22 これでカンペキ! ~誰でもできるゾンビ式ゴブリン討伐法~
ぎざぎざの黄色く薄汚れた歯。何かがこびりついた鋭い爪。醜い猿のような顔。この辺り──王都から歩いて二時間程度の小さな森を棲み処としているゴブリンだ。
ゴブリンは弱くて繁殖力が強く、群れて襲いかかるというのがファンタジーの定番だが、このセカイのゴブリンちょっと違う。弱いし、繁殖力が強いのも確かだが、群れはしない。しないというかできないのである。
今現在も、たった一匹であまり上等とは言えない薄汚れたローブ、いや、ローブにしては頼りなさげな襤褸を纏った冒険者に襲いかかっている。
なぜ群れられないのか? その理由は簡単だ。単純に、やつらは集団行動や協調行動ができるほどの脳みそを持ち合わせていないからである。
簡単なこん棒や楯といった武具モドキを扱うくらいの脳みそはあるくせに、どうも自分以外のことが考えられないらしい。
仲間の獲物を暴力で奪うなんてざら、酷いときには瀕死になった獲物にとどめを刺そうとする仲間を、後ろから殴り倒し、きっちりととどめを刺したうえで奪うことだってある。
たまに群れているゴブリンがいたとしても、そういうのはだいたい一時しのぎの関係だったり、一匹賢い奴がとびきりバカなのを従えているかだ。特例があるにはあるが、それですら長くは持たないのがゴブリンらしいところだ。
ゴブリンはばったり会ったメスを見つけては生殖行為を行っていく。この場合のメスはなんでもいい。ゴブリンだろうと人であろうと、ドラゴンであっても。
もっとも、ゴブリンに負けるドラゴンはいないので、だいたい格下がその餌食になる。
不運な目に会ってしまったゴブリン以外のメスは、わずか二日後には平均三匹のゴブリンの子に腹を喰い破られてしまう。ゴブリン同士であれば普通の出産になるというのに、なぜ異種だとそうなるのかは実は未だによくわかっていないらしい。
子供ゴブリンも一週間もすれば成体となる。弱くてたいして群れもしない、おまけに同族殺しを平然とする割に個体数が多い理由はこれである。
ゴブリンは一般の人間から見てもそこまで(あくまでほかの魔物に比べれば、だが)脅威ではない。冒険者でない、一般の力仕事に従事している大の男が三人いればなんとか安全に倒すことが出来る。戦士系の冒険者だったら、よほどの駆け出しでもない限り、手間取るようなことはないだろう。
しかし、駆け出しの、それも魔法使い系の冒険者となれば話はちょっと変わってくる。得てして彼らは身体能力が冒険者としては低く、その最大の特徴である魔法による驚異的な殲滅力も、駆け出し故にほとんど期待できない。ビビっておたおたしている間にぶん殴られてオシマイ……となりかねないのだ。
そして不運なことに、ゴブリンに襲われている彼は、ぱっと見は駆け出しの魔法使いだった。
ゴブリンは上機嫌だった。ここのところウマいメシにありつけなくて、いらいらしていたところによわそうな、ひょろそうな奴がやってきたからだ。
ここら辺の力関係の最下層にいる彼は、普段ストレスを発散するはけ口がない。男だったのは残念だったが、せっかくの機会でもあるし、いたぶっていたぶって、ボロ雑巾のようにしてしまおうと考えていた。
自分の姿を見て動けなくなっている相手。素早く近づくと、手始めにわき腹のあたりを棍棒で思いっきりぶんなぐる。ぼすっと、同胞を棍棒でつぶしたあの時のような音がして、そいつはちょっと離れた木まで吹っ飛んでいき、叩きつけられた。
棍棒に伝わるこの感じ、やっぱり最高だ。
そいつは頑丈だったのか、ゆらゆらと立ち上がる。よろけるようにしてこちらへ歩いてきた。
彼は思わず口角がつりあがるのを感じた。まだまだ、生きたものを殴るあの感覚が楽しめる。
狂ったように笑いながら、喜々として棍棒を叩きつけまくる。虫や鳥の鳴き声に交じって、森にはしばらくばん、ばん、と音が鳴り続けた。
立っては殴り、起きあがったらまた殴る。
何度繰り返しただろうか、腕が痛くなってきたところで、ふと彼は疑問を覚えた。
──このひょろいやつ、どうしてまだ立てるんだ?
いくら自分は弱いとはいえ単純な腕力だけだったらそれなりにある。それに相手は殴られっぱなしだ。もう死んでいないとおかしい。
とたんに、またのろのろと立ち上がるそれが、なにやら不気味なもののように感じられた。
一度考えてしまうともう駄目だ。常識をこえてしまったそれには、恐怖しか感じられない。武器もなく、動きも遅いやつなのに。パニックになった頭では冷静な行動などできはしない。さきほどよりもむちゃくちゃな動きで棍棒をふるう。
しかし今度は、そいつは倒れなかった。何度わき腹を打っても、足を打っても、のろのろと手を伸ばしながらゆっくりこちらへ向かってくる。先ほどまでは打ち倒せていたのに。
全力で動けば簡単に逃げ切れただろう。だがゴブリンはなにかにあてられたかのようにその場に立ちすくんで、ただひたすらにぎゃぁぎゃぁわめきながら棍棒をふるっていた。
それが無駄な努力とも知らずに。
「よぉ、そろそろいいよな?」
とうとうその時はきた。ゆっくりゆっくり、じらすようにふらふらとやってきたそいつは、一瞬動きを止めたかと思うと、独特な癖のある加速をして抱きつくようにしてゴブリンの首筋に噛みついた。
「おお、暴れんなっての……いや、暴れてくれたほうがそれっぽいか?」
がっちりと抱きつかれており、もがいても引き離せない。ゴブリンの眼は恐怖で今にも飛び出しそうになっている。
やがてかくんと、ゴブリンはそいつの腕の中で息絶えた。最期の瞬間だけは、どこか幸せそうな表情をしていた。
「はい、ごっそさん」
不運だったのその冒険者じゃない。ぱっと見だけはひょろくて弱そうな駆け出し冒険者──ミナミに会ってしまったゴブリンだったのだ。
「やっぱゾンビっていったらこういうのだよな!」
服はぼろぼろ、おまけにゴブリンにしたたかに打ちつけられたというのに、ミナミの表情は晴れやかだった。
ミナミがエレメンタルバターに入ってからもう一週間。すでに冒険者として立派に活動している。
最初の一回はレイアの付添付きで薬草採取だった。次もレイアの付添付きで草原狼の討伐だった。前回だってレイアの付添付きでゴブリンキッズの駆除だった。
そして、今回になってようやく一人での仕事を許してもらえたのだ。別にレイアとの仕事がいやだったわけじゃないが、この年で付添というのもなんとなく恥ずかしかったのである。
レイアは戦闘力はあっても冒険者としては駆け出しのミナミに、手取り足とり何でも教えてくれた。ベルトの付け方からナイフの使い方まで、さらには異世界の靴ひもの固定の仕方まで、それはもう丁寧過ぎるくらいに教えてくれたのである。
しかしミナミとて男だ。まるで母親が子供に物事を教えているかのようなその様子……やさしく見積もってもデートで逆にエスコートされるダメ男みたいなそれを、ほかの冒険者たちの前で繰り広げられるのはとてもとても気恥ずかしかったのである。
そしてもうひとつ。最近になって気づいた事がある。
ゾンビには生物の三大欲求のうち、二つはない。あるのは存在しない二つを補うかのように燃え上がるすさまじい食欲……変な意味ではない、食べ物のほうの肉欲だ。
これにさえ注意すれば普通に生活していけると思ったのだが、違った。
草原狼を討伐してるときに感じた、そこはかとない違和感。うまく言葉にできないがなんかコレじゃないといった感覚。ゴブリンキッズの駆除の時にその感覚の正体が分かった。
──ああ、欲求不満てやつか。
もちろんゾンビ的な意味でだ。そう、最近、ゾンビだというのに全然ゾンビらしいことをしていないのである。腕力や魔法に任せて命を奪う……これのどこに健全なゾンビとしての要素があるのだというのか。
そして、気づいてしまったらやりたくなった。今まで無自覚に抑え込んでいたものを認識してしまっただけに、その衝動を我慢できなかったのである。
レイアに一人で挑戦してみたいと何度も頼んで、ここなら一人でも大丈夫と許可をもらえた。さらに、一人でゆっくりやれるようにごろすけはソフィたちに預けてきた。加えて、ギルドで常時発注されている中で、都合のよいゴブリン討伐の依頼も受けた。
用心深いミナミはボロボロになってもいいように、事前に仕立て屋で弟子が作った失敗作のボロローブを買った。そしてとうとう、生命気配探知で手ごろなやつを見つけた。
周りには人の気配はない。『やめなさい!』と止めてくるレイアもいない。つまり、思いっきりゾンビになりきっても問題ない。なら、やるしかない。
いざやり始めると止まらなかった。なんていうか、生きる(?)喜びというか、そういったものを感じられるのだ。
とくに後半からのびびったゴブリンの顔は見たときは最高だった。背筋がいい意味でゾクッときて鳥肌が立ったほどである。
ゴブリンというのは総じて害獣扱いされているというのだから、特にその辺に感傷的になったりはしない。
じらして、じらして、最後にとどめ。久しぶりにゾンビとして堪能できただけに、その満足感も計り知れない。しばらくは普通に日常を過ごしても問題なさそうだ、という確信も芽生えてくる。
──今度から、ごろすけもつれてこなきゃなぁ。
ゾンビ欲と戦いながら、人間としても、ゾンビとしてものびのびと生きていくのは難しい。
ぺちゃぺちゃ、ぐちゃぐちゃと、久しぶりにナマ魔物を堪能しながら、口元を真っ赤にしてつぶやくミナミだった。
「ゴブリン討伐終わりました~!」
ミナミは威勢よくギルドの扉をあける。流石にあの汚れすぎた格好では街に入れないので、ボロローブは焼却、体は浄化魔法をかけて、今はレイアに選んでもらった駆け出し冒険者御用達のものを着ていた。
ぶっちゃけ普段着でもいいのだが、それでは門の衛兵さんに呼びとめられるらしい。そこでレイアが自分と同じような、比較的動きやすい、ついでにミナミの要望で露出の多めな装備を選んだのだ。
ミナミが暑がりで蒸れるのを嫌ったのと、外にいくなら風を感じないとな! というよくわからない理論のためである。
「あいよ! おかえり! 印をおくれ!」
「はいな」
こないだのおばさん──メーズさんに印を渡す。このやり取りももう慣れたものだ。
冒険者の行動は基本的にこの印に記録されている。あっちのセカイならプライベートうんぬんを言われるところだが、ここに記録されるのは冒険者としての行動だけということに(一応)なっている。
当然、受けた依頼に対してちゃんと働いたかも記録されている。どんな魔物を何匹倒したかだとか、ちゃんと言われたとおりの仕事をこなしてきたかだとか、ともかく依頼に関する全般だ。つまり、この印を読み取るだけで、依頼達成の合否判定ができるのだ。
なお、この冒険者印のおかげで、直接依頼を受けていなくても、討伐対象の魔物を討伐したら報酬金が出るという仕組みが成り立っている。一見ただの綺麗な石のように見えて、なかなかハイテクなものだったりするのだ。
「はいよ、確認できた! ゴブリン六匹ね! 駆け出しにしちゃ、上出来だよ!」
いつの間にか後ろに回り、笑いながらミナミの背中をバンバン叩くメーズ。元冒険者の彼女の平手はかなりイタイ。
「一匹銀貨一枚、しめて銀貨六枚だ!」
銅貨五十枚で銀貨一枚、銀貨二十枚で金貨一枚だそうだ。レイアに初めて教えてもらったとき、なんだかひどく中途半端な数だとミナミは不思議に思ったのだが、そうであるものはしょうがない。
簡単に計算すれば、銅貨一枚百円、銀貨一枚五千円といったところだろう。今回の稼ぎは三万円相当。日給にしてはかなり高いかもしれないが、命を張ってる割には安いような気がしなくもない。
「いち、にい……はい、たしかに」
「やだね、ごまかすわけないじゃないか!」
「はは、クセみたいなもんですよ」
「そりゃあいい! 用心深いに越したことはないからね! 数えないやつ見ると、いっつも確認しろって口出ししちまうんだ!」
「……それ、どっちにしろ口出されるんじゃないですか」
受け取った銀貨を若草色の巾着に入れる。ギン爺さんからもらったのを、色合いが気に入ったのでそのまま財布にして使っているのだ。ついでに収納能力の巾着のほうもこれを使って出し入れしてるように見せているので、知らない人からは魔法の小袋に見えるだろう。
「じゃ、今日はこれで」
「死なない程度に頑張るんだよ! あの子たちを、泣かすんじゃぁないよ!」
メーズさんが声をかける。このやり取りも帰るたびに毎回だ。なんだかんだで、世話好きな人である。
「ただいま~」
まだだいぶ早い時間。エレメンタルバターの門をくぐるかどうか。そんなタイミングだというのに、バタバタという音とともに、扉が勢い良く開かれた。
「おっかえり~!」
「にーちゃ、おみやげは!?」
「じかんあるしさ、まほうみせてよにーちゃ!」
だだっと走ってきたかと思うと、ぴょんと三人が飛びついてきた。一番すばしっこいレンが肩に、お転婆なメルが腹に、落ち着きのあるイオは右足に。
最初の日に見た光景はすでにミナミにも適応されていた。まるで本物の家族かのように暖かい光景が広がっている。初めて飛びついてきてくれたときなんて、ミナミは感動のあまり倒れこんでしまったくらいである。
「おちつけおまえら。いくらにーちゃんでも、一気に飛びつかれると倒れっちまう。それはそうとクゥはどした?」
しかし、いつもは比較的控えめに左足に抱きついてくるクゥが今日に限っていない。
「クゥはずっとごろちゃんひとりじめして、あそびつかれておひるねしてるよ~。ね、それよりメルとあそぼうよっ!」
いつもはミナミがごろすけを連れまわしているから嬉しかったんだろう。でも、独り占めはよくないことだと注意しなくては、とミナミは心のメモ帳に記入する。
メルも遊びたかったのだろう、声に若干不満げな様子が混じっていた。
「それよりにーちゃ、まほうは? きょうははやかったんだからみせてよ!」
「まほうよりおみやげだってば!」
レンもそうだが、イオの執着もすごい。魔法の話のときは、イオもいつもより子供っぽい口調になる。最初にジュースの魔法を見せて以来、ミナミは暇さえあれば魔法を見せてくれとせがまれているのだ。
レイアも、ソフィだって魔法は使えるのだが、レイアの魔法は戦闘用のもので若干危険性があるし、ソフィのものは生活用のもので見飽きてしまったらしい。自由自在に制御のきくミナミの魔法は、イオの知的好奇心を刺激するには十分だった。
「今日はちょっとやんなきゃいけないことがあるんだ」
え~っとあからさまに残念がる三人。レイアもまだ帰っておらず、ソフィも家の中で家事をしている。遊び相手がなくて暇なことが見て取れた。
もちろん、ミナミとて子供たちをほったらかしにするつもりなど毛頭ない。そんなのもったいなさすぎる。むしろ、構って構って遊び倒してやりたい気分であった。
やんなきゃいけないことだって、全部子供たちのためなのだ。
「ただ、魔法も使うしお土産にもなる。遊ぶことにもなるかもしれない」
それを聞くなりやったぁ! と好反応をするのでミナミも嬉しくなってしまった。
なんてったって、今日早めに切り上げたのはこのためなのだ。レイアにもソフィにも許可をもらってある。二人ともこれに関してはくいついて、快く承諾してくれた。ちゃんと材料も用意してあるし、計画は完璧である。
「よっしゃ、始めるぞ!」
子供たちをぶら下げながらミナミは庭の一角に向かうのだった。
20150830 文法、形式を含めた改稿。




