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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
43/88

43 少女たちの過去


 最後まで名残惜しそうに子供たちの背中を見ながら、レイちゃんは寝室に入る。……ううん、ちょっと違うかな。正確にはわたしに背中を押されてレイちゃんは寝室に入れられた。


 ミナミくんが来てから、レイちゃんの表情がずいぶんと柔らかくなってきている。本人に自覚はないみたいだけれど、わたしだってもうレイちゃんとはそこそこ長い時間を過ごしているのだから、このくらい見分けられないはずがない。


「うう……酷くない?」


「まぁまぁ、みんな、レイちゃんたちがいない間、ずっと我慢してたんだよ。今日くらい、許してあげて?」


 しょうがないわね、といいながらもレイちゃんは口を膨らませる。そんな仕草だって初めて会った時は、ううん、少し前までは絶対に見ることはできなかった。


「それよりレイちゃん、疲れているんでしょ? 早く寝ようよ」


「ソフィが思っているほど、疲れちゃいないのよねぇ……。行き帰りはごろちゃんのおかげで魔物は出ないし、旅の途中でもあったか毛布で寝られるし、夜番はミナミ、ごろちゃん、ピッツでやってくれたし」


「ピッツ?」


「新しくフェリカさんの使い魔になった泥猿よ」


「へぇ。でも獣使いになるってことはフェリカさん宝探し屋(トレジャーハンター)辞めるの?」


「ううん、その子もゾンビなのよ。言うことは簡単に聞くから調教の必要はないわ。森でミナミが捕まえたのよ」


 明かりを消してレイちゃんが毛布の中に入る。ゾンビってことは、ごろちゃんみたいに賢い子なんだろう。わたしもそんなにゾンビについて詳しく聞かされたわけではないけど、きっと可愛い子なんだろうなぁ。


 でも、それはともかくとして。


「話がそれたけど、危ない魔物と戦ったのは確かなんでしょ? ちゃんと寝なきゃダメだよ」


 レイちゃんには特にちゃんと言い聞かせないとダメだ。最近その兆候がなくなってきたとはいえ、レイちゃんはいっつもムリをする。


 それこそ、自分を壊してしまうくらいに。










 わたしがレイちゃんと知り合ったのは五年くらい前だったと思う。まだまだ二人とも、大人の仲間入りをしようと背伸びをしていた時期だった。周りからは、ほほえましい子供に見えたに違いない。


 その頃のレイちゃんは師匠さんと一緒に冒険する修行中の身で、王都には旅の中継地点として寄っただけだった。修行中とはいえ、レイちゃんはもうその頃には冒険者としての実力を十分に身につけていて、ギルドに入ってきたときに中にいた冒険者がレイちゃんをチラチラ見ながらひそひそと話し出したのをよく覚えている。


 当時、受付嬢をやっていたわたしには、それは初めての経験だったんだ。


 一流と言っていいほどの実力を持つレイちゃんと師匠さんだけど、路銀がこころもとないとかで依頼を受けにきたらしかった。


 適当な依頼書を持ち出したレイちゃんの対応をしたのはわたし。はじめて見たレイちゃんは、わたしと同じくらいの年なのに、かっこよくて、たくましくて、別世界の人間にみえたっけ。


 後から知ったけど、そのときのレイちゃんはわたしをみて、同じような感想を抱いたらしい。たしかに、受付嬢としてわたしは最年少だったから。


 年が近いこともあって、わたしたちはすぐに打ち解けた。レイちゃんが言うには、わたしは初めてできた友達だったらしい。いろいろな場所へと旅をするレイちゃんだから、同年代と触れ合って友達を作れたことなんて今までなかったみたい。


 レイちゃんはよくわたしの窓口に報告にしてくれるし、わたしもこっそり穴場情報を教えてあげたりもした。これは先輩受付嬢が気にいった冒険者の男の人に特別にやっていたことだったんだけど、わたしもちょっと真似してみたかったんだ。友達だから、気軽にできたというのもあったけど。


 どうしてなのかはわからなかったけど、師匠さんとレイちゃんの資金集めはやたらと時間がかかっていた。レイちゃん自身も師匠さんが密かに飲み食い贅沢をしていると疑っていたけど、師匠さんはいっつも質素倹約を地で行く人だったから、それはないと思う。


 わたしとしては、友達が他の土地は行ってしまうのがいやだったから、時間がかかっているのはむしろうれしかった。


 その当時はまだ一級だったエディさん達──あの若さでだからもう、のほうが正しいけど──ともかくエディさんたちとも仲良くなったレイちゃんは、積極的に依頼を片づけて回っていた。エディさんたちも、レイちゃんを妹のように思っていたのかもしれない。嬢ちゃん、嬢ちゃんと何かと世話を焼いていて、いまでもエディさんはレイちゃんのことをそう呼んでいる。


 わたしもそんなレイちゃんの助けになるために、心のどこかでひっかかるものを感じながらも、報酬のいい依頼を積極的に探して回していた。えこひいきと思われるかもしれないけど、別にこれは規約違反でもないし、報酬のいい依頼はつまりは難易度が高いということでもあるから、レイちゃんたちくらいしか確実にこなせる人はいなかったんだ。


 そうして過ごした三カ月。思い出したくもない事件は起きた。


 わたしは、変な冒険者に絡まれた。ストーカーみたいなものだったのだと思う。


 今は世の中にはそういう人もいるって知ってるけど、当時はすっごく不思議だった。まだ十二、三歳くらいだったから、伯父さんだけでなく、たまに来るおじいちゃん冒険者や師匠さんにもまだまだこれから、なんてからかわれて、自分には女の魅力なんてこれっぽっちもないと思っていたの。


 最初はやたら見かける人だな、と思ったくらいだった。帰り道が同じなのかな、と思っただけだった。


 だけど、気づけばいつも視線を感じて、必ずどこかにその人はいた。


 レイちゃんと仲良くしていたのがまずかったらしい。今まで誰にも話さなかった穴場情報をレイちゃんに話しているのをみて、嫉妬してしまったらしい。帰り道、裏道に引き込まれて拉致されそうになった。


 そのとき、レイちゃんはちょっと遠出する依頼を受けて一人旅に出ていた。その隙を狙ったらしかった。


 怖かった。恐ろしかった。


 もう、思い出したくない。


 でも、レイちゃんが話したいことがあるとかで、たまたま早く帰ってきていてわたしを探してくれていたから、その人はすぐにレイちゃんに取り押さえられた。当時新人だったライカさんの初仕事は、その男をしょっぴくことだった。


 そしてその後、わたしは冒険者ギルドの受付嬢を辞めた。そんなことがあった以上、受付嬢としてやっていく自信なんてなかったから。


 受付嬢はそれ以来、既婚の人やおばさんたちが行うようになり、若い娘は中で事務仕事をするようになった。さらに、なにかしらの事態に備えて、必ず一人は引退した女冒険者を受付嬢として雇うことが決まったらしい。


 そろそろ引退かねぇ、なんて呟いていた重戦士のメーズさんが受付嬢をしているのを見たときは、世の中何があるのかわからないと思った。まだ受付嬢として働き出して間もなかったころ、メーズさんはふざけてわたしの窓口に血を滴らせた大斧を背負ってやってきたような人だったから。


 もちろん、再就職のあてはあった。レイちゃんの話したいことというのがそれだ。


 レイちゃんが依頼をすっぽかしてまで帰ってきた理由。震えながらレイちゃんの裾をつかむメルの姿があった。


 レイちゃんは、孤児院を作りたいらしかった。わたしは、そこで働く……ううん、そこで家族になることを決めたんだ。


 あの日、ぽつぽつとレイちゃんは自分のことを話してくれた。


 レイちゃんもとある理由で孤児のようなものであったこと。師匠さんがそんなレイちゃんを拾い、旅をしながら鍛え上げたこと。


 レイちゃんが師匠さんに拾われたのは四つか五つの頃だといっていた。そんな小さいうちからあの師匠さんに鍛えられていたのだから、レイちゃんは強いのだと納得したのを覚えている。


 孤児院を作るということは、ここに定住するということでもあった。意外にも、師匠さんはすんなりそれを了承したらしい。支度金だ、とかなりの額のお金をぽんと渡した翌日、何事もなかったように師匠さんは旅立っていった。なんでこんなにお金をもっているのかと、レイちゃんが不思議そうに首を捻っていたっけ。


 このお金で今のエレメンタルバターとなる廃屋を買った。ちょっと見た目はぼろぼろだったけど、作りはしっかりしていたし、土地つきでそこそこの広さとなる物件はここくらいしかなかったから。


 役割分担は自然に決まった。


 レイちゃんは今まで通り冒険者として稼ぐお父さん役。もともとレイちゃんは物ごころついたころから冒険をしていたから、一般的な家事なんてほとんどできなかった。


 わたしは家事全般や子供たちの面倒をみるお母さん役。両親を早くに亡くしたわたしは伯父さんの家でお世話になり、遅くまで仕事をする伯父さんに代わって家事をしていたから問題はなく、逆に十分なお金を稼ぐことなんて無理だった。受付嬢の仕事も、なかばコネと同情で得たようなものだったし。


 二人で孤児院のまねごとをして、すぐに子供は増えた。そして、すぐに問題に突き当たった。


 レイちゃんは凄腕とはいえ、まだまだ子供の冒険者だ。当時のわたしだって今のわたしから見ればまだまだ子供だけど。


 五人が暮らすだけのお金を稼ぐのはなかなか大変なことだった。わたし自身、子育てなんてしたことがなかったから最初のうちは自分のことで手一杯で、とてもレイちゃんのことを気に掛ける余裕はなかった。レイちゃんも休みをとらないで一日中ずっと走りまわっていたらしい。


 今までそこそこ稼げていたからなんとかなるだろうと二人で踏んでいたのが大きな間違いだった。わたしがギルドから抜けたから穴場情報が入るはずもなく、師匠さんが一緒にいないから、今まで気にしなくてもよかったことを気にしないといけないようになる。


 すぐに経営状態は悪くなり、わたしとレイちゃんで帳簿とにらめっこする日が続いた。エディさんたちが援助を申し出てくれたけど、わたしたちは自分で決めたことだからとそれを断った。


 ……正直なところ、わたしは受け入れたかったけれど、レイちゃんがかたくなにそれを拒んだんだよね。なにか、レイちゃんには自分の中にしっかりした譲れない信念があったらしい。


 その信念の一つとして、レイちゃんはわたしや子供の食事だけはきちんとしたものになるようにしていた。どんなにお金がない時でも、あなたと子供達だけはお腹いっぱい食べられるようにって、わたしにお金を渡してきた。


 そして、そうやって笑うレイちゃんの顔は、ひどくやつれ、げっそりとして、目にはクマがあった。初めてあったころは泥で汚れてはいたものの張りのよかった肌はかさつき、髪の毛もぱさぱさとしていった。


 レイちゃんは、自分にかかるお金を削っていた。王都から離れるような依頼の際には、街のすぐ外で野宿して宿代を浮かせた。食欲がないから、と自分は食べずに朝食や夕食をにこにこ眺めるだけのこともあった。お昼は、森で木の実を採っていたらしい。


 同じ方向の依頼を何件も掛け持ち、徹夜でかけずり回ってその依頼を達成した。目に入る魔物は全てなぎ倒し、お金になる部位をそりにのせ、大量に持ち帰った。


 持ち帰る途中、そのそりから漂う血の匂いにひかれた魔物を片っぱしから倒し、稼ぎの足しにした。そりを守る必要もあったから、並大抵のことじゃない。


 そのことに気付いたのは、買い物の途中だった。八百屋さんが最近見かける冒険者の少女の噂を教えてくれたの。


 それがレイちゃんそっくりで、帰ってきたら問いただそうと家に急いでいたら、広場の端っこで死んだように体を休めるレイちゃんを見つけた。


 そのときは、レイちゃんがレイちゃんじゃないように感じて、わけもわからず家に帰ってしまった。


 家に帰って落ちついた後、わたしは帰ってきたレイちゃんを問いただした。でも、レイちゃんは知らない、の一点張りで何も答えてくれなかった。


 疲れた顔を見せたくなかったのだと思う。足元はふらふらで、指先だって震えているのに、何事もなかったように笑っていた。


 どうみたって、限界だった。


 最終的に、わたしはエディさんたちの協力を仰ぐことにした。もう、頼れる人なんてエディさんたちくらいしかいなかったから。


 といっても、借金をしたかったわけじゃない。


 いつも通り、レイちゃんが食欲がないから私の朝食はみんなでわけてねっといって家を出た数分後、気絶したレイちゃんを背負ったエディさんたちが家にやってきた。


 わたしが、エディさんたちに頼んでレイちゃんを気絶させてもらった。


 言っても聞かないのだから、力づくで休んでもらうしかなかった。


 レイちゃんはこの王都ですでにトップクラスの実力をもっていたから、一般的な冒険者じゃとても取り押さえることなんてできなかった。エディさんたちも三人がかりでないと無傷で連れてくることはできないといっていた。


 レイちゃんを寝かし、目が覚めて起き出そうとしたところを無理やり押しつけて休ませる。そして説教をした。


 ふざけないでと叫びたかった。ムリをするなと、一人でなんでもやろうとするなと泣いてすがった。


 そして、それからはレイちゃんは少しだけ仕事のペースを落として、休みもちゃんととるようになった。そのおかげか仕事の能率もあがって、孤児院の運営も少なくともなんとかやっていける程度にはなっていった。








「でもねぇ……最近ミナミのほうが稼ぎもいいし、私、このままじゃただ男にたかっている性悪女じゃない? もうちょっとこう、なにかがんばらないといけないと思うのよね。何かないかしら?」


「……もう十分頑張っていると思うよ」


 ミナミくんが来て生活がものすごく楽になったのは確かだけど、レイちゃんがいなければ子供たちも、わたしだってここにはいない。レイちゃんはイマイチ、自分がやってきたことの重大さを理解していないみたい。


「いまみんながここにいるのは、レイちゃんのおかげ。今まで頑張った分、ゆっくりしてもいいんじゃないかな」


「う~本当にそれでいいのかなぁ? そんなこといったらソフィだってゆっくりする権利があるじゃない。私なんてただ短剣振りまわして魔法使うだけだし……」


 わたしは家事しか、送りだすことしかできない。でも、レイちゃんは命がけで冒険している。それは、決して同じことなんかじゃない。


「……あんまりしつこいと、レイちゃんだけおやつ抜きにするよ? レイちゃんたちがいない間、わたし、ミナミくんから教えてもらったお菓子の練習してたんだからね?」


「ずるいわよ、そんなの!」


「わかったら、早く寝てゆっくり休むこと!」


 やっぱり、レイちゃんの表情はかなり柔らかくなっている。今まで、レイちゃんは甘えられる立場にはいなかったんだもん。ちょっとくらい、家族の間で甘えるくらい、いいじゃない。


「あーあ、明日はみんな私のところにこないかしら?」


「じゃ、いっそ居間の机片付けて、みんなで寝よ?」


……ほぉ……ぅ


 それも悪くないわねぇ、なんて呟くレイちゃん。なんだかんだで疲れていたのかもしれない。となりでごろちゃんの鳴き声が聞こえてきたと思ったらあっという間に寝息を立ててしまった。


 レイちゃんの寝顔を想像してくすりとほほ笑む。


 明日は、ちょっと豪華な夕飯にしようかな。そうだ、おやつも奮発しちゃおう。毛布も全部お日様に干して、ぽかぽかのお布団で寝られるようにしよう。


 あれをしよう、これもしようと考えていたわたし。そんなわたしは知らず知らずのうちになにかに祈っていた。



 この幸せが、家族が帰ってきて、安心して眠りにつける幸せが。


 そんな幸せが、いつまでも続きますように。



20160803 文法、形式を含めた改稿。

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