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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
29/88

29 メルの夜、苦い過去と甘い現在

ちょっとお知らせ


ジャンルは違いますが、最近新しいの書き始めました。

よろしかったらどうぞ。


「にーちゃ……?」


 ゆっくりと振り向くと、栗色の髪が扉から飛び出ていた。孤児院エレメンタルバターには、栗色の髪は今のところ一人しかいない。


「メル? どした、こんな時間に。トイレか?」


 もうかなり遅い時間、というか深夜だ。俗に言う丑三つ時ってやつだろう。ミナミでさえ、このセカイでの夜中のトイレは結構怖い。明かりらしい明かりがないのだから。


「にーちゃ……」


 だが、メルは特に何も言うことはなく、不安そうな瞳で顔をくしゃっとゆがめたまま走って来るかと思うと、そのままミナミの胸に抱きついた。


 わずかばかり、泣いているのが分かる。怖い夢でも、見たのだろうか。


 ミナミは、いやいやをするように震えるメルの頭を抱きかかえるようにしてそっと撫でる。ついでにあいた手でポンポンと背中をさすってやった。


 そのまま抱きしめていると、静かな部屋にひっく、ひっくと響いていたメルのわずかな泣き声が、だんだんと小さくなっていった。


「よしよし、落ち着いたか?」


「……うん」


 まだちょっと目が赤いし、涙のあとで顔がすごいことになっているが、とりあえずは大丈夫だろう。


「どした? やっぱり怖い夢で見たのか?」


「……にーちゃがかえってこなかったせいだもん」


「はい?」


「『ちょっといってくる』っていったのに、すぐにかえってこなかったせいだもん!」


 ぷんぷん、と口を膨らませてメルがいう。おまけに思い出してしまったのだろうか、またすこし半べそになっている。


「メルだって、いっぱいがまんしたもん。なのに、ごはんのじかんになっても、ねるじかんになっても、にーちゃ、かえってこないんだもん。また、いなくなっちゃったのかもしれないと、おもったんだもん……」


「…そっか。悪かったな。でも、にーちゃんは何があっても必ず帰ってくるよ。ずっとメルのそばにいる」


 心当たりはある。レイアとソフィからすこし聞かされたが、彼女の両親は、ある日突然帰ってこなくなったそうだ。


 理由はなんだったかはわからない。ただ、メルはいつまでも帰らない両親をずっと待ち続け、たまたま旅で訪れていたレイアが見たときは、げっそりとやつれて栄養失調に陥ってたそうだ。


 レイアが保護し、どうにか命に別状はなかったが、引き取り手もおらず、レイアはそのままメルを連れてこの国へ戻ったらしい。


 最初のうちは寝る時も、トイレに行くときもレイアから離れず、毎晩悪夢にうなされ、起きだして泣いていたそうだ。そのうちこちらでの生活にも慣れ、最近はほとんどそんなことはなくなったと聞いていたのだが……。


 ふとした拍子に思い出してしまったのだろう。不可抗力とはいえ、ミナミが原因であることは間違いない。


 やわらかくて軽い、でも重いメルの体をミナミはぎゅっと抱きしめた。






「それで、にーちゃはなにをやっているの?」


 マグカップを片手に、ミナミの膝に座りながらメルが問う。落ち着かせるために買った牛乳でホットミルクを作ったら、そのまま居座って胡坐をかいたミナミをイスにしてしまったのだ。座り心地もよかったのか、今日はこのままここで寝るらしい。


「レイアが持ってきた砂糖ってあったろ? あれでいいもんつくってるんだ」


 本当なら寝かせるべきなのだろうが、今のメルはそこらに浮かぶべっこうあめに目が釘付けになっている。ミナミ自身、さっきのことで若干負い目があるので、今日くらいはいいかと思ってメルと一緒に飴を作ることにした。


「そこにあるイチゴ、この串で刺してくれ」


「はーい!」


 メルは一つずつ丁寧にイチゴに串を刺していく。リンゴはイチゴよりちょっと硬めだからミナミの仕事だ。


 二人で手際よく刺していき、全部終わったところで先ほどと同じようにべっこうあめを作っていった。


「うわぁ。あまいいいにおい」


「そうだろう?」


 メルといっしょに軽く鍋をかきまぜながら様子をうかがう。


 泡よし、色よし、粘りよし。そろそろ頃合いだ。


「いいか? 串を手にとって、まんべんなく飴にひたすんだ。飴はあっついから、気をつけるんだぞ?」


「うん!」


 まずはお手本として、リンゴの串を手にとって実践する。文字通り飴色となったべっこうあめにとぷんと浸し、くるくると動かして引き抜く。つ──っと飴が引くのがおもしろい。


 空中で軽く振り、表面をこころもち冷やかした後、またとぷんとつける。何度か繰り返し、ある程度表面のべっこうあめに厚みが出たら完成だ。


「できた! これ、おもしろいね!」


 メルは両手に一本ずつもってたぷたぷと飴にひたしながらきゃっきゃとしている。イチゴはリンゴよりも小さいから、その分はやくできるようだ。


 イチゴの赤と飴色が混じった色は、どこからみてもお祭りで売られているあれだ。妙に鮮やかなその色は、食べてしまうのがもったいないくらい美しい色だ。ほのかな光にさらすと、それはもう見事な色合いに見える。


「こっちもできたぞ」


 てかてかと輝くリンゴ飴。ちょっとべっこうあめを厚めにコーティングしてしまっているが、なかなかの出来栄えだと言える。いますぐここでかぶりつきたい衝動を、ミナミはぐっと我慢する。


 きっと飴の甘味と、リンゴの酸味の絶妙なハーモニーで口の中が幸せに包まれるだろうと、ミナミは想像の中でそれを口にする。たったそれだけで涎が出てきた。


「にーちゃ、たべてみてもいい?」


「うーん……今はダメ。みんなであした食べような?」


「……けち。にーちゃはたべたくせに」


「……なんでわかった?」


 ミナミだってメルが来てからは味見はしていないのだ。もちろん、したくないわけなかったのだが、そうしたらメルだって食べたがるに決まっている。そして、子供がこんな遅くに甘いものなんて食べたら虫歯になる。


 ミナミが食べて、メルが食べないというのは不公平だろう。だからこそ、味見をしないようにしてたのだが……。


「にーちゃのくちからすっごいあまいにおいしてるよ? へやのそとでもすこししてたけど、にーちゃはずっとここにいたから、おはながなれちゃったんだね」


「……しょうがない。イチゴ飴はダメだけど、あそこのちいさいべっこうあめならいいぞ。にーちゃんだってそれだったんだから、いいだろ?」


「やった!」


 さっき作ってもう十分に冷えて固まったやつを渡す。小さめだから、あとでちゃんと口をすすげば問題ないはずだ。


 ぱくっと口に入れたメルだったが、次の瞬間、顔をすっかり崩してうっとりした表情になってしまった。もふもふしたものをさわっているレイアやライカと同じ顔だ。


 メルのスイッチは、甘いものらしい。ミナミはまた一つ賢くなった。


「にーちゃぁ、これ、すっごくあっまいねぇ~」


 えへへ、とうれしそうに飴玉をころころと口の中で転がしている。見ているこっちも嬉しくなってくる可愛い笑顔だ。やっぱり子供は泣いた顔よりも笑っているほうが何千倍もイイ、とミナミハ思う。


 もうすっかり気分もよくなったらしく、先程までの暗い空気はどこかへ消え去ってしまっていた。




 二人は黙々と飴を作り続けてゆく。


 浸してはとりだし、取り出しては浸し。


 最後のリンゴ飴を作り終えるころには部屋いっぱいに飴が浮かんでいた。幻想的な光景ではあるのだが、このままにするわけにはいかない。


「にーちゃ、いっぱいつくったけど…どうするの?」


「おう、このツボに入れてくれ」


 ミナミがとりだしたのは鬼の市で買ってきたツボ。メルは両手じゃないと持てないが、大人なら片手で持てるくらいの大きさだ。


 漆のような質感で大きさも手ごろ、加えて群青色がいい味を出していたので思わず買ってしまったのである。値段が安かったことも大きい。材質はわからないが、いい買い物だとミナミは大いなる直感の元に言い切れる。


「……はいるの?」


「はいるんだ」


 メルが心配するのも無理はないだろう。とてもじゃないがここにある飴はそんなツボ一つに入りきる量じゃない。


 だが、これはミナミのちょっとした改造を加えてあるものだ。巾着──“場所”の技術を応用して、飴専用スペースを作り、そことつなげてあるのである。


 しかも、自動的に種別ごとに保存する機能付きだったりする。ぜんぶごっちゃにしてツボに入れても、リンゴ飴を取りたいと思ってツボを開ければ、中にはリンゴ飴だけが入れた分だけ入っているという寸法だ。


「全部入れたら、今日はもう寝よう。あっちの果物はまた今度だな」


 思いのほかイチゴ飴、リンゴ飴の作業時間は多く、フルーツ飴までは作れなかった。ただ、かなりの量を作れたので、べっこうあめもふくめしばらくは飴に困ることはない。


「ふぁ~い……」


 メルだっていいかげん眠いだろう。さっきまでは興奮してたとはいえ、子供が起きている時間ではない。どんなに強がったところで、眠気がなくなるなんてことはない。



 ツボを両手で受け取りミナミの膝から立ちあがったメルは、追いかけるようにして飴を回収していく。ミナミは鍋の洗浄だ。終わったらさっさと洗ってしまわないとこびりついてとれなくなる。


 魔法がある分、簡単に洗えてしまうのだからさほど問題ではないのだが。お菓子作りは片付けまで終わるまでは続いているのだ。




「じゃ、明かり消すぞ」


「うん……」


 特性毛皮布団を用意すれば、すっかり寝る準備は万端だ。今日は寝ずに徹夜で飴を作る予定だったが、メルを寝かしつけないわけにはいかない。


「おやすみ、メル」


「おやすみ……」


 小さな体でぎゅっと抱きついてくるのが分かる。二人分の布団を用意したのだが、寝る直前になってまた怖くなったのか、ミナミの布団に潜り込んできたのだ。


 ゆっくりと安心させるように、ミナミはメルの背中をぽんぽんリズミカルにたたく。保育園のお昼寝の時のあれだ。


「……」


 それからしばらくするとすぅすぅとかわいらしい寝息が聞こえてくる。うまく寝着いてくれたらしい。これで一安心だ。


 他の子供たちと一緒に雑魚寝することは何度かあったが、一人と一緒に寝るのはミナミは初めてだったりする。


「……川の字もいいけど、こっちもいいなぁ」


 小さな声で呟く。たぶん、あしたメルがこのことを話したら、ひっぱりだこになってしまうだろう。そしてそのまま、子供たち全員がこっちの部屋で寝ることだろう。今度からは夜寝る日を増やしたほうがいいかもしれないと、ミナミは瞼を閉じて考えた。


「がんばって寝てみるかな」


 ミナミは最近気づいたのだが、がんばって寝ようと思えば精神的につかれていなくても眠れるのだ。眠るメリットがあまりないので、だいたいいつも何かしらの作業をやっているわけだが。


「ううん……」


「っと」


 メルが軽く身じろぎをする。危うく起こしてしまうところだった。


──そろそろ本格的に寝よう。


 十五分後、ミナミの部屋には二つの寝息が響いていた。









「ほんとに彼はおもしろいですねぇ。いやぁ、やっぱり私の眼に狂いはありませんでした」


「……センパイ、それ、私に対するイヤミですか?」


「いえいえ、そんな。貴女だってがんばっているじゃぁないですか」


 遠い遠い、遥かなる場所。どこか胡散臭い男と、すこしふてくされた女がいた。


「センパイの管轄ってなんで毎回そんなうまくいくんです?」


「いえいえ、私だって苦労してるんですよ?」


 事実、頭の硬い上司うえに何度邪魔されたことか。

 仕事、仕事と何度口うるさくわめかれたことか。

 お前らは仕事だけをきっちりすればいいのだと何度耳元でがなられたことか。


 仕事をきっちりこなしているのだから、何をやってもいいではないかと毎回思う。それを口に出さないのは、言ったところで無駄であり、逆にまたネチネチと嫌味を言われるのがわかっているからだ。


「私の管轄なんて、こないだ大問題を起こした子がいたんですよ? せっかくうまくいってたのに、おかげで大目玉です!」


「それは……貴女の見る目がなかったということですよ」


 いま、私たちの一部でちょっとした娯楽が流行っている。うまくいけばこのクソ退屈な業務のストレスも解消できるくらいいいものなのだが、ヘタをすると上司うえに目をつけられる上に、仕事が増えるというリスクがある。


「せっかくいろいろ用意したのにばっさりと切り捨てられるわ、私のとこはいやだとか……。がんばってがんばって、ようやく貯めた給料つかったのに!」


「ものごとそう簡単にはうまくいきませんよ。私だって最初はあなたよりも酷い目に会いましたからね」


 この娯楽の一番リスキーなところは、クソ退屈で面倒な業務をこなして得た給料をつぎこまないといけないことである。


 いや、ただ遊ぶだけならそこまでつぎ込まなくてもいいのだが、そうでないとすぐに終わってしまうか、酷く退屈なことになってしまう。加えて、見る目がないと、目の前の彼女のようになってしまうのだ。


「なんかコツとかありません?」


「スタンダードにいくことですよ。それと、ターゲットの年齢層とか、最近の流行りですかね? そういったものをよく調べておくのですよ。あと、忘れがちですがアフターサービスもしっかりとすることですね」


「……それでダメだったんですけどね」


「あらまぁ」


「……あなたの管轄が大人気なんですよ。ええ、まったく」


「貴女も一緒に楽しんでいるからいいじゃあないですか」


 私だって、ここまでくるのにどれだけの失敗をしたことか。


 給料をつぎ込んだのも半端なものではない。一緒に楽しませてあげるだけ、気遣っているつもりだ。私が新人の頃は、気遣ってくれる先輩など一人を除いていなかった。


「かちょーはいいですよねぇ……」


「ですねぇ……」


 彼女の言葉に、思わず同意する。唯一まともな、尊敬できる上司である課長は、自分たちが想像できないくらいの給料をつかって、休暇中なのだ。


 きっちりしばらくの先の仕事までこなしていったので、口うるさい課長の上司うえも口出しできなかったという。


「かちょー、私がここに来る前から不眠不休、休日返上、毎日残業、それでいて有給も全部使わずにず~っと取っといたんですよねぇ。いったいどれだけ働いていたのか。私だったら気が狂いますよ」


「私だってそうです」


 自分だって今のを作るために相当な給料をつぎこんだと思っているが、あの人の比ではない。どれほど長い間働いて、どれほどの給料をつぎ込んだのか、正直見当がつかなかった。


「で、かちょーは一体どこいったんですか?」


「わたしの管轄とこですよ」


「ちくしょぉぉぉっ!」


 歯ぎしりしながら悔しがる彼女を見てすこしだけ優越感を感じる。彼女自身、新人の割にいい線いっているので、もっと経験を積めば自分のところに負けないくらいのものを作れるだろう。その時が楽しみだ。


「さぁさ、そろそろ業務に戻りますよ。さっさと終わらせて、また続きを楽しみましょう」


「はぁい……」


 またクソ退屈で面倒な業務が始まってしまう。私とてそれは本意ではないが、そんなストレスを解消する元手を得るためには、やはり働かないといけないのだ。


 私が働いた分以上に、彼にも頑張ってエンジョイしてもらわないといけない。それこそが、私たちの唯一の楽しみなのだから。



 遠い遠い遥かなる場所。胡散臭い男──ミナミを送った神様は新人に微笑むと、自分の仕事に取りかかった。

 

20160417 文法、形式を含めた改稿。

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