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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
37/88

37 ゾンビ式探索術


「しっかし、どうするかね」


 もうこの場には生きたウルリンはいない。先ほどの戦闘で全てミナミたちが片づけたからだ。いまだに獣臭さと血なまぐささがそこらに漂っていて、ミナミを除く全員はその場にいるだけでなんだか気分が悪くなってくる。もちろん一応は一般的な感性を持つミナミもさっさとこの場を離れてしまいたかったのだが……。


「さすがにちょっと……多くない?」


「やっぱそうだよな」


 その戦闘の際に生まれたウルリンゾンビおよそ百五十匹の処遇に困ってしまった。戦力としては頼もしいところだが、森の中でこの大人数を連れて歩くというのはいささか無理があるだろう。かといって、このまま消してしまうのももったいない。


「泥猿みたいに森に放して探索してもらうことはできませんか?」


「できなくはないけど……」


 パースからの提案にミナミはしばし考え込む。


 たしかに、可能ではある。しかし、一番最初にゾンビ化して命令した時も、さっきの泥猿のときだって命令を“そのまま”の意味で実行してしまうほどゾンビはバカなのだ。オウルグリフィンほど賢ければ問題はないようなのだが、ウルリン程度では命令の意味を正しく理解してくれるかどうかはあやしい。


「きっちり細かいとこまで命令すればいいんじゃね?」


「具体的には?」


「なんかやばそうなの見つけたら教えろ……とか?」


「たぶんこいつら、“やばそう”の意味の範囲を理解できないと思う」


 おそらく、その命令を発した瞬間にミナミたちが“やばそう”な相手と認識して教えてくれるだろう。なにせ先ほどまでは敵同士だったのだ。命を奪った相手が“やばそう”でないわけがない。


「あなたはこの子たちがどこにいるかとかはわかるの?」


「まぁ、それくらいなら」


 ゾンビ能力によりゾンビ化した相手とミナミには、ある程度の繋がりのようなものが出来る。この繋がりを介して命令をするのだが、この繋がりを通してそいつがどこにいるのかもある程度はわかる。現に、ごろすけがミナミから見てはるか右のほうで元気に動いているのが繋がりを探ると伝わって来たりする。


「じゃあ、適当に放してその子たちが消えてしまったところに行けばいいんじゃなぁい?」


「なるほど」


 このウルリン達を適当に小集団に──ちょうど冒険者のパーティーのように分けて、この場から四方へと探索に向かわせるということだ。ウルリンゾンビたちが無事なら何もなし、死んで(?)しまったらそこに何かしらの異常があるということがわかる。


「探しものには人海戦術が一番よ。それにこの子たちがいなくなっても、別に困ることはないんでしょぉ?」


「うん、じゃ決まりだね」


 それじゃ、といってミナミは自分たちを囲むウルリンゾンビたちを見渡す。およそ百五十匹。五人一組にするとして、三十組。個体差もほとんどないようだし、適当に組んでしまっても問題ないはずだ。


 ──五人一組で探索に行け。方向がかぶらないようにな。


 もともと集団で狩りをする魔物だったからか、意外とすんなりとこの命令は実行された。





 深い森の匂いの中をミナミたちは進んでいく。ときおり見つかる薬草や果物、鉱物の採取も忘れない。ここに来たのは魔物の探索のためではあるが、あれだけ大量にゾンビを放った以上急ぐ必要もない。それに、ミナミたちがどれだけがんばっても見つからないときは見つからないものである。


 そしてなにより─


「ウルゴリたちが味方にいるってなんか落ちつかねぇなぁ」


「たしかに。ゾンビたちってなんかこう……傷ついても平然としているから怖いですよね」


「おや、レイアさんもそんな風に思うのですね。私たちから見れば以前の貴女もけっこうアレでしたよ」


「どういう意味ですかぁ!」


 エディたちが話している間もウルリンたちがミナミたちの周りを護衛するかのようにして付き添っている。前後左右に二匹ずつ。ついでに泥猿がフェリカの肩に。


 先ほどすべてのゾンビを放ったのだが、あれだけ数が多かったのでミナミたちが探索しているときに合流してしまったのだ。せっかくなのでそのまま護衛として連れているのである。


 ゾンビとなったウルリン達はそれぞれ鼻歌のようなすぅすぅという音を喉の奥から漏らしている。これによって離れた仲間と連絡を取り合っているらしい。ときおりうぉんと吠えたりはっはっと喘いだり音にバリエーションがあることからも、ちゃんと仲間の間のコミュニケーションはうまく取れていることがわかる。


がうっ!


「どうした?」


 前を歩いていた二匹のうち一匹が前方にある茂みに飛びかかる。もう一匹はいつでも飛びかかれるよう構えて待機していた。


 きちきち、がうがう、きちきち、がうがうとしばらく茂みの中で暴れる音が続いたかと思うと、途端にそれは静かになった。


「なにかみつけたんでしょうかね?」


「たぶん」


がうがうっ!


 茂みの中から出てきたウルリンゾンビが咥えたそれは──


「うへぇ」


「ひぃっ!」


 黒い体に、毒々しい赤いラインがはいった大きな蜘蛛だった。頭のほうに恐ろしいほどまん丸な黄色い目がいくつもある。腹と頭の接合部分にはやや緑かかったふさふさの毛が生えていた。


 洗面器より二回りくらい大きそうなぷっくりとした腹に、折れてしまってはいるが丈夫そうで鋭いかぎ爪を持った脚が五本ほど生えている。残りの足はウルリンゾンビにもぎ取られてしまったのだろうか、抉り取られるような跡を残してなくなってしまっていた。


 よく見れば、ウルリンゾンビに咥えられた腹から妙に黄色い液体がぴちゃ、ぴちゃと滴っている。その黄色い雫はウルリンゾンビの牙を伝って地面を汚していた。奇妙なことに、もう死んでいるはずなのに折れた脚がピクピクと動いている。


「なかなかにグロテスク」


「あ、あたしダメ」


 聞けばレイアは足の多い物がダメらしい。師匠との修行時代に酷い目にあい、それ以来ダメになったのだと教えてくれた。不思議なことに生きて戦っている間はまだ大丈夫なのだが、死んで足をピクピクさせているところがたまらなく嫌だそうだ。


「……土穴蜘蛛ホールスパイダー、ですかね」


 博識なパースがその特徴を教えてくれる。


 なんでも、この土穴蜘蛛は狩猟をするタイプの蜘蛛ではなく、自らの巣に獲物がかかるのを待つタイプの蜘蛛だそうだ。


 ただ、他の蜘蛛は粘性のある糸で巣を張って獲物を絡め取るのに対し、この蜘蛛は穴を掘って蟻地獄のように構えて獲物を狙う。この穴もけっこう大きなもので、馬の一匹くらいは軽く収まるくらいのものだとのこと。


 しかも、冒険者もこの穴に落ちることがある。人間がなぜ穴なんかに落ちるのか、という疑問があるが、この穴はなかなか巧妙に、たとえば枯れ葉などで偽装するため簡単に引っ掛かってしまうらしい。


 しかし、その割には被害者数はそこまで多くはない。それはこの蜘蛛の食事の仕方によるところが大きい。


 この蜘蛛は獲物が穴に落ちてもがき、疲弊したところをその立派なかぎ爪で抑え込み、牙を立てるのだ。この牙は小さく細い物で、獲物をかみ砕くことや切り裂くことには使えないが、根元にある毒線から麻痺毒を送り込むことができる。


 そう、こいつらは獲物を動けなくしたところでゆっくりと体液をすするのだ。


 しかしこれは、穴に落ちてもそう簡単に殺されることはなく、仲間さえいればちょっと体液をすすられるぐらいで助けてもらえる、ということを意味する。犠牲になったのはたまたま周りに人がいない状況だったものだけだ。


「お腹、けっこう大きいでしょう? これは穴に何日も獲物がかからなくても餓死しないように、ここに栄養を貯め込んでいるからなんですよ」


 穴を掘って獲物を待つスタイルにはメリットもデメリットもある。


 メリットは比較的安全なことだ。これは決定的な攻撃力をもたない土穴蜘蛛にとっては最重要なことである。


 デメリットはさきほどのパースの話にあったように、穴に何日も獲物がかからないことが続いた場合である。


「穴に獲物がかからなかった場合は地上に出て狩りを行います。一応かぎ爪も毒牙もありますし。ただ、そこまで追いつめられるのは 稀だと言われていますが……」


「じゃ、こいつは獲物がかからなかったから外に出ていたってことなのかな?」


「そこがちょっとおかしいんですよね」


 パースは続ける。


 このコラム大森林には魔物がいっぱい、わんさかいる。さきほど三百ものウルリンを倒したばかりだ。ウルリンに限らず、他にも様々な種が想像を超えるくらい生息しているとみて間違いないだろう。そうでなくとも罠にかかった状態のウルリンならば十分に狩りの対象となるし、この土穴蜘蛛が外に出る理由がない。


「ここは茂みになっているところも多いし獲物の数にも不自由はしません。罠に獲物がかからないなんてことはまずないでしょう」


「じゃ、なんでここにいるんだ?」


「さぁ……あくまで推測ですので本当に獲物不足なのかもしれませんね」


 パースはウルリンゾンビが爪で物欲しそうにつついている土穴蜘蛛のなれの果てを見る。


 頭は問題なし、首元だけはぐしゃりとつぶれている。足も折れてしまってはいるがつやもよい。毛もふさふさで、腹もこれでもかというほどにぷっくりと膨らんでいる。


 牙が腹を貫いた際にできた穴からいまだに異臭のする黄色い体液がちょろちょろと漏れているが、まだまだ腹に溜まっているのか十分に大きい。


「……はて?」


 ふとした違和感。されど、決してぬぐえないそれが、喉の奥に刺さった小骨のように、パースの頭の中でその存在を主張しだした。


「そいつ、さっきからずっとそれいじくってるけど、喰いたいのか?」


「うぇ、あれ食べるの!?」


「……食べたそうだよね。パースさん、もういいですか?」


「え、あ、どうぞ」


 あと少しで何かがつかめそうなところでパースの思考が乱れてしまう。ミナミに許可が出されたウルリンゾンビは嬉しそうに吠えると、そのまま頭からむさぼりだした。


 がちゅがちゅ、くちゃくちゃとやや耳障りな音が、考えることに集中したいパースをわずかにいらつかせる。恨めしげな眼でウルリンゾンビをみると、そいつは他のウルリンゾンビからも睨まれていた。


 他の連中は一人で獲物を喰らっているそいつが妬ましいらしい。喰っているそいつはそんなことを気にもせず、大きな口を開けてその丸々と太った大きな腹にかぶりつい……


「っ!」


 なぜだ、とパースはもう一度考える。


──なぜ、あの蜘蛛の腹はあんなにも大きいのだろうか。獲物がかからずに外に出たのなら、栄養を貯めているはずのあの腹はもっとほっそりとしているはずではないのだろうか。


──腹が小さくないということは、栄養がしっかり溜まっているということだ。それはつまり、そう、こいつらは獲物に困ってなどいないということを示す。ではなぜ、飢餓状態でもないのに、安全であるはずの巣から飛び出してきたのだろうか。


 蜘蛛の大きな腹を十分に堪能したウルリンゾンビは脚の攻略に取り掛かった。中ほどで折れてしまっている脚を、ぎゅっとひねって引っ張る。付け根部分が腹だったところにわずかに残った。


──それは、安全な場所が安全でなくなったからではなかろうか。巣から出てきたのではなくて、巣から出ざるを(●●●●●●●)得なかった(●●●●●)のではないか?


「うぇぇ、頭も、脚も、お腹も食べてる……」


「よく食うよなぁ。そんなにうまかったのかな?」


「……喰う気か?」


「や、さすがにこれは……端から見ると結構怖いしグロテスクだよな」


 ミナミたちの声がとこか遠くのもののようにパースには聞こえた。


 今、パースの視線は腹だったものについている蜘蛛の脚を捉えている。


──どうして、新しくできたものと古いものとでは傷のつき方が違うのか。すでに失っていた脚は抉られたような跡しか残さずになくなっていたというのに、なぜ今ウルリンゾンビが足をもいだ時は腹に脚の一部が残ったのだろうか。もしかして最初からあった傷は、ウルリンゾンビの攻撃によってできたものではないのではなかろうか。


「このチビちゃんもああいうの食べるのかしら?」


「泥猿かぁ。そういやこいつは何食うんだろ? パース、知ってっか? ……パース?」



──脚が抉りとられた蜘蛛。


──地中が安全でない?


──何かから逃げ出した?


──地中なのに?

 

──地中?


──地中、抉る、この二つは前にもどこかで……



「おい、パース?」


「ちょっとまってください!」


──ここでミスリルを手に入れたときだ。あのときも木の根元が抉られていた。ちょうどこの蜘蛛の脚のように。


「パースさん、どうしちゃったんだ?」


「あいつ、ああなると話しかけると怒るのよぉ。そっとしといたほうがいいわぁ」


──ミスリル? そうだ、私たちはミスリルの体を持った魔物を探しに……

 

「うぉ?」


「っ!」


 ミナミが疑問の声をあげる声と、パースがはっとした声をあげるのはほぼ同時だった。


「どした、ミナミ?」


「いや、なんか……」


「──前方にいたウルリンゾンビたちが一斉に消えた、でしょう?」


 どうしてわかったんだ、とミナミは驚いた顔をしている。パースの眼にはある種の輝きがあった。ずっと悩んでいた問題が解けたような、何かが吹っ切れたような、そんな感じのものだ。


「当たりです。いきましょう。目標のだいたいの姿も、ここ最近賑わっていた洞窟の噂の真相もだいたいわかりましたよ」


「え、それって──?」


どぉん!


 ミナミがそう声をかけた時だった。森の奥から唸るような地響きと何かを押しつぶすような音が聞こえてくる。めきめき、ばりばり、といった木が倒れる音と同時に、今までどこにいたのだろうかと思えるくらいの数の魔物が前方から走ってくるのが見えた。


 どいつもミナミたちのことは眼もくれずにひたすらに走っていく。そして──


「……向こうから来てくれたようです。手間が省けましたね」


「なんだってんだよ、くそっ!」


 エディがぼやきながら背中の大剣を引き抜いた。

 パースも眼の色が、そこからあふれ出る気迫が変わっている。

 フェリカは無言で弓を構えた。

 レイアもダガーを引き抜くと耳障りな音を立てながら雷を纏わせた。


 泥猿でさえ、フェリカの肩から下りて泥をこね始めた。その泥が戦闘にどれだけ役立つかは誰にもわからないが、彼にとっての戦闘準備なのだからしょうがない。


 すぐそこに、そいつはいる。


 一人遅れて戦闘態勢をとった──といっても腕を構えるだけだが──ミナミの前に水色に輝く巨体がゆらりと躍り出た。





20160725 文法、形式を含めた改稿。

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