41 調査報告
「──ってなわけで、あそこにいたのはでっかいミスリルの蚯蚓だったんだ」
「ううむ、信じがたいが、コレをみるとなぁ……ナマモノでみたかったわい」
「ムチャ言うなよ。あいつめっちゃでかかったんだぜ? ギン爺さんじゃ一瞬でぺちゃんこにされているね」
「なんの! まだまだ若いのには負けんよ!」
霊鋼蚯蚓を倒したミナミたちは王都グラージャへと戻っていた。もちろん、霊鋼蚯蚓の頭を回収して、だ。魔物の調査そのものも頭の回収という功績をあげて達成できたのだから、なんの問題もない。
ただ、一つ問題があるとすれば……。
「頭しかなかったというのがなぁ……つくづく惜しい」
霊鋼蚯蚓の頭を発見したミナミたちではあったのだが、どうにも頭から下を見つけることができなかったのだ。てっきりとどめを刺したものだと思っていたが、どうやら最後の瞬間に逃げ出していたらしい。ゾンビ化できなかったことから生きてはいないということは判明していたのだが、まさか頭を捨ててでも逃げ出すとはだれも思ってもいなかったのである。
「まぁ、まだ森にいるにせよ、しばらくは動けんじゃろ。新種の魔物じゃし、本格的な調査が始まるじゃろうなぁ」
「この頭も私たちがしっかり解剖してその生態を探ります。とりあえずは、依頼はこれで終了ですね」
「よーやく終わったわねぇ。さっさとギルドに報告しましょ。この子の登録もしちゃいたいし」
ききぃ!
フェリカの肩には例の泥猿がいる。ちょろちょろと右肩に行ったり左肩に行ったりしているが、ミナミの制御化にある以上、魔物として人に危害を加えるようなまねは絶対にできない。
この泥猿はフェリカが貰い受けることになったのだ。ミナミとしてはなんとなくその場限りのパートナーとしてゾンビ化したものだったが、霊鋼蚯蚓の爆破の際にかなり活躍してくれたし、フェリカもそれなりに泥猿に愛着がわいていたらしい。消すくらいだったらちょうだい、といってきたのである。
宝探し屋として遺跡や迷宮の探索をするのにも、この手の相棒はなかなか使えるらしい。高いところや小さな隙間なんかにも比較的容易に潜り込めるため、そういったところに仕掛けられている罠の解除に役立つかもしれないそうだ。
特徴的な手の泥も、パースが採取して徹底的に調査するとのこと。うまくいけば爆薬が簡単に手に入れられる上、その元となった食べ物のこともわかる。食べ物から分泌するまでのプロセスが判明すれば、この泥猿を使った成分精製手法も確立できるかもしれないとのことだった。
ちなみに、《クー・シー・ハニー》のパーティーホームで世話をするそうだが、泥の臭さについてはいまだに対処法がないため、とりあえず香りの強いハーブでも食べさせて匂いが消えるよう試みるそうだ。
「フェリカさん、その子の名前はどうするの?」
「そうねぇ、やっぱないとダメよねぇ……うーん……」
「そういや、ミナミはなんでこいつ、ごろすけって名前にしたんだ?」
エディがちらりとレイアの足元にいるごろすけを見る。ごろすけの毛皮はもういつも通りの真っ黒だ。
結局、あの雷をまとった姿は一時間もしないうちに元に戻ってしまったのだ。王都に戻るまでに何度かレイアが雷の魔力を食べさせてみたものの、あのような変化は起こらなかった。どうやら変化するにはなにか条件があるようだった。
「おれの故郷では、梟のことをごろすけって呼んだりしたんだよ。まぁ、けっこう古い呼び名らしいんだけどね。おれもじいちゃんしかそう呼んでいるの聞いたことないし」
「なるほどなぁ。じゃ、こいつもそんな感じでつければよくね? おまえんとこ、猿はなんて呼んだんだ?」
「猿は猿だな」
「……エテコウとか呼んどらんかったかね?」
「そういえば……あれ、でも、なんでギン爺さんが知っているの?」
意外なところから声が上がった。ミナミも忘れていたはずなのに、なぜギン爺さんが猿の日本での呼び名を知っているのか。
「いやぁ、昔、よくつるんでたやつがそう呼んでたんじゃよ。あいつも東のほうから来た旅人って言っとたし」
くぁっくぁっくぁとギン爺さんは笑う。笑えないのはギン爺さんを除いた一同だ。
だって、ミナミの故郷はこのセカイにはない。いや、その呼び名を知っている時点で、そいつもこのセカイの住人ではないのだ。
「ギン爺さん、その人、どんな人だった?」
「うん? なんだか妙な黒装束のやつじゃったのぅ。こっちのほうには異文化の研究に来たって言うとった」
「黒装束?」
「うむ。黒装束を纏って、素早く動いて……本人は違うと言っていたが、ありゃぁ暗殺者じゃな。魔法も使ってなかったから魔法使いってことはないじゃろうし、なにより暗器をいっぱいもってたしの」
「……」
確かにそれは暗殺者じゃない。忍者だ。このセカイの人間から見れば、暗殺者に見えても仕方ないだろう。
「前々から思っとたんだが、ミナミ、おまえさん、学者っちゅうのは嘘じゃろ? あいつもなーんかいろいろ隠し事してるようなやつでのぅ。どことなく雰囲気や行動や嗜好が似てると思ってたんじゃが、同じ出身なら納得じゃ」
出身が同じ、というか同じ日本人なら雰囲気が似ててもおかしくはない。隠し事をしている、というのも納得だ。
「物知りなやつでのぅ……ワシが鬼という種族だと教えてくれたのもあいつだった」
「そういえば、ギン爺さん以外の鬼は見たことありませんね」
「大鬼や豚鬼はいるけど、ただの鬼って聞かないもんねぇ」
日本式に言うなら、ギン爺さんは赤鬼だ。ファンタジーなこのセカイに名前がないのも頷ける。最初にあった時にレアな種族といっていたが、これはレアどころではない。そもそも、なぜこのセカイに赤鬼がいるのか。
「ワシは生まれを知らないからの。昔は自分が何者かを探すために冒険者をやっとったんじゃが、まさか知っている人間がいるとは思わなんだ」
「ああ、道理で。オウルグリフィンの解体のとき、どうしてギン爺さんはプレッシャーに当てられなかったのか不思議に思ってたんですよ」
「ワシもまだまだ現役っちゅうことじゃ。ああ、現役ならやっぱり一緒に霊鋼蚯蚓を見たかったのぅ」
ギン爺さん本人も自分の生まれを知らないらしい。例の神様なら何か知っているのだろうかと、ミナミはぼんやりと思う。
「ちょっとギン爺さん、話がずれているわよ。その暗殺者の人、今はどこにいるの?」
レイアがいい感じに話を戻す。ミナミにとってはまさにそれが重要だ。もしかしたら、同じ日本人に会えるかもしれないのだから。
しかし、そんなミナミの期待を裏切るかのように、ギン爺さんは少し悲しそうに、困ったように笑いながら告げた。
「……もう、死んどると思う。なんせ、この市が出来るはるか前、ワシの頭がまだ黒かったころの話じゃ。その時にはあいつは白髪頭のじじいだったしの。長命種でもなさそうじゃったし、黄泉人だったとしても、冒険を続けておったのなら死んでいてもおかしくない」
「ギン爺さん、その人が……最後にいた場所はわかります?」
ミナミは理解した。おそらくその人も、なんらかの事情であっちで死に、ミナミ同様、神様に気にいられてこっちにきたのだろう。鬼の寿命がどれくらいかは知らないが、相当昔の話のようだし、江戸時代くらいだったら忍者がいてもおかしくない。
そんな同じ故郷の人のために、墓参りをするのも悪くないようにミナミには思えた。
「それがわからんのじゃよ。最初に言ったじゃろ? 隠し事をするやつじゃったと。ある日、ふらっと旅に出ていってそれっきりじゃ。名前だけは旅に出る直前に教えて貰ったが、まさかあれが今生の別れになるとは思わなんだ。今思えば、あれが別れの挨拶のつもりだったんじゃなぁ」
「……それじゃ、名前を教えてもらえますか?」
場所が分からないのなら、せめて名前だけでも聞いて、位牌だけでも作るべきだろう。満足して死んだのならいいが、文化も何もかもが違うこっちで死んだのなら浮かばれないはずだ。
「たしか……し、しの……しの……び? ぶ? ありゃ、なんだったかの? なんせもうかなり前じゃしの! ま、辛気臭い話は終わりじゃ! この猿の名前をつけるんじゃろ?」
くぁっくぁっくぁとギン爺さんが笑う。ちょっと話題の転換が急な気がするが、きらりと光った涙を見て、それを追求するのは野暮なことのように思えた。
それに、おそらくそれは名前じゃなくて、職業名だ。最後まで秘密主義の人だったらしい。
「そうだな よし、エテコウにしようぜ!」
「やぁだ、かわいくないわよぉ」
「ね、コウとかどうかしら?」
ギン爺さんのことを察したのか、レイア達も話題をずらそうとしている。同じ日本人の話もそうだが、ギン爺さん自身の話もけっこうヘビーだ。
若いころ、たった一人で自分が何者かを探すというのは大変だったことだろう。獣人やエルフのようにメジャーな種族でもないし、きっといろんな苦労があったに違いない。孤児院エレメンタルバターにひいきしてくれるのも、その辺が絡んでいるのかもしれない。
「う─……コウもなんか違うのよねぇ」
「どうでもいいですけれど、早いとこ行かないと、日が暮れてしまいますよ。フィーリングで適当に決めればいいじゃないですか」
ききぃ!
パースの言葉に泥猿が抗議の声をあげた。ちゃんと人は絶対に傷つけないよう命令してあるが、パースはそれに驚いて一歩後ずさる。
「《クー・シー・ハニー》からクーってのはどうだろう?」
「響きはいいけれどぉ、それ、犬じゃない」
なんでも、《クー・シー・ハニー》というのは《犬妖精の蜂蜜》という伝説の蜂蜜の名前から取ったらしい。この蜂蜜を見つけたものには幸運が舞い降りる、という言い伝えがあることから、また、パーティーリーダーのエディの髪が蜂蜜色であることからパーティーの名前にしたそうだ。
「あれ、もしかして、《エレメンタルバター》もそんな意味があったり?」
「《精霊の牛脂》ですね。これは幸福を司ると言われています。やっぱりこれも伝説の食材っていわれてますね」
「知らなかった……」
レイアも知らなかったらしい。どうやらこの伝説はそこまでメジャーなものではないらしく、地方で言い伝えられているだけのものもあるそうで、パースはこの鬼の市に遠くからものを探しに来た商人から聞いたそうだ。
「でも、そうなるとあの子たち、いったいどこでこんなの聞いたんだろう? あそこの名前、あの子たちが決めたのよね。パーティー名にも使っているし」
「ソフィさんじゃないですか?」
「……あるかも。そういえばいっつも寝物語とかしているしなぁ」
「なぁ、パース。その伝説の何とかって他にもあるの?」
「ええ。『愛情』の《シルキーシュガー》とか、『金運』の《ケット・シー・エッグ》、『守護』の《ブラウニーフルーツ》なんかがありますね」
《館妖精の砂糖》に《猫妖精の卵》、《家妖精の果実》。なんだかお菓子でも作れそうなラインナップだ。精霊以外全部妖精なのがアンバランスといえばアンバランスである。そもそも、精霊のバターってよく考えなくてもあり得ない代物だ。
「まぁ、あくまで伝説ですからね。ただ、《月歌美人の神酒》も伝説といわれていたので、決して無いとは言い切れないのです」
「ふーん。いつか見てみたいものねぇ。ね、ピッツ?」
ききぃ!
泥猿がフェリカの肩で返事をしていた。いつのまにか名前を決めたらしい。というか、さっきから話がグダグダだ。エテコウになんら関係ない名前だし、これはフィーリングで決めた名前だろう。
ピッツの登録が終わり、魔物調査の依頼の達成報告も終え、後は帰るだけになった。メーズさんがびっくりした顔で叩いてきたものだからミナミの背中は若干ひりひりしている。
あの依頼はけっこう難易度が高かったらしい。なんで昇級試験を受けないのかと聞かれてしまったが、その説明をすっ飛ばしたのはあなたでしょうとは、ミナミは口が裂けても言えなかった。
「例のお祝いパーティーはいつにする?」
「いつでもいいけど……ライカさんにも飴作り教えるから、そのへんパースから聞かないとなぁ。あ、もしかしたらもう二人くらい呼ぶかもしれないけど、いい?」
「別に問題ないけど……あなた、知り合いいたの?」
「ひっでぇ」
孤児院へと至る道。もうすっかり夕暮れだ。この時間帯なら晩御飯前には帰ることが出来るだろう。一週間近く子供たちにあっていないミナミは、帰る瞬間が待ち遠しくて仕方なかった。
「そうそう、ふと思ったんだけど、新築、あれ、もうちょっと伸びると思うの」
「ん? どうして?」
「これから冬じゃない。仮住まい探さなきゃいけないし、冬支度もろくにできていない状態で引っ越しは無謀だからね。春からになると思う」
「そっかぁ。物件もさがさないといけないんだよなぁ。今の取り壊して、そこに建てることはできないかな? あの場所けっこう気にいっているんだよね」
「もともとそのつもりよ。ついでに土地を広げて、お庭も大きくしようと思うの。どうかしら?」
「いいね。子供が増えたら、あそこじゃちょっと狭いしね」
夕日を背にしてまっすぐに歩く。長い影が足元から伸びていた。
死んでしまったあの日本人も、こうして幸せな将来のことを話す余裕はあったのだろうか。幸せな時間というものは、あったのだろうか。誰か支えてくれる人はいたのだろうか。
……いや、神様から気にいられてここに来たんだから、少なくとも不幸になっているということはないだろう。そう信じたいとミナミは思う。
「さ、見えてきたわよ……どしたの?」
「ん、なんでもない。ちょっとセンチメンタルになってただけ」
「ふぅん?」
レイアがすこし疑わしげな眼で見てくる。
同郷とはいえ、どうしてこんなにも関係のない人のことを気にしているのだろうか。なんだか妙な、不思議な気分だった。
「あっ、あれ……にーちゃとねーちゃ……かな?」
「ホントだ! にーちゃ、ねーちゃ、おっかえり~!」
「おかえり! ねぇ、どんなぼうけんしてきたの!?」
「うぇぇ、おそいよ~!」
門へとさしかかったところで子供たちが飛びついてくる。一週間くらいだというのに、すこし重くなったようだった。クゥは相変わらずはんべそになっている。
「おう! ただいま!」
「ただいま! しばらく冒険にでないから、これからめいっぱい遊べるわよ~! それに、近いうちにパーティーするからね!」
子供たちのやった! という声が響く。夕日に照らされて、その顔がとても赤く見えた。今は、この顔が見られればなんでもいいと、ミナミはすっきりした表情で子供たちを抱きしめる。
ソフィがどたばたとやってくる気配がする。なんだか長かった気がするけど、とにかく、ようやく帰ってきたのだ。
20160802 文法、形式を含めた改稿。




