5 彼方からの手紙
こんな可愛らしいものが自分のポケットに入っているわけがない。誰かが意図的に入れたのであろう。その誰かとはおそらく──とにかく、読んでみればそれは自ずとわかるはずである。
ミナミは丁寧に折りたたまれたそれを広げ、さっと目を走らせた。
『ミナミ君へ。今これを見ているということは、きっと無事にたどり着いたということなのでしょう』
全然無事ではない。上空から地面にダイブしたうえ、腕は一本もげた。さらにはその直後に魔物に襲われてさえいる。ミナミは手紙の主に心の中で文句を言った。
『さて、私は手紙を書いたことがないので様式とかいろいろおかしいかもしれませんが、そこらへんは勘弁してください。今回手紙を出したのはあなたの能力の効果とその使用法についてです。この手紙は説明書のようなものだと思ってくれてかまいません』
どうやら神様のくせに手紙を書き方を知らないらしい。もしかしたら、手紙を送るような相手も存在しないのかもしれない。それとも、そんなアナログなものを使う機会がないだけなのだろうか。
『まずは身体能力強化です。読んで字のごとく身体能力を強化します。最初のうちは強化された肉体に感覚がついていかないので、半日くらい慣らしてください。そのセカイの一般的な人間よりはるかに丈夫な肉体ですので、めったな事では傷つかないでしょう。
素早さも力も兼ね備えた一級品ですので結構使い勝手はいいと思います。反射神経とかもばっちり強化されています。慣れたら箸でハエを掴み取ることもできると思いますよ? そっちに箸があるかはわかりませんが』
“めったな事では傷つかない”のに腕がもげたということは、よっぽどすごい衝撃だったのだろう。魔物の攻撃でもすこし傷がついていたことは、ミナミは深く考えないことにした。
『次に魔法の才能についてです。いろんな魔法が使えます。アイデアさえあれば無限の可能性があるでしょう。使い方は……自分でかんばってみてください。自分の能力ですのでそこまで苦労しないはずです。現地の人に聞くというのもアリですね』
神様は肝心なところすっ飛ばした。実はそんなに頼りにならないんじゃないかと、ミナミは一抹の不安を隠せない。
『次はアイテム収納能力です。アイテムを収納します。大きさ重さに関係なくいくらでも収納できます。また、この中に入っているものは品質劣化しません。冷蔵庫代わりにもなりますが、生き物は入りません。でも植物は大丈夫です。
使いかたは気合です。やろうと思えばできます。あとでこのカードで練習してみてください』
やればできるって説明になってない。気合で何とかなるなら、世の中もっとすべてが滞りなくうまくいっているものだ。
半ばあきれたようにミナミはそのメッセージカードを読み進める。ほとんど中身のないようなことが延々と書き連ねられており、斜め読みしても全く問題なさそうだった。
だが最後の最後、結びの挨拶の直前に、どうも聞き捨てならない(?)ことが書いてあり、ミナミはその短い一文に思わず目が釘付けになってしまった。
『最後に……あなたはゾンビになりました』
「はい?」
ミナミは自分の目を疑った。ついでに頭も疑った。深呼吸をして目をこすって、それからもう一度深呼吸をして、ゆっくりとそれを読み返す。
やっぱり、ゾンビって書いてあった。
『突然のことで驚かれるかと思いますが気を確かに。死んだまま飛ばしてもまたすぐ逆戻りとなるのでこのような措置をとらせていただきました。こちらにも事情があってあの時死んだままだということを指摘できなかったのですよ。
自称ゾンビの方ですからそこまで問題ありませんよね?』
やっぱりミナミは生きていなかった。神様が言っている以上確かな事なのだろう。事情がなんだか知らないが問題ないわけないはずだ。はいそうですか、と簡単にうなずけることではないのだけは確かだ。
ちくしょう、やっぱり死んだままか、とミナミは軽く舌打ちをする。
『私はあまりゾンビというものを知らなかったのであなたの知識からいろいろと
勉強させていただきました。ここでは最も特徴的な【感染】能力について説明します。
【感染】とは自分が引っ掻いたりした生物をゾンビにする能力です。正確に言うと、体表を傷つけられるなどしてあなたの体にある“因子”が体内に入り、発現したものがゾンビになります。そのゾンビはどんな命令でも聞くあなたの忠実な僕となるでしょう』
ここまで読んでミナミはようやく合点がいった。さっきの魔物はミナミの“因子”を取り込んでしまい、ゾンビ化したのだろう。そこでミナミの『消えろ』という命令に従って消えたのだ。
『他にもいろいろとゾンビっぽいことができるようになっていると思います。そのあたりは自分で研究してみてくださいね。
当然ですが、首と頭は気をつけて下さい。ゾンビは頭がつぶれると死ぬと聞きました。身体強化があるので大丈夫だとは思うのですが……。
さて、長くなってきたのでこのへんで退屈な説明は終わりです。楽しい異世界ライフを満喫してくださいね!
かっこいい神様より
PS 言語能力もおまけにくっつけときました。この手紙、普通に読めたでしょ?』
メッセージカードを読み終えたミナミは、今の状況をポジティブに考えることにした。
なんだかんだいって神様は自分のことを気にかけてくれたようであり、ゾンビという形ではあるものの自分がこのセカイで生きていけるようにしてくれた。おまけに、頼んでいなかった言語能力もつけてくれた。これだけあれば十分だろう。
そもそもミナミは、ゾンビになったことを今はそんなに気にしていない。最初こそ憤慨したがその後の能力の説明を見て便利なものだと判断したからだ。合理的な彼(ちょっと変わっているともいう)は、たったそれだけで自らが異形のものとなったことを受け入れたのである。
「さっそくやってみますか!」
そうとなれば、その能力を使いたくなってくるのが人の情と言うものである。そして、どんな形であれこれから行動するためには、このもげた腕をどうにかしないといけない。
例えもげた腕であろうと、ゾンビならなんとか直すことができるかもしれないとミナミは考える。『治す』のではなく『直す』方法だ。
彼は自分の右腕をつかむと、その切り口を腕があった場所に押し付けた。ゾンビなんだからくっつければいいだろうと単純にそう思ったのだ。
「くっついてくれよ~くっついてくれよ~」
魔法の使い方も収納能力も“気合”でなんとかなるらしいのだ。ゾンビの力だって気合だろう。気合であってほしい。むしろ気合でないと困る。
「おっ!」
そう思っているとそれぞれの切り口が肉が盛り上がってきた。筋繊維がしゅるしゅるとまとわりついていく。まるで自分の腕が触手をつかって獲物に喰らいついているかのようだ。
血こそ出ていないものの、なかなかのグロテスクな光景といえる。もしこの光景を他の人間がみれば、きっと腰を抜かしていたことだろう。
三十秒もしないうちに腕はすっかり元通りになった。傷跡ひとつ残っていない。もちろん問題なく動かせし、力瘤だって作ることができる。
「よっしゃぁ。この調子で次いこう」
次はアイテム収納能力だ。こいつも気合だ。直ったばかりの右腕に牙を、左手にカードを持ってうんうんとうなってみる。
が、一向に変化は起きない。気合だ気合だ、とミナミは思いっきり叫ぶ。
「入れ!」
うなっている間は何も起きなかったくせに、一言いった瞬間に両手にあったものが消えた。そして、ミナミは感覚的に理解する。
あれらは今自分の“場所”に入っている。その“場所”がなんなのかはわからないが、とにかく入っているのだと。
一度その感覚を掴めばあとは楽なもので、出すのは一発で成功する。入っているものを引っ張り込むように念じればいつの間にかそこに出てきていた。
もちろん。入れなおすのも簡単にできた。どうやら“場所”の感覚をつかむことこそが重要だったらしい。
「そんじゃ次は……」
いつの間にか独り言が増えてきているがミナミは気づいていない。さすさす、といくらかわざとらしく唸るお腹を撫でる。
「腹も減ったし狩りにでも行くか」
ゾンビらしい血に飢えた目でミナミはつぶやいた。
20150418 文法、形式を含めた改稿。