35 解剖結果とその考察
「それでは、解剖の成果について報告したいと思います」
鬼の市のいつもの部屋の中でミナミとレイア、パースとギン爺さんが集まっていた。
今日は先日行ったオウルグリフィンの解剖の結果報告をするとのことだった。ミナミ自身は結果報告なんて律儀にしてくれなくてもよかったのだが、学者二人はそういうところもすべてやってこそ解剖だと言ってきかず、オウルグリフィンの持ち主であるミナミには報告を聞く義務があると言って連れてこられたのだ。
「今回の解剖によりオウルグリフィンの魔力を喰う力、その魔力で魔法を使う仕組み、および今までよくわかっていなかった、相手を眠らせる仕組みの概要が分かりました」
「解剖だけで随分いろいろわかるんですね」
ミナミは一度カエルの解剖を学校の授業でやったことがあるが、正直なところグロテスクだと感じただけで別に内臓の仕組みだとかはまったくわからなかった。プロとそうでない者との差だろうか。
「魔力を喰う力っちゅうのは特殊な体内器官が関連しておったようでのぅ。以前査定したときにワタに魔力的性質があるっちゅうたが、それがそうじゃった」
詳細はここでは省くが、と前置きしてギン爺さんは話し出す。詳しく聞かされてもさっぱりわからないと思うのでその心づかいはうれしい。ミナミ自身学者を名乗ってはいるものの、本物ではない。ギン爺さんにはそのことを話してはいないものの、うっすらと勘づいているようで最近はちょくちょくこうやって気を使ってくれているのだ。
「面白いことにこの体内器官は魔石があることが前提として機能していまして、魔石がなければまるで役に立ちません」
パースたちが調べたところによると、この体内器官は放たれた魔法を魔石の力を使って自らの魔力と限りなく近い性質のものに変換し、ある程度威力を弱めて取り込む仕組みだったそうだ。
しかも、それだけではない。この変換し取り込んだ魔力は逆の経路をたどって放出することが出来る。この逆の経路というのがミソだそうで、取り込む際は魔力を弱め、逆に放出する際は魔力を強める働きを持つらしい。
正確に言うならば魔石を触媒として自らの魔力との反応性を高め、魔力が元の性質に戻ろうとする反発を利用して威力をあげているそうだ。これがオウルグリフィンが喰った魔力で魔法を使う仕組みだらしい。
話を聞いていてもあまりよくはわからなかったが、反発を利用して云々、ということだけわかればいいだろうとミナミは思うことにした。難しいことはわかる人がわかっていればいいのだから。
「次に相手を眠らせる能力についてですが、こっちは意外と簡単な仕組みでした。正直なぜ今までわからなかったのか不思議なくらいです」
「まぁ、眠らされた段階で普通は生きては帰れないからのぅ。目撃情報も少なかったし、能力そのものが本当にあるのか半信半疑じゃったし」
なんでも、もともとオウルグリフィンが眠りの魔法を使っているところを目撃されたことは少ないらしい。ギン爺さんの言ったようにそもそも生きて帰ってくることのほうが難しいからだ。
さて、それでも一応は目撃証言があったのだが、最初は目撃者の勘違いだろうという話になった。というのもその目撃者は目の前で仲間が眠らされたと証言したのだが、眠らされた仲間の人数とそのとき目撃者が感じた魔力の量が不釣り合い──あまりにも魔力の量が少なかったのである。
通常、広い範囲に効果を及ぼす魔法ほど使用する魔力は多い。目撃者が感じた魔力量はせいぜい一人を眠らせられるかどうか、といったところだったので、眠りではなく麻痺毒だったのではないかという結論に至ったのだ。
だが、今回パースたちが詳しく調べたところ、例の体内器官の一部が声帯へとつながっており、弁状につながったそれを開け閉めすることで眠りの魔法を使用していたことが分かった。しかも体内器官で威力を増した眠りの魔法を鳴き声に乗せ、喉から口内を使って共鳴、反響させることでピンポイントで威力をあげていたらしい。
単純にまとめるならば、鳴き声が眠りの魔法そのものだったというわけだ。これならあのときみんなが眠りの魔法にかかってしまったことにも合点がいく。
件の目撃者はなぜ大丈夫だったのだろうか、とミナミは一瞬疑問に思った。
「と、まぁ大まかにはこんなとこです。この体内器官をもっと詳しく解析すれば魔力減衰・増幅機構ができるはずです。減衰機構を盾などの防具に、増幅機構はアクセサリーや杖に施せば、一級品の魔道具になると思います。……魔石が必要なので値が張ることになると思いますが」
「他にもいろいろいいモンが見つかってのぅ。正直震えが止まらんかったわい」
ギン爺さんもパースも頬を上気させて熱く語っていた。ミナミはまったくわかっていなかったが、オウルグリフィンが解剖されたのは今回は初めてである。言うまでもなくまっとうな学者にとっては歴史的なことであり、冒険者などにとっても重大なことであった。
強い魔物からはいい素材がとれ、それらは武具となり冒険者を強化する。魔物の生態がある程度わかれば狩りやすくもなる。基本的にいいことずくめなのだ。
「さて、結果はこんなもんでいいじゃろう。そろそろバラした部分の査定額といこうか」
「ああ、それもあったか」
「それもって……。ミナミ、あなた査定のこと忘れていたの?」
「はは……」
ギン爺さんが言い出さなければミナミは忘れていただろう。というか、今日レイアがついてきたのはこの話し合いを進めるためだったりする。
ミナミ一人に交渉ごとを任せるのは酷く不安だ。ギン爺さんたちが足元を見るようなまねは絶対にしないが、かといってエレメンタルバターの運営にかかわるものとして、金銭が絡むことはきっちりしないと、というのがレイアの考えだ。
「今回は一杯あるからのぅ。とりあえず実物のままほしいとこはあるかの?」
ミナミはちらりとレイアを見る。自分では交渉事は難しいとわかっているので全部任せる、のアイコンタクトだ。面倒臭いことをまる投げしたともいう。
レイアも軽くうなずき返すとしばし思案した後、話し出す。
「毛皮を半分とちょっとだけってところです。ミナミのも私のも防具を新しくしたいし、子供たちの中にもいずれこっちに来る子がいるかもしれないから、その時用に確保しておきたいの。今ミナミが持っている分もあるし、あれだけ大きいからたぶんそれで足りるわ。後は全部買い取りで。ミナミもそれでいい?」
「ん、だいじょぶ」
「……魔石なんかもあるんだがの、そっちは?」
「ああそれもあったわね……どうする?」
「売っちゃっていいんじゃない? たしか一つすでに持ってるし」
魔石と言われてミナミは思い出す。ゾンビ化させたほうのオウルグリフィンのほうから確か採れていたはずだ。
巾着のなかをごそごそと探すと、握り拳くらいの暗く蒼く煌めく魔石を取り出し机の上に置いた。ミナミ自身、まじまじと見ることは今までになかったが、実にきれいなものである。キングウルリンのはべっこうあめみたいなかんじだったが、こっちのはどこか気品さを感じさせる輝きだ。装飾品の素材として使えばいいものが出来るだろう。
「あなた、持ってたの?」
「あれ、いってなかったけか? めんどくさいからあの時全部まとめて巾着に入れたんだけど、そのときちらっと見えたんだよね」
そういうことはちゃんといいなさい、とレイアに言われて次はそうする、とミナミは返す。魔石は大変貴重なものだ。それもあのオウルグリフィンのものである。決して机の上に無造作に置かれるようなものではない。パースとギン爺さんがあきれたようにミナミを見ていた。
「まぁ、どのみちおれには使い道がないからさ」
「……冒険者なら泣いて喜ぶようなものなんですがね」
「ミナミは欲がないのぅ……しかし困ったな」
ギン爺さんがううむ、とうなって眉間に軽くしわを寄せた。あまり表情はよろしくない。何か問題でもあったのだろうか。
「実はの、毛皮についてはある程度想定済みだったんじゃが、魔石も買い取りになるとは思わなくての。金が足りんのじゃ」
「……えっ?」
「いや、魔石一つで千、あの体内器官で八百、残りの爪だの毛皮だので七百ってところでの? 交渉のことも考えて二千までは用意していたのじゃが……」
「内臓も買ってくれるんですか?」
「えっ?」
ミナミとしては解剖用として提供したものなので爪と毛皮を少しもらえたらいいな、としか思っていたのだ。目玉や内臓なんかも学術的なアレでサンプルとして必要になると思っていたし、そもそもミナミには使い道がない。レイアだって毛皮だけ貰って余った毛皮と爪の分のお金が入ればいいとしか思っていなかったりする。
「内臓も、骨格も、ぶっちゃけ指定されたところ以外全部ほしいのじゃ。ただ、さすがに魔石だけは高すぎるからの。あれは性能はともかく他のでも代わりになるし、 体内器官があればよいしな」
「なぁレイア、爪と毛皮の分以外あげちゃってもよくない?」
「うん、私ももともと貰うつもりはなかったし、内臓なんて貰ってもしょうがないしね」
その言葉に目を丸くしたのはギン爺さん達のほうだ。内臓なんて、とレイアは言ったがこの内臓があれば魔法に関する革命が起きかねない。それだけ重要なものなのだ。
「本当にいいのか?」
「私が言うのもなんですが、今、ぼったくるチャンスですよ?」
「うーん、そういわれると心が揺らぐけど……。どうせあとちょっとでお金も貯まるんだろ?」
「うん、今回ので十分いけるかな。ね、千でどう? そっちの見立てじゃ七百っていってたけど、魔石も何もかもついてなんだから、それくらいはおまけしない?」
実はギン爺さんがいった“爪だの毛皮だの”は本当に体内器官と魔石以外のすべての部位である。ギン爺さんたちにとっては 体内器官はタダ、魔石とその他の部位が超格安で手に入れられることとなる。断る理由なんてなかった。
「よし、交渉成立じゃ! 金貨千枚、いつものとこに振り込んどくぞ!」
「よ、太っ腹!」
「ギン爺さんステキ!」
本当に太っ腹なのはあなた達のほうですよ、と職員でも何でもないパースがつぶやいたが、その場のだれにも聞かれなかった。
「さて、交渉は終わりましたが、あと一つだけ」
そろそろ帰り支度をしようかな、と思っていたミナミとレイアに対し、パースが切り出した。手にはこないだのミスリルを持っている。
いや、よく見れば二まわりくらい小さいだろうか。相変わらずきれいに水色に光っていた。
「あのオウルグリフィンの胃袋から、こいつが出てきたんですよ」
オウルグリフィンは一般に魔力を食うとされているが、普通に魔力の高い魔物の肉も食べる。胃袋の中身を調べれば魔力の高い魔物が分かるのではないか、その魔物の生息範囲、行動がわかれば逆算してオウルグリフィンの生息範囲や行動様式がわかるのではないかと考えたパースは、オウルグリフィンの胃袋を素手で弄ったそうだ。
にちゃにちゃとした肉片を引きずり出していたが、やがて硬い物に手が触れたらしい。それがこのミスリルである。なお、直接胃袋を開かなかったのは傷つけたくなかったからである。
「うぇ、い、胃袋を素手でまさぐったぁ……?」
「レイアさん、驚くところはそこですか? 割と普通ですよこれくらい」
オウルグリフィンはミスリルを食べる習性があったのか! と思ったパースだがどうにもミスリルの様子がおかしいことに気付く。
やけに傷が多いのだ。それも、オウルグリフィンがつけたと思われる傷だ。
「私が拾ったミスリルには、地表に露出した際に強い圧力によって削られたと思しき傷が少しついているだけでした。つまり、このミスリルと私のミスリルは出所が違うということです」
しかし、とパースは続ける。
コラム大森林にミスリルがあるということは以前の噂や拾ったミスリル、そしてこの胃袋からでたミスリルからわかるのだが、オウルグリフィンがミスリルを食べたとしてもなぜ、これほどまでに傷が付いているのかの理由がわからない。
そもそもミスリルは非常に硬い。自然の鉱石だとしたら、パースが拾ったもののように高い圧力のためにできた傷が数本付いているくらいが普通だ。当然、胃袋から出たミスリルもそんな状態であるはずだった。
「そこでふとひらめいたんです。オウルグリフィンはミスリルを食べていたのではなく、たまたま口に含んで飲み込んでしまったのではないかと」
そう、食用にするにしてはミスリルは少なすぎるのだ。日常的にミスリルを食べていたとは考えられない。
「えっと、ちょっとまって。つまりはどういうことなんですか?」
この辺でミナミの頭はついていけなくなってきている。なんですぱっと結論を言ってくれないのだろうかと心の中で愚痴を言いたくなるくらいだった。
「わかりませんか? つまりこれは……」
オウルグリフィンの攻撃方法の一つに嘴によるものがある。それは相手の体を抉るようにしてついばむ技だ。非常に威力が高く、嘴の先の一点攻撃なので、まともに喰らったらいくらミスリルでも傷がつくだろう。
ひょっとしたら、それによってできた欠片を飲み込んでしまうこともあるかもしれない。
「このオウルグリフィンが、ミスリルの体をもったなにかと戦っていた……かもしれないという、可能性があるんですよ!」
20160724 文法、形式を含めた改稿。




