30 スウィート・パラダイス!
今度から更新めっさおそくなるかも。
「そんなわけで、こいつが完成した飴だ」
机の上の皿に並べられた飴、飴、飴。
昨夜ミナミとメルが作ったべっこうあめとイチゴ・リンゴ飴が、日の光できらきらと輝いている。
「砂糖は一袋使っちまったけど、大丈夫だよな?」
居間の片隅にはまだまだ袋が山積みになっている。一袋くらいはいいだろうと思いながら、ミナミはあえて確認を取った。もしダメだと言われたとしてもまた狩りにいけばいいし、それに鬼の市でも手に入るはずだ。故に、その行為自体に深い意味はない。
「あれ一袋で、こんなにできるんだ……」
「おう、しかも、これであくまで全体のほんの一部だからな? まだまだレパートリーはあるから、心配しなくていいぞ!」
事実、ツボのなかにはまだまだあるし、フルーツ飴も作っていない。昨日買った材料で他のものだって作れるのだ。これからもっといろんな種類の飴を作ることを考えると、むしろ、余裕をもってもうちょっと欲しいところではある。
「……ねぇミナミ。当たり前のように置かれているコップに入っているのって…」
「昨日出しそびれた《月歌美人の神酒》だな。安心してくれ、念のため子供たちのやつのアルコールは魔法で抜いてある」
ミナミにかかればアルコールを魔法で抜くことなと朝飯前だ。残念ながらすでに朝食は終えてしまっているが。
「今日はレイアも休むんだろ? おれも休日だし、せっかくだから、お菓子パーティーしようぜ!」
「あの酒ってこんな簡単に食卓に出せるものじゃなかったよね……?」
お菓子パーティーに飴しか出せないのだから、飲み物くらいは高級品にしようと思ったミナミの計らいだ。このセカイではまだ王族ですら食べることのできない甘味の飴が出ている時点で十分すぎるほど豪華なパーティーになっているということを、ミナミが知っているはずもなかった。
「すっごいでしょ~? これ、メルがつくったんだよ~!」
「ねぇねぇ、そっちの! そっちのおほしさまのとって!」
「……まっしろのさとうがどうやったらこうなるんだろ?」
「あまぁい……!」
子供たちは各々好きなように飴を取って食べている。一番好評なのはイチゴ飴のようだ。べっこうあめも食べてはいるが、明らかにイチゴ飴の消費量がおかしい。
「ん、なかなか」
ミナミも一つ手に取り、食べてみた。
リンゴに比べ甘味も強く、口当たりもよくて食べやすい。ほどよく酸味も効いていて食べ続けていても甘ったるくならない。リンゴ飴だっていい感じの硬さだし、お祭り気分を思い出してなかなかによかったのだが、思い出補正の部分もあったのだろう。少なくとも今この瞬間においては、ミナミはリンゴ飴よりもイチゴ飴のほうがおいしいと自信をもって言い切ることができる。
尤も、リンゴ飴もおいしいことに変わりはないのだから、問題はない。
「ああもぅ! 袖も口周りもべたべたじゃない!」
「でもレイちゃん、これすっごくおいしいよ! これがお砂糖からできただなんて信じられない!」
「う、それはそうなんだけど……」
てかてかとする子供たちの口の周りを拭いてあげるレイア達。特にレンがひどく、勢いよくがっつきすぎて鼻から下全部てかてかしている。拭いても拭いてもすぐに汚してしまううえ、それを気にすらしないところは問題だろう。完全に飴に夢中になっていることは疑いようがない。
なお、拭いてあげながらも、ちゃんと片手にリンゴ飴をキープしているレイアだった。
「お砂糖みたいに粉じゃないから取り扱いやすいし、材料も水と砂糖だけっていうし。今度からおやつはこれに決まりだね!」
「それはそうと、お酒のほうはどうよ? なんかすごい銘酒らしいけど……」
「今から飲むところよ。その前に水を一杯ちょうだい?」
当然といえば当然のことではあるが、ミナミは酒を飲んだことがない。こちらのセカイでは別に飲酒に対して年齢制限なんてないらしいが、それでも一番に飲むのは気が引けた。ありていに言って、ビビっていたのである。
水をこくりと飲んだレイアはミナミが用意したコップを静かに持つと、香りを楽しむようしてゆっくりと、しずかに喉を動かした。周囲の飴の甘い香りにまじってわずかにアルコールの香りが漂うのが分かる。
「やっぱりいいわぁ……!」
「そ、そんなにいいのか?」
ほろりと顔を崩して微笑むレイアを見て、ミナミは手元のコハク色の酒に意識を向けた。
初めてのお酒デビューだ。それが超高級品ともなると、なんだか緊張する。
「い、行くぞ……!」
「別に緊張する必要ないんじゃない?」
おそるおそる、コップを口元へと近づける。その段階で、芳しくて甘い香りがミナミの鼻をくすぐった。目をつぶって、慎重に酒に口をつける。
「っ!」
目まいがした。舌先がわずかに酒に触れただけで目まいがした。
あまい、かんばしい、こうばしい、ちょっとほろにがい?
さわやかな、濃厚な、いや、重厚な……?
「……うんめぇ」
「ミナミくんのここまで砕けた口調、初めて聞いたかもしれない」
ソフィの言葉などミナミの耳には入っていなかった。今の言葉だって、自分で言った自覚などない。心の底から、反射的に出てきたものだ。
ミナミの言葉では表現できないなにかが、心揺さぶるなにかがミナミの体を支配していたのだ。形容しがたい、いや、形容することなどおこがましい、あえていうならうまい、その一言でしか表現できない味はミナミの体を、心を、たしかに揺さぶったのだ。どこか遠くで、心地よい音楽が流れている気さえする。
静かに、一口ずつ、味わうようにして、喉をゆっくり動かしていく。最後の一滴がなくなってしまうのが、ここまで惜しいと思えたことはなかった。
「……これを飲み干されたっていうのなら、怒って当然だ」
エディからあずかった一瓶も、うっかり飲み干してしまうかもしれない。巾着の奥深くにしっかりとしまっておこう。ミナミはそう固く誓う。
──後に自分ならジュースの魔法で作れるということを思い出したミナミの喜びようは、とても表現できるものではなかったと言う。
神酒の余韻が抜けたころにはもうすっかりと机の上の飴はなくなってしまっていた。ミナミがずっと余韻に浸っていたのか、それとも子供たちの食べるペースが速かったのかはわからない。どちらにせよ、みんなの満足そうな表情をみるだけで、作ったかいもあったとミナミは実感した。
「ねぇミナミくん、あの飴っていうの、どうやって作ったの?」
「やっぱ気になる? せっかくだし昨日作れなかった分、今から作るか」
うずうずしたようにソフィが聞いてくる。どのみち教えるつもりだったからミナミにとっても都合がよい。言葉で説明するよりも実際に作ったほうが分かりやすいだろう。それに、ついでにフルーツ飴のほうも作ることができる。なんだかんだでミナミが一番好きなのはフルーツ飴なのだ。
子供たちはすでに十分満足したらしく、ごろすけと一緒に庭で遊んでいる。ミナミはレイアも誘ってみたが、ちょっと疲れているから今回はパスすると断られてしまう。無理に誘う必要もないので、早速二人は台所に立った。
ソフィが愛用のエプロンをつけ鍋を用意する。その間にミナミは砂糖をもう一袋ほど台所へと運び出す。準備が出来たところで、ミナミが切り出した。
「今から作るのはさっきのべっこうあめのフルーツバージョンだ。作り方は簡単、べっこうあめの材料にフルーツの果汁をいれるだけ」
「じゃ、まずはフルーツを絞るところからだね」
ミナミが取りだしたオレンジ、リンゴ、一粒ブドウをソフィは手際よく絞り取っていく。ミナミも手伝ってはいるが、プロには勝てない。唯一、リンゴをすりおろすのだけは腕力の違いで勝つことが出来た。
「とりあえずはこんなものかな? それで、べっこうあめはどうやって作るの?」
「ああ、それはだな……」
鍋を取り出し、水を適量入れる。砂糖は昨日よりちょっと少なめ。果汁の分の甘味を考慮したのだが、失敗することはないだろう。
「水、砂糖をこんくらいいれて火にかけるだけ。今回はこの中に果汁を入れる」
「……それだけ?」
「それだけ」
話しつつゆっくりかき混ぜながら火にかけ続ける。最初に入れたオレンジの色が、砂糖水にまんべんなくしみわたっていく。やがて少しずつ泡が出始めると、独特の甘い香りが鍋から立ち始めた。
「もうちょっとだけ待つと、やや粘り気のある泡が鍋一杯に広がるんだ。べっこうあめのときは全体が茶色っぽくなる。そんくらいになったら火を止めて、粗熱を取ったら型に流し込んで好きな形にして完成。ただ、タイミングが大事だから最初は失敗するかもしれない」
特に今回のように色が付いている場合は注意する必要がある。ミナミは火を止めるべきタイミングが感覚でだいたい分かるが、初めての人は色を頼りにするため、元から色がついてるとそのタイミングを計るのは難しい。
「……ちょうど、これくらいだな」
話している間にいい塩梅に泡が広がった飴を見て、ミナミは火を止める。柑橘系の香りがする、きれいなオレンジ色の飴が鍋には入っていた。
「おれは魔法で熱いうちに取りだして形を作ったけど、ちゃんと冷やしてからじゃないととてもじゃないけど触れないからな」
「……なんでこんな簡単なのに今まで誰もきづかなかったんだろう?」
「なんでだろうなぁ」
うまく冷えてきた飴を二人で喋りながら昨日作った型に入れていく。余った分は皿に垂らして木串をつけて固めた。大量のオレンジ飴の完成だ。
「わ、おいしそう。あっちのブドウはわたしがやってみてもいい?」
「もちろん。でもその前にも一回。今度はちょっとしたアレンジつき」
このアレンジは実は今日思いついたばかりのものだ。自分を褒めたくなるような閃きに、ミナミはどうしてもやってみたくなってしまったのである。
「~♪」
同じように残ったオレンジ果汁と砂糖、水を鍋に注ぐ。そこまでは先ほどと一緒である。ご機嫌に鼻歌を歌いながら、ミナミは今回のアレンジの目玉となるそれを取り出した。
「こいつを加えようかと」
「……それって!」
ミナミが取りだしたのは、《月歌美人の神酒》だ。パースの説明の中で何に使ってもすごい効果をだす、とあったのを思い出し、それならば飴にでも使えるだろうと思い至ったのである。
日本において、酒を使った飴は普通に存在する。異世界産とはいえ、超高級品の《月歌美人の神酒》が使えない道理はない。香りづけに使うだけでも、十分すぎるほどだろう。
さらに、例え超高級品である《月歌美人の神酒》でも、ミナミなら自分で作れるのだ。使うのに戸惑う理由もない。
とくとくとく、と酒を鍋に注ぐと、甘い芳しい香りが台所いっぱいに広がる。分量はやっぱり適当だが、こればっかりは仕方がない。オレンジとコハク色が混ざって、なんとも言えない絶妙な色になっていた。
念のため弱火でゆっくり温めると、先ほどよりもだいぶ長い時間がかかってようやくぽこぽこと泡が出はじめてきたのだが……。
「あれ? おかしいな?」
泡が出るまではよかったのだが、色の変化がいつまでも来ない。というか、コハク色が薄くなっていって、透明になりつつある。もうほとんどオレンジだけだ。
「失敗、しちゃったの?」
「うーん、失敗ではないはずなんだけど……」
それでもミナミは泡の量と状態を見てベストのタイミングで火から下ろす。柑橘の香りと砂糖の香り、ほのかな甘いアルコールの香りがあることから、失敗ではないことは確実だ。
「ま、なんとかなるだろ」
そういって鍋から飴を掬ったときだった。
「あっ!」
「うぉっ!」
ミナミが鍋から飴を掬った途端、正確には飴から熱がとれるに従って、また色づき始めたのだ。それも……。
「きれい……宝石みたい……!」
「そうだな……!」
ミナミは今まで透き通った飴は何度も見てきたが、これはその比ではない。台所に入ってくる日の光だけでガラス細工のようにきらきらとしている。透き通ったオレンジの中に、ほのかにコハク色を被せて、
絶妙なグラデーションをつくっていた。
これが宝石だと言われたら、ミナミは疑わないだろう。それだけ上品な輝きだった。
「おっと、いけね」
見とれている場合ではない。せっかくできたのだから、ちゃんと最後まで作らなくては。
ここでミナミは、最後の一仕上げ──さらには、ちょっとだけカッコつけることにした。
「ソフィ、ちょっとこれだけズルさせて」
「え?」
せっかく宝石のような色合いなのだ。ちゃんと作らないというのはあまりにももったいない。適当にこねくり回して形成するなど、そんなの今のミナミは許せない。
「むむむ……!」
昨日は風の手で作ったところを、今回は魔力を操って直接形を操作する。原理的には鍋から飴を掬った時のものと同じである。難易度こそ高いものの、自分の頭の中のこれ! というイメージ通りに作るにはこっちのほうが都合がよい。
「うわぁ! なんかすっごくきらきらしてる……!」
そうして出来上がったのは、宝石研磨方法の一つ、ブリリアントカット──が施されたように見える飴玉だ。いわゆるダイヤモンドの形のアレである。宝石といえばこの形を思い出す人が多いだろう。
これは宝石がもっとも美しく見える、研究し尽くされた研磨方法らしい。カズハにゲーセンで取らされたアクセサリーにこんな感じのものがあったのだが、したり顔でにぃちゃんが説明してくれたのをミナミはよく覚えていたのだ。
「はい、ソフィにプレゼントだ。いつもがんばっている報酬ともいう」
「ええ!? もらっちゃっていいの!?」
「いいのいいの。昨日言ってただろ? 頑張った人に報酬は当たり前だって。おれとレイアだけもらって、ソフィが貰わないのはおかしいじゃないか?」
「うう、ありがとう……! どうしよう、食べるのもったいないよぅ……!」
「いや、食べようぜ。それくらいならまた作れるし。それにこのあとブドウだってつくるんだろ?」
結局、もうちょっと見ていたいと言い張ったソフィは飴を食べるのを後回しにして、ミナミと一緒に別の飴の形状をまとめていった。ここら辺はすでにソフィのほうが手際良くできるようになっている。
順調にオレンジ、ブドウ、リンゴの飴が出来た後、調子に乗ったミナミが自分の魔法で作った《月歌美人の神酒》でそれぞれアレンジの飴を大量に作ったことは言うまでもない。どれも、宝石のような出来栄えだった。
なお、飴を食べたソフィの感想は“なんだか言葉にできない”といった非常にシンプルなものだった。
それを語った時の彼女の表情は、言葉にしなくてもその喜びが伝わってくるようなものだったらしい。
20141221 誤字修正
20160623 文法、形式を含めた改稿。
お酒は二十歳になってから。




