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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
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49 霊鋼蚯蚓解剖結果


「それでは、解剖の成果について報告したいと思います」


 新築前祝いパーティーからしばらく。王都グラージャの街路樹の葉もほとんどが抜け、朝晩の寒さが厳しくなってきたころ。


 ギルドの依頼も冬が近づくと少しずつ変化し、冬支度に関する依頼が目立ち始め、採取依頼が減ってくる。休眠期に入る魔物も多いため討伐依頼も減るが、うまく冬越えの支度をできなかった魔物たちが王都の近くまで来ることがあるため、冒険者の仕事はなくならない。


 いつぞやまったく同じメンツ──具体的にはミナミ、レイア、パース、ギン爺さんが鬼の市の特別室に集っていた。だいぶ遅くなったが、霊鋼蚯蚓の解剖結果がようやく出たのである。


 もともと全く未知の魔物であったために研究に時間がかかったのもそうだが、ギン爺さんの本職のほうが忙しかったせいもある。


 基本的に、物が不足する冬前はどこのお店も忙しい。万物が集うと噂される鬼の市だってそうだ。ここは普段から猫の手を借りたくなるほどに忙しいのだから。


「いやはや、今回はすごかったのぅ。もう調べれば調べるほどにわからぬことがでるわでるわ!」


 くぁっくぁっくぁとギン爺さんは大きな口を開けて笑う。赤鬼の笑顔、というのも意外と人懐こいものだとミナミは思った。


 ミレイを筆頭とした市の職員はかなりやつれていたが、どうやらギン爺さんにとって未知の生物の研究はそんな疲れを吹き飛ばすほどに楽しいことらしい。


「さて、どこから話しましょうかね」


 ううむ、とパースが唸る。


 どこからと言われても、ミナミが答えられるはずもない。異世界の知識こそあるものの、中身は一般的な高校生なのだから。


「じゃ、洞窟の噂と霊鋼蚯蚓の関係で!」


 ミナミが答えないとみたレイアが口を開いた。経験上、彼女はギン爺さんたちの興味が魔物そのものにあることを知っている。そして、その話が非常に長くなることも。興味のない話を聞かされるよりは、ずっと気になっていることを聞きたかったのだ。


「いきなりそれかの。まぁ、あくまで仮説の段階じゃがわかったぞ」


「本当!?」


「ただし、その説明には霊鋼蚯蚓の生態を説明せねばならんがの」


「げ」


 がっくりとレイアはうなだれる。そんなレイアをよそに、長い長いお話が始まるのだった。


「まず、私達は霊鋼蚯蚓の口内を調べました」


「なんで口内?」


「ほら、爆殺したので劣化が少し早かったのですよ」


 パースたちはトンネル状になった口内に潜り込んだらしい。つっ立て棒とロープを駆使し、その巨体を吊り上げて口を開かせたそうだ。


 口内の損傷は少なくなかったが、意外にも焦げ跡は少なかったらしい。まずはそのことを喜び、カンテラをかざしてもらって反射したそれに気づく。


 中にあったのは円層状に並んだ鋭い歯。幾重にも重なるそれらの奥に、さらに一際大きい一対の歯。


 爆殺と死後硬直の影響か口内にめり込むように倒れていたが、歯そのものに大した欠損は見られず、ゆっくりと観察したそうだ。ちなみに、ギン爺さんは体が大きすぎて中にうまく入れなかったらたしい。


「いやぁ、あれが動いていたらと思うとぞっとしますね」


 そしてパースは気づく。円層状に連なっていた歯だったが、さらにその下にも歯が重なるようにして存在していることに。試しに一部を工具を用いて抜き取ってみると、隣の歯に引っ張られた下の歯がからくり仕掛けのように飛び出てきたそうだ。


「つまり、どういうこと?」


「歯が抜け落ちても、すぐその下に歯が生えているので問題ないってことです。それも、うまい具合に立体的に重なり合っていて、一つが抜けるとその隣の歯が下の歯を持ち上げるという構造になっていました」


 さて、そんな感じで歯を抜いて調べていくと今度はギン爺さんがあることに気付く。


 霊鋼蚯蚓の頭部分は大きく三つに分けられる。


 一つめはミナミが丸飲みにされたときに踏ん張っていた口前部。ここは口の開け閉めに使われるたるみ(●●●)しろ(●●)の部分で、ミナミが触った感覚だと少しぬめって柔らかかったところだ。歯が全く生えていない部分であり、おもいっきり引っ張った時は六メートルほどあるが、その性質上実際の長さはそれほどでもない。


 二つめはそこからちょっと奥の部分。パースたちが便宜的に小歯部と呼ぶところ。ここは円層状に連なった鋭い歯が無数に生えている場所で、主に獲物を切り刻むための場所らしい。今回はだいたい五メートルほどあったところだ。


 最後がやはり便宜上大歯部と呼ばれるところ。ここは一対の大きな歯がある場所で、周辺に他の歯はなく、小歯部と二メートルくらい離れた場所のことだ。


 今回回収した霊鋼蚯蚓の頭はおよそ八メートルほど。大歯のその奥は千切れてしまっていたために大歯部がどのくらいの大きさをもっているのかはわからなかったが、ミナミの証言からその奥に歯はもうないということはわかっていた。


 そう、問題になったのはそこだ。


「小歯部と大歯部。この二か所に歯が生えていたわけじゃが、抜き取った歯は明らかに二種類以上あったんじゃ」


 円層状の小歯と一対の大歯。歯はてっきりこの二種のみだと思っていた市の職員たちだったのだが、めざとくギン爺さんは見つけた。


 なんと、口前部に近い小歯と大歯部に近い小歯とでは歯の鋭さやその幅、形状が違っていたのだ。


「奥へ行くほどちこっとずつ変化していてのぅ。中に入って取ってたやつは気づかなんだが、外で見比べてたワシなんかは気づけたっちゅうわけじゃ」


「私も言われるまで全然気づきませんでしたからね。後で見比べるとどうして見落としたのかわからないくらいでしたが」


 前方の歯は先が細く鋭くなっており、逆に奥の歯は太く、大きめで歯先はどちらかというと平らになっていた。


 そして今、歯は爆殺と死後硬直の関係で口内に張り付くように倒れている。このことから鑑みると──


「口前方ほど隙間が大きく、後方ほど隙間が少ないっちゅうことじゃ」


「へぇ。でもそれがどうしたのよ?」


「まぁまぁ、慌てるな嬢ちゃん。こっからが面白いところじゃ」


 一通り歯を調べ終えたギン爺さんたちは口内の観察をする。といってもこちらではたいしたことはわかっていない。


 口前部が異様に伸びるのはその特性上わかりきっていた事であり、小歯部以降の口壁は口前部ほどではないにせよ伸縮性と弾力性があった。これは普通のウォームの類と共通のことであり、特別珍しいことでもない。


「口前部の皮は伸縮性と耐久性が恐ろしく高いようなので、もう少し量があれば性能のいい防具が作れそうでした」


「ただ、防具にできるほど質のいい部分がほとんど残ってなくての。いいところはサンプルにして保存したんじゃが……」


「あ、いいですよそれくらい。それ研究すれば、新しい素材開発とかになるんでしょ?」


「話が早くて助かるわい」


 さて、口の中をひとしきり調べたら次はおまちかね、ミスリルの甲殻だ。こちらは湿らせた布できれいに磨いてやると、汚れが落ちて輝くその姿があらわになったそうだ。


「いやはや、あれだけ大量のミスリルは初めて見たわ!」


「こちらはほとんど傷もなく、大半が再利用可能でした。爆発の威力が口内に集中していたのが大きいですね。もちろん、ミスリルが元々頑丈だというのもありますが」


 パースたちはミスリルの甲殻を一枚一枚丁寧にバラしていったらしい。この作業が一番時間がかかったそうだ。一番力のあるギン爺さんでも力づくではなかなかとれず、工具をつかってコツコツとやっていったとのこと。


「そうしたらですね、また出てきたんですよ」


「またってまさか……」


「そのとおり、ミスリルじゃ」


 歯と同じく、このミスリルも連なっていた。甲殻同士のつなぎ目を埋めるように、その下にミスリルの結晶相があったそうだ。そしてやはりこちらも上がはがれるとその下のが引っ張られ、即座に穴埋めができる構造になっていた。


「いやね、もう芸術的というか、自然界の神秘を感じましたよ!」


「歯と形状はまるで違うのに、作用はまったく一緒じゃったもんなぁ」


 そして、もちろんわかったことはそれだけじゃない。表層とその下層のミスリルにも形状の違いがあったのだ。一人の市の職員が解体したミスリル甲殻を並べたときに、あることに気付いたのである。


「表層のミスリルは全てそのまま置いて安定したのに対し、下層のミスリルはゆらゆらと揺れたのです」


 よく見ると、下層のミスリルはその円筒状の体に沿うように、その表面は曲を描いていた。まぁ、こちらは当然のことだ。その曲を下にして置いたのだから、地との接点は一つになり、不安定に揺れるのはわかる。


 問題は、同じく曲率を持っているはずの表層のミスリルが安定して置けたことだ。


「よく見ると、表層のミスリルには全てに一律のうねりがあったんです」


「うねりがあるからなんだってのよ……?」


 それに気づいた職員達は慌てて甲殻を元の場所にあてがったらしい。案の定、そのうねりは隣り合う甲殻どうして見事に合致し、全体で螺旋を描くような形状になっていた。


「ちょっと話はずれるんじゃが、そもそもこのウォーム、構造上どうやって動くかがまったくわからなかったんじゃ」


 通常のウォームは普通のミミズのように蠕動運動、すなわち筋肉を収縮させて行動する。ところが、霊鋼蚯蚓はミスリルの甲殻を纏っているため、蠕動運動なんかではとてもじゃないがあのスピードは出せないはずなのだ。他のウォーム類と比べれば質のいい筋肉をもっていたが、理論上、それでも全く足りないのである。


「で、これこそがその運動の秘密を解き明かすものだとぴんときたんですよ」


 さっそく、精密な甲殻の模型をその手の技能を持つ職員に作らせ、本物とあわせていろいろ実験したらしい。最初はまったくなんなのか判らなかったが、霊鋼蚯蚓の動きを再現しようと試行錯誤した後、ついに判明した。


「ミナミ、霊鋼蚯蚓はウォームにらしからぬある動きを頻繁にしてました」


「……回転、か? ってことはもしかして」


「知っているのですか?」


 このセカイにはないが、回転をすることで穴を掘ることができるものをミナミは知っている。理系の大学にすすんだイツキ兄ちゃんがある日突然半ば死んだような目でいった言葉をミナミは思い出した。


「ドリルか!」


「どりる?」



『ドリルってすげぇな……ははっ』



 機械工作なんとかという講義のテストで出たらしい。


 ドリルには螺旋状の溝があると兄ちゃんがいっていたのを覚えている。詳しくは知らないが回転運動と合わせて、その溝から切ったものを逃がすらしい。難しく聞こえるが、要は回転することで進み、対象を逃がすことでより少ない力で進んでいくのだ。


 兄ちゃんはテストのドリルに関する記述問題をまるまる落としたらしい。はっきり覚えてなかったからそれっぽいことを書いたそうな。なんとか単位は落とさずに済んだ、とほっとした表情で通知表を眺めてる兄ちゃんをミナミはよく覚えている。


「……“どりる”はともかく、わかっているのなら話が早いですね。あれ、回転することで穴を掘りやすく、そしてスピードを生んでいたみたいなんですよ。だから、姿全体を私達の前には現さなかったでしょう? 一部でも土の中にないとまともに動けなかったみたいです」


「当然、あの巨体が高速で地中を動くのならばミスリルだってはがれるやもしれぬ。じゃが、はがれたところですぐに下層から新しいミスリルが飛び出るっちゅう寸法じゃ。飛び出た直後はうねりがなくとも、動いてくうちに圧縮されて自然とうねりがつくってわけじゃ!」


 全体が一度にはがれたのならばともかく、一部だけうねりがなかったのだとしたら、流れる土がピンポイントにそこにあたって自然と圧縮されるというわけだ。


 だが、それでもまだ不十分であった。


「そして、ここからが本題です。そもそもあいつはどうやって回転していたのでしょう?」


「筋肉そのものはウォーム類と似通ってはいたが、ウォーム類は回転することなどできはせんからの」


 念のため筋肉を調べたパースたちはさらに驚くべき事実に突き当たる。筋肉中に存在する管や体表に続く孔といった生物としてなくてはならない器官が明らかに少なすぎたのだ。


「あれではとても生き物としてはやっていけんよ」


「……ほら、まっとうな生き物じゃないっていうのは、わかってましたよね?」


 あいつはミナミが引っ掻いてもウルリンゾンビを食べてもゾンビ化しなかった。つまり、生きてはいない怪物だということを示している。


「じゃ、あいつアンデッドだったの?」


「アンデッドだったら倒した後は大半が塵芥になりますよ」


「あ、もしかして!」


「ええ、あれは──」


 このセカイには生き物のようにふるまうが、生物でもアンデッドでもないものがいる。


「──精霊の類ですね」


「うっそぉ」


 パースの言葉を聞き、ミナミは目を見開く。


 まさか、よもや、蚯蚓が精霊だなんて。そんなバカなことがあるだなんて。


「正確には現象といったほうが正しいでしょうね」


「さて、そこから今回の洞窟の噂の真相がわかるのじゃよ」


 精霊というのは自然の化身だ。そして自然らしく、基本的には自分の好きなようにふるまう。多くはその精霊の司るものが多いところに住んでおり、例えば火の精霊の場合、火山などの火の気が多いところで見受けられることが多い。


 火の精霊は気まぐれに火山で溶岩を噴出させたりする。

 水の精霊はふざけて水面に大きな波を作ったりする。

 風の精霊ははしゃいで竜巻やつむじ風を作ったりする。


 その現象の規模も、精霊の気分次第だ。


 ただ、どの精霊も自分のカテゴリーを非常によく愛する。


 火の精霊は火山の力が弱まると自らの力でそれを盛り返す。

 水の精霊は雨が降らなかったりすると自分で雨を降らして水を生む。

 風の精霊は風の吹かない日に風を起こす。


 精霊は気まぐれではあるが、自然を生む。ありていにいえば、バランスを取っているのだ。精霊の影響を受けていないものなど全くないと言ってもいい。


「ここからは私達の推測ですが──」


 今回の霊鋼蚯蚓の正体は土の精霊だ。土の精霊ならば周囲のミスリルを取りこんで甲殻化させることもたやすい。ミスリルは鉱物なのだから、それは土の精霊のカテゴリーだ。


 土の精霊が好むのは豊穣な、肥沃の土地。そして、それを生みだしたり維持したりするのも好む。


「コラム大森林ってこの辺でも珍しいほどに豊かな場所でしょう? おそらくあの霊鋼蚯蚓は土の精霊が生み出した環境保全システムです」


 地中にも魔力は存在する。鉱物の発するそれが大半だ。とくに、ミスリルの放つ魔力は土にとっては最高の栄養剤だろう。


「土の精霊は何らかの方法で霊鋼蚯蚓の体を作り上げました。そして自分がその(コア)となって大地を耕してたのですよ」


「なんらかってどうやって?」


「一欠片でもミスリルがあればそれを核にして結晶を作れます。あれらの魔力は豊富ですし、自然そのものですからね。造作もないでしょう」


 よくわからないが、ミョウバンの結晶を大きくするようなものだとミナミは理解した。ファンタジーに科学的な説明をしろというほうが野暮というものだ。


 ミミズがいる土地は豊かになる。今回は、それの規模がちょっと大きく、そして突拍子もないものだっただけなのだ。


「精霊の力そのものを純粋な回転運動に変えたか、あるいは土そのものを動かして最初の加速をつけて霊鋼蚯蚓を動かしたのだと思われます。そしてあの口で大きな岩を砕き、土地を柔らかくし、自らの腹に栄養のある土を入れて栄養のない場所の土と混ぜ、栄養のない土は栄養のある土と混ぜた。出てくる糞はそのまま栄養豊富な土ですね。それでなくても、あいつが移動するだけでミスリルの魔力が周囲の土をよくしてくれます」


「ああ、生物じゃないことの説明ともつながるんじゃが、口前部には肛門の特徴もあった。おそらく、両端が口であり肛門なんじゃな。こうすれば回転の方向を変えるだけで進行方向を変えることもできる。あつらえたように逆のうねりもついていたしの。いやぁ、よくできとるわぃ」


「うへぇ、あれ尻だったのかよ」


「言われてみれば、口って感じもあんまりしなかったもんね」


 口前部のほうが歯の隙間が多かったのも、少しずつ土を砕くためだろう。最初に大きな土を、その次にそれより少し小さな岩を……という具合に歯で濾して、砕いていき、最後の一対は腹に貯めた土の栓だったわけだ。


「ずばり、洞窟はあの霊鋼蚯蚓が通った跡です。中に鉱石があったのはあいつが別の場所から運んできたのをあそこに置いていったからでしょう。普通、あれが地表付近まで出る必要はない、すなわちあそこは土が痩せていたはずです。栄養たっぷり──鉱石の魔力が含まれる土を置いていったと考えるのが自然です」


「パー坊のミスリルは偶然じゃな。そうとう動いた後で、たまたま削り取られたのじゃろう」


「でもさ、どうして今になって急に? 噂は最近おきたものなんだろ?」


「今だから、ですよ」


 土地がやせ細るのには数年かかる。あの規模の森だともしかしたら数十年、いや数百年かもしれない。


「きっと周期的にあの森を耕してるんじゃろうなぁ。じゃから最近になって洞窟の噂が出来た。じゃから今、オウルグリフィンの腹からミスリルが出てきた。もっとも、オウルグリフィンの生態なんてあんまりわかっとらんから、こっちは推測じゃがの」


 ごろすけを見てミナミは思うが、オウルグリフィンはプライドが高い分、ちょっと好戦的なところもある。きっと地表に出てきた霊鋼蚯蚓とオウルグリフィンが喧嘩でもしたのだろう。


「たぶん私達に襲いかかったのは反射のようなものですね。もともと大して戦う理由もなかったから、頭をちぎられた後戦えるのにも関わらず逃げ出した。というか、頭をちぎられても動けたのです」


「なんかスケールが大きすぎるわ……。私、こういう噂の真相って意外とあっけないものだと思ってたんだけど」


 パースたちは体のつくりから霊鋼蚯蚓が生物でないこと、そして穴を掘ることに特化していることに気付いた。洞窟の噂とそこから取れる良質な鉱物、さらに霊鋼蚯蚓が普通の生物でないことからそれが精霊、正確には精霊が作った外骨格のような物と気づいた。そして精霊の特性と今までわかったことから、霊鋼蚯蚓はコラム大森林の管理、維持をするいわば守護者のようなものだったと気づいたわけだ。


「まとめると、そうよね?」


「ええ、おおむねその通りです」


「それだけなのにどれだけ時間かけて話したのよ……」


「まぁまぁ。ところでさ、精霊だとしたら倒しちゃったのはまずかったのかな?」


 不安に思ったミナミは問う。もし自分が原因で環境破壊が始まったのだとしたらさすがに困る。


「いえ、大丈夫でしょう。本体は生きてますし、あれもしばらく休めば再生します。精霊をなめちゃいけませんよ」


「……えげつない話をするならば、意図的に森の一部を弱らせ、霊鋼蚯蚓をおびき出せればミスリルや鉱物がお手軽に取り放題じゃ。腕利きを集めて活かさず殺さずやればそれこそ半永久的にの」


「うわぁ」


 あくまで仮定の話じゃ、とギン爺さんは笑う。そもそも、特級冒険者の《クー・シー・ハニー》とゾンビのミナミを含めた《エレメンタルバター》でいい勝負だったのだ。やるとしても相当入念な準備とそれに負けないくらいの戦力を集める必要がある。


「で、今回わかったことが冒険者(わたしたち)にどう影響するかというとですね──」


 歯や甲殻の構造を用いれば、切れ味の落ちない剣が作れるかもしれない。口前部の素材を解析すれば、防具の質が上がるかもしれない。甲殻の構造を用いて新しい掘削機が出来れば、より簡単により良質な鉱物がとりやすくなるかもしれない。


 最後……ミスリル取り放題になる、かもしれない。


「ってところです」


「試作品としてエディの剣を新しくミスリルで打とうと思うんじゃ。もちろん新構造での。あやつ、剣の扱いが大雑把じゃし、切るよりかは叩き潰す使い方をしとるから、戦術の幅も広がるの。……で、嬢ちゃん達の取り分はどうする?」


 霊鋼蚯蚓の素材はきっちりみんなで山分けすることになっていた。もちろん、解体と研究が終わったあとでの話だ。どうせパースの分は個人的な研究用になるし、冒険者に意味のない部分は研究者に譲渡することも事前に決まっている。


 つまり、こうして研究が終わった今、貰える分に関しては何の気兼ねもなくミナミたちが好きにしていいわけだ。


 売るか、そのまま貰うか。


 今回の取り分はミスリル。どんな冒険者でも、けっこう頭を悩ますところである。


「どうする、レイア? おれはどっちでもいい。任せるよ」


「……二割売って、残りはそっちで保管しといて貰えますか? 質を落とさないのであれば引き取るまで研究とかに使ってもらっても構いません」


「了解じゃ。ざっと、金貨40枚ってところかの。残った分は将来の装備用か?」


「はい。ミナミは剣も杖も使わないし、私もあんまり高い短剣使うの怖いし。防具も二人ともオウルグリフィンので作る予定だから、あの子たちがいずれ冒険者になったらそのとき使うわ」


「レイア、パースが使ってたミスリルのアクセサリー作ってもらえば? あれ、魔法の威力向上の魔道具なんだろ?」


「うーん、じゃ、それだけお願いしちゃおうかな?」


「それくらいならできるやつおるし、サービスしちゃるよ。形はどんなのがいい?」


「……このペンダントに合うやつで。できればこのペンダントごと加工してくれると」


 レイアは胸元からペンダントを取り出す。黄色い輝きが今日もいい感じだ。


 なかなかやるのぅ、とギン爺さんがにやにやとミナミを見つめるが、これはエレメンタルバターの全員に送ったもので、別に深い他意はない、とミナミは心の中で言い訳をした。


「じゃ、ちょっと預かる。ちょっぱやで済ませるからの。ところで──」


 ちらっとギン爺さんがミナミとレイアを見る。その表情をみて、はっとパースが気付くが、もう遅かった。


「ミナミ、剣も杖も使わずどう戦うんじゃ? 獣使いでも得物は持つし、魔法使いでも大体は杖を持つ。事実、おまえさんも腰に提げとる……が、それは飾りじゃな? これだけの仕事ができるやつが持つにしてはあまりにも安物すぎるわい。もし魔法の使用はあくまで補助的なもので、体術がメインだったとしても、あんなバカでかいの相手には効果は薄い……というかまず意味を成さないじゃろう。となると、お前さんが今回ほとんど足手まといになったはずじゃが、そんな空気はみじんも感じぬ。

 ……そろそろいろいろ教えててくれると嬉しいんじゃがの。老いぼれジジイの冥土の土産に」


「……は、ははは。ギン爺さん、何をいってるんです? おれは見ての通り学者で魔物使いで魔法も使えるただの一般冒険者ですヨ?」


 笑ってごまかそうとするが、ギン爺さんの目は真剣だ。ミナミの良心がちくちくと痛む。なんか、じいちゃんに隠し事を指摘されているかのような気分になる。実際、似たようなものではあった。


「……霊鋼蚯蚓の頭の断面を見た。千切れた決定的要因は内部からの衝撃によるものじゃが、それだけではあの耐久性を上回るとは思えん。よく観察すると、ひび割れではないが一部繊維がほつれて劣化した部分があり、そこから亀裂が広がっていた」


「わぁ、すごい洞察力……」


 最初の奇襲でミナミが蹴りあげたところだろう。


「パー坊の魔法であれはできない。フェリカちゃんの得物でもあの威力は絶対に無理じゃ。嬢ちゃんもまた同様。一番可能性のあるエディの大剣もあの損傷具合をみると無理だったと考えるのが妥当。となると、ミナミ、おまえさんしかおらん」


「ご、ごろすけって可能性も……」


「ないな。あいつはおまえさんの魔法で大きくなれるのは聞いたが、大きくなったとしてもあの位置にあのような傷が出来る攻撃はできない。細い、酷く頑丈な丸太のようなものでしたたかに打ちつけたような傷じゃ。翼でも尾っぽでもあれはできんよ」


「……」


「加えておまえさんたちが取った戦法。爆発する泥を塗り込んだというのは納得できるが、どうやって塗り込んだんじゃ? よもや無理やり押さえつけたわけでもあるまい」


 すいません、ゾンビと自分で無理やり押さえつけてましたと、ミナミは心の中でつぶやいた。


「仮にそれが出来たとしよう。じゃが、話を聞く限りじゃかなり短時間で広い規模の爆発を全身に浴びせたことになる。ミスリルの甲殻に魔法は効かぬ。普通ならありえぬことじゃ。……あの白髪のじじいがやったような、“秘術”なら話は別かもしれんが」


「ねぇ、もういいんじゃない? ギン爺さんならバラしても大丈夫よ、きっと」


「うーん、おれもそうだとは思うんだけど……」


 ミナミとてギン爺さんに自分の正体を話すのはやぶさかでもない。エディたちにも話しているし、こういう知恵のある人に知ってもらうのも大切なことだと思っている。なにより、大切な人に隠し事を続けるのもつらい。


 だけど、だけどだ。


「……バラされそうじゃない?」


「ひどいのう。こう見えても口は固いんじゃぞ」


「まぁ、普段はあれですがやることはきちんとやりますよ、師匠は。私はミナミの意思を尊重しますが、できれば教えてもらえるとうれしいですね。隠し続けるの、けっこうつらいんですよ。話題の共有もできませんし」


「いや、そうじゃなくてさ。……物理的に、バラされるんじゃないかってこと」


「あはは、ありそう!」


「笑い事じゃないぞ!?」


 結局、絶対に解体(バラ)さないことを条件にミナミはギン爺さんに自分のことを伝えた。異世界の日本から来こと、ゾンビであること、その他もろもろだ。


 これを聞いたギン爺さんは冬の間はぜひ話しに付き合ってくれと極上の笑顔で言ってきた。同じ日本人であろう“しのぶ”──忍者の人のことも話すと、そこからついつい話が発展してしまい、結局その日、ミナミは鬼の市に泊まって一晩中日本のことを話すはめになってしまった。


 途中でパースが泥猿の研究結果から、泥猿を魔物使いが飼い馴らすことで成分の分離や精製が難しい薬草でも簡単に薬が作れたりできそうだと話していたが、ギン爺さんはそんなことちっとも聞いていなかった。


 とどめを刺した水素爆鳴気についても話したが、説明すればするほど疑問点を聞いて来るので、しまいにはミナミにも答えられなくなってしまった。


 しびれを切らしたギン爺さんは、説明してもらえないのなら自分で解明するとミナミに魔法を使うよう迫ってくる始末であった。


 結局、軽い爆発音が五、六回ほど王都の夜空に響いたという。余談だが、鬼の市から爆発音が聞こえてくるのは昼夜を問わず割と普通のことだったりする。


 ちなみにレイアは自分に飛び火しないうちにミナミを残してさっさとエレメンタルバターに帰っていった。翌日、ぐったりしたミナミを迎えにきたという。


 だからさっさと逃げるべきだった、というレイアに対し、次こそは自分もそうすると返したミナミであった。



20160808 文法、形式を含めた改稿。

20170614 誤字修正。


ようやくミミズの解剖結果。

まさかこれやるのに一年以上も使うとは思わなんだ。

しかもミミズ倒したのリアルで半年前なんだぜ。


次回からは冒険。遺跡の迷宮です。

平和な王都に戻ってこれるのはリアルでどれくらいかかることやら。

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