47 竜王撃破とバーベキュー
おひさ
突然だが、このセカイの食事事情というものは酷くお粗末だ。
パンはガチガチだし新鮮なものを食べられる機会も少ない。さすがに王族や貴族ならばいいものを食べているのかもしれないが、庶民は貧相なパンに具のあまりない塩のスープ、それにちょっと萎びたサラダをつけるというのが一般的だ。
たまの贅沢で大きな肉を焼いたり、がんばった自分へのご褒美として屋台で串焼きなんかを買ったりもするが、いずれにしろ毎日肉を食べられるわけではない。
だが、この孤児院《エレメンタルバター》は食事だけは不自由しないようにレイアが頑張って稼いでいたため、一般よりかはいいものを食べている。シチューにも具はたくさん入っているし、けっこうな割合で肉も出る。子供たちはまだ全然わかっていないが、かなり恵まれた食事を提供しているのだ。
さらにはミナミのおかげで甘味も豊富だ。これにいたってはこのセカイには存在しないはずのもの。このセカイで一番いいものを食べているといってもおそらく過言ではない。
さて、そんなエレメンタルバターの今日の夕食はちょっと特別だ。なぜなら、今日はパーティーである。ミナミにも気合いが入っていた。
子供たちが元気に遊びまわり──このままだといつまでも遊んでいそうだが、とにかくある程度体力を使わせたところでミナミは夕食の支度にとりかかる。といってもまだ日はそれなりに高く、夕食の準備にしては早すぎる時間だ。
ソフィも部屋の中で“とっておき”を作っているから、本当に下準備だけだったりする。
「私も手伝いたいのですが……なにをすればいいのでしょう?」
「ああ、そっか。リティスさんは知らないか。野菜と肉、一口大に切ってもらえます?」
飴作りを終えたリティスが手伝いを申し出てくれた。一応は客であるのだからゆっくりしてもらっていてもよかったのだが、好意を無駄にするわけにはいかなかった。
「ミナミぃ、肉はどれ使うの?」
「とりあえずは普通の肉で。たぶん足りなくなるからそのときはアレを出します」
「やたっ♪ またあれが食べられるのねぇ」
大体何をするのか察したフェリカはかまどから鍋を外す。飴作りは今日はもう打ち止めだろう。もう十分すぎるほどに作ったし、もう周りに浮かべるのも難しい。これからのことを考えて、はじっこに寄せておいた方がいいかもしれないとミナミは思案する。
「火はあなたが入れないとダメなんじゃないですか?」
「ん、そうだね」
ライカと話していたパースもこちらで手伝ってくれるようだった。よく見ると、ライカはミルとレンにせっつかれて、子供たちとの遊びに加えられていた。
「さぁはやく! あしきりゅうおうからおひめさまをたすけるんだから!」
「ぼくせんし!」
「ボクはまほうつかい」
「あたしがとうぞくでライカさんはきしね!」
「ひ、姫様、本当によろしいのですか?」
「ええ! 私今、とってもわくわくしております! だって本当に“お姫様”しているんですもの!」
「……俺、大丈夫だよな?」
どうやらみんなで竜王討伐ごっこをやっているらしい。そこらに落ちてた樹の枝を頭につけさせられて竜王役をやっているエディが不安そうに両脇に女の子を抱えていた。一人はミル、もう一人はクゥだ。
「…おひげのりゅうおうこわーい。はやくたすけてー」
「助けてー!!」
助けてといいつつも二人の“お姫様”は笑っている。そもそも、なぜさらわれたお姫様が二人もいるのだろうか。そこは一人じゃないのだろうかと、ミナミは心の中だけで首を傾げた。
「われこそはさいきょうのしっぷうたるいみょうをもつこうそくのせんし! あしきりゅうおうめ、わがひっさつのけんをうけてみよ!」
「あくにみみなどかさない。ボクのすがたをめにやきつけて、おそれおののききえるがよい。われのなはくんりんするまどうしイオ」
「こころをうばう、ぷりてぃーとうぞくメルさんじょう! みためにまどわされてあそんでいるとやけどしちゃうよ!っ」
思い思いのポーズと台詞でカッコよく決める子供たち。なんだかいろいろ突っ込みどころはあるが、とりあえずメルのウィンクは両目を瞑ってしまっていた。
「ほら、ライカさんもはやく!」
「わ、私もか!?」
「そりゃそうよねぇ」
「あ、切り終わりました。こっちは盛り付けるのですか?」
「あーそっちはそのままで。そっちのはこの串に刺していってもらえます?」
準備は上々、みんなで楽しめるし、おまけにミルが喜びそうなシチュエーション。我ながら名案だなとミナミは思う。
もちろん、今からやろうとしているのはバーベキュー。こういうパーティーでは定番であるし、なんとなく冒険者っぽい。鉄板も買ってきてあるから適当に焼いてもいいし、金網で普通に焼いてもいい。まさに理想的だ。
「さ、最近ちょっと金欠ぎみ! 掃除洗濯まかせとけ! 庶民の守護騎士ライカ見参!」
言ってから自分の台詞が恥ずかしくなってきたのだろう。ライカの顔はみるみる赤くなっていく。金欠ぎみはともかく、掃除と洗濯をきちんとできるのは誇ってよいことだとミナミは思う。
「……もうちょっと台詞は選びましょうよ、ライカ。私は結構いいと思いますけど、英雄譚にはちょっと不向きですよ?」
「う、うるさい! ならパースもやってみろ!」
「……英知の泉、不壊の真実、神秘の師。我を呼ぶ名は数あれど、我を表すことはなく、ただその瞳は《真理》を求めるのみ──【古の大賢者】パース───参る!」
「パースさんなんかかっこいぃ───!! おしえて! それぼくにもおしえて!」
意外とパースもノリノリだ。兄ちゃんが中学生だった頃をミナミはふと思い出した。
──あの時の兄ちゃんは、毎日のように変な呪文を唱えていたっけ。
そして最強の疾風の光速の戦士よ、君が覚えるべきなのは口上じゃなくて戦い方だと思うぞ、と心の中で付け加えた。
「けんじゃのひでん! ひっさつの──せちゅなごう、ばく、ざん!」
「──じひぶかきはおうのらせんすなじごく!」
「ちょ、おまえら本気じゃねぇか!」
教わった必殺技を叫びつつレンが樹の枝を持って横から飛びかかり、イオが拙いながらも魔法でエディの足を止めようとする。もちろん技名は二つともでたらめでただの振りかぶりと足場を少し脆くする魔法だが、息だけはぴったりだ。
対するエディはさすがは特級冒険者というべきか、多少脆くなった地面をものともせず、子供二人を抱えた状態で見事に捌ききり、足だけでレンの棒を弾き飛ばし、落ちていたボールを蹴ってイオにぶつけることで魔法の追撃を防いでしまった。
……いつのまにか、イオは一人で魔法を使えるようになっているし、レンも身がさらに軽くなっている。近いうちに鍛えるのもいいかもしれないと、ミナミは心のメモ帳に書き加えた。
「おまえらいつのまにか強くなってんなぁ。ま、まだまだだけど。──メル、不意打ちにそんなにもたもた忍び足していたら意味がねぇぞ?」
「あ、あたしのみらーずいりゅーじょんにきづいているっ!?」
もちろん、背後から忍び寄っていたメルにも気づいていた。
「なかなかやりますね、竜王は。まさに悪の化身です。私達も仲間と共に闘いましょう、庶民の守護騎士様?」
「うう、それはもういうなぁ……!」
「え、さすがにそれはひどくね?」
「ミナミさん、私は竜王につくべきでしょうか、それとも守護騎士につくべきでしょうか。個人的には守護騎士についた方が姫様奪還に近づける気がするのですが」
「それでいいんじゃないでしょうか?」
「こ、このお姫様達がどうなってもいいのか!」
「どうにかなる前に助けるまでです」
こうなるともう、竜王は孤立無援の状態だ。リティスがどれほどの腕前なのかは知らないが、まったくずぶの素人ということはないだろうとミナミは検討をつける。
正規兵に特級魔法使い、あとは数だけはいる子供たち。二人を抱えた状態では、これを相手にすることはできないだろう。
なんて思っていたら、竜王は思いもよらない行動に打って出た。
「くそっ、おい、さっきから傍観を決め込む虚無の尖兵! 全てを飲み込む暗黒女皇帝! 手伝え!」
「え、なにそれ私!?」
「尖兵ってなんか扱いひどくね?」
巻き込まれないよう、さりげなく気配を消していたレイアとミナミにもその矛先が向いてしまった。さっきから全然レイアを見ないと思っていたら、どうもミナミの背に隠れてやり過ごしていたらしい。気付かないわけである。
「こうなりゃヤケクソだ! 最終決戦行くぞぉぉぉぉ!」
竜王が吠える。賢者が唱える。盗賊は笑い、戦士は駆けて、魔導師は堂々と樹の枝で打ちのめしにかかった。
おろおろする庶民の守護騎士にメイドがゆっくりとほほ笑み、味方であるはずの暗黒女皇帝が竜王から黄色い悲鳴を上げる二人の姫君を助け、それをみた虚無の尖兵は仕方なく裏切りに打ちひしがれる竜王を助けに入った。
なお、お姫様が封印された古の最強無敵超獣を召喚したことにより虚無の尖兵はその短い幕を下ろし、運命の女神に不意をうたれた竜王はその隙に勇者たちのボディプレスを喰らい永劫の時へと封印されたであった。
「おまたせ こっちの準備は終わったよ……って、フェリカさん、みんなどうしたんですか?」
「んー? 壮絶な死闘を繰り広げただけよぉ? ……ボールを投げるってのも、意外とバカにならない威力があるのねぇ」
「?」
ミルも含めた子供たち全員がちょっと大きくなったごろすけの腹を枕のようにしてゆったりと寝転がっている。地べたなのだがそこらへんはあまり気にしないらしい。
「すごいですね、冒険者は。まさかあれほどの実力があるとは……」
「まぁ、私達は特級ですからね。ミナミはなぜかまだ十級ですけど、間違いなく特級クラスですし」
子供たちは遊び疲れても、大人たちはまだまだ体力に余裕はある。ごっこ遊びで疲れているようでは、冒険者なんてやっていられない。ましてやミナミはゾンビだ。そもそも疲れというものが存在していないのである。
「じゃ、そろそろ頃合いだし始めようか。適当に焼いて適当に食べる。おれの故郷でバーベキューって呼ばれるやりかたなんだ」
「野営っぽいけどちょっとちがうわね。あなたの故郷ではこういうのが普通だったの?」
「いや、こうして遊ぶ時だけかな。外でみんなでわいわいやるときによくやるんだよ」
準備しておいた串を金網に乗せる。鉄板の方にも適当に野菜類を載せておき、火が早く通るようにしておく。
もちろん肉は全てレイアが解毒の魔法をかけてある。仮に生焼けだったとしても、せいぜいお腹がゆるくなるくらいだ。
どうもこの解毒の魔法、習得はかなり難しいらしく、王城でも使えるものはかなり優遇されるらしい。リティスが当たり前のように解毒の魔法を使うレイアを見て驚いていた。
「おっ、そろそろ焼けてきたんじゃね?」
「まだまだですよ」
ちょっとずついい匂いがしてきているが、パースの言うとおりまだまだだ。子供がいる以上、生焼けは避けたい。火を通し過ぎて困ることなど基本的にはないのだ。
ちりちりとあぶられた肉は少しずつ焦げ目をつけていく。同時に、肉汁が噴き出して表面をてかてかさせた。
もうちょっと、もうちょっとなのである。
「うへへ、いいにお~い」
「おう、はやくこっちこい。食いっぱぐれるぞ?」
子供たちもにおいにつられて起き上がる。あれだけ動いていたのだ、お腹もさぞや空いていることだろう。今のうちにウルリンの肉を用意しておいた方がいいかもしれないと、ミナミはそんなことを考えた。
「にーちゃ、まだ? ぼくもうおなかとせなかがくっつきそうだよ!」
「…クゥもぺこぺこ」
「そろそろいいかな?」
焼けた五本の串を子供たちに渡す。どうやらミルは食器を使わずに食べるのが初めてだったらしく、一瞬戸惑ったものの、周りを見てすぐに食べ方を理解しらしい。おそるおそる、そうっと口を近づけていくさまが小動物的でなんとも可愛らしかった。
「おいしいっ!」
「にーちゃ、もういっぽん」
「あたしも!」
「はいはい、ちょっとまってなー」
掴みはよし。イオもメルもがっついている。小さな口を一生懸命動かしてレンとミルは肉を食べている。あっという間に食べ終えたクゥはくいくいとミナミの裾を引っ張って次のを要求していた。
「おらチビども、こっちのも焼けたぞ!」
「うわーい、おじちゃんだいすきー!!」
メルとレンが肉につられていってしまった。食べ物につられて誘拐にあわないかミナミはちょっと心配になった。
「外で食べるのなんて野営の訓練以来だが……こういうのも悪くないな」
「冒険者はみんなこんなかんじですよ。ライカも冒険者になりませんか?」
「み、魅力的な提案なんだが……」
「パースさん? うちの優秀な騎士を引き抜かれるのは困るのですが」
「おっと、それは残念」
焼く、焼く、焼く、焼く。
焼いたそばから子供たちが食べていってしまうから大人たちは大変だ。この肉の香りの中で、お預けを喰らうというのは拷問に等しい。
相対的に見てあまり人気のない野菜炒めは食べられるが、やっぱり肉を食べたいものである。そして、そう考えている間にもミナミは子供たちに次の肉をせっつかれている。
「はい、ミナミくん。そのまま口開けて?」
「ん、わるいね、ソフィ」
さすがにソフィは気配りができる。手が離せないミナミの口に串を当ててくれた。
香ばしい肉の香り。じゅわっとした肉汁。
辛抱堪らなくなったミナミはぱくっと噛みつき、軽く首を横に振る。同時にソフィは串を引き抜いてくれた。
口の中のそれをゆっくりとかみしめると旨みが口いっぱいに広がる。
ああ、やっぱり肉と言えばこれだと、ミナミは感慨深い気持ちになった。しかも、バーベキューの肉の味である。ワイルドな、上品さなんてかけらもない、庶民が楽しむ肉の味だ。最高じゃないかと心の中で大喝采を上げた。
「…クゥもそれやる」
「あたしも!」
「わ、わたしも……!」
「あらあら、モテモテですね、ミナミさん」
ソフィの真似をしたかったのか、ミナミは一斉に三本も口に串を突っ込まれた。せめて順番にしてほしかったが、こうもキラキラした目で詰め寄られては、断る選択肢なんて最初から存在していない。
「あら、それじゃ私もやろうかしら?」
肉と野菜がバランスよく刺された串をレイアが口にあててくる。ふと、ミナミはこれって結構レアな体験なのではなかろうかと気づいてしまった。
ミナミは女の子にこういう風に、いわゆる“あーん”をしてもらったことはない。母親からならあるが、あれはノーカンである。カズハからもあるが、あれは妹だし、そもそもへたくそで鼻に入ったのだ。
美少女二人に眼に入れても痛くない子供たちからの“あーん”。ここしばらくの運勢を使いきってしまったかもしれないと、ミナミは本気でそう思ってしまった。
「レン、ボクたちはごろすけにあげよう」
「そうだね、ごろちゃんまだそんなにたべてないもんね」
「んっんー。パース、ミナミもそろそろ疲れているだろうから焼くのをかわってやったらどうだ? 俺はまだだいじょうぶだからさ」
「……エディにしては気がきくじゃなぁい?」
「どういうことです? まぁ、構いませんが」
「あんな羨ましそうな顔を見ているとなぁ……」
「頭の中、もうそれしか入っていなわよねぇ」
煙の向こうで真っ赤になったライカが、ちらちらとミナミの立っている場所とパースを見つめていた。まぁ、そういうことだろう。
「おいしいです! とってもおいしいです! お城で食べたなによりもおいしいです!」
ミルにとっては自由でわいわい食べるというのはこれが初めてのはずだ。お城のお庭でもこれをしましょう、とリティスに提案している。
さすがにお城でバーベキューはないと思うが、こうして笑ってもらえるのは何よりである。ミナミとしても、がんばって準備したかいがあるといったものだろう。
「こらっ、あなた達ちゃんとお野菜も食べなさい!」
「そうだよ、お野菜だっておいしんだから」
「……俺肉しか食ってねぇや」
「あんたは子供と同じレベルなのねぇ」
「にーちゃ、じゅーす! じゅーすだして!」
「ほいほい」
「これがあのジュースの魔法ですか!」
「この魔法の才能……本当にただの学者なのですか……? それにこのお肉、どうしてただ焼いただけなのにこれほどまでにおいしいのでしょう?」
「あはは、ナイショってことで」
ほぉ──ぅ。
わいわい、がやがや。
日が少しずつ傾いてきているが、まだ誰の胃袋も満足していない。
パーティーはまだまだ続くのだ。肉はまだまだあるし、食後の取っておきも用意してある。火の明るさが強くなってきているように見えるのは、暗くなり始めたからか、それとも火力が上がってきたからか。
「そろそろ次の肉出すぞー!」
「わーい!」
王都の郊外に、楽しそうな子供と大人の声が響き渡っていた。他にあったのは、焼けた肉のおいしそうな香りだけだった。
20160807 文法、形式を含めた改稿。
刹那轟爆斬 喰らった相手は斬られたのち爆発する
慈悲深き覇王の螺旋砂地獄 喰らった相手は砂に飲み込まれる
ミラージュイリュージョン 絶対に本体を捉えられない
みんなでやるバーベキューはなぜああも楽しいものなのか。




