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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
39/88

39 ミミズは踊る、されど進まず


「ミナミぃ!」


 レイアの悲痛な声が、コラム大森林に響き渡る。しかしながらその声は、霊鋼蚯蚓にとって何の意味もなさない。


 霊鋼蚯蚓はミナミを喰った勢いのまま、土の中へと潜っていく。その長い体でごうごうと音を立てて潜るのが、今度はやけに長く感じられた。


「このやろぉぉぉぉ!」


 ものすごい勢いで潜っていく霊鋼蚯蚓に、レイアはとっさに魔法を放った。彼女の十八番である雷の魔法だ。雷を鞭のようにしならせ敵を打ちつけるこの魔法は、相手の体を断ち切るような威力こそないものの、その雷の性質によってほとんどの魔物をひるませることが出来る。足止めや牽制にはもってこいの魔法なのだ。


「レイアさん、落ちついてください! あいつにそれは効きません!」


「でも、ミナミが!」


 パースが言った通り、霊鋼蚯蚓のミスリルの甲殻に触れた雷鞭は空中に溶けるようにして消えてしまっていた。普通の魔物ならばどんなやつにでもだいたい効くものではあるが、威力そのものはからっきしな上、相手はミスリルだ。効く道理があるはずがない。


 レイアはこのとき器用貧乏な自分の魔法の腕を心の底から憎んだ。もしかしたらという話だが、パースのような威力のある魔法を使うことが出来ていれば、動きを止めるくらいはできたかもしれないのだ。


「それに、大丈夫です! 彼なら──」


「来たぞ!」


 エディの声に続いて地面が隆起し、水色の巨体がまっすぐ飛び出てくる。相変わらず不快なしぃぃ、という鳴き声のようなものを発しているが、今回は微妙にその音が変わっているのが感じ取れた。


 その変化に一瞬にして冷静になったレイアはその理由を探るべく、飛び出てきた霊鋼蚯蚓を舐めまわすようにして観察する。


 魔物の変化を感じ取れないと、冒険者は生き延びることはできない。今までそこまで攻撃的ではなかった魔物が、警告音を発した直後に強烈な攻撃性を示すことなどよくあることだ。


 冒険者として十分な経験を積んでいるレイアがそうしたのは、半ば本能のようなものだった。


 そして。


「ちっくしょう、やってくれるじゃねえかこのクソミミズがぁ!」


 彼女が変化の原因として最も適当であろうと推測した口元には、口の中に入りこみながらも、両手両足でつっかえ棒のように踏ん張るミナミがいた。




 ミナミはキれていた。


 普通の今どきの高校生の基準で考えれば遥かに温厚な部類に入るミナミだが、さりとて中身はまだまだ子供なところがある。喰われたあげく、なんとか踏ん張って耐えたところに背中から土をしたたかに打ちつけられたのだ。そりゃ、ミミズ相手に本気になって怒ったとしてもおかしくはないだろう。


 おまけにこの口の中はウルリンゾンビの血肉の臭いでいっぱいだ。自分で殺し、自分が食い散らかした血肉の匂いはとても素晴らしいと感じ取れるミナミだが、この血の臭いはただただ不快なだけだった。


 さらには泥猿が投げ入れたらしい臭い泥の臭いもする。硫黄と、ガソリンと、腐った肉と、血。それらをすべてひっくるめたような臭いだ。


 ゾンビとなったからか、それとも強力な肉体になったせいか、どちらかはわからないが強化された嗅覚をもつミナミにとって、それは耐えがたい地獄に等しかった。吐くものなどないはずなのに、胸がムカムカする。


 ただ、幸いだったこともあった。


「へ、へ……おまえ、口を閉じる力は弱いらしいな……!」


 目の前で鋭い歯がキチキチと音を立てている。ぐるぐると回りながら飲み込まれた事を考えると、どうもこいつの口は飾りに等しく、体の勢いを持って獲物を飲み込むらしい。もちろん、ミナミの怪力でなければこのように手足でつっかえさせて踏ん張ることはできなかっただろう。


 踏ん張る手に力を込め、爪を思いっきり口内に食い込ませる。やはり、ゾンビにすることはできない。


 理由はよくわからないが、生物であるならばゾンビ化できないということはあり得ない。つまり、こいつはすでに死んでいる可能性がある。


 奇しくも、こいつもゾンビに属する、あるいはアンデッドのそれと似たようなものだというわけだ。


「ミナミ! 生きてる!?」


「おう、大丈夫じゃないし生きちゃいないけど、無事だ!」


 遠目からでも、レイアがほっとした表情をするのが見えた。それを見てミナミも安心する。とりあえず、欠けた人間はいない。


「ミナミ、出られますか!?」


「大丈夫! もうそろそろだ!」


 今もエディやフェリカがミナミを助けようと霊鋼蚯蚓に攻撃を加えているが、そこまで効果はない。ミナミ自身が霊鋼蚯蚓の動きに合わせて振りまわされているだけだ。


 だが、この状態はすなわち霊鋼蚯蚓が簡単に地面に潜り込めなくなったことを意味する。口が塞がれていては満足に潜れないし、潜ろうとすればミナミを離すことになる。


「そろそろって……うぉ!」


「なんなのよあれ……?」


 ミナミが応えて数秒もしないうちに、なぎ倒された木々の奥から厳つい巨体が姿を現す。


 岩石のような赤みかかった灰色の、硬く、重い皮膚。人のような姿かたちをしているが、全体的にごつごつとしている。


 遠目から見れば人の形をした岩だろう。横にも縦にも大きいから、近くでまじまじと見るか、動くところを見なければとても生物とは思えない。


岩石大猩々(ロックゴリラ)……それも三匹も……!?」


「おい、あれみろ!」


 その岩石大猩々は、体の表面に傷ついた跡があった。


 何かにしたたかに打ちつけられたようなもの。

 杭のようなもので削られたようなもの。

 ところどころが黒く、焼かれた跡もある。


 全部に共通なのは、一際目立つわき腹の何かで穿った跡と、虚空を見つめるかのような生気のないつぶらな瞳だった。


ほぉ──ぅ!


 次の瞬間、聞きなれた叫び声とともに黒い影が霊鋼蚯蚓に突っ込んでいく。横からではなく、上からの急襲だ。その影は一瞬にして霊鋼蚯蚓の口に襲いかかると、次の瞬間にはすぐに離れてしまう。


「おそいぞ、ごろすけ。それとできればもうちょっとカッコよく助けてほしかった」


ほぉ──ぅ……


 その黒い獣、ごろすけの嘴に襟元を咥えられたミナミがつぶやいた。






 話を少しさかのぼろう。


 コラム大森林に着き、ミナミから自由行動を言い渡されたごろすけは、ひさしぶりに全力で森を飛んだ。王都周辺の情けなくなるくらいに弱い魔物ではなく、少しは実力を試すことが出来る相手を探した。


 なんだかんだいってずっと子供のお守というのは疲れるし、嫌いではないが体が鈍る。ゾンビとなってから戦った中ではトップの実力を持つ月歌美人でさえ、傷つけて殺してはいけないという、たいそうストレスのたまる狩りを強いられた。


 そう、ごろすけは久しぶりに全力で狩りをしてみたくなったのである。


 とはいえ、魔物の中では最高クラスの実力をもつオウルグリフィンのお眼鏡にかなう相手などそうそういない。そこで、戦闘力もあり、防御もあってなかなかタフな岩石大猩々をわざわざ三匹見つけてまとめて相手をしていたのである。


 尾っぽでしたたかに打ちつけても倒れない。爪でひっかいても致命傷は負わない。最近では風呂を沸かすことにしか使わない火の魔法を使っても、たいして効かない。


 それは、ごろすけにとって実に有意義な時間だった。引っ掻き、かわし、打ちつけ、飛び回り、囲まれながらの狩りは、ここしばらく経験していなかったものだ。焦らして焦らして、最後の最後で嘴でわき腹を穿って、じっくり楽しんでから仕留めた。


 その直後だ。ごろすけが全員集合の命令を受け取ったのは。


 そのまままっすぐミナミの元へといってもよかったのだが、ごろすけは全員(●●)集合をかけられたことを不思議に思い、戦力として仕留めた──すなわちゾンビ化した岩石大猩々を連れてきたのである。


 ちなみに、ごろすけは自分が狩りを楽しむためだけに、引っ掻いた直後にゾンビにしないよう、ゾンビ因子を操作している。その能力を本能的に理解しているのだろう。


 そして、現在。


「ミナミ、あなた本当に大丈夫!?」


「ん、平気平気。ただ、ちょ──っと頭にきてるかな、あのクソミミズに」


「ちょっとじゃねぇよな、絶対」


 普段は強気ともとれるレイアだが、こういうときは本気になって心配してくれる。そういえば初めて会った時もこういう風に心配してくれたっけ、とミナミは振り返った。


 あの時は確か喉に指を突っ込まれたはずだ。他人の口に指を突っ込むのは、こっちでは普通のことなんだろうかと、場違いにもそんなことを考えた。


「無事で何よりです。しかもあの岩石大猩々、ゾンビですよね?」


「そうだね。あんなでかいの来るとは思わなかったけど」


 霊鋼蚯蚓はミナミたちを囲むようにして立っている岩石大猩々に阻まれて近づくことが出来ない。霊鋼蚯蚓の口では岩石大猩々は飲み込めないし、体を打ちつけようにも三匹掛かりなら抑え込まれてしまうだろう。


「それよりも、どうするのぉ? 魔法は効かないし剣も矢も通らないし。まぁ、向こうも今は何もできないみたいだけど……」


 ミナミたちは岩石大猩々に囲まれていれば一応は安全だ。だが、攻撃手段もなく、それは霊鋼蚯蚓にとっても同じ。最初こそコンビネーションによる奇襲もできたが、二度は流石にできないだろう。睨みあいとなってしまった。


「ごろちゃんも戻ってきたし……帰る? 大きくなれば、五人でもギリギリなんとか飛べるわよね。調査そのものはできたようなものだし、無理に倒す必要は……」


「やだ。おれはあいつを許さない。絶対倒す」


「あなたの口から出た最初のワガママがそれなのね……」


 レイアははぁとため息をつく。ただ、どこか嬉しそうな顔でもあった。


「ダメもとで聞いてみますが……異世界の知識で倒せませんかね、アレ」


「うーん、そもそも向こうにはこんな怪物がいなかったからなぁ……バズーカ砲とか爆弾とかあれば何とか……あっ!」


 自分で言った言葉で何か閃くことがあるなんて漫画の中の話だと思っていたミナミだが、爆弾、の一言であることを思い出す。


「さっき、パースの火の魔法の威力が上がったの、あの理由がわかったぞ!」


 パースの火の魔法が放たれたのは霊鋼蚯蚓の口の中だ。つまりは先ほどミナミがいたところである。


 そこではゾンビの死臭に紛れて、硫黄、ガソリンのような臭いがした。おそらく、それが火薬の役割を果たしたために爆発したのだろう。そして、普通の森の地面の中には硫黄なんてない。これは、おそらく。


「たぶん、その泥猿の泥、爆発する泥だったんだ!」


 ききぃ、と小首をかしげる泥猿を、ミナミ以外の八つの目が見つめる。考えてみれば、ただ臭いだけの泥ではこの森を生き抜くことはできない。それになにかしらの攻撃的な特性があることは、ある意味では当然のことであった。


「するってーとあれか? こいつの泥を全身に塗りたくれば、いける……のか?」


「いやでもぉ……それじゃ時間かかりすぎるわよ。もう何匹か連れてこれないかしらぁ?」


 フェリカが泥猿の顎の下を掻きながらつぶやく。


 やはり、現実的な案ではないだろう。都合よく爆発する泥を持つ泥猿が見つかるとは限らないし、一匹だけで全身を泥で塗り固めるのには無理がある。幸いなことに岩石大猩々がいれば動きを止めることが出来るので、数さえそろえば何とかはなるはずだが……。


「……泥猿の食べ物の中に、爆発性のものがあるはずです。それを見つけられればあるいは…!」


「だったら、片っぱしから泥猿ゾンビ化したほうが早くね? 餌場探したらいやでも見つかるだろうし」


「むぅ……」


「そもそもここからうまく逃げられるかどうかが問題だしな。あいつ、そろそろヤケ起こして突撃してくるかもしれねぇぜ? どのみちあいつがいる以上、満足に探すことだってできゃしねぇしな。ここにあるもんでなんとかしねぇと」


「……正論なのにエディに言われると、なんだか悔しいですね」


 こうなるともう、完全に手詰まりだ。いずれ霊鋼蚯蚓が諦めて去っていくか、ヤケを起こして突撃するか。


 岩石大猩々から離れれば、すぐに襲われる。どちらにしろミナミたちでは有効な攻撃を与えることはできない。


「爆発するのは効くんでしょう? 爆発する魔法を使えばいいんじゃないかしら?」


「……できなくはないですが、それも魔法ですからミスリルでやられますね。さっき効いたのは、あの爆発があくまで魔法ではなく、魔法が引き金となった爆発だったからでしょう」


「……あっ」


 人は少し怒っていると、普段とは違う発想が出来るものらしい。パースの一言で、ミナミの頭の中に霊鋼蚯蚓を倒す手立てが急速な勢いで組み立てられていく。


 異世界の知識? 使えるじゃないか。

 いまあるもの? 使えるじゃないか。

 魔法は効かない? 魔法じゃなくても、やれるじゃないか!


「パース、でっかい水球作れるか? なるべく大きいやつ」


「できなくはありませんよ? ただ、有効打には……」


「レイア、雷の魔法、使えるんだったよな?」


「うん……威力はあまりないけど……」


「フェリカさん、矢をあいつの甲殻の隙間に打ち込むことは?」


「あいつが動かなければ、隙間に打ち込むだけならできるわぁ。深く刺さりはしないだろうけどぉ」


「エディ、臭い泥に塗れる覚悟はあるか?」


「俺だけ扱いひどくね? まぁ、やってやんよ」


 となれば話は決まりだ。もう何も迷うことはない。


 これだけやってダメだったんなら素直に諦めようと、ミナミは腹をくくる。あとは自分のカンと、仲間と、学校でいかにきちんと授業を受けたかが頼りだ。





「あのクソミミズを倒す算段が、ついたぞ」






20160801 文法、形式を含めた改稿。

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