40 異界の知識
20160801 文法、形式を含めた改稿。
ちょっとおしらせ。
すでに個存知の方もいらっしゃると思いますが、
ちょっと前から新しいのはじめました。
甘いものがないこのセカイのどこかでのスウィートでドリームなお話です。
出来ることが出来ないというのはとてももどかしいことだ。やりたいことがやれないというのはとてももどかしいことだ。
それが例え魔物であったとしてもその事実は存在するらしい。霊鋼蚯蚓は見るからに不満げにゆらゆらと揺れている。
「本当にそれでいいんですか……?」
「大丈夫、理論的には問題ないはず。むしろ威力が足りるかどうかだ」
「まぁ、それでいけるってんならいいけどよ。あいつもそろそろ限界だし、そろそろやっちまおうぜ」
岩石大猩々に囲まれたミナミたちの作戦会議も終わりだ。これで駄目だったのなら、もうどうしようもないだろう。
「じゃ、準備はいいか?」
仲間が頷いたのと同時にミナミは走り出す。それに反応して霊鋼蚯蚓はミナミに飛びつく。今までの鬱憤を晴らすかのような勢いだ。完全にミナミのことしか目に入っていない。
「こっちだクソミミズ!」
遠ざかるように走るミナミを追いかけて霊鋼蚯蚓は体をぴんと伸ばす。
本当に長い体だ。土に隠れている分も含めたら、いったいどれだけあるのだろうか。
「よし、やれ!」
ただ、体を伸ばしたのはいささかうかつだった。ずん、ずん、と腹に響く音を立てながら、岩石大猩々が霊鋼蚯蚓に飛びかかる。その見た目に反して素早い身のこなし。上から、右から、左から。まさしく落石のような素早さで霊鋼蚯蚓をがっちりと抑え込んでしまった。ミスリルと岩石の皮膚がぶつかり合うがつりとした音が森に響く。
シィィィィ!
いくら霊鋼蚯蚓が暴れようと、その力の最たる場所である首元を固められてしまってはあまり効果はない。いや、ヒトからみれば十分驚異的な力なのだが、同じくヒトにとっては脅威となる存在の魔物、それも力が自慢な岩石大猩々三匹にがっちりと固められれば身動きだって取れなくなる。
「よし、いまだ!」
「あいよぉ!」
「まかせて!」
ききぃ!
タイミングを見計らっていたフェリカが弓を番える。矢先には黒い、異臭のするなにか。泥猿の泥だ。裂帛の気合とともに飛び出していったそれは寸分の狂いなく、霊鋼蚯蚓の甲殻の隙間へと吸い込まれていく。
「まだまだぁ!」
ききぃ!
作戦会議の途中からずっと作っていた、泥猿の泥の山。といっても、あまり量はない。その山へと矢じりを刺し、泥を付着させる。掬いとると言ってもいい。
そんな矢を次々に霊鋼蚯蚓のわずかな甲殻の隙間へと撃ちこんでいく。まさに矢の雨だ。泥がついている分、普通の矢より命中精度は劣るはずだが、彼女はそのほとんどを狙った場所へと命中させていた。
泥猿も負けてはいない。その小柄な体のどこにそんな力があるのかわからないが、自らが作った泥団子を霊鋼蚯蚓のあちこちにぶつけている。かなり長い距離があるはずなのに、だ。
一つ一つの泥の量は少ないものの、流れるようなフェリカの速射と泥猿の速投によって霊鋼蚯蚓の体には何本もの矢が生え、そしてうっすらとまだらに泥にまみれていた。
「こいつもくれてやらぁ!」
一方エディは、なにやら異臭のする背嚢を抱えて走っていた。中身はもちろん、泥猿の泥である。
シィィィィ!
「くっそ、暴れるな!」
エディの持つそれが、自分の身に対して危害を及ぼすものだとわかったのだろう。霊鋼蚯蚓の抵抗がまた一段と激しくなる。あわててミナミも霊鋼蚯蚓を抑えにかかるが、フェリカの刺した矢の何本かが抜けてしまった。
泥がいっぱい詰まった背嚢というのは、言うまでもなく重い。加えてとんでもなく臭い。運んでいるエディもたまったものではないだろう。いつも以上に真剣な表情で霊鋼蚯蚓の口元へと走ると、その背嚢を、思いっきり口の中へとぶちまけた!
「うぇぇェェェっ!」
霊鋼蚯蚓の口内の臭気と泥猿の泥の臭気。ミナミでこそ気分が悪くなる程度ですんでいたが、まともな人間だったら気絶してしまってもおかしくない。感覚が鋭い鋭くない以前に、生理的に無理なのだ。酸っぱい物をなんとか舌の根元でこらえられたエディは、ヒトとしては十分すぎるほど頑張ったほうだろう。
エディはそのまま振り返ることなく離れていく。できるだけさっさと離れたいと背中が語っているのをミナミは見た。
「よっしゃ、次ぃ!」
エディの背中を追いかけるようにしてミナミも霊鋼蚯蚓から離れる。早くしないと、巻き込まれてしまう。
そして──次の瞬間。
空中から染み出るように水があふれ出てくる。
水面に伝わる波紋のように。
枯れ木を燃やす炎のように。
水は全てを飲み込まんと広がっていく。パースの魔法だ。いつも以上に大きな水球である。
「飲み込め! 溢れろ! 包みこめ!」
魔法の発動に呪文は必須ではない。だが、成功確率や威力をあげるのには有効だ。実際に口に出すことで、意思の力は明確になる。パースの場合は、呪文ではなくただ声をかけるだけのようだった。
シィィィィ!
暴れる霊鋼蚯蚓を無視してその水球はどんどん大きくなっていく。霊鋼蚯蚓を抑える岩石大猩々ごとだ。ミナミの目には岩石大猩々が水族館の水槽の中にいるように見えた。
ふと見れば、パースの手首の水色の宝石のようなものをあしらったアクセサリーが輝いている。どうやら、これはパースが以前見つけたミスリルらしい。魔力増強の効果があると言っていたが、本当のようだ。
ちょっと目を離した間にも、水は霊鋼蚯蚓を覆っていく。もう体のほとんどが水に覆われてしまっていた。
興味深いことに体の表面だけには水が集まっていない。どうやら霊鋼蚯蚓のミスリルが魔法としての水をはじいているようだ。ただまぁ、あれでは水の中にいるのとさして変わらないだろう。
「パース、もう大丈夫だ!」
「ミ、ミスリル付きとはいえ、け、けっこう堪えますね……!」
ぜぇぜぇと肩で息をしているところを見ると、かなり無茶をしてくれたんだろう。今日はすでにかなり魔法を使っていたから、当然と言えば当然か。
「レイア、ごろすけ、いくぞ!」
「うん!」
ほぉぉぉぉ──う!
最後は、ミナミたちだ。レイアを乗せたごろすけが飛び立ち、ミナミはそのまま正面で構える。
ミナミはゾンビだ。だが、こいつには爪もたたなければゾンビ化することもできない。しかし、だからとて攻撃手段がないわけでもない。
そう、もともとはゾンビ能力なんて貰うつもりはなかったのだ。こういうときのために、貰った能力がある。
「吹き荒れろぉぉぉ!」
最近はめっきり生活、特に風呂焚きにしか使っていなかった魔法だ。
ミナミの雄たけびと共にドーム状になった吹き荒れる風が霊鋼蚯蚓を閉じ込める。水と風。二つの檻に捕らわれた霊鋼蚯蚓だが、未だに戦意は失っていない。
吹き荒れる風によって引き起こされた水流は、やはり霊鋼蚯蚓の表面まででかき消えてしまっている。ごうごう、ざぁざぁという嵐のような音だけがその光景のすさまじさを物語っていた。
「いいぞ、やってくれ!」
「まかせて!」
ミナミが魔法を使っている間に霊鋼蚯蚓の上へと飛んでいたレイアはそこで魔法を使うべく右手を前に出す。ただし、狙いは霊鋼蚯蚓ではない。
「ごろちゃん、いっぱい食べなさい!」
ほぉぉ──う!
レイアの発した雷が吸い込まれるようにしてごろすけの嘴へと集っていく。水と風の音の中に雷の音が混じり、いよいよ嵐のようになってきた。
全身全霊を込めてレイアは雷を放ち続ける。もともと大きな威力の魔法を使えず魔法は技術で勝負するレイアだが、この時ばかりは制御も質も考えずに、ただ純粋な魔力としての雷を放出し続けた。
ばんっ!
そして、変化は訪れた。一瞬嘴に集っていた雷が消えたかと思うと、次の瞬間、ごろすけの全身が雷の魔力によって覆われたのだ。
雷の魔力が体の隅々までいきわたったのだろうか。黒いはずの毛皮がうっすらと青白く光ってさえいる。翼の羽の先々でバチバチと電気がはじけ、猛禽の爪にも、後足の爪にも稲妻が宿っていた。
寝そべっていた毛が静電気によって反発しあい、よりふかふかして見えた。どこか神々しくさえ見える。それに合わせて、レイアの茶緑の髪もふんわりと膨らんでいた。
「おいおい、なんだよあれ!」
「いや、おれもしらないって!」
「オウルグリフィンにはまた別の性質があったのですか……!?」
「きれい……」
正直これはミナミにも予想外だ。雷の魔力を喰ったからといって見た目が変わるなど誰が考えるだろう。ミナミはただ単に、レイアとごろすけには喰わせた魔法を増幅して放ってもらうだけの予定だったのだ。
「なんだかしらないけど……やっちゃえごろちゃん!」
ヴォォォォォオオオ!
いつもと違った声でごろすけが鳴いた瞬間。ミナミたちの目の前──つまりは霊鋼蚯蚓に特大の雷が落ちた。それも一発ではない。ごろすけが鳴くたび、どん、どん、どどんと落ちてくる。
シィィィィィ!
ヴォォォォオオオ!
首の下を思い切り伸ばし、ゆっくりと伸びをするかのようにして天を仰いで鳴く。もはや吠えると言ったほうがよいかもしれない。霊鋼蚯蚓に落ちた雷は激しく流れる水流全体を伝って流れ、その中の全てのものを駆け巡る。霊鋼蚯蚓こそ生きてはいるものの、すでに岩石大猩々は三匹とも力尽きていた。
「なんという威力……!」
「でも、全然効いてねぇぞ!」
雷の雨がやんで、激しい光の光景が穏やかになってくる。相変わらずミナミの風だけはごうごうと吹き荒れていたが、パースの水はなくなっていた。そしてなにより、霊鋼蚯蚓はほとんど無傷でそこに横たわっている。折り重なった岩石大猩々をどかすのも時間の問題だろう。
「あれも魔法だから効かなかったんだろうな、たぶん」
「おいおいおいおい! ダメじゃねえかそりゃ!」
「いや、予定通りだよ」
ミナミはにやりと笑う。確かに水に閉じ込めてからの雷のコンボはすごい威力だった。加えてごろすけの見た目がいきなり変わったのも衝撃的だった。
だが、もともと雷で倒そうとなどとは思っていないのだ。それだけなら、風で閉じ込める必要などない。
「レイア、そこから離れて! エディたちもはやく!」
そう、ミナミにとってはこれからが重要だ。そしてこれが、最後の仕上げとなる。
「離れてどーすんだよ!」
「耳ふさいで伏せて! もう時間がない!」
今まさに、霊鋼蚯蚓が岩石大猩々をどかしたところだ。風のドームが突破されるのだってそうかからないはず。
しかし、だ。そんなこと、させるわけがない。
ミナミはゆっくりと口の端を釣りあげながら、まっすぐ霊鋼蚯蚓を見つめる。焦ることなど何もない。言われた通り、いや、今ではそうしなくてもできるが、ここは原点に立ち返ってみるもの面白い物だとミナミは考えた。
「そぉいっ!」
ちょっと間の抜けた掛け声とともに手を払う。腕の動きと同時に、なにか風のようなものが霊鋼蚯蚓へと伸びていった。そして。
ドォォォン!
「うわぁっ!」
轟音。爆音。悲鳴がだれのものだったかはわからない。
火ではない。純粋な爆発だ。それはびりびりと森全体に響き渡った。
土が、木が、石が、そこら中へと飛び散る。
もうもうと舞った土煙りで視界がたちまちふさがった。
だいぶ離れていたというのにミナミのところまでわずかながら衝撃が来た。硫黄とガソリンの臭いがする。紛争地帯とかは、きっとこんな感じなのだろうとミナミは頭の片隅で考えた。耳をふさいだはずなのに、ジンジンとひりつく。
「みんなぁ、生きてる!?」
時間にして三分もたっていない。モクモクとした上のほうからごろすけの羽音とレイアの声が聞こえる。
「ごほっ、なんとか……」
「あ、あたしもぉ……」
「ぺっ、変なの口はいった!」
きっきぃ……!
まだ土煙で姿は見えないが、エディたちの声が聞こえる。どうやらみんな無事らしい。
「それよか、今度こそやったか!? さすがにこれでダメとか洒落になんねぇぞ!」
一番早く起き上がったのはエディ。真っ先に敵の存在を探すあたり、戦士としての自分の役割を意識しているようだ。
ゆっくりと土煙が晴れてくる。
とりあえずは何も聞こえないし動いている様子もない。ミナミとエディはゆっくりと目をこらしながら警戒を続ける。やがてレイアとごろすけが空から戻り、パースとフェリカ、ついでに泥猿も起き上がる。
「嬢ちゃん、上からあいつがどうなったか見えなかったか?」
「ごめんなさい、ミナミが火の魔法使ったとこまではわかったんだけど……」
「そっか、まぁありゃしょうがねぇよな」
「……まってください! あそこに何かいます!」
うっすらと見える巨影。大きさはちょうど霊鋼蚯蚓の頭くらい。こいつは、どうみても……
「まだ生きてやがったの……か?」
「いや、おれたちの勝ちだ」
頭だけの、首から下のない霊鋼蚯蚓の死体がそこにはあった。きれいな甲殻も、砂にまみれてくすんでしまっている。随分とみすぼらしくなってしまっていた。
「おれたちの、勝ちだぁぁぁぁ!」
堪え切れなくなったようにミナミは思いっきり叫ぶ。続いてレイアが、エディが、フェリカが、パースまでもが喜びを声で表現するかのように、この森いっぱいに響くように叫ぶ。
ヴォォォォオオオオ!
きっききぃ!
一番大きな声で叫んだごろすけと、一番小さな声で叫んだ泥猿が、妙に印象的だった。




