2 遠い遠い、遥かなる場所にて
「───ここまでは覚えている、ということで間違いありませんね?」
眼鏡をかけたうさんくさい男がそう聞いてきた。
今現在ミナミはなんだかよくわからないところにいる。言葉で表現するのは難しいがプラネタリウムが一番近いだろうか。
プラネタリウムと違うところは、映写機がないところと、自分が本当に宇宙空間にいるかのように浮いていることだ。そもそも浮いているといってもなんとなくそう感じるだけであり、どちらが上か下かもわからないので、本当に浮いているのかどうかすらも怪しい。
あの後、意識が途切れたミナミはいつの間にかこうして自分の人生の最期を見ていたのだ。最初は走馬灯かと思ったが、走馬灯というのは死ぬ前に見るものであって死んだ後に見るものではない。
「ミナミさん? よろしいですか?」
うさんくさい男がまた聞いてきた。よく見ればこの男はなんかおかしい。いまいち顔や体全体がよく見えないのだ。ぼやけているというかなんというか、ゴーグルを付けずに水中で目を開けた時とよく似ている。もっとも、なぜそういう風に見えるのかはまるでわからなかった。
「そりゃそうですよ。ここで姿を晒しちゃったらこちらもいろいろと不都合があるのでね」
自分の頭で考えていたことを読まれてミナミは驚き、思わず質問してしまった。
「……どちらさまでしょうか?」
うさんくさい男はにんまりと笑うと、半ば混乱しているミナミに宣言した。
「私は……いわゆる神様ってやつですね。あなたがちょっとばかし特殊な最期でしたので、こうして実際に会いにきたのです。なんだかんだいって今どき自分の命を犠牲にして人を助けるような奇特な人は珍しいんですよ。
しかしなんですかあれ! 自分のおなかに包丁突き刺して助けようとしたのは私の管轄ではたぶんあなたが初めてですよ? しかも最期の瞬間のユーモア! だいたいのひとはもっとこう……なんていうか感傷的なことをするというのに!」
「は、はぁ……」
「まぁ、簡単に言うと私はあなたのことを気に入っちゃったんですよ」
いままで喋らせてもらえなかったからだろうか。うさんくさい男、もとい神様は一息で言い切った。
「さてさて、私に気に入られたってことはもちろん、結果的に小さい子供二十人近く救ったのです。それも自らの命を犠牲にして。……なにかしらご褒美があってもよくないですか?」
案外軽い神様である。たぶん偉い人なのだろうが、友達と話しているような気分になってしまう。と、ここでミナミは神様がさらっと肝心なことを話したのに気付く。
「あの子供たちは助かったのですか?」
「そりゃもう。あなたの最期のユーモアであの男の人気絶しちゃいましたからねぇ。あとは警察官がやってきてあなたの遺体ごと連れて行きました。ああ、あなたがしっかりと男の手ごと包丁をもっていたので引き離せなかったのですよ。なかなかのグロテスクな光景でしたのでちっちゃいこの何人かが血に対するトラウマ抱えちゃいましたが、すぐに忘れてしまうでしょうから安心してください」
「よかったぁ……!」
自分の命が無駄にならなかったことにミナミは安堵の息をつく。思い残すことがないわけではないが、とりあえずは目的を果たせたのだ。
「……さっきからあなたはずいぶんと無口な人ですね。ちょっと予想外ですよ。ここに来る人はだいたい異常なくらいのハイテンションが多いのに。しかもやたら独り言多いし……。あ、前回来た人は普通の人でしたねぇ」
「ここにおれ以外の人も来たんですか!?」
本来ミナミはそこまで物事に驚いたりするほうではなかったが、何もかもはじめてのこの場所ではそういうわけではないようだった。
神様はにっこりとゴッドなスマイルを浮かべて答える。
「ええ、ええ、そうですとも。ここは人の命を救って死んでしまった方が来るところです。つまるところ、さっきも言ったとおり私に気に入られた方ですね」
神様の話は止まらない。あんまりコミュニケーションをとることがないのだろうか、自分の言いたいことを自分の好きなようにひたすら口に出していた。
「で、そうだ、ご褒美のお話でしたよね? あなたに異世界に行く権利を与えましょう。あなた方くらいの年齢層はコレが一番好きだと聞きまして。もちろん、剣と魔法のふぁんたじぃなセカイですよ。好きですよね、こういうの? そんなわけで、それにともなって何か特殊能力をあなたに上げます。あ、時間はたっぷりありますから、よくよく考えるのですよ!」
「ホントですか!?」
ミナミは迷わなかった。今まで何をしても退屈だったのに、面白そうな提案をされたのだ。これに飛びつかない理由なんて世界のどこを探しても見つからないだろう。人助けがこんな形で帰ってくるだなんて、いったい誰が想像しただろうか。
「ええと、ええと……!」
ミナミは何かに熱中したりすると周りが見えなくなるタイプだった。その分、何かに熱中することもあまりない。
ミナミはよくも考えず返事をした。
「身体能力強化と、すごい魔法の才能と、あと無限に物を収納する能力と、ええとそれから……。あれ? こんなもんか? ……ねぇ神様、他の人達はどんなおねがいをしました?」
意外とはしゃいでいるミナミである。その目は以前とは違いキラキラと輝いているようだった。神様はそんなミナミに笑いながら答えた。
「ダメです。ノーコメントです。自分でお考えなさい? 決まったのならもう飛ばしてしまいますよ?」
ミナミは考えた。これ以上にないくらい考えた。そして答えた。
「それなりに平和な世界にしてください。魔王とかいないような。人間関係とかでギスギスしないような。それだけあれば満足です」
神様は少し驚いた。こんな注文は初めてだったからだ。血気盛んな高校生らしくないお願いに少しだけ感心する。普通の高校生よりかはいくらか頭が切れる……というか平和的な性格の持ち主なのだと印象を新たにする。
だが、同時に神様はやきもきする。なぜなら彼は肝心なお願いをしていないからだ。やっぱりそこはまだまだ普通の高校生のようだった。
「……本当にそれだけでいいのですね? 後悔しませんね?」
「はいっ!」
迷うことなくいい笑顔でミナミはうなずいた。せっかく確認したのにと神様は心の中でつぶやく。このままではあまりに彼が可哀想なのでひとつサービスをしておこうと心に決めた。
(何もこんないじわるする必要なんてないと思うんですけどねぇ。人のプライベートにまで口出しするってどんだけ性格ひねくれてるんだか)
神様はいい加減、上の連中の頭の固さをどうにかしたいと思っていた。というのも、この超常的な空間にさえも、お役所のような決まり事があるのだ。
(『基本的に相手に必要以上の情報を教えてはいけない』……ですか。クソ上司らしいまったくナンセンスな話です。私が私の責任で全部やるのに、うるさいったらありゃしない)
神様はそんなルールをぶち壊したいと思っていた。そして、上司に怒られないような方法をミナミの最期を見ている際に思いついたのである。
たっぷりのユーモアがあるミナミの最後の言葉。まさしく彼にふさわしい。というか、そうでもしないとミナミは助からない。
「では、ミナミ。よい……人生? を送ってくださいね!」
次の瞬間ミナミの目の前は真っ暗になった。
20150416 文法、形式を含めた改稿。
20160213 誤字修正