26 酔って乱れて踊りましょう
「い、い、か、げ、ん、にしろぃ!」
エディがフルスイングで大剣を月歌美人に叩きつける。その衝撃で吹っ飛ぶ月歌美人だが、大したダメージは負っていない。ミナミが近付く前に立ち上がり、ファイティングポーズをしている。
「だぁもう! キリがねぇ!」
最初の予定では抵抗する気がなくなるくらいに攻撃して、動けなくなったところで《月歌美人の神酒》を採取するつもりだったが、なかなかうまくいかない。大剣の腹で打っている分、速さがなくなり威力が下がっているのも確かだが、それにしたってタフすぎる。打撃が効きにくいタイプだったのかもしれない。
「エディ! おれがやる!」
エディの剣では大した効果がないことを悟ったミナミは、作戦を変えることにした。このまま殴り続けていたら長期戦になるだろう。いくらごろすけも付いているとはいえ、もう一匹をいつまでもパースに任せているわけにはいかない。
「だいじょぶ、なのか!」
「もちろん!」
月歌美人の拳をかわしながら答える。
エディの問いの意味はわかる。ミナミの装備は結構薄い。エディだって前衛にしては薄いほうだがミナミほどではない。いままでかわし続けているとはいえ、拳を喰らったらひとたまりもない。そういった意味での大丈夫か、なのだ。
「おれ、体も丈夫になってんだ!」
「そう、だったな!」
月歌美人が拳をひっこめたタイミングを見計らい、呼吸をよんで距離を詰め、懐に潜り込む。狙いは一点。ヒト型ならここを打ちこめばいいはずだ。
「やくざきっく!」
少々不格好な力任せの蹴りが月歌美人の鳩尾にめり込む。剣では突き刺してしまうから、狙えなかった場所だ。
あっ……あっ……!
鳩尾を蹴るのは初めてだが、なかなかうまくいったらしい。月歌美人は口元から何か吐き出しながら、その場にうずくまる。一回ちょっとした事故でカズハにやられたことがあったが、あれは痛かった。流石にこれは演技ではないだろう。
「エディ!」
「あたぼうよ!」
声をかける前にすでにエディは動いていた。というか、返事をしたときにはすでに月歌美人の後ろに回り、コブを思いっきりひっつかんでいる。
ひぇぇぇぇぇぇぇ!
悲鳴と同時に、甘い芳しい香りが瞬間的に広がる。ちょっとアルコール臭がしているところ見ると、上澄みではない、ホンモノの神酒を出すことに成功したようだ。
「このまま──」
「ダメだ! いっぺん離れろ!」
エディが叫んだと同時に月歌美人が拳を振るう。エディはすでに飛び退いていたが、油断していたミナミは間に合わなかった。
それもそのはずだ。エディは後ろから襲いかかったが、ミナミは正面にいたのだから。
どん!
「ミナっ──!」
渾身の一撃。それも油断しているところに正面から入った。楯も何もなく、装備も薄い。腕で防御したとしても、大して意味はない。
普通の冒険者だったらまず間違いなくただでは済まないだろう。エディだって、威力の軽減くらいはできるが、戦闘を続けられるかどうか怪しい。
だが、それは一般論だ。常識が違う場合は意味をなさない。
「ありゃ、意外と大したことないな。避ける必要なかったかも」
そこにはがっちりと月歌美人の腕をつかんでいるミナミがいた。体全体を使って、腕に抱きつくようにしている。クリーンヒットはしたのだろう。
「おどかしやがって……!」
「あはは、まさかおれもここまで丈夫になってるとは思わなかった」
事実、当たる瞬間はやっちまったと覚悟を決めたのだ。ただ、研ぎ澄まされた反射神経のおかげか、思わず腕を受け止めてしまった。ほとんど無意識のようなものだった。
片腕を押さえられた月歌美人は、それを振りほどこうともがくがミナミはそれを許さない。その体に似合わぬ強大な力でもって、月歌美人を押さえ続ける。
「あらよっと」
ついにはもう片方の腕もミナミは押さえてしまった。それも片腕で。握力と腕力に物を言わせた力技だ。
「……最初からこうしてりゃよかったなぁ」
「いやでも、おれもここまでできるとは思わなかったよ。あ、酒こぼれてない?」
「だいじょぶ、たんまり残っている。さっさと採って向こうの援護にまわろうぜ!」
この月歌美人からは瓶二本分の《月歌美人の神酒》が採れた。酒がなくなるや否や、月歌美人は今までの好戦的な性格が嘘だったかのようにおとなしくなり、すごすごと生息地へと逃げ帰ってしまった。
エディいわく、あれでプライドがへし折られたようなものらしい。どうせ一年後には元に戻っているから気にしなくてもいいそうだ。
一方パースたちのほうもそれなりに有利に戦闘を進めていた。最初こそ体当たり程度しかつかえないごろすけと強大な魔法をつかえないパースは防戦するくらいしかできなかったが、パース自身が放った風の魔法をごろすけが喰うと、ごろすけは風の魔法を使うようになったのだ。
風の魔法は他の魔法に比べて殺傷力も低く、応用も効くので戦闘が有利になったのは疑いようがない。風で撹乱しつつ、パース自身も積極的に前に出て隙をみて杖で殴ったりしていた。
その後、パースが水の魔法で目くらましをし、自ら前にでて月歌美人の顔面をしたたかに打ちつけ、その隙をついてごろすけが翼撃で上澄みを吹き飛ばし、続けて流れるように尻尾の一撃でコブを締め上げ神酒を出すところまで成功したのだ。
「ここから、なんですよねぇ」
ほぉ──ぅ
現状、パースたちには月歌美人を打ち倒すための攻撃をすることが出来ない。それはつまり、酒の採取が出来ないということだ。
「まぁ、ここまでやったのなら十分すぎるほどなのですが。私たちの役は足止めですし。向こうもそろそろ終わるでしょう」
ほぉ──ぅ
「あなたが押し倒したら酒は零れます。強力な水や風の魔法で動きを止めようにも、あまり強いとダメですし、下手に暴れられても零れてしまいます」
ほぉ──ぅ
「すばやくさっと、というのが理想なのですがなかなかうまくいきませんねぇ」
ほぉ──ぅ
「あなたに喋りかける私も私ですが、律儀に答えてくれるあなたもすごいですよ」
ほ、ほぉ──ぅ!
ちょっとうれしそうなごろすけの鳴き声。喋りながらも、パースは月歌美人の流れるような拳の乱打を、拳闘士さながらの動きで顔色一つ変えずに避け続けている。普通の魔法使いにはなかなかできないことだろう。そもそも、普通の魔法使いは前に出てきたりなどはしないのだ。
ごろすけもパースを援護するように体当たりや突進、尻尾の一撃で応戦しているのだが、それだけでは決定打にはならない。生かさず殺さず、といった戦闘はごろすけには初めてなのだ。勝手だってよくわからないだろう。
長期戦を、覚悟した。
「よ、こっちはおわったぜ!」
「悪い、遅くなった!」
意外と早く聞こえた仲間の声に思わずパースは安堵する。正直、体力が不安だったのだ。足がふらつき始め、なんどかごろすけにかばわれたこともあった。
「おそいですよ、まったく」
思わず愚痴を言ってしまうが、それくらいいいだろう。足止めだけでなく、後はもう仕上げだけの段階まで持ち込んだのだ。
「後は採るだけです。援護します!」
「マジか! 意外とうまくいってたんだな」
「さっきと同じでいこう! ごろすけ、おまえもこい!」
ほぉ──ぅ、と一声鳴いたごろすけと共にミナミが月歌美人に向かっていく。同時に、パースは目くらましとして何度も使った弱い水弾を月歌美人の顔面めがけて放つ。
あわてて水弾を払った月歌美人だったが、すでにミナミは目の前にいた。だが、ミナミは動かない。それを好機と見た月歌美人は再度拳を繰り出す。
にっと笑ったミナミは何をするかと思いきや、なんとそのままと繰り出される拳をむんずとつかんでしまったのだ。
「つかまえた!」
ミナミの合図とともに、ごろすけが後ろから飛びかかる。そのままおぶさるようにして月歌美人を押さえつけてしまった。両手も体も、圧倒的な力で抑えつかられてしまえば月歌美人も抵抗はできない。
「ひゃっほぅ!」
ごろすけの体を踏み台にして、エディが後ろから飛びかかる。
「……援護は必要なかったかもしれませんね」
疲れた体で、パースはエディが喜々として酒を採るのを見ているのであった。
最終的に《月歌美人の神酒》は瓶五本分ほど採ることが出来た。白濁していた上澄み液とは違い、透き通ったきれいなコハク色をしている。
甘く芳しく香るそれは、ミナミが見ても最上級品ということが分かる。これを飲み干されてしまったのなら、フェリカでなくても怒るだろう。
ミナミの祖父は日本酒しか認めないタイプの人間だったが、父はわりといろいろな飲んでいた。ミナミも一回だけ上司からもらったという高級品のウィスキーの香りだけ嗅がせてもらったことがあるが、それよりもいい香りがする。
お酒の匂いだが、酒臭くはならなさそうな、そんな上品で優しい香りだ。
前回採った時はコップ四杯ほどだったことを考えると、十分すぎる成果だろう。
「あれ、一体でも瓶二本くらいは採れるのに、なんで前採った時は四杯くらいだったんだ?」
「ああ、それは……っと、そのまえにここから離れましょう。そうしないと前回の二の舞になってしまいます」
なんだかよくわからないがあわててごろすけの背にまたがる。ミナミもそうだが、ごろすけは今の戦いでほとんどスタミナを消費していない。そもそも肉体的な意味では疲れという概念がないのだ。
やがて加速したごろすけが夜空へ飛び立つと、ちょうどタイミングを見計らったかのように、辺り一帯に地響きと悲鳴が轟いた!
ひっぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃ!!!!
「間一髪でしたねぇ」
「まったくだ」
「……なんだよ、あれ!?」
白いお花畑がなくなっている。代わりに見えたのは月歌美人の体、体、体。現在進行形で這い出しているものもある。
「あれ、いってませんでしたか? あの花畑が生息地じゃなくて、あの場所が生息地なのですよ。花畑は、まぁ、目印ですかね?」
「ってことは、あの花全部……」
「ええ、月歌美人でしたよ?」
がっくりとうなだれる。月歌美人とは花畑に隠れている魔物だとミナミは思っていたからだ。
ちっこくてすばしっこい生物だと思っていたらマッスルスキンヘッドだったし、どうも今回早とちりが多かったらしい。
「前回はあれに巻き込まれて、せっかく採った瓶、割っちまったんだ。なんとかフェリカと嬢ちゃんが死守したけど、ちょっとしか残んなかったんだよ」
下では月歌美人が狂ったように悲鳴を上げながら、何かをむさぼっているのが見える。あれに巻き込まれてよくぞ無事だったものだとミナミは思った。さっきの戦闘の時も思ったのだが、やはりエディたちは相当腕が立つ冒険者らしい。
「なんか疲れた。歌と踊りは悲惨なものだし、美人っていうからちょっと期待したのに。普通マンドラゴラとかドリアードって可愛いものじゃないのか?」
「いや、昔はキレイだったそうですよ。容姿も歌も踊りも。いったじゃないですか」
「……昔の人は感性が今とずれていたのか」
そういうのなら話はわかる。所詮期待したミナミがバカだったということだ。
「いや、昔も今と同じ基準のべっぴんさんだったんだぜ? 昔つったって俺らのじいさんの若いときくらいだからな。それこそまさに花の妖精って感じの可憐さだったんだってよ。エレメンタルバターの嬢ちゃん二人とタメはれるレベル」
「ライカとも引けを取らないでしょう」
わざわざ自分の想い人を入れてくるあたり、パースは子供っぽいところがある。
「当時魔物とわかっても、友好的な種族だったので酒の取引が調査隊の人とあったのですよ。最初こそよかったのですが、調査隊の中に魔物だから、と失礼を働いた輩がいるらしく、詳しい経緯は明かされていませんが、それ以降ああなったそうです」
調査隊も驚いたそうだ。一夜にして可憐な容姿で小鳥のような歌声、そして月光というステージで見るものを呆けさせるダンスを踊っていた彼らは、悲鳴のような叫び声をあげ、筋肉というドレスを纏った死のダンスをする化け物へと変容したのだから。
おまけに、近寄った人間を見境なく襲いだすという始末。調査隊はあわてて逃げ帰り、報告書の“友好的”の部分を削除し、大幅な改定をしたうえでギルド本部に提出したそうだ
「ちなみに《妖精と過ごした儚い永遠》という当時の調査隊の方が書かれた伝記は今でもベストセラーとして売れていることはもちろん、吟遊詩人を通して酒場で語り継がれたり、戒めを含めたおとぎ話として出版した絵本がバカ売れしたりと、ここらへんでは結構有名な話なんですよ」
「俺も小さいころばあちゃんによく枕元で話されたよ」
「それならそうといってくれよ……」
依頼達成できたのだからいいじゃないですか、と笑うパースとエディに対し、やはり冒険者というものは感性がどこかずれていると考えてしまうミナミだった。
20160409 文法、形式を含めた改稿。




