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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
24/88

24 酒盗り冒険者


「《月歌美人の神酒》?」


 鬼の市の例の特別室で、唐突に言われた言葉。そうじゃ、と重々しくうなずくのは市の主であるギン爺さん。


 ミナミがここに来るのも森での獲物を売ったあの日以来だ。あの日と違うのは、ギン爺さんが飄々とした空気を纏っていないのと、あの日とメンツが違うことくらいだろう。


「すまねぇ! ほんとすまねぇ!」


「いえ、エディだけが悪いわけではありません……。むしろ悪いのは私です。正直、あの日は浮かれていました」


 こっちでの数少ない友人であるエディとパースが青ざめた顔で口にする。エディはともかく、パースまで一体どうしたというのだろうかと、ミナミは心の中だけで首を傾げた。


 今回ミナミが鬼の市に来たのはごろすけの爪を売るためだ。なぜかはわからないがゾンビのくせに新しくごろすけの爪が伸びてきたので、最低限の長さと鋭さを保ちつつ、爪切りをしたのである。


 オウルグリフィンの素材は高く売れる。爪丸ごとではないので質としては悪いと思うが、せっかくなのでただ捨てるよりかはいいと思って持ってきたのだ。


 レイアはフェリカに誘われて二日前から稼ぎにどこかいってるし、今日はミナミの休日だった。ちょうど良く時間があったのだ。


 で、物がモノだけに、前回と同じくここに通してもらったのだが、なぜか神妙な顔つきの三人がいたというわけだ。そして三人ともがミナミに頭を下げている。


「で、結局なんだっていうんですか?」


「ふむ、やはり最初から説明せねばならんのぉ」


 なんでもミナミたちが森から戻った日、レイアとミナミよりも遅れてエディたちもここにモノを持ち込んだそうだ。


 彼らが持ち込んだものはもちろん例のミスリルである。オウルグリフィンほどではないにしろ、それにはびっくりするほどの高値がついた。研究用にある程度残して(そのなかにはギン爺さん個人用のものもあった)売ったのち、そのままここで四人で酒宴をしたそうだ。


「あれ、夜鷹ってとこにいくんじゃなかったのか?」


「あ、悪ぃ約束すっぽかしちまったな。今度手土産もってバター(おまえんとこ)いくからちょっと勘弁してくれ」


「師匠がとびっきりいい酒が入ったから飲んでけっていわれましてね」


「その“いい酒”ってのが《月歌美人の神酒》だったんだけどよ……」


 その酒はフェリカの大好物なのだそうだ。超高級品で、それこそ《夜鷹の止まり木》のような高級酒場でも、取り扱っているところはほとんどないらしい。


 酔った勢いですこし分けてくれないかとフェリカがギン爺さんに尋ねたら、意外とあっさり了承してくれた。めでたく瓶一本分の《月歌美人の神酒》を手に入れたフェリカは一足先に彼らの拠点──いわゆるパーティーホームへとルンルン気分で帰ったのだが……。


「あとから酔いつぶれて帰ってきたエディが、それを全部飲みほしちゃったんです」


 夜遅く、酔いつぶれて帰ってきたエディとパースは、そのまま眠ることなく、飲み足りないとまた酒を飲み始めた。最初こそもともとホームにあった酒を飲んでいたが、何を思ったか棚に大事そうに置いてあった《月歌美人の神酒》にまで手を出してしまったのだという。


 ちなみに酒を飲んだのはエディだが、その酒を取り出し飲むよう煽ったのはパースだ。


 本来パースは悪酔いするタイプではないのだが、なぜかその日に限って記憶が飛ぶほどに酔ってしまったらしい。ミスリルといういつもよりはるかにいい結果を持って帰ってきたことでどうも頭のねじがゆるんでいたようだ。


 翌朝、二日酔いに悩まされながらも現状を理解してしまった二人は、一瞬にして青ざめた。


 食べ物の恨みは恐ろしい。上等な酒、それも好物となればなおさらだ。


 とりあえず似たような色の酒を買ってきて、瓶に詰め替えることで時間稼ぎをした。その間になんとか新しいのを手に入れようとしたのだが……。


「ウチにあったのはあれが全部だったからのぅ」


 《月歌美人の神酒》は超高級品だ。絶対量が少なく市場にほとんど出回っていないのだ。簡単には手に入らない。それが例え万物が集まると噂される鬼の市であっても。


 そもそも《月歌美人の神酒》は純粋に酒として楽しむのはもちろん、料理酒、化粧品、魔法薬の材料など、様々な用途で使われる。その上、どんなふうに使っても、最高の成果を出すことが出来るものだから需要も多い。


 例えば酒としての評価は『言葉では表現できない。あの感動は飲んだ奴しかわからない』と言われるほどのものであり、貴族でさえ、飲んだことのあるものは非常に少ない。飲めばある種のステータスにすらなるという。


「あれ、でもフェリカさんの好物ってことは、以前に飲んだことがあるってことだろ? その時はどうしたんだ?」


「そう、それだ。実はミナミにその件でお願い、いや依頼がある」


 《月歌美人の神酒》は正確には酒ではない。いや、アルコールが含まれているという点では酒なのだが、人が自由に作れる酒ではないのだ。


「アレは《月歌美人》という魔物から採れるのです。ただちょっと条件がありまして……」


 月歌美人はヒト型の魔物だ。普段は地中に埋まっていて、眠るように過ごしている。


 一年の大半をそうして過ごしているのだが、一ヶ月間だけ活性期があり、その月の夜に土から這い出し、餌を食べるだけ食べて、また眠りにつくのだそうだ。


 そして、酒が採れるのはその一ヶ月のみ。超高級品であり、ステータスにもなる理由はこれが大きな部分を占める。絶対数がとにかく少ない理由もこれだ。


 なんとも運命じみたことに、今がその一ヶ月間だという。


「以前にたまたまレイアさんと一緒に稼ぎに行った帰り、コイツを見かけたことがありまして。四人がかりでなんとかちょっとだけ採れたんです。売るほどの量でもなかったので四人でその場で一杯ずつ飲みましたね。……いやぁ、おいしかった。正直感動しすぎて味をよく覚えていなかったくらいです」


「まぁ、別に俺達だったらそこまで苦戦するようなヤツじゃないんだけどよ、あれ、死んだあとだと質が極端にわるくなっちまうんだ。ちゃんとしたのを採るとなると、やっぱり生け捕りだろうな」


「ああ、なるほど。でもなぁ……」


 エディ達がミナミのゾンビ能力を当てにしているとなるとそれは困ったことになる。ミナミは確かに魔物を操ることが出来るが、それはゾンビとして操っているだけだ。“生け捕り”となるとミナミの領分からは外れる。


「うんにゃ、今回は単純に頭数、それも実力のあるやつがほしいんだ」


「えぇ? ……あぁっ!」


「ええ、三日ほど前にとうとうフェリカにバレました。私たちも新しいのを探している、場合によっては採りに行くと弁明しましたが、当然彼女は力を貸してはくれません。それどころか相当頭にきているようで、助っ人を頼もうとしたあなた達のうち、レイアさんもどこかへ連れて行ってしまいました。

 ……もう頼れるのはミナミ、あなたしかいないのです。いくらなんでも二人で《月歌美人の神酒》は採れません」


 そういって再度頭を下げる三人。たぶん土下座というものを彼らが知っていたのなら、間違いなくやっていたことだろう。


 そして、ミナミは基本的にはお人よしだ。ぶっちゃけると行かない理由はないし、《月歌美人の神酒》というのにも興味を持ち始めていた。一口でも飲めば複製できるだろうし、ぜひとも手に入れてみたい。


「わかったよ。一緒にやろう。ところで、なんでレイアをつれていったんだ?」


「ああ、前回採った時、フェリカと嬢ちゃんが活躍してたんだ。つーか、あの二人がいなかったらたぶん採れなかったな」


「まぁ、ちょっとしたはらいせでしょうね。ミナミが呼ばれなかったのは、私たちへの最後の情けか、それとも頭に血が上りすぎていてそこまで頭が回らなかったかのどちらかです」


「ギン爺さんも謝ってるのは?」


「それがのぅ、あの夜ちょっとした悪ふざけで、以前から試してみたいと思っていた《悪戯妖精の奇酒》っちゅうのを二人に飲ませたのじゃ。こいつは、その、ちょぉっとばかし悪酔いしやすくなる酒らしくての、飲んだ人間は普段とはかけ離れた行動をするっちゅう話じゃ。酒場の宴会なんかで使うと盛り上がること間違いなし! のびっくりどっきり宴会用酒ってふれこみじゃった」


「じゃ、二人がフェリカさんの酒に手を出したのって……」


「……十中八、九、ワシのせいじゃろうなぁ。まさかこんなことになるとは思わなんだ。ワシからの依頼っちゅうことで処理させるから、それで勘弁しれおくれ」


 てへっと舌を出しておどける鬼の老人に対し、一斉に溜息をつく三人であった。






 話が決まったのなら後は早い。家に帰って装備を整え、ミナミはソフィに簡単に事情を説明した。ちょっと依頼で出てくるからしばらく帰らないことを告げると、子供たちが泣きそうになりながらさびしそうに見送ってくれた。


 はんべそになっている顔を見ると、つい抱きしめてしまいたくなるが、心を鬼にして、背を向けて歩き出すと、一斉に『いってらっしゃい!』といってくれた。


 ほぉ──ぅ


 答えるようにごろすけが鳴く。


 今回もごろすけは同行する。足としてはもちろん、こいつも立派な戦力だ。特に頭数がいるというのだから、魔物といえど十分役に立つ。


「悪い! 遅れたか!」


「いえ、ぴったりですよ。行きましょう」


 待ち合わせ場所である王都正門でパースたちと合流する。ミナミの手際が悪いのか二人の手際が良いのかはわからないが、ミナミよりも距離的に遠い二人のほうが先に到着しているのは意外だった。


「おお、結構カッコいいじゃねぇか」


「あ、そう? 似合う?」


 今のミナミは右腰にダガーナイフ、左腰に短杖ワンドをつけている。レイアと同じような盗賊のような魔法使いのような格好だ。今まで一度も使う必要性を感じたことはないが、つけてないと冒険者っぽくないのでつけているのだ。


 密かにカッコイイと思っていたが、ほめられるとやっぱりうれしい。


 エディは初めて会った時と同じ、動きやすそうな金属鎧のようなものを着ている。背中のでっかい大剣も鈍く光っている。鞘みたいなものはなく、抜き身のまま留め金で背中に固定しているようだ。


 パースもこないだと同じ、深緑のローブを着ているが、持っている長杖ロッドが違った。以前のロッドはよく覚えていないが、もっと質素で地味な感じだったのに対し、今回はいかにも、といった感じの派手な長杖だ。先端には透明な丸い宝玉がついている。


「あれ、パースさんそれってもしかして……?」


「あ、これですか? 残念ながらミスリルではありませんよ。前使ってたやつをミスリルで加工してもらっているので、さらにその前愛用していたやつです。ちょっと派手なのがアレですが……」


 そういえばミスリルの加工は難しいって言ってたけっか、とミナミは思い出す。そして、使えるならばいずれ問題なかろうと結論付けた。


「よし、行こうぜ」


 三人と一匹で衛兵さんに見送られながらある程度草原を進む。人影がなくなったあたりでごろすけにかけてあった魔法を解いた。


 ほのかな光に包まれたかと思うと、次の瞬間には元の巨体に戻っている。僕であるゾンビとはいえ、その重圧感は健在だ。


「お、おお……!」


 今まで小さい姿に慣れていたから、久しぶりの大きな姿に、戻した張本人であるミナミでさえ、一瞬ビビってしまった。久しぶりとはいえ、なんというか……。


「なんかちょっとおおきくなっていません……か? 確かゾンビとは死体とほぼ同義でしたよね。成長とかってするものなのですか?」


「やっぱりか? 俺もそう見えるんだが……?」


「あー、なんか爪も伸びたりしてたし、するっぽいですね?」


 正直聞かれたってよくわからない。成長はしないと思っていたが現に大きくなっているし、単に思い違いだったのだろう。別にまた魔法で小さくできるし、今回は大きいほうが好都合だ。


 月歌美人の生息地はここから馬車で三日程度のところらしい。活性期はあと十日ほどで終わってしまうので、少しでも早く着きたかった。


 そこで、今回は馬車を使わずごろすけに乗って飛んで行こうというわけだ。背中は広いほうが乗り心地は良いに決まっている。


 ミナミを先頭にエディとパースがごろすけの背にまたがる。大剣と長杖はミナミの巾着の中だ。三人乗ってもごろすけの背にはまだ余裕がある。もう一人、頑張れば二人はいけそうだ。


「準備はいい?」


「おう、ばっちりだ!」


「ええ、こっちも。なんだかわくわくしますね!」


 三人とも万が一に備えてロープで体をしっかり固定してある。ごろすけのやや長い毛もしっかりとつかんでいるから、姿勢を崩すこともないだろう。


 軽くかかとでごろすけに合図を送ると、小さい時より低く逞しい声でほぉ──ぅと鳴いた。


「じゃ、いきますッ!」


 そのままごろすけに頭の中で走り出すよう指示を送る。僕であるゾンビは頭に念じるだけで命令を聞くからなかなか楽だ。


 ごろすけの真っ黒で逞しい足が動くたびに、周りの風景が面白いように過ぎ去っていく。高速道路を走る車くらいのスピードがあるのではないだろうか。力強くはありつつもどこか軽やかな足取りでごろすけは走っていく。


 やがて、一瞬足をたわめたかと思うと、一気に大空へと駆けだした!


 いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉうぅぅぅぅ!


 ほぉぉぉぉぉぉう!


 自らの興奮のままにさけんでしまったのは、久しぶりに大空へと駆けることが出来たオウルグリフィンだけではなかった。それはミナミなのか、エディなのか、はたまたパースなのか。もしかしたら全員だったかもしれないが、答えは彼らの胸の中だ。

20160409 文法、形式を含めた改稿。

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