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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
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3 もげた腕

 王都から離れた場所にある大森林。離れているといってもせいぜい馬車で四日くらいだろうか。その陰鬱な見た目に反して森の中は意外と明るく、森の中央にはそれなりの大きさの湖があった。


 その深い自然の為せる技か、実はこの森のどこかに地下に通じる洞窟があるらしいという心躍る噂もある。あくまで噂どまりなのは、洞窟を見たという人間が仲間を連れて同じ場所に戻るとその洞窟は影も形もなくなっていたからだ。


 その洞窟内には珍しい鉱石があったとのことで、第一発見者の男は拾ったそれを証拠として仲間に見せつけた。それに関しては紛れもない本物で、からかうためだけに用意したとは考えにくい。でも、肝心の洞窟はさっぱり見当たらない。故に謎のオイシイ話として噂が広まったのである。


 さて、この大森林には様々な種類の薬草や木の実が自生している。中央の湖では魚が──それも結構上等なものが釣れる。そんな不確かな噂よりも確実で目に見える利益やメリットが大量に存在していると言ってもよい。実際、ここに来ることができる人間の多くはそっちを目当てとしていることがほとんどだろう。


 しかし、ここで一般の人間が採集をしたり釣りに来たりすることはない。他の場所ではあまり見られない貴重な薬草があったとしても、それはあまり荒らされることなくその生を謳歌することだろう。


 では、なぜ一般人はここにこないのか。

 それは、魔物という存在のためだ。


 この大森林には普通よりすこし強い魔物が比較的多めに生息している。彼らは例え可愛らしい外見をしたものであっても気性が荒く、火を噴き、毒を吐き、中には魂を喰らうとされるものまでいた。一般的な人間では入ってすぐに彼らのエサされるのがオチだろう。


 ところが、一般的な人間でないものがいる。

 俗に言う冒険者というものたちだ。


 彼らの身体構造そのものは一般的な人間と変わらない。だが、彼らはその心においては普通の人間とは違っていた。


 【冒険者】の名のごとく彼らは何よりも冒険を望んだのだ。


 ここでいう『冒険』とはなにも秘境に探検にいくことだけではない。自分の知らない未知なるものやワクワクすること全般に対して、彼らは貪欲なまでに追求していくのだ。


 もともと『このセカイ』の人間は個人差はあれどそれなりに魔法は使えるし、身体能力もある。しかし、それを使って何かを成し遂げようとはしない。


 魔法を使えば疲れるし、日常生活で体の限界を振り絞る必要はない。魔力も体力もそこそこまでしか鍛えられず、結果的に彼らはその才能を発揮することなく一生を終えていく。


 しかし、冒険者は違う。彼らはその才能を自分の目的を遂行するための手段として、常日頃から鍛えている。そして、一般人とはかけ離れた実力を手にするのだ。


 彼らはその才能を用いて、目的を達成するために──仲間と一緒により高みを目指そうと活動する。その努力の根底にあるものこそが、『冒険』なのだ。


 先ほどの鉱石を見つけた人間も、自信と勇気を身に纏い、スリルとちょっぴりのお金を求めてやってきた冒険者だった。


 この大森林はそんな冒険者たちがお小遣い稼ぎとしてよく利用する狩場のひとつだった。薬草や木の実はもちろん、魔物の牙や毛皮、目玉や内臓なども利用価値がある。獲物に事足りなくなることはないと言っていいだろう。


 お小遣い稼ぎといってもここは中の上くらいの実力者でもないと最低限の安全は確保できないのだが、その分利用者の絶対数が少ないため密かな穴場となっていた。


「うぉぉぉぁぁぁぁぁっ!?」


 そして、基本的に人がいなくて静かなここ──コラム大森林の上空に突如現れた小さな影。風を切り裂く音と共に、一人の男の絶叫が響き渡った。




 ミナミはあせっていた。


 急に意識が遠のいたと思ったら、いきなりどこかの森の上空に放り出されたからだ。流石にこれで焦るなと言うほうが無理と言うものだろう。


「装備なしパラシュートとか斬新すぎるだろ……」


 最初はわけもわからず大声を上げてしまったが、大きな声を出して少し落ち着いたのか、ミナミは今この事態をどう乗り切るか考えていた。


 面前に広がるのは深く、いっそ気持のよくなるくらいに緑色の樹々の群れ。当然安全マットなんかが用意されているわけもない。ちょっと向こうに樹に埋もれて湖が見えるが、そこまで飛べるはずもない。そもそも飛べるのならそのまま優雅に着陸する。

 

 よってミナミは結論付けた。


「ダメだな。どうしようもねぇや」


 せっかく神様とやらから魔法の才能を授かったのだが、この状況の中でうまく利用できるとはとても思えない。そもそも、ミナミは魔法の使い方さえわからないのだから。


「……ッ」


 強化された体が上空から叩きつけられる衝撃を和らげてくれるといいなと思いながら、次の瞬間に迫るであろう衝撃に備え、ミナミは目をつぶって歯を食いしばった。


 風を切る音。濃くなる緑の香り。枝が頬を切り裂き、五感の全てが迫りくる大地を感じ取った。


 ずしん、と地鳴りのような音と共に半径三メートルくらいのクレーターができる。幸運なことに、ミナミは木々の密集地帯ではなく、薬草と思しきものの芝生に着地したのだった。


「痛ってぇ! ……え?」


 さらに幸運なことに、体が全く痛くない。ぶつかったのでつい反射的に痛いと言ってしまったが、怪我をするどころか全く持って体が痛まなかったのだ。


 感じた衝撃と言えばせいぜい五歳児の全力タックルをくらったくらいだろう。身体能力強化がこれほどの効果をもたらすものなのかと、ミナミは一人感心する。


 案外いけるものなんだな……と気をよくして立ち上がろうとして。ミナミは二つのことに気づいてしまった。


「……」


 まず肌色がおかしい。自分の左手がすこし灰色がかっている。ちょっと具合が悪い人の顔色にも見えなくはないが、自分的にコレはなしだ。ミナミは健康的な血色のよい肌色が好きであり、それに比べたらこの色は死体の色と遜色ないと思えてしまうほどである。


 そしてさらに、はるかに大きな問題が一つ。ミナミは半ば絶望したようにポツリとつぶやいた。


「……ウソっしょ? なんで、それがそこにあるんだよ?」


 自分の右腕が足元に落ちていた。


 どうやら衝突の瞬間、右腕で咄嗟に体をかばってしまったらしい。その結果、右腕は衝撃のほとんどを受け止め、耐え切れずに千切れてしまったようだ。


 強化された体なのに腕がもげてしまったことを嘆くべきか、あんな上空から叩きつけられて腕一本で済んだことを喜ぶべきか。それとも、痛みを全く感じない現状に満足するべきか。


 また考え込んでしまったミナミは、ここである違和感に気づく。


「……おれの腕、だよな?」


 落ちた右腕から血が流れ出ていない。体のほうからも流れていない。これだけ盛大に腕がもげれば鮮やかな血飛沫が大地を濡らし、血なまぐさい水たまりが出来るはずなのに、だ。


 止血の必要がないどころか、そもそもの血が流れていないという事実がここで発覚する。何故か痛みを感じないのでまるで気にならないが、これは明らかに異常な事だろう。少なくとも、血の流れない生き物なんてミナミは聞いたことがないのだ。


「……あ?」


 ミナミはとっさに左手で左胸を押さえてみる。よくよく集中してみても、自分の心臓の鼓動は感じられないし、音を聞くこともできなかった。つまり、心臓は動いていないってことだ。


 さて、心臓が動いていないのなら生きていられるはずがない。最先端の医療機関ならわからないが、ここは大自然のど真ん中であり異世界なのである。


 したがって、彼は結論付けた。その結論を口に出さずにはいられなかった。


「おれ、まだ死んでいるのか?」


 ありえないだろうがそれしか考えられない。心臓が止まり、そして痛みを感じず、腕一本がもげても平然としていられるのなら、それは死んでるってことにほかならないはずなのだ。少なくとも、普通に生きているとは考えにくいだろう。


 普通に喋ったりもできるのだが、、それは神様と会ったとき、すなわち死んだ直後もそうだった。今ここで確かに生きていることの証明にはなりえない。


「まさか……」


 心当たりはある。


 あの神様は【異世界にいく権利を与える】といっただけであって、生き返らせてくれるとか転生させるなどとはいってない。ミナミは生き返らせてもらったうえでこっちに来るものだと勝手に解釈していたのだが、あの神様がやると確約したのは能力の付与とミナミをここに連れてくることだけだ。


 よくよく思い返して見れば、最後に本当にそれでいいのか念を押してきてもいた。「人生」の言葉の前に間があった気もするし、クエスチョンマークも付いていた気がすると、ミナミは後になって意識し始める。


 さらに振り返ってみれば、異世界のどこに送られるのかもミナミは指定しなかった。つまり、あそこでは「生き返らせる」もしくは「転生する」こと、そして「どこに送られるか」をお願いしなくてはいけなかったのではなかったのではないだろうかとミナミはなんとなく推測する。


 一番の疑問は、自分がまだ死んでいると仮定して、なぜこうして活動していられるのかである。少なくとも、ミナミの知っている死人はこんな風に物事を考えたりしないはずなのに、だ。


「それに死んでるんなら動けないはずだよな……ッ?」


 また深く考え込むミナミだったが、その思考は途中で打ち切らざるを得なかった。彼の後方にあった茂みからケモノの叫びが聞こえてきたからだ。


──ガァウッ!


 彼の目の前に異形の生物──魔物がとびだしてきた。


20150418 文法、形式を含めた改稿。

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