36 再び森へ
帰ってきたらランキングの上のほうにあってびっくりしてます。
これからも時間が許す限りは頑張っていこうと思います。
ほんとはきんようこうしんなんだけど、
こういうときぐらい、るーるやぶってもいいよね。
「こんなおいしい物があるのなら、もっと早く教えてくれればよかったのにぃ」
どこかで見たことがあるような大草原の中を、黒い獣が走っていた。それなりの大きさの荷台を引いており、その荷台の上で赤毛の女が口を膨らませながらつぶやいていた。
「や、なかなか時間がなかったっていうか……」
「にしてもよぅ、あの砂糖がこんな風になるなんてすげぇよなぁ」
舌の上でころころとまるい物を転がしている蜂蜜色の髪の男は荷台に寝そべりながら感心している。今日は天気もいい。お昼寝するには絶好の日和だろう。
「甘くておいしい。加えて持ち運びも容易で喉の渇きも多少はごまかせる。嗜好品としても最高です」
銀髪の優男は淡々とそれの評価をしていた。頬をまるくしながら喋っている様子はどこか滑稽だ。理知的な顔つきとのギャップがすごい。
「ふふん、しかももっとバリエーションがあるんだから!」
「レイアは手伝ってないじゃないか」
細かいことはいいの、と緑の髪の少女は自慢そうに胸を張る。黒髪の少年はそれを見てはぁ、とわざとらしくため息をついた。
今現在ミナミとレイアの《エレメンタルバター》とエディたち《クー・シー・ハニー》はコラム大森林へと向かっている。目的は大森林にいるかもしれない魔物の調査だ。
オウルグリフィンの解剖によりいるかもしれないとわかった魔物の存在を、ギン爺さんからの依頼という形で調査することになったのだ。うまくいけば希少金属がたくさんとれるかもしれないし、孤児院《エレメンタルバター》を新築するにしても、当面の生活費としてのお金はほしい。
未知の魔物らしいということでパースは行く気満々だったし、フェリカはフェリカで最近あまり動いていなかったらしく、いい運動になるわぁ、なんて言ってた。この依頼はお互いにとって都合がとてもよかったのである。
エディが同行したのは、なんとなくだろう。いや、そもそも《クー・シー・ハニー》のリーダーはエディなのだから、同行しないほうがおかしいのかもしれない。
「フルーツの味がいいわよねぇ。いいもの使ってるのかしら?」
「普通に店で買ったものですよ。王都のなんとか村産っていってました」
フェリカが口の中でもごもごと飴を転がしているのがミナミの目に映った。今彼女が舐めているのはオレンジの味である。《月歌美人の神酒》が入っていないものであり、仮にもこれから仕事に行くというのに酒入りはないだろう、とのミナミの判断によるものである。
「おや、ジシャンマ産じゃないんですか?」
「ジシャンマ?」
「しらねぇのか?」
なんでも、ジシャンマというのはここからだいぶ離れたところにある古都の名前らしい。自然豊かなところで、水と土、それに空気がいいところだそうだ。その環境のよさから作物、特に果物の産地として有名で、うまい菓子、正確には果物といえばジシャンマ産というのが決まりだ……とエディは少し自慢げに語った。
「古都、といわれているように、あそこは以前はただの遺跡だったのですよ。環境のよさに目をつけた連中がその遺跡の一部を改築して住み出したのが始まり、なんていわれてますね」
今は遺跡保護の観点から改築は行われていない。自然に囲まれた遺跡にそれほどまでの耐久性がなかったためだ。
古都はよくいえば自然と共生したような造りとなっていて、石畳のすぐわきから巨大な木が生えるなど、その景観は王都暮らしのものにとってはかなり珍しく映るらしい。観光に行く金持ちや一目見ようと旅する冒険者は意外と多いそうだ。もちろん、環境が良くて果物がおいしいことも人が集まる理由の一つである。
「師匠と一緒に一度行ったことがあるけど、確かに水も食べ物もおいしかったわ。この飴ほどおいしい物はなかったけどね!」
自信満々でレイアが言いきった。このセカイには甘いお菓子がない。至極簡単な、素人のミナミの作った飴であってもとびっきりの御馳走になるのだ。
「今度うちの拠点にある砂糖、飴にしてくれなぁい?」
「ああ、そういえばライカも砂糖をどうにかしたいとぼやいていました」
「じゃあ、今回の冒険が終わったらウチで作り方を説明するよ。いいよな、レイア?」
「ん、いいんじゃない? ついでに新築の前祝いでパーッとやっちゃいましょう!」
そうと決まれば、だ。今回も無事に帰らなくてはならない。もちろんがっつり稼いでだ。
ミナミは心の中で決意を新たにする。荷台の上で話をする人間たちに合わせるように、黒い獣──オウルグリフィンのごろすけはほぉ──ぅと鳴いた。
王都を出てから約三日。特に魔物に襲われることもなくミナミたちはコラム大森林へと着いた。
ここにくるのもずいぶんと久しぶりであるうえ、ある意味では、ミナミにとって原点となった場所でもある。
せっかくなのでミナミはごろすけを放し飼いにした。最近存分に動くことも少なかったから、しばらくは羽を伸ばしてもらおうと思ったのだ。その意を汲んだのかどうかはわからないが、ミナミが自由にしていいぞ、といった瞬間にはごろすけは大きな翼をはためかせて森に狩りにいってしまった。
「なんだかなつかしいな……」
当時はまだゾンビの能力を使いこなせていなかったが、今のミナミはあのとき以上に生命の気配を探ることが出来る。試しに軽く探ってみると、あれほどたくさん狩ったというのに、ウルリンの群れの気配がすくなくとも六つはあった。ある意味当然だが、群れのボスであるキングウルリンもちゃんといるらしい。
「久しぶりにいい運動になりそうねぇ」
「私も最近動いてなかったのよね」
フェリカとレイアは妙にやる気がある。聞けばここしばらくまともに活動していなかったらしい。ミナミ、エディ、パースはそれなりに働いていたが、女性陣はだらけるときはとことんだらける主義らしかった。
五人でそろそろと森を進んでいく。相変わらずきれいな森だ。木々の深い匂いがそこらじゅうに漂っている。ときおり獣臭さが混じっているのがわかるのは元からか、それともゾンビ能力のせいか。
「あまい」
ふと気がつけば、いつの間にか取り出した弓でフェリカが矢を放っていた。
遅れて前方からぎゃっと悲鳴が聞こえる。そこには胸元から矢をはやした奇妙な猿のような魔物がいた。
短い苔のような緑色の体毛が全身を覆っている。ひゅう、ひゅう、と喉の奥からかすれるような音が漏れていた。手には……異臭を放つねちょねちょとした奇妙な泥団子のようなものを持っている。
「私に攻撃しようとするなんて十年はやいわよ」
いつぞやエディやパースが見せた雰囲気の違うまなざしでフェリカがつぶやいた。チロリと唇をなめている。
なんというか、怖い。狩人の目だ。
「こいつは?」
「なんだったかしらぁ……?」
「泥猿ですよ」
この小さな猿のような魔物は泥猿というらしい。すばしっこく、木から木へと動きまわるので基本的に弓や魔法でないと仕留めるのは難しいそうだ。耐久力こそ低く、それなりの一撃を与えれば比較的簡単に倒れてくれるのだが、厄介さでいえばかなりのものだったりする。
「手にある泥団子には触らないでくださいね。麻痺か、毒か、とにかくろくなことになりません」
すばしっこく動き回るだけならタダの猿だ。しかし、こいつは魔獣である。普通の猿にはない、ある特徴があった。
泥猿は掌にある分泌腺から個体ごとに特有の分泌液を出し、その手で泥団子をこねて投げつけてくるのだ。この分泌液というのが厄介で、毒や麻痺毒などの何かしらの負の効果を持っている。肌に直接触れなければ大丈夫なものが多いが、肌に触れたが最後、何が起こるか分からない。
「なんでも、食べたものによって分泌液が変わってくるそうで、効果は地域ごとにある程度の共通性があるんですよ」
「へぇ……こいつのはなんだろう?」
「おおかた、すごくくせぇとかそんなとこじゃねぇの?」
エディの言うとおり、この泥猿手にある泥団子はすごく臭い。こんなものを投げつけられたらたまったものじゃないだろう。ミナミの貧相なボキャブラリーではうまく表現することができないが、あえて言うなら腐った卵と石油をドブで煮込んだかんじ……というのが近いだろうか。
「う~ん」
「どしたの?」
ひとしきりそいつを観察したミナミはその猿の首元をぐっと掴むと、首筋を爪で軽く引っ掻いた。途端に猿の口から漏れ出ていたひゅう、ひゅう、といった音が消え、虚ろな目をしたそいつがゆっくりと立ち上がる。
「いや、使えるかなと思ってさ」
「まぁ……すごく臭うけど、使えないことはなさそうね」
とりあえず最初の命令として掌の泥をそこらの草で拭きとらせる。ミナミが軽く念じただけで泥猿は忠実にその命令を実行した。キキッと軽く鳴き、掌をミナミの目の前に見せている。
「お、意外と賢いのかな」
多少拭き残しはあるものの、そのくらいはしょうがないだろう。ミナミは水球を作ってさらに全身を洗ってやった。汚れが落ちると意外とりりしい顔つきをしていることがわかる。
「はじめてゾンビ化? するところを見たけど、すごいのねぇ」
「そうですか?」
フェリカはミナミの肩の上でアクロバットをしてちょこまかと動く胸から矢の生えた泥猿をまじまじと見ている。矢くらい抜いてやれよ、といったエディが泥猿をむんずと捕まえて無造作に矢を引き抜いた。もちろん、泥猿が痛がる様子はない。
「偵察かなんかに使えそうですね」
「だね。よし、おまえ、先行しろ」
キキッと一声鳴いた泥猿はそのままエディの頭を踏み台にして太い枝へと飛び移り、森の奥へと駆けていった。
「ちくしょうが! あんのクソ猿ぅ!」
「ミナミ、そっちいった!」
「でっかいの撃ちます!」
ミナミたちの周りにはおびただしい数のウルリンがいた。その数およそ三百。視界には木々よりもウルリンのほうが多く映っており、もはや木を見るよりもウルリンを見るほうが簡単なくらいになってしまっている。
あの泥猿はたしかに先行したが、それだけしかしなかった。出てくるウルリンなどを無視して進んでいたのである。これでは先行の意味はない。
結果として、ミナミたちはウルリンの集落の中へと突っ込んでしまったのだ。なんだか前にもこんなことがあったな、とミナミは一人思いにふける。
「うっとぉしい!」
フェリカが大ぶりのナイフで駆け巡ると、その直線上にいたウルリンの首がごろりと落ち、遅れて血飛沫が舞い上がる。最初のほうこそ弓を使っていたフェリカだが、あまりの数だったので矢をケチってダガーを使いだしたのだ。
そのナイフさばきは見事なもので、ミナミの目には軽く切りつけただけのように見えても、次の瞬間にはウルリンの手が落ちているなどということがざらにあった。
「吹き飛びなさい!」
口の中でなにやらもにょもにょとつぶやいていたパースが杖を振り下ろすと津波のように水がウルリン達を飲み込んでいく。かなりの数のウルリンを巻き込んだ水流はそのままうねって空へと上がると、木々を巻き込みながら地面へと叩きつけられた。水が、赤く染まっているのが分かる。
「やぁっ!」
きぃぃぃん、と耳障りな音がするダガーをレイアは的確にウルリンの喉へとつきつける。パースやフェリカと違い派手ではないが、確実なやりかただ。その証拠として、目立った傷のないウルリンの死体がそこらじゅうに転がっている。
かすらせる程度の攻撃でも雷を纏ったレイアのダガーは効果がある。一瞬痺れて動きが鈍くなったところをもう一度ぐさりとやればおしまいだ。
「うらぁ!」
エディはいつもの大剣を振りまわしている。ごう、ごう、という風を切る音が聞こえるが、どれだけ早く動かしているのだろうか。その剣に触れてしまったウルリンは大剣の質量によって頭を潰されてしまった。
一応刃がついているはずなのに、叩き潰すように使っているせいで、もはやその意味をなしていない。刃は真っ赤にそまって、ウルリンの脳みその一部がこびり付いてしまっている。
対するミナミは、だ。
「猿、おまえはあっちだ!」
泥猿に適当に指示を出しながら戦場を駆け巡っていた。目についたウルリンをひっかいてゾンビを増やすためである。
気づかれないよう、存在感の薄いミナミは背後から次々にウルリンを襲っていく。襲われたウルリンは自分でも気付かないうちにゾンビとなり、自分の意識とは関係なく同じウルリンを襲っていた。そして、その襲われたウルリンもゾンビとなり、また同族を襲うのである。
今もまた、虚ろな目をして首が変な方向に曲がったウルリンゾンビが、パースに飛びかかろうとしたウルリンの首筋に食らいついた。仲間に攻撃されたウルリンは眼を白黒させて振りほどこうとするが、ミナミのゾンビとなって強化されたウルリンには通用しない。
ウルリンゾンビが二回、三回と咀嚼をするたびに悲鳴をあげ、しばらくしてウルリンゾンビが離れたときには首元を真っ赤に染めて、首まわりの筋肉がぐちゃぐちゃとなったゾンビとなっていた。
ゾンビと化した泥猿もまた、その身軽さを生かして次々とウルリンをひっかいていった。人間ばかりに目を奪われていたウルリン達は突然の猿の乱入に混乱して統率をとれないでいる。猿に引っ掻かれたウルリンもまたもちろん、ゾンビとなった。
そうこうしている間にどんどんゾンビの数は増えていき、エディたちが倒していた事もあって、残ったウルリンの数はわずか十五になる。
攻撃の余波を喰らってはらわたがはみ出たウルリンゾンビたちが生きた同胞をぐるりと囲んで、虚ろな目で見つめる。その目は肉に飢えていた。
「聞いていたよりも……えげつないですね」
「つーかあのゾンビめちゃくちゃ怖いって! そんじょそこらの死霊の比じゃねぇぞ!」
「集団を相手にするにはめっぽう有利なのねぇ」
エディたちもほぼ無傷だ。勝負はもう着いたということもわかって、先ほどまでの目の鋭さが消えている。……乱戦のせいで全身が返り血だらけなのに平気そうにしている様が怖いが、ミナミは気にしないことにした。
「はやくとどめにしちゃってよ。さすがにこの場に長く居たくないわ」
「はいはい」
──好きにしていいぞ
ミナミが頭の中で軽く念じると、肉に飢えたゾンビたちは我先にと争うようにして同胞たちへと飛びかかった。後には、絶望に満ちた断末魔だけが残ったという。
20160725 文法、形式を含めた改稿。
20180408 誤字修正




