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ハートフルゾンビ  作者: ひょうたんふくろう
ハートフルゾンビ
20/88

20 孤児院《エレメンタルバター》


「それで、結局金貨千枚ってどれくらいすんの?」


 鬼の市からの帰り道、夕飯を買いに近くの商店に行く途中でミナミはレイアに尋ねた。さっきからどうも大金らしいことはわかるのだが、現実的な例がないからイマイチ素直に喜べないのだ。


 もう交渉は終わったのだし、そろそろ教えてくれたっていい頃合いだ。


「しっ! あんまり大きな声で言わないの。誰かに聞きつけられたらロクなめに会わないわよ」


 たしかに、宝くじで大金を当てるとどこからともなくそれを聞きつけた人間がたかりにやってくるとミナミも聞いたことがある。どこのセカイでも、人間の根底にあるものはさして変わりがないようだ。


「えーっとね、金貨一枚もあれば普通の酒場で思いっきりどんちゃんやってもまず問題ないくらい。王城勤めのエリートの年収が金貨百枚っていうところかしら? 金貨千枚だから、エリートの年収十年分ね。庭付きのそれなりのお家が一つ買えちゃうわ」


「……まじですか」


「ウソ言ってどうするのよ?」


「エリートってあれだろ、あっちでいう年収一千万の人のことだろ? ってことは、ほら、金貨百枚で一千万てことは……ええと、金貨一枚十万円だから……せんまいでいちおくえん? ……一億円ッ!?」


「ごめん、私、そっちのお金はよくわかんない」


「な、な、なぁ、ちゃんと安全なところに保管されているんだよな?」


「安心なさい。ギルド管轄の銀行で保管されているはずよ。そうだ、あなたの印貸して?」


 レイアはミナミの印に自分の胸元から手繰り寄せた印を近づける。一瞬胸にミナミの目が行ってしまったのはしょうがないことだ。


「な、なんだ?」


「見てなさいって」


 二つの印は共鳴するかのようにちかちかと瞬くと、また元に戻ってしまった。よくよく見ると、さっきより若干青みが強くなってる。


「今のでパーティー登録終わったから。さっきの口座も共有できるわよ。印を出したらギルドで引き出せるわ。……無駄遣いはしちゃだめだかんね?」


「だいじょぶ、ぜったいしない。いや、できない。管理は全部まかせるよ。おこずかいもらえればそれでいいや」


「ほんとに? あなたが稼いだのだから、無駄じゃない程度にパーっと使うべきなのよ?」


 レイアの一か月の稼ぎの平均はだいたい金貨六、七枚だ。ここから自身の冒険者としての雑費と子供たちの生活費を引くとマイナスになることだってある。


 ちなみにレイアが狩ったラピッドラビットは普段は金貨五枚程度の値段だ。ギン爺さんの内訳ではラピッドラビットは金貨百枚ほど。実に相場の二十倍である。王城からの依頼ということと、品質が優れているということがなければここまではいかなかっただろう。


 加えて、ミナミの収納能力により物を大量に持ち運ぶことが出来たのだ。品質の面を考慮しなくても、稼ぎのほとんどはミナミの功績によるものだったりする。


「お金もらっても、何に使っていいかわかんないんだよね」


「子供じゃないんだから……いえ、ある意味では子供なのかしら?」


 しかし、ミナミ自身は金にそこまで頓着していない。おこずかい程度はもらおうと思っているが、それだけだ。大金をどう使うかなんてわかりっこないし、信頼できるレイアにしっかり管理してもらったほうが自分のためになると理解している。


 そもそもミナミはあまり金を必要としていない。寝床はこれからずっとレイアのところでお世話になるし、武器や防具といった装備品だって買わないつもりだ。


 いままで剣なんて握ったこともないから持ってても邪魔なだけだし、防具だって動きにくいだけである。それに痛みも感じないし、相手に噛みついてもらったほうが手っ取り早く片づけることが出来るのだ。


 今となってはそんなことにならずとも片づける自信はあるため、武具は本当に飾りにしかならない。


 飲み物だって自分で作れるし、食べ物だって最悪生で魔物を食べることが出来る。たぶん、衣服だって魔法で適当にどうにかできるだろう。


 お金を使うのだとしたら、ちょっと買い食いしたくなったりとか、ちょっと小物がほしくなったりだとか、せいぜいがその程度なのである。


 一般的な高校生の金銭感覚をもつミナミは、それこそ一か月に自由なお金が一万円もあれば、それだけで十分すぎるほどに満足できるのだ。例え金貨一枚を自由に使っていいと言われたとしても、おろおろして辞退することだろう。


「じゃ、とりあえずさっさと買い物すまして帰りましょう! お金の使い道は、帰ってから相談ね!」


 彼女もまた、質素な生活を営んできた無駄遣いしないタイプの人間だ。冷静になるように努めてはいるものの、あまりの大金に頭の中ではわずかにパニックになりかけているということを、ミナミはまだ知らない。





「ほぉ、ここが……」


 中央区域からちょっと離れた、郊外とでもいうべき場所。王都の中なのに自然が多めの土地に、それはあった。


 洗濯ものを干すにしては若干、というかかなり広めの庭。日本のド田舎のそこそこの家の庭、と言えばわかりやすいだろうか。庭全体が木の柵──幼稚園とかでよく見るアレだ──で囲われており、庭の端っこには井戸がある。


 小さくはないが、決して大きいとは言えない石造りの家。生活するのには不自由しないのだろうが、若干ボロくなっているのは紛れもない事実。木でできたアーチ形の門にはその家の名前が書かれていた。



 みんなのおうち・エレメンタルバター



「なぜにバター? というか、エレメンタルバターってなんだ?」


「私に聞かないでよ。子供たちがこれがいいって言い張ったらしくて、一週間ほど外に稼ぎにいって帰ってきたときにはこうなっていたわ」


 レイアは門をくぐって中に入っていく。あわててミナミも後に続いた。


「みんなぁ、帰ったわよー!」


 レイアが言うか言わないかくらいのタイミングで、古びた扉からちっこいのが四人ほどだだっと走ってくる。そして、ひしっとレイアにしがみ付いた。安心しきったなんともかわいらしい表情を浮かべている。


 いずれああいう風にお出迎えされるよう頑張ろう──とミナミは決心した。


「れーねーちゃ、おっかえり~! ちょっとはやかったね~」


「おみやげある!? おみやげある!?」


「あのねぇ、きいてねーちゃ! ボクねぇ、えっとねぇ……なんだっけ?」


「うぇぇ、やっとかえってきたぁぁぁ」


 さすが子供たち。帰ってきて矢継ぎ早にまくしたてる。それほどレイアの帰還が楽しみだったのだろう。みなレイアの腰ほどしかない体だが、そのエネルギーは有り余っているようだ。


 とにかく構ってほしい──そんな子供たちの様子を見て、レイアは笑いながら慣れた手つきで一人ずつ頭をなでていく。ミナミはその中に猫耳と狐耳確認した。


「甘えんぼさんなんだから!」


「いいの!」


 子供たちはレイアに頭をなでられて、嬉しそうに顔を綻ばせている。見ているミナミの心もほっこりした。


「ほらほら、そろそろお家に入るわよ。ちょっと重大発表があるんだから」


「じゅうだいはっぴょう?」


 四人の声がハモる。そしてたった今気付いたかのようにミナミのほうへと目を向けた。


 小さな丸い八つの目が、ミナミを捉えた……かのようにみえた。


 ベストタイミングだと察したミナミは最初の印象、ファーストインプレッションを限りなく良いものにするため、百戦錬磨のキラキラおにいさんスマイルを浮かべる。


「やぁ、こんにちは、おれは今日から──」







「うわぁ、かっわい~ね~! ねぇ、なでてもいいかなぁ?」


「おみやげ!? このこ、おみやげ!?」


「ねぇねぇ、キミのおなまえ、なんていうの? ボクにおしえて?」


「……クゥ、きょうこのこといっしょにねる」




「……おーい」


 せっかくしゅたっとカッコよくきめようとあげた腕は空を切った。子供たちの興味はミナミではなく、足元にいたごろすけに移っていた。ミナミなんか目に入っていないらしい。


 たたたっと寄ってくるかと思うと、羽をなでたり頭をなでたり、もふもふふかふかしたり、ぎゅっと抱きしめたり……。ともかく、思う存分にごろすけを堪能していた。


 ごろすけもどうやら満更でもないらしい。結構もみくちゃにされているが、決して嫌がっているわけではない。むしろ進んでサービスしてやっているくらいだ。


 ちらっ


 ミナミとごろすけと目があった。


 ほほぉ──ぅ


 なんかバカにされたように鳴かれた。鳴いたごろすけを見て子供たちはいっそうはしゃいでいる。


 完膚なきまでに叩きのめされたミナミはとたんに足に力が入らなくなり、地面に膝をつく。


 ──ちくしょう、そこはおれの場所だったのに!


 使い魔に負ける……いや、こんな可愛い子供たちにこんな至近距離にいるのに無視されるとか、ミナミはショックでかすぎて死にそうである。


 もう死んでることはすっかり忘れ去っていた。


 それからしばらく。


「みんな、どうしたの? レイちゃん帰ってきたんじゃないの?」


 ミナミがうなだれてから数分たった後。家から一人、女の子が出てきた。


 レイアよりも幾分か大人っぽい雰囲気をまとっており、やや明るい紺色のような、微妙な色合いをもつ長いつややかな髪をみつあみのようにして右肩から前に垂らしていた。


 海のように深く青い瞳と、左目のところの泣きぼくろが特徴的だ。聞いていて落ち着く、すっと通るような声もいい。


 例の親友だろうか。村娘の恰好をしていることもあり、素朴さと大人っぽさがあわさってなんとも言えない魅力がある。どっからどうみてもべっぴんさんだった。


「あら?」


 何やら見慣れない生き物にはしゃいでいる子供たちの横で、一人うなだれているミナミに気づいたようだ。つつつ、という擬音が似合う動きでミナミにすり寄る。


「もし、旅人の方ですか? 顔色が悪いようですが、どこか具合でも悪いのですか?」


 ミナミの返事はない。ただの屍のようだ。実際、似たようなものではある。


「あ、あの? え? 生きてますよ……ね?」


 顔色も悪く、動きもしないのだから、勘違いしてもしょうがない。それにくどいようだが、生きてはいない。


 尚も呼びかけようとしたとき、ようやく目の前にいるそれが反応を見せた。


 がしっ!


「ひゃあっ!」


 灰色がかった腕が彼女の白い細腕をつかむ。彼女は思わず尻もちをついてしまっている。


「……ようやく、ようやく話しかけてもらえた。ははっ、自分の存在意義というものをここまで考えたのは初めてだ……」


「あの、えと、どうされました?」


 ややびくびくとしながらも、彼女は目の前の男に尋ねる。見知らぬ男に腕を掴まれているというのに、彼女の眼は本気でミナミを心配しているように見えた。


 一瞬ちらりと子供たちを見たのは、子供たちがなにか粗相をしてしまったのかと思ったからだ。


「心配しなくていいわよ、ソフィ。ただ単に自分の使い魔に負けてショックを受けてるだけよ。そのうえせっかくカッコよく決めようとしてすべったのよ」


「そ、そうなの?」


 けらけらと笑いながらレイアが答える。それを見て青い女の子──ソフィはようやく安心できた。


「おかえり、レイちゃん」


「ただいま」


 うふふ、あははと女の子二人で再開を喜び合った。


 ちょっと稼ぎに家を空けていただけだが、冒険者という仕事上、帰ってこない場合も十分に考えられるのだ。


 毎回、彼女らはそれを覚悟してレイアの背中を見送っている。ちゃんと帰ってきたときは、そのことを深く感謝して出迎えるのだ。


 エレメンタルバターのお出迎えは、毎回こんな感じでにぎやかだ。他の冒険者

たちも、これほどまでではないが、だいたいこんな感じである。


「それで、レイちゃん。こちらの方は?」


「んーっとね、学者で旅人で黄泉人な新入りかつ大黒柱ってとこかしら?」


「ええっと?」


「ま、詳しいことは入ってから話すわ。さ、みんな中にもどりましょ」


 レイアはごろすけにきゃーきゃーとひっついていた二人をひょいと抱きかかえると家の中に入って行った。


 女の子とはいえ、冒険者なのだ。子供の一人や二人、簡単に抱きかかえられる。


 ソフィもとりあえずレイアにしたがう。ごろすけにまだしがみ付いている二人を引き離そうとして──できなかった。


「くぅっ!」


 ソフィは普通の女の子だ。子供二人はぎりぎり持てるかな、くらいの非力さである。ジタバタしている子供を引き離す腕力も、度胸もない。


「は、な、れ、よ、う、ね!」


 それでもなんとか、一人を引き離すことに成功する。じたばたするのを抱きかかえたが、そこまでだ。


「……あ」


 最後までしがみついている女の子は自分以外のみんなが抱きかかえられて連れられたのを見ると、とたんにおとなしくなった。自分だけ仲間はずれは嫌なのだろう。


 しかし、レイアはもう家の中だし、ソフィはもう手一杯。おまけに女の子自身、ごろすけを手離すつもりもない。


「………っ!」


 どうしようもなくなってしまった状況で、思わず涙が出そうになる。もうすでに顔は真っ赤で、目は涙目だ。崩壊一歩手前だろう。


ほぉ──ぅ


「……!」


 どうすればわからず、意味もなく深くごろすけを抱きしめたところで、彼女はごろすけの視線に気づいた。ゆっくりと視線の先を追い、ごろすけの意図してることを理解して、そこまでてくてくと歩いて行く。


「……にーちゃ、クゥもだっこして。このこもいっしょにね」


 いまだ傷心のミナミのワイシャツの裾をくいくいとひっぱって催促した。いきなり表れた天使に、ミナミが立ち直れたのは言うまでもない。


「よっしゃまかせろ! 今なら肩車もサービスするぜ!」


「……だっこだけでいいよ?」


 ソフィがすみませんと言っているが上機嫌でだっこしているミナミは気づかない。クゥと一緒に抱かれているごろすけが、得意そうにほぉーぅと鳴いていた。





20150505 文法、形式を含めた改稿。

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