44 姫様はお話が好き
ちょいとお知らせ。
一周年記念にこれの原案となったものを投稿しました。
超不定期更新なうえ文章量も少なく、
文章もけっこうアレですが、お暇でしたらどうぞ。
ごうごうと体をうねらせて、そいつは突っ込んできた。巨体に見合わない、すさまじいスピード。一瞬でも躊躇していたら、間違いなく連れ去られていただろう。もちろん、あの世に、だ。
横っ跳びになってそれを避ける。格好が悪いなどとはいってられない。
とても生物だとは思えないほどの圧倒的な重量感。避けたというのに、冷や汗が止まらなかった。
仲間がお返しとばかりに剣を叩きつける。が、硬い甲殻に弾かれる。
仲間がやたらめっぽうに、しかし正確に矢を放つ。が、その甲殻は傷つきもしない。
仲間がこれならと特大の水球を放つ。が、その甲殻の輝きは曇ることさえなかった。
こちらを弄ぶかのように、地中に潜っては突き上げ、潜っては突き上げ。避けているだけで、こちらの体力は奪われる。そして攻撃は効かない。最初の奇襲しか、まともなダメージを与えられていない。
目に滴る汗をぬぐうこともできず、ひたすらに避けることに集中する。
ものすごい勢いで砂埃が待っている。眼はかゆいし、口の中も砂っぽい。少し塩の味がするのは汗のせいだろう。
ぶおん
今もまた、大木よりも太いそれを間一髪で避けた。ちりっと死の気配が首筋をかすめる。それでも、顔の汗のことを気に掛けるくらいの余裕は生まれつつあるのだ。
相棒とでもいうべき少女が、雷の鞭を放つ。いささか不快ともとれる金属音に似た音を放ちながら、それは輝く蚯蚓の甲殻を打ちつけた。
喰らえばほとんどの魔物は動けなくなる雷鞭。しかしとて、これほどの巨体になるとその効果はほとんどなくなる。もともと、この輝く霊鋼には魔法などあまり効きはしないのだ。
仲間にしたばかりの、小さな獣が泥を投げつける。ささやかな抵抗。その行為にどれだけの意味があるのか。このときは、これが反撃への引き金になるとは思いもしなかった。
小さな獣──泥猿の泥にまみれて、霊鋼蚯蚓の甲殻の輝きは少しばかり鈍くなる。思えば、地中に潜るような魔物なのに、なぜ今まで甲殻に土が付着していなかったのだろう。
そんなことを考えていたのがいけなかったのだろうか。
気づけば蚯蚓の口の中にいた。
自分は、食べかけられているらしい。らしい、というのはあくまでまだ食べられてはおらず、必死になって口の中で両手両足で踏ん張って突っかかっているからだ。
円状に何層も生えた鋭く、獰猛な牙。ぎちぎち、かちかちと、おいでおいでと招くように誘惑的な死のリズムを刻む。
事実、こんな場所で聞いているのだから、あながち間違いでもないのだろう。血と肉のおぞましい臭気さえなければ、意外と心地よいリズムだったかもしれない。
ぐるぐると体の平衡感覚が狂ってゆく。こいつは、自分を口に入れたまま地中へと潜ったらしい。なるほど、体を捻り回転させながら潜るようだ。背中から大小問わず岩、石、土くれが叩きつけられる。
それでも力を抜かなかった自分はなかなか見所があるのではなかろうかと、彼は場違いにもそんなことを考えた。
魚の骨が喉に引っ掛かった気分だろうか、そいつは苛立たしげにシィィと鳴く。
鳴くというのには少し語弊があるかもしれない。どちらかといえば、洞窟の入口に風が吹き込んだような、無機質な、共鳴のような音だった。
ほぉ──ぅ
安心するような梟の鳴き声。
これだ。自分はこれをまっていた。
直後に首に衝撃を感じ、体が持ち上がる。独特の浮遊感に身を任せれば、そこに広がっていたのは嬉しそうに自分を見上げる仲間たちと、顔がないはずなのにイライラしていることがわかる霊鋼蚯蚓。
もう一人の相棒が、来てくれた。反撃の引き金は、引かれたのだ。
五人と二匹でそいつを取り囲む。
もう、言葉はいらない。
誰が何をするのかも、肌で、心で感じた。
緑の体毛の猿が、その異臭のする泥を投げつける。
赤毛の宝探し屋が甲殻のわずかな隙間に矢を打ち込む。
蜂蜜色の髪の戦士がその大剣を霊鋼蚯蚓の頭に叩き込む。
銀髪の魔術師が巨大な水球でそいつを覆う。
後は、自分たちの番だ。
二人の相棒と共に魔法を使う。茶緑の髪の少女が雷の魔法を放ち、夜獣はそれを喰らう。そして一瞬の後、夜獣の体内で増幅された雷が霊鋼蚯蚓に襲いかかった。
耳をつんざくようなその音は森いっぱいに響き渡る。誰もが、これで勝負はついたと思った。
しかし、霊鋼蚯蚓は倒れなかった。
無傷……ではないが、それでも致命傷を与えるほどではなかったのだ。
全身からいらだちの殺気を放ち、いまにも飛びかからんばかり。もしこいつに目がついていたのなら、その視線だけで獲物を殺せただろう。
だが、だ。これで終わりなわけではない。全ては、この時のための布石だったのだ。
仲間のなかで最も地味な、ぱっとしない黒髪の少年は不敵に笑う。じりじりと役者のように、勿体付ける動きで手を振り払った。
──次の瞬間、これまでの闘いの中の何よりも大きな轟音が森を荒く抱きしめる。
それは、ミナミたちにとっては勝利への鐘であり、霊鋼蚯蚓にとっては終幕の、死へのベルだった。
「──と、こんな感じで霊鋼蚯蚓を倒したおれたちは、数日前に王都へと戻ってきたんだ」
「すごいです! 冒険者って、すごいです!」
「姫様、さすがに少し脚色されていると思います」
王都グラージャ、その王城のとある一室。ミナミはそこで、前回の冒険について話していた。
もちろん、少しどころかほとんど事実と違う。ゾンビについては話していないし、肝心なところはだいぶぼやかしてある。
正直ピッツのことだって話すかどうか迷ったのだ。ただ、こちらは獣使いとしてフェリカが登録したはずだし、いずれ会うことになるだろうから隠す必要もないと判断したのである。
「おいしい甘いものも作れて、強くて、優しくて……冒険者はみんなそうなんですか?」
「姫様、ほとんどの冒険者は強いだけの普通の人間です。変わり者が比較的多いのは確かですが」
ミナミの焼いたクッキーを頬張りながらお姫様、ミル・グラージャはきらきらした視線を向ける。教育係であるリティスはそんなミルの様子をみて、少しばかりのため息をつきながらも、何も言わなかった。
なんでも、こうしてリラックスして楽しむことは普段はそこまでないらしく、こういう時ぐらいは大目に見てあげよう、とのことだった。
「おれはいっつも《クー・シー・ハニー》としか組まないから、普通の冒険者のことはちょっとわからないかな」
「普通の冒険者は、コラム大森林までそう気軽に行けませんしね」
「それでも、ミナミさんが強いって言うのは間違いないでしょう?」
「おうともよ、にーちゃんは最強なんだぜ?」
やっぱり! とミルが明るく笑う。ほほえましそうに、リティスはその様子を見ていた。今回幾分かてこずったとはいえ、普通はひっかけば終わりなので、これはちゃんとした嘘偽りのない事実である。
「しかし、ギルドの報告にあった霊鋼蚯蚓をミナミさんが倒していたとは……私も心臓が動いているときと止まったときも合わせればそれなりに長い時間生きていますが、驚くばかりです」
「あれ、まだ発表はしないってギン爺さんがギルド長から聞いたっていってたけど、なんでリティスさんが知っているんですか?」
「それは……姫様の教育係たるもの、いろいろと知っておかねばならないのです」
リティスが意味ありげに笑う。ややあって、おかしそうに唇を人差し指で押さえながら、こっそりと内緒話を打ち明けるように告げた。
「うふふ、あんまり気にすることでもないですよ。どこかの寂しがりなお姫様が、鬼の市とギルドの情報を逐一報告しろといっただけですから」
「リティス!」
真っ赤になってミルが叫ぶ。どうやら、ミナミの受けた依頼もぜんぶばっちり把握されているようだ。情報保護的な問題はいいのだろうか、心配せずにはいられない。
「報告が終わったのに会いに来てくれないと、夜中に何度ぐずられたことか……」
「おねがいリティス、もうやめて……!」
「そっか、なんかごめん」
もちろん、ミナミとて『また会いに行く』という約束を忘れていたわけではないのだが、いかんせん機会がなかったのである。
ここ数日、冬に向けての買い出しや新築前祝いの準備を子供たちに見つからないようにやっていたのだ。パーティーがあるとは伝えたものの、どんな内容かばれてしまうと楽しみが半減してしまうし、しょうがなかったと言える。
「そうだ、こないだ飴作り教えるっていったけど、空いている日はある?」
「空いている日ですか? リティス、あります?」
「……作ろうと思えば、作れないこともありません。しかし、明確な理由もなく遊びに行くわけは……」
「そんなぁ……」
そう、ミルは王族だ。そうほいほいと自由に外出ができる身分ではないのである。
「今度、エレメンタルバターで新築前祝いパーティーやるんだけど、そのときにいっしょに飴作りもやるんだ。せっかくだから二人を飴作りと一緒にパーティーにも招待しようと思ったんだけど……」
「なんとかなりません? お勉強の数を増やしてもいいですから!」
「ふむ……しかし、私と姫様だけでは万が一ということがありますし。護衛の人だって暇ではありません」
「ミナミさんほど強い人はいないじゃないですか! ミナミさんがいれば安心でしょう!」
「それでも、です。本当は友人とはいえミナミさんを姫様の私室に入れているのもいけないことなんですよ?」
「うぅ……」
しゅんとミルがうなだれる。ミナミとしてもどうにかしてあげたいが、こればっかりはどうしようもないし、口をだせることでもない。言わなければよかったと少しの後悔さえもした。
「どうしても、ですか?」
「どうしても、です。世の中何があるのかわからないのですから」
「あの、招待する相手に《クー・シー・ハニー》もいるから安全面は問題ないと思うんですけど……」
「……気分を悪くされたら申し訳ないのですが、いくら強い冒険者がいたとしても、それが姫様の安全に繋がるわけではないのです。《クー・シー・ハニー》の腕が悪いとは思っていませんが……」
「でも、でも、悪い人ではないのでしょう!?」
「……ですから姫様。悪かろうとそうでなかろうと関係ないのです。姫様の言葉を借りますが、確かにミナミさんは護衛の方よりも強いのでしょう。ですが、それは冒険者としての強さです。護衛の方はミナミさんより弱いかもしれませんが、姫様に何かあった時の対応や警護の心構え、その他様々な点でのプロなのですよ。これは冒険者の方には真似できません。それに何度も言いますが、護衛も姫様の私事に付き合えるほど暇ではありません。仮に護衛を連れていけたとして、姫様は友人との立ち会いに無関係の兵士を連れていくことになるのですよ。相手はどう思うでしょうね」
毅然と言い放つリティス。それに対しミルは今にも泣きそうだ。まあ、彼女の年と立場を考えれば、それも当然だろう。
リティスもそこまで言うことはないのに……とミナミは思うが、王族のことを考える従者としての立場としては、リティスは正論を言っている。
しかし、だ。ミナミは今、リティスの言葉を聞いて一つのアイディアを閃いてしまった。
「リティスさん、兵士を連れてきても気にしないと言ったら?」
「いえ、お言葉は嬉しいのですが、さすがにそこまで迷惑はかけられませんよ。こう言ってはなんですが、護衛の兵士がいては息が詰まりますよ」
「質問、いいですか?」
「……どうぞ?」
「この国の兵士って、みんな護衛ができたりします?」
「……衛兵だろうと近衛だろうと、この国の兵士であるならば必ず入った時から定期的に講習、実技を伴う試験があります。試験に受からなかったらクビです。みなその実力はあるでしょう」
「ずいぶん厳しいんですね」
「なにがあるかはわかりませんからね……ですが、それがなにか?」
「いや、友人の衛兵さんも呼ぶことになっているんですよ。その人が護衛ってことじゃダメですか? これなら全部解決すると思うんですけど……」
最悪、ダメだったとしてもパーティーを王城で出来るように頼み込めばいいだろう。要は、安全さえ確保できればそれでいいのだから。
「……むむ、衛兵……問題は……ない? いやでも……戦力は……冒険者がいる、か。なにかあったときは……私も、いる?」
「どうです?」
「おねがいします、後で何でもやりますから!」
うんうんとリティスは考えている。それを見るミルの目が不安に揺れていた。
やがて、はぁ、とため息をついたリティスは、にっこりと笑いながら告げた。
「……今回だけですよ。ミナミさんと衛兵さんに感謝することです」
「やったぁ!」
「ついでに、その衛兵さん、ライカさんっていうんですけど、時間の都合つけてもらいます? たぶん、仲間が既に誘っているはずだから、どこかに休みを入れると思うんですけど」
「わかりました。後ほど調整しておきます。姫様の特別警護という扱いにしますね。それで、そのパーティーはいつですか?」
「もうほとんど準備はできているから、いつでもいいですよ。仲間も、しばらくは予定入れないそうですし」
「わかりました。それでは、決まったら連絡します」
最後に、ミルには聞こえないくらい小さな声でリティスがありがとうと囁いた。強化されたミナミの聴覚でなかったら聞こえなかったかもしれないくらいの小さな声だ。
なんだかんだいって、リティスもミルには行かせたかったのだろう。自分の本心と立場がぶつかるというのは、思った以上に苦痛なことなのかもしれない。
霊鋼蚯蚓の解体もまだ進んでいないようだし、しばらくは時間がある。すこしくらいはしゃいでしまっても、罰は当たらないだろう。
今度は何を持ってこようかな、等と考えながら、ミナミは王城を後にした。本当に嬉しそうに笑ったミルが、いつまでも手を振っていた事がやけに印象に残っていた。
やっぱり、たとえ姫様であろうとパーティーには出たいものだろう。本物のお姫様に喜んでもらえるような、とびっきりのパーティーにしようとミナミは決意を新たにする。
自然と笑みがこぼれる。主催者側というのも面白いものだ。
途中で子供たちへのお土産を買って、ミナミは家へと帰っていった。
20160803 文法、形式を含めた改稿。




