27 おみやげはお酒でございます
「そんなわけでもってきたぞ、《月歌美人の神酒》」
「……主らが出発したのは昨日の午前中だったと思うたのじゃが、ワシもそろそろボケはじめたかの?」
昨日と同じ、特別応接室。瓶五本を机の上にどん、と置き高らかに宣言する。
「師匠、ボケててもいいですから、早いとこ品物受け取ってください。もうくたくたで、早く帰って寝たいんです」
眠そうにパースが言う。よくみれば目の下にうっすらとクマが出来ていた。比較的体力のない彼も、昨日は前線にでて戦ったのだから、ミナミやエディより疲労があるのは当然と言える。
月歌美人の群れから逃げ帰ったミナミたちは適当な場所で仮眠をとった後、そのままごろすけに乗って帰ってきたのだ。ただ、仮眠といってもごろすけから落ちない程度の体力を回復するくらいだったし、その後また長時間ごろすけに乗らなくてはならなかったため、事実上、疲れは全然取れていない。
尤も、そのおかげで何とか日が暮れる前には帰ることが出来たのだが……。
「一週間は帰ってこないもんだと思っておったがのぅ。どんなインチキしたんじゃ?」
「インチキっていえばインチキなのかな。ごろすけに乗って行ったんですよ。こいつ、魔法を解けば乗れるんで」
「……かけたのではなく、解いたのか。つくづく、面白いやつよのぅ。ワシの眼に狂いはないっちゅうことか」
くぁっくぁっくぁと笑いながらギン爺さんが品物を受け取る。いちいち受け取らなくてはいけないのは形式上しょうがないところだ。面倒臭いが、これで依頼完了になり報酬金がもらえるという仕組みなのである。
「それでじーさんよぅ、酒の取り分はどうすんだ? 一応じーさんからの依頼って形だから権利はじーさんにあるんだけど、そんな野暮なことはいわねぇよな。じーさんのせいでもあるわけだし」
「わかっとるわい。とりあえずお前んとこの分の一本、ミナミに一本は確定として残りは三本。まぁ、すきにしてええよ。ワシにプレゼントしてくれてもええし、それで元が取れないならわしが市場のヌシとして買い取る」
「いいのか? サービス良すぎないか?」
「ワシだって反省しとるの!」
ぎゃあぎゃあと叫びながら取り分についての相談をする。パースはもう半分眠っているのか、口は出さなかった。運んで行くのはエディに任せるとミナミは固く誓う。
「ミナミ、おまえ活躍したんだからもう一本もってけよ。冒険者はちょっと欲張りなくらいがいいんだぜ?」
「いいの? じゃ、遠慮なく。あと二本は?」
「うーん……一本は、まぁしょうがないからじーさんに渡すとして、もう一本なんだよな。金にするのはもったいないし、かといってうちのホームには酒蔵なんてねぇからちゃんとした保存は無理だしなぁ」
「おれの巾着、保存できるぞ?」
「マジか! じゃ、共通財産ってことでミナミが持っててくれ」
おまえならうっかり飲んじまうってことはないしな、とエディは言うが、ふとした拍子にうっかり使ってしまうかもしれない。そのときはごめんな、とミナミは心の中だけで謝った。
パースを背負ったエディと別れ、依頼達成の報告のために冒険者ギルドへ向かう。もうすっかり慣れた冒険者ギルドの扉を開けて、カウンターへと向かった。
「依頼達成報告にきました~!」
「あいよ! ……ありゃ、みーちゃんじゃないか! どっか遠出するってギン爺さんがいってたけど、早かったんだね!」
「みーちゃんはやめてくださいよ……。おれ、男なんですから」
いつ来てもだいたいいるメーズさんに迎えられながら、首にかかっている冒険者の印を手繰り寄せる。これを妙な機械にかざすだけで依頼が達成できたか否かわかるのだ。この薄青く光る涙形の水晶はどうやって記録をしているのだろうかと、ミナミはいつも思う。
ピンポン、と軽やかな音がしてメーズさんは機械の画面へと目を向ける。ちなみに依頼が失敗だととても嫌な音がするらしい。
「なんか今日はいっぱい書いてあるね……えーと、
【《クー・シー・ハニー》のメンバーとともに《月歌美人の神酒》の採取に成功。月歌美人二体の撃退。戦闘に大きな貢献。月歌美人の群れから逃走。受付の翌日に依頼品を納める。】
……ってえぇ! 月歌美人って、あの、月歌美人かい!? しかも採取!? 特級依頼じゃないか!」
「あのがどれだかわかりませんが、たぶんその月歌美人ですよ」
思っていたよりも随分細かく書かれている。それだけ今回の冒険が濃密だったらしい。
エディたちのパーティー名をミナミは今初めて知った。パーティー登録もしなかったのに、なんでそこまでわかるのだろうか。
しかし、面白い名前だなとミナミは思う。一体誰が考えたのだろう。
「みーちゃん! あんたなんて無茶すんの! 月歌美人は一級の魔物だよ!? あれはバターの嬢ちゃんやハニーの連中でもないと簡単には手を出せない魔物なんだよ!」
「エディとパースさんが一緒だったんですけど……。それに、大きな貢献したって書いてあるんでしょう? 全然平気でしたよ」
「それでもだよ! たしかにあの子らはここらで唯一の特級だけど、それにしたって昨日今日冒険者になったばかりの十級が相手にする奴じゃないんだ! 命があるのが奇跡だよ!」
やはりランク制度があるらしい。依頼に関しては制限はないようだが、ものすごく怒られているところを考えると、実力の目安にはなっているとみて間違いない。
登録の時にシステム面のことほとんど話さなかったのはメーズなのだが、彼女はそのことに気づいていない。
そして、エディたちが実力者だというのも間違っていなかった。あのコラム大森林も危ない場所だったらしいし、ある意味予想通りではあるのだが。
「ちゃんと聞いているのかい! ……まったく、いったい誰がこんな無茶な依頼を出したのか。今更ながら、指名依頼ってのは気に食わないね。依頼主をぶん殴ってやりたいよ!」
「あれ、そっちじゃわからないんですか? それ出したのギン爺さんですよ」
「あんのクソじじぃぃぃぃ!」
そう叫んでメーズは裏手のほうへとすっ飛んで行ってしまった。報酬の金貨十枚は忘れずに置いておく辺り、プロだ。
こんなにもらってよかったのだろうかとミナミは思う。確かにあの酒は金ではなかなか買えないものらしいが。それにしたって多すぎだ。
ギン爺さんはいろいろな意味で大丈夫だろうか。そんなことを考えながら、ミナミは冒険者ギルドを後にした。
「あっにーちゃ! おっかえり~!」
「おう、ただいま!」
黄昏時になってようやくエレメンタルバターへ帰ると、メルが温かく迎えてくれた。たまたま近くにいたようだが、やっぱり迎えてくれるというのは嬉しい。
「さっきね、ちょうどれーねーちゃもかえってきたの! それでね、なんかいっぱいおおきなふくろをせおってきたの。いいものっていってたんだけどなんだとおもう?」
「うーん、なんだろなぁ?」
メルを抱っこしながら家に入ると、ちょうどレイアが大きな袋をどっこいしょ、と下におろすところだった。ソフィも手伝っている。
ずん、と腹に響く音がような音がでたことから、相当重いものだろう。冒険者とはいえ女の子だ。持ってくるのは大変だったことだろう。
「ただいま~」
「おかえり、ミナミくん。はやかったね」
「あらミナミ。おかえりなさい。……あなたも、大変だったのよね。ソフィからすこし聞いたわ」
「まぁ、ね。でもそんな悪い仕事じゃなかったよ」
「たしかにーちゃはびじんさんかりにいったんだよね?」
「まてメル。間違っちゃいないがその言い方は語弊があるぞ」
「ごへいってなぁに? メルわかんな~い」
えへへ、ととぼけるメル。いったいどこでそんなことを覚えてきたのかわからないが、もちろん、すでに話を聞いているレイアがメルの言葉に騙されるはずがない。
「ほらほら、メルもふざけない。……それにしても月歌美人かぁ。あのお酒おいしかったなぁ」
「報酬金の金貨十枚とは別に、二瓶ほど報酬としてもらってきたよ」
「そんなに!?」
レイアがくいついてくる。ミナミとしてはあまり実感はないが、あの酒は超高級品だ。これが普通の反応なのである。
惜しげもなくぽんとミナミに酒をゆずったエディは、かなり器の広い人物なのだ、あれでも。
「そっちはどうだったんだ? フェリカさんの憂さ晴らしに付き合ってたんだろ?」
「……そうなるわね。東のほうで大量発生した甘夢茸っていう魔物を狩ったわ。フェリカさんと、あとライカさんも一緒に。一撃入れれば倒れる弱い魔物なんだけど、もうほんとうにいっぱい増えてて、フェリカさんは存分に憂さ晴らししてた。付近の村からの報酬金も入ったのとちょっとしたおみやげが出来たんだけど……ミナミのに比べたら……ねぇ?」
そういってレイアは大きな袋をちらりと見る。その表情を見ると、中身はそうたいしたものでもないらしい。
「ね、レイちゃん、あけてもいい?」
ソフィがうずうずしたようにレイアにたずねる。いつの間にか来ていたレン達も、待ちきれなさそうにしていた。
「いいわよ、あ、中身を溢さないようにね?」
レイアがうなずくと、早速レンが手を伸ばした。だが、きつく縛ってある袋をほどくことが出来なかったようだ。途中で涙目になってミナミにパスしてきた。
子供の力では無理でも大人の力なら開けられる。しゅるしゅるとほどいた中にあったのは……。
「白い、粉?」
袋の中いっぱいにある白い粉。
──レイアが狩ったのは茸だ。そして、それから採れたという白い粉。名前もそういったものにありがちな奴だったし、非常にそれっぽい。
ありていに言って、いけない薬そっくりだった。あり得ないとは思いつつも、ミナミは聞いてしまう。
「まさかレイア、これ、あぶって吸引する……なんて使い方はしないよな?」
「ばかね、そんなわけないでしょ。こうするのよ」
そう言ってレイアは人差し指で白い粉をわずかに掬うと、ペロッと舐めた。
「おい!?」
「どうしたのよさっきから? これ、砂糖よ? 知らないの?」
ただの砂糖だった。
「いやさ、おれのセカイでは茸から麻薬が採れたりしたんだ。詳しくはおれも知らないけど、麻薬って白い粉ってイメージがあったからさ」
「麻薬だったら門のところで衛兵にとっつかまってるわよ…」
あきれたような声でレイアが言う。たしかにそれもその通り。第一、ライカも一緒であったのだ、麻薬なんて採りたくても採れるはずがない。
「ま、ただの砂糖じゃないんだけどね。例の茸、笠の裏側に胞子の入った袋がびっしりついているんだけどね、その中のいくつかにはこの砂糖が詰まっているの。胞子の袋を破いたら幻覚症状、砂糖だったら甘ぁい報酬。甘夢茸の名前はそこから来ているらしいわ」
「でもこんなにいっぱい……どうしよう」
「それなのよねぇ」
「なにか問題でもあるのか?」
どうやらこのセカイでは砂糖はあまり使われないものらしい。料理にもほとんど使われない……というか、甘いものを料理として食べるという考えがないようだ。デザートには甘いものがあるが、それは果物の甘味であって、砂糖の甘味ではない。
砂糖というのは舐めるもの。砂糖はそれ自体で一つの食べ物という扱いなのだ。
「甘味料として使ったりしないの?」
「果物に振りかける程度かしら?」
「お菓子とかには?」
「だから、果物には振りかける程度だってば」
「……ちょっとまった、果物じゃなくて、お菓子は?」
「……ミナミくん、お菓子って果物ことだよ?」
「……うそぉ」
どうやらこのセカイにはお菓子という概念そのものが存在していないらしい。ミナミが発した言葉としての『お菓子』は、謎の翻訳能力によってもっともそれに近い『果物』、あるいはその類を示す単語に変換されているようだった。
「ケーキとか、パイとかそういうのは……」
「聞いたこともないわね」
「チョコレートは? 茶っぽくて甘いやつ」
「なんか可愛い響きだね。でも、知らないなぁ」
「キャンディ、ええと飴玉とかは? 砂糖と同じように舐めるやつ。ああ、粉じゃなくて玉な。噛んじゃいけないやつ」
「粉でもなくて噛んでもいけないのにどうやって食べるのよ?」
「クッキーやビスケットは? ほら、サクッとした甘いやつだよ。名前違うかもしれないけど、それくらいならあるだろ?」
「古くなりすぎた携帯食糧は変にサクッてしてるけど、それのこと?」
ミナミは頭が痛くなってきた。ゾンビなのに頭痛が起きるとは相当な事態である。
言うに事欠いてクッキーと携帯食糧が同じ扱いだ。たしかに非常食にもなるけれど、世界の中でもそれなりに美食を誇る日本人として、ミナミは純粋にお菓子が存在しないという事実が気に食わない。
「卵、バター、牛乳、薄力粉……いや小麦粉はあるよな?」
「そりゃあるわよ。バターはここの名前にもなってるし、卵は目玉焼きを朝に食べたことがあったでしょう。牛乳だってシチューのときに使うじゃない。小麦粉だってパンに使われているわよ。“はくりきこ”ってのはよくわからないけど。……ああ、そうそう、今日の夕飯はシチューよ」
「蜂蜜もあるよな? 《クー・シー・ハニー》のハニーって蜂蜜だもんな」
「ああ、蜂蜜もあったわね! でも、あれは砂糖ほどは採れないのよねぇ」
それだけあれば十分だ。薄力粉がないのは痛いが、何とかなる。
「ちょっと今から出てくる。今日稼いだお金、ちょっと使うけどいいか?」
「今月は十分すぎるほど稼げているからいいけど……どうするの?」
「本物の甘い夢ってのを見せようかと」
「?」
ジュース一つであれだけ喜んでいた本当の理由を、ミナミはここにきてようやく理解する。それと同時に、変な使命感に燃える自分を感じた。
「夕飯は先に食べててくれ!」
そう言い残して、エレメンタルバターに背を向けて走り出すミナミであった。
20160409 文法、形式を含めた改稿。




