襲い掛かってくる。たたた、と奇妙な羽ばたき聞こえたと思った時にはもう目の前が真っ黒だ。普通なら、これで終わっていただろう。


 ミナミは素早くそのうちの一匹にひっかき傷をつける。目で確認するまでもなく、そいつがゾンビとなったのを感じられた。


 やれ、と軽く念じ、自分も別のコウモリにもひっかき傷をつけていく。


「ちょ、まだ?」


「もうちょい待って」


 レイアとフェリカは二人で通路の隅に固まってしゃがみこんでいる。特級冒険者が情けない、と思うかもしれないが、特級冒険者だからこそなるべく戦闘で消耗しないように行動するものだ。ミナミが一人で確実に仕留められるのなら、それの邪魔はしない方がいい。


 どんどんと加速度的にコウモリゾンビは増えていく。一匹が一匹に噛みつき、二匹が二匹に噛みつき、四匹が四匹に……。


 いくら元々の数が多いとはいえ、それを上回るペースでゾンビを増やされたらたまったものじゃない。おぞましい数のゾンビが、仲間の翼を貪っていた。


「ほい、終わり」


 そいつらの食事を待つこともなく、一匹残らずゾンビにしたミナミはコウモリゾンビに消え去れ、と命令する。あっという間にコウモリゾンビは塵芥になり、あたりには元の静けさだけが残った。


 ピッツが自分で引っ掻いて取っておいた分に関してはそのままにしてある。ピッツがゾンビ因子を発現しないよう操作して、戦闘後のデザート用に嬉しそうに隅に取って置いたのを見たからだ。自分で狩った獲物くらい好きにさせてやろうと、そうミナミは思ったのだ。


 ごろすけが何度かやっているのを見て、何度もゾンビ因子制御を練習してそれを体得したミナミだったが、ピッツは最初からそれができていた。おそらく、野生の本能がそれを可能にしているのだろう。


 一応ミナミはこのセカイに存在する全てのゾンビの生みの親、吸血鬼でいうところの始祖と同じ存在であるわけだが、だからといってその能力を使いこなせているわけではないらしい。この手の能力は配下にした魔物たちのほうがよほど使いこなしていた。


「これだから狭いところでの戦闘は嫌よ」


「たしかに、動きにくいもんな」


「もうちょっと深くまでいけば大広間みたいのが出てくるわよぉ」


 いくらか壁は崩れているものの、この迷宮は広間とそれを繋ぐ通路という構成になっている。ときおり吹き抜けのようになっている場所もあり、それが遺跡の名残のようにも見えた。尤も、今のところどの部屋からも碌なものが見つかっていない。


「じゃ、また前よろしくねぇ」


「りょーかい」


 罠もある。だからミナミが前を行く。何度か仕掛け矢や落とし穴の類に引っ掛かったが、魔法で頭と首をがっちりガードしてあるから全く持って問題なかった。


 フェリカは罠の発見も解除もできる。しかし彼女を先頭にして進むと罠に関する安全が保障される代わりにその分歩みが遅くなる。無視して突破するのが一番早かった。


「踏破するのにはどれくらいかかるんですかね?」


「二日もあれば余裕だと思うけどねぇ」


 体に軽く刺さった矢を払いながらのんきにミナミは尋ねた。一応今回の探索は一週間を予定している。できればその間にお宝を見つけてしまいたいところだった。


「おっと」


 出会いがしらに飛び出してきた見たこともない黒いアンデッドの体に、ミナミは問答無用で蹴りをいれた。


 ゾンビの体になってこのかた、すこぶる体の調子がいい。なにも叫べずボールのようにすっ飛んで行ったそいつは、もう二度とこちらに姿を現すことはなかった。


 たぶん、倒せたのだろう。アンデッドは生命の気配を感じないからやりにくい。


「隠し扉とかないかしら?」


「ありそうよねぇ、これだけ複雑なんだし」


 レイアが短剣で壁をコツコツとつつく。ピッツがひび割れに手をつっこんで中を探る。


 しかし、どちらも特に成果はなく、最初から期待していなかった、といわんばかりのなんともいえない悔しげな表情をカンテラが照らしだした。


「しっかし本当になにもないな。元は遺跡なんだから、なにかもっとギミックとかあるもんじゃないのか?」


 罠と部屋とときどき魔物。本当にそれしかない。


 儚げにぼんやりと照らしだされたそれら全てに現実感を感じられなくなってきた。この空気がいけないのだとミナミは思う。ひたすら暗くて、見えるのはずっとカンテラの明かりだけ。隣に喋る人がいなければ時間間隔があっという間に狂って、すぐに頭がおかしくなってしまうだろう。今だって時間間隔は狂いつつあるのだから。


 単調で静かで暗くてカビのにおい。ここだけ、時間が止まってしまったかのような錯覚に陥る。ただ単に飽きてきた、というのもその原因の少なくない割合を占めていた。


「遺跡なんてそんなもんよぉ。私も駆けだしのころはお話に出るような謎を解くのを夢見てたわぁ」


 実際の遺跡にはそんな大がかりな仕掛けなんてほとんどないらしい。遺跡になる前、つまり元々はそれを人が利用していたのだ。わざわざ自分たちの面倒になるような仕掛けなんて作るはずがないし、さびれていくそれに新しく仕掛けを作る理由もない。


「ま、がんばりましょうよ。焦るとロクなことがないわよぉ」


 のほほんと笑うフェリカをみて、ミナミも少し心を落ち着ける。いい意味ではないが、ゆったりと時間の流れる場所なのだ。焦ったって仕方ないのは確かであった。


「うん、がんばろっ!」


 陰鬱な空気を吹き飛ばすかのように元気よくレイアが叫んだ言葉も、遥かなる闇に呑まれていき響きすら残さず消え果てていく。押しかかってくる無音が先ほどよりもうるさく感じられ、微妙な間がずっしりと三人の気分を低下させた。


 かつん、かつんと三人分の足音が遠ざかっていく。後には暗闇だけが残されていた。



20160808 文法、形式を含めた改稿。

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