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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
25/88

25 舞踏会は星空の下で


「そういえばずっと気になってたんだけどさ……」


 高い高い空の上。普通の人間ならこのセカイでは来ることさえできないほどの上空。普通ではない人間ならわりと来ることが出来る場所で、ミナミは後ろに乗っている二人に話しかけた。


 最初こそ空を飛ぶ興奮で、三人ではしゃいでいたのだが、これからのことを考えるとふざける余裕などはなく、単調な飛行に慣れてしまうとどうしても暇になってしまった。


 いや、景色はすごいのだが、よく考えれば命綱一本でごろすけの背に固定されているだけである。今はミナミもエディもパースも、景色をできるだけ見ないようにしていた。


「なんです?」


 風を切る音とごろすけが羽ばたく音のせいか、パースの声は若干大きい。


「いやさ、月歌美人の“神酒”ってどうして神酒なのかな、と。普通の酒なんだろう?」


「それはですね……」


 月歌美人はヒト型の魔物だ。その行動特性にもそれは現れるらしい。


 というのも活性期に入った最初の晩、具体的には満月の日に儀式めいたことをするのだそうだ。その時に自らの酒を満月にささげるのを目撃されたことから“神酒”の名がついたそうだ。


「その儀式のときに彼らは歌を歌いながら踊りまわっていたそうです。非常にきれいな光景だったそうですよ。月歌美人の名の由来ですね。当初は魔物ではなく未知の種族だと思われていたくらいですから」


 その後、調査隊が送られたことで紆余曲折がありながらも、あれはヒトに属するものではなく木妖精ドリアード球根小人マンドラゴラの類だということが分かったのだそうだ。


「その紆余曲折ってのが問題だったんだよなぁ。それさえなければ……。ちくしょう」


「まぁ、それに関しては見てもらったほうが早いでしょう。実際、今晩は歌も踊りも嫌でも見てしまう、というか 一緒に踊ることになるでしょうから」


「なんだかよくわかんないけど、楽しみにしておく」


 魔物とはいえ美人の名を冠するのだ。ミナミも立派な男子高校生。楽しみでないと言えばウソである。



 さて、空を飛ぶことはや数時間。夕日が地平線に沈むくらいになってようやく

目的地が見えてきた。馬車で三日の距離とはいえ、直線距離を進むことが出来たから予想より早くつくことが出来たらしい。


 赤く照らされた草原の真ん中にポツンと、まぁるいお花畑が広がっている。夕日のせいでオレンジ色に見えるが、白い花のはずだ。空から見てこの大きさということは、結構な広さがあることだろう。


「ごろすけ、ちょい前に着陸で」


 事前に生息地の場所と特徴は聞いてある。草原の真ん中のお花畑がそれだと。ただしいきなりそこに踏み込むなと、何度も念を押されていた。


 ほぉ──ぅ、と一声、ごろすけは軽やかに草原に降り立った。


「さて、月歌美人の生息地はあそこですが、完全に夜にならないと酒は採れません。ちょっとここで休みましょう」


 パースが宣言して、野営の時と同じように準備をすることになる。とりあえずミナミはくぁ──っとエディと共に伸びをした。


 ずっと背に乗っているのも疲れるものである。ずっと飛び続けていたごろすけは、別にどうってこともないのかそのままミナミの後ろに控えている。


「ざっとですけど、段取りの確認をしましょうか」


 野営の準備をしながら今回の作戦について話し合う。といっても内容そのものは簡単だ。


 複数匹いる月歌美人からできれば一匹だけうまくおびき寄せ、パースが光源を確保しつつエディの補助。エディが補助のもと、月歌美人を相手している間にミナミが酒を採るだけである。ごろすけは全体のサポートだ。


 今回難しいのは、月歌美人を倒さないようにするというところだろう。倒してしまうと酒に価値がなくなってしまうのだから、ミナミが酒を採る役に就くのは当然といえた。ミナミではうっかりゾンビ化させてしまいかねないのだから。


「私は明かりの分の魔力をつかいますし、倒さないためにもあまり威力の大きな魔法はつかえません。エディもほぼ一人であれをおさえることになってしまいます。ごろすけがどの程度活躍してくれるかは正直わかりませんが、できるだけはやく酒を採ってください」


「了解。今更だけど酒ってどうやってとるの?」


「月歌美人はマンドラゴラと同じように頭に花が咲いています。その花の中に酒が溜まっていますが、それは上澄み液ですので、まずはそいつを捨ててください。その後は花の根元……頭のところがコブになっていますので、それをつねるなどして刺激するとまた花の中に酒が出てきます。それを瓶の中にうまく注いでください」


「うへぇ、めんどくさいんだな」


 なるほど、これなら頭数が必要だというのもうなずける。少なくとも明かり役、押さえつける役、酒を採る役の三人が必要なわけだ。夜しか採れない以上明かり役は必須だし、すばしっこいだろうから押さえつける役も本来ならもっと必要なんだろうな、とミナミは納得した。


「釣ってくるときに上澄みを捨てると少しは楽ですよ? 埋まっている状態だったらそれくらいはできます。触ったらすぐに這い出てきますが、もともとそのつもりですから。それと、釣る際にもあまり無茶はしないように。例え複数匹でも、難易度があがるだけで採れないわけではないですから」





 そうこうしている間に決行の時間になった。酒の品質的にも、採取の難易度的に考えても、彼らが活動をし始める直前に挑むのがベストらしい。


 ──いってくる


 口の形だけで合図してミナミは花畑へと走り出した。夜目が効く分、他の二人よりうまくいく自信があったのだ。


 ミナミはゾンビの気配遮断をフルに駆使して花畑へと向かっていく。複数匹を目覚めさせてしまったらそのぶん難易度が上がるので慎重になる必要があった。


 ──こいつか


 花畑の端っこのほうでミナミは白い花と対峙した。やはりというか、普通の花にしては幾分と大きい。Lサイズのピザくらいあるんじゃないだろうか。上から見たときは密集して生えているように見えたが、意外すぎるほど花と花との距離はあいている。


 この花畑のどこかに月歌美人が隠れているはずだ。


 とりあえず適当に目についた花を観察してみた。中央がややくぼんだ形になっている花は独特な甘い香りを発している。ここらへん一体がむわっとその香りに包まれていた。


 その花の中央にはその匂いの元となっている白濁した液体がたまっている。これがパースの言っていた上澄み液だろう。


 と、いうことは、この花は月歌美人と見て間違いない。生息地に入って一発で当たるとはラッキーだ、とミナミは心の中でにやりと笑う。


 ──せーの!


 少々大きかったこともあり、勢いをつけて花を手で払い、上澄みを捨てる。それが、始まりだった。


 甘い香りの液体がまき散らされるのと同時に、この世のものとは思えない叫び声が静かな夜の草原に響き渡った。





 ひぃぃぃぃぃ!!


「うわぁっ!?」


 言うなれば悲鳴だろうか。悲哀のこもった切なげな、大音量の金切り声に思わず耳をふさぐ。耳をふさいでいるというのにまだわずかに聞こえるということはよほど大きな音なのだろう。


 下手したら鼓膜が破れていたかもしれない。マンドラゴラの類とは言ってたが、こんなところもいっしょらしい。


 どんっ!


「今度はなんだぁ!?」


 ようやくおさまり始めてきたところで、今度は別の音。先ほど反射的につぶってしまった目をそろそろと開けると、目の前に一本の逞しい腕がまっすぐ空をつかむかのように伸びていた。


 ギン爺さんより太く、黒ずんだ腕。細かな根っこがまとわりついている。


 ばんっ!


「ひぃっ!?」


 突如としてその腕が何かを探るように地面をたたく。ゾンビじゃねぇか、という感想がミナミの頭をよぎったが、あれは月歌美人のはずで、ゾンビはミナミだ。


 あっけにとられていると、うまく大地をつかめたのか、それこそ墓から動き出すゾンビのように、それは地面から這い出してきた。


 太い腕から予想はしていたが、それに見合った見事なガタイ。三メートルはあるだろう、ボディビルダーも真っ青なマッスルボディだ。


 全体的に黒ずんだ体に、隙間なく根っこのようなものがからみついている。筋肉繊維の人体模型の植物バージョンといったところか。スキンヘッドの頭にまるでカツラのように咲いている白いお花がシュールだった。


「うそ……だろ……?」


 月歌美人がよりにもよってマッスルスキンヘッド(白いお花のカツラつき)とは冗談がきつすぎる。それに、ミナミは見たことがないが、マンドラゴラの類はもっと小さくてかわいらしいもののはずだ。


 ついついそんなことを考えていると、そいつは唐突に目を開けた。憎しみと悲しみが入り混じった、そんなアブナイ炎が燃える瞳と、ぱっちりと目が合う。


 ごろすけと同じ金色の瞳だとは意外だった。


 ひぃぃぃぃぃぃ!!


「げ」


 叫びながら突進してくるそいつを見て、ミナミは即座に仲間たちの元へと駆けだしていった。


「なんなんだよこいつ!」


 全速力で草原を走る。明かりの場所までもうちょっと。途中でまた悲鳴が聞こえたかと思うと、地面に伝わる振動がこころもち増えた。たぶんもう一体起こしてしまったのだろう。


「こっちだ!」


 エディが大剣を構えながら呼びかけている。なんとかうまく引っ張ってこれた。


 息切れはしてない。だが、精神的にとてもつらかった。


「パースさん、あいつって……っ!?」


 話しかける前に嫌な気配を感じ、思わずそこを飛び退く。一瞬遅れて月歌美人の鉄拳が地面をえぐり取っていた。


「話は後です! 打ち合わせ通りに来ますよ!」


「はいよぉ!!」


 パースさんが言うか言わないかくらいのタイミングでエディが飛び出し、拳を繰り出し無防備になった月歌美人の脛に大剣の腹を叩きつける。


 がん! がん!


 ひぃぃぃぃぃ!


 ミナミには見えなかったが、どうやら右左一回ずつ叩いたらしい。たまらずしゃがみこんだ月歌美人だったが、いつの間にやら背後に回っていたエディはその隙を逃さずかがんだ月歌美人の腰をフルスイングで叩きつけていた。


 ひがぁぁぁぁ!


 鳴き叫ぶ月歌美人にも容赦なく大剣をたたき続けるエディ。なによりすごいのは抵抗する月歌美人の拳を全てかわしつつ、あれだけの大剣を振りまわせるエディの身体能力だろう。


 さきほどまでは鉄板を叩くような音だったが、今はその筋肉の鎧を破壊したのか、肉を潰すぐちゅ、ぐちゅといった音になっている。


「ミナミ! いまです!」


 パースはパースでごろすけといっしょにもう一方をうまく水の魔法で抑えながら全体の様子を見て指示を出している。


「お、おう!!」


 一瞬自分だけぼーっとしてたことに気付きあわててうずくまる月歌美人に近寄るが、パースたちが抑えていた月歌美人がそれに割り込んできてしまった。仲間の危機に捨て身で突破してきたようだ。


「ちっ、しぶといな」


 大剣をくるりと回し、こともなげにエディがつぶやく。全くですね、とつぶやくパースも、いつもと目が違っている。本物の冒険者の雰囲気というのだろうか、迫力が普段と全然違う。獲物を狙う捕食者のそれだった。


「気をつけろよ、あいつら悲痛な叫び声だしてっけど、あれで油断誘ってんだけだ。実際そうたいして効いちゃいねぇ」


「ごろすけでも爪も嘴も使えないとなると、やはり取り逃がしてしまいますね」


 対する二匹の月歌美人も、慎重にこちらの出方を窺っているようではあるが、その目の戦意はまだまだ健在だ。


「ともかく、わたしとごろすけであちらを受け持ちます。ミナミとエディでそっちのをうまく回収してください。酒さえ取れれば向こうも戦意を失いますから、倒す必要はありません」


 そう言っている間に月歌美人たちは反撃してきている。休むことなく、流れるような乱打を放つ様は、ある種の芸術とも言えるだろう。ミナミやエディはともかく、パースまで割とひょいひょい避けているのが印象的だ。


「おらぁ!」


 エディの大剣を腹にまともに受けた月歌美人が苦しそうにうめくが、油断を誘う演技だとは到底思えない。いわれなかったら確実に引っ掛かっていただろう。


「おまけ、です!」


 深く喘いでいる月歌美人の顔に、突然バスケットボールサイズの水球が表れると、すっぽりと花を残して頭全体を覆ってしまった。そのまま洗濯機のように水流が生まれ、容赦なく月歌美人の顔をかき乱す。どうやらもう一匹はごろすけのほうに注意が向いているらしい。


 当然月歌美人も水球を取ろうとやたらめったらと暴れるが、その程度で魔法の水球がとれるわけがない。


 やがてぐったりとした月歌美人をみて、チャンスとばかりに背後から駆け寄ったミナミだったが……。


 ひぃぃぃいいぃ!!


「うぉっ!?」


「ちくしょう、あれも演技か!」


 間一髪で渾身の一撃を避けたが、酒は採れなかった。パースの魔法はすでに解けている。やはり程度の低い魔法だけを使っているようだ。


「どう、でし、たか!」


「ダメだった!」


「くっそぅ、相変わらずしぶてぇな」


 暗闇の中にポツンと灯る明かりの周囲には肉を打つ音、鉄が打つ音、土を打つ音が絶え間なく響いている。


 その音と合わせるように、人の裂帛の気合い、夜獣の咆哮、月歌美人の金切り声が響いていく。


 揺らめく明かりが映し出した細長い影は、交差し、離れ、そしてまた交差する。


 耳をふさぎたくなるようなバックミュージック。命をかけた肉弾戦という名のダンス。


 ──月歌美人との舞踏会、か。


 どうも、今晩の舞踏会はいつもより長くなりそうだった。



20160409 文法、形式を含めた改稿。

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