28 スウィート・キャンディ・ナイト
「だいぶ遅くなっちまったな」
このセカイにも明かりはある。ろうそく、ランタン、明かりの魔法などだ。ただ、ミナミのセカイにあったような街灯は存在していない。結果、暗くなったらほとんどの人間はさっさと家に引き上げることとなる。
当然、普通のお店なんかはやっているはずもなく、開いている店を探して走り回る羽目になってしまった。
「いろいろ買えたからよしとするか」
鬼の市だけは開いていた。あそこは冒険者が品物を持ち込むため、一日中、一年中、閉まることなどないのだ。
冒険者がいつ品物を持ち込むのかはわからないのだから、当然と言えば当然だ。鬼の市は魔法具をつかって最低限の明かりを確保しているので、だいぶ薄暗いとはいえ昼間と同じように利用することが出来た。
そんな鬼の市には様々なものが集まる。メインは冒険者しか手に入れられない品物、具体的には魔物の素材や危険地帯でしか採取できない素材なのだが、そういったものに混じって意外と普通のものもかなり売られているのだ。
ミナミの目当てのものもそこで買えたし、使えそうなものがいろいろと買えた。おもわず目移りして、入口で渡されたランタンを片手に市の中をじっくり探索していたからこんなに遅くなってしまったのだ。
エレメンタルバターの扉をゆっくりと開ける。この時間ならもうみんな寝ているかもしれない。と、思っていたら居間のテーブルにはぽわんとした明かりが一つ。傍らには人影。
「ソフィ?」
「……あ、おかえり、ミナミくん。ご飯、あたためるね」
ほとんど寝ていたのだろう。返事をしたとき一瞬間があった。もうだいぶ遅い時間だし、彼女だって一日中子供たちの面倒をみて、そしてひとりでここの家事すべてを仕切っているのだ。疲れていないわけがない。
「おれがやるよ。ソフィだって疲れてるだろ? あっちで寝ててもよかったのに」
「そういうわけにはいかないよ。レイちゃんやミナミくんに比べたら、私なんて楽なほうだもん。命がけで頑張ってきた人に夕飯の支度なんてさせられないよ」
そう言って台所で大きな鍋を温めているのが見える。バスケットにパンを置くのも忘れない。ミナミは暗い中でもよく見えるが、わずかな明かりしかない台所でそれをやるのは難しいだろう。ソフィが相当手慣れているということだ。
「それに、頑張って帰ってきたあとに温かい食事に迎えられるっていうのは、とっても幸せなことだもん。頑張った人の、当然の報酬だよ」
そう言われるとすこし心が痛い。たしかに冒険者といえば命がけの職業だが、
レイアはともかくミナミはゾンビだ。よほどのことがない限り、危機に陥ることはない。
体は丈夫だし、毒にも病気にもならない。疲れも出ないし、四肢が欠損してもすぐに直せる。魔物だってひっかけばイチコロだ。
世間一般の冒険者ほど、冒険そのものに危機感を抱いていない。いわばゲームを実際に体験してるようなもの。遊びといってもいい。
いい感じに温まったシチューが小さめの鍋に移されて、やや硬めのパンと一緒にミナミの前に置かれる。一口大の大きさの野菜がたっぷりはいったシチューだった。
「ふぁぁ。食べ終わったら流しにおいといてくれる?」
「ああ。ソフィももう寝なよ。片づけくらいはできるからさ」
「ごめん。でも、片づけは明日まとめてやるから大丈夫だよ。……おやすみ」
「おやすみ」
ソフィが子供たちのいる寝室入ってすぐに寝た気配がした。
シチューの人参を掬いながらミナミは思う。すぐに寝てしまうほどに疲れていながらも、彼女は温かい夕飯を用意してくれたのだ。本当に報酬をもらうべきなのは彼女ではないだろうか。しかも、ミナミがまた出ていったからわざわざ夜更かしさせてしまったのだ。
なんとしてでも、今夜は成功させなくてはならなくなった。鍋を洗いながら、ミナミはそう固く決意した。
驚くべきことに鬼の市ではミナミの欲したもの全てがそろっていた。牛乳、バター、ちょっと高かった卵、そして薄力粉のようなもの──ミナミの勘では薄力粉だ。
市の人の話だと、ちょっとかわった食感のパンになる小麦粉だそうだ。あまり人気は無い様だったが。
それと、とある金属の塊だ。熱伝導率が非常に低い物と、逆に高いもの。本来なら鍛冶屋が買っていくものらしい。こちらもやはり少し値が張った。
そして、なにやら非常におもしろいさわり心地をした黄色い石のようなもの。ある魔物の体の一部だそうだ。硬いようで軟らかい、それでいてつるつるしたような感触。なんのことはない、型に使えそうなのでついでに買ってきたのである。
まぁ、せっかく買ってきたのだが、型以外は今日は使わない。簡単に、手軽にできるものを作ろうとミナミは思っている。
「よし」
先ほど洗った鍋を片手に、自分の部屋へと引き上げる。台所からだと騒がしくしてしまうかもしれないし、なにより自分の部屋で座ってゆっくりやりたかった。
西洋風のこのセカイでは、基本的に椅子に座る。胡坐をかけるのはミナミの部屋と雑魚寝をする子供部屋くらいだ。
「なんだか、わくわくしてくるな」
自作したちゃぶ台のようなテーブルに、ランタンを置いて明かりを確保する。理科の実験をしている気分だった。
まずは鍋に水を適量そそぐ。いちいち汲むのは面倒臭いから魔法で済ませた。続いて、居間の隅においてあった大袋を開く。
今回の肝はこいつだ。たくさんあったし、使い道もあまりないそうだから気にせず使える。といっても流石に使いきることはできないだろうが。
中にある真っ白な砂糖を掬うと、目分量で鍋の中へと投入する。ここら辺はすべてミナミの勘だ。じぃちゃんがこれくらいでやっていたはずだから大丈夫のはずだ、とミナミは自分で自分を奮い立たせる。
その後鍋を浮かせ、火の魔法をつかい、温めていく。あまり強火でやりすぎないのがコツだ。ときどきゆすりながら、砂糖が溶けるのを待つ。途中で買ってきた不思議金属でへらを作り、火にかけ続けながらかき交ぜた。
やがて、だんだんと甘いにおいが鍋から立ち始める。
「うーん、もうちょっと、かな?」
ぽこ、ぽこと沸騰しかけているが、まだあまり色味が出ていないように思える。もうちょっと茶色味が強くなってからでないとミナミの求めているものにはならない。
かき混ぜるのをやめ、少しだけ火力を強める。火力が低いと判断したのだが、これがいけなかったらしい。ミナミがちょっと油断した隙に、鍋の中身はいきなり沸騰し、一瞬で茶色くなって甘い匂いの中に焦げたようなにおいが混じり始めた。
「いけねっ!」
だが、ここであわてるミナミではない。以前同じ失敗をやらかしてしまったことがあるのだ。当然、対処方法も学んでいる。というか、台所で焦げ付いた鍋を延々と洗っていたら、母さんが教えてくれたのだ。
とっさに魔法で作ったお湯を鍋に入れる。わずかに飛び散ったお湯が肌を焼くが、ゾンビの体にはそんなものは効かない。
ちなみに水でも構わないのだが、水を入れるとものすごい勢いで蒸発して飛び散るのだ。絶対にお湯を入れろ、と口酸っぱく言われたのをミナミはよく覚えている。もっとも、そんな非常事態に都合よくお湯を用意できるわけはないとも思ったが。
「何とかなったか……」
鍋の中を覗き込みながらミナミはつぶやく。甘い香りはまだあるが、焦げたにおいはもうしない。鍋の中にはカラメル色の液体……というか、カラメルソースが入っていた。
完全に焦げ付く前にカラメルソースにしてしまえば、材料を無駄にすることもなく、鍋が洗いにくくなることもない。予定外とはいえ、これも甘味のひとつ。加えて保存も効いて用途も幅広い。大量に作ればいろいろ便利だろう。
「だけど、おまえは本命ではないんだよ」
とくとくと空き瓶にカラメルソースを注ぎながらミナミは語る。もうすっかり深夜のテンションだ。
「もういっかい」
再び水と砂糖を鍋に投入し、今度はゆっくり注意深く温めていく。
先ほどと同じように甘い香りがしてしばらく。
やがて全体が程よく茶色くなりながら沸騰し始めた。ぷくぷく鍋一杯を覆う泡にはわずかに粘り気が含まれている。
色味と粘り気と泡の量。これがさきほど見逃してしまった現象だ。
ここで火を切り、粗熱を取る。鍋ごと水につけるなり、そのまま余熱でゆっくりと冷ましたり、と冷まし方によって完成品の出来栄えが変わってくるらしいのだが、ミナミはゆっくり冷ますのしかやったことがない。
本来ならある程度固まってきたところで型に入れるなりして冷ませば完成だ。熱ければ熱いほど軟らかいため、うまく型どおりに仕上げることができるが、型の素材によっては熱すぎると溶けてしまうため、粗熱はしっかり取らねばならない。
だが、ミナミはそれをしなかった。せっかく手を触れずに仕上げる技術があるのだから、いろいろと挑戦しようと思ったのだ。
頭の中で想像する。風でできた、魔法の手だ。ミナミが目を開けると、想像通りの手が、そこに存在していた。
「魔法ってほんと便利」
森で毛皮を集めたときのように鍋から少しそれを取り出すと、風の手で丸く丸くこねていく。手の形でこねることで、手作り感がでるのだ。祖父が手でこねていたから、それしか思いつかなかったというのもあるが。
ちなみに、魔法は確かに便利だが、ミナミのように自由に使いこなせるのはそうそういない。
「できた!」
丸っこい、指でつまめるくらいの大きさのうすい茶色っぽい玉。ランタンの光にかざすと、透き通ってきらきらと輝く。
ミナミのセカイではもうだいぶ古いお菓子になってしまったそれは、べっこうあめという。
さて、一応は完成したべっこうあめだが、まだ味見をしていない。砂糖と水の配分はほとんど勘でつくったため、見た目は良くても味が……なんてことになりかねないのだ。
さすがに本格的なお菓子ではないため、多少本来の配分とずれていようとそこまで問題ではないはずだが、心配ではある。
「どれどれ」
ぱくん、と目の前に浮いた丸いべっこうあめを口に入れる。まだ完全に熱がとり切れておらず、なんか変にぬるまっこい感じではあったが、懐かしの風味が口いっぱいに広がった。
薄味すぎず、かといってしつこい粘つく甘ったるさではない。べっこうあめは作り方がシンプルなため、失敗することも少ないが、とびきりうまく作るということも難しい。
しかし、目分量で作った割には、いや、目分量でない物と比べても、いままでやったなかで一番の出来だろう。
砂糖が良かったのだろうか。普通の市販の砂糖ではこの甘さはできないだろう。
ともかく、べっこうあめは成功だ。さっきと同じ配分だったら、これと同じものが出来るはずだ。
口の中であめをころころと転がしながら、ミナミは次の作業に取り掛かる。まずはさっきと同じ丸いもの。一つ一つ丁寧に風の手でこねていく。形が出来たらそのまま完全に固まるまでそこらへんに魔法で浮かしておく。ランタンの明かりに照らせれて浮かぶそれは、イルミネーションのようだった。
続いて、市でかった石のような素材を魔法で変形させて型を作る。まずは定番のハート、星あたりだろう。お花なんかもいい。試作品だから、単純な図形がベストだと言える。
それからしばらく。
「こんな、もんかね?」
ミナミの目の前に浮くのは星、ハート、お花、リングの型にはまったべっこうあめだ。型は全部で二つずつあり、いずれ別のお菓子でも使いまわす予定である。
残ったべっこうあめは球状にし、短い木串をさして棒付きとした。
ハート型とお花型はメルとクゥ、星型とリング型はイオとレンに渡そうとミナミは思う。だが、ソフィとレイアは何型にすべきだろうか。
やっぱりお花やハートの型にすべきだろうか。それともシンプルな球や棒付きのほうが喜んでくれるだろうか。
いずれにしても、今浮いている飴が冷え切るまで次の飴は作れない。冷え切るまでそう時間はかからないと思うが、鍋の中のあめも空になったし、今のうち次の飴の下ごしらえをしておこうとミナミは次の準備に取り掛かる。
ミナミが巾着から取り出したのはやはり市で購入した果物だ。オレンジ、リンゴ、イチゴ、それとぶよぶよした、リンゴよりちょっと大きめな紫色のもの。
最初見たときはびっくりしたが、これは一粒ブドウと呼ばれる果物だ。普通のブドウは房になって小さくたくさん実をつけるのに対し、こちらは房にはならず一粒ずつ大きな実をつける。
違いといえばそれくらいで、味や質には大差はないそうだ。種が大きくなっているところで好みが大きく分かれるらしい。
どの果物も今がシーズンらしく、色つやもよくみずみずしい。さらに、大量に買った割には大きな出費にならなかった。
イチゴとブドウは日本を基準にするのなら旬はかぶっていないはずなのだが、ここはあくまで異世界。それっぽいもの、というだけで日本のものとは根本的に違うのかもしれない。
イチゴと小ぶりなリンゴはさきほどと同じようにべっこうあめをつくり、熱いうちに表面をそれでコーティングしてイチゴ飴、リンゴ飴にしてしまおうとミナミは考える。汁気の多いオレンジと一粒ブドウ、大ぶりなリンゴは果汁を搾ってフルーツ飴だ。
基本的には同じように砂糖と水を入れた鍋に果汁を加えるだけなので、アレンジするのは簡単だ。おいしくできるかどうかは別として。
「まずは……リンゴ飴からだろうな」
果汁を加えた鍋を先にやるとまた洗う手間が増えてしまう。さっきと同じべっこうあめを作るこっちのほうが都合がよい。
そして。
ミナミがリンゴに串をさし、袋から追加の砂糖を鍋に入れていると、部屋の扉がぎぎぃ、と開く音がした。
20160409 文法、形式を含めた改稿。




