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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
33/88

33 姫様は憧れる

おきに ひゃっけん

ゆにーく 10000 とっぱしたよ

やったね!


 月が浮かぶ静かな平原。対峙するのは月光を浴びて泣き叫ぶ異形の魔物。体中に根を張り巡らした、武骨な巨人だ。


 ごう、と振り下ろされた巨大な拳を体をわずかにずらして避ける。らんらんと輝いていた瞳が驚愕に揺れるのが分かった。


 固く握り拳を作り、振り下ろされて伸びきった太く逞しい腕に振り下ろすようにして一撃を加えた。みちみちみち、と肉がめり込む独特の音と共に、巨人の口からくぐもった悲痛な声が聞こえる。


 しかし、それでも巨人は止まらない。痛みを無視して、突き上げるように蹴りを放つ。


 だが、その蹴りも虚しく宙を切る。やはり、人の拳一個分ほどあけて避けられた。


 避けたその瞬間に、すでに体は動き出している。やや助走をつけ、巨人の前で軽く飛んだ。直前で足首を軽くひねらせ、体全体に緩やかな回転を加える。ちょうど巨人に背を向けるくらいのところで今まで自由にしていた左足に急速な加速をつけた。曲げていた関節を伸ばしさらに足の先端を加速させる。


 巨人が作ってしまった隙はあまりにも大きい。片足でバランスが悪くなったところに、狩り取るような回し蹴りを放った。


 全身をフルに使い、回転の力を込め、全体重を乗せた一撃だ。


 放った一撃はわき腹を捉える。めりめりめり、と足が巨人の屈強な肉体を蝕んでいく。弛緩した筋肉のもつぐにゃんとした独特な感触が足に伝わった。


 同時に巨人のハラに溜まっていた空気が圧迫されるのが分かる。行き場をなくした空気はげへぇ、という奇妙な音と共に巨人の口から飛び出した。


 なかなか重い一撃だったが、巨人の戦意は失われていない。わき腹をさすりながらも、いまだその怪しく煌めく目で睨みつけてくる。


 周りの音が何も聞こえなくなる。


 今ここにいるのは自分と、あいつだけ。


 殴り合ったもの同士だけがもつ、奇妙な連帯感。


 殺意を超えた場所にある、ある種の信頼。


 口がにぃ、とつり上がるのを止められなかった。見れば、向こうも笑っている。見た目はたいぶ違うが、同じカオをしていた。


 大きな口をあけて、巨人が突進してくる。大地を抉り、一踏みごとにその見事な筋肉の足が行使されることを喜ぶように膨れ上がるのがみえた。


 極限という状態では、物事の知覚速度がおかしくなる。一瞬のはずなのに、酷く長い時間に思えたりするのがいい例だろう。逆に長い時間なのに一瞬のように思えることもある。


 吹っ飛ばされながらふと、そんなことを考えていた。


 巨人は体当たりを喰らわす直前、両足を使って踏み込んでいた。走ってくるとき以上にふくらはぎが膨らんでいたのが見えた。急激な加速に反応が遅れたのだと、他人事のように理解する。


 肉と肉がぶつかる寸前、かろうじて間に入れることが出来た右腕は折れてこそいないものの、ギシギシと嫌な音を立てている。幸いにも使う分には問題ないが、あまりいい気持はしなかった。


 酷く無様な音をたて、引きずられるようにして地面に叩きつけられる。受け身を取ったが、あまり効果はなかった。


 ぼんやりと夜空に浮かぶ丸い月が目に入ったが、次の瞬間、白い月が黒く染まる。そのまま音を立てて頭を潰さんと落ちてきた。


 瞬時に右腕で地面を押し、勢いをつけて転がる。視界の端で巨人の右腕が地面に大穴をあけるところがちらりと見えた。


 今までと同じく、拳一個分ほどの距離だったが、先ほどまでの余裕はない。飛び散った土が目に入った。


 立ち上がる間もなく、次々と鉄槌は落ちてくる。


 右、右、左、たまに足。


 どれも硬い筋肉に包まれており、今この状態で喰らったら、地面と拳に挟まれてぺっちゃんこになるのは明らかだ。


 しかし、わざわざ無残に殺されるつもりは毛頭ない。いいかげん単調になってきた拳を避ける。今度は余裕を持っていた。


 引き上げられる前にその太い腕に両腕で抱きつき、全身のばねを使って下半身を跳ね上がらせ、逆さまににぶら下がるようにして巨人の腕に足を絡ませた。


 間髪をいれず、両足と両腕に力を込め、がっちりと巨人の腕を固定する。爪が、指が巨人の腕を抉るのが伝わる。これくらいすれば、振り落とされることはそうそうない。


 同時に背中の筋肉を使って体を反らせていく。背中周りの筋肉が嬉しそうに悲鳴をあげるのが分かった。


 固定された巨人の腕も、本人の意思とは関係なく動いていく。やや曲がっていた腕の関節は、数秒もしないうちにまっすぐと伸びていた。


 あわててひきはがそうとするが、もう遅い。あり得ない方向へと伸ばされようとしている巨人の右腕は

きちきちと布を引き裂くような音を立てている。魔物にあるのかはわからないが、靭帯がちょっとずつ裂けていく音だろう。そのままこつん、となにかにぶつかる音がした。


 靭帯が伸びきった、限界点だろう。これ以上少しでも力を入れれば、折れる。


 もちろん戸惑う理由もなく、悲鳴を上げさせる暇もなく、最後のひと踏ん張りといわんばかりで全力を込めて巨人の腕をへし折った。


 ごきゃっと太く逞しい骨が折れる音が、抱きついた腕を通して全身を駆け巡った。






「──と、まぁこうして月歌美人の片腕を無効化して、助けに来た仲間と一緒に神酒をとったんだ」


「冒険者ってすごいのですね!」


 もちろんほとんど嘘である。冒険者のお話を聞かせてくれ、とせがまれてミナミは何を話そうかと悩んだが、よく考えてみれば話せることは意外と少なかったのだ。


 オウルグリフィンのときはゾンビ能力を使ってしまったし、それ意外の魔物では割とありきたり、というかそっちも面倒臭がってゾンビ能力を使って仕留めてしまっている。お話として面白く、それでいてゾンビ能力も使っていないとなると月歌美人のエピソードくらいしか残っていなかったのである。


「ミナミ様、疑うわけではないのですが、一人で、体一つで月歌美人の相手をしたというのですか?」


「あはは、おれ、体丈夫なんで」


 そう、その月歌美人の話さえ、なかなかあり得ないことが起きている。月歌美人は貰った身体能力で無理やり抑え込んで無力化していたのだ。このセカイの全ての人間を知っているわけではないが、そんなことが出来るのなんていないだろう。いろいろ脚色して無難かな、と思えるようにしたつもりだったが、案の定、リティスにはそれでさえ疑わしく思われてしまっていた。


「それで、そのときの《月歌美人の神酒》があの“飴玉”に入っていたのですね!」


「まぁ、そうだね。作ったのは偶然に近いんだけどね」


 リンゴ飴を片手に持ちながらミルお姫様は目をキラキラさせる。プレゼントで渡した飴はもう食べきってしまったらしいので、せっかくだからとあのプレゼントには入っていなかったリンゴ飴とイチゴ飴をミナミは提供したのだ。


 初めて見るものが相当嬉しかったのか、ミルは大事そうに食べていた。もちろん、とってもおいしいと感動していた。今この場にいない弟のためにちょっと確保しておく辺りいい子だと思う。ちなみにリティスはイチゴ飴のほうが気に入ったらしい。


「ミナミ様は職人の家の出なのですか?」


「いや、普通の一般家庭ですよ」


「それじゃ、エレメンタルバターというのは孤児院兼工房のようなものだったり?」


「あそこも普通の孤児院。ただ、最近はおれがいろいろやってるから、ちょっと普通じゃないかもしれない」


 魔法を使って離れを作ってそこを風呂場としたり、休日には大量にある砂糖と買いだめした果物で飴を作ったりしている。ちょっと時間があるときにはパンケーキなんかを作ったりしているから、甘い匂いでいっぱいだろう。お菓子の存在しないこのセカイにおいて、それは明らかに普通じゃないことなのだ。


「ぱんけーき、というのはなんでしょうか?」


「お菓子というか、おやつというか、ともかく甘くてふわふわな食べ物だよ。パンみたいなものだけど、軟らかくて食べやすい」


「まぁ!」


 こっちのセカイのパンはあまり柔らかくない。フランスパンみたいな硬いのが主流だ。ガチガチで歯が立たないということはないが、食べにくいというのは否定できない。食パンの類もミナミは見たことがなかった。


 そんなことに若干の不満を覚えていたミナミはパンケーキを作った。基本的に卵と小麦粉と牛乳とバターがあればいろんなものが作れる。ベーキングパウダーとかは存在しないし、薄力粉“らしい”ものでつくったため、あくまでパンケーキもどきだったが、それでも十分うまくいったといえる部類だろう。


 子供たちもレイアもソフィも初めて食べるやわらかさにびっくりしていた。パンが甘い、というのも驚きだったらしい。半分くらいみんなが食べたところで飴作りの際にできたカラメルをかけてあげたら、さらに驚かれたことをミナミはよく覚えている。


「エレメンタルバター、ですか……。いいなぁ……」


「さすがに毎日食べ放題ってわけじゃないぞ」


「果物以外で甘い物を食べる、というだけで驚きですよ。ミナミ様、もしよかったらでいいのですが、作り方、教えてもらえませんか?」


「おれでよかったら。というか、食べたくなったら遊びにきたらいいですよ?」


 ミルが見た目十歳くらいだから、メルやクゥ、イオやレンからみればお姉さんみたいなものだろう。レイアやソフィはねーちゃと呼ばれてはいるものの、兄弟的な意味でのお姉ちゃんではない。遊び相手というか、この手のふれあいにはもってこいのはずだ。


「そういうわけにはいかないのです……」


 ミナミはすっかり忘れているが、ミルはお姫様だ。そう簡単に外に遊びに出ることは許されていない。彼女の弟は割と監視の目をくぐってちょくちょく脱走しているが、基本的には善良な彼女が脱走なんてするわけがない。


「みんなでがやがや、というのが楽しいと弟からきいてはいるのですけど……」


「ああ、あれは楽しいなぁ。夜、森で焚き火を囲んで食べた肉はなんか普通の肉よりもおいしかった。エレメンタルバターでみんなで囲んで食べるのも、いい感じだし」


「そういうのです! ウチではそういうの、ありませんから……」


 王族たるもの、テーブルマナーをしっかりしなくてはいけないらしく、今でこそ慣れてしまっているが、初めてちゃんとした食事会に出たときはろくに食べた気がしなかったそうだ。私室でリティスや弟と一緒に食べてた頃に戻りたくなったという。


「野外で食事、というのもすごいですよね。なんのお肉だったんですか?」


「魔物。ウルフゴブリンだよ」


「……リティス、ウルフゴブリンって食べられるのですか?」


「一応は食べられます。ですがミナミ様、ホントにあれを?」


「ええ。みんなまずいっていってましたけど、一回食べたらとたんに顔を変えましたね。すっごくおいしいっていってました。おれの焼き方が良かったみたいです」


「いいなぁ……」


「普通の魔物はまずくて食べられたものじゃないらしいよ」


「ラピッドラビットは食べられるんですよね?」


「うん。そういやそいつも狩ったっけ。きれいに狩れたから王城が高く買ってくれたって」


「あれ、ミナミさんが狩ったのですか!」


 驚いた顔でミルが聞いてくる。どうやらあのラピッドラビットはミルの誕生日プレゼントとして依頼が出されていたらしい。冬に向けて毛皮のコートにする予定だったとのことだ。軽くてふわふわなラピッドラビットの毛皮はコートの材料として最高級品なのだという。


「ウルフゴブリンやオウルグリフィンもふわふわな毛皮だよ」


「ウルフゴブリンもですか……オウルグリフィンとは?」


「あれ、知らない? “夜の暗殺者”って呼ばれているやつなんだけど」


「……黄泉人の魔法使いがよく襲われますね。われら黄泉人は心臓で生きるのではなく、魔力で生きているという説がありますし、なにかしらの力が彼らを引き付けるとか」


「じゃあやっぱり、あのときはおれが狙われてたのか」


「よくご無事でしたね。というか鬼の市のアレ、ミナミさんが狩ったオウルグリフィンですか?」


「ええ」


「まさかとは思いましたが、本物のオウルグリフィンですか……」


「あのぅ、それでオウルグリフィンってなんでしょう……?」


 ついうっかりミル姫様を忘れて話をしてしまった二人。彼女はちょっと拗ねたように頬を膨らませている。大人っぽい子供のようであったが、年相応に可愛いところもあるらしい。


「今度、連れてくるよ。ちっちゃいのを使い魔でもっていてさ。ウチの子たちもすっごい懐いているんだ」


 鬼の市にあるのは解体されちゃっただろうし、とミナミは心の中で呟く。


「絶対、来てくれますか?」


「もちろん、約束するよ」







 結局かなり遅くまで話し込み、夕飯があるから、とミナミが暇をつげるまで三人は延々と話していた。最後、帰り際にもういっちゃうの、まだいかないで、とミルお姫様は軽くワガママを言ったが、教育係のリティスによれば、これはかなり珍しいことだったらしい。


20160625 文法、形式を含めた改稿。

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